兵庫県の文書問題が一段落した感がある。詳しいことはすでにネットやテレビ・新聞等で充分すぎるくらい報道されているのでここでは省略するが、今回の一連の騒動でクローズアップされたパワハラ問題と公益通報制度について、以前大手IT企業グループの子会社の人事部で働いていたころのエピソードを思い出した。
(なお、ここでは公益通報のうち内部通報に限定しているのでご了承ください)
●内部通報の実態
当時、子会社も含めグループ会社全体の内部通報窓口が親会社の内部監査室に置かれていた。
ある日、その内部監査室から、そちらの社員からパワハラを受けているとの通報メールが届いたとの連絡があり、パワハラをした上司の名前とパワハラの概要(度をこえた叱責、怒声、人格否定をするような発言)を知らされ、調査のうえ事実が確認できれば対策を講じて、その結果を報告するよう指示をうけた。当然ながら通報者の名前は教えてもらえなかった。
そこで早速、事実確認のためパワハラをしたと通報された本人とその部署のメンバーと面談するのだが、規模の小さい子会社だったので、おのずと通報者はそのメンバー3名のうちの1人だろうとわかってしまうのが小規模事業所の宿命である。
まず、メンバー3名とも面談をして、冒頭に
・通報者は不明だがパワハラの内部通報があったこと
・犯人(通報者)捜しをしているのではなく、事実確認するために面談していること
・社長にも報告して会社として対応すること
これらを説明して、パワハラの有無や事実関係のヒアリングを実施した。
その場で、具体的な内容を知ることができ、客観的に判断してもパワハラと認定されるような事実が確認できた。
ただ、この時、通報者が誰かということには全く関心がなかったのだが、面談の最後に会社として対応することを再度説明して終わろうとすると、うち2人は「わかりました。ではこれで・・・」と言ってあっさり面談を終わったのだが、1人だけが最後に「どうかよろしくお願いします」と言って頭を下げたのである。
思わず私が「えっ?」というような顔をすると、本人が間を置いて、一瞬「あっ!(しまった)」という顔になったが、お互いニヤリと笑って面談を終わった次第である。
通報された本人(上司)は、すぐ熱くなるタイプで、通報内容を説明し、やや行き過ぎた叱責・指導があったことを確認し、本人からも反省の弁と今後メンバーとの接し方を改善するとの申し出があった。
仕事に対する熱心さのあまりこうしたパワハラをしてしまうことがあるので、本人の熱意は評価しつつ、改めるところは改めてこれからも仕事は頑張ってほしいことは伝えておいた。
その後は定期的にメンバーとヒアリングを実施し、チーム内も多少のギクシャク感は残ったものの、パワハラは改善され一応の落ち着きを取り戻した。
なお、当然ながら告発者の不利益な取り扱いはしないようにしたが、こうしたことは人と人との相性もあり、その後の人事異動(配置転換)の参考にできたことは、それなりに意味のある事案だったと感じた次第である。
●通報窓口がありません
今回は大手企業グループだったので、こうした対応がとれたのだが、規模の小さい会社の場合、まずこうした通報先がない。
労働基準法に違反している場合は労基署に相談する手はあるが、パワハラ事案は対象外となり都道府県の労働局での斡旋事案に回されるため、時間もお金もかかることから、ほとんどの人は法的な対抗措置はとらずにあきらめるか退職することになる。
国も令和4年に「労働施策総合推進法」を改正してパワハラを防止する措置を事業所に義務づけされたが、なにせ罰則規定がない。
中小企業ではパワハラを受けても、当事者(加害者)が社長自身の場合や社内で相談しても取り合ってもらえない場合、耐えるか辞めるかしかない現実がある。
こうした人を救済できる実効性のある施策を(通報制度の濫用防止策も併せて)国も考えて欲しいところだ。
また、そもそも、パワハラは公益通報の対象にはならない上に、不正経理・業務上横領などの企業の不正を外部通報としてマスコミ等に通報(三号通報)しても中小企業の場合、ニュース性がないのでまず取り上げてもらえない。ほとんどの人は泣き寝入りである。せいぜいSNSで思いっきり悪い評判を投稿するくらいが関の山となる。
今般、国は公益通報者保護法を改正しようとして、マスコミも注目しているが、従業員300人以下の会社の社員にとっては、通報窓口も義務化されないため、公益通報者保護法を改正すると言っても、どこか空々しく、実感がわいてこないのではないかという気がしている。
●パワハラの定義 余談だが・・・
この騒動が起こる前までは、ハラスメントは通常、受け手側の当事者がどう感じたかが重視されると思っていた。
例えばセクハラの場合、ハゲちらかした中年の小太りの汗臭い上司が肩を抱けば、まちがいなくセクハラになるが、木村拓哉や福山雅治がそっと肩を抱けば『甘い誘惑』になる。
パワハラも同じで、厳しい言葉を浴びせられても.誰に言われるかで受け手側の気持ちは大きく異なる。
私も若いころはよく上司に叱られたが、叱責も甘んじて受け、反省しながら自分が成長できたと思っている。なぜならそこに「愛」があったからである。
今回の第三者委員会では、独自にかなり厳しい基準を適用し、被害者本人がパワハラと感じていなくても、客観的にみてパワハラ行為に該当すればパワハラと認定していた。
受け手がどう感じるかが大切な気がするが、そうすると報復を恐れてだれも告発しなくなる危険性があるので、第三者がみて判断するという基準になっているようだ。
ただ、この基準では、部下の前でため息をついてもパワハラになるのである。もしこれが今後のパワハラの認定基準とされると、濫用者が現れ、企業が組織として経済活動する上で、著しい制約をうけて、ひいては日本の経済成長の妨げになるのではないかと危惧してしまう。
やはりハラスメントの判定で揉めたときは、個別のケースに応じて最終的には第三者委員会ではなく、司法が判定するべきと考えている。
今回の騒動の場合、知事はどの程度の叱責や指導・業務指示をしたのか? 音声データもなく、受け手側がパワハラとまでは感じていなかったという証言もあり、正直、疑念が残るところではある。