今回は、改正された雇用保険法について少し話してみたい。

 

●給付制限期間が短縮されました

 自己都合退職した場合の失業等給付の基本手当(※)の給付制限期間が、この令和7年4月1日から、2ヶ月が1ヶ月に短縮された。

 (※) (第28話) したふり求職活動 律儀な人たち 参照

 

 令和2年10月1日から3ヶ月が2ヶ月に短縮されて、4年半でさらに短縮されたわけである。(ただし、退職日から遡って5年間のうちに2回以上正当な理由なく自己都合により退職し、受給資格決定を受けた場合の給付制限期間は3ヶ月となる。)

 これは近年、労働市場の流動性が高まり、転職が一般的になってきており、従来の2ヶ月の給付制限期間は、自己都合退職者の再就職活動を妨げる要因とされていたため、より迅速な再就職を促すために短縮されたようだ。

 退職後の収入が途絶える期間を短縮することで、失業者の経済的な不安を軽減し、安心して次の職を探せる環境を整えることができるようになった。

 なお、以前から教育訓練を受ける場合には給付制限が解除されるなど、リスキリングを促し、再就職支援策が強化されているところは変わりない。

 

●やむをえず自己都合で退職する人には朗報

 この改正により、自己都合退職者がよりスムーズに次の職を見つけられるようになり、労働市場の活性化にもつながると期待されている。

 ブラック企業などでパワハラやいじめ、サービス残業で苦しんで、自己都合退職で辞めざるをえない人たちにとっては、転職を決意しやすくなり朗報といえる。

 

●なぜ差をつけるのか?

 ただ私見だが、この1か月の差をつける理由がいまいちよくわからない。

 自己都合か会社都合かは明確にするべきだが、自己都合でも会社都合でも退職理由によらず、給付制限期間を設けずに求職申込後(待機期間1週間後)、公平に支給すべきではないかと考えている。

 そもそも、失業給付(基本手当)受給の条件として、一度離職して失業給付(基本手当)を受給すると、その後、再就職して、再び離職しても原則被保険者期間が12か月以上(会社都合:6か月以上)ないと受給できないという条件があり、転職を繰り返す人には一定の制限をかけている。

 もちろん、離職者の著しい不法行為(業務上横領、暴力行為、刑事事件など)で懲戒解雇された場合などは一定の給付制限を設けてもいいと思うが・・。

 

 差がなくなれば、会社都合か自己都合かで揉めることも減り、離職者も求職活動に専念できるし、ハローワーク(HW)の相談員にとっても、窓口で離職者から不満や怒りを聞かされることも減り、三方(求職者、事業所、HW)丸く収まることになるような気がするのだが・・。

 この問題は引き続き、政府(厚労省)で検討して、いずれこの差を無くしてほしいところだ。

 

ここからは、「これ余談なんですけど・・」

●基本手当と育児休業給付金の支給総額が逆転

 原則、週20時間以上働いている労働者が支払っている雇用保険料は、事業所負担割合がやや多い。(厚生年金保険料は労使折半)

 とはいっても労働者側が負担する割合は、(令和七年度は)0.55~0.65%と厚生年金保険料(9.15%)に比べたら少額なので、あまり負担と感じる人は少ないようだ。

 実は、雇用保険の財政上において、失業等給付の基本手当と育児休業給付金の支給総額が逆転したのをご存知だろうか?

「それがなにか?」と思われそうなので少し解説すると・・ 

 基本手当は、16~65歳までの幅広い年齢層の雇用保険加入者が離職した場合に支給されるのに対して、育児休業給付金は概ね20~40歳くらいで子供を産める年代の女性とその配偶者に限定して支給されることを考えると、数年前までは当然ながら支給総額でみると基本手当の方が多かったのだが、近年の少子化対策や育休取得促進の流れを受けて、育児休業の取得率が(男性も含めて)徐々に増加している事がわかる。(ちなみに2022年度において育児休業給付金の支給総額は約6千9百億円、基本手当は約6千2百億円となっている。)

 

 当然ながら、育児休業給付金は、支給率の高さ(育休開始から180日までは賃金の67%、それ以降は50%が支給される)と受給期間が長期になるため給付額が大きくなるので、今後も益々育児関連給付の比重が高まっていくことは間違いない。

 

●雇用保険料が少子化に貢献?

 一般的に労働者(週20時間以上勤務)が支払っている雇用保険料は、自分自身が失業した時の生活保障のための保険という意味合いでとらえている人が多いと思うが、間接的には、少子化対策にも貢献していることになる。(ただし国庫負担(税金)もあるので全額ではないが・・)

 

 我々の気づかないところで政府もいろいろ少子化対策を実施している。まだまだ不十分かもしれないが、非難ばかりせず一定の評価はしてあげて欲しいところだ。

●負けた・・・

 生成AIについては以前「(第84話)生成AIにきいてみました」や「(第47話)ハロワは空気がよどんでいる」でも少し触れてきたが、その後の進化は目覚ましいものがあり、正直、すでにその対応能力は、私がハローワーク(HW)で6年間、職業相談員(キャリアコンサルタント)として積み上げてきた知識や経験などをはるかに超えているレベルだと感じることが多くなり、なにかむなしい気持ちになってしまった。

 たとえば、応募書類で一番苦労する履歴書の志望動機や自己PRの表現については、年齢、性別、これまでの職歴(年数)、保有資格と自身の境遇(疾病、障害、シングルマザー、子供の年齢、障害、ひきこもり、LGBT等)を入力し、応募先企業の業種、応募する職種を入力すると、簡単に志望動機や自己PR(案)を作成してくれる。

 「(第66話)履歴書 ワケアリ人(離婚を機に転職他)の志望動機の書き方」で掲載している、私が6年間の経験から苦労してまとめた訳あり人の志望動機サンプル集よりも的確で優れた表現のものを一瞬のうちに作成してくれる。

 もちろん大手の金融・商社・製造・IT企業などの正社員へ応募する際の職務経歴書レベルにはまだまだ不充分ではあるかもしれないが、中小企業やパートや派遣などの応募書類に書く志望動機ならこのレベルで充分である。


 

 おそらく、面接指導もオンラインでAIロボットが模擬面接を実施してくれて、話し方とか話すポイントを指導してくる時代は、そう遠くない将来で実現すると思われる。

●マッチングはAIがもっとも得意?
 さらに求人側と求職側とのマッチングはAIが最も得意な分野と言える。
 現在でも就労条件を指定して検索し、応募者の独自の判断や職業相談員の経験と勘で選別しているが、それもAIでは過去のマッチング(採用)に関するビッグデータを背景に、職歴や保有資格、通勤時間なども含めてかなり高いマッチング率で選別してくれるはずだ。

 まだ実現されてはいないが、民間のエージェント会社などは近い将来「あなたの経歴にAIでマッチする仕事を紹介します」とAIによるマッチング機能をアピールしてくるのは間違いない。(ただ、国のDX化は民間企業より10年は遅れていると言われているので、HWでの活用はかなり遅れる可能性が高いと思われるが・・・)

 

●キャリコンはオワコン?

