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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2012年8月17日、福井県遠征2日目。この日のネタで記事にしているのは、安養寺隧道山中隧道左右一号隧道国道305号・玉川トンネル旧廃道鯖波トンネル湯尾の総レール製水管橋大門の洞門

 

今宵ご紹介するのはこれらよりも後、この日終盤に通りすがった橋。我が分類では「良質な小ネタ」に属するかな(笑)。

 

 

 

滋賀へ帰るべくR476を南下中にコイツが見えて、急停車。

二径間の桁橋だが、向こう側の第二径間がなんかおかしいぞ。場所はこちら

 

しかし、こういうのに反応するのは、外道な橋好きなんだろうな~。

 

 

 

 

 

国道側から正対。

進入を止めるものはなにもないけど、四輪は無理だろう、さすがに軽トラでも。

 

 

 

 

 

橋面は、縞鋼版。

やはり、轍もない。で、向こうの第二径間、やはりおかしい。カクカクしてるのがわかるだろうか?

 

 

 

 

 

径間の継ぎ目。

非常に簡易な造り。もしかして個人が架けたんだったりして?とか思ったっけ。

 

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

誰のものとも知れぬ自転車がもたれかかっていた。

 

このサイズ感、無理すりゃ軽トラなら行けそうな気もするが。誰も通ってなさそうということは、そういうことなんだろう。

 

 

 

 

 

下流側からのサイドアングル。

やっぱ変な桁だな~。これもトラス橋っていうのだろうか。下路ダブルワーレン桁橋?

 

 

 

 

 

上流側より。

今さらだが、川の名前は木の芽川。

 

 

 

 

 

ちゃんとしたアップはこのくらいしか撮ってなかったのだが、

やはり二か所、勾配の変化点がある。それと(葛の葉に隠れて見えづらいが)側面下部に渡されている細い金属棒(語彙…)が気になった。これなどういう役目を果たすんだろう。

 

 

 

 

現場にはご覧のように何の情報もなし。記事にを書くにあたり、愛と信頼の全国Q地図で一応調べてみたら、なんと判明した。てことは公道だったのか。

 

お名前は「浅見橋(あさみばし)」、昭和50年架橋、延長25.8m、幅員1.5m。路線名は「市道樫曲4号線」となっている。農道じゃなかったんだ~。

 

 

 

 

 

こういうの、他で見たことあったかなあ。

たぶんない気がする、現在に至るまで。

 

 

こういう変な橋、大好きだ。


 

 

 

以上。

 

 

 

 

来たるGW後半、昨年9月25日~27日の長州遠征以来の遠出を敢行することにしました。

 

 

昨年後半からなんやかやと仕事が忙しくてなかなか遠出ができず、なんとか活動再開したいと思った矢先に骨折をやらかし…とかモタついてる間に、まためんどくさい仕事をおっかぶせられて、5月からさらに出かけにくくなっちまうし。

 

 

いや~、もう我慢も限界ですねん。

 

 

 

 

 

 

行先は、

に決定いたしました。

 

 

昨年の長州遠征の際にかすめた島根県にも非常に魅力を感じていたので、漠然と候補としてあったんですが、島根県の地図は全然持ってないし、新しく買うくらいなら、すでに地図を所持している静岡がいいかな、とか、決めあぐねていました。ただ、やはりこの趣味で未踏の地である島根県への想いは強く…。

 

で昨日、仕事先最寄りの書店に地図を見に行ったんですな。けっこう大きな書店にでも行かない限りは島根県の県別マップルは置いてないだろうし、もしそんな大きくないここでそれがあったら、行先は島根県に決めよう、と思って。

 

 

結果は、写真の通り(笑)。5月2日の仕事を終えて、その夜から出発する予定です。ルートなんかは行き当たりばったりですが、成り行き次第で鳥取西部あたりもシバくかも?

 

 

 

 

 

それと、いろいろありまして…おそらくこの遠征が、ノートさんでの最後の遠出になる見込みです。遠からず、新しい相棒を迎えることになりそうですので(相変わらず全くこの趣味に向いてない車・笑)

 

 

 

 

いろんな無茶に付き合ってくれた相棒との思い出作りも兼ねて、まあとにかく楽しみっす!

 

 

 

2019年7月27日、高知~徳島遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、堀切橋法恩寺跨線橋三子生隧道二股橋一ノ坂隧道旧・一ノ坂橋

 

今宵ご紹介するのは、三子生隧道への移動途上で訪ねた物件。場所はこちら

 

 

 

奈半利川に沿って県道206号を北上、田野町から北川村に入ったところに、

それはあった。

 

 

 

 

 

県道の旧隧道…ではない。正体は、この看板を見れば一発解決。

そう、魚梁瀬森林鉄道の隧道が、こうして県道脇に遺されているのだった。

 

 

 

 

 

ガサガサ~とかき分けまして…

さっそくお邪魔を。

 

 

 

 

 

非常に堅牢な、

石造ポータル。綻びはほぼなさそうに見える。

 

 

 

 

 

洞内もまた然り。

まあ見事なもんだ。

 

 

 

 

 

いや~、

バチッと細部までキマっておりますな。

 

 

 

 

 

そしてお約束の、鉄板の構図。

宜しいな~。

 

 

 

 

 

スプリングラインに見つけた、くり抜き穴。

水抜き用?なんかの調査?

