この記事は、映画「ミッドサマー」の細かな部分の解説・解読を試みる記事です。あくまでも独自解釈なので、製作者の意図とは違う場合も多々あろうと思います。ご了承ください。また、最後までネタバレしていますので映画を未見の方はご注意ください。

この映画のレビューはこちら。

この記事は「ネタバレ解説1」ならびに、「ネタバレ解説2」の続きです。

アッテストゥパン

儀式に先立って、全員が戸外に集って食事をとります。

食卓は「ᛟ」、ルーン文字のoの形になっています。これはóssアース神族を表すルーン文字です。

アース神族は最高神オーディンを長とする神々のことです。愛の女神フレイヤ、雷神トール、巨人から神に寝返ったロキなどがアース神族に属します。

北欧神話はアース神族を主人公に展開し、やがてアース神族と巨人族が戦う最終戦争ラグナロクに至ります。

 

2人の老人がやってきて席に着くのを待ってから、皆は食事を始めます。

老人のうち女性はイルヴァ、男性はダン。ダンを演じているのは、「ベニスで死す」で美少年を演じたビョルン・アンドレセンです。

ルキノ・ヴィスコンティ監督に見出され、1971年に「ベニスに死す」に出演。その当時16歳でした。その後はあまり目立った活動はなく、彼の出演作が日本で公開されるのは「ベニスに死す」以来、実に49年ぶりのことです。

美少年も現在65歳。あんまりな役に、当時を知る多くの人が悲鳴をあげることになりました。こういうところも、アリ・アスター監督、性悪さが一貫しています。

 

食事が終わると、2人の老人は椅子ごと担ぎ上げられ、崖の上へと運ばれます。

断崖絶壁の上。崖の上には、ルーン文字の刻まれた石碑が並んでいます。老人たちは手のひらをナイフで切り、石碑に血の手形を残します。

これはつまり、この石碑が彼らの墓であるということになるのでしょう。アッテストゥパンで死んだ者の死骸は焼かれて灰になり、先祖の木に撒かれることになるので、死骸がある墓というものはありません。

石碑に刻まれたルーン文字は、

上段に「ᚷ」「ᛣ」「ᚷ」

中段に「ᚱ」「ᚱ」「ᛏ」

下段に「ᚾ」「」「ᚾ」です。

 

 

「ᚷ」は"g"で意味はgift、贈り物

「ᛣ」は"k"で聖杯、杯状花

「ᚱ」は前述の"r"で騎乗、乗り物、旅など

「ᛏ」は"t"でテュール。北欧神話の神で、オーディンの息子、戦争の神です。

「ᚾ」は"n"でneed、必要

「ᛈ」は"p"で意味はgame、ゲーム

(※追記。「ᛈ」は最初「ᛚ」としてたんですが、前者だと思います。修正しました)

つまり、この石碑は上段で「聖杯」が贈り物として祀られ、中段で戦争の神テュールが騎乗する様を表すことで戦いでの勝利を祈り、下段で必要の間にゲームが挟まれている。(下の右の「ᚾ」は「ᚷ」かもしれない)

死者の国へ旅立つ者への手向けとして、「聖なるもの」「神様」が祀られている。そしてそれは、アッテストゥパンという一種の「ゲーム」によって支えられている…というような意味合いでしょうか。

 

皆が見守る中、最初にイルヴァが、次にダンが飛び降ります。

飛び降りた地点には岩があって、落ちた者の顔を砕くような仕組みになっています。イルヴァの顔が崩れ落ちるシーンは、この映画随一のグロシーン。ここまで静かで美しいトーンだったのが、突然来るのでビビります。

続いてダンが飛び降りますが彼は死に切れず、足を折って苦しみます。観ていたホルガの住人たちも、一斉に同じように苦痛に叫び声をあげます。

ハンマーを持って控えていた係の者が進み出て、ダンの顔を叩き潰します。念入りに、ハンマーは3回振り下ろされます。

 

「アッテストゥパン」(Ättestupa)はスウェーデン語で「氏族の絶壁」を意味します。この言葉の名前は、スウェーデンの多くの絶壁につけられています。

この名前は、先史時代に儀式的な殺人が行われた場所を意味していると考えられています。一族の負担となることを避けて、高齢者が自らを投げ捨てた場所です。つまり、日本でいうところの「姥捨山」ですね。

