自信って本当にないといけないの?
果たして本当に自信はないといけないの?っていうことについての話。・・・ここ最近私自身に起こった話なんだけどね、とあることで壁にぶち当たって、私って自信ないな〜と思い知らされ、それからyoutubeで「自信の付け方」や「自信がある人の特徴」などを見ていたんだけどね。まあ、「自信がある人の特徴」なんて、私全く正反対で笑っちゃった自信がある人の特徴の一つに「動作がゆっくりでちょこまかしていない」というポイントがあったんだけど、私なんていつもバタバタしているし、身振りは手振り超でかい。過去に販売の仕事をしていた時、バックヤードでバタバタって音がしたら、「あの音はあいつだ!(私)」と、満場一致で答えるほどのバタ子さん。でもさ、色々考えて行き着いた結果、自信あってもなくてもどっちでも良くない?ってこと。自信ない=価値がないじゃない。自信がなくても素晴らしい人なんてごまんといる。極論、自信があるがなかろうが、どっちでもいいって思うの。そこにフォーカスしすぎてしまうのは、より自信をなくすという負のスパイラルに陥るから注意。というのも、自分を信じると書いて自信。だから、「私って、自分のこと信じられてないんだ〜」って思って、さらに落ち込む。そうじゃないからね。そこで自分で勝手にこじらせちゃう。そんなことしてまた自分のこといじめてたら本末転倒。(これ昔の私のことだけど)それはそれ、これはこれ。でね、自信あってもなくてもどっちでもいいじゃん?っていうのはちゃんと私なりの理由があってね、1.経験不足のものは自信がなくて当たり前”自分なら大丈夫。”という、自己受容的な根底からくる自信以外は、自分の経験や、どれだけそこに向き合ってきたか、といった経験値やコミット量によって自信がつくと思うの。だから初めてチャレンジをすることや、まだ始めたばかりのことは自信がなくたって当たり前。ただ、やってみることで意外とできたぞ♥︎と思えることもあるし、回数を重ねることで要領を掴んできてできるようになることもある。その積み重ねが自信になるから、これはやってみることで見えてくる領域。やる前や、始めたばかりの頃はそもそも自信なんて持たなくてもよし◎逆に、一歩踏み出した自分を”えらいぞ!私、今日もお疲れ〜”って、できたこと、やれたことに目を向けてあげることがとっても大事だと思うねんけど2.現実は自分が見たいように見ている幻想だから結局さ、自分が見たいように現実を見ているんだから、事実はどうであれ、自分はすげえ!って思っていたら、「自分はすげーぞ✨」っていう言葉だけを拾うし、批判の声は耳に入ってこない。万が一そういう声が入ってきたとしても気にしていないから、その意見に揺さぶられることはない。決して批判の声がないのではなく、自分がそれを採用しないだけ。逆に、自分なんて・・・と思っている人からしたら、褒め言葉すらも気を遣わせていると思ったり、その言葉すら信じられず受け取れない。ちょっとした否定意見だったとしても、私がダメなんだと全てを受け入れ、だめだ自分をより強化してしまう。同じことが起こったとしても、自分が信じていることが勝手に現実になるだけの話。前者にとっては、批判もただの嫉妬ややっかみととらえ、後者にとっては、やっぱり私はダメなんだということを再確認させられる出来事になる本当に全てその人の幻想。それならさ、もっと楽にハッピーに生きたいって思わない?全て幻想なら、そして自分を自分でいじめる必要ない。私はできるぞいいじゃん、ワタシ。って思って生きて生きたくない?と私は思ってる。自信はなくてもいいって言ったけど、とはいえ、自信があることで、スムーズに物事が進みやすかったり、思うように目的が達成できたりと、圧倒的に生きるのが楽になることは確か。だから少しずつでも自信を持てる自分になれたらいいよねって思っているよ。