 おそらく、若いうちから情報リテラシー教育を受けた人が高齢になる頃には、パソコンやスマホを自由に使いこなせる人が増えてきて、HWの窓口に出向いて、相談員から職業紹介を受けたり、応募書類(履歴書等)の作成指導を受けることは漸減していく。
どうやらHWの窓口での職業相談員は近い将来ほぼ消滅する仕事の一つになるのは間違いないようだ。
 こう考えると、キャリコンはオワコン(終わったコンテンツならぬ終わったコンサルタント)になってしまうような気がする。
 

●生き残る方法は?
 そんな中、キャリアコンサルタントとしてなんとか生き残る方法を考えてみた・・・
〇もう一歩上のステージでの支援
 AIが得意なのは、過去の実績に基づく情報の整理や文書作成、パターンに基づいた検索だが、人の「本音」や「迷い」、「価値観」や「希望」をくみ取って、それに寄り添った支援をするのはAIには難しいはずだ。人が人を支える、その「対話力」「関係構築力」こそが、これからのキャリアコンサルタントに必要な価値と言えるかもしれない。

 

〇AIを利用するスキルを高める
 AIに凌駕されるのを恐れるのではなく、うまく活用することに視点を変えてみる。
 例えば、履歴書を作成する場合AIの力を借りて書類を「下書き」してもらい、それを応募者の個性が反映された形にブラッシュアップする役目を担うのである。AIを活用するスキルを高めることは、むしろ強みになるはずだ。


〇「キャリア相談」の深度化・多角化
 今後は職業の選択支援だけでなく、生き方・働き方・マネープランとのバランスまで踏み込むような、よりパーソナルでライフデザイン寄りのコンサルティングにシフトすることが重要かと思う。
 また、教育や研修分野への広がり、キャリア教育、AIリテラシー教育、職業観育成など、教育領域での活躍の場を求めてもいいかもしれない。

 こうして、キャリアコンサルタントに限らずコンサルタント業務として生き残るには、AIの登場は「終わり」ではなく「変化の始まり」として捉え、共存する方法を模索するしかないようだ。

●就職氷河期世代とは

 就職氷河期世代については頻繁にマスコミで取り上げられおり、ご存じの方も多いと思う。おおまかにいうと、概ね「1995年~2005年頃」に新入社員として入社する時期を迎え、不本意就労を強いられ正規社員に就けなかった人たちである。この時期は新入社員の求人倍率が1倍を切ることもあった。非正規雇用が増大し格差社会を生み出すきっかけになった時代ともいえる。

 政府もこうした世代を支援しようと、ハローワークでは令和元年から就職氷河期世代の人(1968年4月2日から1988年4月1日の間に生まれの方)で正社員の期間が1年未満だった人を正社員として雇用すると、採用した企業に助成金を支給する制度を導入し、個別支援の専門窓口を設けて支援する施策を実施している。

 当初、正規雇用者を30万人増やす目標を掲げたが、これまで11万人程度にとどまり、成果があったかどうかの評価は難しいところだ。

●窓口では・・

 ただ、相談窓口でこの世代の人と面談していると、正社員で働きたいという意欲があまり感じられず無気力感がただよう人も多く、正直、支援させてもらおうという意欲がわかないな~~と感じることも多かった。

 また、相談者には不満や不平を言うだけで社会適応能力が乏しいと感じる人もいて、おそらく就職氷河期世代でなくても就職は難しそうな人も散見していたこういう人には別の支援策(福祉的なアプローチや生活支援、社会参加の段階的支援)が必要ではないかと感じることもあった。

 

●同情論と自己責任論

 就職氷河期世代については、同情論自己責任論がある。

 たしかに、この時代はリーマンショックなどの不景気や労働者派遣法の改正で派遣できる職種が製造業まで拡がり、本来なら正社員で雇用されるはずが、派遣や期間限定社員など非正規雇用になったりして気の毒な時代でもあったが、その後アベノミクスで好景気が続き、正社員で就職する機会はいくらでもあったはずである。現に今でも人手不足で困っている業界はいっぱいある。自分さえ気持ちを切り替え、仕事に対する考え方を変えれば正社員の仕事はいくらでも見つかるし、この世代の人だけをことさら取り上げて支援する必要もないのでは? という意見がある。

 

 一方で、就職氷河期世代の中には、「自分にはもうチャンスはない」「社会から見放された」と希望を失い「どうせ頑張っても無駄」という深い無力感やあきらめを抱えた人も多く、そうした心理的影響が、たとえ経済が回復していても再チャレンジへのブレーキになって、努力しなかったというより、努力する気力を失っていた、あるいは自己肯定感を失って選択肢が見えなかったという人もいて、制度や経済の側面だけではなく、人の心のダメージにも目を向けることも忘れてはいけないという意見も聞かされたことがあった。

 

 確かに、相談者の深層心理にまで踏み込んで寄り添う姿勢こそが「キャリアコンサルタント」として使命かもしれない・・などと考えたりして、正直、私自身でもいろいろ葛藤があったのも事実である。

 

●就職氷河期世代も高齢化に -セカンドキャリアを考えよう-

 こうした就職氷河期世代も、年長者は50歳代に入ってきている。

 年齢を重ねると、非正規雇用で雇い止めされた後、新たに再就職したくても非正規雇用といえどもだんだんむずかしくなる年代である。

 令和の今の売り手市場から考えると、この時代に社会人デビューを迎えた人たちにとっては「もう30年、後に生まれていたら・・・」と思っているはずだ。

 ただ、「40歳過ぎたら自分の顔に責任をもて」と言われるように、いつまでも自分の生まれた世代や社会に対して嘆いても仕方がない。 

 このまま非正規雇用で不安を抱えながら漫然と働くのがいいのか、就職氷河期世代の人たちもそろそろ自分自身のセカンドキャリアについて真剣に考えて欲しいところだ。

 

