旅行、美術館、書評 -23ページ目

金融工学とヘッジ

最強ヘッジファンドLTCMの興亡 は興味深く、以前読みました。

軍需産業のリストラによりロケットエンジニアが金融に流れ、
最先端の金融工学と融合し快調に利益を上げていたが、
まさかのロシアのデフォルトで大破綻。

この破綻したLTCMの創始者ジョン・メリーウェザー 氏は、ライブドア事件の
頃に日本にもきていたいようですが、話題のサブプライムローンで
また失敗している とか。

CDO だとか CDS だとか、よくわからないのですが、どうやら
不動産などを細かくして取引しやすくした仕組みまではよくて、ただ、これらを
古米と新米を混ぜて売るようなことをして、さらに、これの格付けがいい加減
だった
。  
それで住宅バブルがはじけて「CDO絡みの損失は100兆円は超えるだろう

これだけではおさまらないで、英国ポンドと戦って勝利したソロス氏が「危機的状況の引き金となる可能性があるのはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)である 」といっている。

どうやらこのCDSというのは実際は「掛け捨ての倒産保険」のようなものらしく、ただ保険であると
いうと、規制の対象となるので、保険ではありません、ということになっている?らしい。
格付けは怪しいので、保険もちゃんと付けていた、ということ?

  ちなみに東京都心を環状に走る地下鉄 
  丸の内線は四谷のあたりで一部、地上にでているのは、GHQに「地下鉄はだめ」といわれたので、
  「地上も走る地下鉄のようなものです」といって作ったと、昨日テレビで 青山やすし 氏がいって
  いました。

Bear Stearns:運命の5日間 」を読むと、救済劇の様子がわかりますが、
GEは火遊びをしていたんじゃないか?という予感 」 つまり、救済されない方に賭けていた人も
いたようです。 まさに弱肉強食の世界です。

ですから、公的資金など簡単に投入できないわけですね。

こうした中、どうして米国の株価が下がっていかないのかというと、皆が皆、下がるほうに賭けて
いるので、下がらないのだとか。 これがヘッジの力。


不動産バブルというと、米国よりも欧州英国あたりの方がすごい とか。ポーランドなどから
労働人口が相当ロンドンなどへ移動していたりしているようですので、それにユーロはちょっと
高すぎでは。



参考

ブックメーカーのような……CDSの問題点
CDSの契約料や債務不履行の際の支払い額は、高度な金融工学によって算出され、売り手が損をしないような設定が行なわれている。慈善事業で無い限り、はじめから損をするために金融商品を売りに出す企業など無いからだ。
・・・
例えるなら、1等3億円と固定額を設定したロト6で、1度のクジ抽選で1等の当選者が100万人まとめて出てしまったようなものだろう
・・・
一つだけ確かなのは、競馬や競輪など、第三者が動向について予想をし金銭をやり取りするようなギャンブルにおいては、いくら儲けようが損をしようが、基本的にすべて「自己責任」であるということ。そしてCDSも他の商品同様に、ノーベル賞云々と騒がれて久しい金融工学によって生まれし金融派生商品の一つに違いないが、同時に「一歩引いて見直して」みれば、競馬や競輪とあまり変わるところがないような気がするのは当方だけだろうか。
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2008/02/cds.html  より

図書館戦争

HDDレコーダの電子番組表の深夜に「図書館戦争 」というタイトルがあったので
試しに録画予約して、みたところ、これは結構おもしろかった。
それで、ちょと検索してみたところ、やはり有名なものらしい。

http://www.toshokan-sensou.com/intro.html

図書館戦争/有川 浩

むかし 華氏四五一度 というハヤカワ文庫の小説を読んだのを
思い出したが、細かい内容までは、思い出せず。

これだけ全世界の情報が全文検索できるというのに、製本されている
もの内容が検索できないのは、なさけない。

けれども、全部電子化されて、紙のものがなくなると、一瞬でだれかの
都合で簡単に記録が削除されてしまうかもしれないので、危険でもある。

どうやら、日本古来の歴史は掻き消されてしまっていたようなので、いきなり

 定本 ホツマツタヱ  をオーダーしてしまったが、届いたものをみてなんだか
とても嬉しい。

たぶんAIBO よりは活用するのではないかと思ふ。

でも Google に期待したい。

 Google App Engine
これは、いけるかも。 でも Python に GQL なんだよね。

レンブラントとその時代の金融システム5


5
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「レンブラント、フェルメーとその時代」展のときのカタログによると

