旅行、美術館、書評 -22ページ目

レンブラントとその時代の金融システム8 ブルージュのマドンナ

シャルルからカール5世8 「アンギアリの戦い」 

Battle of Anghiari (1440)

はフィレンツェのミラノのとの戦いで、
フィレンツェはピサやシエナなども支配下におさめている
> http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/firenze.html

このような都市間の争いをしているうちに、フランスや
神聖ローマ帝国軍にイタリアンは蹂躙されていっています。

この辺りを...と思っていたのですが、アヴィニョン捕囚 くらいまで遡らなくてはいけなそうなことが
わかってきたので、先送りにして、気になっていたミケランジェロのブルージュにある聖母子像を
バチカンにあるピエタの像と並べてみました。

このブルージュのマドンナ 、やはりいいですね。

なぜフランドルのブルージュに、イタリア国外にミケランジェロの
作品があるのか、裏話がありました。詳細は下記を参照。

   ミケランジェロは1499年、ローマのサン・ピエトロ寺院のために『ピエタ』(悲しみ)を制作した。  
   ローマで不動の地位を得たミケランジェロは1501年、ローマを去ってフィレンツェにやって来る。
   ピッコロミーニ枢機卿の依頼により、シエナにある同家の祭壇を飾るための15体の彫像を制作中だった。
   http://www5f.biglobe.ne.jp/~nvangogh/gallery10.html

シエナ、美しい街でした。



michelangelo michelangelo
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以下、作成途上のメモ。

http://www.ekakinoki.com/m_history/renai_intr.html
http://www.aboutflorence.com/firenze-gaido/firenze-rekishi.html


マキャヴェッリNiccolò Machiavelli, 1469年 5月3日 - 1527年 6月21日
1498年 共和国政府の第二書記局長になる
1512年 市民兵はスペイン軍を相手に敗退。メディチ家 のフィレンツェ復帰に伴い、マキャヴェッリは職を失う。


ジョヴァンニ・ディ・ビッチ (Giovanni di Bicci, 1360年 - 1429年 2月20日
コジモ・デ・メディチCosimo de' Medici, 1389年 4月10日 - 1464年 8月1日
ピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチ (Piero di Cosimo de' Medici 1416年 -1469年 12月2日
ロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de' Medici, 1449年 1月1日 - 1492年 4月8日 )
ピエロ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ Piero di Lorenzo de' Medici 1472年 2月15日 - 1503年 12月28日
クレメンス7世
(Clemens VII 1479年 5月24日 -1534年 9月25日 )はローマ教皇 (在位1523年 - 1534年 )。

  メディチ家 の出身で、本名はジュリオ・デ・メディチ(Giulio de' Medici)。

  (パッツィ家の陰謀 で殺害されたジュリアーノ の遺児)。

アレッサンドロ・デ・メディチ (Alessandro de' Medici, 1510年 7月22日 - 1537年 1月6日

  通称イル・モーロ (il Moro) 暗殺される

コジモ1世 (Cosimo I de' Medici, 1519年 6月11日 - 1574年 4月21日
  初代トスカーナ大公  メディチ傍系

シャルル8世Charles VIII1470年 6月30日 - 1498年 4月7日
チェーザレ・ボルジア (Cesare Borgia, 1475年 9月13日 - 1507年 3月12日 )

フラ・アンジェリコFra Angelico, 1387年 - 1455年
受胎告知


サンドロ・ボッティチェッリSandro Botticelli, 1444 /1445年 - 1510年 5月17日
レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452年 4月15日 - 1519年 5月 2日 )