●不安に備えるには・・

 就職氷河期世代の老後の生活や将来の不安を少しでも軽減するための解決方法は 今のうちに、自らの意識を変えて、実際に行動に移すしかない。

 今さら遅い、私には無理と初めから決めつけず、例えば、職業訓練等を受講してリスキリングしながら何か資格を取得して未経験の職種にも挑戦して正社員をめざしてみる。(もし、資格に迷ったときは

を参考にして欲しい)

 

 あるいは、年齢的に正社員をめざすのが難しいのであれば、高齢になっても経験があればつぶしがきいて(簡単に転職できて)長く(70歳以上でも)働ける職種(介護、運送、タクシー運転手、警備(いずれ管理職)など)へ今のうちに挑戦してみる。

 また、副業でもいいので何か好きなことやできることから始めてみる など、とにかく行動に移すことが大事である。

 

 政府も前述の助成金だけではなく、就職氷河期世代が年金を受給者になり始める2040年ころには、受給額が減額され、年金だけでは生活できなくて生活保護に頼る人が増大することから、基礎年金の底上げなどの対策にも着手している。

 しかしながら、以前、第33話でも書かせてもらったが

『人は、馬を水飲み場に連れて行くことはできても、馬に水を飲ますことはできない』

 政府がいろいろ支援策を実施してみても、結局のところ、当事者本人がその気にならない限り空振りに終わってしまう。

一念発起を期待したいところだ。

 ユニオンとは「一人でも入れる会社外部の労働組合」のことである。

 ユニオンの主な目的は、労働者の権利を守り労働条件の改善を図ることで、労働組合法に基づき、団体交渉権が認められており、企業に対して交渉を行うことができる。

 例えば、社員が不当解雇や賃金の未払い、職場でのハラスメントなどの仕打ちを受けた時、解雇撤回や未払い賃金の請求、職場でのハラスメント対策など、団体交渉を行ってくれる。利用する場合のメリット、デメリットはネット上で、生成AIでもわかりやすく教えてくれる。気になる方は確認してほしい。

 もし、個人的に加入したければ、地元で検索すると何社か検索できる。(中小企業の)労働者にとっては会社から不当な仕打ち(解雇、減給、パワハラ等)を受けた時の駆け込み寺の意味合いもある。

 ただ、モンスター社員を解雇した場合に、駆け込まれるとややこしいことになる。

 人事部のころの苦い思い出を話してみたい。

●モンスター社員 -就労現場の実態-

 経理担当の女性が急に退職することになり、急ぎハローワークを通じて補充要員(正社員)を募集したところ何名かの応募があった。

 面接をして、経験もあり仕事もできそうだった30代前半の女性を採用したのだが、これが悪夢のはじまりだった。

 最初の頃はおとなしく働いていたのだが、そのうち社内でいかがわしいカルト宗教の布教活動をはじめたのである。私にも入信を勧めるようになった。最初は無視していたのだが、他の社員にも声をかけるようになり、注意したのだがいっこうにやめようとしない。

 さらに、仕事上のミスも目立つようになり、周りとも相談せずに勝手にルールを無視して仕事を進めるなど、いくら注意しても直そうとせず、あげくのはてに、注意した人間に「あなたの子どもにカルマがとりついて不幸になる」などの暴言を吐くようになった。会議でも暴言を繰り返し、興奮すると文具を投げつけることもあった。

 

●モンスター社員 -解雇通告日の修羅場-

 さすがにこれでは雇用継続不可能と判断し、すぐに解雇したかったのだが、上場企業の子会社のため、コンプライアンス上、訴訟リスクを考慮し法的根拠を確保する必要があったため、問題社員の過去2ヶ月の業務中の非違行為と発生した日時、場所、同席者等の詳細な記録を残してから解雇することにした。

 解雇通告(Xデー)の日、本人出社後、応接室に呼び出して誰もいないところで伝えたかったのだが、本人が薄々なにか感じたのか、その呼び出しを拒否したので、やむをえず自席に出向き、周りの社員の前で解雇通知を読み上げて、私物だけをまとめて会社から退去するように通告した。本人は初めは暴言を吐きながら抵抗をしたものの、パソコンをロックしていたため、あきらめてそのまま退社していった。

 

●ユニオンとの交渉 意外な決着-

 解雇予告手当も支給して法的な問題はクリアしており、ホッとしていたところ、その後1か月後に某ユニオンから解雇について交渉したいとの連絡があった。

 早速、解雇理由や過去の非違行為の記録を用意し、解雇の正当性を主張できる準備をして、当日は万全を期すためグループ会社の顧問弁護士にも同席してもらい、経営企画室、人事、内部監査室 計4名で対応することにした。

 当日は、解雇した本人は同席せず、3名のユニオンの担当者が来社して協議となった。

 どんな要求をされるのか、解雇無効と損害賠償を請求されるのかと身構えていたところ、冒頭から拍子抜けする発言があった。

 「この女性、ちょっと頭がおかしいですわ。天からカルマがおりてきた、みたいなことを言っている。単刀直入に言わせていただくと、本人にはこちらで説得して復職はあきらめさせ、訴訟も起こさないと誓約させるので、金で解決しませんか? 復職を希望されても困るでしょ。」

 「なんや、それ!」心の中で叫びながら、こちらからも本人の業務中の非違行為を説明し、解雇は正当で法的に問題なく、当方に処分(解雇)に対する瑕疵はないことを主張したものの、「(それはよくわかっているという表情で)要は今後、本人と揉めないためにも解決金を出してくれるかどうかの返事が欲しい」とのこと。

 そこで、一旦持ち帰ることとし、後は電話とメールで交渉することとなった。

 

 その後、社内協議と先方との交渉の結果、結局、基本給の3ヶ月分(雇用保険の自己都合退職による支給制限期間(当時90日))で決着した。

 おそらく推測だが、この解決金の30%ほどがユニオンの取り分となるはずである。

 

 解雇予告手当を支払っており、さらに上澄みで3ヶ月分の解決金を支払うことに抵抗はあったが、これ以上こじらせて訴訟問題となり、ネット上でグループ会社の悪口を言いふらされることになるのは避けたいという経営判断があり、さらに当時、会社の業績も悪くなかったこともあり、渋々了承して一件落着となった。

 

●ユニオンの利用は退職が前提?