16世紀末の数十年間に、教会以外の世俗の美術愛好者を対象として、
  聖書や神話の珍しい主題を印象的な大画面に描いた絵画が数々生まれた。

 プリンセンンホフのマウリッツ公の居部のためにハールレム 市から制作依頼を受けた、
 コルネリス・コルネリスゾーンの《嬰児虐殺》は、その一例である。

Massacre of the Innocents  そうですが、ヴィッテンベルク城教会の先日の
 『 「ヘロデ大王 による幼児虐殺 の被害者の完全な遺骨」
 という聖遺物』 とういことを聞いてしまうと、 
 煉獄に入る期間を減らす、とういうイメージがまだあったのでは
 と思えてきます。

 宗教改革後
 プロテスタント側
  現在のオランダ側、レンブラントやフェルメールは
  祭壇画などの依頼はなく、
 カトリック側
  同じ時代でもルーベンスは現在のベルギー側だったので
  祭壇画などもある。
 以上のことを実はついこの間まできちんと理解していませんでした。

 

Massacre of the Innocents また、
ピーテル・ブリューゲル にも同じテーマの作品がありますが、
当時の王がピーテル・ブリューゲル(父)の作品の多くは海外持ち出し禁止とした」とウィーンの美術史美術館で説明を受けたときの、ワケがわかるような、わからないような感じを思い出しました。

今、ふと、「聖遺物」のような扱いなのではないかと。

右図は

Kunsthistorisches Museum: Wien のものです。

参考

http://www.h5.dion.ne.jp/~pieter/first-3.html
 より
≪嬰児虐殺≫は現在ウィーン、ハンプトンコート、ブカレスト、ブリュッセルなどに確認されている。しかしその中でもピーテル・ブリューゲル1世によるもの として信憑性が高いと思われるのはハンプトン・コート作品である。ウィーンの≪嬰児虐殺≫は長年オリジナルと思われていたが(グロースマン説)80年代に 行われた年輪分析法による調査 で制作年代がピーテル・ブリューゲル一世の死後15年程度であることが確認されている。


潜脳調査室 ウラシマドライブ

攻殻機動隊 と同じ プロダクション I.G×士郎正宗  による作品であるようなので、
早速、みてみたみたが、
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0057106/
今度の話の展開に期待といったところ。

浦島太郎の未来版のような感じで、いくつか登場する女性型擬体? がスリムでなく
ちょっとマッチョなのが印象的だったかな。

「 2061年、人々は個人の記憶を情報化した
  “メタ・リアル(通称メタル)”とよばれる電脳世界を受け入れていた。
  現実世界(リアル)とメタルの狭間で起こる事件 」
というシナリオらしい。

先日、下記の説明で、ようやマトリックスとグノーシスのことが理解できてきた。
映画『マトリックス』はグノーシス的な映画。
機械の神(ヤウェ)が創った世界は地獄そのもので、ザイオンは“天上のシオン”からほど遠い。
そこで龍神派の勢力が「赤いカプセル」(智恵の実)を用意する。

もしかして、ウラシマドライブもこの手のことがベースになっているのか?

キリスト教だと三位一体(マトリックスだとトリニティーという登場人物がいた)だけれども、
グノーシスからする
とヤウェとはキリストは同じではない。 
ちなみに wikipedia のグノーシス の説明では、どうもこの言葉がよく理解できていないでいた。


こちらが Production IG のページ  
http://www.production-ig.co.jp/contents/works_sp/1740_/s02_/004009.html
雰囲気としては先の 女性型擬体? タチコマのようなキャラクターのようにも思えてきた。

