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この記事は、映画「ミッドサマー」の細かな部分の解説・解読を試みる記事です。あくまでも独自解釈なので、製作者の意図とは違う場合も多々あろうと思います。ご了承ください。また、最後までネタバレしていますので映画を未見の方はご注意ください。

この映画のレビューはこちら。

冒頭のタペストリー

オープニングの絵では、5コマの絵で映画のストーリーがあらかじめ予告されています。左の「ドクロ、冬」から右の「太陽とメイポール」まで。

 

 

第1の絵は冬の夜です。画面上部のドクロが雪を降らし、ピンク色の紐で繋がれた4人の人物が描かれ、右下に立つ白骨が紐を断ち切っています。

中央にいるピンク色の服を着た人物がダニーです。その周りに、テリーと両親が漂っています。

ピンク色の紐はそれぞれの人物の腹部や下腹部を貫いていて、臓器または紐帯のようです。これは家族の血縁を示しているのでしょう。紐でつながれた家族は上空のドクロ=死に吸い上げられていきますが、白骨は剣でダニーにつながる紐を断ち切ってしまいます。ダニーだけが家族の絆から除外され、死を免れるのです。

 

テリーは、家族の絆によって両親を彼女の死の巻き添えにします。体を貫き、首に巻きつく家族の絆は、時には人を死へと誘う厄介な呪いです。

一方で、ダニーは家族の絆を断ち切られ、悲しみに沈むことになります。家族の絆は人を死に誘う呪いであり、同時に失われることが悲しい愛しいものでもある。そんな両義性が描かれています。

家族の絆がその構成員を地獄に突き落とすのは、前作「ヘレディタリー」のテーマです。)

 

ドクロの左右には2羽の黒い鳥がいます。これは、北欧神話に登場するワタリガラス(Raven)かもしれません。

北欧神話の最高神オーディンには、斥候として仕えるフギンとムニンという名前のワタリガラスがいます。フギンは「思考」を、ムニンは「記憶」を意味します。

フギンとムニンは世界中を飛び回り、オーディンに様々な情報を伝えます。

この鳥がフギンとムニンなら、彼らはダニーの身に起こったことを偵察し、オーディンに伝えたということになります。

これは、ダニーがひどいトラウマを受けて悲しみの中にあることが、ペレに知らされた。あるいは、ペレを経てホルガの人々に伝わったことを意味しているのかもしれません。

ちなみに、北欧の創世神話では、オーディンが原初の巨人ユミルの死骸を使って天地を創造します。その時、オーディンはユミルの頭蓋骨を押し上げることで、天を創ります。天に位置するドクロは、その創世神話をも反映しているということもあり得ます。

 

第2の絵では、ダニーが悲嘆に暮れ、クリスチャンがそれを慰めています。しかしクリスチャンの手は背中に回っていて、彼の背徳を示唆しています。

(ここは、クリスチャンがダニーに誕生日ケーキを渡すシーンのようでもあります。クリスチャンはケーキを後ろ手に隠していました)

木の上にはペレがいて、ダニーの絵を描いています。

ペレはダニーを妻にしたいと考えて、ダニーに絵を贈り、クリスチャンには妹のマヤをあてがって、画策することになります。ダニーとマヤは誕生日が同じで、ペレはそこに運命的な意味を感じ取ったようです。

ペレのそばには3羽の鳥がいます。グリム童話の「3羽の小鳥」では、王の後継ぎの子供達が、女王の妹の悪巧みで産まれてすぐに捨てられ、漁師に拾われ育てられます。3羽の小鳥がそれを王様に知らせることになります。

3羽の小鳥は、ダニーがホルガに属するべき人物であることをペレに吹き込んでいるという象徴かもしれません。

 

