CLUB24-にいよんー -41ページ目

鈴鹿SPエンジン投入でもリタイア アイルトン・セナ選手 1992F1日本GP

1992年 F1第15戦日本GP

 

リタイア:アイルトン・セナ選手/マクラーレンMP4/7/ホンダ

 ホンダのF1活動終了(第二期)に伴い、鈴鹿でのF1開催以来見慣れてきた「セナ選手とホンダのタッグ」もこれで見納め。

 地元で必勝を期すために「鈴鹿スペシャルエンジン」を投入したホンダだがの、予選ではウイリアムズ二台に及ばず、決勝もエンジントラブルによりたった3周でリタイアに終わった。

 

土曜日予選

 ’90年日本GPの「仕返しでぶつける」、'91年のスタート前に着順を決めていた「八百長」があり、セナ選手の人間性に疑問を感じていた。

 加えてセナ選手を異様に持ち上げるフジTV。それに乗っかって「セナ様」と呼んで強烈な応援をする方々の登場に嫌気がさし、当時はほぼ❝アンチ❞の立場にあった。

 -が、ホンダでのラストレースをリタイアで終わると寂しいものがあった。

 

決勝はリタイア

 シケイン席で観戦していたので、エンジントラブルにより東コースショートカット・ロードにマシンを入れるところを観る事ができた。

 

マシンから降りる

 

ホンダエンジン搭載車の展示

 シケイン裏側のエリアには第二期F1参戦関連のF1マシンが展示されていた。

 テント下に台に乗せられていたものの、雨が降った土曜日には地面がぐしゃぐしゃになってあまり良い環境ではなかった。

 

ウイリアムズFW09

 第二期F1活動で初優勝を遂げたマシン。

 ’83年シーズン開幕前にエンジン供給することになったウイリアムズの鈴鹿テストを観に行ったので思い入れのあるマシン。

 そしてマシンを再び目にするのもその時以来だったので、展示されていて嬉しかった。

 

無限F1用・MF351Hエンジン&開発車

 ホンダの撤退に伴い後を引き継ぐ形で、ホンダの自然吸気V10エンジン・RA101Eをベースにした無限の3.5ℓV10エンジンを開発するための車両。

 マシンはホンダV10を搭載していたタイレル010を買い取ってテスト車にした。

 

さ~て、このマシンは何でしょうか?

 遊園地・ジョイフル広場の時計台下に展示されていたマシン。

 マシン名の表示が無く、マールボロカラーを纏っているので「マクラーレン?」と言っている方が多かったが、ドルフィンと友人は「お!? マールボロカラーのローラT90だ!」と直ぐに分かった。F3000マシンの中でも好きなモデルだ。

 当時は白ボディであっても大概のマシンは判別できた。

 

 

 

5位:ジャン・アレジ選手/フェラーリF92AT


 ’91年にタイレルでの活躍が目にとまりフェラーリ入りを果たしたアレジ選手だったが、在籍期間はフェラーリが❝どうしようもない低迷期❞で可哀そうだった。

 アンダーパネルとサイドポンツーンの間に隙間がある「ダブルデッキ」構造を持っている。❝変わりF1❞大好きなドルフィンにとっては❝フィルムに残しておきたい❞マシンだった。

 

12位:ニコラ・ラリーニ選手/フェラーリF92AT

 

 

6位:クリスチャン・フィッティパルディ選手/ミナルディ192/ランボルギーニ

 ’92年はランボルギーニ・エンジンを使用したミナルディだったが、日本GPでクリスチャン・フィッティパルディ選手が獲得した6位「1」ポイントがチームで唯一のポイント獲得になった。

 

14位:ジャンニ・モルビデリ選手/ミナルディ192/ランボルギーニ

 

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1992年 F1日本GP セカンドだけの表彰台

1992年 F1第15戦 日本GP

 

 日本人初のF1レギュラードライバーになった中嶋悟選手が引退し、鈴鹿サーキットでの開催も6年目となり❝新たなステージ❞になった感があった。

 仮設スタンドが増えてチケットが取り易くなった。

 当時は東京に住んでいたので木曜日の晩に夜行バスを使って名古屋まで。翌朝、近鉄特急(社会人・独身だったので資金に余裕があった)で白子、バスで鈴鹿サーキットまでの行程だった。

 駐車場に停めた大阪からの友人の愛車・トヨタ86レビンの後部座席に寝かせてもらった。友人はテントを張って外で寝た。運転席はバケットでリクライニングができないので、雨が降った土曜の晩は助手席をリクライニングさせて車内に二人で寝た。

 宿泊用荷物は予め友人宅に送り、積んで来てもらった。

 東京に住んでいた数年間、鈴鹿でのレース観戦はこのパターンで友人の86レビンに車中泊させてもらった。若かったので狭い後部座席でも寝られた。

 帰りも名古屋から夜行バスで東京まで帰った。月曜日は半休を取っていた。最寄りの下赤塚駅からアパートに戻る道すがら、一緒に住んでいた彼女が出勤のために歩いてきたので「ただいま」「行ってらっしゃい」と交わした記憶がある。

 写真は出勤途中に渋谷道玄坂にあるビックカメラにフィルムを出して、帰りに現像フィルムを受け取っていた。

 失敗している写真が多々あるので同時プリントにすると勿体ないので、当時はフィルムをテレビに映せるフジフィルムの「フォトビジョン」を持っていて、それで吟味してプリントに出していた。

 

 予選日には最終コーナー内側にあったキャノンの望遠レンズ試写台に行って撮影するのも毎年の楽しみだった。

 試写台は時間制だったので、自分が使用できる時間帯にマシンが走ってくれるかどうかが運命の分かれ道だった。

 

この年くらいからリストバンドが使われるようになった

 

 決勝は有力チームのエースドライバーが皆脱落し、セカンドドライバーだけで表彰台を占める結果になった。

 