2012年、海上都市・人工島は建設半ばで『海が燃える現象』に遭い崩壊した。
その近海での観測実験の最中に、現象に遭遇した波留真理は眠り続けることとなり、目覚めたときに肉体は老い、精神は事故当時のまま50年もの時が経過していた。そして2061年、電理研統括部長、久島永一朗はメタリアル・ネットワーク、通称メタルと呼ばれる高次情報空間の中に人工島を崩壊させた『海が燃える現象』を観測していた。

この本の蛇(竜神)と牡牛の神の戦いも、ある意味でグノーシス的なのかとも。
竜の柩(5) (講談社文庫)/高橋 克彦

参考

公式サイト http://www.ntv.co.jp/RD/

以下 http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0057106/ より
  • 2061年、人々は“メタ・リアル(通称メタル)”とよばれる電脳世界を受け入れていた。そんな中、2012年の事故より目覚めた波留真理は、メタルの海に挑む電脳ダイバーとなり様々な事件を調査していく。

プロダクション I.G×士郎正宗が送る近未来サスペンス! 2061年、人々は個人の記憶を情報化した“メタ・リアル(通称メタル)”とよばれる電脳世界を受け入れていた。そんな中、2012年の海洋観測実験の事故より眠ったまま意識の戻らぬ状態だった元フリーダイバー・波留真理が目覚める。50年近い時間を失ってしまった波留だが、今度は電脳ダイバーとしてメタルの新たな『海』に挑み、現実世界(リアル)とメタルの狭間で起こる事件を調査していく。



レンブラントとその時代の金融システム4

宗教改革





















-- レンブラントとその時代の金融システム----
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スペイン王でもあるカール5世 の神聖ローマ皇帝の在位は 1519年 - 1556年
彼はフランス王とイタリアを取り合い、オスマントルコによるウィーン包囲に耐え、そしてルターの宗教改革に対応しなければならなかった。 

宗教改革
ルター














1517年10月31日、マルティン・ルター はヴィッテンベルク城教会の扉に『95ヶ条の論題 』を貼り出します。ただし、これはラテン語で書かれており、あくまでも教会関係者向けの意見交換のつもりだったようですが・・・これがヨーロッパ中に飛び火します。

フランソワ1世 は対カール5世との戦略上、改革派には寛容でしたが、寝室の扉にカトリック批判の文書を張られるに至り、激怒。(檄文事件 ) カルヴァン は国外追放。

【霊的インフレーションの時代】という言葉をここで みつけたましたが、ルターが例の論題を張った教会は「19万年分の煉獄に入る期間を減らせるだけの聖遺物コレクションを誇っていた *1」、しかし、これらを参拝しなくても贖宥状 (しょくゆうじょう 私は免罪符と習った) さえ購入すれば煉獄 から逃れられる、というのはいかがなものでしょうか。

トリノの聖骸布 くらいは知っていましたが、「ヘロデ大王 による幼児虐殺 の被害者の完全な遺骨」という聖遺物まであったのかと・・・ ちなみに上図の右列、上から2つめの絵画が今世紀、90億円で落札されたというルーベンスの「幼児虐待」です。

煉獄といわれても、キリスト教徒ではない私は(読んでもいないのですが)ダンテの神曲を連想する程度ですが、当時のキリスト教徒にはこれが殺し文句だったようです。グーテンベルク (1392-1468)の印刷機で聖書が印刷されたのは有名な話ですが、それより先に贖宥状 がこの新技術で印刷されています。(と習った記憶が私にはあります。当時は免罪符でしたが)

この時期、教会はサンピエトロ寺院のためにお金が必要だったようですが、この贖宥状 を刷って販売するというアイデアも為替手形でカール5世神聖ローマ皇帝成立に貢献したフッガー家 です。

   カルヴァンの時代は、永遠の命の救いということは信徒たちや自分自身の救いにも関わる重大事であり、
   誤った教えを信じて一歩間違ったら地獄行きという切迫感をもって受け止められていた。 wikipedia より

このような状況であれば、地獄行きかどうかははじめから決まっている(予定説)といわれた方が楽かもしれません。そして、「カルヴァンは職業的成功が救済の証拠になると説いた。成功は蓄財によって証明されるので、カルヴァンは必然的に蓄財を肯定します。」*2 となり、この間 誰が近代資本主義を作ったのか  ででてきた、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神  につながっていくわけです。