第3の絵では、ペレが笛を吹き、マーク、ジョシュ、クリスチャン、ダニーの4人を引き連れて森を歩いています。

「ハーメルンの笛吹き」のように。この童話もグリム童話です。グリム童話は北欧ではなくドイツですが、ここで引用があるのは「3羽の小鳥」も可能性があると思わせます。

1284年、派手な服を着た笛吹き男がハーメルンの130人の子供たちを笛の音色によってどこかへ連れていきます。子供たちは誰一人帰ってきませんでした。

同様に、ペレによってホルガに連れて行かれたダニーたち4人は、誰一人アメリカに帰ることはできません。

マークは道化師の格好をしています。マークはアホなので、ぴったりですね。

ジョシュが本を持っているのは、彼は論文を目的にしている、学者であるということでしょう。

クリスチャンは手ぶら。何の目的も持たず、ただ状況に流されるだけのクリスチャン。

一行のいちばん後ろを、気が進まなそうについていくのがダニーです。

 

第4の絵は、ホルガに着いた場面です。ペレと4人は太陽の門をくぐり、村人たちが出迎えています。村人たちは盃とドクロを差し出しています。ホルガの人々が4人に与えるもの、歓待と死とを示しています。

前の絵の森の中から太陽の門へ、花の道が続いています。劇中の様々なところで、花の道が人々を運命へと導いていきます。

手前には牛と熊があります。檻の中の熊はやがて、最後の生贄の儀式に使われます。

牛と熊は「家畜と獣」であり、「食われるものと食うもの」であり、「村人が利用するものと神に捧げるもの」でもあります。

 

画面上部には、崖から落ちる二人の老人が描かれています。二人の背中には羽がありますが、しかし天へ飛ぶのではなくまっさかさまに地に落ちていきます。

代わりに、空の玉座が天へと引き上げられていきます。これはメイクイーンの玉座でしょうか。

 

最後の絵は、ニタニタと邪悪な笑みを浮かべる太陽がすべてを支配しています。ホルガの夏至祭は太陽に感謝を捧げる祭りであり、太陽はホルガの人々の崇める神の象徴です。

植物に覆われたメイポールが立ち、その周りを白い服の女たちが…白骨と手をつないで…輪になって踊っています。

スウェーデンの伝統的な夏至祭は毎年6月の夏至に最も近い土曜日を中心にして行われます。人々はポールを立て、その周りで踊り、踊りに疲れたら食事をとります。ポールは劇中でもメイポールと呼ばれていますが、これは本来はヨーロッパの五月祭で使われるポールの呼び名です。スウェーデン語ではMidsommerstångで、夏至柱とでも呼ぶべきものです。その形は、男性器のシンボルとされています。男性器の周りを、若い乙女たちが踊り回るのです。

 

ホルガのメイポールダンスは一般的な夏至祭と違って、死と密接に結びついています。音楽は白骨が演奏しています。

ダニーは花の冠をかぶって、踊りの輪の中にいます。

画面の下には長いテーブルがあって、人々が宴の席に着いています。その中にはクリスチャンもいるようです。

女王のための緑の席は空席で、ダニーを待っています。

 

絵の全体で、死に囚われた冬から、太陽と再生の夏へのダニーの変化を表しています。

表面的に見れば、肉親の死で悲しみに沈む女性が、美しい村で太陽のもと踊り、幸せを取り戻すハッピーな物語に見えます。しかし実際には、それは邪悪な太陽にすべて仕組まれたものなのです。

 

オープニングの絵は、台湾出身の画家ムー・パン(Mu Pan)が新たに描いたものです。その他のムー・パンの絵はクリスチャンの部屋に飾られた絵として登場しています。

雪の夜

映画は雪の降る夜から始まります。ダニーは、妹のテリーと連絡がつかないことに狼狽しています。テリーは「不気味な連絡」をしてきて、それきり連絡が途絶えました。最後のメールは次のようなものです。

「ダニー もう耐えられない パパとママも一緒に行く さよなら」

不安なダニーは繰り返しクリスチャンに電話をかけますが、クリスチャンはうんざりしています。クリスチャンの友達も、「彼女はお前に頼りすぎる」と別れることを勧めています。クリスチャンもそのつもりです。

しかし、その頃ダニーの実家では、恐ろしい事態が進行していました。テリーはガレージの車のエンジンをかけ、排気ガスをホースで引き込んで、両親の部屋にガスを充満させています。両親の死をお膳立てした上で、テリーは自分自身ホースをくわえて、自殺しています。

