千葉の熊野の馬と鹿 〜旧暦七夕・天竺の姫と諏訪の神!? | かんながら

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旅の記録です

 

雨が続く。

今年の夏前にもあったな、こういう時期が。

夏の始まりも終わりも雨か。

 

その前には風が吹き続けた。

風の禊だ、って思った。

昔全国の美術館を巡ってた「スサノヲの到来」を思い出していた。2015年くらい?

 

 

 

 

ヨギの治療師からは酔いがさめたら我に返ったのか、

「〜へ付き合ってくれませんか。別案でもいいです」

って驚くほど丁寧なメールがきた。

 
別案でもいい?
なら、一晩寝て考えよう。
 
そうだ、千葉だ。
 
「ひょうたんは いつもぶらぶらしているが 首の周りに しめくくりあり」
あの歌を教えてくれたのは、ヨギの治療師だ(瓢箪から駒が出て、さて、次は? 〜成田山・星供養)。
 
 
「インドのお姫様が祀られている」率土神社(そっとじんじゃ)。
日本から出られなかったけど、インドいいじゃん。
天竺だ。
 
補陀洛山寺の住職がインド人の顔してるとか、くろしおハイウェイは世界を網羅している。
阿波ともつながり、千葉とも繋がる。
そういえば、「ディープな熊野ツアー」の代官山蔦谷書店の森本さん(2週連続の沖縄 〜 駒が回り始めた!? その1 聖地の本質)言ってたな、
「熊野は地元志向の関西にありながら東をみてる」って。
 
しろくまさん、再会したかな、あちらの世界で。
 
 
天竺といえば、殺傷石の「玉藻前」。
 
天竺をめざしたといえば三蔵法師で、ゴダイゴのガンダーラ。
今ゴダイゴって変換したら、当たり前だけど「後醍醐」って出たよ。
そうなの?だったらすごくない?ゴダイゴ。
 
 
今日8月16日は後醍醐天皇がお隠れあそばした日でもあり、
京都で五山送り火が行われる日でもある。
送り火(日)。
 
 
とにかく先に進まなきゃ。
 
 
電話での失言をどれくらい覚えているのかわからないが、
「行きたいところがあるからクルマ出して」って言ったら
ヨギの治療師はきてくれた。
 
普段の彼だったら「面倒」って言ったりしてわたしを驚かせるが
(わたしが本気で頼むことを「面倒」っていう人とわたしはつきあわない)、
言わなかった。
 
 
「じゃーね」に込めた怒りは伝わったようである。
 
 
感情のエネルギーって大事だ。

 

 

 

彼は気づいていないかもしれないが、彼は伊勢平氏おじさんと同じものを持っている。
わたしにもそれはある。
 
 
でもわたし、自分のまいた種は刈り取るって決めている。
ただ刈り取るんじゃなくて、毒草を薬草に変えるのだ!!
 
 
湾岸を抜けていくと、コンテナをあげるガントリークレーン。
海のキリンが並ぶ港の景色、よくみにいった。
大阪でもも神戸でも。
 
 
そういえばもう長らく見てなかった。
公園に一息つきに散歩に出るくらいの感覚で、しょっちゅう港に行ってたのに。
港の水が塩辛いのはわたしの涙のせいだと思うくらいに。
 
 
門司港みて、わたしは港が好きだった、って思い出した。
神戸も、横浜も、大阪も、東京も、そしてケープタウンも。
 
 
 
ひさしぶりの海ほたる。
 
 
突風で吹っ飛ばされそうになったが、台風接近の雨の予報が雨は上がっている。
 
 
前回来たのは、いすみの国吉にいったとき(約束の地、國吉に祀られていた神は 〜372年ぶりの日蝕夏至の日に)。
 
約束の地、か。
カナン。
乳と蜜あふるる土地、だったっけ。
 
 
売店で前に買ったお土産のバームクーヘン売ってた。
あと、八街(やちまた)産の殻つきピーナツ。
 
そういえば、伊勢平氏おじさんも、「ピーナツは八街がいい」って買ってた。
 
しかし、読めないよな。
八街(やちまた)って。
 
8つの又は、9の頭(九頭=クズ)か9の尾(九尾)(七夕だから、成田山 〜祇園会に開くもの)。
そこのピーナツ。
落花生って瓢箪に似てる、って思ったんだったな、成田山に行ったとき(ピーナツは瓢箪!?千葉に熊野があった 〜双子座新月前のいろいろ)。
 
