チャタル・ヒュユクの衝撃の母子像
一昨日、「アナトリア文明博物館と遮光器土器
」でトルコの
遺跡チャタル・ヒュユクから発掘された
母子像の画像をUPしたが、ここの wikipedia の記事の最後
に以下のような記述があった。
ホダーは、2004年から2005年にかけてメラートが発見してきた
おびただしい量の丁寧に作られた豊満に肥った母神像と同じ
ものを発見している。
2005年に発見されたものは衝撃的で、ホダーは、
チャタル・ヒュユクに関する公式サイトで、
チャタル・ヒュユクに関する社会像を抜本的に変えなければ
ならないかもしれないと前置きして、
「母神像の豊満な胸には、両腕が置かれ、
腹部が中央部をなして大きく張り出している。
母神像のひとつを回転させて向きを変えると
腕が非常に細く非常に細身で干からびたような
人物の骨や骨格が描かれているのがみられる。
あばら骨や脊椎骨がむき出しになっている。
肩甲骨と骨盤もむき出しになっている。
この母神像は、チャタル・ヒュユクの社会や表現力の性格について
見方を一変させるようなユニークなものといえる。」
と述べている。
チャタル・ヒュユクに関する公式サイト http://www.catalhoyuk.com/ で紹介されている。
ものをみると確かに奇妙である。
右上の黄金の像は http://en.wikipedia.org/wiki/Hittites より。
右下は ヴィレンドルフのヴィーナス という有名なスティアトパイグス(steatopygous、臀部突出)型小像。
オーストリアで発掘され、ウィーンの自然史博物館のコレクションのひとつとのことだが、発掘された地方で
は産出されないウーライトの彫刻 。
遮光器土器を宇宙服というならば、
先日の母子像 もなんだか肉襦袢みたいだし、
この衝撃の母子像は
モーゼの十戒の
二、汝自らのために偶像を作って拝み仕えるなかれ
をスターゲイト でいうところのゴアウルドの台詞のように
思わせてくれる。
しかし、蛮族ゲルマン人にキリスト教を教えるには 図解の必要があったとかでカトリックでは
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
として、必要応じて改訂(偶像崇拝許可)しているところは流石。
遺跡チャタル・ヒュユクから発掘された
母子像の画像をUPしたが、ここの wikipedia の記事の最後
に以下のような記述があった。
ホダーは、2004年から2005年にかけてメラートが発見してきた
おびただしい量の丁寧に作られた豊満に肥った母神像と同じ
ものを発見している。
2005年に発見されたものは衝撃的で、ホダーは、
チャタル・ヒュユクに関する公式サイトで、
チャタル・ヒュユクに関する社会像を抜本的に変えなければ
ならないかもしれないと前置きして、
「母神像の豊満な胸には、両腕が置かれ、
腹部が中央部をなして大きく張り出している。
母神像のひとつを回転させて向きを変えると
腕が非常に細く非常に細身で干からびたような
人物の骨や骨格が描かれているのがみられる。
あばら骨や脊椎骨がむき出しになっている。
肩甲骨と骨盤もむき出しになっている。
この母神像は、チャタル・ヒュユクの社会や表現力の性格について
見方を一変させるようなユニークなものといえる。」
と述べている。
チャタル・ヒュユクに関する公式サイト http://www.catalhoyuk.com/ で紹介されている。
ものをみると確かに奇妙である。
右上の黄金の像は http://en.wikipedia.org/wiki/Hittites より。
右下は ヴィレンドルフのヴィーナス という有名なスティアトパイグス(steatopygous、臀部突出)型小像。
オーストリアで発掘され、ウィーンの自然史博物館のコレクションのひとつとのことだが、発掘された地方で
は産出されないウーライトの彫刻 。
遮光器土器を宇宙服というならば、先日の母子像 もなんだか肉襦袢みたいだし、
この衝撃の母子像は
モーゼの十戒の
二、汝自らのために偶像を作って拝み仕えるなかれ
をスターゲイト でいうところのゴアウルドの台詞のように
思わせてくれる。
しかし、蛮族ゲルマン人にキリスト教を教えるには 図解の必要があったとかでカトリックでは
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
として、必要応じて改訂(偶像崇拝許可)しているところは流石。
アナトリア文明博物館と遮光器土器
