鈴鹿F1初代ウイナー ベルガーのフェラーリF1-87 フェラーリF1コレクション47号
ホンダのお膝元・鈴鹿サーキットで初めてF1GP開催された1987年は、ホンダvsTAGポルシェのエンジン対決だった。
マクラーレン/ポルシェさえ抑え込めば、ホンダエンジンを搭載する3台のうち(あれ?あと1台は??)の誰かが優勝できるはずだった。
初開催にして“初・地元優勝”を期待する多くの観客と関係者。
木曜日の慣熟走行をヘアピンで撮影
ところが、優勝争いをしていた2台のウイリアムズ/ホンダの一人、N・マンセル選手が予選でクラッシュして入院。決勝を待たずしてワールドチャンピオンが決定したN・ピケット選手。シーズンを通してプレッシャーと戦ってきたのが突然解放されたのである、気がユルユルになるのも致し方ない。それが人間だ。
蓋を開けてみればシーズン中、いや、前のシーズンすら勝っていないフェラーリが優勝してしまったのだ。それがゲルハルト・ベルガー選手のフェラーリF1-87だった。まさにトンビに油揚げをかっさらわれた状態。
ロータス/ホンダのA・セナ選手がかろうじて2位に入った。
これも見方を変えれば翌年の地元初優勝にしてセナ選手の初ワールドチャンピオン獲得の感激につながるのかもしれない。
ミニカーの背景は'87年F1日本GPステッカー
10年ぶりに日本で開催されるF1の興奮と感動。日本人と日本企業が参戦する応援の励み。ようやくチケットを入手して観戦できた喜び―。鈴鹿での初開催なだけに様々な思いが去来する。
フェラーリF1コレクション47号のフェラーリF1-87は優勝マシンであるため、思い出の象徴のようなものだ。
木曜日から毎日、住んでいた名古屋市からバイクで通っての観戦。スプーンの奥以外はほぼコースを1周一般観戦エリアを回って撮影場所を探した。
130Rで“流しズーム”してみた
1/43ミニカーはムックの写真では2枚リアウイングだが、3枚羽になっている。サスペンションの作りも細かい。
ステアリング奥にあるメーターもデジタル表示になっている。
ノーズ先端にもスポンサーロゴが入っているが、これはどこ仕様なのだろうか? 冊子に掲載されているいろいろなグランプリの写真には先端のロゴは無いのだが…??
おや? マシン自体の形は第10号のF1-88Cと同じではないのか!? 色の塗り分け以外に88Cと違いが見つからない。ノーズが若干細い太いがあるかもしれないが、目の錯覚かもしれない。
使い回してコストダウンを図っているのか?
追記―どうやら88年はニューマシンを用意せず、F1-87の改良版として88Cを出したらしく、ほぼ同じマシンだったらしいことが判明。
コレクションきっかけの1台 スカイラインRSターボ・シルエット後期型徹仮面
ロータス79とともにドルフィンの大好きなレーシングカーがスカイラインRSターボ・スーパーシルエット前期型だ。
トミカの「トミカシェブロン」を見つけて買ったのは主に懐かしさからだった。
そんな折、トミカリミテッドでスカイラインRSシルエット前期型が出ていた事を知った。「これはもう入手するしかない!」と探したものの、その存在が嘘だったかのように見つからない。ネット通販にも全く無い。
あきらめかけていた時、トミカコレクターブックとして雑誌「J'sTipo」とのコラボで後期型が書店取り寄せできると知って速攻注文したのだった。2011名古屋ノスタルジックカーショーで
「鉄仮面」と呼ばれる後期型―とは言っても“金型”は前期を流用。前期型の3本グリルを赤に染めて「鉄仮面」らしさを出したものだった。
それでも恐ろしいまでに細かいスポンサーロゴまで再現したミニカーだった。ホイールやタイヤのダンロップロゴまで再現している。「こんなミニカーがあるのか!?」と。
1/43ミニカーの高価さに比べたら価格もそんなに高くはない。なにより小さくて場所をとらない。
「こんなミニカーだったら欲しいな」と思ったのだった。コレがミニカーコレクションのキッカケになった。
今では1/43ミニカーも手を伸ばし「1車種1台の掟」も破綻状態。お小遣いも結構投入してしまっている(苦笑)。
ミニカー写真の左奥はコンビニ売りされたトミカ「長谷見昌弘コレクション」にラインナップされた前期型。