 実際ユニオンに駆け込んでしまう時は、不当解雇された場合でも復職を希望しておらず、パワハラを受けた場合でも退職を覚悟していることが多く、そのまま雇用継続は難しいのが現状である。

 ユニオンでは、組合費以外にも、解雇された場合、復職させるのではなく今回のように「解決金(示談金?)」で解決して、その一部を手数料とするビジネスモデルで成り立っているところがある。

 ユニオン側も、この会社は、支払い能力がある、法令遵守の意識が高い、世間体を気にするなど、相手企業を見透かして交渉してくるのかもしれない。

 

●モンスター社員vsブラック企業

 善良な労働者がブラック企業から不当な扱いを受けたら、証拠(音声データ・メモ・勤怠記録等)を確保しておいて、ユニオンを利用してそのブラック企業と交渉することは、正当な権利として行使してもらってもいいと思うが、今回のようにモンスター社員がホワイト企業に対してユニオンを利用されると、本当にいい迷惑になるので勘弁してほしいところだ。

 モンスター社員なのだから、「キングコングvsゴジラ」ではないが、「モンスター社員vsブラック企業」で、どこか違うフィールドで戦ってもらうことを願うばかりだ。

 

 当時、IT企業としてシステムエンジニアや営業職の採用は就職エージェント会社を利用して採用することが多かったのだが、事務職だったのでお金をかけずにハローワーク(HW)から採用することにしたのだが、この時、自分自身が採用した責任は棚に上げて、「HWの紹介で採用すると、ろくなことにならない」とかなり愚痴っていた記憶がある。ただ、その後、そのHWで職業相談員になって職業紹介することになったのはなんとも皮肉なめぐりあわせである。

 兵庫県の文書問題が一段落した感がある。詳しいことはすでにネットやテレビ・新聞等で充分すぎるくらい報道されているのでここでは省略するが、今回の一連の騒動でクローズアップされたパワハラ問題と公益通報制度について、以前大手IT企業グループの子会社の人事部で働いていたころのエピソードを思い出した。

(なお、ここでは公益通報のうち内部通報に限定しているのでご了承ください)

●内部通報の実態

 当時、子会社も含めグループ会社全体の内部通報窓口が親会社の内部監査室に置かれていた。

 ある日、その内部監査室から、そちらの社員からパワハラを受けているとの通報メールが届いたとの連絡があり、パワハラをした上司の名前とパワハラの概要(度をこえた叱責、怒声、人格否定をするような発言)を知らされ、調査のうえ事実が確認できれば対策を講じて、その結果を報告するよう指示をうけた。当然ながら通報者の名前は教えてもらえなかった。

 そこで早速、事実確認のためパワハラをしたと通報された本人とその部署のメンバーと面談するのだが、規模の小さい子会社だったので、おのずと通報者はそのメンバー3名のうちの1人だろうとわかってしまうのが小規模事業所の宿命である。

 

 まず、メンバー3名とも面談をして、冒頭に

・通報者は不明だがパワハラの内部通報があったこと

・犯人(通報者)捜しをしているのではなく、事実確認するために面談していること

・社長にも報告して会社として対応すること

 これらを説明して、パワハラの有無や事実関係のヒアリングを実施した。

 その場で、具体的な内容を知ることができ、客観的に判断してもパワハラと認定されるような事実が確認できた。

 

 ただ、この時、通報者が誰かということには全く関心がなかったのだが、面談の最後に会社として対応することを再度説明して終わろうとすると、うち2人は「わかりました。ではこれで・・・」と言ってあっさり面談を終わったのだが、1人だけが最後に「どうかよろしくお願いします」と言って頭を下げたのである。

 思わず私が「えっ?」というような顔をすると、本人が間を置いて、一瞬「あっ!(しまった)」という顔になったが、お互いニヤリと笑って面談を終わった次第である。

 

 通報された本人(上司)は、すぐ熱くなるタイプで、通報内容を説明し、やや行き過ぎた叱責・指導があったことを確認し、本人からも反省の弁と今後メンバーとの接し方を改善するとの申し出があった。

 仕事に対する熱心さのあまりこうしたパワハラをしてしまうことがあるので、本人の熱意は評価しつつ、改めるところは改めてこれからも仕事は頑張ってほしいことは伝えておいた。

 その後は定期的にメンバーとヒアリングを実施し、チーム内も多少のギクシャク感は残ったものの、パワハラは改善され一応の落ち着きを取り戻した。

 なお、当然ながら告発者の不利益な取り扱いはしないようにしたが、こうしたことは人と人との相性もあり、その後の人事異動(配置転換)の参考にできたことは、それなりに意味のある事案だったと感じた次第である。

 

●通報窓口がありません

 今回は大手企業グループだったので、こうした対応がとれたのだが、規模の小さい会社の場合、まずこうした通報先がない。

 労働基準法に違反している場合は労基署に相談する手はあるが、パワハラ事案は対象外となり都道府県の労働局での斡旋事案に回されるため、時間もお金もかかることから、ほとんどの人は法的な対抗措置はとらずにあきらめるか退職することになる。

 国も令和4年に「労働施策総合推進法」を改正してパワハラを防止する措置を事業所に義務づけされたが、なにせ罰則規定がない。

 中小企業ではパワハラを受けても、当事者(加害者)が社長自身の場合や社内で相談しても取り合ってもらえない場合、耐えるか辞めるかしかない現実がある。

 こうした人を救済できる実効性のある施策を(通報制度の濫用防止策も併せて)国も考えて欲しいところだ。

 

 また、そもそも、パワハラは公益通報の対象にはならない上に、不正経理・業務上横領などの企業の不正を外部通報としてマスコミ等に通報(三号通報)しても中小企業の場合、ニュース性がないのでまず取り上げてもらえない。ほとんどの人は泣き寝入りである。せいぜいSNSで思いっきり悪い評判を投稿するくらいが関の山となる。

 

 今般、国は公益通報者保護法を改正しようとして、マスコミも注目しているが、従業員300人以下の会社の社員にとっては、通報窓口も義務化されないため、公益通報者保護法を改正すると言っても、どこか空々しく、実感がわいてこないのではないかという気がしている。

 

●パワハラの定義  余談だが・・・

 この騒動が起こる前までは、ハラスメントは通常、受け手側の当事者がどう感じたかが重視されると思っていた。

 例えばセクハラの場合、ハゲちらかした中年の小太りの汗臭い上司が肩を抱けば、まちがいなくセクハラになるが、木村拓哉や福山雅治がそっと肩を抱けば『甘い誘惑』になる。

 パワハラも同じで、厳しい言葉を浴びせられても.誰に言われるかで受け手側の気持ちは大きく異なる。

 私も若いころはよく上司に叱られたが、叱責も甘んじて受け、反省しながら自分が成長できたと思っている。なぜならそこに「愛」があったからである。

 今回の第三者委員会では、独自にかなり厳しい基準を適用し、被害者本人がパワハラと感じていなくても、客観的にみてパワハラ行為に該当すればパワハラと認定していた。

 受け手がどう感じるかが大切な気がするが、そうすると報復を恐れてだれも告発しなくなる危険性があるので、第三者がみて判断するという基準になっているようだ。

 ただ、この基準では、部下の前でため息をついてもパワハラになるのである。もしこれが今後のパワハラの認定基準とされると、濫用者が現れ、企業が組織として経済活動する上で、著しい制約をうけて、ひいては日本の経済成長の妨げになるのではないかと危惧してしまう。

 やはりハラスメントの判定で揉めたときは、個別のケースに応じて最終的には第三者委員会ではなく、司法が判定するべきと考えている。

 今回の騒動の場合、知事はどの程度の叱責や指導・業務指示をしたのか? 音声データもなく、受け手側がパワハラとまでは感じていなかったという証言もあり、正直、疑念が残るところではある。

●知らない職業

 唐突だが、『代書屋』という落語の演目をご存じだろうか?

