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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【初訪問篇】【2012冬篇】より続く。

 

 

 

旧・佐和山隧道への三度目の訪問は、少々間が空いて2017年1月27日。この時も、お仲間と一緒での訪問だった。

セロ尾さん(当時・笑)と、ケッパコあーやんさん(今どうしておられる?)との、ご覧の通りの雪中行軍となった。

 

お二方とも、WEB上でのやりとりはよくしていたけど、この時が初対面だった(と思う)。

 

 

 

 

 

草ヒロたちも雪化粧…いや、屍衣か…

 

 

 

 

 

でー、滞りなく到着。

いやもう、酷いもんですわ。

 

こんな見え方しかしないのがこの隧道のデフォルト。前回みたいな丸見え状態ってのは、手間をかけて刈り払い・掃除しないと絶対無理。

 

 

 

 

 

今回も、ポイントだけ押さえとく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラックは…

ちょっと広がったかな?

 

 

 

 

 

いつものこの場所で、

三人並んで腰を下ろして、まったりしましたな~。

 

 

 

 

 

あーやんさんが買ってきてくださってた

チェリオ「ママの手作り風ココア」をチビチビいただきつつ、「落ち着くなあ~」って(笑)。

 

まあまあの時間、ここに座ってたような気がする。

 

 

 

 

 

で、その後は、

わたくしとしても5年ぶり、山越えして鳥居本側をご案内することに。

 

 

 

 

 

掘割も、

雪があるとまた、違いますなあ。

 

 

 

 

 

となるとやっぱり、

あれも見とかないとね。

 

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

 

 

寝耳に水。

 

 

5月からまたしてもピンチヒッターをおっ被せられてしまった~。もう勘弁してほしいわ。他にやれる人間がいないからって、まあそらそうでしょうけどさあ。

 

あ~あ、ブログ書くのがさらにきつくなるじゃないのさ。まぁ比較的短期間で済みそうではあるけど…。

 

 

 

 

こんなふうに、

ボロボロにならんかったらいいのだが…(笑)。

 

 

 

 

しゃーない、今回も乗り切るしかない。

 

 

 

 

 

すいません、毒吐く…もとい、独白でした(笑)。

 

 

 

 

2021年9月26日、初めての長州遠征2日目。この日のネタで記事にしているのは、大棚隧道徳佐川橋梁佐波川ダム釣山隧道。今宵ご紹介するのは、朝のうちにたまたま見つけた物件。

 

 

 

まずはこれ。

とある四つ辻北側の左右に、存在感あるコンクリートの柱が。そしてその向こう遠くには、「ハウルの動く城」みたいな威容。これはそそるでしょう~。現在地はこちら

 

地図を見ればわかるが、向こうに見えているのは巨大な(マジで巨大な)セメント工場の一部。すると、親柱みたいに見えるこれはたぶん…。しかしそこはフルオープン、かつ民家もあり、一般車と思しき車も駐車されている。進入しても問題はなさそうだ。

 

 

 

 

 

なぜならば(上の写真ではわかりにくいが)

目を見張るほどにゴツイ橋が見えていたので。

 

 

 

 

 

右に見えている看板は、

伊佐川沿いの道は河川管理道路なので注意して通行せよ云々、という内容だった。

 

 

 

 

 

ていうか、ここでの見え方だけで、

この橋のゴツさが伝わるのではないかと。

 

橋の取り付き付近には一本だけのチェーンが地面に横たわっていた。黄色いものは、古~いトラック用ホイールを着色したもので、かつてはなにかの表示が立てられていたのかも。

 

今はご覧のように何もないので、渡らせていただく。まあ、結末はもう見えていたが。

 

 

 

 

 

この橋はサイドアングルに恵まれず、

現場ではこれが精いっぱい。親柱には銘板を嵌めるスペースはあったが、がらんどうだった。

 

 

 

 

 

右側の高欄に沿って、

ぶっとい金属管が生えてきて、「橋の内側」に這わされている。

 

公道の橋でこんなことはあり得ない。これはやはり、「アレ」だなと確信した。

 

 

 

 

 

見てくださいな、この感じ。

ゴツイ金属管と、それ以上にゴツイ(そして低い)コンクリート欄干。萌えるわ~。

 

 

 

 

 

それもそのはず。これ公道じゃなく、

このセメント工場の橋。行く手を見ればそれは明らか。つまりは、企業占有道の橋だということだ。

 

 

 

 

 

橋のドンツキには、ようやくというか

「部外者立入禁止」の掲示がある黄色い門扉、その向こうの工場への道は、巨大な扉で閉ざされていた。橋の状態も考え合わせると、永らく使われていないように見えたが、廃橋なんだろうか?