 
 
もどき、なのかもしれないけど。
 
 
 
うん?新暦の七夕は成田山の祇園会にいったんだ。
で、これを書きながら思い出したけど、そういえば、今日(2021年8月14日)は旧暦七夕だった。
 
リトル・ツインスターズ、キキ・ララのこのコンビで。
それは暴風も吹くな。しかも赤べこと葛の葉だし(謎)
 
 

記事にしてないけど、1回目はしろくまさんがなくなる直前に行ったはとバスツアーで房総イチゴ狩りの旅。

はとバスツアーは不思議なご縁があって、もう一度いったのは、諏訪大社四社めぐり(諏訪大社四社まいりと万治の石仏)。
しろくまさんが選んで連れていってくれたのだが、やっぱり意味のあるものだった。
 
 
日蝕夏至の日は、ヨギの治療師と再会する前だったが、彼はなにやらあやしげなホメオパシーのレメディを飲んで倒れていたと言っていた。
 
 
 
海ほたるでたこ焼きを食べて、いすみ鉄道のパンフレットをみながら、「国吉」の旅の話を(2週連続の沖縄 〜 駒が回り始めた!? その2 ふたたび安須森へ)。
いすみには、わたしの昔の名前の駅がある。
宇宙人ヒロさんは知っていたのか。
 
 
しろくまさんと国吉さん、Wヒロさんが、わたしを運んでるのかな。
きっとわたしのこの先の旅もひとりじゃない、って思う。
 
 
でも、見えない世界で一緒ってわかっていても、心細くてしょうがないんだけど。
わかってる。いつも見えない世界に守られてきた。
 
あんな無謀な旅を、こんなロクでもないわたしがいい人に囲まれて、
無事にやってこれたのは、誰かよほどの人たちが一緒にいてくれているからだってことは。
 
 
最近また25年前の「ヒロ」さんと縁が復活して、歳きいたら「丑」って言われて、
もうひとり赤べこきたか、って思ったところ。
「次の10年をみまもってくれるヒロさん(伊勢から代々木八幡宮へ 〜東京で待っていたものは)」も、リレー要員として複数必要なのかもな。
みんな揃いも揃って「支えきれない」っていうし。
 
 
そういう意味では、
 
 
「お前だけを愛してくれる人がいないだけ」
 
 
って言った白山のサルタヒコの考察は名言だと思う。
 
 
でもね、わたしだって、「わたしだけをみてくれる人に愛されたい」って思うのだよ。
肉体の、わたしの方は。
 
現実生活って、エゴがないと成り立たないんだもの。
だから、「身体という衣を脱ぎたい」って思うわけ。
 
 
身体に無頓着になってしまうから。
それは、子どもの頃からずっとそう。
 
 
 
 
 
率土(そっと)神社。
なんか印象違うけど。
なんかもっと大きかったと思ったんだよね。
 
尾鷲の大先生と「この人もファミリーだよ」って紹介された木更津の社長さん。
まさか大先生を東京から木更津に呼びつけてワイン会すると思わなかった(ピーナツは瓢箪!?千葉に熊野があった 〜双子座新月前のいろいろ)。
しかも、荒天のバーベキュー場で。
 
でも、「行ってみよう」と思ったのは、場所確認したとき「祇園」駅と「率土神社」を見つけたから。
あと、瓜のつく地名。
スサノオの土地だって直感したから。
 
素戔嗚尊(すさのおのみこと)、牛頭天王。祇園。
「祇園精舎の鐘の声」は、平家物語だ。
牛の土地。そして、海人族の匂い。
なんといっても千葉だもん。
 
 
その日に行ってみたかったけど、行けなかった。
やっと参拝実現。
 
 
阿夫利神社もある。
大山じゃん!?
 