4月分まとめ

2007年12月 /2008年1月 /2月 /3月 /4月 /5月 /

4月

01

杉花粉は循環型文...
読書

02

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

03

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

04

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

06

情報系の学科で定員割れ
ブログ

07

モーゼが視たヘル...
地域通貨

07

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

09

潜脳調査室 ウ...
ブログ

10

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

12

図書館戦争
ブログ

14

金融工学とヘッジ
ブログ

16

島根県CMSはR...
ブログ

17

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

18

ゆきやなぎ
ブログ

18

図書館戦争と中世...
ブログ

23

レンブラントとそ...
レンブラントとその時代

24

「西洋価値感」 ...
ブログ

27

縄文とGilga...
ブログ

30

アンギアリの戦い
ブログ

30

遺伝子の記憶
地域通貨

アンギアリの戦い


アンギアリの戦い
ダビンチが途中で描くのをやめるに十分な大きさだった
ようです。
アンギアリの戦い
シャルルからカール5世8













ボルジア家










































縄文とGilgamesh ギルガメシュ


「日本」という国―歴史と人間の再発見  この本の表紙の土偶がいい。
文化遺産オンラインにも 縄文 長野県の土偶  としてありましたが、この本の表紙の写真は
さすがにいいですね。
文化遺産オンライン から 「想」  にリンクがあったのは気がつきませんでした。 
http://imagine.bookmap.info/imagine  ここは Amazon のレコメンデーション機能より良いかも。


Amazon で合わせて買わせたい と推奨される、この本の表紙のものもいい。
Amazon の個人にカスタマイズされたページは改めてみると恐ろしいくらいだ。


メトロポリタン美術館はさすがによいコレクションをもっている。

Japan, 1000 b.c.–1 a.d

Bust of a female figurine
Small figurine


ギルガメシュ王ものがたり (大型絵本)/ルドミラ ゼーマン
この本と
ギルガメシュ王さいごの旅 (大型絵本)/ルドミラ・ゼーマン
この本
の間の話が少し飛んでいると、おもったら、「ISHTARの復讐」の部分の
日本語訳がないようです。
絵本とはいえ、こういうことをするのもどうかと思いますが。 正しい理解の妨げになります。

それで、Amazon で探していた本はこれ。
哲学者 梅原猛氏が齢60歳を越えて文学を志し、書いた最初の文学作品。
読みはじめたばかりですが、出だしはなかなかで、楽しみです。


ギルガメシュ梅原猛
試しに、Amazon のカスタムイメージを追加 してみました。 


「西洋価値感」 と鳥インフルエンザ

The omen series Summa izbu 今朝、JMM(Japan Mail Media)

「『捕鯨の屠殺と家畜の捕鯨はおんなじだ』と西洋人に言っても
通用しないんだよね。世界はつくづくキリスト教の倫理で進んでるんだなと感じた」 *1

などという記事を読んで、夜、大英博物館
Room 55: Mesopotamia あたりを覗いていて
粘土板に楔形文字で書かれた Cuneiform tablet with omens
なるものの説明を読んでいて、ちょっと、気分が・・・







This tablet is the third of a series of twenty-four called shumma izbu concerning malformed newborn humans and animals, and their ominous significance. Everything in Mesopotamia was believed to be the result of divine action, and signs (omens) were used to interpret the will of the gods. Ancient letters reveal that deformities in human and animal births were taken very seriously at this time.

 以下http://www.excite.co.jp/world/english/  による機械翻訳結果です。

このタブレットは奇形の新生な人間と動物に関するshumma izbuと呼ばれる一連の24、およびそれらの不吉な意味の3番目です。 メソポタミアのすべてが神の動きの結果であると信じられていました、そして、サイン(前兆)は、神の意志を解釈するのに使用されました。 古来の手紙は、人間の奇形と動物出生がこのとき非常に真剣に受け止められたのを明らかにします。



アブラハムの宗教
「 Summa izbu  」はWikipediaに英語のみの
説明が登録されていますが、Net を検索しても
これ程、日本語のページがヒットしないのも珍しい? 
検索の仕方が悪いのかもしれませんが。

原罪 の意識というのか、アブラハムの宗教  といいうか・・・



ケンタウロス   人間と動物の関係についての意識の差に、根が深いものが
  特に欧米とアジアの間にはあることをいまさらながら強く
  感じました。
 
  
  香港を含む中国南部からベトナムなどにかけての農村
  鳥、豚、人とが濃密に接触している地域で
  新型のインフルエンザが発生する確率が高い
  http://showayakyk.exblog.jp/4407495/
  などということに対する意識のギャップも大きいの
  かもしれないなどと。

  ちょっと、親しみすぎという感じもしますが。

The 'Queen of the Night' Relief






















参考 
*1
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title4_1.html
『大陸の風-現地メディアに見る中国社会』 第122回
「国際接軌と全球化」 より抜粋