優勝:リカルド・パトレーゼ選手/ウイリアムズFW14B/ルノー

 「F1最強マシン」の呼び名も高いハイテク装備のFW14B。

 マンセル選手が圧倒的に強く、パトレーゼ選手は日本GPでの1勝のみに留まったが後はほぼ2位か3位に入る安定性があった。自身のF1キャリアで最高のランキング2位になった。

 マンセル選手がリタイアした後はトップを堅守しての優勝。

 

チェッカーを受けて帰ってくるパトレーゼ選手

 

2位:ゲルハルト・ベルガー選手/マクラーレンMP4/7A/ホンダ

 ホンダがF1活動終了する最後(第2期)の日本GPとなり「鈴鹿スペシャル」エンジンを投入。

 ドルフィンの記憶では、この「鈴鹿スペシャルを投入」と言われた時は大概リタイアしている。なのでこのフレーズを聞くと「やめてくれ~!」と叫びたくなる。

 優勝を期待されたセナ選手がリタイアした後、何とか2位表彰台に立ちホンダの面目躍如した。

 ベルガー選手は❝ここぞの時❞を必ず押さえている頼りになる選手だと思う。

 

3位:マーティン・ブランドル選手/ベネトンB192/フォードHB

 

 

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テツ&ウメコ登場! デカレンジャー20th×春らんまん高知旅 in大阪駅 に行ってきた

春らんまんの高知旅 in JR大阪駅~ヒーローの新休日~

高知×特捜戦隊デカレンジャー20TH 

 「X」でイベントを知って楽しみにしていた。

 『特捜戦隊デカレンジャー』は今年で放送開始20周年。スーパー戦隊シリーズの中でもTOP3に入る好きな作品だ(他はジェットマン、メガレンジャー。どれも違った魅力で❝一番❞が決められない)。

 デカピンク/胡堂小梅・ウメコ役 菊地美香さんデカブレイク/姶良鉄幹・テツ 役吉田友一さんが来られるのだから!

 土~月の三連休は大阪オートメッセが開催されているが、メッセよりデカレンだ!(予算の都合で二者択一)


時空の広場

 

 場所はJR大阪駅駅 大阪ステーションシティ「時空の広場」

 事前に調べて行ったが屋根があるだけの左右イケイケの吹きさらし空間。当日の気温は最高11度予報。悩んだ挙句❝恰好❞を気にしていつもの革ジャンにして内側に着込みカイロも貼った。

 -のだが、陽が当たらず冷たい風がビュービュー吹き込んできて、めっちゃ寒かった。恰好優先にしたのは失敗だった。寒さに弱いのに…。

 

 様子が分からないので早めに到着。既に20人くらい集まっていた。

 ウメコ・テツ・デカレッドの3人とのハイタッチ会の整理券をいただかなければならないのだが「通路になるので時間まで集まらないでください」と案内がある。そう言われても…。

 

吉田友一さんと菊地美香さんが打ち合わせ中!

 朝一番に打ち合わせをされていて、一旦退場。

 

高知体験ブースとイベントステージ

 イベント開始の11時頃までクローズドされていた。

 朝からあまりにも寒かったので大阪駅内に避難。新しくできた「仮面ライダーストア」でも見ておこうかと思ったが、こちらも整理券が無いと入れなかった。

 整理券の列が作られるのが10時30分。30分前に開場に戻ると200人くらいが会場に集結していた! このイベントスペースでは狭いのでは?

 

整理券

 ようやうく整理券GET。希望する方全てに配られた。あの人数ではハイタッチにかなり時間がかかるのでは? -と思っていたのだが…。

 

 整理券をもらってからステージに移動するが、もう多くの方がステージ周囲に陣取っていた。このために早い順番で整理券をGETしたかったのだ。

 ステージサイドの機材後ろに陣取ることができた。

 

 いよいよイベント開始-なのだが、最前列から立っている

 前の方が座らないと多くの方が観られないじゃないか!

 レース観戦のトークショーでもそうなので、ドルフィンは装備としてリュックに常備している折り畳みクッションを出して座って観ていた。1部、2部ともに座って観ていたのは2人くらい。

 隣で座られた方が「愛蔵版」か何かのウメコとテツの見開きを出していたので、ドルフィンも持って行った映画パンフのピンクとブレイクの見開きを出し、二人で「見て~!」とアピールしていた。

 

ウメコとテツが登場! 気持ちが20年前に戻る!

 もう感激だなぁ。感涙。

 この日のために『デカレンジャー』TVシリーズ全話、VSシリーズを見直して来た。

 

テツ/吉田友一さん

 

ウメコ/菊地美香さん

 お二人ともデカスーツを着ても遜色ない。スタイルも維持されている(衣装自体は新作映画時に作り直されたのだろう)。

 

高知県の魅力を紹介

 吉田さん、菊池さんご夫妻は高知県に移住している。吉田さんは高知の魅力発信の仕事もされているそうだ。

 モニターで公式観光写真だけでなく実際にお二人が行かれた時の写真も使い高知県の名所、グルメを紹介。

 高知県には美味しいものが多く、食べ物紹介の写真が続いて「次も…食べ物ですね(笑)」となっていた。

 

「にこ淵」に行かれた際の菊池さん

 「よさこい祭り」に出られた写真も紹介された。

 

高知愛が伝わってくる熱弁

 

 そして6月7日公開の新作映画「特捜戦隊デカレンジャー20THファイヤーボール・ブースター」高知ロケに至るまでのプロセスを紹介になった。

 ※ 以下、1部2部で紹介された画面を基に構成しています。

 

 

 高知大学・学園祭(黒潮祭)デカレッド/赤座伴番・バン役 さいねい 龍二さんと吉田さん、菊池さんが出演され「地方Uターン、Iターンを考える」を講演。その際、バンから「地方創生は映画制作をして盛り上げるのが一番分かりやすい」「想いが届く」「人は❝たのしい❞ ❝美味しい❞に惹きつけられる」との話があった。

 

 

 これを聞いた吉田さんは❝翌日❞から動いたそうだ。素晴らしい行動力だ。
 東映高知県に企画書を提出しプレゼンテーションや会議を重ねていったそうだ。

 

 熱意が通じて高知ロケが敢行された。

 ドルフィンは、かつて大葉健二さんが地元・愛媛に帰られた時期があり『仮面ライダーBLACK RX』で四国ロケが行われた事があったので、今回の映画はお二人が高知に移住しているので❝交通の便宜上❞ロケが行われたのかと思っていた。

 吉田さんが動いて高知に誘致していたのか!