 

 

 

 

 

ひっそりと隅に立っていた柱?には、

かろうじて「伊佐セメント」と読めたが、残りは錆び切って判読もままならない。

 

 

 

 

 

閉ざされた門扉からの振り返り。

漂う廃の香りと、

 

 

 

 

 

公道の橋にはない、ハードコアな雰囲気

いい、実にいい。

 

 

 

 

 

橋上から望む、こちら上流側。

これだけ見ると、左に巨大セメント工場、右に住宅街があるようには見えない。

 

 

 

 

 

対してこちら、下流側。

元々は向こうに見えている橋をチェックしに立ち寄って、ここを見つけたという流れ。あそこからこの橋のサイドアングルも一応見えるのだが、木が生い茂ってろくなもんじゃなかった。よって、載せるほどの写真でもなく、割愛。

 

 

 

 

 

いや~、楽しめた。

このコンクリ柱は、やはり元はセメント工場の門柱だったのだと思われる。橋までの30mほど、昔は企業占有道だったのを払い下げたのだろうか?…知らんけど。

 

 

 

 

 

最後に、引きで。

ゴツい橋、本来ならもっと目立つはずなんだが、背景のあいつがデカずぎて、入ってこない。

 

 

 

 

 

ちょっと、Google Mapの航空写真モードで貼ってみるけど、

全貌は入りきらない~。ちなみに今回の橋は、左下のやつね。

 

 

いや、あそこのセメント工場のデカさは衝撃的だった。さすがセメントの都・美祢(勝手に命名)

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

まずはいつもの、「どーこだ?」から。

これは簡単ですな。

 

 

 

 

上半分だけめっちゃきれいな板塀、

最近まで何かで覆われていたんだろうか?

 

「お疲れにアリナミン」の看板、まあまあ見る。かすれてしまっているが青字と赤字が識別できるならば、まだ状態はマシな方かも。

 

アリナミンのことを書こうと思ったけど、すでにこのシリーズでいつだか書いた気がしたのでやめ(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

月見橋遊覧橋より続く。

 

 

 

遊覧橋からまた数十m南へ、今度の橋はこれ。

東より。場所はこちら。これまでの二橋と通底するテイストだ。

 

 

 

 

 

お名前は、

「かさやはし」。

 

 

 

 

 

お誕生日は、

やはりこれまでの二橋と同じ「昭和八年架設」。

 

この時点で、この川筋の橋たちは、今から出会う橋を含めてほぼ同時に建造されたものなのかもしれないと思い始めた。それってつまり、この時期に都市計画なのか災害なのか、あるいは「月見」「遊覧」という風雅なテイスト、なにかの施設に関連して整備されたとか、特殊な事情があったのか?とか。

 

そんな疑問から調べてみて知ったのが、前回の「鳴尾百花園」「武庫川遊園」だったわけだ。結局、ほぼすべての橋が同じ建造年、共通したテイストであることの理由自体はまだわかっていないわけだが。

 

 

 

 

 

北側からのサイドアングル。

北側から歩いてきたので、実際はこれがファーストコンタクトの景だった。

 

 

 

 

 

こちら、西側より。

ほんと、見た目がよく似ている。

 

月イチ連載にした最大の理由が、実はこれなのだった。連続して書いたら、ゲップが出そうに似てるから(笑)。

 

 

 

 

 

右の親柱に、漢字でのお名前。

「笠屋橋」。

 

「月見」「遊覧」ときて、ここでちょっと通常モード?何が通常なのか知らんけど。

 

 

 

 

 

最後に、南側からのサイドアングル。

次の橋へ。その間に、ちょっとしたアクセントが現れた。

 

 

 

 

 

続きは、また来月。