昨日のアンカラのアタテュルク廟 の北東にすこし行ったところにアナトリア博物館がある。
http://www.travelplatz.com/turkey/ankara.html
ツアーではここはコースに入っておらず、残念ながら見学していない。
さて、ここにある母神像が「縄文時代の芸術はどこに 」でかいた
津軽の亀ヶ岡石器時代遺跡の遮光器土器を思わせる
との指摘がある。
この像はアンカラから南へ300Kmくらいのところにあるチャタル・ヒュユク の遺跡
から発掘されたものである。 ここは世界で最初に鉄を使用したヒッタイト 帝国の
勢力範囲でもある。
遮光器土器 鉄技術つながり。
アンカラから南東約100kmのカマン・カレホユック遺跡では日本の発掘隊が調査をすすめている。
それで本調査の最初の鍬入れはヘブライ語にもお詳しい三笠宮崇仁親王殿下。
実際、ここで発掘した鋼片と
同様の組織は1982年、新日本製鉄
株式会社基礎研究所(現先端技術研究所)
によって実施された、国宝稲荷山鉄剣摘出
錆片の解析において確認されていて、その
後も列島内から出土した数多くの鉄器に
見出されています。 http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/tayori/106p2.pdf
様子。
日本の鉄のへのこだわりと、その技術は世界一でしたね。
参考
アナトリア文明博物館
http://mweb.jrslines.co.jp/tie/data/kyouzaidb/dd/07/epa4002006072875172079/epa4002006072875172079.htm
最古の鋼片の検出とその意味
http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/tayori/106p2.pdf
カマン・カレホユック遺跡はトルコ共和国クルシェヒル県カマン郡チャウルカン村に位置し、首都アンカラから南東約100km、カマン町から東約3km、国道260号線の直ぐ南側に位置しています。直径280 m、高さ16 mのアナトリアでは中規模の丘状遺跡です。
1985年に予備調査を行った後、1986年、三笠宮崇仁親王殿下に最初の鍬入れをして頂き、以後、学術発掘調査を継続しています。
http://www.jiaa-kaman.org/excavation.htmlhttp://en.wikipedia.org/wiki/Kaman-Kalehoyuk
関連
アンカラのアタテュルク廟
もう、随分前になるが
イスタンブールをみたくて参加したトルコ・ギリシャのツアー、
スタートはトルコの首都アンカラだった。
夜、西欧資本のヒルトンホテルに宿泊し、翌日、カッパドキアに
バスで向かう前にアンカラの市内見学。
http://www.travelplatz.com/turkey/ankara.html
ここでみたトルコ共和国の建国の父である、アタチュルク廟
は記憶に残っている。
日本は明治維新により江戸時代から西欧化へばく進していったが、
トルコは「父なるトルコ人」を意味するアタテュルク により大胆な
改革が進められた。
ここ、アタテュルク廟 では、建国の父に対するトルコ国民の
畏敬の念が強く感じられた。
あるいはトルコは
「軍部の政治介入は、国民の軍に対する高い信頼に支えられていると言われる」
らしいが、そのような雰囲気も感じられた。
しかし、イスラム原理主義からの揺り戻しもあり、日本のように一直線にはなかなか。
日本も明治新政府軍が江戸幕府勢力を津軽海峡の先の五稜郭 まで追っていかなかったなら、
残存勢力は北海道をどうしていっただろうか。
関連
イスタンブールをみたくて参加したトルコ・ギリシャのツアー、スタートはトルコの首都アンカラだった。
夜、西欧資本のヒルトンホテルに宿泊し、翌日、カッパドキアに
バスで向かう前にアンカラの市内見学。
http://www.travelplatz.com/turkey/ankara.html
ここでみたトルコ共和国の建国の父である、アタチュルク廟
は記憶に残っている。
日本は明治維新により江戸時代から西欧化へばく進していったが、
トルコは「父なるトルコ人」を意味するアタテュルク により大胆な
改革が進められた。
ここ、アタテュルク廟 では、建国の父に対するトルコ国民の
畏敬の念が強く感じられた。
あるいはトルコは
「軍部の政治介入は、国民の軍に対する高い信頼に支えられていると言われる」
らしいが、そのような雰囲気も感じられた。
しかし、イスラム原理主義からの揺り戻しもあり、日本のように一直線にはなかなか。