RSシルエットでも好きなのは3本グリルの前期型。どうしても前期型が欲しかったが見つからない。そんな時期に発売されたものだ。
かつては通常トミカとして発売されていたものに“多少”のロゴを加えた状態になっている。ホイールは通常版と同じだ。
それでも前期型がコレクションに加わって嬉しかったものだ。つい2台、3台と買ってしまいそうになる自分がいた。
蛍が見られる環境っていいなぁ
2年ぶりに蛍を見に行って来た。
大阪にも町を上げて蛍の育成・保護にあたっている場所がある。
工業地域育ちのドルフィンにとって蛍は大人になっても珍しい存在だ。
時期的にチョット遅いかな? と思ったが、行ってみると前来た時よりも多いように感じられた。これも育成・保護している方達の努力の賜である。
蛍写真は沢山いても飛んでくれないと単なる「点」にしかならないので難しい。さらには暗闇でピントを合わせるのも難しい。
せっかく蛍観賞に来たのだから、静かに情緒を味わいたいものだが、子供たちが騒いだりスマホの明りがあちこちあったり、バイクで走りまわったり、タバコ吸っている輩がいたり(吸殻どうするんだ?)、さらには犬連れてくる連中もいる。犬に蛍は分からないだろう。
撮った写真の中に蛍とは違う白い光の筋が写っていたものがあるが、あれは…??
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エフトイズ・カルソニック伝説GTーRにオリジナル台座装着
エフトイズから発売されている「カルソニック×インパル レジェンドコレクション」の1/64ミニカーには台座が付いていない。
ミニカーラックに飾っていても他の台座付きミニカーより“一段低く”なってしまうし、トミカのように動いてしまう。
そこで京商1/64ミニカーで“ダブった”ミニカーを外してその台座を流用することにした。
装着するミニカーはスーパーGT2010年&2011年のカルソニック・インパルGT-R。
カルソニックだからと言って台紙をブルーにしてしまうとミニカーが引き立たなくなってしまう。そこでインパルのブラック地にしてみた。
京商台座の“ポッチ”をニッパーでカットして光沢シールにプリントした台紙を貼り付ける。
角を合わせて貼り付けるのが難しい。
台座の「IMPUL」文字がミニカーで隠れてしまうので、ミニカーをなるべる後方にセット。
ネジ穴からキリで印をつけてミニカー底部にドリル攻撃。
2011年富士仕様

ミニカーラック・星野コーナーに“立てかけて”飾ろうと思っていたのだが、ミニカーを台座後部にセットし過ぎてウイングがひっかかって立てかけスペースに入らない。普通に置いて飾る事になった。
素敵なアースドリームカラー! ホンダRA108 ホンダF1復帰記念
ホンダの第三期F1参戦、そして現時点では最後のF1マシンとなったホンダRA108。
アースカラーを踏襲しているが、前年の「宇宙と地球」のカラーリングから「earth dreams」としてデザイン化されたカラーになった。
最初見た時は白部分が多く間の抜けた印象を受けたが、慣れてくると“軽さ”がイイ感じで、前年の「宇宙と地球」が逆に“重く”感じられるようになった。バトン選手とバリチェロ選手のレーシングスーツはクラシックなデザインで最後までイマイチだったが…。
イイ感じに思えたので、シーズン終了後に「アースドリーム」のステッカーを買おうとしたが、一切売られていない。ステッカーばかりか「アースドリーム」グッズが全く見当たらない。普通ならシーズンが終了して型落ちとなり売れ残りを叩き売りしているはずなのに…。
友人の話によると、ホンダが根回し無くいきなりF1から撤退したためFIAの逆鱗に触れて「アースドリームを使用するな!」と命じられたのだと。
真偽は定かではないが、ホンダRA107&108は封印状態で外に出てくることがほとんどない状態。かろうじてBAR時代のマシンをアースカラーに色直ししたマシンが飾られているくらいだ。

アースカラーにしたRA106(?) 大阪オートメッセで
2009年2月に催された大阪オートメッセのNGKにアースカラー車が展示されていた。シーズン終了後なので108が展示されていても良かったが「ホンダブースでもないのに、大阪まで最新マシンを持って来られない」のか、型落ちマシンンのアースカラー車のようだった。東京オートサロンなら実車が展示されていたのに…。
