映画には複数のバージョンが存在しないことが圧倒的に多いのだが、場合によっては異なるバージョンが存在する映画がある。本項ではその「映画のバージョン違い」について紹介する。
【ディレクターズ・カット】
圧倒的に多いのがディレクターズ・カットである。これは特に洋画が該当する。日本と異なりハリウッド映画の最終編集権は映画監督ではなくプロデューサーにある。なので、監督が望んだとしてもプロデューサーによってカットされる場面もあり、劇場公開後のソフト発売時に劇場公開版とは別にディレクターズ・カット版が公開されたり発表されたりすることがある。また、シーンを追加するだけでなく削除したり入れ替えたりするので決して上映時間が増えるとは限らない。ただ、「エイリアン(1979)」など、ディレクターズ・カット版の方が上映時間が短い例は少ない。ディレクターズ・エディションとも。
・「エクソシスト(1973)」は上映時間122分の劇場公開版があるが、2000年に上映時間133分のディレクターズ・カット版が発表されている。
・「スーパーマン(1978)」は上映時間144分の劇場公開版があるが、2000年に上映時間152分のディレクターズ・カット版が発表されている。
邦画でも珍しいディレクターズ・カット版の具体例は下記の通り。
・「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う(2010)」は上映時間127分の劇場公開版があるが、上映時間146分のディレクターズ・カット版が発表されている。ただ、これは劇場公開版がR15だったのに対し、ディレクターズ・カット版がR18であり、R15では収録できない場面がR18のディレクターズ・カット版に収録されているという感じであり、上述の意味のディレクターズ・カット版とは異なる印象である。
・「GONIN サーガ(2010)」は上映時間129分の劇場公開版があるが、上映時間169分のディレクターズ・ロングバージョンが発表されている。劇場公開の直後にディレクターズ・カット版の製作が決定した。
・「FAKE(2016)」は上映時間109分の劇場公開版があるが、ソフト発売時に上映時間128分のディレクターズ・カット版が発表されている。これは劇場公開時に諸事情によって入れられないシーン(少女が佐村河内守氏の家を訪れるシーン)があったが、ソフト発売時に入れることが可能になって追加している(そのほかにも追加・再編集が施されている)。
【エクステンデッド版】
ディレクターズ・カット版と意味合いは近いが、エクステンデッド(Extended)が「引き延ばされた」という意味合いなのでエクステンデッド版の方が上映時間が短いということはない。エクステンデッド版、エクステンデッド・カット、エクステンデッド・エディション、エクステンデッド・バージョンとも。
・「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ3作品、「ホビット」シリーズ3作品にはすべてスペシャル・エクステンデッド・エディション(略称SEE)が存在する。
・「アバター(2009)」には上映時間162分のオリジナル版、上映時間171分の特別編、上映時間178分のエクステンデッド・エディションが存在する。
【アンレイテッド版】
「アンレイテッド(Unrated)」とは、直訳すれば「未審査/未評価」という意味になり、「レーティングの指定を受けていない」という意味で使われる。特にエロやグロの表現においてR18ではOKだが、R15ではダメという場合がある。劇場公開版はR15だったためにカットした場面をソフト化の際に「アンレイテッド版」と称してカットした場面を追加したバージョンが発表されることがある。アンレイテッド・バージョン、アンレイテッド・エディションとも。
・「イコライザー(2016)」は劇場公開版とアンレイテッド・バージョンの上映時間の違いは約15秒だが、アンレイテッド・バージョンには劇場公開版には入れることのできなかった暴力的なシーンが追加されている。
・「死霊のはらわた(2013)」は上映時間91分の劇場公開版と、上映時間96分のアンレイテッド・エディションが存在する。
【国によって異なるバージョン】
上述のアンレイテッド版も含まれるが、こちらではそれ以外の異なるバージョンについて紹介する。他国で公開される際に短く、もしくは長く編集して公開されることもある(特に70年代から90年代の香港映画)。
・「ポリス・ストーリー/九龍の眼(1988)」は上映時間105分のオリジナル版と、上映時間121分の日本公開版が存在する。特にブルース・リーやジャッキー・チェンの90年代までの作品にはほとんどにオリジナル版とは異なる日本公開版がある。
・「バンデットQ(1981)」は上映時間が116分のイギリス公開版、上映時間が110分のアメリカ公開版、そして子供向けに編集した上映時間103分の日本公開版が存在する。
・「新幹線大爆破(1975)」は上映時間152分の日本公開版、上映時間115分のアメリカ公開版、上映時間100分のフランス公開版が存在する。
【監督が亡くなった後に他の監督/関係者が完成】
諸事情により監督にとって不本意な形で上映された作品があり、その監督の死後に関係者などが監督の本来の意図を汲んで編集したものもある。
