穴と橋とあれやらこれやら -230ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2020年7月23日に敢行した、雨の佐賀・自転車橋巡り強行作戦。この日のネタで記事にしているのは校西橋白山の門付きトマソン廃橋。今宵ご紹介するのはこれらよりももっと後、後半の物件。

 

 

 

 

この頃にはもうすっかり雨降りだったので、各物件おっそろしい勢いでマシンガンのように撮りまくってはその場を離れ、のヒット&アウェイ(または熟練の強盗ともいう)の連続だったのだが、

 

ひと目見て

あーこれはすっ飛ばしたらアカンやつ。…と理解した。

 

現在地コチラ。東よりアプローチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意匠を凝らした親柱、高欄と、

それだけじゃない、なんだね隣の隅石を配した煉瓦製の函は!?

 

これは、おそらくサイフォン式になっているんだと思われる鋳鉄製水管のサイフォン部分だと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうのは、

以前に佐賀を訪れた際にも見つけており、記事にもしている。

 

そうそう、親柱には平仮名で橋名が刻まれていたが、雨に濡れて非常に判読しづらく、最初の一文字「や」しか読めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、こちら左側の親柱には、お誕生日!

「大正四年十月架設」。

はい出た、佐賀では珍しくもない大正橋梁~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡りまして、こちら左側の親柱。

刻まれていたのはお誕生日だったが、それよりもお隣の構造物とのマッチングがヤバい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、この右側の親柱でようやくお名前判明。

「柳橋」と。いやしかし、この親柱イイねえ~。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

こっち側の背景もいいんだな~なんとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西側から正対。

現地でもほんのり気になりつつも、雨足(と残りの行程)が気になって深く追求しなかったのだが…

 

さっきマッチング絶妙と言ったあの構造物…つまり水管のサイフォン部分、左のお宅と一体化してないか!?

 

もしかして、左のお宅のための水管だったりするのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、この橋の個人的ベストショットを。

修正で電柱とか電線とか消してしまえば、とても令和の世には見えないな~と。

 

 

で、やっぱりあのサイフォン(…なのか、ホントに?)、そこのお宅にぶっ刺さってるよなあ…マジか。ストビューで見る限りは普通の民家のようなんだが、以前ここはなにか商店だか工房だか…そんなのがあったのだろうか?

 

 

 

 

何も解決せず。素晴らしい橋に免じてお許しを(笑)。

 

 

 

 

 

最後に、もはや起源を覚えていない(笑)佐賀シリーズのお約束。

二度の佐賀探索で訪ねた物件プロットを。だから何だ、と(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

 

 

 

隧道手前は橋になっていて

下流側には親柱がわり?に、警戒色に塗られたコンクリが残されていた。

 

しかし、狭い橋だ。国道でコレはないわ~。

 

 

 

 

 

 

さて、ようやく

隧道に正対。当然こちらも閉じられている。

 

それは想定内だが、案外いろいろ見どころがありそうだ。順に見ていこう。

 

 

 

 

 

 

 

まずは、残された看板類ね。

トンネル内追突注意 車間距離を守れ」

と、

「大型車は離合注意」

と…あれ?白いやつちゃんと撮ってない。

 

 

元データを拡大して見たら…

「この信号機は除雪車通行の時使用するもので、その他●●●禁止する。」

と書かれていた(若干の脳内補完も含んでいるが、伏字部分は全く判読できず)。

 

信号機とやらはもはや見当たらないが、よく見たらすぐ横に何かが取り付けられていたと思しき金属支柱が残っている。ここに簡易な信号機が取り付けられていたんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

続いて、扁額。

これまた木が覆いかぶさってよく見えないが、「江野隧道」だろうな、普通に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その植生やらなんやらで目立たないのだが、

コンクリートポータルのスパンドレル部分には、シャレオツな幾何学模様がデザインされている。初期のコンクリート隧道で時々見かけるが…。

 

ただ、帰って調べてみたら、その竣工年度は1952(昭和27)年と、決して「初期」ではない。戦後生まれにしては、クラシカルな意匠ですなあ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

よく覚えてないが、端にちょっとだけ隙間があったようで、おそらくそこから覗いた洞内。

さっぱりわからん(笑)。両側が封鎖されているんだからして、当然漆黒の闇である。

 

同じく調べによると(ちなみに「隧道データベース」による)、この隧道の延長は実に840m。変に入れる状態になっていてもちょっと引くので(笑)、封鎖されてて助かった(謎)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてー。

 

ふと気づいてしまったのだがこの隧道、上に登れそうだ。

例のスパンドレルを間近に鑑賞してから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上へ。

さして写真を撮ってないところを見ると、琴線に触れるものは時になかったとみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮ってたのはこれだけ、

ポータル上からの旧道見下ろし。

 

 

 

堪能した。(ちょっと久々)

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、封鎖壁に背中をつけて一枚。

嗚呼、馨しき廃のかほり(バカ)

 

 

 

 

 

 

撤収。

 

 

 

 

 

 

わたくしここを探索してる間に、現道を通りかかったよとと隊長がノートさんに気付いてたそうで、奇遇にもこの後の某隧道で出会うことになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

以上。

 

 