日本も明治新政府軍が江戸幕府勢力を津軽海峡の先の五稜郭 まで追っていかなかったなら、
残存勢力は北海道をどうしていっただろうか。
関連
チベット問題とFLAG
「どうして中国は共産主義などというものを選択してしまったのか」という指摘を最近どこかで
読んで、鋭いと思った。
現在のような国境を持つ中国はこれまで存在 したことがなく、第2次世界大戦後のどさくさで
無理やり、 満州 、 新疆ウイグル地区 、そしてチベット まで中国としたので、
これをどうにかするには共産主義しかなかったのではないかと、ふと思った。
コソボが独立宣言したことも影響してか、チベットの抗議活動が最近激しくなってきている。
チベット亡命政府の国旗があるが、日本のFLAG とういアニメ作品の旗にはこの国旗は
登場しないが、あきらかに舞台はチベットとみてとれる。
中国と国境を接するインド北部のヒマチャルプラデシュ州では、
中国政府のチベット政策に反発するなどして
チベット自治区からの亡命生活を送る人たちなどが、
今週に入って連日デモ行進を行っています。
参加者は13日も、中国政府に対し、チベットの独立を
求めるとともに、
「中国政府はチベット自治区で人権侵害を続けている」
として、 北京オリンピックの開催に抗議しました。
これに対してインドの警察は、チベットから亡命した人には
中国政府を批判する政治活動を認めないという政府間の合意に違反したなどとして、
およそ100人を拘束し、バスで警察の施設に連行しました。
デモに参加した人たちは
「当局がどんな行動を取ろうとも、われわれは行進を続ける」と反発しています。
北京オリンピックを前に、こうした抗議行動は、
チベットからの亡命者が多いネパールでも起きているほか、
中国国内でも今月10日、チベット自治区のラサで僧りょによるデモがあり、
中国当局に摘発されたことが明らかになっています。
http://www3.nhk.or.jp/news/2008/03/14/d20080313000149.html
出雲と紀伊と丹後
この作品は熊野が舞台で、確かに神秘的なエリアであると思える。
また、
出雲大社の巨大神殿も異様であると思う。
実際、柱となる巨木が発掘された
のには驚かされる。
大化の改新で国造制は廃止。しかし、出雲と紀伊
だけは継続されていたとは。
http://www.nippon-bunmei.p/tsurezure-75.htm
丹後の元伊勢である籠神社 も古いが、こちらは
体制側。
そして
日本各地の高天原 の候補地はいずれも歴史がある。
日本の「神」の多さとその歴史にはあらためて驚かされる。
また、
出雲大社の巨大神殿も異様であると思う。
実際、柱となる巨木が発掘された
のには驚かされる。大化の改新で国造制は廃止。しかし、出雲と紀伊
だけは継続されていたとは。
http://www.nippon-bunmei.p/tsurezure-75.htm
丹後の元伊勢である籠神社 も古いが、こちらは
体制側。
そして
日本各地の高天原 の候補地はいずれも歴史がある。
日本の「神」の多さとその歴史にはあらためて驚かされる。
ダ・ヴィンチの洗礼者聖ヨハネ
ダ・ヴィンチの「岩窟のマリア」はイエスと洗礼者聖ヨハネがはっきりしないと
トラブルになったが、どうやら ダ・ヴィンチは洗礼者聖ヨハネ がひいきだったように思える。
日本でいうと 豊受大神宮 (外宮 とようけのおおかみ)
と 皇大神宮 (内宮 あまてらすおおみかみ) になろうか。
どうやら「岩窟」にも深い意味が。
冬至に岩から生まれたということは、太陽神とその母との近親相姦による誕生か、
もしくは男性や男根を象徴する岩からの直接生成を暗示する。
ミトラが洞窟に多く神殿をもつことは、ミトラ出身の母体が大地に穿たれたトポスであることを示唆するが、
他方、創生の岩窟は男性原理の象徴でもあって、ミトラが「母なき幼体」という異神であることも示唆している。
聖母マリアがしばしば岩窟のマリアとして描かれたこと を想起しよう。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0445.html
トラブルになったが、どうやら ダ・ヴィンチは洗礼者聖ヨハネ がひいきだったように思える。
日本でいうと 豊受大神宮 (外宮 とようけのおおかみ)
と 皇大神宮 (内宮 あまてらすおおみかみ) になろうか。
どうやら「岩窟」にも深い意味が。
冬至に岩から生まれたということは、太陽神とその母との近親相姦による誕生か、
