「もとよりせしことなれば、さんくにいさめんにもちゐずばくにるべしと。さればどうがつじゅうにちかまくらでてやまる。どうじゅうがつだいもうこくせてつしこくらるゝのみならず、ざいやぶられてしょうにゅうどうおおともとうげにげ、ほかつわものどもことともなくたいていたれぬ。またこんせるならば、いかにもくによはよはゆるなり。にんのうきょうには『しょうにんらんときしちなんかならこる』とらうんぬん

 いよいよしょてんの治罰であるこくしんぴつついに起こるということをお示しです。
 「もとよりせしことなれば、さんくにいさめんにもちゐずばくにるべし」とは「もともと心に決めていたことであるから、三度諌めてもしこくしゅがこのことを用いなければ国を去ろうということを決めていた」とおっしゃる。
 よって、へいのもんが三度目の国諫を用いない所を見た時に、5月12日にいよいよかまくらをお出になってこののぶの山におはいりになった。
 そしたら、その年の10月にとしいちじょうなり」とのおおせのごとくだいもうこくが押し寄せてきた。断言だんげんすんぶんたがわずでしょう。
 第三度目の国諫は4月ですから、半年後にだいもうこくが寄せてきたんです。
 これまさに、ぐんじょうせいとかせい情勢によるげんとか見通しなんてものではございません。
 だいしょうにんさましょてんに申しつけてなさしめたこくしんぴつということなんですね。
 ですから、だいしょうにんさまかまくらを去り給うということは、しょてんにこの国を責めることをお許しになったことを意味するんです。
 ということは、それまでもしょてんだいしょうにんさまざいざいを御覧になって「この国を責めて守護の使命を果たす」ということこくしんぴつを起こすところ、それをだいしょうにんさまぞんであられたから「しばらくこの国を助け給え」とって「三度の諌めが終わるまでは」ということでそれをとどめておられたんでしょう。そのことが先般ありましたよね。

 「くにほろびんことうたがいなかるべけれども、しばらとどめをなして『くにをたすけたまへ』とにちれんひかうればこそいままではあんのんにありつれども、ほうぐればばちたりぬるなり」と。

 ここに、三度の諌めを用いず「それではかまくらを去ろう」ということのぶにおはいりになった。
 だいしょうにんさまかまくらを去るということしょてんぜんじんに「この国を責めてよろしい」とお許しになったということなんでしょう。
 ですから、かまくらを去る時におっしゃったしょの中に

ことおよぶ。いまかんぎょうむべし、こうかいいたことなかれ」

というしょがある。
 これは、三度諌めてもしこくしんぴつじつとならなければほんの人々はますますだいしょうにんさまをあなずり、さんだいほうをあなずって後生にはげんごくちる。
 それがびんであるから「現世においてだいしょうにんをあなずり、このほんぞんをあなずることはどれほど恐ろしいことになるか」ということを知らせ、改悔させなければいけない。
 そこで、だいしょうにんさまの後生を救うためのだいがこの二度のもうの責めになったわけであります。
 ですから『おうしゃじょうのこと』には

しょうはさてきぬ、こんじょうきょうかたきとなりしひとをばぼんてんたいしゃくにちがつてんばったまいて、みなひとりさせたまへともうしつけてそうろう
 にちれんきょうぎょうじゃにてあるなしはれにてらんあるべし。
 ないへてにくみてはもうさず、だいだいちからげんごくだいこんじょうさしめんとなり」

おおせ給う。これが、もうの責めを実現せしめただいしょうにんさまだいだいであります。
 ですから、もうが責めてきて、しかもついにほんの国が亡びなかったというのはだいしょうにんさまだいのおいましめであったからなのであります。
 10月にだいもうこくが寄せてきた。つしこくは打ち取られてしまった。ざいも破られてしまった。
 しょうにゅうどうおおともとうというのはほんの武将ですが、もう国の残虐性を聞いて聞きげにげてしまった。
 情報を聞いただけで腰を抜かしてしてしまった。
 その他の兵士達も為す所なくたいていの者がたれてしまった。これが一回目のもうしゅうらいであります。
 もしもういっぺんもうが寄せてきたならば、今度こそにっぽんは壊滅状態になるということが明らかであった。
 『にんのうきょう』にはしょうにんらんときしちなんかならこる」おおせになる。
 ほんぶつがその国を去るということはその時に七難が起こる。その中でもこくしんぴつが必ず起こるということなのであります。
 ここにだいしょうにんさまざいにおいて文永11年と弘安4年の二度にわたるもうの責めをもっていっこくを罰し給うた。
 このだいげんしょうによってほんこくちゅうの人がいまだ帰依はしなかったけど心中においてだいしょうにんさまのただならないことを命に刻んで、その時に逆縁の下種はなった。
 みょうほうれんきょうの下種を命に感じて未来じょうぶつの縁を結んだ。これがだいしょうにんさまざいにおける逆縁広宣こうせん流布るふどうであります。
 しかし、だいしょうにんさまは去って去らずなんです。
 「しょうにんらんときしちなんかならこる」おおせでありながら去って去らず。
 だいしょうにんさまにゅうめつあそばしたといえどもかいだんだいほんぞんさまぜーこうろうやくこんるーざいしーにょーかーしゅーぶくおおせになったこの国に留め給うて、時来らば必ずこのだいろうやく、すなわちかいだんだいほんぞんを信ぜしめてほんこくちゅうみょうほうれんきょうと唱えしむるというどうがましますわけなんですね。
 これがやっぱり寿じゅりょうほんに説かれているんですが「この薬を今留めておいた」とって父たるろうがーこんすいろうしーじーいーしーぜーこうろうやくこんるーざいしーにょーかーしゅーぶく我(われ)いますいろうしてときいよいよいたれり、ろうやくいまこことどく、なんじってふくし)」ってよその国へ行って使いにつかわせて「父はすでに亡くなった」ということを本心をうしなったどもたちに知らせたというんですね。
 そしたらどもたちがつくづくおもうにゆいこーろーむーぶーじーこーみずかおもんみるににして、またし)」寿じゅりょうほんにありまするが「父はすでに死んでしまった。そして薬をこの国に置いてこくにいらしてそこで亡くなられた。その時初めて本心をうしなったどもたちは目が覚めて『自分はもう誰も頼る者はない。自分はこれでもってもう身が持たないんだ』ということに気が付いて心が目覚めた」というんですね。
 そして、父の残してくださっただいろうやくを飲んでやまいがたちまちにえたということなんです。


平成15年 4月8日 『下種本仏成道御書』御書講義