バージボードが無い状態ながらサイドポンツーン後部や開口部の形状から、ッキー○トライク・カラーだったRA106ではないかと推測される。
この頃には「アースドリーム」のデザインがカッコイイと感じられるようになっていたので“新型に近いマシン”でのアースカラーが見られて良かったと思っている。

ミニチャンプス1/43ミニカーはジェンソン・バトン車を購入。
“やっちまった感”のある奇妙奇天烈なエアロパーツ類が再現されていて、デカール貼りとともに「作るのが大変だっただろうな」と感じるミニカーだ。
RA107とともに成績はどうあれ美しいカラーリングのマシンである。
今でもアースカラー車として展示されているマシン
現在「展示車」としてアースカラーを纏っているマシンがある。
'08年の鈴鹿1000キロレースの時に初めて展示されているのを見て以来、鈴鹿サーキットで展示されているのはこの車両。
レースをよく見ていなかった時期のマシンらしくベース車は定かではないが、サイドポンーン開口部がストレートに落ちているところから、BARと最初に組んだ2000年のBAR002ではないかと推測される。
ミニカーラックへの道47 星野車が増えたので8㍉ビデオラック転用棚増設
ミニカーラックへの道47
KE009とNOVA532の1/43ミニカーが加わった事でミニカーラックの星野コーナーがいっぱいになってしまった。
苦渋の選択で台座の無いトミカ「星野ヒストリー」を8㍉ビデオ転用ラックに移すことにした。
現在の星野コーナー
台座が無いエフトイズのカルソニックR35GT-Rは京商1/64ミニカーでダブった台座に取り付け予定。
8㍉ビデオ転用ラックに増設する中板は、両端に板を“噛ませて”その上に乗せている。
ミニカーの重みのせいか、ラックが湾曲してガラス板が取り外せなくなってしまっている。そのため通常ラックに使用している“小棚”のように足を固定してしまうと、今後間隔を狭くして中板を増やそうとした場合、取り出し難くなるからだ。
下の段に明かりが届くように透明材を使用。先の部分には車輪止めを付ける。木工用ボンドで中板に固定。
現在の8㍉転用ラック
1段目
一段目はレーサーバイク。
2段目
トミカの星野コーナーと長谷見コーナーを上下に配置。
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地球は一つ、おぉ ホンダRA107 最も美しいカラーリング ホンダF1復帰記念
シャシー製造元であるコンストラクターとしての参戦2年目となった2007年。ホンダRA107の車体からスポンサーロゴを極力排し「地球環境をテーマ」にした“アースカラー”という大胆な手法を取った。
アースカラーの使用権や賛同者からの協賛金がスポンサーフィーになる―という説明だったと思う。
しかし、参戦資金の大半はホンダの持ち出しだったようで、企業としての財政を圧迫していたらしい。
それでも好成績ならば納得できただろうが、選手権ポイントを全く獲れない悲惨さだった。
走らないダメマシンでも宇宙に浮かんだ緑の地球が描かれたカラーリングの美しさは史上最高。
それまでF1史上カラーリングが美しいマシンはベネトンだと確信していたが、RA107の前にあっては単調な柄である。
ボディの凹凸や重症増加を嫌うF1マシンにおいて、車体を覆うカッティングシート技術の発達もあるだろう。
F1をしっかり観ていなかった頃なので、時期は定かではないがシーズン後半くらいになって車体に白字で賛同者名が入るようになってからはアースカラーのインパクトが薄れてしまったように見える。

富士で開催のF1日本GPなど観に行っていないので、'07年大阪モーターショーで展示されると聞いて朝一番に入場。周囲に人が来ないうちに写真を撮りまくったものだ(この年まではメーカーがレース車を持ち込んでくれていた。2年後の開催時は多くのメーカーが撤退。ディーラー単位での展示とショボくなった)。
間近で見れば見るほど綺麗な色調で地球が描かれている。
シーズン終了後には各種イベントに登場したRA107だが、近年はRA108とともに“封印”状態。成績のせいか? '08年の土壇場撤退によるFIAからの圧力のせいか?