 

 「TV版では皆さんご存じの❝いつもの❞場所でロケしていますが、今回は高知県でも『こんな場所で撮影しているんだ』と思われるような場所でロケしてきました」と菊池さん。

 

 映画のロケ地は「まちの魅力や認知度向上、地域に対する誇り愛着心の醸成」につながります。

 一時的はなりますがスタッフ、出演者で総勢70~100名が来るので地場の食事を楽しんだり、長期ロケ滞在によって宿泊施設や周辺の飲食店に賑わいが生まれます。そして撮影から帰った後も「あそこは良かった。またあの料理が食べたい」と話が広がります。

 現在では「映画×地方創生」におけるフィルムツーリズム(聖地巡礼)が流行っています。全国40の自治体が取り組んでいます。

 

 自治体のクラウドファンディングも行われ、多くの支援が集まりました。寄付の記念で「作品エンドロールで氏名クレジット」「出演者サイン色紙贈呈」「吉田による高知ロケ地巡礼ツアー(ロケ弁付き)」が返礼されます。

 この支援は映画の高知ロケの補助、ロケ地巡り整備費用、高知市の観光振興・活性化に使われます。

 

 企画から撮影に至るまでは「涙で枕を流した日も少なくなかった」そうだ。

 「そんな時に菊池さんから『絶対に諦めない!』とデカレンジャーの精神につながる言葉をもらいました」

 

 

 高知は2023年に「らんまん」2024年に「でかれん」、2025年には「あんぱん」と熱くなっています!

 「サンドイッチですね(笑)」

 

 最後に『デカフェス』開催が発表された!

 関西でも行われる(後日情報)そうなので、行ける範囲内と日にちなら参加したい!

 

 トークショーが終わるとハイタッチ会のためにデカレッドが登場!

 映画の宣伝もあるのでデカレッド・ファイヤースクワットで来てくれるかな~? と期待していたのだが…。

 

テツ、デカレッド、ウメコの3ショット

 

 ハイタッチ会のために場所移動。

 思ったよりも速いペースで順番が進む。写真撮影どうしようか? と迷っているうちに順番が回って来てしまった。撮影は止めてハイタッチと「後楽園と静岡公演を観に行きました」とお伝えしただけ。「え~! ありがとうございます」とお言葉を頂いた。

 

 

花で形作られたハートのモニュメントで3ショット

 

ウメコちゃんはピンクの花が良く似合う

 

 これで1部が終了。

 イベントは続いてのステージ、よさこいチーム「夢源風人(むげんかじぴとぅ)」によるよさこい演舞やブースでのぶんたん皮むき体験むろと廃校水族館 出張ぶりくじ(1回1000円)が行われた。

 ❝ぶりくじ❞って本物のブリがもらえるのかと思ったら、ヌイグルミだった(そりゃそうか。生ものだもの)。

 ドルフィンは荷物を増やせない事情があったので、映画カードしか頂かなかった。

 

映画のイメージ写真が使われたカード

 

くろしおくん

 

 会場は陽が差さないのでお昼過ぎても寒い。そして風は一段と強く吹いていた。もう寒くて寒くて、2部が始まるまで大丸梅田店内に避難していた。

 2部はハイタッチ会に参加せずステージ前のポジション確保に専念。

 ステージ正面に荷物を置きっぱなしにして場所取りしている人もいた。よくこんな誰でも行き来できる場所で荷物から離れられるなぁ。

 真正面とはいかないが、なんとか最前列をGET。当然、イベント開始時は座った。

 

2部スタート

 内容は1部と同じなので内容は割愛。

 

 

テツ

 

正拳アクセルブロー

 

 玩具のアクセルブローを付けてきている方も見られたが、これはホンモノだ。

 

特凶 金バッヂ

 

ウメコちゃんたくさん

 

 実はなかなかお二人が近くで立つ場面が無く、ようやく撮影出来た。

 

デカレッド登場!

 1部では興奮してブレてしまったので、今度はキッチリと。

 

 

 握手会が終わって最後の挨拶で「この20年で結婚したり『子供の名前、ウメコなんです』と言って下さる方がいたり、みなさんの生活も変わったことでしょう」と言うと「あなたたちは?」と指をさすデカレッドがお茶目

 

 

3人でロジャー‼

 そしてついにフィナーレ。

 『デカフェス』でまた会えたらいいな。

 

素敵な時間をありがとう!

 

控室後ろで別取材 高知放送「こうちeye」?

