穴と橋とあれやらこれやら -353ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

なんか疲れました、昨日までの連載で。なんでか知らんけど(笑)。つうか、数年来の宿願だった六厩川橋アタックから帰って以来、すっかり気が抜けちゃって。もう10日も経つのにねえ。

 

 

込み入った記事を書く気にもなれず、考えた末にシンプルな音楽ネタで。みんな大好き…かどうかはまったくわからない(笑)、YESでございます。ロックファン、洋楽ファンなら名前くらいはご存知ですよね~。

 

 

1994年のアルバム「Talk」から、“Walls”。

 

ジョン・アンダーソン(Vo.)とクリス・スクワイア(B)しか残っていないこの時期のYES。オリジナルのYESを崇拝する生粋のマニアには評価されていないアルバムなのかもですが、

ほどよくプログレ、ほどよくポップ、ほどよくヘヴィ。これめっちゃいいですよ。発表以来25年愛聴し続けております。

 

 

 

 

 

 

もちろん、「いにしえのYES」だって大好きでございます。

 

 

ベタですけど、

 

1972年のアルバム「FRAGILE」冒頭を飾る大作“ROUNDABOUT”。

 

 

 

 

 

 

このアルバムを初めて聴いたのはいつだったか…。

自分史上のプログレ経験最初期だったはずですな。衝撃でした。

 

 

 

力を抜いた音楽ネタも、またポツポツやっていきますね。需要ないような気もするけど、わたくしがやりたいので。

 

 

BABYMETALを書くと力が入っちゃって、余計に疲れるんですな(笑)。

 

 

 

 

てなところで、グンナイ。

 

 

 

 

 

 

【前回】より続く。

 

 

 

 

 

先ほどはバッテリー切れで洞内の肝心なところが撮れなかった。

今行くから待っておれ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

こちらのポータルも、東側と瓜二つ。

扁額も銘板もナッシンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この西口は、

コンクリ巻き立て部から早くも水没。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その巻き立ての向こう、水没パートの先からが肝心な部分。

どエライことになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで振り返り。

フラッシュ・オンによる鉄板の構図。こうして見ると、けっこう埋まってるなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、その水没の先だが…

ドーンと大きく崩落している。

 

それもあって、ここらは天井がめっちゃ高く、巨大な空洞となっている。東から抜けてきた時、その初見でのインパクトは凄かったのだが、実はそれを逆から見たときの衝撃たるや、さらに五割増しほどの破壊力だったんである。

 

 

 

 

 

 

上の写真の大きな崩落の向こうに、

めっちゃちんまりと隠れている。

 

 

 

 

 

 

先ほどはこれを抜けてこっちに出てきたのだが、

これもうめちゃくちゃやん(笑)。

 

完全にこれ、「隧道in隧道」と呼びたくなる状態。これが未成隧道でなくてなんだっつうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

二次元の写真で伝えるのが難しいが、ここの異形さを物語るのが、坑口の上部。

 

写真下端が坑口だが、

上はこんなにも高くなって切れ込んでいる。なんじゃあこりゃあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、一歩踏み込めば、

この狭小断面とキタもんだ。

 

この隧道は強烈すぎる。こんないいものを8年間も見逃してたとは…。いや、ある程度経験値を積んだ今になって見られたことが、むしろ良かったかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

この狭小断面と特大空洞のドラスティックな境界が、ここ。

アングルが少しまずかったが、中央ちょい右に写っているのが外界の緑。「隧道in隧道」のニュアンス、伝わるだろうか…?ちょっと心配(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

マグライトが貧弱、そしてフラッシュの光も広すぎて届かない。

結果、こんなたぐいの写真ばっかりをいっぱい撮ってしまった。これじゃあ伝わらん。残念だ…。とにかくデカイ空洞だったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

水没パートの天井がこんな感じなんだが、

これよりももっともっと高いんだから。

 

その巨大な洞内サイズが、少しはイメージできるだろうか?つまりは、このわずか20m強ほどと思われる間の洞内断面サイズの乱高下が凄まじすぎるのだ。こんな隧道、見たこと…あるかな?ないかな?

 

 

 

いずれ、強烈な破壊力を持ったこの隧道西側、穴好きなら必見である。スルー・ダメ・ゼッタイ。あ、でも洞内探索はくれぐれも自己責任で(笑)。

 

 

二度目の入洞、この僅かな区間の撮影だけで35分も費やしちゃったわ。それだけ入れ込んで撮りまくったってことで。

 

 

 

 

 

現世へ戻る。

 

 

 

 

 

 

あー、大満足。

 

8年前のシバキ残し消化不良を回収してみたら、期待をはるかに上回る、こんなにも楽しい物件だった。これだからやめられんわ~(笑)。

 

 

最後に、この隧道を最初に紹介した(はずの)先人、その探索は2005年4月に行われていた。敬意を評して、その元記事リンクを。衝撃やったなあ…。

http://usa-nekosando.pupu.jp/miti_iti-top.html

 

先人こと「うさ★ネコサンド」さんのこの記事では、めっちゃわかりやすい周辺図もあるので、これを見てから行けば変な位置間違いとか起こりようもない(笑)。で、やっぱり現在とほとんど変わっていないように思える。案外この隧道、しぶとく生き延びていくのかもしれない。

 

 

 

 

以上、完結。

 

 

 

【前回】より続く。今回は幕間みたいなテイストで…。

 

 

 

 

完全に位置を勘違いしていた旧・一谷坂隧道、西側坑口。

 

 

 

 

抜けてきたのは、「千と千尋の神隠し」の隧道のごとく、全く見覚えのない場所。

いったいここはどこやねん!?