・「黒い罠(1958)」はオーソン・ウェルズ監督の意図と異なる上映時間96分の劇場公開版と、彼の死後に映画評論家のロバート・ローゼンバウムがフィルムの権利を握るユニバーサル・ピクチャーズと交渉し、オーソン・ウェルズが残したメモなどを参照して再編集した上映時間111分の修復版がある。
・「最前線物語(1980)」上映時間が113分の劇場公開版と、サミュエル・フラー監督の死後に映画評論家のリチャード・シッケルが主導して製作された上映時間が162分のリコンストラクション版が存在する。
・「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(1984)」はオリジナル版(おそらく上映時間が229分の完全版に近いバージョン)がカンヌ国際映画祭で評価を得たが、アメリカの配給会社はそこから90分ほど短縮し、さらに時系列通りに入れ替えた139分のバージョンを公開し芳しくない評価となってしまった。そしてセルジオ・レオーネ監督自ら編集した上映時間が229分の完全版を上映して評価を高めた。その後、セルジオ・レオーネ監督は死去し、のちになってマーティン・スコセッシ監督らが修正に立ち上がり、上映時間が251分のエクステンデッド版が公開された。
・「メトロポリス(1927)」…そもそも多くのバージョンが存在する本作は、音楽家のジョルジオ・モロダーが世界各国のコレクターから本作のフィルムを購入し、自身の作曲した音楽をつけた「ジョルジオ・モロダー版」を1984年に発表している。
【当初の監督】
ディレクターズ・カット版の括りに入れても良いのだが、紆余曲折を経たものをこちらのカテゴリーに分類した。
・「スーパーマンII 冒険篇(1981)」は、当初「スーパーマン(1978)」と前後編で同時進行による撮影が行われていたが、製作費が嵩んだことやプロデューサーとの対立によりリチャード・ドナー監督は撮影の大半を終えながら監督を降板し、リチャード・レスター監督が引き継いだ。その後、リチャード・ドナー監督の考えていたバージョンの公開は望まれ、紛失したフィルムが見つかり、対立したプロデューサーのイリヤ・サルキンドとも和解していたことから、2006年に「リチャード・ドナーCUT」と称して、リチャード・ドナー監督版の「スーパーマンⅡ」が製作された。
・「ジャスティス・リーグ ザック・スナイダーカット(2021))」…監督名義はザック・スナイダーだが、彼はポスプロ中に降板し、ジョス・ウェドンが再撮影などを経て120分のバージョンを完成させた。後になってザック・スナイダーカットを望むファンの声もあり、ワーナー・ブラザースはザック・スナイダーカットの製作を決定。ジョス・ウェドンが追加撮影したシーンは使われず、上映時間242分と、劇場公開版から2倍以上の上映時間となったが単純に上映時間が2倍になったわけではない。
【テレビ放映時の編集】
日本に限らずだが、テレビ放映時に編集されることは多々ある。もちろんノーカットで放送されることもあるが、2時間枠に合わせてカットされることが多い。また、それとは別に1980年代にアメリカでテレビ放映時に独自の編集バージョンが放送されることがあった。
・「ポストマン(1997)」は上映時間が177分の劇場公開版があるが、日本のフジテレビで放映される際に正味96分に短縮された。
・「ゴッドファーザー テレビ完全版(1977)」は1977年のテレビ放映時に「ゴッドファーザー(1972)」と「ゴッドファーザーPARTⅡ(1974)」に未公開シーンを付け加え、年代順に編集した上映時間が420分のもの。
・「スーパーマン(1978)」は上述のように劇場公開版とディレクターズ・カット版があるが、1980年代にアメリカでテレビ放映される際に上映時間が189分のエクステンデッド版が製作された。
・「デューン/砂の惑星(1984)」は上映時間が137分の劇場公開版と、アメリカでテレビ放映される際に製作された上映時間が189分のテレビ放映長尺版がある。
また、日本で発売されているソフトにテレビ放映時の日本語吹替が収録されていることもある。かつてのソフトだと日本語吹替の欠落箇所はオリジナル音声/日本語字幕で対応したものしかなかったが、最近では日本語吹替の欠落箇所をスキップできる当時のテレビ放映時の編集版として見ることが可能なソフトも発売されている。
【モノクロ版】
カラーで劇場公開された後にモノクロ版が公開、ソフト化されることがある。
・「ミスト(2007)」…DVDの特典にモノクロ版がある。
・「マッドマックス/怒りのデス・ロード(2015)」…カラーの通常版が公開された後に「ブラック&クローム・エディション」というモノクロ版が劇場公開ならびにソフト化されている。
・「パラサイト 半地下の家族(2019)」…カラーの通常版が公開された後にモノクロバージョンが劇場公開、ならびにソフト化されている。
・「カルメン故郷に帰る(1951)」…カラー版と同時撮影されたモノクロ版が存在する。
【着色版/カラーライズ版】
モノクロで劇場公開された後に着色版/カラーライズ版が製作されることがあった。特に1980年代にカラーライズ版の製作が盛んになった。