もしくは男性や男根を象徴する岩からの直接生成を暗示する。
ミトラが洞窟に多く神殿をもつことは、ミトラ出身の母体が大地に穿たれたトポスであることを示唆するが、
他方、創生の岩窟は男性原理の象徴でもあって、ミトラが「母なき幼体」という異神であることも示唆している。
聖母マリアがしばしば岩窟のマリアとして描かれたこと を想起しよう。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0445.html
インターネットの時代の神話
豪族の弱体化を図った天武天皇
血縁関係のない小氏族も一族として抱えている大豪族を解体させる方法として、
それぞれが氏族として独立し、直接の祖神を祈るように詔している。 *1
それで、天皇家の皇祖天照大神に立派に祀るため、新しい神宮を造営。
その(大津皇子 の死から)4年後、内宮が完成する。しかし斎王 の大来皇女 は
あえて移ろうとはしなかった。弟を殺した叔母の持統天皇によって造営された
宮地にいくことを、女の意地で拒んだのではなかったのかと思う。 *2
弟のこともさることながら、どうやらこのタイミングで男神だった天照大神を女神 に
しているようす。
のちに大和朝廷をつくることになる一族が太陽信仰をしていたことは推察するに難くない。
その中央の太陽信仰が地方的な伊勢の太陽信仰を糾合したという経緯が、
ヤマトヒメをして伊勢に天照大神を招来した物語になっていく。
糾合とはいえ、伊勢度会 信仰が弾圧されたわけではない。
いわばシテが天照大神として入ってきたためにワキにまわった。
そのような親和性というか、服属関係の和合性があった。
それが外宮のトヨウケ(豊受大神)である。
ということは、天照大神という神格も最初からあのようなものであったのではなく、
当初はヒノカミ(日神)とかヒルメ(日女)とよばれていたもので、
おそらくは天武朝が近づくにつれ、それが天照大神とよばれるようになったのであろうということだ。
松岡正剛 千夜一夜 「古語拾遺」 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0571.html
そして 伊勢神道 では
豊受大神宮 (外宮)を皇大神宮 (内宮)と同等以上の存在
外宮の祭神豊受大神 は、天地開闢 に先立って出現した天御中主神 および国常立神 と同一であり、
天照大神 をしのぐ普遍的神格だとすることを特色とする。 (by wikipedia)
つまり、" 豊受大神宮 > 天照大神 " というのは知らなかった。
さらに 元伊勢 なる由緒ある神社が数多くあり、特に丹後元伊勢伝説 の 籠神社
(天の橋立の近く) には 豊受大神 が相殿として祀られている。
神話や聖書はある意味、その時代
の都合により構成したものといえる。
「ツァイトガイスト(時代の精神)」 http://video.google.com/videoplay?docid=1431037135738418803
は聖書だとか神話のつくられかたをよくまとめている。
さて、神話や聖書から、マスメディア。
ネットの時代の”神話”はどのように制御されていくのだろうか。
---
*1, 2 アマテラス大神 伊勢神宮 - 引き裂かれた神城 -
大阪教育大学名誉教授 鳥越憲三郎 「別冊歴史読本34 聖なる神々 神社の謎 1995・12」
より引用
血縁関係のない小氏族も一族として抱えている大豪族を解体させる方法として、
それぞれが氏族として独立し、直接の祖神を祈るように詔している。 *1
それで、天皇家の皇祖天照大神に立派に祀るため、新しい神宮を造営。
その(大津皇子 の死から)4年後、内宮が完成する。しかし斎王 の大来皇女 は
あえて移ろうとはしなかった。弟を殺した叔母の持統天皇によって造営された
宮地にいくことを、女の意地で拒んだのではなかったのかと思う。 *2
弟のこともさることながら、どうやらこのタイミングで男神だった天照大神を女神 に
しているようす。
のちに大和朝廷をつくることになる一族が太陽信仰をしていたことは推察するに難くない。
その中央の太陽信仰が地方的な伊勢の太陽信仰を糾合したという経緯が、
ヤマトヒメをして伊勢に天照大神を招来した物語になっていく。
糾合とはいえ、伊勢度会 信仰が弾圧されたわけではない。
いわばシテが天照大神として入ってきたためにワキにまわった。
そのような親和性というか、服属関係の和合性があった。
それが外宮のトヨウケ(豊受大神)である。
ということは、天照大神という神格も最初からあのようなものであったのではなく、
当初はヒノカミ(日神)とかヒルメ(日女)とよばれていたもので、