もてぎのコレクションホールにはあるのだろうが、展示だけでも良いので鈴鹿に持ってきて頂きたい。

確か日本列島が正面に来るのは日本GP仕様だったはず?
ファミマ限定でドリンク付きミニカーで'07年F1マシンの1/64ミニカーを持っていたが、このマシンの美しさを表現しているとは言い難いものだった。
見たことも無いマシン(当時)だったがミニチャンプスから1/43ミニカーが発売になるのを心待ちにしていた。
エースのJ・バトン車は速攻売り切れ。ルーベンス・バリチェロ車を購入した。
ほぼ車体全体に貼られたデカール。湾曲したボディにデカールを綺麗に貼る作業を考えると、とても不器用な自分では出来ない仕事だ。
地球を纏ったマシンを見ると、排ガスバンバン、寿命の短いタイヤをボンボコ使用、トレーラーハウスのエンジンかけっぱなしで空調快適…消費するだけのモータースポーツも環境に優しくありたいものだと考えさせられる。
オヤヂ世代のためのFISCOレースカレンダー・コレクション+α
FISCO(富士スピードウェイ)で配られるレースカレンダー。
レースカテゴリーや主催団体まで記載されている。
二つ折りから三つ折りになるまでのカレンダー'78~'88年を紹介。FISCOに行けなかった年もあるのでご了承を。
1978年前期
レースカテゴリーや主催団体まで記載されている。
上は通常日入場券 下はJAF富士GP入場券 レース後、右のパスをもらってパドックに入った。
1978年通年
F2開催はJAF富士グランプリだけだった。
7月の富士1000キロレースでの片山/従野組ロータリーデサントマーチ75S。
片山義美選手の'79年用GCマシン。シーズン前のシェイクダウンテストで。
「レーサーが選ぶ」とあるが、三菱系のFISCOは三菱石油しか置いていなかった。
1982年
全日本F2選手権と世界耐久選手権WECinJAPANがカレンダー入り。
観戦に行けなかったドルフィンのために友人が撮影してくれたランチア。
5年ぶりの世界選手権とあってコース脇は鈴なりの観客。
1983年
'84WECinJAPAN開催告知ステッカー。右のイラストは入場券のデザインにもなっていた。
1985年
国際ツーリングカーレースINTER TECがカレンダー入り。
歴代ピットFM78ステッカー・コレクション。
1986年
世はバブル期。WGP開催前年にWGP500クラスと250クラスの主要メンバーを集めて開催されたフジスーパースプリント。
F1開催までは大観衆を集めていたWECinJAPAN。'86年告知ステッカー。マシン1台ずつ切り分けられる。
1988年
おまけ
コレな~んだ?