 

 トークショーで「前に『むろと廃校水族館』に行った時に❝ぶりくじ❞やったんですけど、あと2等だけ出ていないので、後でやりたい」と話されていたとおり❝ぶりくじ❞をされに来られた。

 

ウメコ、ぶりくじに挑戦

 

 引いたのは…「4等」だった。

 

映画「特捜戦隊デカレンジャー20THファイヤーボール・ブースター」のチラシ

 表面はカードと同じなので裏面を。

 映画の舞台挨拶がある日に行けたらいいな。

 

帰り際の吉田さん

 お疲れ様でした。

 

 

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デカレンジャー20周年記念 デカレンメンバー出演「マジレンジャー発表会」

特捜戦隊デカレンジャー 20周年

 Vシネクスト『特捜戦隊デカレンジャー20th ファイヤーボール・ブースター』発表を記念して、20年前に『魔法戦隊マジレンジャー』発表会を観に行き、当時HP『英雄烈伝』に公開していた記事をデカレンジャー部分だけ抜粋して再掲載。
 デジタルビデオで撮影したのだが、録画したカセットが見つからなかったため、HPに掲載したデータを使用した。

 

 

 

スーパー戦隊シリーズ新番組・特別プレミア発表会
マジ誕生! 魔法戦隊マジレンジャー
2005年2月5日、東京ドームシティ・プリズムホールで、新番組「魔法戦隊マジレンジャー」の
プレミアム発表会が開催された。
発表会では前戦隊にあたる「デカレンジャー」の出演俳優が応援に駆けつけた。

ステージはマジレンジャー対インフェルシアとのバトルアクションが繰り広げた後に小津五兄弟の紹介が行われた。
 

「デカレンジャー」の面々が登場すると会場の熱気は一層ヒートアップ。
デカレンメンバーは後楽園スカイシアターでのショーを終えての登場。

 

 

デカレッド/赤座伴番(バン)
載寧龍二さん

「今、そこで聞いてて自己紹介の時に『友樹~!』とかって名前で呼ばれるのが羨ましかったんで、オレも自己紹介するので名前で呼んでください」
「デカレッド/赤座伴番役、載寧龍二でぇ~ッス!!」
「龍二~ッ!」会場から声援が飛ぶ。
「それじゃあ、相棒も宜しくお願いします」とホージーに振る。

 

 

デカブルー/戸増宝児(ホージー)
林剛史さん

「相棒って言うな!」
と、第一声から“生”「相棒って言うな!」。

 

 

デカグリーン/江成仙一(仙ちゃん)
伊藤陽佑さん

「デカグリーン/江成仙一役“パク・ヨンハ”です!」
「パク~、パク~」-と呼んでと声援をリクエスト。
「コラ、淳! 目を開けろ!!」と不意にカイに振る。
「1年前聞いたな~それ」と司会のお姉さん。1年前の『デカレン発表会』で自分が言われたんだろうな。

 

 

デカイエロー/礼紋茉莉花(ジャスミン)
木下あゆ美さん

声援を受けてガッツポーズのジャスミン。
「1年間やったゼ!」という充実感が伝わる。

 

 

デカピンク/胡堂小梅(ウメコ)
菊池美香さん

「ミカちゃ~ん!」の声援に照れるウメコ。

 

 

デカブレイク/姶良鉄幹(テツ)
吉田友一さん

「不法な悪をブチ破る! 夜明けの刑事! デカブレイクッ!!」
“仲間達に向かって”名乗りを叫ぶ。

「アモ~レ!!」を連発するテツ。
仲間達大ウケ。
「特凶さんは面白くないとなれないんですか?」と司会のおねえさんにツッコまれるテツ。
 


司会のお姉さんに最終回の話を振られるが
「気になる『富豪刑事』第5話は!?」とおちゃめなバン。
「明日はスカイシアターに来てください」とバン。

 

突然ラインダンスを踊りだす仙ちゃんとテツ。

 

バンの暴走に笑いコケる、ホージーとジャスミン。

 

2戦隊の握手交換。同じ色になると先輩から後輩にキックやパンチが飛ぶ(笑)。
ジャスミンやホージーはそんな事しないので良かったね、ツバサ君&ウララちゃん。

 

マジレンを代表してカイからデカレンを代表してバンに慰労の花束が渡される
声援を受けて退場するSPDチーム。ありがとう!!

 

 

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ラウダ選手のフェラーリが 1991年ワールド・ビンテージ・カー & クラリオンガール

1991年ワールド・ビンテージ・カー・ショー

 確か幕張メッセで催された旧車を扱うショー。バブル好景気なのでただ単に展示するのではなく、販売している。今ならさしずめ「〇〇オークション」がやっているような事だろう。

 四輪の「神3」と崇めているニキ・ラウダ選手のフェラーリF1が来るというので、彼女と一緒に出掛けて行った。11月頃で冷たい雨が降っていたような気がする。

 

ニキ・ラウダ選手/フェラーリ312T

 憧れのラウダ選手のマシンを前にして感激した。スチールカメラでは無く今のようなデジカメならもっと沢山写真を撮りたかった。

 ステージにパイプ櫓があって正面から撮れなかった。

 ゼッケン「1」を付けているので1976年開幕~第3戦で使用されたマシンなのかもしれない。

 タイヤはレースで使用していたグッドイヤーではなく、後からオーダーしたエイボン。

 

ジャン=ピエール・ジャボイユ/ルノーRS01

 F1初のターボエンジン搭載。まだウイングカーになる前・1977年のマシン。

 当時はFこれまたF1初のミシュラン製ラジアルタイヤを履いていた。

 FISCOで開催の日本GPには来日しなかった。 

 モーター誌の写真や『赤いペガサス』でしか見たことが無かったマシンなので嬉しかった~。

 

ロータス49C

 ゴールドリーフ・カラーが綺麗。

 葉巻型ボディの前後にウイングが付き、近代レーシングカーのフォルムになっている。1970年のマシン。

 

フェラーリ158F1

 1964年にロレンツォ・バンディーニ選手のチャンピオンとコンストラクターズタイトルの二冠を獲った。

 ウイングの無い葉巻型で、全長も短かったのでとてもF1には見えなかった。

 

 F2かF3?

 

1988年頃のインディカー ローラ?

 

 あまり覚えていないのだが、写真を見ると後ろにビンテージスーパーカーもあったようだ。

 

 公道走行できるナンバー取得している!

