この写真に、メインターゲットが写っております。
言っときますけど、わかりやすいヤツじゃあないですよ。
思わせぶりですね~、タチ悪いですね~(笑)。
まあ、小ネタではありますが。
【1】に続く。
2017年5月4日、深遠なる紀伊半島彷徨の初日。この日のネタで記事にしているのは、時系列でカナウナギトンネル、旧・中州橋、四ノ川の吊り橋、北山トンネルとその奥、小松橋遺構と上滝トンネル再訪、小又川の吊り橋。
今宵ご紹介するのは、小又川の吊り橋の28分後に通りすがった物件。
この方杖ラーメンが目に入らぬか 入って、ついストップ。
現在地コチラ。
お名前は、
「うめづろはし」。
お誕生日は、
「昭和四十三年三月竣工」。この字体って地味に珍しいなあ。
橋上から望む、上流側。
向こうに見えるのは、龍神温泉郷。
コチラ下流側。
右端にノートさん、見切れております(笑)。
渡ってから振り返り正対。
対岸は国道371号。温泉トンネルの南側ポータルが見えている。
遅ればせながら、川の名前は
日高川。ここらでもまあまあ上流部だが、源流はまだまだ奥である。
で、お名前完全版。
「梅津呂橋」。
国道側・上流側からのサイドアングル。
スッキリしてますな~。
別にめっちゃ珍しいわけでもないけれど、
ついついこういうアップを撮ってしまう(笑)。
…という梅津呂橋。
実はこの記事を前座として、本題のネタとなる物件の記事を…書こうとしてたんだが…ちと事情が変わりましてね。
書き始めたら意外なことが判明し、当初の仮説に自信がなくなってきたり(笑)。な感じで、どういう結論で書くのか定まらなくなったので、またいつか別の機会に書くことにする。
ひとまずこれで(笑)。
つうわけで、七ヶ浜トンネルより続く。
飛ヶ崎トンネル初訪問の際には気づかず、後で地図を見て気付いた痛恨のブツ。それの回収が叶ったのが、第三次探索の2011年1月30日のことだった。
前回最後で載せた写真がコチラだが、
わかりますよね~左上。
こんなに近くにあったのにねえ…。まあこの写真自体は第四次探索で撮ったものだけど。
写真は第三次探索に戻り、まずはこれ。
これは上の写真左の坂道途中にレンタカーを停めての一枚。場所コチラ。
地図でもわかるが向こうには巨大なコンビナートがあり、その感じがカッコ良かったので撮ったんだと思う。
で、向き直れば、そこには念願のブツが…あったのだが、
なかなか核心に触れないことで想像付かれたかと思う(笑)。
こりゃあ小ネタだわ(笑)。
これは、トンネル/隧道の類いではない。スノーシェッド?いや、そこまでのもんでさえないか。
ちょっと引きで見ると、こう。
後で航空写真など見ると、左側にも墓地が広がっており、
シェッドの上にはそれを連絡する通路が渡っているようだ。
正式名称など不明な物件だが、以上を踏まえて今回の記事タイトルとした。
まあ、ねえ。
生粋の小ネタだけれども、初訪問時に見逃したものがどんなものか、こうして確認できたことが大事ってことでね。せっかくなので、この流れで記事にした次第だ。
これも前回記事で使った写真だが、
シェッドを東に抜けた先で撮った海だ。
以上。
今宵ご紹介する物件は、いくつかの個人的な理由で思い出深い。
わたくしが宮城県で一番最初に訪ねた物件であること。都合四回にわたる宮城県探索のうち、(結果的に、ではあるが)実に三回も立ち寄った物件であること。そして、今のところ宮城県で最後に訪れた物件でもあること。つまり、最初と最後がここなんだな。
…まあ三回も来てるわりに、そう面白いもんでもないんだけども(笑)。
最初に訪ねたのは、冒頭に書いたように2010年8月8日、第一次探索の一発目。
県別マップルで見て、単に石巻方面で一番最初にあったのがこのトンネルだったから、ってだけだが、
木がワッサ~!と覆いかぶさってる以外は、さほど面白くないトンネルだった(笑)。現在地コチラ。
抜けて東側より振り返り。
朝なので、西側は暗くて東側は明るい、と。
お名前は、
飛ヶ崎トンネル。
銘板によると、
1985年2月の竣工。銘板で、施工会社でなく町長さんの名前が入ってるのは初めて見たかも?
地図でわかるとおり、
このトンネルは海のすぐそば。目の前には松ヶ浜漁港という小さな漁港があった。
この日に撮った写真はこれが全てだったが…これまた地図を見ればわかるとおり、すぐそばにあるもうひとつのブツを知らずに完全スルーしてしまった。帰ってからそれに気づいた時の悔しさときたら…。この時点ではこれが最初で最後の宮城県探索だと思ってたからなおさらだった。
…とか言いながら、その後実現した第二次探索ではやっぱ前回とは違う方向に行ってみたくてここには寄らず。
そんなわけで、2011年1月30日、第三次探索。
リベンジを果たすべくやってきた。
そんなわけで、この日は別物件(これはついでに明日やる予定)が目的だったため、
飛ヶ崎トンネルについては、ズームでのこの一枚のみ。やっぱ8月とは全然感じが違うなあ。
別物件付近から見た、この日の太平洋。
いかにも、穏やかだった。
まさかこのわずか40日後にあんなことが起こるとは…。
そして2年の時が流れ、2013年3月8日の第四次探索。この日は朝から仙台市青葉区~太白区を経て若林区、そして名取市方面を訪ねた。午後に塩竈市で一件仕事をこなし、その後七ヶ浜の海沿いを回って、
最後にやってきた…いや、通りすがったのが
三度目の飛ヶ崎トンネル。
時刻は17時45分と日没間近で、写真もブレブレ。片側車線にAバリが置かれてるが、普通に通行していい状態…だったと思う。
この日には、あちこちで激甚な震災の爪痕を目にしてきたし、ここ七ヶ浜町でもここに来るまでにそのような光景を見せつけられてきた。が、このトンネル自体には、特に変わった様子はなかった。
のだが…おや?
あれは?
一回目は植生で気づかず、視界がクリアだった二回目は遠望のみで近づかなかったので気づきようがなかったが…へんな穴、開いとる!?
おいおい…
これまさか!?
もしかして旧隧道が埋められてる!?
…なんて思ったはずだが…なぜかこれ以上の写真を撮ってない。まあ照明を持ち合わせてなかったけど、おそらくは中を覗いてみたらすこぶるツマラン結末だったんだろう。
記憶がキレイさっぱりなくなってるけど、写真がこれっきりってことは、まあそういうことかと。期待させてすんません(笑)。
この後、仙台駅へレンタカーを返しに戻った。よって、最初に書いたようにこのトンネル、奇しくも我が宮城県探索の最初と最後を飾ってるんですな。なんとも言えない巡り合わせで…。
そんな因縁浅からぬ(?)トンネルについては以上だが、もののついでに第三次探索で訪ねた直近の「もうひとつのブツ」を、次回ご紹介しておこう。
あ、小ネタなのでご安心を(笑)。