美しいイメージが感じられない「美肌」
この語は、美しい意味と美しい文字を持ちながら、音の面では何となくぎこちなさを感じることばです。
この語の音相を分析すると、表情解析欄では「充実感」「暖かさ」「優雅さ」など美的な表情を一応捉えていますが、「美しい肌」を表現するのに是非必要な「清らかさ」、「爽やかさ」、「清潔感」、「明るさ」などがいずれもゼロ、またはゼロ・ポイントに近いものになっていますし、情緒解析欄には「曖昧、ためらい感、不透明感」があり、コンセプトバリュー欄には「にが味、重苦しさ」などがあり、この語に含まれるネガティブ面をしっかり表現しています。
即ちこの語に美しさを感じるのは字面だけで、音が伝えるイメージは肌がざらざらになるような「醜」の面を持った語であることがわかるのです。
この語がテレビ、ラジオなどの聴覚媒体や、日常の会話の中でほとんど聞かれないのは、そういう一面をもっているからです。
だが、この語には厚化粧をした、けばけばしさがありますから、ポスターや印刷物など短期的な視覚媒体に使うのなら、ある程度の効果を上げることは可能です。
ことばのイメージ研究の歴史
紀元前4世紀、ギリシャの哲学者へラクレートスが、一部の語音が伝えイメージについて述べた記録がありますが、この種の説はフィジズ説と呼ばれておりました。その後近代言語学が発達したのにともなって、意味論中の[象徴論]として扱われイメージは「心的映像」の名で研究がされています。
しかしこれらが対象とするものは、明白な特徴をもつ一部の音を捉えたでけであらゆることばのイメージを取り出すなどはできません。
わが国でも鎌倉時代、僧仙覚によって提唱され、その後江戸期に鴨真淵、本居宣長、橘守部などの国学者に引き継がれた「音義説」というのがありました。この説は、[アは顕わるるさま][サは清らかのさま]など、五十音のイメージを捉えるものですが、「ア」のイメージを[顕わるるさま]と定義ずけると[穴]の「ア」は証明できないし、「サ」の音を「清らかのさま」と定めると、[ドサクサ]の「サ」の説明はできなくなるなど多くの矛盾がありました。
これらの説の欠陥は、いずれもことばの表情を「音素」や「音節(拍)」という表面的な音の単位で捉えていないところに無理があったといえるのです。
ことばの表情を捉えるには、「拍」や「音素」の奥にある音の単位で捉えなければならないのです。
「拍」や「音素」を構成しているものとして調音種や音相基というのがあり、それらが固有の表情を作りますが、表情んいはそれらが響きあって生まれるものもありますし、表情語同士の響きあいから生まれる「情緒]もありますから、これらのすべてを総合的に判断することで初めて「ことば」の表情は捉えられるのです。
このような方法でことばの表情を体系的に捉えたのが音相理論です。
Q&A 無関係な表情語はどう読んだらよいか
Q、分析表の一部に、あまり関係ないと思えるものがあったとき、それはどのように扱ったらよいのでしょうか。
(佐賀市、k,m)
A、ことばは人の体と同様、たいへん複雑な構造を持っています。それは人の体もことばも、「心」と深いつながりがあるからです。
コンピューターが取り出した分析表を読むときは、医者がカルテやデーターを読むのと同じような見方が必要になるのです。
すなわち、データーがとりだした数値だけに頼らず、その語が持っている背景や人々がその語に抱く心情などを勘案しながら診断(評価)するいことが必要となります。
医術でもことばでも、機械が取り出すデーターには、ときには本質とかかわりのない異物のようなものも取り出されることがありますが、それにこだわり過ぎると、実態や本質が見えなくなることが多いのです。
「あまり関係がない」と思えるものが、異物なのか、本物のデーターなのかを見分けるには幅広いことばの訓練が必要ですが、慎重にそれを判断しながら、本質とかかわりないと思えるものは無視することも、1つの大事な技術なのです。
[蛙]と「かわず」、名句にみる音相の違い
都会の片隅の、忘れられたような水辺でも蛙の声が聞かれる季節となりました。
蛙は「かわず」とも呼ばれますが、どういう使い分けがされているのか辞書や俳句歳時記を調べて見たが、その区別を書いたものは見当たりませんでした。
だが人々は、遠い昔からこれらを感覚的に器用に使い分けて、微妙なイメージの違いを伝え合っているのです。
誰でも知っている松尾芭蕉の句に
「古池や かわず飛び込む 水のおと」
があり、小林一茶にも
「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」
がありますが、そのイメージの使い分けを見事に行っているのがわかります。