おそらくは天武朝が近づくにつれ、それが天照大神とよばれるようになったのであろうということだ。
松岡正剛 千夜一夜 「古語拾遺」 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0571.html
そして 伊勢神道 では
豊受大神宮 (外宮)を皇大神宮 (内宮)と同等以上の存在
外宮の祭神豊受大神 は、天地開闢 に先立って出現した天御中主神 および国常立神 と同一であり、
天照大神 をしのぐ普遍的神格だとすることを特色とする。 (by wikipedia)
つまり、" 豊受大神宮 > 天照大神 " というのは知らなかった。
さらに 元伊勢 なる由緒ある神社が数多くあり、特に丹後元伊勢伝説 の 籠神社
(天の橋立の近く) には 豊受大神 が相殿として祀られている。
神話や聖書はある意味、その時代
の都合により構成したものといえる。
「ツァイトガイスト(時代の精神)」 http://
は聖書だとか神話のつくられかたをよくまとめている。
さて、神話や聖書から、マスメディア。
ネットの時代の”神話”はどのように制御されていくのだろうか。
---
*1, 2 アマテラス大神 伊勢神宮 - 引き裂かれた神城 -
大阪教育大学名誉教授 鳥越憲三郎 「別冊歴史読本34 聖なる神々 神社の謎 1995・12」
より引用
縄文時代の芸術はどこに
高橋克彦氏の小説はいくつか読んでいて
- 写楽殺人事件 (講談社文庫)
竜の柩(1) は正直どうなのだろうかと
思っていたのですが、これは傑作です。
そして出雲へと展開されていくのですが、
津軽のアラハバキ のあたりででてくるこの
縄文時代の遮光器土偶は実にいいですね。
津軽の亀ヶ岡石器時代遺跡のものは
「亀ヶ岡もの 」といわれて、江戸時代に
1万個も完全な土器が勝手に発掘されて
もっていかれたと wikipedia にあります。
火焔型土器といい、どう考えても弥生時代の
ものの方が美術作品としてすばらしく感じられ
ます。
銅鐸は東北からはいまのところ発掘されていない ようですが、どうしてなのでしょうか。
1984年の出雲の荒神谷遺跡 のようにいっきに銅剣が384本もでてきたこともありますから、なんともいえませんが。
「縄文中期の中部より東の人口は252,000人で総人口の96%を占め、西日本は9500人に
過ぎなかった。(昭和53年小山修三国立民族博物館名誉教授) 」 がその後の気候変動
と稲作伝来の影響で東西逆転となったようですが、芸術的な豊かさはどこかにおいていか
れたのか。 人種がかわったのか、貨幣のような仕組みの影響か。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDisplay.do?lang=ja&linkType=history
伊勢神宮 深夜0時の祭儀
伊勢神宮が20年に一度の社殿の一新のためのPR用のホームページを作成している。
ちなみに「心御柱」という神聖な柱を尋常ならざる時刻に床下に奉建する、秘密の儀式がある。
ある意味、三種の神器のひとつの八咫の鏡より意味深いもののように感じられる。
=> 幕末維新の暗号05 三種の神器
「日本の源郷はどこか」と問われたとき、その一つに伊勢神宮をあげてください。
木本祭 このもとさい
木本祭は御正宮の御床下に奉建する神聖な柱である「心御柱」(しんのみはしら)の
御用材を伐るに際して、木本の神をおまつりするものです
この祭儀は古来より秘技とされ、何人も拝見することが許されません
時刻も皇大神宮が午後8時から、豊受大神宮が深夜0時という尋常ならざる時刻に行われることが、
この祭儀の尊厳性を物語っています
今回は初めて木本祭の一部(お祓いの儀式まで)を報道各社の取材を受けました
常の祭儀とは異なり、静まりかえった神域の中に、祭儀に奉仕するわずか15名の
神職・物忌・小工などが、庭火のほの明かりの中、お祓いを受ける様子が幻影のように窺えました
http://www.kirari1000.com/feature/sengu/H17/link/konomoto.htm
神道といっても、伊勢神道と出雲神道の争い(“出雲”という思想 )があり、こんなことでは列強に
勝てないと、明治政府が国家神道をつくっていった。
スサノヲやオホクニヌシが中心となる可能性もあったとは知らなかった。
もっとも伊勢神宮もどうやら力ずくで持統天皇に皇祖神アマテラスを押し付けられたようです。
それで、持統天皇以来、明治天皇まで参拝していなかったのでしょうか ?
