TAKA27才!天国から地獄へ〜後編〜
前編はこちらリサイクル貿易計画として先ず考えたのが需要と供給。コンスタントに仕入れが出来て、必要とされる場所からオーダーを貰えれば事業としてスムーズにいく。そして当時、市のリサイクルセンターが頭を抱えていた放置自転車に目をつけた。駅に設置された自転車置き場は溢れ、様々な場所に停めた自転車は撤去され一つの場所に保管される。皆さんも目に留めたことがあるだろう。駅に面した広い敷地に列を作り、並べられた回収自転車を。その数は、月間に計算してざっと100台を下らないと言われていた。所有者不明の放置車両だ。実際に、持ち主が取りに来る確率は1割にも及ばないと言われる。パンクしたまま放置した物から、盗難車が乗り捨てられていたり理由は様々だ。中には新品に近い状態で、かなり高額と思われる代物まで乗り捨ててあった。実に勿体ない。そして贅沢な国だ。どうにかならないだろうか?しかし自転車など、登録商標のある物は転売などに手間がかかり大変なのだ。まして盗難車であったりすれば、持ち主を探し出す必要があり、国内で転売するには非常に効率が悪い。そこで考え、試行錯誤の末辿り着いた方法とは、、、、海外輸出だったのだ。当時、静岡のとある港に北朝鮮からの船マンボンギョン号が月に一度のペースで、資源を積み帰国する為に入港していた。滞在期間は3日~5日間それだ!筋書きはこうである。産業廃棄物処理を営む友人と手を組み、市や区のリサイクルセンターに入札すること。地域エリアの数駅を担当して、放置自転車の引き取り処分業務を請け負う。基本国内で販売されている自転車は、必ず防犯登録を済ませている。駅に長期保管された物が、いかに綺麗な個体であっても全て処分の対象となるのだ。その為に、解体処分代金として当時は一台あたり500円の補助金がリサイクルセンターから支払われていた。ここで収益を簡単計算してみよう。単純に1ヶ月1駅で約100台100×500=50,000円それを3駅担当することになっていた。300台150,000円さらに我々は、様々なコネクションを使いようやくの思いで船との接触を試みた。【詳しいことを紙面上語れないのが残念だが】そして、マンボンギョン号の船長に直談判して取引して貰えることに相成った。条件を簡単に説明すると パンクや錆などは問題無いが、パーツが欠品しておらず全て揃っていること。 プラスチックなどの軽量自転車で1台1500円 ステンレス製の自転車を1台2000円契約は締結したのだ。では、100台の中からパーツ取りなどして何台の自転車が仕上がるのか?それは驚くことに50台は下らない。そうなると単純計算で3駅で300台その内150台が計算対象となる。リサイクルセンター150,000円販売車両300,000円自転車リサイクル販売業だけで月収450,000円もちろん注文は月によって異なる。多い月で、最高2000台オーダーがあった。要するに、日頃から一台一台を組み上げて準備する必要があるのだ。壊れてしまって、いらなくなったパーツをどうするか?余程歪んでしまったり腐ってしまっている部品フレーム、ゴムを外した車輪はスクラップ工場にてグラム計算で買い取ってもらえた。使える部品をストックして置けば、1台を組み上げる際に必ず必要となる。そう考えると、自転車は実に無駄がない!しかし、我々の貿易計画はそれだけでは無かった。同時に目につけたのは電化製品。当時はまだリサイクル法が適用される前で、不動になった製品の殆どが廃棄物としてリサイクルセンターに運ばれてくる。東南アジアで必要とする物がそこにはある。気温の高い国ではエアコンや扇風機というように、国によって異なる。その頃、液晶テレビの画面が薄型に変わりつつあり、旧型が多く持ち込まれた。壊れているのでは?もちろんである!メーカーに修理依頼を出せば、部品の交換や洗浄で数万円かかるその殆どが人件費なのだ。電源の入らない電化製品は、買い替えた方がいいという考えは日本メーカーの考え方である。輸出先の彼らは、先ずそれらをバラして構わず水圧で洗いエアーを噴いて乾かす!それで大半の物が電源が入ると言うから驚きだ。ホコリやゴミが配線接触部分には大敵で、故障が生じるのだ。次は仕入れ作業だ。俺たちは交代で、リサイクルセンターに顔を出して廃棄で持ち込まれた電化製品を選別して持ち帰った。出勤した時間が時間給になり、仕入れが無料とは実に効率的な方法。【自転車・電化製品・農機】自社トラック2トン低床ロングに積み上げては200坪程の置き場にストックしていった。