「にちれんもうやうは『しばして。こうぼうだいあくまことにてくにおんいのりとなるべくば、きのほうおうこそいくさたまはめ、むろさいあいちごせいくびられざるらん。こうぼうきょうごんきょうをとれりとけるじょうじゅうじゅうしんろんもうふみにあり。寿じゅりょうほんしゃぶつをばぼんなりとしるされたるふみぞうほうやくそうろうてんだいだいぬすびとけるじょうきょうろんにあり、いちじょうきょうけるほとけをばしんごんはきものとりにもおよばずとけるじょうしょうがくぼうしゃこうしきにあり。かゝるひがごともうひとどうほういんにちれんつならばりゅうおうきょうかたきなり、ぼんしゃくおうめられなん。さいぞあらんずらん』ともうせば、どものいはく『いかなるさいのあるべきぞ』とをこづきしほどに、にちれんいわく『ぜんくうあめいのりにあめりたりしかども、だいふうきてありけるとゆ。ないれはいちじょうやうあるべし』と、ゐもあはせずだいふうたる」

 だいしょうにん達も興ざめして「これはおんあらということい出す中においてだいしょうにんさま大確信だいかくしんでおべになられたんですね。
 「邪法のしんごんに正しいやくがあるわけがない。必ずだいばつがある」ということ確信かくしんであります。
 雨がったと聞いたがしばし待て、こうぼうの悪義が正しくてもし国家の祈りとなるのであったならば、そのしんごんで祈ったほうおうじょうこう)があのような惨めな様になるはずがない。必ず戦に勝ったにちがいない。
 また、それに伴ってむろがその時の戦に負けて最愛の稚児ちごせいくびられることもなかったにちがいないではないか。
 そして、これはげんしょうですが、しんごんの必ず国を亡ぼすげんしょうということをまずほうおうじょうこう)のことげておおせになった。
 そして、次に今度はしんごんの間違いを示すもんしょうをおげになっておおせになっておられる。
 こうぼうきょうごんきょうに劣っている」というほうぼうの言辞を書いているもんしょうじゅうじゅうしんろんにある。
 寿じゅりょうほんを説いた釈迦仏を「凡夫である」と悪口をったもんしょうぞうほうやくにある。
 てんだいだいを「泥棒だ」といたもんしょうきょうろんにある。
 いちじょうきょういたしゃぶつしんごんものりにもおよばずとけるもんしょうこうぼうであるしょうがくぼうしゃこうしきに書いてある。
 このようなちがったことう者のであるどうほういんがもしだいしょうにんさまに勝つことがあるならば雨をつかさどるとされるしょてんの一つであるりゅうおうきょうかたきとしてぼんてんたいしゃくだいてんのうめられるであろう。
 そのようなことのあるべきはずがない。これには必ず深い意味がある。
 そのように、どうほういんが雨を祈ってただちに静かに雨がった。そんなことのあるべきどうはない。必ずこれには深い意味がある。
 こうだいしょうにんおおせになったら達が側にいて「どのようなさいがあるのでございましょうか」とった。
 この「をこづきし」ということにはちょうしょうあざわらう)という意味がありまするが、ここではそれはなじまないですね。
 「りきんで聞く」とか「しかと聞く」という意味もあるので、ここでは「しかと聞きただしてきた」ということなんです。よってだいしょうにんさまおおせられた。
 「実は、ちゅうごくしんごんしゅうの高僧であるぜんくうあめいのりをしてあめったけれどもその直後にだいふうき渡ったという前例がある。今もまた、必ずこのようになる」ということ断言だんげんされた。
 そのおことの終わるか終わらないうちにだいふうが吹き来ったというんです。


平成15年 4月8日 『下種本仏成道御書』御書講義