 

 

 

クラリオンガール

 クラリオンガールの発表イベントにも行かせてもらった。

 

大河内志保さん

 日本航空キャンペーンガールを経て1992年第18回クラリオンガールに選出された。

 後年、プロ野球・新庄剛志選手と結婚、離婚。

 

台紙付きテレホンカード

 このイベントでテレカと電動ハブラシを頂いた。

 

 

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過渡期に達した1991年 F3000第7戦/8戦・富士 初めてドリキンさんに会う

1991年全日本F3000 7戦/8戦・富士

 

 世界的好景気、日本もバブル景気でお金に余裕がある企業がモータースポーツのスポンサーに参入。F3000だけでなく、F3や下位カテゴリーのフォーミュラ・トヨタ、フォーミュラ・ミラージュも予選落ちが出るほどの参加台数があった。

 F3000は予選落ちしてしまうと、決勝日はガランとしたピットにマシンとキャンギャルだけがいる状態だった。

 

 マシンはローラ、レイナード、ラルト、童夢。その中で新型、旧型がある。

 エンジンは無限、コスワース。その中で各チューナーが分かれる。

 タイヤはブリヂストン、ダンロップ、ヨコハマ。

 —と、組み合わせが多様化していて全てを覚えきれなかった。

 さらにはチームによってはドライバーもスポット参戦させていたりした。レギュラーで参戦した外国人選手も多かった。

 この複雑さが「F1よりも難しい」と言われた一因でもあり、面白いところでもあった。現在のようにマシン&タイヤがワンメイク、エンジンは2メーカーの管理下—というのは費用を抑える効果はあるだろうが面白みに欠ける。

 車両費用は抑えられているが、昔は冷暖房管理のモーターホームやピットの豪華パーテーションは無かった。持ち込むコンピューターの数も増えている。大量の電力を賄うためにパドックでは複数台の発電機が稼働している。キャンギャルの数も多くなりコスチュームも複雑化している。

 「ショー」として見せる部分もあるだろうが、サーキット内ではどんどん豪華になっていてどこまで費用を抑えているのか怪しいものだ。

 

第7戦

優勝:星野一義選手/CABIN ローラT91/50/無限

 当時の星野選手は❝勝ちに飢えた鬼❞だった。勝つためには何でもやっていたし、チームもピリピリしていた。決勝日にはチームスタッフに10分毎に気象庁に電話させて気象情報を確認させていたそうだ(現在のようにリアルタイムで知る方法が無かった)。

 この❝鬼❞っぷりは現在ではロードレース・ヤマハファクトリーの中須賀克行選手がそんな感じだ。

 

2位片山右京選手/CABIN ローラT91/50/コスワース

 開幕戦と第5戦の鈴鹿で優勝し「来年はF1」との声が日々大きくなっていた。

 

3位フォルカー・ヴァイドラー選手/KAWAISTEELローラT91/50/無限

 マツダのル・マン24時間優勝の立役者。ヴァイドラー選手はカワイスチール・カラーのイメージが強い。

 

4位:トーマス・ダニエルソン選手/アコム エボリューション ローラT91/50/無限

 

5位:マウロ・マルティニ選手/ライベックス DL ローラT91/50/無限

 

6位:ヤン・ラマース選手/オムロン ダンロップ 童夢F102/無限

 

8位:中谷明彦選手/TOSTEM ローラT91/50/無限

 第2戦オートポリスで優勝、前戦の菅生で3位に入り注目されていた。

 マシンカウルはムーンクラフトのオリジナルを装着していた。

 

10位:服部尚貴選手/PLUS ローラT90/50/無限

 

12位:小川等選手/KYGNUS.TONEN.ローラT90/50/無限

 ’89年にチャンピオン獲得後は2位が最高位で惜しいところで優勝を逃していた。

 観戦に行った鈴鹿2&4では片山右京選手と優勝争いをしていた。

 

15位:田中実選手/レイトンハウス ラルトRT23/無限

 

19位:長谷見昌弘選手/スピードスター ダンロップ ローラT91/50/無限

 

21位:高橋国光選手/ADVAN ローラT91/50/無限

 

第8戦

 

22位:金石勝智選手/AVON HOUSE ローラT90/50/コスワース

 

24位:松本恵二選手/ホーユウ ダンロップ 童夢F102/無限

 

25位:古谷直広選手/ワコール ダンロップ ローラT90/50/無限

 ’93年頃、秋ヶ瀬サーキットでカートを教えて頂いた❝師匠❞だ。

 

リタイア:ロス・チーバー選手/PROMISE レイナード91D/無限

 全日本F3ではチャンピオンを獲得しているが、F3000では毎年優勝していたがチャンピオンは獲得できなかった。最高はシーズン2位。

 8年間の全日本F3000参戦の内、約7年もの間レイナードのマシンに乗っていた。レイナード=チーバー選手のイメージがある。

 

リタイア:ジョニー・ハーバート選手/SUNTORY WESTラルトRT23/無限

 ’88年国F3000で多重クラッシュに巻き込まれて怪我を負い、翌年にベネトンからF1デビューしたものの思うようなパフォーマンスを出せず❝リハビリのため❞全日本F3000に参戦していた。

 F1開幕戦で4位に入るセンセーショナルなデビューで、ベネトン好きのドルフィンはファンになった。

 全日本に参戦している間は写真を撮っていたが実際にお会いする事は無かった。

 

DNQ:和田孝夫選手/TENORAS・ADVAN ローラT91/50/無限

 TENORASは千葉麗子さんがマスコットガール(キャンギャルとは別ポジション)に就任していたが、サーキットで見かける事は無かった。翌年に『恐竜戦隊ジュウレンジャー』に出演した。

 

DNQ:和田久選手/CAPCOM ローラT90/50/無限

 

