クマのマークのケーニヒクローネのいちごロールケーキ
クマのマークが大好きな嫁はんが、ケーニヒクローネのいちごロールケーキを買ってきてくれた。
クリームはカスタード、赤いいちごの断面が見えていて食欲をそそる。
カットしてみるとイチゴがぎっしり並んでいる訳ではなかった。この長さで2個分くらいしかないだろうか。チョット残念。
しかし、クリームが美味しいので充分堪能できた。
華やかな勝利の日々 マクラーレンMP4/4 ホンダF1復帰記念

ホンダがF1に参戦した全ての時代で最も代表するものは、マクラーレンと組んだ時代―とりわけマクラーレンMP4/4/ホンダは勝ちに勝ちまくった華々しい最強時代だった。
12連勝を飾ったラルト/ホンダF2時代を彷彿させるようだ。
’88年はまだ真っ向勝負でタイトルを決めていたアイルトン・セナ選手とアラン・プロスト選手。
日本GP決勝レース、序盤リードしたA・プロストを、後半に追い上げたセナ選手がストレートで抜いた。上空から撮影した映像はサーキットビジョンでも流され、観客を興奮させた。
堂々の勝利で初のワールドチャンピオンに輝いたセナ選手。実に爽やかで心をアツくさせたレースだった。
ホンダ初の地元優勝でもあり、見事なレースを展開したMP4/4は、ミニカーを手元に置いておきたくなるほど素晴らしいマシンだった。
1/43ミニチャンプスの「セナ・コレクションモデル」は、日本GP仕様。F1開催時に安売りされていたので購入したもの。
ミニカーと合わせたのは、当時ホンダが作った優勝記念とチャンプ獲得記念のステッカー。
鈴鹿50thアニバーサリーでMP4/4を駆る伊沢拓也選手
「ホンダがF1復帰」「ターボエンジン」「マクラーレン」と言うとどうしてもこの時代を連想してしまうが、そこまでは5年もの長い道のりがある。
更には第3期のように1勝しかできず、不景気を理由に突然撤退してしまった例もある。期待しない訳ではないが「場を濁したまま逃げ去る」事だけは断じて止めて欲しい。最初からそんなつもりで出てはいないのだろうが、あれは大企業が撤退する時のやり方ではなかったからだ。
過去、F2でもF1でも「日本人ドライバー」よりも「勝利」を優先してきたホンダ。今回の復帰でもメディアは「F1ブームの再来」を作りたくて日本人ドライバー去就を取り沙汰しているが本音は違うだろう。
復帰初優勝するまでは勝てるドライバー体制で行くし、日本人ドライバーを乗せるにしてもホンダで育てた若いドライバーになると予想する。
若いドライバーには詳しくないのだが、現在SRS受講生の中から誕生が有力かも?
2012F1日本GPで展示されたMP4/4
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ついに京商が1/43モデル化! コジマKE009星野車が届いた
以前に予約注文していた京商1/43ミニカーのコジマKE009・星野車が発売になり届いた。
ここしばらくは興味あるミニカーの発売も無く「GT鈴鹿テストと8耐に行く費用を貯めるチャンス」と思っていた矢先“代金引換え払い”で来たのだ。このタイミングで~!?―という感じだが、イベント直前に来るよりは良かったか?
外箱にも「KE」のロゴが入ってカッコイイ~♪
'76年F1inJAPANの予選で長谷見昌弘選手がKE007をドライブしてポールポジションを狙えるタイムを出していたがクラッシュ。一日で修復―という、後に漫画『赤いペガサス』でも流用されるエピソードがあった。
そこまで活躍・注目されていただけに、KE009は開発段階から雑誌等で脚光を浴びていた。
高速サーキットの富士スピードウェイでの走行を前提に設計されていて、雑誌の持ち上げ方から「表彰台までイケるのでは?」と子供心に期待を持っていた。しかも、ドライバーが日本一速い男・星野一義選手とミスターGC・高原敬武選手なのだから。
中には“背紙”が入っている。これは「オリジナル台座を作れ」という事か?
KE009は星野車と高原車の2種が発売になった。伊太利屋カラーの高原車の方が綺麗なのだが、好ききな星野選手のマシンを選んだ。
'77年F1日本GPでKE009を駆る高原敬武選手
F1決勝で高原選手はヘアピンでの多重クラッシュに巻き込まれ、M・アンドレッティ選手らとともにリタイアとなった。写真もフリー走行で撮ったもののみ。
富士GCやF2で活躍した高原選手だが、ドルフィンは未だお会いしたことが無い。
’91年頃、外国の自動車雑誌にKE009の販売広告が載っていたのを目にしたことがある。背景が切り取られた車体だけのモノクロ写真が掲載されていたので、いつ撮られた写真なのかは不明。その後、どうなったのだろうか?
パティスリー・バナニエのフルーツパンナコッタ
近鉄百貨店阿倍野の地下にあるパティスリー・バナニエのフルーツ・パンナコッタを買ってきた。
暑くなると“冷やしモノ”が欲しくなる。
色合いの綺麗さに魅かれメロンとイチゴを買った。
上はフルーツゼリー。下はしっかりめのパンナコッタ。フルーツの余韻を残してパンナコッタに突入するのだ。
パンナコッタは生クリームを固めたものなので、フルーツを生クリームに付けて食べているような感じでもある。
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ホンダ車1~4位独占の興奮 ロータス99T ホンダF1復帰記念③
日本人初のF1レギュラー・ドライバー誕生&ホンダ・エンジン車に搭乗と10年ぶりの日本GP開催で湧き上がった1987年。「ようやく…」という感じだった。
'87年イギリスGPでは、ホンダがエンジンを供給したウイリアムズ2台とロータス2台で1-2-3-4フィニッシュを飾った。正直「1-2-3」はあっても「4」が来るとは思わなかった。
「4」に入った中嶋悟選手だが、年齢による体力的に1000馬力のマシンを操る事は厳しかったことだろう。日本人F1ドライバー誕生は嬉しかったが、正直、表彰台に上がれればラッキー的印象だった。あと数年早ければ…。
そう思うだけに4位入賞は嬉しくもあり興奮した。
多くの感激をもたらしてくれたロータス99T/ホンダ No11 中嶋悟車は、優勝したセナ車よりも重要なマシンである。

