2013年1月17~18日、奥三河彷徨。この日のネタで記事にしているのは、小町トンネル、荒子トンネル、豊栄トンネル、芳ヶ入トンネル、槙原隧道、新一の瀬橋、水沢トンネル、国道151号・市原トンネル旧廃道、旧々道、戦橋、川角トンネル旧廃道。
今宵ご紹介するのは、市原トンネル旧廃道に続いて訪ねた物件。
国道151号・新本郷トンネル南側から旧道に入ってすぐ。
正面に隧道が登場。現在地こちら。
陽射しが強いためコントラストがつきすぎて、どんな隧道だかよくわからないと思うが、問題ない。こっちは改修済みコンクリポータルだから。
扁額には、
「本郷隧道」。その下には別で「昭和八年三月修繕」。こういう二枚だての扁額って珍しい。
坑口付近はゴミステーションとして使われているようで、
坑口から7~8mほど入ったところでフェンス封鎖されていた。
側壁は、瘤出し仕上げの石積み。
…なんであんなとこにポストが付いてる?(笑)
そして、注目すべきは…
そう、この隧道、煉瓦隧道なんである。
それにしても、この白さはなんなんだろう。
多少画像の色調をいじってはいるけど、目地の白華現象だけで、ここまで全面的に白くなるもんかなあ。
まあとにかく、これ以上やれることはない。
ちょっと窮屈な鉄板の構図を撮ったら、反対側へ移動だ。
んで、やって参りました、北側に。
こちらは、大変わかりやすく並列していた。
ちなみに左端に写っているのは、新トンネルの開通記念碑。銘板によれば1988年6月の完成だとのこと。
で、国道を渡って、
旧隧道に正対。
こちらは重厚感あふれる石ポータルだ。
ストレートにカッコいい。
そして、扁額!
「ほんがうずゐだう」。これが好きなんだよな~(笑)。その下には「大正十年十二月開通」。
時は煉瓦時代末期。
本記事公開時点で、百年を優に超える古洞である。それを考えればこの堂々たる幅員、大したものだ。
道路トンネル大鑑(「山形の廃道」様ご提供の隧道リスト・昭和42年)によれば、延長320.2m、車道幅員5.4m、限界高3.5mとのこと。
直下から見上げるポータル。
そういえば反対側で、昭和八年修繕とあったが、完成後わずか12年で改修されたってことか。ポータル崩落でもしたのかな?
ポータル前から振り返り。
現道からは丸見え。ストビューを見ると、両側ともにこの2013年当時とほとんど変わってなさそうだったな~。
最後におまけ。
この訪問からわずか8日後(!)の2013年1月26日、おろろんさんと奥三河・南信を徘徊した際に、早くも再訪。
南側坑口にて。
すでに暗くなってたので、車を突っ込んで洞内をピカーーー!!
変わってないな…って、たった8日でなにも変わるかーい(セルフツッコミ)。
近場物件を除けば、自分史上最速の再訪だったかも。
それも、ひと様の車でね。この写真、ちょっと好きだ。
このエリアも、この時以来のご無沙汰か~。いっぱいシバキ残しがあるなあ…。
以上。
















