さあ、だいしょうにんさまざいにおいて逆縁広宣こうせん流布るふをあそばして、そのだいがまずかいだんだいほんぞんさまをこの国にとどめてかれて、そして、やがてこの国にぜーこうろうやくほんぞんを信ぜしめるということ
 それはやはり、ほんの国がゆいこーろーむーぶーじーこーになる時なんですよ。
 いいですか、だいしょうにんがこのさんだいほうほんぞんさまをお残しあそばすとも、ほんこくちゅうだいしょうにんおんくびたてまつる大逆罪を犯しておきながら、ななひゃくねん経っても今だ改悔せずだいしょうにんさまけいしておる。このことだけでも国は亡びるんですよ。
 まして、正系門家においてななひゃくねんかつてないだいしょうにんさまだいゆいめいたるこくりつかいだんを捨ててしまった。ゆいめいを破壊せんとして平然としている。
 このような内と外とのほうぼうがあって国がおかしくならないはずはない。
 そこにゆいこーろーむーぶーじーこーおおせのごとく、ほんがついに誰もまもってくれないというような姿に必ずなる。
 私はななひゃくねんれきを見てまして、日本国にっぽんこくが国家として国を守ろうという気持ちも力も持たないでよその国に防衛を任せたというのはななひゃくねんれきにおいて今を置いて他にないです。
 いつの時代でもが、あるいはへいたいが命をかけてこのほんの国を守ろうとしてきたんですよ。
 ところが、敗戦後の今だけはどういうことほんこくちゅうが国防をアメリカに任せて「自分達は国なんかまもらなくったっていい。『平和、平和』と叫んでいれば平和に暮らせるんだ」というような馬鹿なことばかりをおもうような人間ばかりになっちゃったんです。こんなことななひゃくねんれきにおいてはじめてですよ。
 そして、ほんの国がどうやら終戦後60年間今まで持ってきたのはアメリカさんがまもってくれたおかげなんですよ。
 さあ、そこでそういうような守る気持ちも力もないほんこくまもってもらったというななひゃくねんらいない情勢においてアメリカがいつまでもまもってくれるとおもったらとんでもないことである。
 今度のイラク戦争でもってせいは「アメリカを支持する」とった。
 それが当たり前のことでありまするが、みんな野党もマスコミも「フランスやドイツが正しい」「国連の決議もないのにやるのはおかしい」などとって馬鹿みたいに反戦・反米の波に乗っかってますが、まもってくれているのは米国以外にないんだからそのことに反対したらにっぽんは成り立たない。これは、馬鹿でも分かるどうである。
 ところが、アメリカに従ってまもってくださいとっていればいつまでもまもれるか。そんなことはありない。
 アメリカがどうしてにっぽんのために若い兵隊の血を流さなければならないことがあるんですか。
 今までは世界戦略上にっぽんまもっておった方がアメリカの国益になるからこそまもっておったけど、そんな状態がいつまでもつづくわけがない。
 アメリカでもって世論が変わってしまったならば、あるいはアメリカのけいざいりょくおとろえてきたら、あるいはにっぽんの中でもってちゅうごくぼうりゃくに乗せられてしまったらほんまもれますか。
 今でも自民党はそうですが、はいちゅうというのがうんといるでしょう。野党の中にはもっといるんですね。
 そして、テレビも新聞もそのようなろん調ちょうがうんとあります。
 そのちゅうごくさくりゃくに乗って反米になってくればアメリカはげますよ。
 その時にっぽんが気が付いたならばゆいこーろーむーぶーじーこーになってしまう。
 まもってくれているとおもって大変楽をってアメリカの悪口をっても平気だった。
 そして自分達は目先のあんいつむさぼって贅沢ぜいたくばかりしておったけれど、かんがえてみたらあっという間に国をまもれなくなっているではないか。だれもいないではないか。
 しかも、隣にはきたちょうせんがある。もっと恐ろしいちゅうごくがある。一体にっぽんはどうなるのかということになって始めてこう前夜のこくしんぴつということが来るわけであります。
 だいしょうにんさまぜんだいもんだいとうじょういちえんだいこるべし」ということおおせになっておられますけれども、そのようなことだいしょうにん仏法ぶっぽうをあなずるゆえに必ずほんの国がどうしようもなくなって今から武装してもいつかなくなってくる。
 そして、きたちょうせんちゅうごくめてくる。
 ですから、私は6年前に第一回のいっこくかんぎょうを行った。
 あの時にはにっぽん全体がこくしんぴつなんか起こるか」なんてってあざわらうような風潮だった。
 ところが、それから6年経ってきたちょうせんのミサイルの脅威を見て初めて今8割近い日本人にっぽんじんが「にっぽんに侵略の脅威がある」ということい出した。先般の内閣府のろん調ちょうでもって表われた通りですよ。
 私はおもう、きたちょうせんなんかはこくしんぴつのはしりであって、あのようなことにっぽんの国が亡ぶものではない。
 ところが、その次の西の方の大陸からのちゅうごくによるこくしんぴつがあった時にはこれこそだいもうこくの責めと同じく本格的なものであるからにっぽんはもたない。
 ここに、いよいよゆいこーろーむーぶーじーこーという時が迫っている。
 その前には必ずだいしんがあります。こくしんぴつの前には必ず仏法ぶっぽうによる前相がある。その前触れももう迫ってますね。
 そして、それが起きた後において必ずちゅうごくによるこくしんぴつがあります。
 これが嘘か本当か、顕正会の人はしっかりと見ててほしい。これがなければ広宣こうせん流布るふはならないんですね。
 そして、どうしてもその前に起こる大しんの後に必ずほんこくしんぴつを受けてそのまま行けば亡んでしまうということを教えなければいけない。らしめなければいけない。
 このことがなければ、そのことの起きた時ににちれんによりてほんこくはあるべし」「ああやっぱりだいしょうにんに背いたら身が持たないんだ」ということが何と重いおおせなのかということを命に染めて分かる日本人にっぽんじんはいない。前もって教えなければからない。それが、顕正会のいっこくかんぎょうであります。
 いよいよ本格的ないっこくかんぎょうが来年から始まる。
 どうか、その体制をととのえるのが百万までの前進ぜんしんであります。
 どうか一つ、いっけつして一日も早く百万を達成しようではありませんか。


平成15年 4月8日 『下種本仏成道御書』御書講義