中世の多くの伝説や物語の中で、年寄りが崖から飛び降りる風習について語られています。

古代北欧には、「生産能力のなくなった老人を殴り殺すための道具」も存在していて、これは「エッテクルッパ」と呼ばれています。ハンマーでなく、棍棒であるそうですが。

 

アリ・アスター監督はこの伝承をもとに、ホルガのアッテストゥパンを組み立てました。72歳になった老人が自ら死を選ぶ、村の掟です。

これは素晴らしいものなのだ、とシヴは言います。これから生まれてくる赤ちゃんは、イルヴァまたはダンになる。人は死んで、円環を成す。

ホルガでは誰も死を恐れず、喜びを持って自ら飛ぶのだとシヴは言います。自分も72歳になったら同じ道を選ぶと。

しかし、儀式に臨むイルヴァの表情はこわばっていて、緊張しているようです。ダンは呆然としています。

つまり、ホルガの者は誰も死を恐れない…という建前にも欺瞞があることが示唆されています。あるいは、感情を麻痺させる麻薬が使われているのかもしれません。

 

また、ダンの痛みを村人たちみんなが分け合うシーンで、ホルガの人々が感情を共有していることが示されています。

喜びも悲しみも、痛みも苦しみも、ホルガの人々はみんなで分かち合います。それは究極の共同体の姿。ホルガの人々は自分たちをファミリーと言いますが、本当の家族よりもずっと深く結びついた共同体です。

しかし、その一方でそれは個人の尊厳を欠いた世界でもあります。共同体の決定に個人が逆らうことは許されず、生命すらも共同体の存続のために惜しむことなく捧げられます。

究極の社会主義という見方もできます。

アッテストゥパンのあと

老人の飛び降り自殺と、それを平然と受け入れるコミュニティを見て、サイモンは激昂します。もとより異文化の論文を書こうとしていたジョシュは動じません。

ダニーは、当然のごとく激しく動揺します。死を思うことさえ直面するのを避けていた彼女が、目の前で残酷な死を見せつけられたのです。

そんなダニーを慰めるのも気のないクリスチャン。「文化の違い」で済ませようとするクリスチャンは、やはりどこかズレている感があります。

その上、ジョシュがホルガの論文を書こうとしていたことを知っているくせに、いきなり「俺も書く」とか言い出すんですよね。ジョシュがキレるのもわかる。

非常にうっとうしいですクリスチャン。友達になりたくない。

 

ジョシュはペレに論文について話しますが、ペレはそんなの長老たちが許すわけがないと言います。そりゃそうですね。ホルガの伝統は現代の法律的には完全にアウトです。自殺教唆。

それを考えると、そもそもジョシュら部外者たちがホルガに招かれ、アッテストゥパンまで見せてもらっているというのは、おかしなことであるとジョシュたちは気づくべきですね。アメリカに帰ってこのことを発表されたら、何よりも大切なホルガの伝統は危機に陥るわけだから。

ホルガの人々は、初めから彼らを故郷に帰すつもりなんてなかった。そのことに、彼らは少なくともここで気づくべきだったのでしょう。

 

夕方、ダンとイルヴァの死体が焼かれます。

映画からはカットされていて、たぶんディレクターズ・カット版にはあるシーンと思いますが、この夜にはダニーとクリスチャンのもっと激しい口論があったようです。

帰りたいと訴えるダニーに対して、クリスチャンは論文を書くから残ると言い張ります。論文って…と絶句するダニーに、クリスチャンは「今日決めた」と言い放ちます。

クリスチャンは冷静に行動していて、ヒステリックなダニーに手を焼いているだけだ…というようなポーズを取っていますが、実際のところ彼はダニーに日頃のうっぷん返しをしているんですね。これはクリスチャンの復讐のようなものなんだろうと思います。

ペレの過去

ここを出て帰ると言うダニーに、ペレは「一生に一度の体験を分かち合いたかったんだ」と話します。「僕は、この場所に誇りを持っているから」

「一生に一度」ということは、ホルガでアッテストゥパンが行われるのはやはり90年に1回だけなんでしょうか? でもそうだとしたら、これまでの90年間にホルガで72歳を迎えた人々はいったいどうなったのでしょうか?