 字が書けないというとぼけた男が就職することになり、代書屋に出向き、履歴書を書いてもらうのだが、そこの主人とのやり取りをおもしろおかしく演じたものである。(演:桂春団治がお勧め)

 そのやり取りの中で、職務経歴を聞く段で『へり留め売り』『河太郎(ガタロ)』という仕事が出てくる。

 そのまま書いてもどんな仕事かわからないので、代書屋の主人がそのとぼけた男から詳しい仕事内容を聞いて苦労しながら履歴書にまとめる場面がある。(今では聞くことのない仕事なので、詳しい仕事の内容を知りたければネットで調べてもらいたい)

 そういえば昔、有名な女優と結婚した実業家(すでに離婚)の職業が『ハイパー・メディア・クリエイター』と紹介されたことがあったが、私もいまだに、どんな仕事かよくわかっていない。

 世の中には、(後述するが)一般の人にはまだまだ知られていない職業がいっぱいある。

●言えない職業

 相談窓口では、履歴書の職歴欄に他人には言いにくい職業をどう書けばいいか相談を受けたことがあった。

 60歳代の男性でソー○ランドで受付と待合室での接待業務を10年以上経験して、定年(?)退職しており、まさかそのまま書けないので、店舗の屋号は書かずにそこを経営していた企業(法人)名と『遊興施設での受付・接客業務』などと書くのはどうですか?とアドバイスしておいた。

 また、50歳後半の男性で、夜の飲食業を経営後、デリヘ○の元締めとして派遣する女性の手配や送迎を10年近く自営していたが、当局の取り締まりが厳しくなったり、みかじめ料を要求されたりで嫌になり廃業したとのことで、かなりきわどい職歴をどう書けばいいかとの相談も受けたこともあった。これもそのまま書けないので、いろいろ迷った末に『接客コンパニオンの人材派遣業を自営、諸般の事情により廃業』ぐらいでどうですか?と提案しておいた。ただし、履歴書には書けなくても、面接で具体的な仕事内容や経緯を聞かれたら、別に犯罪を犯したわけではないので正直に話すよう併せてアドバイスしておいた。

 いずれも他人には言いにくい仕事を経験してきたが、本人たちは見た目や態度もいたって普通で、こんな職歴でも応募できる仕事はどんなものがあるのかという相談も受けたので、施設管理、配送、送迎、(犯歴がなければ)警備、2種免許を取得してタクシー運転手などを勧めておいた。

 

●レアな職業

 一方、めずらしい職業の人として、発破技士(40歳代男性)、潜水士(40歳代男性)、イルカのトレーナー(29歳女性)の職歴のある人たちが来窓してきたことがあった。

 発破技士潜水士となると全国規模で仕事を探しており、仕事があるところならどこへでも行くという覚悟があり、仕事は自分で見つけるという人たちだったので、全国の求人票から何件か検索して提供するだけでさっさと離窓していった。

 イルカのトレーナーの女性は関東のある有名なマリンリゾート施設でイルカと一緒に泳いでいたらしいのだが、年齢的なこともあり、セカンドキャリアとしてスポーツに関わらない別の仕事をじっくり考えていきたいとのことだった。

 

●運も大事

 この世の中の職業の数は18000種類以上あるといわれている。(分類の方法によってはそれ以上とも言われている。)

 人は、その中から(副業する場合やWワークを除き)1つだけ選択して働くのである。

 そう考えると、自分にあった職業に巡り合うことは「砂漠に落としたイヤリングを見つける」くらい難しいのかもしれない。

 おそらく世の中の成功者と呼ばれる人は、自分にあった職業に巡り合え、自己実現度がほぼ100%の人たちで、もちろん本人の努力もあっただろうが、(その職業に巡り合う)運も味方したのかもしれない。(例えば、もしイチローのパパがサッカー選手だったら・・、もし藤井聡太の祖父が囲碁好きだったら・・)

 多くの人は、才能はあっても、それを活かせる職業に巡り会うことができずに、自己努力によって今の仕事の中で自己実現度を少しでも高められるように頑張っている人といえるもちろん、そうした働き方も立派な働き方であることは間違いない。

 

●きっかけを見つける選択肢を広げよう

 第80話では、「もしやりたい仕事が見つからない場合、きっかけはなんでもいい」と書かせてもらったが

とどのつまり、自分にあう仕事に出会うためには、そのきっかけに恵まれるかどうかが大きなカギになる。

 そして、そのきっかけとして、「レアな職業」も選択肢にいれても面白いかもしれない。

 前述の発破技士や潜水士の人たちに、この仕事を始めるきかっけを聞かなかったのだが、おそらく、そういう職業の人たちがたまたま周り(家族、親戚、友人等)にいたり、偶然働いている現場を目の当たりにして、その職業にあこがれたのがきっかけではないか思われる。

 

 レアな職業を調べたければ、ネットで『あまり知られていない日本の職業』で検索してみて欲しい。いろいろなサイトがあり、この中にはよく知られた職業もあるが、見たことも聞いたこともない職業がいくつかある。

(例:・テクニカルライター・フォーチュンクッキーライター・ホワイトハッカー・特殊清掃員・治験・占い師・錠前技師・臭気判定士・動画クリエイター・気球操縦士・ゴルフボールダイバー・ひよこ鑑別士・遺品整理士・酪農ヘルパー・食品のテスター・探偵・並び屋・便利屋・ドレスコーディネーター・ドローン操縦士・アウトドアガイド・ゲームデバッガー・・・ などなど )

 

 レアな職業なのでイメージがわきにくいと思ったら、今はネットで簡単に調べることができるし、生成AIを利用すれば、どうすればその仕事に就くことができるか、さらには就労上の課題や問題点も知ることができる。