そういえば、先日、インターネットで日本にいる友人とチャットしていたとき、彼
が突然、「豪州の捕鯨反対」について語り始めた。そのとき、彼はネットでやり取り
された論争を見て、「『捕鯨の屠殺と家畜の捕鯨はおんなじだ』と西洋人に言っても
通用しないんだよね。世界はつくづくキリスト教の倫理で進んでるんだなと感じた」
と言った。

「キリスト教の倫理」。

今、中国国内で巻き起こっているカルフールやルイ・ヴィトンなどのフランス製品
ボイコット、アンチCNNを掲げるウェブサイトの出現、西洋メディア全体に対する
不信感なども、だんだんチベット騒動自体の顛末云々を離れ、そんな西洋が振り回す
「キリスト教倫理」に基づいた西洋的価値感への反感に向かっている。「民主」や
「人権」といった、中国批判の際に必ず使用される「キーワード」はいまや西洋ボイ
コットを叫ぶ人々にとって、条件反射的に鳥肌の立つような「西洋価値感」の主体と
なった。

「事件全般において、西洋メディアが犯した最大のミスはその原理教典的な人権、言
論や自由の理念だったと我われは思う。これは先に反イスラムショートフィルム
『Fitna』を製作したオランダの右翼議員が犯した間違いとまったく同じである。
『Fitna』は世界各地のイスラム教徒を冒とくし、民主のオランダは言論の自由の拡
張のため、回教徒とキリスト教徒間の恨みを挑発するという代価を払った。フランス
の『ルモンド』などの主流新聞が、あろうことか、パリにおける聖火襲撃を『中国に
してやったり』と理解したことは、十分にこれらのメディア自身の『あたりきよ』的
な偏見と思い上がりを暴露するものだ。また完全にこのような言論と行動が生むかも
しれない深刻な結果を思いやらず、盲目的に自分は正義と心理の側に立っていると思
い込み、メディアの最も基本的な任務である『事実を調べ上げ、事実を報道する』の
履行すら忘れてしまったのである」(「西側メディアは火だるまに」聨合早報・4月
16日)


レンブラントとその時代の金融システム7


レンブラントとその時代の金融システム7

テーマ:レンブラントとその時代
シャルルからカール5世7


-- レンブラントとその時代の金融システム---- 1 2 3 4 7 ---------------------------

戦争に明け暮れたカール5世は早期に引退を決意する。
両親から受け継いだスペイン関係の地位と領土はAbdication of Charles V
息子のフェリペ2世
・上図の右下、右図の右側

祖父から受け継いだ神聖ローマ帝国関係の地位と領土は
弟のフェルディナント1世
・右図の左側(オランダ、イタリアの旗などが描かれている)
                     この作品の詳細はこちら
それぞれ分け与えた。

スペイン領ネーデルランド
さらにフェルディナント1世 *1(上段右) の
次の皇帝が息子のマクシミリアン2世 *2(上段中央)
その息子が次の皇帝で錬金術師を集めたルドルフ2世  

 プラハ城の一角の「黄金小路」は錬金術師達が
 暮らしていたとかで、独特の雰囲気があった。

2歳のイサベル(下段右)はルドルフ2世(上段左)と婚約。
奇人ルドルフに待たされ、結局、
30歳をすぎたイサベル は、従兄にあたるアルブレヒト *4
(下段左)と結婚

イサベルの父、フェリペ2世  (一番上の図の右下)は
スペイン領ネーデルラント の統治を娘とその夫に任せると
遺言していた。

Fishing for Souls
 



「レンブラントとその時代」の代表的な作品でこの川の右側がイサベルアルブレヒト 率いるカトリック。
左側がプロテスタント。 右側の後ろの樹木は枯れているのに対して、左側は青々としている。

「私に従ってきなさい。君を人間をとる漁師にしてあげよう」(マルコ1・17) あるいは
ルターが生涯忘れることのできないという祭壇画が関係しているようです。 *5
                                                    この作品の詳細はこちら
はじめは右側の船は網を投げているだけで、溺れかけている人々は描かれていなかった
そうですが、後から描き加えたとか。 これはブリューゲルの作品などを鑑賞する立場からすると、
かなりの反則?

