「またねんぶつしゃあつまりてせんす『かうてあらんにはわれかつぬべし、いかにもしてほっうしなはばや、すでくにものたいていきぬ、いかんがせん』。ねんぶつしゃちょうじゃゆいぶつさいちょうじゃしょうぼうりょうかんどうかんとうかまくらはしのぼりてさしのこう殿どのもうす『ぼうしまそうろうものならばどうとういちそうろうべからず、そういちにんそうろうまじ。ぶつをばあるいはれ、あるいはかわながす。よるひるたかやまのぼりてにちがつかってだいおんじょうはなってかみじゅたてまつる。おんじょういっこくきこふ』ともうす、さしのぜん殿どのれをゝ『かみもうすまでもあるまじ。くにじゅうものにちれんぼうにつくならば、あるいはくにひ、あるいはろうれよ』とわたくしくだす。またくだしぶみくだる、くのごとたびかんこともうさざるにこころをもてはかりぬべし。あるいは『まえとをれり』とひてろうれ、あるいは『ぼうものをまいらせけり』とひてくにひ、あるいはをとる。くのごとくしてかみよしもうされければ、あんそうして、ぬるぶんねいじゅういちねんがつじゅうよんにちしゃ

めん

じょうおなじきさんがつようしまにつきぬ」  只今の一節と次の一節、合わせてこの一段がねんぶつしゃ等のだいおんしつ不思議ふしぎかんぎょをあそばしたということが示されているだんであります。
 で拝読の部分はねんぶつしゃ達のだいおんしつの様ですね。
 中のねんぶつしゃ達が集まってわるだくみをしておった。
 「かうてあらんにはわれかつぬべし」「こんな状態が続いたならば俺たちはしちゃうじゃないか」ということなんですね。
 「生活が成り立たなくなっちゃう」「食えなくなっちゃう」これがじきほうなんですよ。
 何のために仏法ぶっぽうをやっているかといえば飯を食うためである。
 ですから、だいしょうにんさまにましまして中の人々がだいしょうにんさまについてしまったら飯の食い上げである。こういうことで騒ぎ出したわけですね。
 彼らはじょうぶつじょうぶつででもって法の正邪で騒ぐんじゃないんですよ。食えるか食えないかでもって騒ぎ出すんです。今のじゃしゅうも全部そうでしょう。
 私はおもっておりまするが、今しゅうきょうほうじんほんに何万あるかわかりませんけど、じゃきょう退治にはしゅうきょうほうじんに全部税金をかければいいんですね。
 そうしてやれば本当にどれほどじゃきょうの者が少なくなっていくことであろうか。こんなものはぜいにさせておいてはいけません。
 でこのように、まずじきほうの連中がだいしょうにんさまの御威徳を恐れて「これじゃあ信者がなくなってしてしまう」ということで大騒ぎを始めた。
 「いかにもしてほっうしなはばや」にちれんぼうを何とかしてなくさなければいけない」ということで殺そうとしたんですね。
 「すでくにものたいていきぬ」の国の住民はほとんどがだいしょうにんさまについてしまった」んです。
 それで「どうしたらよかろうか」ということでもってねんぶつぼうたちがみんな集まって相談をした。
 その中で、ねんぶつしゃのリーダーであるとゆいぶつという男、さい(律宗)のリーダーであるしょうぼうりょうかんどうかん、この三人が代表しての島からかまくらに走り登った。
 そして、さしのこう殿どのに申し上げたんですね。
 このさしのこう殿どのというのは先般も申しべたほうじょうのぶときほうじょう一門の有力者でありまするが)、の守護職であった。
 でこの守護職ほうじょうのぶときにんほんろくろうもん殿ですね。
 守護職の代行をやっておりますから守護代という、これが、ほんろくろうもん殿であります。
 でこの人は先般の竜の口のだいげんしょうを目の当たりに拝見し、かいほんぎゃくの的中に心からだいしょうにんさまに心服してしまったという人なのでありまするが、この親分のほうじょうのぶときというのはだいしょうにんさま怨嫉おんしつしておったんですね。
 でこの者にみんながうったえ出た。何とうったえ出たか。

 「『ぼうしまそうろうものならばどうとういちそうろうべからず、そういちにんそうろうまじ。ぶつをばあるいはれ、あるいはかわながす。よるひるたかやまのぼりてにちがつかってだいおんじょうはなってかみじゅたてまつる。おんじょういっこくきこふ』ともうす」

 

 「にちれんだいしょうにんの島にい続けるならば、ねんぶつしゅうの寺は一軒もなくなってしまうであろう。なぜかといえば、住民がみんなにちれんだいしょうにんについてしまうからである。
 そして、食えなくなってしまうから僧侶もいちにんもいなくなってしまうであろう。
 ぶつを川に入れて水に流す」とおおせられる。

 これは、りょうかんぼうさくりゃくなんですよ。
 竜の口の大法難の前にぎょうびんというぼうりょうかんぼうの入れ知恵でもって告訴状を出したことがある。あの中にもあるんですね。
 「だいしょうにんさまねんぶつの本尊たるぶつの仏像を火に入れ川に流している」というようなことって告訴したことがある。今それと同じことが行われている。
 ですから、そそのかしたのはりょうかんぼうであるということが分かるんですね。
 ですから、ぎょうびんが告訴状を出した時にだいしょうにんさまがそれに対してつうせられたんですね。
 そのしょがありまするが、その中に「ぶつを火に入れ川に流す」ということについてこうおおせになっておられる。

 「ことたしかなるしょうにんだすべし。
 しょうくんばりょうかんしょうにんとうみずかほんぞんだしてみずながし、とがにちれんわせんとほっするか」

 

 「本当にそういうことをこちらがやったかどうかしょうにんを出しなさい。
 もし証拠がないのであれば、りょうかんが自らねんぶつほんぞんたるぶつの仏像を持ちだしてきて火にれ水に流して、これを『だいしょうにんの仕業だ』とこうってみんなに『にちれんだいしょうにんこそぶつかたきだ』と心から憎ませるためにやった作りごとである」

 こうだいしょうにんさまおおせになっておられる。


平成15年 4月8日 『下種本仏成道御書』御書講義