長屋をリノベーションした富田林のペルー料理店「LAZO'S(ラソス)」
富田林の寺内町近くにペルー料理店があると聞いた。「ペルー料理って?」といま一つピンと来なかったが、近くに行った際に寄ってみた。
場所は富田林郵便局のすぐ裏。
昭和の長屋をリノベーションした店だ。隣には天然酵母パンの店もあったが、オープンしているのが週に3日であるため、タイミングを逃した。
いずれは長屋全ての部屋に店を入れたエリアになるとか。それも楽しみ。
お店の名は「LAZO'S(ラソス)」。可愛らしい看板が立つ。
ご主人がペルー出身で、奥さんが料理を作ったところ「本国のものより美味しい」とのことで日本風にアレンジして料理店を始めたそうだ。
オープンして2年経つそうだが、今まで知らなかった…。
店内は元畳部屋にコルクマットを敷き詰めてイートインできるようにしている。
靴を脱いで上がると丸テーブルがふたつ。
料理ができるまでインカコーラを飲んでいた。
「インカコーラ」と聞いて“液体の色”が何色か? と嫁はんと予想。黒ではないだろうと。
ピンクか? グリーンか?
開封しグラスに注ぐとオロC系のイエローだった。
嫁はんがニンニク系がダメなのでテイクアウトする事にした。
ペルー風チキンカツ「ミラネサ」(650円)を注文。
ランチBOXに入ると量が少ないように見えるが、実際はかなりのボリューム。

香辛料が効いているが辛味はわずかなチキンカツ。トマト、タマネギから成る辛いサルサソースをつけて頂く。スパイスとトリの味のマッチングが楽しめる。
ライスはニンニクと一緒に炊いている。ブラジル料理もこんな感じだったが、ニンニクは軽めにしている。
サルサソースのチキン・タコスとか好きだったので、嫌いな要素が見つからない! ニンニクご飯との相性もバッチリ。ドルフィンの味覚との相性もバッチリ。
是非ともまた行きたくなる。特に家では辛さやニンニクの効いた料理が滅多に出ないので…。
日本人の夢・オールジャパンF1チーム スーパーアグリSA06 ホンダF1復帰記念
漫画やアニメでは当たり前のように存在するが、現実には実現しえなかった日本人レースファンの夢・オールジャパンF1チーム。
自動車生産大国でありながらモータースポーツにおいては弱小ニッポン。
その歴史の中でシャシー、エンジン、タイヤ、ドライバーが日本国籍の快挙を成しえたのがスーパーアグリF1チームだ。
ワークス・チーム全盛期にあってプライベート・チームでは参戦資金に乏しく参戦期間は短かったが、その困難に立ち向かった偉業は素晴らしい。F1が“夢を売る興行”ものならば、スーパーアグリは日本人ファンに夢を見させてくれた。
V8エンジンを供給していたホンダ、タイヤもBSが参戦していた時期だけに今後訪れる事は無い“好機”であった。
'06年日本GPでの佐藤琢磨選手/SA06
大阪に引っ越していた事、鈴鹿サーキットでのF1開催が最後になる事(当時)、M・シューマッハが引退する事等があり、6年ぶりに土曜日だけ観に行ったF1日本GP。そこで見たスーパーアグリSA06 佐藤琢磨車のミニチャンプス1/43ミニカーを入手。
'06年は望遠レンズの一眼レフを持って行くほどの意欲は無く、デジタルビデオだけ持って録画。写真はコマから抜き取っていたので粗い。
やっぱり、写真撮りながら観戦した方が面白い。
スーパーアグリはメインスポンサーが無く、小口スポンサーのロゴがボディのあちらこちらに貼られているので、ミニカーのデカール貼りも容易ではなかったはず。
佐藤選手のフィギヤはシートベルトが蛇行していたり中央の止め具に接続されていなかったりと“手抜き”塗装の感が強いが、ヘルメットは細かく再現されている。
成績はともあれ日本人の夢を具現化したスーパーアグリF1のミニカーは偉業を称えて持っていたいものだ。











