'87年F1日本GP/ヘアピンにて
「ホンダ復帰記念」では多メーカーのミニカーを使いたいので、京商1/64ではなくサントリーBOSS「ロータス コレクション」2缶用のプルバックカーを出してみた。
タバコロゴはダミーが入っているが、他は再現性が高い。ロールバーやラジエーターも銀塗装されている。さらにはラジエーターは“らしく”縦ラインも入っている。
リアウイングがローマウント過ぎ?―と思うところはある。
プルバック機構を内蔵しているもディフューザーはしっかりと完備。後ろから見ても違和感はない。
ファン感謝デー等の走行イベントではいつも100Tが走っている。100Tは各地のイベント等で
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奈良・天極堂の葛饅頭「ぷるるん」
嫁はんが奈良に出かけた際、お土産に吉野本葛 天極堂の「ぷるるん」を買って来てくれた。
本葛を使ったデザートだ。
カップから皿に取り出すと、本当にぷるるんと震える。
震えながらも割れもせず形が崩れないのは葛の粘りがあるからだろうか?
スプーンを入れると「固めの寒天」的ザクッとした感触が手に伝わる。
ところが、口に入れてみるとアイスクリームのようにスゥ~ッと溶けて無くなる。
桃を凝縮したような、本物の桃以上に桃っぽい濃厚さ。それでいて後味がスッキリとしている。
味、食感ともにクセになる。
付属の黒蜜ときな粉をかける。
白桃よりもさらに柔らかく、器に移すと扁平するも割れてはこない。
黒糖の風味を残しつつ後味がお茶を飲んでいるかのように爽やか。
ここの「葛うどん」も美味しかった~。
冷水で〆てざるうどんにしたのだが、葛切りのようなもっちり感があって「喉ごし」と言うよりは「唇ごし」が非常に良いのだ。
帰って来たグランプリサーカス(死語?)ウイリアムズFW11B ホンダF1復帰記念②
ホンダがF1に“本格”復帰して3年目にチャンピオン争いを展開。
その躍進もあり、フジテレビが冠スポンサーとなってF1日本GPが復活。全戦TV中継される事になった。
'77以来、10年待ったグランプリサーカス(最近ではこの名称使われないな)。発表されてから1年間が待ち遠しかった。
それまでの10年の間に、雑誌のツアーでヨーロッパへ観戦に行こうかと友人と相談した。
フランス/イギリスGPは2週で2GP開催され、さらにサポートイベントでホンダが参戦していたF2も開催されていた“おトク”なコースが目標だった。
親に借金を申し込んだが当然ながら却下され、計画はボツに。「自分でバイトして稼げばよいではないか」と思われるだろうが、バイト代はバイト代として自主製作映画につぎ込みたかったのだ(←やりたい事多い欲張り)。
鈴鹿ファン感謝デー2012/13では星野一義選手がFW11をドライブ
待望のF1日本GPチケットは、観戦エリアを第三希望まで書いて往復ハガキで応募する―という方法だった。
中嶋選手のフル参戦とTV中継の影響で「F1を生で見たい」と思う方は多く、20人近くの友人にハガキを書いてもらったが指定席を獲得する事はおろか、一般観戦チケットも“やっと当選”した状態だった。
当時のTV放送のビデオを見直してみると、仮設スタンドがほとんど無く収容数が少なかったからと思われる。
木曜日1時間の完熟走行から観戦。当時住んでいた名古屋市からバイクで“日参”していた。
チャンピオン争いをしていた2台のウイリアムズFW11B/ホンダ。土曜日の予選でナイジェル・マンセル選手がS字でクラッシュ。決勝を待たずしてネルソン・ピケット選手が世界タイトルを勝ち取ってしまった。
他コーナーにいたドルフィンは場内アナウンスでマンセル選手のクラッシュと、あっけない決着を知ることになる。
アオシマ1/64ミニカー、ウイリアムズFW11B/ホンダ ネルソン・ピケット車には日本でF1が開催&チャンピオン決定戦になった興奮が詰っている。
京商1/64F1よりも高額ながらさして作りが細かい訳でもない。「値段が高いだけの凄さ」に欠けていたのが残念。
タバコ屋がメインスポンサーではないので、企業ロゴがしっかりと再現されていて見栄えは良い。
ウイリアムズFW11B/ホンダを駆るN・ピケット
ターボパワーで空気を切り裂いて走るF1のリアウイング端からは“飛行機雲”が出現していた。湿度が高い時には特に顕著に現れ、これがまたカッコ良かった。上の写真は裏のストレート・スタンド(土手)から撮影。
飛行機雲だけでなく、マシン底部と路面が擦れて飛び散る火の粉も綺麗で迫力があった。
レース終了後はすぐに帰って、名古屋で待つ'77年富士F1を一緒に行った友人と一緒にTV観戦したのだった。
チャンピオン・マシンのミニカーを見ながらしみじみ思い出す20数年前のあの日々―。
考えてみれば現在20代前半の方って、生まれた時から“当り前”のようにF1日本GPが開催されている環境が凄い。