もっとも、持統天皇も
「三輪朝臣高市麻呂は、上表して諫言し、天皇が伊勢に行幸して農事を妨ることをやめるよう求めた」
にもかかわらず、伊勢にいっているのですが。
式年遷宮も持統天皇の御代に第1回目が斎行されていますが、アメとムチにみえてきます。
「エミシの国の女神」によると、持統天皇 の晩年の三河行幸のとき、
瀬織津姫を祭る神社の祭神を変更したらしいです。
http://d.hatena.ne.jp/ashetora/20050923/1159694746
このタブーと関わるかとおもいますけど、江戸時代に、
伊勢神宮と真っ向から対立した、志摩・磯部町の伊雑宮(いぞうぐう) 側の代表者が
神宮側によって暗殺されているという事実があります(『天の岩戸』いそべ志友会)。
伊雑宮の元々の祭神の一神は瀬織津姫だったわけです。
日本の国がもっている根っこの暗さをみさせられるような「事件」です。
・・・
この本の企画を菊池さんが「よし」といっていただいた時点で、風琳堂は菊池さんと、
あるいは瀬織津姫と心中かなとおもったことを正直に伝えておきます。
この本はこれまでの日本史の根幹を引っ繰り返す可能性を秘めています。
http://www5.ocn.ne.jp/~furindo/yawa1.html
しかし、日本は藤原不比等と持統天皇のおかげで、歴史の謎解きを楽しむことができる
ようになったわけです。
それに、伊勢神宮の秘密の祭儀のようすはどこかに西洋の秘宝でも隠しているのでは
ないかとさえ思わせてくれます。
参考 : 折を見て読んでみたい本
2007/06/21
私は『エミシの国の女神』で風琳堂さんがいうように持統あるいは天武の時代に瀬織津姫が抹殺されたのではなく、そもそも持統あるいは天武の時代には瀬織津姫などという表記はなく、「せおりつひめ」と呼ばれる女神も存在しなかった(ゆえに「記紀」にその名が登場するはずはない)と考えています。
この点が風琳堂さんの主張と私の主張の最大の相違です(URL⇒ )。
『エミシの国の女神』の一番の主張(問題提起)は、アマテラスを男神から女神に代えた時点で抹殺された女神がいたということです。抹殺されたとまではいわなくてもこの過程において「割を食った」女神がいた可能性については、私も否定しません。
そして、私は、その女神は、瀬織津姫ではなく、書紀巻一第八段一書第五に登場する「【木爪】津姫」だというのが拙著(穂国幻史考 )205~207ページでの論証です。
・・・
今まで見向きもされなかった瀬織津姫に光を当てた『エミシの国の女神』の功績は多大なものです。
しかし、出版されて七年、『エミシの国の女神』の記述を前提にカルト的な論もしばしば見受けられるようになりました。
そろそろ『エミシの国の女神』を検証する時期になったのではないかと思い投稿させていただきました。
http://kihitsu.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/joyful/joyful.cgi?page44=v
アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)/筑紫 申真 講談社 (2002/05)
本の最高神たる天照大神が太古からの存在ではなく、
比較的新しく天武・地統天皇の時代につくられたことを告げている本。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-655.html
天火明命の天照御魂神から皇祖神の天照坐皇大御神になり、
『記紀』によって火明命の系譜は抹殺されたとした。
ここから著者は皇祖神を祭る伊勢神宮を創建した持統にとって、
丹波の天火明命の末裔たる三河穂国を何としても
武力制圧しなければならなかったとした。
http://honk.hp.infoseek.co.jp/data/hon/h026.htm
古人大兄皇子と同一人物ということです。
『日本書紀』によれば、古人大兄皇子は645年に亡くなり、
大海人皇子は653年に突然初出(出自や子供時代のことは不明)で、
この空白の8年間は三河に亡命していて、
ご落胤もいるのではないかということです。
「持統天皇の陰謀」とは、天武天皇の三河在住時代に生まれた
ご落胤の殺害と、天武天皇が三河にいた証拠の抹消です。
三河に天武天皇伝承が無い理由を「住んでいなかったから」ではなく、
「住んでいた証拠を持統天皇がことごとく消したから」
と結論付けたことが新鮮です。
http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/manyou/jitou.htm
古代日本は東海・関東が、九州の南方に延びる列島と考えられていた
とすると、邪馬台国がこの位置になる?
