さて、このように中のぼうどもがだいおんしつをしてだいしょうにんさまさせてしまおうとしてほうじょうのぶときにせの命令書までださせた。
 ところが、あんそうして文永11年2月14日に赦免状が正式に出た。
 その赦免状がに3月8日に着いたとおおせられるわけであります。
 まことに、に流されて生きて帰ってきた者はないんですから、あそこは殺すために行くわけですよ。あそこへ行ったら必ずんでしまうんですね。そういう島にだいしょうにんさまを流したてまつった。
 それが堂々とかんぎょあそばした。不思議ふしぎことでしょう。
 で、これは偶然帰れたなんてものじゃないです。まさにまさにかいほんぎゃくが起きたからなんですよ。
 だいしょうにんさまは竜の口の時ににちれんたをすはほんこくはしらたをすなり」「かならかい叛逆ほんぎゃくこく侵逼しんぴつあるべし」ということへいのもん断言だんげんあそばした。
 そして、それから百日のうちにかいほんぎゃくがたちまちに起きた。
 これだいしょうにんさまにちがつに対して「国に必ずしるしを現わせ」ということを申しつけられたことなんでしょう。
 そして、かいほんぎゃくが起きて、それを恐れてついにほうじょうときむねが「このまま行けばさらにこくしんぴつがあるのではないか」ということを恐れるあまりだいしょうにんさまかえたてまつった。まことに不思議ふしぎかんぎょであります。
 ですから『みょうほうへん』にこうおおせになっておられる。

 「にちれんかんときもうせしがごとく、はじまりぬ。それをおそるるかのゆえまたかえされてそうろう

 「あの竜の口の時にへいのもん断言だんげんしたごとくかいほんぎゃくが始まった。それを恐れるあまりほうじょうときむねがお帰りを願った」

 ですから、その前にだいしょうにんさまが最蓮房というにおっしゃっておられましょう。

 「かまくら殿どのゆるさじとたまうとも、しょてんもうしてかまくらかえうんぬん

 「たとえほうじょうときむねが『絶対に帰さない』などとおうとも、しょてんに申しつけて断じて自分はかまくらに帰る」

とおっしゃったことはこのことなんです。
 かいほんぎゃくの罰を見てほうじょうときむねが心から恐ろしさを感じてだいしょうにんさまにお帰りを願った。まことに不思議ふしぎかんぎょであります。


平成15年 4月8日 『下種本仏成道御書』御書講義