参考

*1 wikipedia 95ヶ条の論題 より
ルターの研究書を書いているマルタン・トロワ(Martin Treu)によれば選帝侯は 1509年 ごろ、「すでに5005もの聖遺物を収集していた。その中には聖母マリア の母乳入りの瓶、イエスの生まれた飼い葉おけのわら、ヘロデ大王 による幼児虐殺 の被害者の完全な遺骨などがあった。このような遺物は通常、手の込んだ銀細工が施された保管容器に収められ、年一度公開されて参拝者を集めていた」という。1520年、選帝侯の聖遺物コレクションの数は19013にも達したという。人々は免償を得ようとこぞってヴィッテンベルクの教会を訪れ、その齎す功徳の総計は「人々が煉獄に入る期間を合計にして19万年も減らす」(トロワ)ほどのものだったという。

*2 世界史講義録 カルヴァンの宗教改革
以下 http://www.geocities.jp/timeway/kougi-60.html  より

カルヴァンは言うわけですよ。信者に向かって、「あなたが救われるかどうかは誰にもわからない。」「一所懸命神に祈っても無駄である」。こういう言葉でしゃべったかどうかはわかりませんが、内容はそういうことです。
・・・
でも、カルヴァンの教えが広く受け入れられた核心部分がこの予定説なのです。なぜでしょうか。
 多分こういうことだったのではないか。
 カルヴァンに誰が救われるかはわからないと言われたときに、ほとんどの人は自分が救われない人とは思わない。「自分は神に選ばれているに違いない」、もっと露骨に言えば「他の全部が地獄に堕ちても私だけは神に選ばれているはずだ」と考えたのです。自分だけは大丈夫というやつです。
 そう考えると、次には「神様、私を選んでくれてありがとう」と思う。自分を選んでくれた神様におのずから感謝を捧げる気持ちになる。熱心に信仰するようになる、というわけです。一見厳しい教義ですが、はまった人にとってはエリート意識をくすぐられるのではないかと想像します。

 ただ、信者は自分が選ばれている人間だと思うものの、何の証拠もない。少しでも自分が選ばれた人間である手がかりが欲しいと思うものです。

 そこで、カルヴァンは神は偉大すぎて誰が救われるか我々にはわからない、としながらもこんなことを言う。神に選ばれて救われる人が誰かを知る方法はない。ただ、神から選ばれた人は運がよい。だから、選ばれたものは現世で成功する確率も高いのではないか、と。職業というのは神からあたえられた使命だから、おのおのが自分の職業でがんばって成功するならば、その人は神から選ばれた者である可能性が高い。
 では、成功はどうやってはかるのか。カルヴァンの答えは単純です。「お金が貯まること。」お金を貯めればためるほど成功の証拠になる。

 まとめます。カルヴァンは職業的成功が救済の証拠になると説いた。成功は蓄財によって証明されるので、カルヴァンは必然的に蓄財を肯定します。

 この点がそれまでのキリスト教と違うところ。カトリックは蓄財を肯定しません。お金を貯めることは卑しいことなんです。もし必要以上にお金を貯めたならそれは教会に寄付すべきなのです。個人で使い切れないお金を持つのは不道徳。イエスは金持ちは天国に入りにくいと教えていたのですから。

 ・・・
 ヨーロッパ各地でのカルヴァン派の呼称
  オランダ・・・ゴイセン
  イギリス・・・ピューリタン
  フランス・・・ユグノー
  スコットランド・・・プレスビテリアン

情報系の学科で定員割れ

20年でIT業界の評判は暴落しましたね。
                         
http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20080404/1207280629
最近この手のことは時々目にしますが、まさか

情報系の学科で定員割れを起こしているのは日本くらいだろう。                    
                         http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Interview/20080325/297024/
には少々びっくりしました。

話題のこの本の著者は米国野村証券勤務時に911に遭遇し、こうしたルポを作成するに
至ったようですが、アメリカ社会であるのか、金融業界であるのか、その両方のかけあわせ
であるのか、その反動は大きかったように感じられます。