内容(「BOOK」データベースより)
驚異のダイヤモンドゾーン。大胆な仮説で、“古代環太平洋文明”のピラミッド群を構想し、徐福伝説、記紀神話の世界を三河各地に比定。日本の源流・古代神都の発掘。
『日本書紀』や『旧事本紀』には、つぎのような奇怪な伝承が残されている。
神武東征以前、天神の子ニギハヤヒが天磐船に乗って畿内に天降った、という伝承である。
天神の子とは、いったい何者だろうか。
民俗学者・谷川健一氏の古代史の闇をさぐる壮大な旅が、ここからはじまる。
銅鐸、白鳥伝説、ヒノモトの地名伝承等をもとに、北九州筑紫平野を起点にはじめた旅は、瀬戸内海を経、畿内に達し、さらに東北にまでいたる。そして、そこからみえてきたものは…………。
それは、正史から抹殺された物部氏の秘められた歴史だった。
神武東征以前に雨降った天神の子とは、じつは物部一族であり、彼らはヒノモトと称する物部王国をつくり、自らを白鳥の子孫と考えていた、という信じがたい事実であった。
これらの「信じがたい」事実が、谷川氏の柔軟で鋭い感性と、綿密で膨大な資料の博捜、地名検証によって、しだいにその実像をあらわしていくさまは壮観といえる。上巻では、こうした物部氏東遷の経緯をスリリングに追い求め、下巻では、神武軍によって敗れた物部氏の一団が、東北へ敗走し、やがて中世になって、エゾとともに東北史のなかに蘇る姿を描きだす。歴史学者が見落とした、いな、見ることすらできなかったヴィヴィッドな古代の姿が、ここにはありありと見えてくる。歴史に残る名著である。
ちなみに「心御柱」という神聖な柱を尋常ならざる時刻に床下に奉建する、秘密の儀式がある。
ある意味、三種の神器のひとつの八咫の鏡より意味深いもののように感じられる。
=> 幕末維新の暗号05 三種の神器
「日本の源郷はどこか」と問われたとき、その一つに伊勢神宮をあげてください。
「お伊勢さん」と称される三重県の伊勢神宮に、20年に一度、社殿や御神宝類を一新する式年遷宮
と称される大祭があります。
約1300年前の持統天皇の御代に第1回目が斎行され、爾来第62回目の式年遷宮は、
来る平成25年の秋に予定されています。
http://www.sengu.info/event200804.html
木本祭 このもとさい
木本祭は御正宮の御床下に奉建する神聖な柱である「心御柱」(しんのみはしら)の
御用材を伐るに際して、木本の神をおまつりするものです
この祭儀は古来より秘技とされ、何人も拝見することが許されません
時刻も皇大神宮が午後8時から、豊受大神宮が深夜0時という尋常ならざる時刻に行われることが、
この祭儀の尊厳性を物語っています
今回は初めて木本祭の一部(お祓いの儀式まで)を報道各社の取材を受けました
常の祭儀とは異なり、静まりかえった神域の中に、祭儀に奉仕するわずか15名の
神職・物忌・小工などが、庭火のほの明かりの中、お祓いを受ける様子が幻影のように窺えました
http://www.kirari1000.com/feature/sengu/H17/link/konomoto.htm
神道といっても、伊勢神道と出雲神道の争い(“出雲”という思想 )があり、こんなことでは列強に
勝てないと、明治政府が国家神道をつくっていった。
スサノヲやオホクニヌシが中心となる可能性もあったとは知らなかった。
もっとも伊勢神宮もどうやら力ずくで持統天皇に皇祖神アマテラスを押し付けられたようです。
それで、持統天皇以来、明治天皇まで参拝していなかったのでしょうか ?
もっとも、持統天皇も
「三輪朝臣高市麻呂は、上表して諫言し、天皇が伊勢に行幸して農事を妨ることをやめるよう求めた」
にもかかわらず、伊勢にいっているのですが。
式年遷宮も持統天皇の御代に第1回目が斎行されていますが、アメとムチにみえてきます。
「エミシの国の女神」によると、持統天皇 の晩年の三河行幸のとき、
瀬織津姫を祭る神社の祭神を変更したらしいです。
http://d.hatena.ne.jp/ashetora/20050923/1159694746
このタブーと関わるかとおもいますけど、江戸時代に、
伊勢神宮と真っ向から対立した、志摩・磯部町の伊雑宮(いぞうぐう) 側の代表者が
神宮側によって暗殺されているという事実があります(『天の岩戸』いそべ志友会)。
伊雑宮の元々の祭神の一神は瀬織津姫だったわけです。
日本の国がもっている根っこの暗さをみさせられるような「事件」です。
・・・
この本の企画を菊池さんが「よし」といっていただいた時点で、風琳堂は菊池さんと、
あるいは瀬織津姫と心中かなとおもったことを正直に伝えておきます。
この本はこれまでの日本史の根幹を引っ繰り返す可能性を秘めています。
http://www5.ocn.ne.jp/~furindo/yawa1.html