左側のプロテスタントの船は聖書で魂を救済しているようです。

この作品は日本語の音声ガイドを聞きながら鑑賞した記憶があるのですが、どうも当時は
あまりよくこの作品の内容を理解できておりませんでした。




参考 Wikipedia より
*1
兄カールとの生前の取り決めでは、フェルディナントの次はカールの息子フェリペ(スペイン王フェリペ2世 )が帝位を継承し、以後カールとフェルディナントの家系が交互に継承することになっていたが、これは無視されて次の皇帝にはフェルディナントの息子マクシミリアン2世 が即位した。スペイン・ハプスブルク家もこれを容認したため、以後もフェルディナントの家系、オーストリア・ハプスブルク家が帝位を世襲していくことになる。

*2

マクシミリアン2世は宗教改革 における争いでルター派 に共感を抱いていたが、父フェルディナント1世が廃嫡を仄めかしてそれを禁じたため、カトリック に留まり、プロテスタント 派の諸侯 を失望させた。

皇帝になった後、マクシミリアン2世はプロテスタント派に宗教の自由を認め、同時にカトリックを改革しようとしたが、スペイン の反対により失敗した。


*3

幼少時をスペイン の宮廷で過ごしたため、イエズス会 の影響を受けて厳格なカトリック 教徒となった。


このように政治的には無能だったルドルフ2世であるが、教養に富んでいたことから文化人としては優れていた。ルドルフ2世が芸術や学問を保護した結果、その下にはルーラント・サーフェリー をはじめとする欧州 における多数の芸術家が集まり、帝国首都のプラハ は文化的に大いなる繁栄を遂げたのである。ルドルフ2世自身は、特に錬金術 に大いなる興味を示しており、実際に多くの錬金術師のパトロンとなっていた。


*4

彼はトレド 大司教であったため、ローマ教皇 クレメンス8世 に還俗の許可を得てからの結婚となった。その1年前に亡くなったフェリペは、スペイン領ネーデルラント の統治を娘イサベルとその夫に任せると遺言していた。1601年から、2人は共同統治者としてネーデルラントを治めた。夫の死後はイサベルが総督となった。2人が治めていた時代は、ネーデルラントの黄金時代 と呼ばれた。さかのぼること40年近く続いた戦争が沈静化し、南ネーデルラントの経済が平和を安定化の方向に導いた。2人は多くの芸術家のパトロンとなり、フランドルバロック 文化の花咲く要因となった。


*5 http://www5c.biglobe.ne.jp/~paruwees/Histoly_92_95.html

ルターが述べる、マグデブルクでの学生時代に、生涯忘れることのできない
      印象を受けたものの 1つとして、教会の祭壇背後の絵のことがあります。
      それは天国へと漕ぎ行く船であるが、乗っているのは枢機卿と司教を率いた教皇と
      櫓をとる司祭・僧侶ばかりで、船には俗人は 1人も乗っておらず
      水中を泳いで、中には溺れかかっている者もいる。
      そして船から彼らを救おうと、僧侶たちが綱を投げかけている。

図書館戦争と中世の宝石としてのプラハ

先週につづき、深夜アニメの「図書館戦争」 第2話をみた。
そして、世界遺産 プラハ・中世の宝石と絶賛される街
ヘイ・ジュード~革命のシンボルになった名曲」マルタ・クビショヴァ(Marta Kubisova 1942~)
ソ連の管理下で放送そして、自由な出版も禁止

中欧の旅を思い出す


プラハの春の舞台にも実際に足を運んだ。
宿はヴァーツラフ広場のすぐ近くだった。
国立博物館の階段に座って、クラシックの演奏を聴いた。

ワルシャワ蜂起とスターリン
ナチスに対して蜂起したワルシャワ市民をスターリンは見殺しにした。

ワルシャワ蜂起 蜂起したのは共産主義者ではなかったからである。

ワルシャワではもっとも高いビルからの眺めが一番らしい。
なぜなら、ここからの眺望はこのスターリンが贈った建物がみえないからだという。


無神論者は確かに恐ろしい。
一神教者からすれば、多神教者はまだしも、無神論者は気味悪がられるので、「ブディスト」といわなくてはいけない。

アウシュビッツに行った人に「ポーランドにいったなら、ここは絶対にいかなければ」といわれた。しかし、車中から説明を受けるこれらのものを視るだけでも惨状が伝わってくる。

   
ゴッドファーザーパート3

「20世紀最大の金融スキャンダル」といわれているバチカンの使途不明金
世界の「反共産主義」の活動組織に資金を提供していた。

バチカンの敵は神を信じない共産主義、であるとすれば最近のチベットに絡んだ中国共産党への非難の
裏ではいろいろな糸を引くものが・・・確かにいそうな気配がする。


- - - - -


しかし、プラハの詩人がこのころ(ソ連管理下で出版も禁止)が一番、
精神は自由だった... と実に意味深く語っていた。

巨大資本の大きなホテルが街中にできなければ中世の宝石としてのプラハの街の精神は保たれる....?