これらのイメージの違いを捉えてみようと音相分析をしてみたら、「かえる」という語の輝性(明るさ)は+B0,7、「かわず」の輝性は-B2.2と出ました。
音相分析法では、イメージの明るさをこのように+と-で捉えますが、その標準はことばの音の長さによって変わります。3音の語だと±B0.6が標準ですから、「かえる」はやや明るいイメージを伝える語、「かわず」は非常に暗いイメージを伝える語であることがわかるのです。
芭蕉がもし[かえる飛び込む水のおと]としていたら古池の不気味さや重苦しさは伝わらなかったでしょうし、一茶の「やせがえる」が[やせかわず]だったら、やせ蛙の細くて軽い感じは伝わらなかったことでしょう。
どちらの句も適切な音をもった語を選らんだことで、奥の深さを表現したすぐれた句であることがわかるのです。
昔の人は「音相」のことばは知らなくても、音相論と同じ感覚でことばを選んでいたことがわかるのです。
「語感」と「音相」はどこが違うか
・・・意味としての語感、イメージとしての音相・・・
どちらの語も、ことばが持つ感覚的なものを指したことばですが、これらの間にどんな違いがあるのでしょうか。
言語学では意味論の中で、「意味」ということばには事物そのものが持つ意味(中心的意味、または指示的意味)と、直接的ではないが周辺的にもつ意味があり、周辺的な意味を「語感」と呼んでいるようです。
そして語感には
①意味的語感
(「感性」と「感受性」に見られるような、直接意味の違いにつながるもの)と
②感覚的語感
(「顔」と「お顔」のような間接的に意味とつながるもの)
があるといわれています。
どちらにしても、これらは「意味」とつながるものですから、「語感」は意味を中心に伝わる感覚と言ってよいでしょう。
これに対し「音相」は、初めに上げた「蛙とかわず][センスと感覚]のように、ことばの音の響きから生まれる雰囲気やイメージをいうのです。
それが捉えようとするのは意味ではなく、「表情」や「情緒」といえるものです。
Q&A 音相研では英語のイメージ研究をしていますか。
Q.
私はある外国語大学(英米学科)のゼミで「音韻論」を勉強中の学生です。
「音相」を拝読して、“音のイメージ”に大変興味を持ったのですが、貴研究所では、英語の「音のイメージ」を研究なさっておりますか?
例えば、英米詩を勉強していると、作者は「弾むような気持ち」を表すために“r”を使い、「重たい感じ」を表すのに“b”を多様している・・・といった説明がよくあります。お忙しいところ恐れ入りますが、回答を頂ければ嬉しいです。
(神戸、M・あきこ)
A.
英語の音相に関する研究は当研究所の今後の研究課題の1つですが、まだ体系化されるまでに至っておりません。
だが、ご質問レベルのものは諸言語において共通するものが多く、今回お求めいただいた小著「日本語の音相」でも相当のページをそれにさいていますので、ご参考にしていただけるものと思います。
貴女のご研究の成果を、当研究所でも期待していますが、お暇をみて、読後のご感想などをお寄せいただければ幸いです。
ご健闘を祈り致します。
(木通隆行)
(このご投稿を受けて、同著の中で取り上げている次の一文を転載(要旨)いたします。)
動物の鳴き声に見る日英両語の共通点
日本語と英語は文字を単位で比較すると無関係のように見えますが、どの民族も同じように聞こえるはずの擬声語(オノマトペア)を、音素や調音種の段階で比較すると、そこには次のような明白な共通点があることがわかります。
動物の鳴き声に見られる音相的な共通点
日本語 英語
猫 「ニャーニャ-」 と 「ミューミュー」・・・・
【ともに鼻拗音(ニャ、ミュ)と長音でできている。】
犬 「ワンワン」 と 「バウワウ」・・・・
【ともに有声両唇音(ワ、バ、ウ)と母音アを多用している。】
鶏 「コケコッコー」 と 「コッカドゥードゥルドゥー」・・・・
【ともに破裂音(コ、ケ、カ、ド)が多く、母音にはオ・ウ音が多い。】
ひよこ 「ピヨピヨ」 と 「ピープ」(または「チープ」)・・・・
【ともに無声破裂音系(ピ、プ、チ)が多く、母音にはイおよびオ、ウ音が多い。】
烏 [カーカー」 と 「コーコー」・・・・
【ともに無声喉頭破裂音(カ、コ)ばかりででできている。】
このように一見無関係と思える音でも、音素や調音種の段階まで落として比較すると同系列の音から生まれたものであることがわかりますし、違いが生れるのは、言語ごとの音の使い方の慣習からくるものであることがわるのです。それは口腔内の筋肉構造の発達の度合いによることがわかるのです。