DNQ:鈴木利男選手/UNIVERSAL ローラT91/50/コスワース

 

 富士での第8戦は台風による大雨でF3000決勝は中止になった。

 追っかけ生放送予定をしていたF3000が中止になったことにより、その枠の穴を埋めるために❝伝説❞のJSS決勝がフル放送される事になった。

 決勝も現地観戦していた。

 

優勝土屋圭市選手/RSファインRX-7

 金曜日だったか、初めてドリキン・土屋圭市さんにお会い出来た。

 マイナーツーリングレースで「賞金泥棒」と呼ばれるほど勝ちまくり、TV『モーターランド』のリポーターもされていたので、一部の❝野郎ども❞には有名だった。

 『モーターランド』のリポート中にも度々❝国さんリスペクト❞の発言があった。

 ’91年にはGr.AでR32スカイラインを駆りF3にも参戦していた。「俺と勝負したければサーキットに来な」で有名な『首都高速トライアル2』も出演されていた。

 

「JSSでキャンギャルいるの俺だけだな」と

 憧れのドリキンさんにお会い出来てめっちゃ嬉しかった。

 丁寧なサインも頂いた。

 

初めて頂いた土屋圭市選手のサイン

 

 

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日産対決のフィナーレ 1991年JSPC富士1000㌔

1991年 JSPC第2戦・富士1000㌔

 スポーツプロトタイプカー世界選手権(WSPC)では一世を風靡していたポルシェに代わってジャガー、ザウバー・メルセデス、プジョーが上位を占めるようになってきた。

 全日本でも熟成され尽くされたプライベート・ポルシェ勢は力を付けてきた国産勢に太刀打ちできなくなってきていた時代背景がある。

 

 富士1000㌔ではサポートレースとしてF3、フォーミュラ・トヨタが開催されたが写真は撮っていないのか残っていない。

 

愛車・スターレット・ターボ・リミテッド

 ゴールデンウイークに開催とあって当時付き合っていた彼女と愛車・スターレット・ターボに乗って観戦に行った。

 2月の大阪モーターフェスティバル、3月の鈴鹿2&4を一緒に観戦した彼女だったが、4月から東京に転勤になってしまった。連休を利用して大阪に遊びに来た彼女を乗せてドライブがてらFISCOへ。

 レース観戦はいつも❝単なる移動❞だったが、この時は❝ドライブ旅行❞だった。GW渋滞に悩まされ、清水くらいから下道を走って行った。

 レース観戦後は東京から観戦に来た友人に彼女を送ってもらい、自分は実家に泊って大阪に帰ったのだった。

 富士1000㌔はレースよりも彼女と観戦した思い出の方が強い。この辺りはレース内容に全く関係のない余談だが、ついでに言うと、ドルフィン史上、鈴鹿と富士の複数サーキットに一緒に観戦に行った唯一の彼女でもある。

 

優勝カルソニック日産91CP 星野一義/鈴木利夫 組

 レース中盤にブレーキトラブル修理のためにピットイン。タイムロスを挽回して上位に返り咲く鈴木利夫選手の追い上げは凄かった。

 日産の2台はこの第2戦から初のオール日産製のグループCカー・R91CPを投入。予選では1000馬力越えと言われていたが、決勝では「燃料制限」があるためにフルブースト&フルアクセルはできなかったとか。

 

2位YHP日産R91CP 長谷見昌弘/アンデルス・オロフソン組

 

 

3位ミノルタ・トヨタ91C-V 関谷正徳/小川等 組

 トヨタもこの第2戦から91C-Vを投入してきた。

 

 

4位:NISSEKIポルシェ962C

 ジョージ・フーシェ/スティーブン・アンドスカー組

 青の濃淡三色だったNISSEKIカラーが、このレースからパステルカラーに変更。F3で近藤真彦選手が乗るマシンも同じカラーになった。

 

5位:エッソ・トヨタ90C-V

 ジェフ・リース/ピエール・アンリ・ラファネル/エジェ・エルグ組

 

6位:レナウン・チャージ・マツダ787B 寺田陽次郎/従野孝司 組

 787Bはこのレースの一か月後のル・マンで総合優勝することになる。

 

レナウン・チャージのお姉さん♡

 

9位:マツダ787 デビッド・ケネディ/太田哲也 組

 

10位:NWB 787 Trident 白鳥哲司/清水正智/藤井修二 組

 

 

リタイア:

TWR SUNTEC ジャガーXJ-R11 マウロ・マルティニ/ジェフ・クロスノフ組

 WSPCに参戦していたトム・ウオーキンショー・レーシング(TWR)と日本のサンテック・レーシングが組んで全日本でジャガーを走らせる—しかも観戦に行く富士1000㌔からの参戦とあって「どれだけ凄いのだろう」と楽しみにしていた。

 予選9番手で一時は2~3番手まで浮上したが、決勝はマシントラブルでリタイア。

 WSPCではシルクカット・カラーで綺麗だったが、JSPCではブリティッシュグリーンで地味な感じがした。

 

フロムAのお姉さん♡

 

リタイア:

タイサン・クレッパー962C 高橋国光/スタンレー・ディケンズ組

 ディケンズ選手に交代後、300Rで大クラッシュ。モノコックはスポンジバリアとガードレールを乗り越えて落下。幸いにしてディケンズ選手は無事に脱出していた。

 現在なら即時停止・赤旗中断になるほどコース上はコース上にパーツやオイル、土が散乱していた。

 このクラッシュによりペースカー(まだセーフティーカーの呼称は無かった)が入りスロー走行になった。

 

 ペースカーによるスロー走行が続いたため燃料を稼ぐことができた。耐久レースはライバルチームとの争いよりも燃費との闘いがメインになっていたが、燃料が浮いたため終盤はスプリントレースのような激しいトップ争いが展開された。