そのことを知ったテリーは激烈な悲しみの発作に襲われます。クリスチャンはダニーに別れを切り出すことができなくなってしまいます。

 

ダニーが電話をかけても両親は起きない。この時すでに、彼らは死んでしまっています。

両親の枕元にはダニーの写真が飾られていますが、それは飾られた花の前にあって、まるで花の冠をかぶっているように見えます。

この描写をもって、テリーと両親の死は自殺ではなかった…ダニーを引き入れたかったペレが仕組んだことだった…という意見もあります。でも、ダニーを旅行に誘ったのはクリスチャンで、ペレは一切そんな提案をしていないので、そこまでは言えないのではないかという気がします。

ここでダニーの写真が花の冠をかぶっているように見えるのは偶然で、運命の暗示にとどまるものではないかと思います。

 

テリーと両親が暮らす家はミネソタ州にあり、ダニーとクリスチャンらがいるのはニューヨークです。心配だからと言って、すぐに行ける距離ではないですね。

闇に降りしきる雪の中で、オープニングタイトルが表示されます。

様々な絵

ダニーとクリスチャンは結局別れず、半年の時間が経過します。

クリスチャンとマーク、ジョシュはスウェーデンからの留学生、ペレの故郷の村への「男だけ旅行」を企画していますが、ダニーにバレてしまいます。

ペレが育った村ホルガでは、90年に1度だけ、9日間に渡って行われる大規模な夏至祭が予定されています。ダニーは、夏至祭の始まる日が彼女の誕生日であることに気づきます。

 

 

ダニーとクリスチャンの家には、非常に多くの絵が飾られています。

ダニーのベッドの上には、ヨン・バウエル(John Bauer)による絵が飾られています。

王冠をかぶった少女が熊の鼻面にキスしている絵です。これは、メイクイーンに選ばれたダニーと、熊の毛皮を着せられたクリスチャンの関係を予言しているようです。

ヨン・バウエルは1882年生まれのスウェーデンの画家。トロールや妖精など、ファンタジーの世界をテーマにした絵画作品を数多く手がけています。

イタリアに渡って中世美術を学びますが鬱病に悩み、自己不信に陥ります。再起を図ってストックホルムへの移住を決めますが、その途上のフェリーが嵐に遭遇して沈没。すべての乗客とともに、バウエルは36歳の若さで死去しました。

 

 

ダニーとクリスチャンが「スウェーデン旅行」について口論する背後には、ムー・パンによる海棲爬虫類の絵が飾られています。

海から飛び出した巨大なモササウルスが、筏に乗って漁をする人々を噛み砕いています。同時に、無数の人面魚プレシオサウルスがモササウルスの体に食らいついています。海中では首長竜魚竜ダイオウイカが血みどろの戦いを繰り広げ、陸地ではティラノサウルスが首長竜をくわえあげています。

この血なまぐさい絵を、クリスチャンはダニーの写真をスクラップしたボードの上に飾っています。

ペレの思惑

マークの家でクリスチャンとジョシュ、ペレが旅行の計画を練っていると、ダニーがやってきます。クリスチャンはダニーを旅行に誘ったことを(そこにきて、唐突に)打ち明けます。

なにすんねん?という表情の周囲に、クリスチャンは「大丈夫。実際には来ないよ」などと無責任なことを言います。

その場しのぎの優柔不断。クリスチャン、最悪ですね。

それにしても、マークはあからさまにダニーを嫌がってるし、ジョシュは心底どっちでもよさそう。興味がなさそうです。ジョシュは、自分が論文さえ書ければ他人のことなんてどうでもいいんですね。

この4人、ダニーを抜きにしても本当に互いに関心がなさそうで、本当に友達なのか?という気にさせられます。

 

マークがクリスチャンを別室に連れてった隙に(ダニーについて文句を言ったんでしょうね)、すかさずペレがダニーに話しかけます。ペレは夏至祭と、祭りの最後にメイクイーンが選ばれることを話します。