 

 

 

 

 

正真正銘の

総石造ですな~。

 

 

 

 

 

堪能中のよとと隊長。

いい雰囲気。あー隧道潜りてえ~。

 

 

 

 

 

もちろんこちらも、

激藪~。まあこの季節だし。

 

 

 

 

 

こっちもまた

状態はバッチリ。

 

こんなにも素晴らしい保存状態なのに、「旧魚梁瀬森林鉄道施設」として国の重要文化財に指定された18件には含まれてないんだな。なんでかね?

 

まあそれも気になるが、隧道上の蜂洞をどうやって置いたのかの方がもっと気になるかも(笑)。

 

 

 

 

 

つうわけで、

冒頭の写真、実は最後に撮ったものだったり。

 

 

 

以上、最初と最後が同じ写真という実験的手法でお送りしました。

 

 

 

2020年2月18日、仁丹ハントの途中で立ち寄ったラジオ塔をご紹介。

 「ラジオ塔とはなんぞや?」などについては、これまで記事にした萩児童公園のラジオ塔大和公園のラジオ塔八瀬のラジオ塔小松原公園のラジオ塔紫野柳公園のラジオ塔を参照のこと。


 

 

 

さて、現在地はこちら。雰囲気を感じていただくためストビューからも。

これまで見てきた「ラジオ塔のある公園」とはちょっと趣が違う。

 

運動グラウンドが中央にあり、この日は野球の練習をする子供たちとその保護者でにぎわっていた。場違い感ハンパなし(笑)。

 

 

 

 

 

こんな明るい公園のどこに…って、

あ~、あれか。

 

 

 

 

 

これはまた、

やっぱりほかのどれともまた違う。この一基ごとの個性が素晴らしいなあ。

 

 

 

 

 

最大の特徴は、

やはりこのサイドの巨大なくり抜き。

 

ここに機器を内蔵していたものと思われるが、なんらか蓋かカバー的なものはあったはず。どんな姿だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

改めて、おおむね正面より。

下に向かって少し広がる形状のためか、優美な印象があるね。

 

 

 

 

 

もちろん気になるのは正面に取り付けられた石板。そこには

「橘公園愛護會」とあった。公園の管理をしていた近隣の団体とかだろうか?

 

見たところ、このラジオ塔にはほかの幾つで見られた「KOOK」のコールサインは記されていないようだった。あるいは失われたのかも。

 

 

 

 

 

てっぺんのここは、

拡声装置が置かれていたスペース?

 

 

 

 

 

こちらには、

 

開閉可能な蓋が取り付けられていたとおぼしき蝶番が残っていた。

 

 

 

人が写り込まないように撮ってるけど、冒頭に書いたようにすぐ背後のグラウンドには人がたくさん。ささっと撮って観察して、速やかに立ち去った。いわゆるヒット&アウェイで(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

【前篇】より続く。

 

 

 

もちろん、通りすがりに

こちらもご案内。

 

 

 

 

 

改めてよくよく見てみると、

「明治十四年巳六月」とあり、その下に「再發起人」として(おそらく)三名分の氏名が刻まれているようだ(「西澤」「加藤」はなんとなく判読できた)。

 

「再」發起人とは、やはり「嘉永七年」と刻まれているのは元々の建立年で、明治十四年に再建されたってことなのか?てかそもそも、「何に対しての」発起人?謎が多いな、この石柱は。

 

 

まあ、さほど掘り下げることもなく(笑)、進軍再開~。

 

 

 

 

 

掘割を抜けて下っていき、

 

 

 

 

 

現隧道上を横断。

国道8号に雪崩を起こしたら、どうなっちゃったんだろう(笑)。猛ダッシュで逃げるしかないな。

 

 

 

 

 

最後の下りが難儀だった。

太ももまで埋まる雪中行軍に加え、倒竹が隠れているので踏んづけたら滑るスベる。あーやんさん、顔を隠すのがもったいないくらい爆笑中(笑)。

 

 

 

 

 

最後は

倒竹の底に滑り降りたら、

 

 

 

 

 

5年ぶりの

ごたいめーん。

 

 

 

 

 

このあたりの写真とか、

 

 

ナニしてたんだっけ(笑)。

 

 

 

 

 

フラッシュオンで撮ってみたけど、

結局どうやってもちゃんと見えない扁額…。

 

 

 

 

 

扁額左側の

デカいクラックも、実は以前からあった。前回は載せなかったけど。

 

この赤いペイント、いわゆる落書きではなかったと思う。一応管理されてるというか、行政によるもののように見えた。

 

 

 

10分ほどの滞在の後、撤収~。

 

 

 

 

 

帰りには改めて、

草ヒロ鑑賞も忘れずに。

 

 

 

 

この後は横山隧道へ流れて、楽しくお食事など。その模様は、この日のダイジェストで。いや、楽しい日だった~。

 

 

 

 

この時を最後に、以後再訪はしていない旧・佐和山隧道。ウェーダー着用での再アタックは…やっぱり気が進まないのでやめ(笑)。

 

 

 

 

以上。