って思ったらヨギの治療師。
「アフリカいただけに反応するんだね、阿夫利(あふり)」
 
「!?」
 
思ったことなかったよ。
アフリカ。
 
でも。
そういえば。
丹後の神人にも「アフリカにでも行ったらどうや」と言われたことあったんだ。
「わたし、アフリカにいたことあるって言いましたか?」って聞いたら、
「ない」って言われた。
 
先生は、「白山に縁深い」ってわたしのことをおっしゃるんだけど。
 
まさか、白山とアフリカも繋がってるとか?
ないか、それは。
 
でも、音はおもしろい。
Sarahさんたちがお水を汲みにいっていた安須森の聖地は「アフリ川(大川)」だ。
 
 
「琉球国由来記」によると、辺戸には「シチヤラ嶽」、「アフリ嶽」、「宜野久瀬嶽」の3つの御嶽が記され、そこで首里から派遣された使者が正月と9月に琉球王家の繁栄、五穀豊穣、航海の安全を願いました。アフリ嶽に君真物神が現る際に、「涼傘(リャンサン)が立つ」といわれました。「涼傘」は首里王府内で「アフリ」と呼ばれ、古くから最高神とされてきた君真物神の「傘」として、この神が出現する前ぶれといわれました。また、国王が即位する際にも、この山に現れたと伝えられています。アフリ嶽から流出する辺戸大川は、「琉球国由来記」によれば、神名は「アフリ川」とあり、この川から汲まれた水は「御水取り」という行事に用いられました。第二尚氏王統の尚真王時代から廃藩置県まで、毎年5月と12月に行われ、また水を汲む際にシチヤラ嶽で供物を捧げました。
OKINAWAN PEARLSより引用
 
アフリは、傘、か。
傘?
なんか、今、傘お化けのイメージで、「一つ目のたたら」って思ったんだけど。
物部?ダイダラボッチ?!
 
だったら、ヨギの治療師とここにきてることも、なんかものすごく意味あるんですけど?
 
 
○ 創建 天平3年(730年)と伝えられる
○「当社は旧神納村の総鎮守で隣の式内社飽富神社と「特殊な関係」にある。
○  御神木 けやき
○ 当社は耳の疾患に霊験あらたか (ってことはミシマミゾクイミミノカミ?)
○ 当社の周辺は古墳の集落地で前方後円墳などがあり、付近一帯から土器類が出土している
 
 
 
古い木がたくさんある。
立派な社叢。
ずいぶん切られてかわいそうなんだけど、古い神社。
イメージ的に浦和の調神社(つきのみや)のような(関東平野に誘われて 〜海なし県の水の神)。
由緒をみなおしたら、御神木がけやき、と書かれているのでおそらくビンゴである。
 
あそこも龍神だった。ここも? 
 
 
 
トップに玉?
半分菊。不思議な石碑。大山咋命って彫られてた。
 
 
なんかいろいろ持ってるよ?何?
 
 
なかなかの存在感の木々。
ヨギの治療師は虫に喰われた!といっている。
虫刺されの薬もってきたよ、って言われた。
わたしも持ってきてたんだけどね。
 
「でもどうして?」
って聞いたら、
「藪の中でも歩かされるのではと思ったから」だって。
なんでわかるの?
 
 
 
わたしたち、境内の途中にあがってきたみたい。
やっぱりあっちをみてからだ。
 
 

 

頭の上に蛇?
宇賀神さん?
なんかよくみなかったけど、3匹のサルかなんかの上に乗ってる?

 

そういえば、muzu-zuさん が頭に蛇をのせて、肩に龍を抱いてるスサノオさんをお空にみたって言ってた。

そうなの?もしかして宇賀神さんもスサノオ?