ペレはダニーが家族を失ったことに触れて、「僕も幼い頃に両親を失った」と共感を表明します。

しかし、ダニーは一気に悲しみに陥ってしまいます。両親と妹の死は彼女にとってあまりにも大きなトラウマになっていて、6ヶ月経っても言葉にすることもできないでいるのです。

トイレで嗚咽するダニーから、飛行機の中のトイレへ飛ぶジャンプカットは、映画的な面白みを感じさせるシーンですね。スムーズに時間経過を描くとともに、ダニーが頻繁に悲しみの発作に襲われていることを伝えてくれます。

ヘルシングランド

ストックホルムから車で北へ、一行はヘルシングランド(Hälsingland)にやってきます。

ヘルシングランド地方はスウェーデン北部ノールランドに属する地域の名前です。伝統的な装飾を持つ農家で有名で、それらは世界遺産に登録されています。映画に登場する様々な絵で飾られた家は、この伝統に由来しています。

伝統的な美しい刺繍も有名で、ナーベルソム刺繍と呼ばれています。

地域の花は亜麻(アマ)。美しい青い花を咲かせま、劇中で住人たちが着ているような麻製品の材料に使われます。

 

道路をまたぐ幕をくぐっていくときに映像は天地反転し、ここから通常の常識が反転した世界に入っていくことを示唆します。

幕に書かれているのは、"Stoppa massinvandringen till Hälsingland"という文章です。スウェーデン語なので、「ヘルシングランドへようこそ」くらいの意味かなと思ったら、「ヘルシングランドへの大量移民を禁止しよう」というようなスローガンであるようです。

つまりは、移民を排除する政治的なスローガンですね。排他的な見地のスローガン。つまりこれもこの先に待つ排他性を示しているわけです。

 

ペレはホルガの手前で車を停めます。そこは美しい花が咲く緑の野原で、人々がピクニックに興じています。

そこにいるのは若い人たちばかりで、ペレと同じように「世界中に巡礼に出ていたが、帰ってきた人たち」です。大祭の初日まで、村の外で待つというルールがあるようです。あるいは、この間に村では年長者たちによる別の儀式が行われているのかもしれません。

ペレはそこでイングマールと、ロンドンから来た友人のサイモンコニーを紹介します。

イングマールのことは「ブラザー」と言っていますが、実際の兄弟という意味ではない。ホルガのコミュニティで暮らす者はみんなファミリー、という意味での呼び方ですね。

一行はマジックマッシュルームを振るまわれ、一旦は断ったダニーもみんなに気を使ってマジックマッシュルーム入りのお茶を飲むことになります。

野原でくつろぎながら、一行はトリップを楽しみます。マークが「午後9時なのに明るい」ことにうろたえていますが、何を今更…って感じですね。さすがアホのマーク。

緯度が高いので、夏には太陽が完全に沈み切りません。ホルガでは「1日に2時間程度だけ薄暗くなる」とされています。

 

ダニーは少しずつバッドトリップに陥っていきます。手から草が生えてきて、木はうねうねと動いています。

植物が生き物のように動き回るこの効果は、映画のいろんなところにさりげなく挿入されていて、サブリミナルのように不気味な雰囲気を醸し出しています。

ダニーは植物と一体化する幻想を見るのですが、やがて彼女はメイクイーンとなって、花と一体化させられることになります。

 

立ち上がったダニーは若者たちの方へ近づきますが、彼らに笑われたと思ってしまって逃げ出します。他者の嘲笑は、精神病質者の一般的な妄想です。

トイレに逃げ込んだダニーは、鏡の中の顔が歪むのを見て、背後の闇にテリーの顔を見ます。ホースをくわえたテリーです。

バッドトリップの夢の中で、ダニーはテリーと両親の姿を見ます。

 

その2に続きます。

 

「ミッドサマー」レビューはこちら。

「ミッドサマー」ネタバレ解説2はこちら。

「ミッドサマー」ネタバレ解説3はこちら。

「ミッドサマー」ネタバレ解説4はこちら。

「ミッドサマー」ネタバレ解説5はこちら。

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