 当時「最強」と言われた日産R91CPの二台がコーナーでインを突き、ストレートでは二台が並び1コーナーでのブレーキング勝負…。スタンドは沸きっぱなしだった。

 

優勝した鈴木利夫選手が帰ってくる

 

表彰式

 

翌日のスポーツ新聞

 

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1991年 大阪モーターフェスティバル 右京選手ゲスト Gr.A、C

1991年大阪モーターフェスティバル

 まだ「大阪オートメッセ」が開催されていない頃の2月に催されていたモーターイベント。場所は後にオートメッセが開催されるインテックス大阪だ。

 チケットを見ると二館しか使用されておらず、規模の小ささを物語っている。

 

 当時❝友達以上恋人未満❞だった会社の後輩女子を誘い、車で最終日にあたる2月11日・日曜日に行ったのだと思う。たぶんデートっぽくてウキウキ気分だっただろう。

 

 日曜日には「F1」が現実味を帯びてきた片山右京選手がゲスト来場してトークショーを行った。

 フランスF3参戦を終えて全日本F3000フル参戦4年目を迎えるシーズン前だった。

 

片山右京選手

 モーター誌のレーシング日記や取材記事を読んでフランスF3時代から知っていた右京選手。BA-TSUやフットワーク、ヒーローズで走っているレースは観戦に行っていたが、当時はピットウォーク等は無く、選手に会える機会はほとんど無かった。

 —なので、右京選手をで見るのが初めてになるので、とても楽しみにしていた。

 

 トークショーで「漫画の『修羅の門』❝片山右京❞という選手が出てくるのですがご存じですか?」と司会者に聞かれ「はい。読んでいるので知っていました。名前使ってもらって嬉しいです」というような問答が記憶に残っている。

 ドルフィンも『修羅の門』を読んでいて「作者は右京選手の事を知っているのかな?」と疑問に思っていた。トークの感じでは特に作者と面識がある感じではなかった。

 

 

 レーシングマシンも多く展示されていたのだが、車両と周を囲む鎖の柵との距離が無く、写真撮影すると写り込んでしまうのが難点だった。使用できる展示館の中に詰め込んでいたのでそうなってしまったのだろう。

 

Gr.A

カルソニック・スカイラインR32

 

トムス・カローラレビン AE92

 

ナカジマレーシング・シビックSi-R EF9

 

N1耐久

ファルケン・スカイラインR32

 

シビックSi-R EF9

 

Gr.C

YHP日産R90CP

 ’90年にチャンピオンを獲得し、シーズン前の展示でゼッケン「1」を付けていた。

 

ミノルタ・トヨタ・90C-V

 

チャージ・マツダ・767B

 

タイサン・ポルシェ・962C

 

F1

 F1は当時色々なイベントの展示で見るマシンばかりだった。

 

マクラーレンMP4/5

 

フットワークアロウズA11

 

レイトンハウスCG901

 

全日本F3000

スピードスターダンロップローラT90

 F3000の中では、このT90が一番好きだな。

 

キャビン・ローラT89

 

 スーパーカーも展示されていた。

 

ホンダNSX

 ’90年9月の発売開始から半年。まだまだモーターショーでしか見られないほど珍しかった。

 

フェラーリ330P4

 あまりの希少車に「え? ホンモノ?」と懐疑心があった。

 キャンギャルのお姉さんが座っていたが、いない状態で撮影したかった。

 

ビモータTESI D1

 ’90年に発売になった世界初の公道用バブセンターステアリングを持つバイク。エンジンはドゥカティ。

 elf-Motoのような❝変わりバイク❞が大好きなドルフィンは、事前にTESIが展示されると知ってとても楽しみにしていた。

 狭いところに展示されていて、横に回って撮影することができなかった。

 

ホンダNRプロトモデル

 ’90年に発表されたばかりのショー用プロトモデル。

 

 

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マラソンレジェンド & 周辺雑感 大阪国際女子マラソン

2024大阪国際女子マラソン

 

 大阪国際女子マラソンの観戦に行くようになったのは2018年に憧れのマラソンレジェンド・Qちゃん/高橋尚子さんと一緒に走る『大阪エンジョイRUN』に出走したのがきっかけだった。

 最初は2015年にエントリーしたが、インフルエンザにかかって断念。もうかれこれ10年前から始まった。

 2019年、20年はレジェンド選手にお会いするのが中心で観戦に出かけたのだった。

 

 流行り病の影響で観戦NGになっていたり仕事で行けなかったりと、今年4年ぶりに観戦に行ったら❝何か感じが違っていた❞。

 一般スーパーランナーの受け付け場所だったり『逸品縁日』の配置だったりと。

 さらには選手待ちをする方が異様に増えているッ! 

 

 以前はマラソンレジェンドが集まって番組オープニング撮影し、その後に放送車に乗り込んでいた。だが今年は、Qちゃん、渋井陽子さん、福士加代子さんは関テレスタジオ(?)からの解説。増田明美さん森脇健児さん「YouTube裏実況」を関テレの別スタジオから行っているようで、スタジアムには来られていない感じだった。

 マラソンレジェンドが大阪に来られていながらお会いできる機会が無いのは残念だ。

 

日本陸連ロードランニングコミッションリーダーの瀬古利彦さんとツーショット

 学生時代に長距離をやっていたので、瀬古さんはヒーロー中のヒーロー。

 当時、スーパーで頂いてきた東京マラソンで優勝したS&Bのポスターを部屋に貼っていた。

 

2020年にお会いした写真にサインを入れて頂いた

 「え~? これいつ撮ったの⁉」と言われるので「3~4年前です」と。

 「(サインを)縦が良いかな、横が良いかな…。横だな」と横書きで書いて下さった。

 

野口みずきさんに2020年にお会いした写真にサインを入れて頂いた

 

千葉真子さんとツーショットを撮らせて頂いた

 

有森裕子さんは…、他の方のサインで下向いちゃった💦

 

Qちゃんはインタビューを受けながらで取り付く島もなしだった

 関テレスタジオだと思っていたが、レース後にスタジアムに来られたのだろうか?