・「月世界旅行(1902)」…モノクロ版と着色版(2011年に修正版が公開)が存在する。その修正版製作の様子はドキュメンタリー映画「メリエスの素晴らしき映画魔術(2011)」で確認できる。
・「プラン9・フロム・アウタースペース(1959)」…モノクロ版とカラーライズ版が存在する。
・「地下室のメロディ(1971)」…上映時間が121分のモノクロ版と上映時間が105分のカラーライズ版が存在する。
【デジタル修復】
映画公開当時からの技術の進歩によってデジタル修正を加えるケースは多い。2Kリマスター版、4Kリマスター版、デジタル・レストア版、デジタル・リマスター版など。
・「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望(1977)」は、特別編(1997年)、2004年版(DVD発売時)、2011年版(BD発売時)、2019年版(4K Ultra HD発売時/Disney+配信時)の計4度の修正、追加、編集が行われている。
・「ブレードランナー(1982)」は2007年の「ファイナル・カット」の際に大掛かりなデジタル修正が施され、Ultra HD BD発売時にも細かな修正が施されている。
【総集編】
ほとんどお見掛けしないが、下記のような例もある。
・「仁義なき戦い 総集篇(1980)」…シリーズ5作品を224分にまとめた総集篇が存在する。
【変わり種】
・「RAMPO(1994)」は黛りんたろう監督のバージョンと、プロデューサーだった奥山和由のバージョンが存在する。黛りんたろう監督の完成させた作品に納得できなかったプロデューサーの奥山和由がメガホンを取り再撮影を経て完成させた。黛バージョンと奥山バージョンは同時公開されるなど話題を呼んだ。また、この奥山バージョンに未公開シーンを付け加えたインターナショナル版も存在する。
・「戦争のはらわた(1977)」はそもそもバージョン違いが少なくとも3つ以上は存在する。さらに、「最終版」と冠したBDに計6種の日本語字幕(2017年改訂版/2015年NHK放送版/2013年BD版/2010年DVD版/2000年DVD&VHS版/1985年VHS&LD版)を収録している。
【バージョン違いの種類が多い作品】
・「ブレードランナー(1982)」…ワークプリント版、サンディエゴ覆面試写版、アメリカ劇場公開版、インターナショナル版(日本では「完全版」としてソフト化)、アメリカテレビ放映版、ディレクターズ・カット(1992※日本では「最終盤」としてソフト化)、ファイナル・カット(2007)と最低でも7つのバージョンが存在し、ソフトによっては計5つのバージョンを収録。
・「ゾンビ(1978)」…アメリカ劇場公開版、ダリオ・アルジェント版、日本劇場公開版、ディレクターズ・カット版、製作45周年コレクターズ・エディション版と最低でも5つのバージョンが存在する。
【バージョン違いを製作することが多い映画人】
・リドリー・スコット監督…「エイリアン(1979)」「ブレードランナー(1982)」「レジェンド/光と闇の伝説(1985)」「グラディエーター(2000)」「ブラックホーク・ダウン(2001)」「キングダム・オブ・ヘブン(2005)」「アメリカン・ギャングスター(2007)」「ロビン・フッド(2010)」「悪の法則(2013)」「オデッセイ(2015)」と10作品もある。
・ピーター・ジャクソン監督…「ロード・オブ・ザ・リング(2001)」「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔(2002)」「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2003)」「キング・コング(2005)」「ホビット/思いがけない冒険(2012)」「ホビット/竜に奪われた王国(2013)」「ホビット/決戦のゆくえ(2014)」と7作品もある。
・ジェームズ・キャメロン監督…「エイリアン2(1986)」「アビス(1989)」「ターミネーター2(1991)」「タイタニック(1997)」「アバター(2009)」と5作品もある。ちなみに、「タイタニック(1997)」は3D版であるので、バージョン違いと捉えるかどうかは微妙なところ。
【バージョン違いを見るには】
バージョン違いを確認するためにはそれぞれのバージョンがソフト化されていれば見比べることは可能だろう。場合によってはそれぞれのバージョンを1つのソフトにすべて収録しているケースもある。ただ、ソフト化されていないケースもある(海外のソフトでは収録されているが、日本で発売されているソフトには収録されていないなど)。また、1つのソフトにまとめて収録されていなければソフトをそれぞれ購入しなければならないこともある(例えば劇場公開版はDVDにのみ収録されており、ディレクターズ・カット版はBDにのみ収録されているなど)。
また、配信によってはそれぞれのバージョンを配信していることもある。このあたりは各動画配信サービスの中で検索していただきたい。
なお、当サイトにて映画のバージョン違いのある作品の一覧を可能な限りまとめてみたので、もしよければそちらも参照してください。
映画のバージョン違いがある作品の一覧はこちら