ありうるけどね。

だって、宇賀福弁財天っていうけどさ、弁天さんは女性とおもいきや、あれだけおじさんっていうかおじいさんで変だもん。

カラー違うっていうか。

 

 

 

どうも獅子頭っぽい。

サルタヒコと行った出雲の旅でも似たようなのみた(安曇の庭に誘われて(安曇野から丹後へ その10) 〜 麒麟はくるか!?)。

 

中国からきた、っぽいもの、このところいろんなところで実はよくみる。
 
 
海からの道のつきあたりは、古墳だった。
誰が被葬者なのかは書かれてない。
でも、率土神社が、インド(マガタ国)の妃っていうなら、インドでしょ。おそらくは。
 
インドの姫様の古墳。
天竺の姫といえば、日本では「玉藻前」。
そして、なぜか飛鳥にある「玉藻橋」
 
玉藻、ってきくと、まりも、って思うんだけどさ。
昔北海道土産の定番だったんだもん。
 
でももし玉藻がまりもだったら、それはそれでなんか怖い。
冷たい湖の中に沈められた、って思っちゃうもん。
湖に沈められた、「玉」。
 
なんかいろいろ連想できちゃう。
やっぱり龍か。龍神か。
 
女性だよな。
沈められる、っていうのも、埋められるっていうのも。
 
 
さしずめ、「女は黙ってろ」ってとこか。
 
 
なんか、菅原道真(天神さま)も、女や蝉のようにうるさいから太宰府にとばされたって噂だし。
 
 
男の世界だもんね。今は。いままでは。
 
 
でも、男の作る世界、ろくでもないじゃん。
 
 
コンプレックス投影して、相手を蹴落として力を誇示して作った社会が、優しさで満たされるわけないもん。
申し訳ないけど、人より優れてたい、って思ってるような輩のつくる社会に魅力も安らぎも感じない。
 
 
 
コンプレックスが具現化されてやな感じ。
 
 
ま、みんな思ってるみたいで、女にしてみようか、ってところみたいだけど、違うよ。
性別じゃないのよ。競争社会で競争によって勝ち残ってきた女性だったら同じだし。
 
 
本当にコンプレックスない人って、世間の非難中傷にブレずに信念を通せる人だと思う。
世間受けよくしようって薄っぺらい人気取りする人に人気が集まる傾向があるけどさ。
 
 
上に立つ人は人気取りする普通の人じゃダメなの。
公であることをやり切れるひとは、情なんかもってないと思う。
 
ただ、愛することだけができる人。
 
 
神や公人に情は不要。情は人間が持つものだと思う。
 
 
でも、人気投票によって公人を選ばねばならないのが民主主義。
だったら民度をあげるしかないじゃん。我々が変わらなければ、この社会は変わらないのだ。
 
か、もういっそ、議員制度廃止して、ネットかテレビで直接投票。
 
 
とにかく突風が吹き付ける。
涼しくていいね、8月だし、ってわたしは気持ちがいいけど、
 
ヨギの治療師は、
「風強いね」っていいながら、それなりの重量がありながらも吹っ飛ばされそうな暴風に顔が引きつってる。
 
ヨギの治療師は子どもの時に連れられていった聖堂で、
風が吹いてきて「神様がお喜びだからですよ」って言われたらしいから、
 
「歓迎されてるってことだと思うよ。前もそうだった?」
ってきいた。
 
「いや、こんなのじゃないよ。これじゃ暴風だよ!!」
 
 
そういえば、禅堂の道場主に「おまえは台風どころか暴風だ!!後ろに残骸が転がってる!!!」って怒鳴られたな。
座禅なるものは、心平かにするためにしているのじゃないのかね。
なにがおきても、悠然といられるように。
 
 
ヨギの治療師もなんだか不思議な能力もってるから、自分に迫りくる変容の嵐を予感してるんだろうか。
しらない。わたしは。
でも抑圧してるなって、端からみてて思うからな。
ときどき、立場の弱い人にキレるてるみたいだし。
 
天然のセラピストだからしょうがない。
ありのままの姿をあらわしちゃうのがわたしのはたらき。
 
 
 
 
で、せっかくきたので「特殊な関係」の飽富(あきとみ)神社へ。
特殊な関係って何?
 