 もちろん、求人サイトにはあまり載っていない上に、資格取得が必要な職業もあるため、すぐに就くことはできないかもしれないが、いろいろ調べて選択肢を広げることにより、やりたい仕事にめぐりあうかもしれない。

 (また、これらは副業として検討する場合に選択肢にいれてもおもしろいかと思う。)

 やりたい仕事が見つからないという人にとって、きっかけの一つとして検討してほしいところだ。

 よく窓口で、相談者から希望する就労条件を聞いて、紹介できる求人情報(求人票)を検索して提供するのだが、その場合、苦労するのは一般的には、高齢者や生活困窮者、定着困難者、メンタルなどの長期離職者などと思われがちだが、実は求人情報の提供で意外と苦労したのは50歳代で正社員を希望する人たちだった。

 一度、50歳代後半の男性で、会社といろいろ揉めて辞めてきたという人が来窓したことがあった。大手企業の部長職を経験しており、話し方も理路整然としており落ち着きのある人だった。詳しいことは話してもらえなかったのだが、役職定年となり、待遇面で不満を抱え、やる気をなくして辞めたようだ。

 ただ、希望条件がそれなりに高いレベルになるので該当する求人はハローワークでは見つからず、50歳代の転職は難しいことを説明すると、少しショックを受けていたようだが、本人からは、「それならいろいろ知り合いのコネを活用して探してみる」と言って帰っていった。
 

●50歳代はミスマッチ度がピーク

 50歳代からの転職は、求職者にとっては、経験を活かしたい、あるいは即戦力としての期待に応えたいということで、希望する条件がこれまでの経験が活かされる職種に限られる上に、ある程度の職位も用意してほしいところだ。

 さらに、ローンや子どもにも一番お金がかかる頃で、まだまだ正社員で働きたい。給料も年齢相応の金額は欲しいと思うし、逆に雇う側は、定年まで残り少ない、年上なので使いにくいのではないか、年齢相応の賃金を払うだけの技量を持ち合わせているかどうかわからないのでリスクを負いたくない・・・など、ミスマッチ度が一番顕著になる年齢層と言える。(逆に60歳代になると、子供も独立するので、賃金面での希望条件が緩和され、求職者側のハードルが下がり、意識も変わるため求人情報も提供しやすくなることが多かった)

 

 契約社員や派遣なら見つかることもあるのだが、正社員となると年齢不問と書いてあっても、警備やタクシー運転手、歩合制の高い仕事などの特定職種を除くと、応募段階で断られることも多く、応募を受け付けてくれても書類選考だけで不採用になる事も多かった。

 本人が応募したいと求人票を持参することもあったのだが、正社員と書かれてあると、本人に言うと機嫌をそこねる恐れがあるので何も言わず紹介状を発行していたが、応募はできても正直、採用は難しいだろうなといつも感じていた。

 

●セカンドキャリアにむけての準備・助走期間

 役職定年になり、給料が減って重要な会議にも呼ばれなくなり仕事がおもしろくなくなった。俺はこんなところでくすぶりたくないというようなプライドや感情論だけで転職をしようとする人がたまにいるが、今一度考え直した方が良い。自分自身のエンプロイアビリティ(※)は自分が思うほど高くないかもしれない。 

(※)第76話 不採用の真実 自分のエンプロイアビリティを知れ を参照

 ネットで50歳代からの転職サイトの様なものはあるが、転職できる人はごく少数であまり期待しない方が無難だ。

(ただし、前述の相談者のように知り合いや取引先から具体的な「お誘い」が期待できるのであれば別の話だが・・・)

 むしろ50歳代は多少待遇面で不満を感じても、すぐ転職を志向する期間ではなく、60歳代以降のセカンドキャリアにむけての準備期間・助走期間と考える方が良い。

 

●セカンドキャリアは自分らしく働く

 自分の本当にやりたいことは何か、これまでのキャリアの延長上だけで考えるのではなく、根底から自分を見つめ直す期間と捉えるのである。

 幸い50歳代は起業や副業を開始するにはまだ間に合う年代だし、資格を取得するにもまだまだ挑戦できる年代である。

三十にして立ち、

四十にして惑わず、

五十にして天命を知る

 結局 自己理解を深め、子育てやローンも終わった時、これから「自分らしく」働けることはなにかを模索することができるのが50歳代ともいえる。

 キャリア人生において、柵(しがらみ)から逃れられ、自分らしく働けるのがセカンドキャリアと考えると、50歳代は、漫然と不満や不安で過ごすのではなく、セカンドキャリアに向けてもっとワクワク感をもってすごしてほしいところだ。

 30歳代女性、正社員で、できれば販売促進や商品企画のような仕事をしたいと来窓。

 旦那さんの転勤のため、やむをえず勤めていた会社を退職して転居、子どもも生まれ、出産後1年経ったので、そろそろ働きたい。前職は都市部の中堅企業で正社員として販売促進の仕事をしており、希望職種は販売促進・商品企画だが、地方なのでそんな仕事は難しいと思うので、製造・サービス・人材系で営業事務のような仕事で、正社員でさがしたいとのこと。

 ただ、子供がまだ1歳で近所に子供の面倒をみてくれる親とか頼れる親戚はいないため、こどもは保育所に預けるが、こどもが熱を出せば休まざるを得ないとのこと。

 近年、育児に理解のある会社はかなり増えてはいるものの、応募してもそのあたりをつかれるといい返事(採用)がもらえないことがまだまだ多い。特に新規で正社員となると採用する側も慎重になってしまう。ましてや事務職系は応募も多く、採用するのに困らないことから厳しいことが予想された。

 時間の融通がききやすい事務補助的なパートなら見つかるかもしれないので、「パートでもさがしてみてはどうか? 例えばフリーワード『学校行事』『急な休み』で検索するといくつか見つかりますよ」と勧めるものの、パートだと、補佐的な仕事になりキャリアが途絶えるような気がしている。できれば、仕事を任せてもらえるように正社員で早くバリバリ仕事をしたいとのこと。キャリア志向の高い女性と言える。

 本当は在職のまま育児休業を利用しながらキャリアの継続したかったのだが、こうした事情で退職してしまうと不安になる気持ちは理解できる。

 