 

 

 

 

 

ちょっと進んでいくと…ははあ~、向こうに見えてるのは…?

なんと、こんなとこか~。

 

 

 

 

いや、参った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずは急いで車に戻り、デジカメのバッテリー交換。

よっしゃー、さっそく戻るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

さー、どこに向かうのかと申しますとね。

ここですわ!

 

まあ、改めて見りゃあ先人の記事でもバッチリ書かれてるし、地図を見ても見当つきそうなもんだし、そもそも現地でよく観察すりゃあわかったはずのことだが、そのどれもやってなかったわたくし、これはまさに予期せぬ展開、嬉しいどんでん返しだった。

こういう楽しさがあるから、あえて詳しく下調べしないのだった。そのため後で愕然とすることも多いけど…(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

路肩はなかなかの藪やけど、そこを抜ければ

明瞭な道が現れる。

 

ここで地図を。現在地はコチラ

電子地図では途切れているが、これはまぎれもなく、この記事初回で辿った旧々道の末端部分。なぜかあの旧々道のその先について、思いを馳せたことがまったくなかったが(笑)、こういう展開だったか~。

 

 

 

 

 

旧々道は 

すぐに右カーブしていくが、

 

 

 

 

 

 

その途中で、

谷奥に向かう不明瞭な分岐がある。これが、もちろん…。

 

 

 

 

 

 

が、ここは先に旧々道をもう少し辿ってみよう。

 

 

 

この大きな右カーブで

現道方向に向きを変える。トンネル旧道によくある線形。

 

 

 

 

 

 

 

が、ほどなくして、

激藪に。わかりにくいが、藪の先はぶった切れている。

 

 

 

 

 

 

ここで左を向くと、

こちらへと道は続いている。やはりこの西側でも、現道によって道筋が大きく改変されていた。

 

これまたわかりにくいが、写真中央やや右に写っているのは、現道トンネル上のフェンス。あの奥が、わたくしがあそこだと思い込んでいた坑口位置である。

 

現在位置からあそこまでは単なる藪、そして現道工事で改変された部分だから面白いものはなかろうと判断し、ここで引き返した。とりあえず、早く隧道に戻りたくてしようがなかったから(笑)。

 

 

それにしても…あの「勘違い坑口」で確認した、「埋没していた石の構造物」と「溝」はなんだったんだろうか?実は今、そっちが気になっていたりする…。

 

 

 

 

さー、もう我慢も限界だ。

 

 

 

 

先ほどの右カーブからの分岐を奥に進むと、

こうなっていたのですな~。

 

 

 

 

【次回】に続く。

 

 

 

 

【旧、旧々廃道2】より続く。

 

 

 

 

 

8年ぶりに再訪した旧・一谷坂隧道、東側坑口。

 

この記事初回ではしっかりとお見せしなかったので、改めて。

笠石(的な部分)が唯一のアクセントと言っていい、極めてシンプルなコンクリートポータル。扁額も銘板も見当たらない。素人の見立てだがコンクリートの状態は案外悪くなく、しっかりと施工されているように思える。念のため、現在地コチラ

 

 

 

 

 

 

坑口脇の土留め擁壁は、

粗く成形した自然石による空積み。時代考証がよくわからん…。

 

 

 

 

 

 

坑口上からの見下ろし。

今さら気付いたが、少し斜めに開口してたんやな。現トンネルよりも気持ち北側に向かっている。ということは?こういうとこにも我が観察眼の未熟さが露呈しとるな…。

 

 

 

 

 

 

さて、8年ぶりにお邪魔した洞内、

相変わらずの異形っぷり。

こちらは、散らばってるガラクタの位置以外は8年前とほぼ変わらないように思える。

 

 

 

 

 

 

そういえば、こんなのも。

岐阜県では特によく見る気がする、境界標柱。これは前回なかったと思って写真を見直したら、ちゃんとあった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

8年って決して短い年月とは言えないと思うのだが、

坑口前の土砂の量も、ほぼ変わらない。こんだけ変わらんもんかね?と逆に驚いた。

 

 

 

 

 

 

コチラの方々も

お変わりなきご様子。

 

 

 

 

 

 

 

洞内もしかり。

全く変わってないようにさえ思える。

 

 

 

んで、実はわたくし入洞した瞬間に非常~~に重要なことに気づいていた。

 

え?あれ?マジか!?

 

 

 

 

 

二度見して確認して…おーい!

向こうの明かりが見えとるやないか!!

 

なんと、向こうの明かりが見えている!これまた以前と変わらぬ大きさで。イヤイヤ待て待て。さっき閉塞を確認してきたばかりのはず。ああ見えて、実は開口部があったのか?