 
森の中の城って感じ。
高台にポツンとあるスタイルは同じ感じ。
 
 
 
すごく古い、由緒ある神社みたいなんだけど、あんまり人はきていない感じ。
 
飽富神社の由緒はwikiによると

平安時代に編集された「三代実録」、「延喜式」の中にすでにその名が記されている式内社で、千年以上前から存在した古社である。旧称を飫富神社といい、君津地方では唯一の式内社で、歴史的価値の高いものである。

創建は、社伝によると2代綏靖天皇元年で、天皇の兄の神八井耳命が創建したと伝えている。主祭神はウカノミタマノミコト、すなわち農業神である。

社殿は元禄4年(1691年)に再建された権現造りとなっている[1]

 

となっている。

でもここの一番重要なところは、農業神のうかのみたまというよりは、諏訪だったり出雲だったり、もしくは、東照宮だったり、って感じするのよね。

 

 
ヨシ(アシ)とナラの枝を結んだものを700本つくって、神前に備えて、田植えのときに水口(みなくち)に供える。
不思議な神事である。
なぜにアシとナラ?楢は、どんぐりの木である。縄文?
 
遥拝所。どこの?
 
出雲なんだ。たしかに国吉神社のお隣にも、出雲大社上総教会があったけどね。
出雲と関係深いの?ここは。
 
 
そして、筒粥神事。
うん?どっかで聞いたことがある。
 
で、ググってみた。
 
諏訪大社下社春宮の筒粥神事。
似てる。
大山阿夫利神社(!!)でもやっている。
でも日にちが1月14日夜から15日朝にかけて、ってところがドンピシャ一致は諏訪大社下社春宮。
 
出雲だし?
たしか出雲から逃れてきたんだよ。諏訪の神様は。
下社に祀られているのは八坂刀売命(やさかとめ)。
タケミナカタの奥さん。通称比売大神(ひめおおかみ)。
 
 
宇迦之御魂(うかのみたま)ってことになってるけど(農業神だから)。
でも八坂刀売命(やさかとめ)ってことなんだろうね。
龍か蛇だかわかんないけど「トミ」「トメ」は、蛇らしいよ。
 
飽富神社(あきとみじんじゃ)だし。
むかしは「オオトミ」神社って呼ばれてたこともあるらしいし。
 
 
ん???
「オオトミ?」
なんか、ちょうどこの間、夢に出てきて、おじさんが「玉置のそば」って言って探したらほんとにあった川合神社。
なにわの審神者(さにわ)が成田山の星供まつりから帰ってきたタイミングで「オオトン神社」って言ってきたアレと、まさか一緒では。

 
大蛇でしょ。オオナムチ。
 
みーさん(蛇さん)だから。
みーさんは、女神で龍神さんだから。
 
 
新暦お盆がみせた「大屯神社」は旧暦お盆に「飽富神社」を明かした。
オオトン、オオトミで。


加計呂麻島の諸鈍長浜。けっこう重要なんじゃない?
熊野通して日本全体と繋がってたとしたら。


だって、諸鈍長浜節って島唄は、沖縄でも同じ内容の歌詞で歌われてるって聞いたよ。
琉球と繋がってるんだったらありうる話。
琉球と熊野も繋がってるんだし。
与那原のノロが子どもを産んだ、ってやつで(2週連続の沖縄 〜 駒が回り始めた!? その2 ふたたび安須森へ
 
 
 
だから、本殿もしっかり
 
龍!!
 
