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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

この橋は、

ある秘密を隠し持っている…ようだ。

 

人は 橋は、見かけによらない…こともある。

 

 

 

 

【前篇】に続く。

 

見たとき、なぜかニヤニヤが止まらんかったですよ。

 

「プールー」(笑)。

 

硬質な印象の漢字四文字の後の「プールー」の脱力感がツボに入りましてね。看板職人さんが書いたであろう筆致もヨロシイじゃないですか~。

 

 

 

 

 

 

ロケ地:京都市伏見区某所

 

 

 

 

2014年3月8日、翌日に父ヶ谷アタックを控えた徘徊。この日のネタで記事にしているのは、小井隧道再訪、初代土場隧道むしおくりはし大峪隧道笛吹橋

 

今宵ご紹介するのは、大峪隧道の40分ほど前、通りすがりに見つけた物件。

 

 

 

七色ダムから三重県道34号七色峡線を辿りだしてほどなく

こんな橋に出会った。

 

親柱も支柱で支えられてるっていう、ちょっと個性的なやつだけれど、問題はその先にあるものなんだな。

 

 

 

 

 

一応サイドアングルも抑えとくと、

こんな感じ。

 

 

 

 

 

 

お名前は、

七色橋。

 

ちなみに四か所の親柱で銘板はこれ一枚のみ。情報量が少ない~。

 

 

 

 

 

まあ、それもそのはず。この橋、公道じゃないんだな。

だって、ほら。

 

そもそも、この地図にない隧道が県道から見えて急停止!したのだった。なんだあれ!って。

 

 

 

 

 

 

鉄扉で閉ざされた、

欠円アーチのコンクリート隧道。これは…

 

 

 

 

やっぱそうですな。

「七色発電所」と。ここでようやく地図を。

 

こういう欠円アーチの隧道って、ダムや発電所関連に限定されるイメージ、あるもんね~。地図を見ると、隧道が七色ダムの方向に向いているのがわかるかと。

 

 

 

 

 

 

ここで、七色ダムのたもとにあった案内板を。

細かいところは拡大して見てくださいな(笑)。

 

まあ要はこの七色発電所は、地下式なんですな。

 

 

 

 

解説によれば、この七色ダムの和歌山県側(対岸)に、

写真でいうと左端の地下にあるようですな。

 

 

 

 

 

七色ダムは、

昭和40年9月の竣工。

 

当然このトンネルも、同時期に一体的に造られたものに違いない。

 

 

 

 

 

 

鉄扉の隙間から内部を観察。

対岸側に発電所があるってことはこのトンネル、堤体の中を通ってるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

あるいは、この下り勾配を見ると、

堤体より下の岩盤を穿ってるんだろうか。

 

入れることはもちろん有り得ないだろうが、入ってみたいな~。

 

 

 

 

 

気になると言えば、

鉄扉の手前のこのくぼみも気になる。何するやつかな~。

 

 

 

 

 

 

最後に、再度この橋。

もっかい言うけど、地味に個性あるな~。公道では見ない類いの橋だ。

 

 

つうわけで、橋か穴か、どっちをメインにしようか迷ったけど、ここは「その他穴系」テーマに分類しておく。

 

 

 

以上。

 

 

 

それは、1月18日の夜に始まりました。

 

 

21時台からにわかにアクセス数が増え…23時台に爆発。

 

まあそれは、翌19日にチェックしたこのアクセス解析でわかったことですけども。

 

結局18日のアクセス数は2,940。ちなみに拙ブログの普段のアクセス数は、最大多くて1,300くらいがやっとこさ。なので、20時台まではちょい低めくらいで推移してたのが、最後の3時間で一気にドーンといった感じっすな。

 

 

 

 

 

 

果たして何が見られたのか?と見てみれば…

 

 

今回も門入~戸入アタックかいな!

 

前回ドンとキタ時もこれでした。あの時は東海エリアのテレビ番組で門入が採り上げられたためでしたけど、今回はどうしたんだろか?

 

 

 

 

…と思って調べたけど、わかんないんですな(笑)。

 

 

 

わかんないんですけど、反響はとどまるところを知らず…つうか…

 

 

 

 

 

怖いんですけど?

 

 

 

 

だって、見てくださいな、ここ数日のアクセス数を。

 

1/18(月) 2,940

1/19(火) 10,029

1/20(水) 10,612

1/21(木) 5,340

 

 

これまでとは、文字通りケタが違う!!

 

 

 

 

そして、この記事を書いてる22日(金)の23:40現在でも

1,777アクセス。まだまだ余波は続いております。

 

 

そろそろ通常進行に戻っていくんでしょうけど、もうね、前回と違ってなんでこんなにハネてんのか、さっぱりわからんのですよ。

 

 

「門入」「ホハレ」「ポツンと一軒家」「徳山村」…。ツイッター方面のみならず、Web検索でもこれらのワード中心にかなり調べたつもりなんですが、もうさっぱりで。

 

 

 

テレビとかだと、放送された時間帯からいきなりドーンといくはずなんですが、冒頭に書いたように今回は助走みたいな時間帯があってから爆発してるんですな。また、紙媒体だったらある時間帯からグーンと、みたいな反応ではないだろうし。

 

なので、なんらかWeb関係だとは思うんですけど、見つからないんすよね~…。この反応は、よっぽど影響力のあるなにかに乗っからないと、こうはならないレベルなのに。ちなみにあの大御所は今回関係なさそうでした(笑)。

 

 

もしかして、アメトピに勝手に選ばれてAmebaのトップに載った?とも思いましてけっこう探してみたんですけど、それも違いそう…。

 

 

 

 

そこで皆様、お願いです(ナイトスクープの依頼者ふう)

 

 

 

1月18日月曜日の夜に何が起こったのか(どこで採り上げられたのか)、お心当たりのある方、ぜひ教えてほしいのです。情報収集に長けた探偵さん、よろしくお願いします(最後までナイトスクープ依頼者ふうで)

 

 

 

 

仁丹看板ネタが【29】まで紹介してるのに対し、それ以外の「古い住所看板」とひとくくりにしてるほうはまだ【4】までしかいってないことに気付いた。ちょっとバランス悪いな。

 

 

 

つうわけで、今回はこれ。

東山「區」という表記から、かなり古いものだと思われる。過去何度も書いてるが、東山区が下京区から分区したのは昭和4年のこと。最古でそこまでさかのぼる可能性があるわけだが、果たして?

 

 

そしてやはり注目は最下部。読み取れるのは(知ってるがゆえの脳内補完を含めて)「東山今熊野」と「つるぎ餅」だが…。

 

確かに現在も今熊野にこういう和菓子屋さんがあるのだが、そこはつる「き」餅本舗さんであって「ぎ」じゃないんだな。でもこれ、間違いなく「ぎ」って書いてるよなあ…。ムムム。

 

 

 

まあええか(笑)。

 

 

 

 

 

 

いつもの、どーこだ?写真。

まあこれはわかりますな。

 

 

例によって地図は出さないけど、左側の立派な土塀は某有名寺院のもの。「Thirty-three」的な?てきな?

 

 

 

 

 

謎の終わり方(笑)。