ああ!

凄いものを発見してしまった。

先日、松本日世先生が着目しておられた

三重県松阪市の宝塚1号墳から出土した【 船形埴輪 】……

 

 

 

 

その船の

特異な形状をしたマスト。

あれとそっくりなものを見つけてしまったのだ。

これは柿本人麻呂を調べていた時に偶然見つけたのだが、

それを見つけた時に驚いたのなんのって!

 

 

画像はお借りしました。

 

 

石見型埴輪!!

 

 

石見型埴輪。

上の写真は橿原考古学研究所附属博物館のもの。

その名の由来は、奈良県磯城郡三宅町の【 石見古墳 】から出土した特殊な形の埴輪につけられた呼び名である。

石見……

柿本人麻呂の終焉の地は「島根県」の石見だ。

こりゃ偶然か!?

いや、偶然ではないな。

話が逸れるので続けるが、こちらは奈良県の石見である。

しかも【 磯城郡 】なのだ。

磯城と言えば……

 

 

磯城王朝!!

 

 

ヤマト王権の初期、

出雲族が天皇だった歴史があるという。

その名残がヤマトのカムナビ山と言われる【 三輪山 】で、

ヤマトでは出雲族によるカムナビ信仰や太陽信仰があり、朝日の昇る三輪山はカムナビ山として崇拝された。

※カムナビ山とは古代において神が宿ると信じられた神聖な山のこと。

※磯城王朝については → https://blue32earth.blog.fc2.com/blog-entry-622.html

 

 

太陽信仰

カムナビ山

 

 

ああ……

これはまるで古代エジプトのようでもある。

太陽神ラーとピラミッド!

そして

そして

太陽の船!!

あまり興奮すると話が逸れるのでここまでとするが、

その磯城王朝のあった奈良県磯城郡の古墳から【 石見型埴輪 】は出土したのである。

これは断じて偶然ではない。

この奈良県磯城郡から出土した【 石見型埴輪 】と、

三重県松阪市のから出土した【 船形埴輪 】は繋がっている。

下に2つを比較した写真を貼っておく。

 

 

 

 

この独特な形状……

どう見ても同じではないか。

一説によると、

石見型埴輪の形状は「玉杖をかたどったもの」あるいは「幡をかたどったもの」など諸説あり、邪氣を祓うためのもの、権威の象徴などと考えられているが、本当のことは不明のままだそうな。

 

 

エジプト

ペルセポリス

三重県松阪市の宝塚1号墳の船形埴輪

奈良県磯城郡の石見古墳の石見型埴輪

これらはどこかで繋がっている。

それだけは確かだ。

 

 

 

 

 

ちなみに【 石見型 】は九州からも出土している。

石見型埴輪は、木製品、石製品などもある。

http://repo.beppu-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/M1413005.pdf?file_id=8314

 

 

写真はお借りしました。

 

 

また奈良県桜井市の小立古墳からは、

上の写真のような木製の【 石見型埴輪 】が出土している。

その形状はまさに三重県松阪市の宝塚1号墳から出土した船形埴輪のマストと同じだ。

詳しい資料を貼っておくので参考にして下さい。

https://www.jssscp.org/files/backnumbers/51_06.pdf