 

一般スーパーランナー全員の顔写真パネル

 一般スーパーランナー全員の顔写真が並ぶパネル。昨年くらいから設置されていたように思う。

 招待選手だけでなく、一般スーパーランナーを大事にしている証だろう。

 

 逆に、毎年スタジアムに設置されていた巨大なイメージボードが無くなり、顔写真パネル横に記念撮影できる日付と縦1.5㍍くらいのイメージボードが設置されていた。

 

記念撮影用イメージボード

 

招待選手、ネクストヒロイン

 

 今大会で気になっていた事のひとつが車両協力

 毎年、地元大阪の企業「Dハツ」が車両提供&スポンサードしていた。だが、Dハツが認証試験不正が発覚以来、広告活動を休止している。どうなるのだろう?

 朝になると、時計を設置されたTヨタ・アクアが続々とスタジアムに入って来た。審判長らが乗り込む車両は❝いつかは❞クラウンだ。

 親会社のTヨタが助け舟を出した形を取っているが、表立って名前は表記されていなかった。

 (※ 大会明けにTヨタもグループ企業の不正が発覚。大会前だったらどうなっていたのだろう?)

 

 

関テレ マラソン中継車

 毎年、東海テレビの中継車も応援に来ていたが、今年は来ていなかったようだ。

 トップ以外はオートバイ部隊のカメラで補うようにしている。

 

千葉真子さんが乗りこむ(?)中継スクーター

 

撮影カメラが乗り込むサイドカー

 

大阪府警白バイとパトカー

 

企業のマスコットキャラクター

 

みゃくみゃく…うわっ!後ろにも目玉あった!!

 着ぐるみ化するとスーツアクターさんの動きも加わって意外に可愛い。

 

逸品縁日

 毎年、香住漁港のカニの出店も名物だったが、今年は能登半島地震で被災しているので来ていなかった。

 来年に出店できるくらいの復興を願う。

 

 逸品縁日で購入した宇都宮餃子と自分で握っていたおにぎりで昼食。

 予めおかずは逸品縁日で買おうと決めていた。

 

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大阪国際女子マラソン ネクストヒロイン/大阪芸大女子駅伝部 推し

2024大阪国際女子マラソン

 今年の「ネクストヒロイン」枠に大阪芸術大学 女子駅伝部員3名が選出された。3名とも初マラソン。

 大阪芸大は近くにある大学で、昔から知り合いがいたり好きな作家さんの出身校だったり、職場にもバイトに来ているほど身近な学校だ。

 さらに女子駅伝部に関しては2010年に関西ローカルABCテレビで放送のドラマ『風に向って走れ!〜芸大女子駅伝部〜』のエキストラで芸大運動場にも行ったことがあるのだ。この作品は芸大とABCテレビが共同で製作。津田寛治さん、田丸麻紀さん、デンカ・小野寺昭さんらが出演。エキストラに行った最終回には増田明美さん(芸大教授)がゲスト出演された。近所周辺でロケも行われた。—という縁もあるのだ。

 

 なので毎年応援している。

 ドルフィンの地元で師走に開催されている富士山女子駅伝でも芸大を応援していた。

 

 アップを終えた選手が一団となってスタジアム入り。この中に芸大女子駅伝部メンバーの姿もあった。

 彼女たちは4年生で学生最後のレースになる。悔いのない走りをして欲しい。

 

スアジアム入りする芸大女子駅伝部メンバー

 

 以前は増田明美さんが❝教え子❞に声をかける姿が見られたが、近年はスタジオから「YouTube裏実況」をされていて現地には来られていないようだ。

 

スターティングポジションにつく

古原夏音選手、鈴木杏奈選手、北川星瑠選手

 

スタート後は第三集団で走る

 

競技場を出てロードに出る 古原選手が遅れてしまう

 

長い道のりに向かう

 

 女子マラソンがロードに出ている間、スタジアムでは大阪ハーフマラソンがゴールを迎えていた。

 ハーフには芸大駅伝部4年生1名、2年生2名、1年生3名が参戦していた。先輩に続いて大阪国際女子マラソンのネクストヒロインに選出される成長を期待したい。

 

 3名の中で北川星瑠選手が最初にスタジアムに戻って来た。

 前を走るユニクロ・平島美来選手にぐんぐん近づいてくる。素晴らしいラストスパート。

 年明けに放送された『新春 芸能人対抗駅伝』でもアンカーの猫ひろし選手との勝負は見応えがあった。

 

2時間34分08秒で18位フィニッシュ

 

フィニッシュした鈴木杏奈選手と称え合う

 

古原夏音選手もフィニッシュし、3人で抱き合う姿に目頭が熱くなる

 本当に仲が良いんだなぁ。駅伝チームということもありチームワークが良いんだなぁ。

 

スタジアムの下級生が記念撮影

 

レース後に3人で

 芸大女子駅伝部メンバーは人気で、遅い時間まで❝ファン対応❞してくださっていた。

 疲れているのにありがとうございました。

 

 芸大駅伝部の伝統で4年生は大阪国際を走ることになっているそうだが、4年生全員が走れる訳ではない。4年間、学業・部活・アルバイトを頑張ってきても試合に出られなかった選手もいる。それでも積み重ねてきた事や苦楽を共にした仲間は一生もの。今後の生活に生かして頂きたい。

 そして先輩の背中を見てきた下級生部員は来季の試合—打倒・名城大学を目指し、大阪国際での活躍を目指して部活を続けて行って欲しいと願う。

 

北川星瑠選手に頂いたサイン

 

 

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