 本来なら、該当する求人情報を数件提供するくらいで終わるのだが、『老婆心ながら・・』と断って、少し話してみた。

「あせる気持ちはわかるが、あなたは人生のよきパートナーと巡り合い、結婚して子供も生まれ、経済的にも旦那さんの稼ぎで一応暮らしていける。たくさんのかけがえのないものを得ている。その上にさらに正社員として自分のキャリアアップをしたいと言われるが少し欲張りすぎないか? 生きていれば得るものがあれば失うものもある。ひとつくらい失うものがあってもいいのでは? 全てを得ようとすると結局多くを失うことになるかもしれない。

 また、失うといってもこどもの手が離れるまでの期間だけ辛抱すればいい話で、まずパートで働き、子離れしたら働きぶりがよければ正社員にしてもらえる可能性もある。今、正社員で働くことだけがあなたのキャリアを維持する手段ではないのでは・・・」などと話してみた。

 「う~ん、ちょっと検討します」と言ってあまり納得しない様子で帰っていった。 

 

●割を食うのは女性

 男性の育児休業制度が充実してきたとはいえ、子どもが出来ると『キャリア』という面ではまだまだ女性の方が『割を食う』ことには変わりはない。

 ただ、第56話でも

触れたように育児中はいろいろ就労制限を受けるかもしれないが、その間「子育て」というキャリアを得ることができる。

 育児に関する知識や経験だけでなく、忍耐力、マルチタスク処理力、緊急時の対応力、関係者との連携力などは間違いなく培われるはずである。

 就職して第一線でバリバリ働くだけではなく、育児中は一時的なキャリアチェンジ期間と考えることはできないだろうか。

 花を咲かせるときは必ず来る。今は根をしっかり張るときと捉えて将来の再就職や副業をめざして資格取得にチャレンジしたり、リスキリングとして職業訓練でテクニカルスキルを高めるという手もある。

 

 現在は人材不足を背景に40歳代女性の転職、再就職は徐々に広がりつつある。

 以前のように女性で育児で離職してしまうと40歳をすぎたら正社員への転職は無理ということは少なくなってきている。

 一般事務や事務系専門職以外にもITエンジニアやwebデザイナーの求人も多いと聞く。何かしら積み上げてきたスキルや資格等があれば、年齢が高くなっても正社員としての再就職は可能で、人材不足が解消されない状況の中、この傾向は続く可能性が高い。

 むしろ、その際、家事や育児の経験が採用時のアピールポイントにつながるケースもある。職歴が乏しい、あるいは中断したという人でも、こうした経験が評価され、採用に至った事例も出てきている。そのあたりをブランクがあってもしっかりアピールしてほしい。

 

●国の支援制度に期待

 また、国の施策としてこうした人の雇用を促進する意味でも、現在はシングルマザーを採用すれば企業側に助成金(特開金(※))が支給される制度はあるが、出産と育児で長期間離職していた人を正社員で採用すれば同じように助成金が支給されるような制度を厚労省も考えてほしいところだ。

 

(参考)

※特定求職者雇用開発助成金(抜粋)中小企業の場合

・母子家庭、60歳以上、生活保護受給者  90万円

・就職氷河期世代不安定雇用者      90万円

・身体・知的障害者、発達障害者 等   180万円

 相談窓口で「同時に何社まで応募できるのですか?」とよく聞かれることがあった。

 システム上の上限はとくに設けられていないが、人が自分で応募状況を同時に管理できるのはせいぜい3社くらいなので、同時に応募する場合は概ねそれくらいの数を勧めていた。

(ちなみに紹介状を同時に4通以上発行した人が、応募書類を郵送する際、間違って別の会社の紹介状を送ってしまい不採用になった人を私は2人知っている)

 

 経済的な理由から早く就職したい人は、ひとつずつ応募してその結果を待って次を応募するようなペースでいては間に合わないことが多く、どしどし並行して積極的に応募を勧めていた。もし幸い2社以上から内定をもらったら、どちらかを辞退すればいいだけの話である。

 ただし、この場合注意することがある。

●志望に優先順位があると・・・

 はじめから、最初に内定をもらえたところに就職するという固い決意があれば問題はないのだが、もし複数社に同時応募する際、第一志望、第二志望 ・・・とある場合は注意が必要だ。

 

 先に第二志望のところから内定の連絡がはいったものの、まだ第一志望の会社から返事がない場合、第二志望の会社にどう回答したらいいかとの相談を受けたことが何度かあった。

 

 通常、内定がでると入社するかどうかはだいたい3日以内に入社するか辞退するか回答するのが一般的なビジネスマナーと言われている。待ってもらえればいいのだが、その場合もいつまでもというわけにはいかない。

 応募先が良心的な会社であれば1週間程度待ってくれることもあるが、あまり引き延ばすと他社と天秤にかけていることがわかってしまう上に、急募の場合は、早く採用したいので辞退されたら次の人を採用しないといけないので、回答の締め切り日を設けられ、それまでに返事をしないと内定が取り消しになることがある。

 

 いきなり面接選考の場合は、翌日面接、当日採用で最短、応募から2日で内定がでることがある。書類選考の場合は、応募書類が届いて書類選考し面接日が決まるので、内定まで最短でも2週間程度はかかることが多い。

 第一希望が書類選考で、第二希望が面接選考の場合、同時に応募すると結果が第二志望から先に内定が出ることが多く、回答の調整に苦労することになる。

 

●スケジュール調整が大変です

 以前こうした、第二志望から内定が出たものの、第一志望の面接が終わるまで回答を待ってもらえず迷った末に辞退したが、その後、第一志望の会社が不採用になったと窓口で泣きつかれたことがあった。

 再度応募しようとしても、内定を一度辞退すると、通常、その後1~2年間くらいは応募しづらくなる。応募しようとしても採用担当者が名前を覚えており、「この方以前内定したのに辞退された方ですよね」とやんわりことわられることもあった。

 

 第一志望が先に結果が出るように応募のスケジュールを調整することが望ましいのだが、第一志望の結果が出るのを待っているうちに第二志望の求人自体がなくなってしまうこともある。

 こういう場合、できるだけ第二志望の応募状況(応募者数)を随時まめに確認しながら、応募の時期を遅らせるか、応募はしてもなにか理由をつけて面接日をできるだけ遅らせるような調整をするしかない。 

 

●別のリスク

 また、第一希望で入社したものの、職場になじめなかったりブラック企業と判明したりで短期で退職してしまうと、次に第二志望で採用を辞退したところに再度応募はしづらいところだ。一度も応募していなければ、そのまますんなり応募できたのに・・・と後悔することになる。

 そういう意味でも、やみくもに応募するのも注意が必要である。

 とはいえ、前述のとおり、ひとつずつ順番に応募する方法では、スピード感がなく求人がなくなってしまうリスクもある。

 結局、投網をかけるように同時に何社も応募するか、ひとつひとつ応募してその結果を待って次を応募するかは、自分自身の事情に応じて切り分けるしかない。

 

 ただし、建築・土木・警備・運送・看護・介護などの人手不足の業種やこうしたことにはこだわらない採用担当者いる会社であれば、一度辞退したところでも、なんのわだかまりもなく採用してくれるところもあるので、あきらめず窓口の相談員からダメ元で「一度辞退した方でも再度応募できますか?」と聞いてもらってほしい。

 ここで変な遠慮は無用である。

 

 窓口の相談員は紹介実績を上げたいので「どしどし応募しましょう!」と勧めてくると思うが、(現に私もそうだった)こうしたリスクは承知して応募してほしいところだ。

 今回は採用に関する『不適切にもほどがあるエピソードを紹介してみたい。昭和から平成にかけての話が中心なのでご了承ください。

●Epsode-1 美人は得か?