その頃はまだ、周りにバラックを積んだだけの囲がある広場である。(※ イメージです)取り扱い商品は 自転車(一台1500〜2000円) 電化製品全般(2000〜5000円) 農機【発電機】(10000〜30000円)これらの納品先は、全て北朝鮮であった。独占販売と言っても過言ではない。早速俺たちは、200坪の置場に中古のプレハブを建てて電気を引いた。事務所として電話やFAXによる注文を取る為だ。船が到着する日程と滞在日数を調べて、事前に40フィートのコンテナを用意していた。その中に自転車を1000台入れる。単純計算200万円滞在1日であれば、電化製品はトラックに積めるだけ積んで高速を飛ばした。多い時で1日に3往復静岡まで約2時間半かかるから、寝る暇など無い!不眠不休で高速を走らせる。寝不足から居眠り運転が怖い瞼にメンタムを塗ったくって涙を流しながら車を走らせた!(※良い子はマネしちゃだめだよ)その逆もあり、電化製品をコンテナに入れる場合はトラックに自転車を積む。綺麗に積めば100台はいけるのだ。一度行けば単純に20万円3往復すれば60万円それは、身体にムチを打ってでも行くだろう。全て支払いは船上内で行なっていた。北朝鮮とは国境がないだけに、税関を通して船の中が取り引き場となるのだ。売り物であれば当然税金が発生するのだが、全て機能しない国内では単なるゴミ。名目は、部品取の資源として供給しているとそして、我々から品物を購入した船員達は、帰りの航海で立ち寄った国で転売しながら小遣いを稼ぐと言う流れであった。しかし、そういいことは長くは続かない。北朝鮮より専売を受けてから、早2年が過ぎようとしていた時のことである。俺たちは置き場をオートメーション化させ、工場として稼働させていた。費用はザッと2000万円。事業は順調に進み、年商にして約2億まさに北朝鮮様々である。相変わらず船内取引が続いていた。その頃には顔見知りの船員もチラホラそしてついには、北朝鮮最高指導者である金◯◯から勲章を与えたいと言った話まで浮上してきたのだ。船内で、我々はいつもお持てなしを受けていた。北京ダックの御馳走、航海の途中に仕入れた海鮮の数々。信頼関係が深まっていった。そんな矢先に事件は起きた!取引は、全てドル💲で頂いていたので必要な経費を日本円に変えていた。会社の金庫にもかなりの額を蓄え、自宅のタンス預金も溢れているくらいである。都内一等地に戸建ての計画を考えていた。8000万円くらいであろうか久しぶりに取れた連休を利用して銀行へと向かった。束ねたドル札を久しぶりに日本円に替えようかと、、、、。しかし突如、思いもしない不幸に見舞われることとなるのだ。なんと持ってきたドル札の中に巧妙に造られた偽札が紛れていた厳しい取り調べ、そして営業停止命令!売上金の没収身包み剥がされた30日間勾留の後、不起訴となったのだが、、、、そしてさらに、、東南アジアから出稼ぎに来ていた連中の仕事を根こそぎ奪った代償は大きかった。知らぬ間に怨みを買っていたのだ警視庁に勾留されていた間に、2000万円かけて建築した工場を放火されてしまった。もちろん犯人など特定出来る訳がない。もう、すでに帰国してしまっているだろう、、、、焼野原となった工場を見て、呆然と立ち竦む。金庫も、貯蓄も、何もかも無くした上に2000万円の借金だけが残り重くのしかかった。仕事を無くして身も心も彷徨うどうすればいいのか何をすればいいのかこのまま落ちて行くのも己次第這い上がって行くのも自分人生は、いいことばかりではない。浮き沈みの繰り返し薔薇色の人生いいこと尽くめそれもいつしか当たり前となるその尊さは麻痺して行く俺はつくづく思う心も運気も落ちてる自分を自暴自棄にならずに楽しめたなら大きな人生の海原で、荒波を凌ぐ力を養えたなら紆余曲折あってこそのサクセス!そうまだ俺は人生の途上なのださあ、次はどんな夢を見させてくれる?どんな出来事が始まるのだろうか?楽しみだ、、、、、。おわり============次回予告!とあるメーカーの会議室に呼ばれた俺。次の現場は、『夏もの企画!?』夏と言えば、自然に囲まれたキャンプ!照りつける太陽のまぶしいプライベートビーチ!まさかまさかの東京湾クルージング!?エロカワキュートな女優さんとの青姦企画か!?なんて、期待に胸と股間を膨らませていたのもつかの間!TAKAに出された企画は?『検証も兼ねた○○企画です!』(ゲス顔)どゆことーTAKAに降りかかる新たな災難とは!!次回5/29金曜日19時を乞うご期待!!