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由比の缶詰めは日本一ィィィィ ホワイトシップ印のまぐろオリーブ油漬
静岡の実家から「珍しいから」と送ってくれた由比缶詰所製造の「まぐろオリーブ油漬け」。
サラダにも合うし、オリーブオイル漬なのでそのまま茹でたパスタに和えても美味しい。
オリーブをイメージしたパッケージもカワイイ。これが紙巻きではなく缶に直接印刷してあったらインテリアに使いたいところだ。
最近になって「缶詰め日本一になったから、最近ではなかなか買えない」と聞いた。
どうやらTV『いきなり!黄金伝説』で「今食べて欲しい缶詰めベスト100」で1位になったかららしい。
1位を獲ったのは水色の缶詰めの「まぐろフレーク油漬け(綿実油)」の方だ。コチラの缶は直接缶にプリントされている。
そんなに人気があり入手が難しい商品だったのか…。
美味しいからガンガン食べちゃってたよ…。
あ、楽天で売ってた…。
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「一乗寺」と言ったら「松」でしょう ~宮本武蔵決闘の地
クラシックカー・ラリーを観に「京都へ行こう」と家で提案した時、「京都行くなら『けいぶん社』に行きたい」と嫁はん。
ならばと『けいぶん社』の場所を検索してみると「一乗寺」とあった。
「一乗寺!」そこはもしや剣豪・宮本武蔵が若かりし日に吉岡一門と対決した「一乗寺 下がり松」のある場所ではないか!!
高校生の頃に読んだ吉川 英治氏の小説を読んでから小説&史実の宮本武蔵を敬愛しているのだ。かつては武蔵にあやかってペンネームを「二天」としていた。が、同名のラーメン屋が現れたのでやめてしまったのだが…。
決闘場の碑
嫁はんには先に本屋さんに行ってもらって、電車の踏切を挟んで反対側に向かう。
吉岡一門と対決したという下がり松があった場所には、それを示す石碑と現在で三代目の下がり松が植えられていた。
三代目の松は意外に小さく、初代のように樹の上に潜んで時を待つなど不可能。すぐに見つかって下から槍攻撃を受けるのが関の山だ。
三代目の下がり松
今でこそ住宅地の中の一角だが、かつては野っ原や田んぼがあったことだろう。地形がそのままならかなり坂になっている。いや、やまの裾の方と言った方がいい。
数十人対一人の対決がここからはじまったのかと感慨にふける。
一乗寺・下がり松からすこし坂を上ると、武蔵にまつわる八大神社がある。
対決前に立ち寄り勝利を祈願しようとしたが、「我、神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と悟り祈りをやめたとされる。
背の高い木々の中に広がる境内。観光客も少なく(←おい!)静寂の中に厳かな空気が張り詰める。 「これぞ京都のお寺~ッ!」という感じだ。
境内に向かう途中には映画「宮本武蔵 一乗寺の決闘」等のスチール写真やポスターが掲示されていた。
いざ、行うと正確にできているか自信は無いが、手洗いから順を踏んでお参りをする。
本殿脇には宮本武蔵のブロンズ像が立っている。平成14年に建立されたらしい。多くの相手に対し「無意識に刀を両手に持って戦った」姿だ。
そして、ブロンズ像とともに対決を見守った初代・下がり松の古木が保管されている。
対決を見守った初代・下がり松
日頃、お土産グッズ等は買わないドルフィンだが、武蔵が描かれた「絵馬」は買ってしまった。
絵馬は奉納せず、記念に持って帰った。「神仏を尊んで神仏を恃まず」なのだから。
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6年ぶりに日本で走った現役F1ウイリアムズFW09/ホンダ ホンダF1復帰記念
ホンダ F1復帰記念①
ドルフィンは第Ⅰ期F1参戦時代を“伝説”でしか知らない世代。やはり第Ⅱ期参戦からが心をアツくさせてくれた時代なのだ。
背後は「初優勝」記念ステッカー。手前にある緑の物体はFW09鈴鹿テストで拾ったサイドポンツーンの破片
ホンダの第Ⅱ期F1参戦で初優勝を飾った記念マシン、ウイリアムズFW09/ホンダ。
ラルトやスピリットへのエンジン・サプライヤーとしてヨーロッパF2から復帰したホンダ。
「ついにF1に参戦」のニュースは一日本人として嬉しかった。これから後々“伝説”となる活躍を観て行ける楽しみでワクワクした。
参戦2年目にトップチームに君臨するウイリアムズと契約したことで「優勝」への期待も一層大きかった。
'84年の第9戦アメリカGPでケケ・ロズベルグ選手が待望の第Ⅱ期初優勝を飾る。先の'13年モナコGPで優勝したニコ・ロズベルグ選手のパパである。
ミニカーは1/43ミニチャンプスで、初優勝したアメリカGP仕様。


