6年ぶりに日本で走った現役F1ウイリアムズFW09/ホンダ ホンダF1復帰記念
ホンダ F1復帰記念①
ドルフィンは第Ⅰ期F1参戦時代を“伝説”でしか知らない世代。やはり第Ⅱ期参戦からが心をアツくさせてくれた時代なのだ。
背後は「初優勝」記念ステッカー。手前にある緑の物体はFW09鈴鹿テストで拾ったサイドポンツーンの破片
ホンダの第Ⅱ期F1参戦で初優勝を飾った記念マシン、ウイリアムズFW09/ホンダ。
ラルトやスピリットへのエンジン・サプライヤーとしてヨーロッパF2から復帰したホンダ。
「ついにF1に参戦」のニュースは一日本人として嬉しかった。これから後々“伝説”となる活躍を観て行ける楽しみでワクワクした。
参戦2年目にトップチームに君臨するウイリアムズと契約したことで「優勝」への期待も一層大きかった。
'84年の第9戦アメリカGPでケケ・ロズベルグ選手が待望の第Ⅱ期初優勝を飾る。先の'13年モナコGPで優勝したニコ・ロズベルグ選手のパパである。
ミニカーは1/43ミニチャンプスで、初優勝したアメリカGP仕様。


’92年“雨の”F1日本GPの時に展示されていたFW09
スピリットからウイリアムズにエンジン供給チームを変更した’83年の暮れか年明けだっただろうか、鈴鹿で公開マシンテストが行われた。
日本で6年ぶりの“現役”F1マシンの走行('83年最終戦にデビューし'84年シーズンを戦ったので、オフシーズンでも現役マシン)。
しかもドライバーもレギュラーの世界チャンピオンK・ロズベルグ選手とジャック・ラフィー選手が来るというのだから、いてもたってもいられず四日市の友人宅に泊めてもらって2日間見に行った。
’77年F1日本GP以後、遠ざかっていたF1。当時のファンはどれだけ飢えていたことだろう。

見学に行った両日ともテストを担当したのはJ・ラフィー選手。’77年F1日本GPも走り『赤いペガサス』劇中にも登場する。’79年は開幕2連勝でチャンピオン候補にもなったグレーテッド・ドライバーだ。
テストの合間の昼食は鈴鹿のドラサロでとっていた。
当時のドラサロは古~い施設。学食のような木の椅子で、石油ストーブが焚かれていたと記憶する。
そんなストーブの近くにマネージャー(?)とともに座っていたラフィー選手。恐る恐るサインをもらいに行くと、快くサインをし握手してくれた。
『私はあなたのファンです』と伝えたくて「あいあむ、ゆあ、ふぁん」―と言うと「Oh! you ara my Friend!」と聞き間違えてしまっていた。
憧れのF1ドライバーとのやりとりにもう興奮状態。FW09はそんな思い出があるマシンだ。

コックピットに納まるラフィー選手

ドラサロで買った色紙に頂いたサイン
そのJ・ラフィー氏が'99年の日本GPにTV解説者として来日。グランドスタンド裏(現在と全く異なる地形)の道で遭遇。目ン玉が飛び出るほどブッたまげた。「まさかここでラフィー氏に逢うとは!?」。
速攻でサイン帳を取り出してサインを頂いた。
―が、サインをもらいに行ったのはドルフィンだけ。周囲にいた多くの観客は「あ~あ、外国人だとドライバーと間違えてサインもらうヤツいるんだよなぁ」的な目で見ているだけ。「タイトル争いした名ドライバーなんだってばさ!! みんな、サインもらいに行けよ~!」と叫びたくなった。

リポーターとして日本GPに来たラフィー氏

’99年F1日本GPの際に頂いたサイン
第Ⅳ期参戦用エンジンはホンダ和光研究所で作られるという。―と、なればテスト走行は「ツインリンクもてぎ」になるのだろう。
ある程度完成形になってから日本GPが開催される鈴鹿でテストとなると予想する。
開発用F1シャシーはマクラーレンになるのだろうか? 楽しみなところだ。
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