参考
プラハの春~マルタ・クビショヴァ~ビロード革命
 http://blogs.yahoo.co.jp/isiit178/6178667.html#6178667
プラハの春 「ヘイ・ジュード~革命のシンボルになった名曲」
 http://www.eigaseikatu.com/com/4183/71897/
 「法王の銀行家~ロベルト・カルヴィ暗殺事件~」
http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub5-2-a-182houounoginnkouka.html

ゆきやなぎ

薄桜色の雪柳(ゆきやなぎ) 日本原産らしく強い、毎年、ふえていっている。 

ゆきやなぎ

レンブラントとその時代の金融システム6

スペイン王でもあるカール5世 の神聖ローマ皇帝の在位はが1519年 - 15宗教改革 56年。
  ダビンチ をフランスに呼んだフランス王フランソワ1世
 在位が1515年 - 1547年
 
 フランソワはカールに対抗するためルター(その5参照 )を支援したり、オスマントルコのスレイマン一世による第一次ウィーン包囲 に加担したりしていたのでした。 
 関連: ウィーンの環状道路と世紀末芸術.05
     わがヴェネツィアの一番の脅威は・・・
シャルルからカール5世6















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上図の中央が「ウィーン一次包囲」でその下が
ロドス島騎士団総長のリラダン。
フランソワは軍を対カールへ向けたため、ロードス島でオスマントルコと戦っていたリランダは・・・
このあたりは 「シナン」 第6章 ロドス島戦記  を参照ください。
ローマ略奪
この時代、イタリアは、というと衝撃的なのはやはりローマ略奪
あのローマが略奪の対象となってしまったのですから。

このときのローマ教皇はクレメンス7世 こと、ジュリオ・デ・メディチ。
パッツィ家の陰謀 で殺されたジュリアーノ・デ・メディチの子でロレンツォの養子 となり、枢機卿 となり、後にローマ教皇 となった。

ヴェネチアが対フランスを意識して、いろいろな策略をめぐらさせていた様子はこの映画でも描かれていました。 この作品の最後の裁判のシーンがなかなか良かったです。
娼婦ベロニカ
わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡 (塩野七生ルネサンス著作集)/塩野 七生
マキャベリがフィレンツェの公職に就けず、著したのがあの「君主論」。どのようにしたら都市国家フィレンツェが生き残れるのか。 塩野さんが「わが友」とかくのも、読んでみると納得します。

アンボワーズ
ダビンチもミケランジェロこの大変な時代、軍事関係の仕事をしています。
以下、アンボワーズの写真です。
アンボワーズ城の ダビンチが最後に住んでいたところの敷地に展示されている、いくつかのダビンチ提案の新兵器の模型。 
提供IBM。
アンボワーズのビーバー それと、その敷地内の川にいたビーバー。
ダビンチが住んでいた建物(クロ・リュッセ )
サン・ユベール教会堂
ダビンチの墓はあばかれてしまって、遺骨の行方は分からないという。(サン・ユベールのダ・ヴィンチの墓 )
アンボワーズ建物 ダビンチ墓










 




  早朝、パリからアンボワーズに向かうバスの
  車中より。 農業国フランスを感じた朝。
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島根県CMSはRuby on Railsなのだそうですが

日本が誇る Ruby というソフトを開発している まつもとひろゆき  さんの勤めている会社が
島根県であることもあり、こういう
  オープンソース「島根県CMS」公開
ことになったのだと思います。

Google App Engine は Python 。
Ruby on Rails の評判はよさそうですが・・・
Google が Ruby を採用してくれていたら、かなりうれしかったのですが。

案の定、マルチバイト関係では細かい不具合が結構ありそうです。 Google App Engine ...

時代はアプリケーションのレイヤーまで進んできているのですが...