で、最後に有難ありがたことが書かれていますね。

 「いかなることしゅったいそうらわば、れへおんわたりあるべし。たてまつらん。さんちゅうにてともにしそうらわん。またおとぜんこそおとしくなりてそうろうらめ。いかにさかしくそうろうらん。またまたもうすべし」

 「『いよいよもうが再度責めてくる』ということがあって襲ってきて身が危なくなってきたならばのぶへいらっしゃい。
 にまします時はにちみょう殿どのが命かけてさんけい申し上げたが、今度はにちみょう殿どのの顔をたてまつらん。
 そして、のぶにて共に飢え死にしようではないか」とおっしゃる。

 まことに、命かけてほうこうするにちみょう殿どの「運命と共に」ということおおせになっておられる。
 このにちみょう殿どのあそばすだいしょうにんさまだいおもえばまことに涙が出てまいります。
 そして、あの時連れてきた小さな幼子のおともさぞかし成長したことであろう。
 また、いかにかしこくなったことであろう。またまた申すべしとおおせになっておられるわけであります。
 まことに、命かけてだいしょうにんさましんじまいらせたこのにちみょう殿どのに対してだいしょうにんさまがいかにしゅくだされたか。
 最後のおことさんちゅうにてともにしそうらわん」までのおことくだされている。
 そのだいだいおもえば、ただ胸に熱き物がげてまいります。
 おもうに、このにちみょう殿どのといい、あるいはじょう殿どのといいうえ殿どのといい多数の方々がざいに生まれ合わせた。
 これらの方々は直接おんがんじょほんぶつつかえまいらせた。
 私は『この宿しゅくえんというのは大変なものだ』おもっております。
 そして、じょう殿どのは「有縁の」とのおめをいただいた。
 うえ殿どのは「うえけんじん殿どの」というおめをいただいた。
 そして、このにちみょう殿どのは「にちみょうしょうにん」というおめをいただいた。
 みんなことごとく命かけてのしんじんに対してだいしょうにんさましょうさんであります。何という宿しゅくえんか。
 しかしながら、今私達はだいしょうにんさまが究極の願業とされた広宣こうせん流布るふの前夜に生まれ合わせているんですね。
 しかも、宗門も学会もだいゆいめいを捨ててかえりみない。
 また、ほん一同がだいしょうにんを軽んじ、ためにほんこく今まさに亡びんとする。亡国の坂道を転がりつつある。
 その時に、百万になんなんとするぶつの大集団が今いっけつしてだいしょうにんこころのままにさいしゅうだんかいほうこうをしているのであります。
 このほうこうつらぬき通して、もしゆいめい成就のその日が来たならば、だいしょうにんさまに何とおめをいただけるか。
 このことを私達は喜びとしていっけつして進んでいきたい。
 さあ、この4月は立宗750年でありまするが、全員がいよいよ一重のだいしんりきを奮い起こして、何としてもだいしょうにんさまこたたてまつろうではありませんが。


平成14年 4月5日 『乙御前御消息』御書講義