かんながら

かんながら

旅の記録です

沖縄にいる夢を見ていた。

 

 

最近突然に、この歌が私のところにもたらされたからかな。

 

「ざわわ」で知られる、「さとうきび畑」。

森山良子さんが歌って知られるようになったようけど、1975年にちあきなおみさんが「みんなのうた」で歌ってた。

夏川りみさんのもYouTubeで見たよ。

 

 

「台湾有事」の「存立危機事態」とか、「沖縄の人々は先住民族」っていう国連勧告を巡って飛び交うさまざまな思惑とか、もやもやしかない。「集団自決はなかった(聞いたことがないから)」なんていう人が島出身の人にもいて、そんな話を聞くたびに複雑な気持ちになる。

あたりまえに否定する人を前に語る人って余程の精神力の持ち主だと思うのよ。

恐れ知らずの暴風ミシマでも、違うって言えなかったくらいだもん。

 

私は、集団自決の島、渡嘉敷島に呼ばれちゃっておばあに聞いたからね。

同じくらいの(子ども)が兵隊さんに行ったのを見たとかも。

少年兵がいたことは、東郷神社の敷地にひっそりとある「海軍特年兵之碑」には香淳皇后の御歌も刻まれているし、少年航空兵学校が武蔵村山にあったってことも書いた。

そしてその昔そこの医師会長は、土御門家の陰陽師だったってことも。

 

 

特攻隊の生まれ変わりと信じていたしろくまさんの写真ブック。

知覧特攻平和会館から出ている特攻隊の最後の手紙。

読めないけど。

 

 

 

 

 

レムリアの記憶、って記事にbirdland-natureさんからコメントが来て、しろくまさんが話しかけてきている感じがすごくする。

 

 

亀さんとの出会いも間違いなくそう感じるし。


戦争の話はここではは書いて欲しくないらしい?

渡嘉敷島で出会ったおばあが語った記事も消えてるし、まだいいたいことを語る前のこの記事もエラーばかりで保存できない。


河瀬直美監督がなら国際映画祭で撮った琉球舞踊諸屯を貼ろうとしたんだけどね。



これすら、政治利用されてる記事をみると悲しくなる。


実際に体験した人がこの世にいなくなったら、あったことごとなくなるってどうなんだろ。

さまざまなことがそうだけど。



 

 

 消えちゃうからこのまま投稿します。

 

 

 

 

 

最近、生月島の映像をよくテレビで見る。

 

生月島は、長崎県の島で、潜伏キリシタンとオラショで知られる島。

世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の舞台のひとつである。

 

この島の魅力はなんといっても、島とは思えない雄大なランドスケープにある。

車のCMのロケにも使われたらしいけど、ドライブが楽しくなるような本当に素敵な場所である。

アイルランドでもそっくりの景色に出会って、連載させてもらっている維新と興亜の記事にも書いたけど、生月島で塩俵断崖と呼ばれる柱状節理は息をのむ美しさだ。

 

オラショは、隠れキリシタンが口伝のみで受け継いできたグレゴリオ聖歌をルーツとする聖歌で、2013年バチカンで西本智実さんが指揮して復元演奏されたことで話題になったこともある。

私に生月島のオラショを強く勧めてくれたのは、沖縄の伊江島にある教会に奉職している人だった。

散々な目に遭って、東京から逃れてきた私は、私の居場所を探し歩いていた。

その途中出会ったのが、生月島出身のその方だった。

 

 

 

この島で乗っていたクルマがパンクして、島の皆さんに助けられたことがきっかけで、ひとりではできなかった体験をたくさんした。

町長さんに案内してもらって、その雄大な島の姿を見ることができたし、色鮮やかな「蝶の羽根」の装飾画で知られる山田教会のミサにあやかることもでき、シスターの話を聞くこともできた。自分の使命に真っ直ぐに生きる女性にも出会った。

 

私が「何ものかに動かされて旅をしている」といったら「わかります!!」と大きな共感を送ってくれた彼女は、戦跡を探し当てて、そこにかつて生きていた人たちの思いを現代に繋ごうとしていた。

 

 

生月島が長く秘めていたメッセージが今、外に出ようとしているような気がする。

それは、言葉ではなく、海と大地が織りなす雄大な美しさを通して。

 

 

 

 

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週末は伊豆の海辺の宿で伊勢海老と鮑をつまみにワインを飲んでいた。

人間らしい暮らしをするって決めたから。

 

 