IT業界の中でも、金融システムが一番稼ぎがいいように思いますが、それゆえのプレッシャーもあり、
夜の街での遊興費もかさんでいたように見えます。

日本のIT業界はちょっとさけても、情報学科はある意味、これからが本当は本番なのでは
ないかとも。 これだけインフラが整ってきたのですから。

金融こそ情報の塊かもしれませんが・・・ 

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)/堤 未果

レンブラントとその時代の金融システム3

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大航海時代の先に進むまえに、フランク王国の歴史神聖ローマ皇帝の誕生をみておきます。

    フランクの故郷は、ベルギーだったのです。
    クローヴィスは、ベルギーのトゥールネより パリに出てきていますので、
    メロヴィング朝の故地ですし、
       ・・・
    ブルゴーニュ公は、徳川幕府の御三家みたいな位置づけのフランス王の親戚で、
    目の上のたんこぶのフランドルをフランス王のものにするため、

    フランス王シャルル5世が画策して、
    弟のブルゴーニュ公フィリップ大胆公を、 フランドル伯継承者
    マルグリット・ド・フランドルと結婚させたのでした。

    ところが、ブルゴーニュ公が百年戦争の過程でフランスより独立を志向し、
    独立への途中 シャルル突進公が ナンシーの戦いでスイス軍に敗れて戦死し、

    一人娘のマリアが ハプスブルグのマクシミリアンと結婚したため、
    ブルゴーニュ公国が、「瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)」のように
    基本的にはそっくりハプスブルグ家のものとなったのでした。 
    http://homepage2.nifty.com/hj-hiyama/070717.htm  ベルギー への 誘い(いざない)2007/4/11 より


だから、フランス王は「われらのお姫さま」ブルゴーニュ女公マリーの娘を自国に連れてきたのでした。 *

さて、初代フランク王といわれるクローヴィス の改宗は政治的にも必要なことだったようですが、その後のカール大帝 にいたってはこんなことを知っていたらローマにこなかった 」と不機嫌そうにいったとか。

この
教皇レオ3世 による戴冠により「西洋の新たな歴史の扉が開かれた(神聖ローマ皇帝誕生)」

       800年にはローマ教皇がフランク王カールを「ローマ皇帝」に戴冠し、
       東ローマ帝国から完全に自立したのである。
      聖像破壊運動 wikipedia より

東ローマ帝国はイコン などを作成する修道院を押さえたかったこともあり、聖像を禁止。
現在のイタリアの方はゲルマン人などへの布教には聖像などは不可欠。

コンスタンティノープル(=現在のイスタンブール)のローマ皇帝が上であったわけですが、勝手に現在のイタリア側のキリスト教の教皇がを与えたわけです。 ちなみにこの時、既に西ローマ帝国 は滅んでいます。

このロンバルディアの鉄王冠 という有名なものです。

1805年5月26日 「歴史の扉を閉じた」ナポレオン・ボナパルト は教皇の目の前で、自ら通常の王冠をかぶった(これを描いたダビットの大作 があります)のですが、その後、この鉄王冠を使用してランゴバルド王国の儀式に従った宣誓を行ったのだそうです。


参考

・ 神聖ローマ皇帝一覧

・ 
≪カールの戴冠 -- ヨーロッパ文明の誕生≫  より

 8世紀後半、フランク王国のカール(シャルル)は他のゲルマン国家を次々と征服し、滅亡前の西ローマ帝国に匹敵するほどの勢力を築きつつありました。ローマ皇帝に圧迫され続けていたローマ教会の司教(教皇)レオ3世は、799年にフランク王国を訪れてカールに窮状を訴え、ローマ教会に対する支援を要請します。
 翌800年の晩秋、カールは大軍を率いてローマにやってきました。12月25日、クリスマスのミサに出席するためにサン・ピエトロ聖堂を訪れたカールの身に、思いがけないことが起こります。祭壇に向かって跪いて祈りを終え、立ちあがろうとしたカールにレオ3世が近づき、彼の頭に皇帝冠を置いたのです。当時の年代記記者アインハルト(Einhard)によると、カールは予期しない突然の戴冠に驚き、「あのようなことが起こると分かっていれば聖堂には行かなかったであろう」と語ったといいます。しかし文明史の流れは個人の思惑を超えて事件の当事者を運んでゆきます。ゲルマン人であるフランク国王カールがローマ教皇により西ローマ皇帝として戴冠させられたこの瞬間に、ヨーロッパ文明が誕生したのです。