また、セヴが「私も72歳になったら同じ道を辿る」と言ってるのはどうなるのでしょう。その時は、あと数年のうちに訪れるはずです。

おそらくペレが言ってるのは、アッテストゥパンのことではない。ダニーの運命も含めて、この先に起きる出来事のことを言っているんだろう…と思うのです、が。

 

ダニーの抗議を無視して、ペレは自分の過去について語ります。

「小さい頃、僕は両親を失った。彼らは火で焼かれた。僕は孤児になった。でも、僕が迷子になってしまうことはなかった…ここにファミリーがいたから。みんなが僕を抱きしめてくれた。そして、共同体が僕を育てた。

それが、君が得られるものだ。本当の家族だ」

 

この独白こそがまさに、ペレがダニーを巻き込んだ理由ですね。

ペレにとって、両親の死後、ホルガの共同体に育てられたことは、何よりも幸せなことだった。だから、両親の死で取り乱しているダニーに対して、自分が得たのと同じ幸せを与えてあげようとしている。つまり、ペレの行動は純粋なダニーへの親切なわけですね。

…って、根本のところでものすごく歪んじゃってるのですが。そもそも、両親が共同体のルールに従って焼き殺されたということ自体が異常なわけですが、ホルガの価値観に染まりきっているペレにはそれは理解できないのです。

 

もっとも、ペレの両親が焼死したのが儀式によるとは、ここでは明言されてはいないのですが。

単なる火事による事故死なんであれば、儀式が90年ごとという設定と矛盾はしないし、ペレが言う「一生に一度」は映画のクライマックスで描かれる生贄の儀式を指しているということになります。

でも、ペレの両親が焼死したということが、わざわざ語られているのは、儀式による死であることをほのめかしているように聞こえるんですけどねえ…。どうなのかな…。

ダニーの悪夢

その夜、ジョシュに睡眠薬をもらって眠ったダニーは悪夢を見ます。

クリスチャンたちがみんな車に乗って帰ってしまって、自分一人だけが取り残される夢です。悲しみのあまり、ダニーは口から黒い煙を吐き出します。

身の回りの人々に見捨てられ嘲笑され、一人で取り残されてしまう…というのが、ダニーがずっと恐れていることです。それは、テリーと両親が彼女に対してやったことでした。

アッテストゥパンのあの岩のところに、ホースをくわえたテリーと両親が倒れているのをダニーは見ます。彼女だけを一人置き去りにして、去ってしまった3人の姿。

大事な人が立ち去ってしまって、一人孤独に取り残される恐怖。それは、ペレが「わかるよ」と言い続け、ここで解消されると言い続けている恐怖なんですよね。

 

 

ちなみに、この悪夢の中のテリーと両親の服の色は、下のシーンのダンとイルヴァに呼応していますね。

 

 

この対応関係では、テリーが「黄色い三角の建物」になります。

生贄の儀式の要となる黄色い三角の建物は、ホルガそれ自体の象徴ですね。ホルガによってダンとイルヴァが死に追い込まれることと、テリーによって両親が死に追いやられることが、対応関係になっています。

 

皆が眠っている間に、マヤがクリスチャンのベッドの下にお守りを忍ばせます。

それは愛情ルーン文字。なかなかかわいいおまじないですね…この時点では。

後のミートパイでは、ちょっとシャレにならない行為になるのですが。

ビンスミンディグ

翌朝、夏至祭は3日目になります。

ダンとイルヴァの焼かれた灰は、ホルガの「先祖の木」に撒かれます。

 

ペレはジョシュとクリスチャンに、長老たちが下した論文の執筆許可を伝えます。ただし、村の実名は出さず、場所もはっきりしないという条件付きです。

…というのもポーズであって、長老たちはジョシュとクリスチャンに論文を書かせるつもりなんてかけらもなかったでしょうが。

 

ジョシュは、マヤの昨夜の行為についてペレに尋ねます。ペレは愛情ルーン文字について説明し、マヤはビクスミンディグ(Byxmyndig)を得たのだと答えます。

その意味は、セックスの権利。ここでは、15歳になるとセックスすることを許されるのです。

 

そんな折、皆はウルフの怒号にびっくりさせられます。なんと、マークが「先祖の木」に立ち小便をしたのです。

野原のはずれに横たわった倒木のようでも、それはホルガの人々にとっては聖なる場所でした。ダンとイルヴァのように、歴代の死者たちの灰がそこに撒かれてきたのでしょう。マークは先祖代々の墓に小便したようなものです。