 30歳代前半の容姿端麗の女性が来窓してきた事があった。(勤務していた6年間の来窓者の中で一番の美人といってもいいくらい)服装も洗練されており、周りの男性来所者もチラチラ見ていたくらい目立っていた。  

 ハローワークのような空気がよどんでいる(?)所ではあまり見かけないタイプである。まさに『掃き溜めに鶴』状態といえる。

 正直、番号を呼び出して自分の窓口にあたった時は内心ラッキーと思ってしまった。

 話し方や物腰も柔らかく、大手企業の秘書室で勤務していたがワケ合って都市部からこちら(地方)に転居してきたみたいである。普通ならそれとなく離職した経緯や事情を聞くのだが、下心があると思われたら・・と変に意識してしまい聴取できなかった。

 就職(転職)活動は初めてみたいで「たいした事はできないと思うのですが、私でもできる仕事はこちらの方でもあるのでしょうか?」と心配そうに相談を受けた。

 思わず≪あなたならどこに応募してもすぐ内定をもらえますよ!≫と心の中でさけびながら、秘書求人と比較的規模の大きい企業の事務職の求人票を何枚か提供しておいた。

 ほどなく来所しなくなったので、どこかにすんなり決まったと思われる。

 

「美人は得か?」人事部の採用経験者なら、(表立っては言わないが)10人中10人がYesと回答する質問である。

 もちろん、「誰でも」というわけではないが、キャリアや職歴で多少の採用基準に満たしていなくても、それを上回る容姿をもった方は女性に限らず、採用になる事が多かったのは間違いない。

 

●Epsode-2 若い男は単純

 以前、大手IT企業の子会社の人事部で勤務していた頃の話だが・・・

 ある日、いきなり社長室に呼ばれて出向くと20代後半のきれいな女性がソファーに座っていた。

 社長から、「この人を採用するから入社の手続きを頼む。配属先は営業部で事務をしてもらうから」と一方的に言われた。

 一般の採用手続き(応募→書類審査→一次面接→役員面接)を踏まずに採用するということは、ひょっとしたら社長の愛人ではないかと変に疑っていたら、全く違っていて、親会社からのコネで頼まれて採用することになったらしい。

 さらに、「なぜ配属先が営業部なのですか?」と聞くと、「営業部の若手の男性社員は、きれいな女性が職場にいるとカッコいいところを見せようと頑張るので、ちょうど美人を採用しようと思っていた」とのこと。

 確かにその後、外目からみてても営業部が少し活性化されたことは間違いなかった。

 こうした理由で美人を優先して採用することも、業績を向上させるための高度な(?)経営判断として許されるのだと悟った次第である。

 

●Epsode-3 美人は採るな! 

 私が昭和50年代に新卒で大手のIT企業に入社した頃、同期社員で女性が10数名ほどいたのだが、女性の多くはプログラマーとして採用されていた。

 当時、女性は結婚すると多くは退職するのが当たり前の時代だったので、せっかくプログラミングスキルを身につけても、すぐに結婚されて辞められると困るため「美人は採るな!」ということを当時の社長から人事の採用担当者に指示していたことを、入社して1年ほど経って人事担当者から酒の席で「こそっと」聞かされた事があった。

 これで採用された女子社員たちには本当に失礼な話だが、外見の逆の理由で、採否を判断されることもあることを知らされた。

 表向きは「その人の資質や能力に期待して採用した」などときれい事を言っていても、裏では現実的な採用基準で選考しているんだな~~と知った次第である。

 

● Epsode-4 「若い女性営業を積極的に採用しろ!」

 これは平成の初めの頃、プロ野球の球団を持つくらいの大手のリース会社の社長が人事の採用担当者に命じた言葉である。問題はその理由である。

 当時、その会社の男性営業担当者から直接聞いた話だと・・

 リース事業を拡大する上で、町の中小企業をターゲットにして新規顧客開拓を図ろうとしており、そのために社長に営業訪問するとき、若い女性の方が社長は会って話を聞いてくれる確率が高いと判断したことかららしい。

『英雄、色を好む』

 社長まで成り上がった人はそれなりに仕事ができる人で「好色タイプ」、下世話な言い方をすれば「スケベ心がある人」が多いはずなので、若い女の子が営業に来ると、会って話を聞いてくれる機会が増えると思ったようだ。

 全くもって中小企業の社長さんには失礼な話だが、内心では、理にかなった採用戦術だと感じたのは私だけではなかったと思う。

 

 これらのエピソードは、若い頃の私にとっては、世の中はきれいごとでは済まない世界だと知るきっかけとなった。この頃から徐々に純粋さ(?)が失われ、物事の裏を見る習慣がついていったような気がする。(もともと心がゆがんでいたかもしれないが・・・)

 

●本音のところは変わりません

 以上、こんな昔の不適切な話を今、知ったところでなんの役にもたたないのだが・・・

 当時はSNSもなかったためこうしたことは密かに伝聞されていたものだが、今は働き方や採用基準についてはコンプライアンスやジェンダーフリーを求められ、うっかり、これに反する不用意な発言や発信をしてしまいSNSで拡散されようものなら、現在のような監視社会ではまちがいなく炎上してしまう。

 ただ、公になるか、言うか言わないかの違いだけで、表向きは公平公正で今の時代に合わせた社会通念に沿って「求める人材像」を提示して人を採用しているふうを装っているが、実態は、あまり人には言えない(不適切な)基準や、人間がもつ本能(美しいものを見たい?)に合わせて採用している企業も多いはずだ。

 

 昔の「不適切にもほどがある」ことも、本音では、今でも「適切である」ことも多い。

 

と訂正して欲しいところだ。