 

レンブラントとその時代の金融システム2


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「われらのお姫さま」と慕われていたブルゴーニュ女公マリーとマクシミリアン1世の頃、スペインでは ロンブス が歴史的な航海に旅立ちます。
映画「1492 コロンブス 」ではSigourney Weaver シガニー・ウィーヴァー のイサベル(Queen Isabel) 役が印象的でした。

さて、敬虔なカトリック教徒であったイサベル1世はグラナダ陥落まで願懸けとして下着を替えなかったとか。(⇒イサベル色 )このあたりの時代の流れは先日、少し調べてみました が、再度コロンブスの観点から追ってみると、またもや「コロンブスとユダヤ人」とういキーワードにぶつかってしまいました。


 なぜ、コロンブス一行は出帆前夜から乗船していたのか?
  ~1492年8月2日午後11時、スペイン・パロス港の謎~
 なぜ前日中に全員が乗船をすませていたのでしょうか。

1492年3月31日 ユダヤ人追放令

 この日、イサベル・フェルナンド両王は「アラゴンおよびカスティーリャからのユダヤ人追放に関する一般勅令」を出しました。その内容は、この年の7月末までにすべてのユダヤ人を領土から追放するというものです。この命令を無視した者が領土内で捕らえられた時は、「死刑と財産没収の刑」となっています。1月にグラナダを陥落させたイサベル・フェルナンド両王は、国内統一を徹底させるためにこの勅令を出したのです。
 イサベル女王はのちに、7月末の期限を2日間延長させて8月2日としました。この日はコロンブス出帆の前日です

 http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/mizutasekaisi/2.1492nen.htm

 増田義郎『コロンブス』
“新大陸”にあるはずの黄金も、イェルサレムの聖墓再建のために使うべきと考えており、そうした点で信仰心篤いイサベル女王と精神的に響きあっていたはずだと著者は指摘する。
 http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_4db7.html


 いつからアメリカはユダヤ人が世界一多い国になったのか?

コロンブスはユダヤ人だったとの根強い説があるが、真偽のほどは定かで
はない。しかし、彼の計画を強力に推進した、アラゴン王国の金融センターの遷移
豪商で租税を管理していたルイス・デ・サンタンヘルと、その親戚でアラゴン王国の大蔵大臣だったガブリエル・サンチェス、そしてこの2人の友人で侍従職を勤めるジュアン・カプレロという人物が、3人とも揃いも揃って「キリスト教に改宗したユダヤ人(コルペソ/マラノ)」だったことは事実である。
 この3人のユダヤ人が、イザベラ女王に口をきわめて王室財政の窮迫を訴え、「もしコロンブスが“黄金の国”を首尾よく発見したら、巨億の富が転がり込んでくるだろう」と、言葉巧みに説得したのだった。
 ・・・

しかし、このユダヤ人たちの南米における経済的成功の知らせは、ヨーロッパに大きなショックを与え、ユダヤ人をヨーロッパの地から追放したスペインやポルトガルは、直ちに南米のユダヤ人の業績を奪取すべく行動を開始。このため、南米を追われたユダヤ人たちは、中米を経て、今日のアメリカ大陸の東海岸にたどり着くことになる。
 よって、「アメリカ(北米)へのユダヤ人の渡来」は、一般に1654年にブラジルでの迫害を逃れたマラネン23名が、マンハッタン地区(現ニューヨーク)に定着したのを始まりとしているようだ。
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F/a2f2106.html