龍神!!!
青龍。
東の守り。
 
白虎(西の守り)の反対。
 
 
扁額は、なんか有名な人が書いてるみたい。
戦前に総理をつとめたこともある。
 
若槻禮次郎(わかつきれいじろう)wikiによると、
若槻 禮次郞(わかつき れいじろう、1866年3月21日慶応2年2月5日〉- 1949年昭和24年〉11月20日)は、日本大蔵官僚政治家栄典正二位勲一等男爵。旧姓は奥村幼名源之丞克堂新字体にて若槻 礼次郎と表記されることもある[注釈 1]
貴族院議員、大蔵大臣(第1820代)、内務大臣(第4142代)、内閣総理大臣(第2528代)、拓務大臣第4代)などを歴任した。 
出生地は、出雲国松江雑賀町。
 
とある。えらい立派な人みたいだ。

 

 

 

出雲の人だから、飽富神社?
 
 
雑賀町か。
もちろん、思い出すのは、雑賀孫一(さいかのまごいち)=鈴木孫一。
 
司馬遼太郎の小説によると、孫一は鉄砲隊を束ねていた人。
豊臣秀吉と戦って、(負けることによって)戦国時代を終わらせた人。
お浄土にいける、を報酬に浄土真宗(一向宗)は戦国武将と戦った。
結局一向宗の信徒のお嬢さんが孫一をハニトラして秀吉につくのは阻止した。
孫一が死ぬことによって、終戦。
 
 
 
裏の社叢はなんとなく、出雲というより諏訪のイメージなんだけど。
ミシャグチ神。
御柱とかさ。
 
わたしの中では諏訪は、鹿と馬。
船を操れる騎馬民族。
 
 
立派な木々。
 
で、境内の片隅にある立派な社。
 
 
どうみても中国っぽい。
わたし、中国の歴史とかさっぱりわかんないから、どこ、とか何時代とか言われても全然わかんないんだけど。
 
 
なんかこないだ、Facebookに久美浜の歴女さんからコメントもらったよ?
このおじいさんが背負っている「こおり」?みたいなのに似てる。
から、貼っておこう。たしか、ヒボコの記事だったんだよな。鏡神社。
 
 
奈良時代後期、第49代光仁天皇の宝亀10年(780年)春3月、大石宿禰三原麿の子、正躬(まさみ)を城崎郡司として、正八位上を授けた。
大石宿禰正躬は、三原麿を葬り、祠をその傍らに建て、これを祀った。これが当社の起源であり、当初は三原神社と称した。
御祭神は大石宿祢三原麿。いつしか社名も忘れられ、江戸時代後期の弘化2年(1846年)2月、京都白川家より山神宮の呼称を受けた。
その後、さらに鏡大明神の旧名に変更を求め、これが許された。
とあり、三原神社は鏡大明神と称されてたんでしょうね。
ここは、久美浜との境で久美浜にも三原があって、三原峠を越えると豊岡市三原なんです。元々は同じ三原村だったんでしょう。
ご存知の通り、アメヒボコ一族は丹後・但馬の縁の一族で、
但馬開発に但馬牛をはじめて持ってきたり、柳行李細工の技術を伝えたり、須恵器を作ったりしたともされてます。
但馬の地で生まれた「杞柳細工」は、紀元前27年(垂仁天皇3年)に但馬を開いたといわれる、天日槍命(あめのひぼこのみこと)によって伝えられたと言われています。
 
土器が出たっていうのも関係があったりして。
 
それにさ、さっきでてきた
「雑賀町」は
島根・和歌山・そして徳島にあるというんだし。
 
この3つ、つながってるってことかな。
雑賀衆(さいかしゅう)。
 
出雲、熊野、阿波、繋がってて不思議はない。
だって空気感似てるし。
 
 
で、何より驚いたのは、これ。
 
東照宮とは、東照大権現たる徳川家康を祀る。
ってことはよ?徳川家康が、この中国っぽいやつ、ってことなのでは?
 