その間に、紫姫さんのブログに取り上げてもらって、メッセージ満載のコメントをもらってた。

 

 

 

三嶋大明神は女神。

なんていうか、日本の本来は女系よ、女系。

ヤタガラスの娘のみしまるさんは、古文書とか家系図とかから根拠を持ってそう言っているけど、

私はただの女のカンでそう思う。

 

だって日本の最高神は天照大御神という女神なんだから。

伊勢神宮に祀られているのは男性神だっていう話はもちろん知ってるけど、

やっぱりこの国の最高神は女神だと思う。

 

大体、おかみさん、っていうし、

かかあ天下って言うでしょ。

亭主は関白止まりよ。

 

 

紫姫さんの記事に、なんだかとても重要なことが書いてある。

 

三嶋大明神の宮が置かれたのは、

三宅島の阿古である。

そこには「富賀( とが )神社」がある。

伊豆諸島の総鎮守にして、静岡県の三嶋大社の総社だという。

 

 

トガ神社!!トガ神社といえば、三河国一宮の砥鹿神社。

もともと、鹿卜をしていたからの、社紋。

 

 

 

シカからカメへ移った祭祀、って書いている。

私はカメといえば、甕(ミカ)=オリオン三つ星か、それとも亀の出雲か、って思っていたけど、

この記事に取り上げられているように、亀卜の伝来に中臣氏が関わっているとしたら、またなんか深いところに落ちそう。

 

 

 

継体天皇と中臣氏の接点の摂津三島。

 

なんで三島の土地に、鎌足の墓?とずっと疑問の阿武山古墳。

私が阪神淡路大震災でおかしくなった時に連れられて行った場所。

 

大阪で生まれ育った私はずっと聞いてきたわけ。

摂津は三島の土地だったって。

そもそも、摂津って旧字体耳三つ。

ミシマ・ミゾクイ・ミミ 三島溝咋耳の三耳よ。

 

三島が川を開拓したと聞いてきた。

だから、大阪市のマークは澪(みお)の境界に打ったクイを表す澪つくし。

 

三島は天理でもそうだけど、その存在を消されてるって感じる。

微かに地名で消しきれない三島を全国に見るけどね。

 

 

 

 

最近伊豆に縁があるようで、いろんな方々の記事が目につく。

その中で、ふと目に止まった「いずのくに」さんの記事。

 

そこにアカルヒメの話題と杭全神社。

誰も読めないくまた神社。

そこは私の産土。

 

そして赤留比売神社は、私の生まれた政所町のそばにある。

梅ヶ枝町という地名も残る古い場所。

 

もともと杭全神社の管轄になる前は、住吉大社の末社であった由縁で7月31日に行われる同社の例大祭「荒和大祓」に当地七名家より桔梗の造花を捧げる慣例となっている

 

とある。

 

 

 

桔梗の造花が何を意味するのか、今もわからない。

明智光秀は桔梗紋。

そして子どものころよくみた「一休さん」に出てくるいじわるな商人は「桔梗屋」。

でも桔梗ってきれいな花なのに、いいイメージがない可哀想なお花。

しかも造花ってどういう意味が込められているんだろうか。

 

 

今は島津家が持っているという、シルクロードを伝って聖徳太子に贈られたという赤い琥珀の玉。

 

 

赤い玉といえば、クフ王の太陽の船のこれとか、

 

 

韓国ドラマで女官?が頭につけている赤い丸いのを思い出すけど、

 

 

どうしても、あかるひめの神話を思い出してしまう。

赤い玉はその誕生を目撃していた元の持ち主からヒボコ(天之日矛)に取り上げられる。

 

女性が勝った方の男性に召し上げられるって構図と相似形のこの物語。

島津は、奄美も琉球も従えた勝者だから。

 

 

そういえば、島津を祀る社、住吉大社にあったね。

島津家の聖地 誕生石。

 

 

 

住吉さんと、あかるひめがいた摂津は、三島の土地。

 

熊野権現を祀っていた杭全神社(くまた神社)。

杭全神社のある場所は百済の人がいたところ。

 

 

 

子孫の平和と幸せのために紡がれた物語でつくられたこの国の政治は、それを理解する人たちによって差配され、うまくやってきたはずだった。

なのに、いつの間にか先祖の祈りを理解せず、奢る人たちが増え、ひっそりと口を閉ざした人たちの子孫をしあわせにしなくなった。

 

 

だから、閉ざされたものたちの口はふたたびひらく。

土地が語りかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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