先祖が冒涜されたと、ウルフは怒り心頭です。そりゃそうですね。やがて、ウルフは泣き崩れてしまいます。マーク、本当に心底アホです。

サイモンとコニーの失踪

コニーはサイモンとともにホルガを立ち去ることを決めますが、いつの間にかサイモンが消えてしまいます。

彼は一人で駅へ行くトラックに乗ったのだと村人は言います。コニーは信じず、サイモンを探し回ります。

ダニーは女性たちに声をかけられ、ミートパイ作りに参加します。

その時に、どこからかコニーの悲鳴が聞こえます。

 

サイモンとコニーの失踪は、映画では非常にあっさりと描かれています。後に判明するサイモンの運命は、非常に過酷な…映画の登場人物の中でも一二を争うくらいに極めて過酷なものでした。

ルビ・ラダーの書

寺院の役割を持つ建物で、ジョシュはアルネ(Arne)に、ルビ・ラダーの書(Rubi Radr)を見せてもらっています。

スヴェンはその書を、「感情の楽譜」だと言います。そこに記されたルーン文字は、もっとも神聖なものから卑俗なものまで、感情を表します。後半のページは空白で、ルビ・ラダーは常に書かれている途中であり、進化しています。

ルビ・ラダーを書くのはルベン。村にいる知恵遅れの奇形児です。ルベンが書き、長老たちがそれを解読します。ルベンは「普通の認識によって曇らされていない」とスヴェンは言います。

ルベンは近親相姦によって産まれてくるのですが、ホルガではそれを意図的に行い、定期的にルベンを供給しています。

これ、さらっとすごいこと言ってますね。意図的に障害児を作っているのです。

 

ホルガの聖書であるルビ・ラダーは、古代から伝わる伝承の書物ではなく、現在のルベンによって書き続けられるものです。ルベンの思うままに書かれるものなので、論理性はなく、ただ純粋な感情が書き連ねられたものなのでしょう。だから「感情の楽譜」と呼ばれるのだと思います。

それは宗教書というよりは、アウトサイダー・アートのようなものだと言えそうです。

 

ジョシュは写真を撮っていいか尋ねますが、アルネは頑として拒絶します。

ホルガがどうやって近親婚の問題を解決しているのかジョシュは尋ね、アルネは時々外部の血を入れるのだと答えます。

映画の終わり近くで行われる、クリスチャンの儀式がそれですね。それも「時々」なら、90年に1度の儀式ではないことになります。

マークとジョシュの失踪

ディナーの時間。メニューは、ダニーも料理に参加したミートパイです。

ダニーはサイモンとコニーがいないことを心配しますが、村人が二人は去ったと説明します。サイモンが駅からコニーに電話し、トラックでコニーを駅まで送ったと。

ダニーはサイモンがコニーを置いて先に行ったことを訝しがりますが、クリスチャンは喧嘩でもしたんだろとそっけない態度です。

ダニーは「あなたのやりそうなことね」と嫌味を言います。こういうところ、ダニーがクリスチャンをイラつかせるところですね。どっちもどっち。

 

ミートパイが皆に配られますが、クリスチャンのものは特製です。バジルの葉っぱで他と区別されています。中には、マヤの陰毛が入っています。

クリスチャンの飲み物は一つだけ濁っていて、これもマヤの経血が入っていることがわかります。ラブストーリーのタペストリー通りですね。

ディナーの途中、インゲがマークを迎えにきて、どこかに連れて行ってしまいます。

 

クリスチャンの飲み物だけ色が違う!

 

その夜、皆が寝静まった後に、ジョシュはこっそり宿舎を抜け出します。

ジョシュは寺院に忍び込み、ルビ・ラダーの書を撮影します。

そこへ、誰かがやって来ます。その人影は下半身丸出しに見えます。ジョシュはマークだと思いますが、それはマークではありませんでした。

それは、マークの皮を着た男…おそらくはウルフ‥でした。

ウルフはジョシュを殴り倒し、その体をどこかへ引きずっていきます。

 

ウルフはマークの顔から剥ぎ取ったマスクを被り、同じように剥ぎ取った下半身をパンツのように履いていたのだと思われます。

ネクロパンツはアイスランドの17世紀の魔術師に伝わる魔術様式で、死んだ友人の下半身の皮膚をはいでパンツを作るというモノです。未亡人から盗んだコインを陰嚢の中に入れると、無限の富をもたらすとか。

アイスランドのホルマヴィックにある魔術博物館には、現存する唯一のネクロパンツが展示されています。Necropantsで検索するとその画像を見ることができます。閲覧注意。

 

その4に続きます。

 

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