徳川家康は、たしかに土木技術を駆使できるドンだったと思うけどね。
なんといってもお江戸をあんな風につくったのは徳川家康。
太秦とか、豊橋とか、大きな扱いづらそうな川があって、治水工事が必要なところには渡来系の土木集団の痕跡がある。
 
 
なかなか愛くるしい狛犬さん。
獅子っぽい。シーサーに近い。
 
 
飽富神社における七福神は、
 
 
ウカノミタマ
イチキシマヒメ
スクナヒコ
ダイコク
エビス
サルタヒコ
アマノコヤネ
 
 
となっている。ずいぶん違う。
わたしの中ではウカノミタマは沖縄のヒヌカンで、出雲における龍蛇神となっている:うつぼ、くず、そして、くす〜”九尾の狐と陰陽師〜玉藻の前という天竺から来た美女”が。
 
 
率土神社と、飽富神社の「特別な関係」ってなんだったんだろう。
結局、謎。
でも、千葉の熊野には、牛頭天王がおり、ウカノミタマ=馬頭観世音として牛頭天王とセットで祀られてることが多かった、海人族=シカの民族の匂いがした。
 
天竺の姫がいて、「特別な関係」の飽富神社は正体がよくわからない。
諏訪の祭り(占い)と、出雲大社の遥拝所があった。
 
いずれわかるかな。
旧暦七夕は、インドの女神とスサノオが千葉の熊野で会った、ってことにしておくか。
 
と思ったら、帰ったらすごい記事を発見。
 
 
「唐の御所」は、今から1300年前の横穴墓です。
その昔、下総の猿島を根城に平将門(たいらのまさかど)は、その勢いにのって、常陸、下野、上野の国司を攻め落とし、天慶(てんぎょう、てんけい、てんきょう)2年(939年)、関東の大半を征して、自ら親皇と称するまでになりました。しかし、将門は、一族の貞盛や藤原秀郷に攻められて天慶3年遂に滅んでしまいました。その当時、三島城主であった小高出雲守将良は、一族をひきつれ和見にきて黄泉寺を建て出家いたしました。まもなく将門の女が将良を頼って髪をおろし、女蔵比丘尼といいました。尼は、既に子を宿していて古墳の中で男の子を出産しました。このことを世にはばかって、唐土帝王の妃がざん言によって遠くこの地に流されて来たものといいふらしましたので、この横穴が「唐の御所」と呼ばれるようになったと言われます。
 
将門の女が、唐土帝王の妃ってことになって、古墳で子どもを産んだ?
 
将門の女って誰?
外国から来たっぽかったってことなの?
 
しかも「那珂川に出家してた三島城主のところを頼って」だって。
 
なんか、さっきの率土神社の古墳と似てる気がする。匂いが。龍神?
 
 
なにが起きたんだろ、旧七夕。
新暦七夕が調うなら、成田山の牛頭天王(神輿にのってた)と大日如来が調うってことなんだけどな(七夕だから、成田山 〜祇園会に開くもの)。
 
はたして、どうだろう??
 
 
今日の今日まで目に入らなかった看板。
 
 
なんか24日から高速料金千円上乗せなんだって?
オリンピック車両を優先させるとか、一般車両を規制するとかどういうことなの?
 
 
そんなこと誰が決めたの?
いつのまに?
そもそも人を移動させてはいけないんだったらオリンピックやるべきじゃないでしょ。
 
 
つまりは、わたしたち国民はすでに主権を失ってるってことだよね。
もうすでにわたしたちの国は、わたしたちの民意を反映しない国になっている。
 
なんか、ニュースでアフガニスタンのことが話題になってるけどさ、
他所ごとじゃなくなってきたよ。
 
今日本では、銃弾が飛んでこなくて、軍隊が出動してないだけじゃん。
国が、民意に反することに強制力を行使し始めた。
「緊急事態」という「特別カード」で。
 
 
これ、危険だと思うよ。
「戦争」だって「緊急事態」の例外になるわけだから。
 
日本人は今従順だから、今のところ武力行使がいらないだけ。
そこで暴動がおきたら、このやり方でわたしたちは押さえ込まれる。
 
いいの?
ほんとに。
コロナのことばっかり考えてて、現実みえてないんじゃない?
 
 
 
 

 

 

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