ブラジル500年記念特集号 オランダの光残す町
オランダのペルナンブコ 侵攻は一六三〇年に始まった

・・・
占領時代、ユダヤ人街と呼ばれたボン・ジェズス街は、とくに往時の面影を色濃く残している。オランダ軍とともにやって来たユダヤ人金融業者は、この付近に居を構えてセニョールの農場主らに金を貸し付けた。ところが、いっこうに返済してもらえない。「ついにユダヤ人は諦めて北米に行き、マンハッタン島を築いた」と案内してくれたペルナンブカーノは、ここでも辛味の効いた揶揄を言う。

 http://www.nikkeyshimbun.com.br/esp500brasil2nordeste.htm

 四 カリブ海で起こったことのヨーロッパにとっての意味
エスパニョーラ島沖に沈没していた、たった一隻のスペインの銀輸送船から引き揚げられた財宝が、当時の英国の経済を刺激し、一挙に好況に向かわせた例も紹介している。十六世紀から十七世紀にかけて、スペインを中心としてヨーロッパ一円に流入していた富の大きさが、どれほどのものだったかが想像できる。
 http://www.zorro-me.com/kto/kto004_2.html

「コロンブスとユダヤ人」 by ゲルハルド・フォーク博士
コロンブスがデ・トーレスを航海に加えたのは、彼がヘブライ語を話せるからであった。
コロンブスは、「世界の反対側に行けばヘブライ語を話すユダヤ人に会えるに違いない」と固く信じていた(または、信じたかった)。
彼は、そこで「イスラエルの失われた十部族」に出会うことができると信じていたので、ヘブライ語が話せる人間が必要だったのだ。
 http://tak0719.hp.infoseek.co.jp/qanda3/99GBX4LPGCuw90627.htm


スペインから南米経由でニューヨークへというのもあったようですが、ニューヨーク市の歴史 を読んでみて
ビーバーの毛皮ニューアムステルダムと歴史の授業で習ったことを思い出します。

イベリア1474年
カスティーリャ王国 とアラゴンを統一してスペイン王国とするための政策としてにユダヤ教徒を追放したと、
コンベルソ の説明にありました。

そういえば以下の本の
大陸と台湾との平和統一」のための動きの説明を読んで、なんでまた今頃、米議会で・・・という疑問が解けました。
中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book)/遠藤 誉

昨年の米下院の慰安婦問題決議についても、主導したのはこの在米華僑華人社会であり、日本で言われているような中国政府による工作ではありませんでした。この著者は在米華僑華人社会の運動の中心人物とパイプがあるようで、本人が直接聞いた情報としてこれを書いています。
  http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20080323/1206251384


