さて、こつこつと書き残してきた親子留学の記録も今回が最後です。帰国日当日、そして帰国してからのことをいくつか記していきます。

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帰国日の日曜日は早朝の出発でした。次女はいつも起きている時間ですが笑、長女にとっては早起き!でも前日に荷物を準備して、心して寝たおかげで、さっと起きて支度ができました。長女のこういうところ、かっこいいのです。

朝は道路が空いてるし、タクシーも簡単につかまると聞いていましたが、タクシーを呼んでもらいました。流しのタクシーよりも、乗り心地のいいタクシーがくるのと、料金が事前にわかるというメリットが。長期に滞在する人は、グラブというアプリを入れておくといいかも。

早朝にもかかわらず、スタッフのみなさんが見送りに出てきてくれました。ひっそりと帰るイメージを持っていたので思いがけずうれしかった!なにより、長女がとってもうれしそうでした。

外国の朝の匂いを吸い込みながらタクシーは空港へ。マクタン空港への道はすごくすいていて、朝焼けが見えました。長女は初めて朝焼けをみたそうで、とても印象に残ったのでしょう。その後も何度もこの朝焼けを話題にしていました。

早朝ということもあって、空港もがら空き。赤ちゃん抱っこしているためか、空港職員がカートを取ってきてくれました。こういうのも、外国の方が優しい気がします。セブでは出国の際に出国税が必要です。この税金をカードで払えるようになったらしいと聞いていましたが、ここはフィリピンなので、と、念のため現金を持っていきました。すると、支払いは現金のみとのこと。理由は機械が「ずっとオフラインだから」。。。だそうです。理由にもなってませんが笑、やはりここはフィリピンでした。1人850ペソなので、やはり用意して行くのが無難かなと思います。

ちょっとだけ余っていたペソでチョコを買っておむつを替えたら、予定よりずっと早くボーディングタイムのお知らせがありました。さっさと乗り込んだものの、いっこうに動かない飛行機。飛行機は満席で、全員着席しているように見えるのに…と思ったら、私の前の座席に男性がやってきて、彼が着席した途端に動き出しました。この人待ちか…で結局予定通りの出発です。

残念ながら古い機材でモニターがなく、長女が退屈するかなーと思っていましたが機内食を食べたら爆睡。次女も爆睡。なので、私も爆睡して気づいたら成田でした笑。帰国は一瞬!だったのです。

帰りも夫がお迎えに来てくれ、小腹を満たして一路自宅へ。私と長女のふたりで、どんなにセブが楽しかったかを話しました。夫はすごくうらやましがっていました笑。

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今回、親子留学をするにあたり「私がひとりで、子どもをふたり連れていく。しかもひとりは赤ちゃん」ということに驚かれる場合がありました。ブログを読まれている方にも、赤ちゃん連れというところで親子留学を躊躇している方がいるかもしれません。留学してみて言えることは、赤ちゃんと一緒であればあるほど、留学してみる価値があるのではないかということです。これは、とっても個人差のある感覚だと思いますが、私はこう感じています。

赤ちゃん連れでの不安て、具体的にはなんでしょう?やはりトップは突発的な病気なのかな、と思います。でも病気は、どこにいても起こるときは起こる。とも思います。もちろんデング熱大流行でも書いたように、その土地ならではのリスクはあります。それには対策をするしかありません。防げる病気を防ぐためにも、基盤となる(私の場合は日本での)生活を無理せず、穏やかに過ごすということも大切になるかもしれません。

日本の医療水準はとても高いので、その点を不安に思う方も多いと思います。しかし上記に書いた通りなのと、きちんとした留学先であれば、日本語が通じる病院との提携もあります。また私にとっては、今回のようにオーナーさんは現地で生活していて、子育てもしているということが安心材料の1つになりました。

不安を払拭できたとして、ではなぜ赤ちゃんと一緒であればあるほど、留学してみる価値があるかといえば、子育てを委ねてみることで変化するのものがあると思うから。シッターさんに1日預ける、たくさんの子どもの中で一緒に過ごす、というような、自分以外の手が子どもに加わることで、母子ともに(あるいは父子ともに)手っ取り早く風通しのよい親子関係が築いていけるように思っています。ひとりで育児をこなせてしまう人ほど、そういう環境に身を置いてみるといいようにも思います。これは赤ちゃんに限らずですが、どうしても一緒に過ごさざるを得ない赤ちゃんの場合はとくに。ついでに語学も勉強できますし笑。

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長女は帰国してから、セブで習った歌をよく口ずさんでいます。口をついて出てくる、というのが歌のいいところ。歌いながら「あー楽しかったなー」とか間に挟んでみたり笑。「A is for alligator」というような、語彙を増やす歌もよく歌います。Aで始まる単語はたくさんあるけどさ、Qは少ないよね、と気づいたり。

スーパーで「これって、円?ペソ?」と聞くので「円に決まってるじゃん笑!」と返すと、「そうだよねーわかってるんだけど、全部がペソに見えるよ~」と言ってみたり、「日本には野良犬って全然いないんだね」と気づいたり。彼女のなかで、日本が相対化されているんだなぁと思うと興味深いです。

そう感じたことや気づいたことは、いつか忘れてしまうかもしれないけど、感じた経験そのものは、彼女の血肉となっていくでしょう。それがいつか表沙汰になるかもしれないし、ならないかもしれない。大切なのは、そういう血肉をもった人になっていくこと。どの経験も等しく尊く、どんな経験からもそれらを得ることができますが、私が保護者として何かできることがあるとすれば、子どもでは思いつかないようなことを見つけて、差し出してみるということだけかな、と思っています。