’92年“雨の”F1日本GPの時に展示されていたFW09
スピリットからウイリアムズにエンジン供給チームを変更した’83年の暮れか年明けだっただろうか、鈴鹿で公開マシンテストが行われた。
日本で6年ぶりの“現役”F1マシンの走行('83年最終戦にデビューし'84年シーズンを戦ったので、オフシーズンでも現役マシン)。
しかもドライバーもレギュラーの世界チャンピオンK・ロズベルグ選手とジャック・ラフィー選手が来るというのだから、いてもたってもいられず四日市の友人宅に泊めてもらって2日間見に行った。
’77年F1日本GP以後、遠ざかっていたF1。当時のファンはどれだけ飢えていたことだろう。

見学に行った両日ともテストを担当したのはJ・ラフィー選手。’77年F1日本GPも走り『赤いペガサス』劇中にも登場する。’79年は開幕2連勝でチャンピオン候補にもなったグレーテッド・ドライバーだ。
テストの合間の昼食は鈴鹿のドラサロでとっていた。
当時のドラサロは古~い施設。学食のような木の椅子で、石油ストーブが焚かれていたと記憶する。
そんなストーブの近くにマネージャー(?)とともに座っていたラフィー選手。恐る恐るサインをもらいに行くと、快くサインをし握手してくれた。
『私はあなたのファンです』と伝えたくて「あいあむ、ゆあ、ふぁん」―と言うと「Oh! you ara my Friend!」と聞き間違えてしまっていた。
憧れのF1ドライバーとのやりとりにもう興奮状態。FW09はそんな思い出があるマシンだ。

コックピットに納まるラフィー選手

ドラサロで買った色紙に頂いたサイン
そのJ・ラフィー氏が'99年の日本GPにTV解説者として来日。グランドスタンド裏(現在と全く異なる地形)の道で遭遇。目ン玉が飛び出るほどブッたまげた。「まさかここでラフィー氏に逢うとは!?」。
速攻でサイン帳を取り出してサインを頂いた。
―が、サインをもらいに行ったのはドルフィンだけ。周囲にいた多くの観客は「あ~あ、外国人だとドライバーと間違えてサインもらうヤツいるんだよなぁ」的な目で見ているだけ。「タイトル争いした名ドライバーなんだってばさ!! みんな、サインもらいに行けよ~!」と叫びたくなった。

リポーターとして日本GPに来たラフィー氏

’99年F1日本GPの際に頂いたサイン
第Ⅳ期参戦用エンジンはホンダ和光研究所で作られるという。―と、なればテスト走行は「ツインリンクもてぎ」になるのだろう。
ある程度完成形になってから日本GPが開催される鈴鹿でテストとなると予想する。
開発用F1シャシーはマクラーレンになるのだろうか? 楽しみなところだ。
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