レンブラントとその時代の金融システム1

野望の実現

17世紀のフランドルの状況を理解するために、少し時代を遡ってみたところ、
ようやくハプスブルグ家の成り立ちが頭に入ってきました。

シャルルからカール5世 I. 「いつか皇帝に」との野望をもつシャルル (ブルゴーニュ公)が
フランスとの戦いでなんとナンシーで戦死してしまう。

これにより、話だけでなかなか実現しなかった
娘のマリーの婿養子(後のマクシミリアン1世、神聖ローマ皇帝)
をハプスブルグ家からもらうことになる。

政略結婚であったが マクシミリアン と マリー の仲は良く、
フィリップ と マルグリット に恵まれる。

しかし、落馬がもとでマリーが他界し、反乱混乱。
婿養子のマクシミリアンは幽閉され、
マルグリット は フランス にとられる。

II. マクシミリアン
・スイス式装備の歩兵部隊ランツクネヒト を組織。
  そもそもシャルル戦死の原因もスイスの傭兵だった。
  戦闘形式は「中世の騎士」から「歩兵部隊」へ。

・結婚戦略等いろいろ手は尽くしたが、 
 最期は武力により フランスから、マルグリットを奪回。

ハプスブルグ家とフランス王の長年の対立が決定的になる。

・1493年 父(フリードリヒ3世 )の死にともない、神聖ローマ皇帝に。

ミラノ公国ビアンカ と再婚し、
イタリア進出。 イタリア戦争に巻き込まれる。

・1496年、フィリップとマルグリットをスペイン王家と二重結婚させる。
 これでフランスは 東西(スペインとドイツ)ハプスブルグに挟まれるにとなる。

アルブレヒト・デューラー を庇護

III. フィリップの息子がスペイン王(カルロス1世)であり神聖ローマ帝国カール5世 )となる。
曾孫の代で シャルル (ブルゴーニュ公)の 野望、
ハプスブルグを乗っ取り、神聖ローマの皇帝となるが実現される


このカール5世とフランソワ一世との神聖ローマ帝国の皇冠争いの勝利の決め手となったのは
フッガー家 の為替手形であった。  ⇒ 「シナン」 第6章 ロドス島戦記


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参考

マクシミリアン1世は「ローマで教皇によって戴冠しない初めての皇帝」

デユーラーのロザリオの祝祭

http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2004/12/post_5.html


茨の冠の祝祭

http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/durer_rosenkranzfest.html


ブルージュ Brugge

ブルージュがもっとも栄えた14世紀から15世紀にかけて、この地はブルゴーニュ公領に組み込まれていた。
フランス王家の傍系でありながら、本家をも凌ぐ栄華を誇った公国である。
その起源は百年戦争の時代、フランス王ジャン2世が末子フィリップ・ル・アルディ(豪胆公)の武勲を称え、フランス・ブルゴーニュ地方を与えたこと。この フィリップがフランドル女伯マルグリットと結婚したことから、現在のベネルクスに相当する広大な領土が公国領に加わることになった。
ブルージュに宮殿が築かれたのは三代目フィリップ・ル・ボン(善良公)の時代である。この頃から公国の本拠地はフランス・ブルゴーニュ地方からフランドルへ移行した。
善良公の息子シャルル・ル・テメレール(突進公)とその娘マリー・ド・ブルゴーニュは特にこの町を愛し、マリーの息子フィリップ・ル・ボー(美公)の代まで、ブルージュは公国の最も重要な街となった。

http://lesvoyages.fc2web.com/flandre12.html


ブルゴーニュ公

杉花粉は循環型文明の警告

 
古代文明の興亡
この本の著者、国際日本文化研究センター安田喜憲教授は
ちょっとすごい人だと思います。
先日、NHKの新シルクロードでもでてきてきた、
世界遺産 カディーシャ渓谷と神の杉の森  のレバノン杉

その森が、枯れ始めている
「三千万円の薬品・機械を持って来たから、これでやりたい
 と現地の人に言ったら ...
-> 2003年度 新日本海学夏季セミナー 立山杉の一万年

の救済もしたりしています。

伊勢神宮の森にある木には、次の式年遷宮に向けてマーキングがされている
のは、日本の伝統のすごいところですが、一方、

ごみを燃料に変え期待の RDF(ごみ固形燃料)化施設
メーカーの保障期間が2年とは・・・

日本のリニアモーターカーはもはや実稼動することはないのでしょう。
ドイツもやめたようであるし。
しかし、導入してしまった磁気浮上式鉄道の保守はどうなるのでしょうか・・・

チベットの騒動も結局、要はチベットの資源 だったのかと。


 ごみ固形燃料化:和歌山の施設、4年で「無用の長物」 休止でも補助金返還義務ズシリ
 02年度の処理費用は1億8630万円と1トン当たり約3万円だった。
 メーカーの保証期間(2年)が切れ修繕費を自己負担した04年度は3億196万円と費用は膨らみ、
 故障が相次いだ05年度は3億5391万円、1トン当たり約6万円に達した。
 毎日新聞 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080331dde041040013000c.html


 ドイツのトランスラピッド計画は中止
 予想外の経費の上昇により、ミュンヘンのトランスラピッド建設は破綻した。
 (注・過去にもさんざん紆余曲折のあったトランスラピッド計画ですが、
  遂にドイツでは建設されないことになりました。
  これでトランスラピッドに乗車できるのは、今後も上海のみとなりました。
  これはドイツに限った話ではありませんが、多数の利用客を見込める主要都市間は
  既にICEなどの高速列車で結ばれており、時間をわずかばかり短縮できるという理由だけで
  磁気浮上式鉄道を新設するのは難しそうです)
 今日のドイツ・ニュース http://blog.livedoor.jp/nachrichten/archives/51139458.html