 

 

 

いや、もしかして

 

 

隧道西口の位置を勘違いしてたって言うのかえ、ボクチンは?

 

 

認めたくないが、どうもそのようだ。我がボンクラっぷりは情けないが、これは嬉しいどんでん返し!どっこい一谷坂隧道西側坑口、埋没してはいなかった!

 

 

まあそれは嬉しい。しかしながら実はこの時デジカメのバッテリーがカラッケツ寸前。予備のバッテリーもあるのに、車に置いてきてしまっていた。重ね重ねのボンクラっぷり。ここからは前回未踏破部分になるので写真を撮りまくりたいのに、果たしてバッテリーはもつだろうか?

 

 

 

 

という事情もあり、

フラッシュは使わずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

洞内は、

長靴必須。

 

 

 

 

 

 

意外なほどすぐに、

大きな崩落地点が現れた。うん、向こうの明かりの見え方から、こういう場所があることは分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

ここで振り返り。

このように、ここまではかなり安定しているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

崩落地点は、

この先にもう一か所あるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

その間、

短いぬかるみ区間を挟んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今抜けたひとつ目の崩落個所を振り返り。

天井奥深くからごそっと抜けてしまっているが、こうもりさんもお住まいだし、これで安定しているようだ(笑)。

 

 

 

 

 

で、ふたつ目の崩落点が…と思いきや、

なんと、その手前に坑口があった。

 

西側坑口はさほど遠くないとは言え、ガリバートンネルにもほどがある!要は、内部の坑口と外に出る坑口の間で崩落しているわけで、なんつうトリッキーな。

 

わたくし思うに(そして先人たちも概ね同意見のようだが)、これ絶対未成隧道だと思う。コンクリで巻かれたポータル付近を見るに、あのサイズで完成させたかったのだろうが、洞内に地質の悪い部分があり(それがきっとこの近辺だと思う)、結果放棄されたのじゃないだろうか。もちろん、もっと古くから存在した人道隧道の可能性もあるが、ちょっと考えにくいかなあと。

 

 

 

 

 

「奥の坑口」から出て一枚。こっ、これは…。

ドエライことになってる…って、

 

 

せっかくテンションマックスになってきたっつうのに、ここでバッテリー死亡のお知らせ。おぉーーい!!(江頭2:50ふう)

 

 

 

これはアカン!このままでは前回以上の消化不良。車に戻ってバッテリー交換して戻ってこよう。

 

 

 

電源入れなおしたりして、

だましだまし撮った西側坑口。

 

思いっきり開口してる!やっぱ位置を間違えてたんだわたくし。参った。

 

 

 

 

 

 

つうか、

ココいったい、どこやねん!?

 

 

 

【次回】に続く。

 

 

 

 

 

 

 

【旧、旧々廃道1】より続く。

 

 

 

 

一谷坂の切通しを境に、

旧道はいきなり荒れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこう状況が変わるのかよくわからんが、

伐採した木が落ちてきた?ような状況?

 

 

 

 

 

 

その先とか、

なんじゃこりゃ(笑)。

 

伐採した木が、旧道を跨ぐように置かれて?倒されて?いた。中腰にならなくても下を通り抜けられるくらいの高さ。こんなん見たことあったかなあ…たぶんないな。

現在地このあたり

 

 

 

 

そこを過ぎると、

再び平穏を取り戻す旧道。しかし切通しまでと比べて、「廃」度は格段にアップ。それは、東側からは車は入ってこれない状態になっているからだ。

 

 

 

 

 

 

ここで振り返りの景を。

歩きやすいけど、さりとて間違いなく廃道だ。少なくとも車道としては。

 

 

 

 

 

さて、旧道もとっくに半分以上進んでいる。

あとは一直線に下っていくだけ…でもないんだな。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとしたストレートのその先には、

唐突感のあるガードレールで遮られて左へ。

 

実は8年前の初訪問時、東側からこのあたりまではやって来ていた。なので、ここからは既知の道となる。

 

 

 

 

で、このガードレールの向こうは、

現道トンネル手前の掘割により、旧道は削られて消滅。代わりの道が、ポータル上を横断する形で付けられている。唐突な左ターンはそのせいだ。

 

 

 

 

 

ポータル裏を抜けると、

初回に紹介(シャレではない・笑)した景が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

初回では軽くスルーしたのでちゃんと紹介しておくと、

二体のお地蔵さま。

 

 

 

 

 

 

そして、

「救世観音大菩薩」碑。

 

これらの謂れは不明であり、また掘り下げることもないが、旧道沿いのどこかにあったのをこの場所に移設したように見える。普通に考えれば、現道工事に干渉する場所にあったのだろうと推察されるが、果たして?

 

 

 

 

これらの前から、

旧道最終パートを見た景。

 

右端のポータル裏から出てきた旧道は、右直角ターンして現道へと下っていく。

 

 

 

 

 

 

 

この背後にはもちろん、

旧隧道東側ポータルが、変わらぬお姿で。

 

よかった、こっちは健在だった。

 

 

 

 

 

【次回】、なんかおかしいぞ?の巻(笑)