例えば、「コケコツコー」や「ワンワン」は、日本人にも無理なく自然に発声できますが、「ドゥードゥルドゥー」「ミューミュー」「バウワウ」などの音は、大昔から日本人の発 音慣習になかったため筋肉が退化指定ていて言い難いため言い易い音にかえて使っていること大きく関係があるのです。
世界的に有名なブランド名がどの国でも同じように人気があるのをみても、ことばの音が脳内の聴覚野に与える刺激は基本的に同じ身体構造を持つ人類なら、ほとんど同質と見るのが自然な考えのように思うのです。
表情を作る音相基(シリーズ⑪)
・・・・子供っぽさ、キュート感を作る音
(必要な音相基)
・無声破裂音系が多い
・無声化母音が多い
・イ音またはイ列音が多い
・無声拗音が多い
・総合音価がプラス指向
・高勁性
・高勁輝拍が多い
・少拍
(例語)
チョロキュー、パンダ、パチンコ、たいやき、ピーヒャラ、ピッコロ、ポンキッキ、ピカチュー、ミルミル、プチ…
(注)
以上のほか、子供らしさを作る方法として、同音の反復語や畳語を用いる方法もあります。
(パパ、ママ、アンパンマン、カンカン、ピチピチ、ランラン、ブーブー、パチパチ、ハイハイする、よちよち・・・など)
「人の感性」を取り出すコンピューター
先日、音相を学びたいというある大学の文学部生が研究所を訪ねてこられました。いろいろお話したあと、私はこんな質問をしてみました。
「君は蛍ということばを聞いて、どんなイメージを持ちますか」と。
しばらく考えた彼から
「清楚で、穏やかで、不思議な虫、情緒を感じる虫・・・」という返事がありました。
そこでこの語をコンピューター(OnsonicⅠ)に入力して出てきた分析表をお見せしながら次のようなコメントをしました。
「君がとらえた4つのことは、分析表でも高いポイントで捉えていますが、コンピューターは君が気づかなかった次のイメージも捉えていることがわかるでしょう。
つまり表情語欄には
①非活性的、②暖か、③清潔感、④軽やかさ。
がでているし、情緒解析欄には、
⑤曖昧感、⑥ためらい感、⑦クラシック、⑧神秘的、⑨哀感、
⑩鄙びた感じ、⑪純粋さ、⑫素直さ、⑬夢幻的、⑭普通でない感じ、
⑮孤立感、⑯寂しさ…
などがあります。
音相分析を行うと、ことばに含まれている表情や、その語の周辺に感じられるオーラのようなものを、こんなに多く取り出すことができるのです。
君は私の質問に、4つのことを答えました。どれもがたいへん大事なもので、君のことば感覚の高さに感心したのですが、音相分析ができるソフトOnsonicⅠはその4倍ものイメージを教えてくれているのです。
人並み以上に高い感性を持つと思えるあなたでも、このソフトに比べると「感性」の幅が、どんなに狭いかがおわかりいただけるでしょう。」。
そんな話が、夜遅くまで続きました。
ネーミングでは、意味よりもナゼ「音」が大事なのか
ネーミングはその出来のいかんが会社の浮沈にもかかわるため、どの企業でもその制作には最高幹部を先頭に多数の人を動員し、長い期間をかけて取り組みます。
そこで行われるの作業には、主に次のものがあります。
1、 新商品のコンセプトの検討
2、 ネーミング戦略の調査、検討
3、 素案収集法の検討と、その収集作業
4、 素案から候補案を選び出す作業(意味、レタリング、デザイン等の検討)
5、 商標調査(おもに外部委託)
6、 候補案の絞込みと決定(会議、立案、決裁等)
7、 対外発表
しかしながら、このような大きなプロジェクトの中で、大衆がどんなネーミングを好むかという、肝心かなめの検討はほとんどされないで終わっているのが現状です。
高度な音響感覚をもつ大衆が何より重視しているのは「音が作るイメージの良さ」ですが、その種のことはどの段階でも行われておらず、「語感の良し悪し」という抽象的なことばが時々軽くでるだけで終わっているのが現状です。
ネーミングの制作で「音」がナゼ議論にならないのか。それは「イメージ」には感覚的なものが多く含まれるため、論じれば相当時間がかかるし、そこには専門的な学習が必要となるからです。
ネーミングにはこのような環境の中で生まれますが、名前が決まって社会へ出ると、大衆は音が作る「イメージ」の良しあしでほとんど評価を決めているのです。
すなわち、人々はネーミングの音が伝えるイメージと意味(商品コンセプト)との間に感覚的な違和があるかないかで好きや嫌いを決めているのです。
1とシーズンだけで終わるような短期の商品なら、意味やデザインやキャラクターだけでそれなりの効果を上げることもできますが、大衆の心を長期にわたって捉えたい本格的なネーミングの場合は、イメージの良さがなければならないのです。
ネーミングは、1年もたつと意味の良さなど忘れられ、音の感じの良さだけが究極の価値となって残るのです。
「ネーミングは何より音が大事」と私が言う理由がそこにあるのです。