2016年6月11日、「HTK2016、久々OFFもあるよツアー(仮)」初日。この日のネタで記事にしているのは、須井トンネル相谷トンネル境隧道、メインターゲットであった田河内隧道まぢトンネル本谷隧道見返橋

 

今宵ご紹介するのは、この日最初に訪ねた物件。

 

 

 

 

 

時刻は、4時57分。

ここは国道178号、江野(ごうの)トンネル東側。現在地コチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに「この方」がいらっしゃるのは、

以前から存じ上げていた。

 

けどタイミングが悪かったり停めにくかったりで、これまでスルーしていたのだが、さすがにこの時間ならば大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けどまあ…

特にやれることはないんだけどね。

 

ひと目見て完封されてるし、殺風景かつシンプル極まりないコンクリポータル。そして接近を阻む、いかにも湿気の多そうな藪がイヤで、この写真だけにしておいた。

 

元より目的は、まだ見たことのない西側だったもので。

 

 

 

 

 

 

 

つうわけで、

現トンネル西側へ。現在地コチラ

 

ゼンリン地図にはもうその取り付きしか描かれていないが、めっちゃわかりやすい旧道が。手前右側に車を停めたが、この「ふくらみ」も、明らかにかつての旧道路盤である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではさっそく、おじゃまパジャマ~(ⓒ若井みどり)

と、関西人にしかわからない呪文(爆)を唱えて進入。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように、

車でも問題ない状態ではあったけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

醸す雰囲気は、

やっぱアレ。

 

 

 

 

 

 

 

現役の道とは、

樹木のおっ被さり具合が決定的に違うよな…。

 

 

 

 

 

 

 

旧道に進入して、ほんの3分。

こちらに背を向けた標識が出現したが、すでに視線はその先に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイ、廃出た!

 

やはり閉じられてるか。まあ予想通りなので落胆はなかった。さっそく接近する。

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

2021年7月18日、YSGO周遊において(結果的に)最後に出会った橋をご紹介。

 

これは事前チェックではノーマークというか、気づいてなかったやつだったんだが、通りすがりにチラ見えして、これはアカーン!となった。こういう出会いがいいんよね~。

 

 

つうわけで、やっぱりダイジェストに載っけなかった物件をやってしまいます(笑)。

 

 

 

 

この直前にもひとつあったんだが、それはまたの機会にして、

ハイこれ!

 

一見して古いこの橋が、今宵のお題。現在地コチラ

 

 

 

 

 

わたくし好みの欄干。

この日のYSGO(笑)でしばしば見た、親柱のないタイプ。ここらのこういう地域性は、今回初めて発見した。

 

そしてこれまたしばしば見たように、銘板は失われていてお名前不明…。

 

 

 

 

 

 

向こうの踏切がカンカン鳴り始めたので待ってたら、

残念ながら、「青の交響曲」じゃなかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

せっかくなので、近鉄の橋梁も紹介しとこうか。

銘板が見えたのでズームしてみたら、「八鳥川橋梁」とお名前が判明した。

 

 

 

 

 

 

で~、

渡って振り返り。

 

 

 

 

 

 

さらに引いて、

踏切を入れて一枚。

 

この撮り方だと、すぐそばを交通量の多い国道(R169)が走っているなんて思えない。しかし、地図で見れば明らかなように、これは国道の旧道にあたる道のはずだ。

 

 

例によって、帰ってからQ地図で調べてみたのだが…どうもしっくりこない。「新鷲本橋」って出たのだが、いや、「新」じゃないでしょどう見ても。完成年は昭和23年とあって、うーん、まあこれはさほど違和感ないけど、個人的にはもっと古いように見える。何より違和感は、幅員が6.7mって。

 

イヤイヤイヤ、ないわ~。

 

 

そこで、改めて大淀町のホームページから調べてみた。Q地図って管理者のデータをもとに作成されてるはずだから…と懐疑的だったが、なんとそれらしい橋の新たなデータを見つけた。お名前は鷲本橋、橋長9.70m、幅員4.30mというデータはそれなりにしっくりくるし、町道中部26号線という路線名まで一致。じゃあこれやん、と言いたいとこなんだが…架設年次が1975年!?

 

イヤイヤイヤ、ないわ~(笑)

 

 

そんなに新しいわけがないのだ。わたくしより年下だなんて、そんなことはあり得ないのだ。けどまあそこ以外はすべてが現地で見たあの橋と合致しているようだ。なので、暫定的ではあるが、ほぼ鷲本橋で間違いなかろう…ということで、正式に記事タイトルとした。

 

 

 

 

 

最後に、R169からのサイドアングル。わたくしを引き返させたその景がこれなんだが、

わかるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

古レール製と思しき

方杖がある~!

 

これ見たら、絶対戻らにゃならんやつ(当社基準による)。これオリジナルなのかなあ。もしかしたらこの方杖で補強したのが1975年?

 

 

イヤイヤイヤ、ないわ~(笑)

 

 

 

 

 

以上、実験的手法でお送りしました(笑)。

 

 

 

今宵は一発ネタで。

 

 

わかる人はすぐわかると思うけど…。

パッと見たら、「なんじゃあこりゃあ!?」ですよね~。

 

答えは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうことです。

 

 

東京都国立市の鉄道総合研究所の正門前にございます。ちなみに、停まってる車はただの路駐です(笑)。