失われし三連橋梁@愛知r246【4】~境橋 (愛知県刈谷市逢妻町~知多郡東浦町森岡) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【3】より続く。

 

 

 

ではこの最終回、

三連橋梁のラスイチ、境橋をこってりと。

 

サイドビューもお名前さえも前回に開示しているので、今回はコメント最小限とし、ほぼ写真のみでお送りする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーむ、くどいな(笑)。

 

この境橋、ある意味刈谷橋以上に個人的にはどストライクで、写真を撮りまくった。質実剛健で、華美な装飾はなくともシンプルでかっちりとした、端正な美しさをまとった素晴らしい橋。刈谷橋と共通の意匠を与えられつつも、欄干や桁の構成含め、トータルではこの境橋が最もわたくし好みだったかな。

 

 

 

最終的にこの三連橋梁が現役を退いたのは2014年11月、翌12月からの工事で解体撤去されたとのこと。

 

実はわたくし、2014年11月15日にこの三連橋梁を車で渡っている。それは煉瓦祭り@愛知の初日のことで、明神樋門と明神川逆水樋門の訪問後、東海道本線沿いに南下していく際に通ったのだった。

記事を書くにあたって調べて初めて知った(当日全然気づいてなかった)のだが、なんとこの日は新橋が供用開始されたまさにその日だったらしく、つまりは三連橋梁にとっては現役最後の日だった可能性が高い

 

 

 

 

なのでこの航空写真は、

2014年12月~2015年1月ごろの撮影なんだろう。ほんと絶妙な…。

 

 

 

80年余の現役期間の最後に再び渡らせてもらえた。これは…やっぱり運命を感じるなあ。呼ばれたなあ…。

 

 

 

 

 

 

以上、今は亡き三連橋梁の、在りし日の姿をお伝えした。

手前から境橋、刈谷橋、奥に亀城橋。

 

 

 

 

 

《境橋》

1934(昭和9)年3月架設 

RC桁 土木学会選近代土木遺産C

2014(平成26)年12月~解体撤去

 

《刈谷橋》

1934(昭和9)年●月架設 

RC桁(下路) 土木学会選近代土木遺産C

2014(平成26)年12月~解体撤去

 

《亀城橋》

架設年不詳 

RC桁 

2014(平成26)年12月~解体撤去