でこのきょうもんを見る時に、今ほんごくにおいて、もうすでに起きている災難さいなんもある。
 これは、一番目の「こく喪失そうしつ」と、それから二番目の「人心じんしんあっ
 そして、今まさに起きつつあるというもの。これが「じょうしょう」である。
 そして「だいしん」ですね。
 これも、ここのところしん活動かつどうはいってきて、ほんの国に頻々ひんぴんとして起こるようになってきました。
 阪神はんしん大震災だいしんさいを始めとして新潟にいがたにも起きましたね。
 そして昨日は、いわみやでもってしん7.2という(これは大変大きなしんでありまして)。ことに、東北とうほくの方は顕正会員が多くおりますから私は心配しんぱいしておりました。
 しかし「みんな守られて事故じこもない」という事を聞いて本当に「有難ありがたい」とホッとしている次第でありまするが、ほんごく中これから安全な土地とちはもうどこにもないですね。いかなる所でどのようなしんが起こるのか分からない。
 その中で、ことに、しゅけんで起こる巨だいしん。私は「これこそこく侵逼しんぴつぜんちょうとしてもっとも注目すべきところである。『それもとおからず』という事を思っております。
 そして「だいやくびょう(いわゆる新形しんがたのインフルエンザ)」とか「食糧しょくりょう危機きき」とか、あるいは「かいきょうこう」とかいう事がいよいよこれから始まってくるものであり、その最後が「こく侵逼しんぴつ」という事なんですね。

 でこの中において、分かりやすく「もうすでに起きてしまっている」という一つの事を見てみますると、まず第一の「こく喪失そうしつ」という事、第二の「人心じんしんあっ」という事をちょっと説明せつめいいたしまするが。
 「こく喪失そうしつする」という事は、いちりゅうこくさんりゅうこくよんりゅうこくになるという事ではない。

 すなわち「日本にっぽん国主こくしゅ天皇てんのうが、その国主こくしゅとしての地位ちいうしなう」という事なんです。

 事実、ほんごくにおいて、平安へいあんだいおうさかんでありました。ちょうていさかんでありました。
 ところが、だいしょうにんが御出現になる時、後鳥羽ごとばじょうこうじゅんとくじょうこうつちかどじょうこうという3人のてんが、何と3人そろってしんほうじょう義時よしときたれて、隠岐おきの島に、あるいは佐渡さどの島に流されてしまったという「天皇てんのうが、その地位ちいうしなった」というれきじょう初めてのだいけんがありました。これがざいの時の「こくうしなう」「こく喪失そうしつ」という事であります。

 そして、今度は、事の広宣こうせん流布るふぜんでありまするが、今、ほんごく天皇てんのう国主こくしゅとしての地位ちいうしなって「象徴しょうちょう」という事になってしまった。
 まさに『「こく喪失そうしつ」という事が本当に起きてきたんだなあ』という事。
 これが、国内こくない秩序ちつじょが破れていく根源こんげんの事。

 「こく喪失そうしつ」というのは、一般の人には目に見えないけれども、こっ災厄さいやくとしてはこれがまず最大のものなんですね。
 そしてその次に「人心じんしんあっ」でしょう。ここに御説き下さるように

一切いっさいにんしゅうみな善心ぜんしんく、ただ繫縛けいばく殺害せつがいしんじょうのみつてたがいあい讒諂ざんてんし、げてつみきにおよばん」と。

「国中の一切いっさいの人々が良い心がなくなってしまう。善心ぜんしんがなくなってしまう。悪い心ばかりになってしまう」と。

 そして、起きてくる犯罪はんざいというのはただ繫縛けいばく殺害せつがいしんじょうと。
 「繫縛けいばく」というのは「監禁かんきんしてしばっていく」事。
 「殺害せつがい」というのは文字通り「人を殺す」事。
 「しんじょう」というのは「怒りの目をき出す」事。
 そしてたがいあい讒諂ざんてんし」というのは「『相手を落とさん』としてうそはっぴゃくをついてきて」そして、殺人さつじんなんかのむご犯罪はんざいげてつみきにおよばん」という「罪のなき第三者だいさんしゃんでいく」という事なのでありまするが、このきょうもんの通りに、今、人心じんしんあっがもう誰の目にもはっきりとわかりますね。

 どうですか、あきばらでもって「世の中が嫌になった」とか「誰でもよかった」などという事をうそぶく男が、行者こうしゃ天国てんごく大型おおがたのトラックを乗り入れてき殺しただけではない。降りて、ナイフでもって何人かをころした。まことに「何でそんな事が起こるのか」というけんがあった。
 それから、江東こうとうでは「マンションに住む男がとなりのОLを自分のしつに引きずり込んで、そして、殺害さつがいして、何と何とその犯罪はんざいぐちかくすためにミンチにしてトイレに流した」という。これが人間にんげんのやる事でしょうか。
 それから「おっと殺害さつがいしてバラバラにしたつまがいる」「いもうと殺害さつがいして、同じくバラバラにしたあにがある」と。
 それから、これもつい最近起きたけんでありまするが、あまりこれは報道ほうどうされてないから一般いっぱんにはわからないんですが「16歳でもって、父親ちちおやをスコップでもって頭から顔面がんめんを見えないくらいにくだいて殺した」と。
 そして、それが26歳になって、先月5月に、東京でもって、今度は母親ははおやを同じく顔をなぐって、そしてころしたという事がある。
 このように、りょうしんそれぞれをち殺すというような事が起きておる。
 私は『こういう者を生み出す社会というのはくるっちゃってる』と思う。
 これこそまさに、人としてできない、人間にんげんとしてできないようなけん平然へいぜんとしておこなわれてるという事はこくあっみだれて人の心にはいってる」と。
 よって、人がみんなことごとく「欲望よくぼうだいである」「自己じこちゅうしんである」そして「すぐキレる」と。
 これは仏法ぶっぽうでいうと餓鬼がきかいであり、ちくしょうかいであり、しゅかいなんですね。人間にんげんじゃない。

 「形は人間にんげんの姿・形をしてるけど、心はすなわち餓鬼がきかいちくしょうかいしゅかいである」

 そういう害害がいがいの命になってっちゃう。
 「がい」というのは「自分を害する」んです。自分の人生じんせいをめちゃめちゃにしてしまう。
 そして「人を殺して害する」だから、害害がいがいの生命活動になってくる。