- 天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀/鬼塚 英昭
の出版は2006/7ですが、
2000年に「エミシの国の女神」を出すのは本当に怖かったのではないでしょうか。
しかし、日本は藤原不比等と持統天皇のおかげで、歴史の謎解きを楽しむことができる
ようになったわけです。
それに、伊勢神宮の秘密の祭儀のようすはどこかに西洋の秘宝でも隠しているのでは
ないかとさえ思わせてくれます。
参考 : 折を見て読んでみたい本
- 菊池 展明 初版:2000年10月
- エミシの国の女神―早池峰-遠野郷の母神=瀬織津姫の物語
2007/06/21
私は『エミシの国の女神』で風琳堂さんがいうように持統あるいは天武の時代に瀬織津姫が抹殺されたのではなく、そもそも持統あるいは天武の時代には瀬織津姫などという表記はなく、「せおりつひめ」と呼ばれる女神も存在しなかった(ゆえに「記紀」にその名が登場するはずはない)と考えています。
この点が風琳堂さんの主張と私の主張の最大の相違です(URL⇒ )。
『エミシの国の女神』の一番の主張(問題提起)は、アマテラスを男神から女神に代えた時点で抹殺された女神がいたということです。抹殺されたとまではいわなくてもこの過程において「割を食った」女神がいた可能性については、私も否定しません。
そして、私は、その女神は、瀬織津姫ではなく、書紀巻一第八段一書第五に登場する「【木爪】津姫」だというのが拙著(穂国幻史考 )205~207ページでの論証です。
・・・
今まで見向きもされなかった瀬織津姫に光を当てた『エミシの国の女神』の功績は多大なものです。
しかし、出版されて七年、『エミシの国の女神』の記述を前提にカルト的な論もしばしば見受けられるようになりました。
そろそろ『エミシの国の女神』を検証する時期になったのではないかと思い投稿させていただきました。
http://kihitsu.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/joyful/joyful.cgi?page44=v
アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)/筑紫 申真 講談社 (2002/05)
本の最高神たる天照大神が太古からの存在ではなく、
比較的新しく天武・地統天皇の時代につくられたことを告げている本。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-655.html
天火明命の天照御魂神から皇祖神の天照坐皇大御神になり、
『記紀』によって火明命の系譜は抹殺されたとした。
ここから著者は皇祖神を祭る伊勢神宮を創建した持統にとって、
丹波の天火明命の末裔たる三河穂国を何としても
武力制圧しなければならなかったとした。
http://honk.hp.infoseek.co.jp/data/hon/h026.htm
- 榊原 康彦 2006年01月
- 天武天皇の秘密と持統天皇の陰謀―謎の古代三河と大和
古人大兄皇子と同一人物ということです。
『日本書紀』によれば、古人大兄皇子は645年に亡くなり、
大海人皇子は653年に突然初出(出自や子供時代のことは不明)で、
この空白の8年間は三河に亡命していて、
ご落胤もいるのではないかということです。
「持統天皇の陰謀」とは、天武天皇の三河在住時代に生まれた
ご落胤の殺害と、天武天皇が三河にいた証拠の抹消です。
三河に天武天皇伝承が無い理由を「住んでいなかったから」ではなく、
「住んでいた証拠を持統天皇がことごとく消したから」
と結論付けたことが新鮮です。
http://www2.wbs.ne.jp/~ponta/manyou/jitou.htm
古代日本は東海・関東が、九州の南方に延びる列島と考えられていた
とすると、邪馬台国がこの位置になる?
内容(「BOOK」データベースより)
驚異のダイヤモンドゾーン。大胆な仮説で、“古代環太平洋文明”のピラミッド群を構想し、徐福伝説、記紀神話の世界を三河各地に比定。日本の源流・古代神都の発掘。
- 谷川 健一白鳥伝説〈上〉
『日本書紀』や『旧事本紀』には、つぎのような奇怪な伝承が残されている。
神武東征以前、天神の子ニギハヤヒが天磐船に乗って畿内に天降った、という伝承である。
天神の子とは、いったい何者だろうか。
民俗学者・谷川健一氏の古代史の闇をさぐる壮大な旅が、ここからはじまる。
銅鐸、白鳥伝説、ヒノモトの地名伝承等をもとに、北九州筑紫平野を起点にはじめた旅は、瀬戸内海を経、畿内に達し、さらに東北にまでいたる。そして、そこからみえてきたものは…………。
それは、正史から抹殺された物部氏の秘められた歴史だった。
神武東征以前に雨降った天神の子とは、じつは物部一族であり、彼らはヒノモトと称する物部王国をつくり、自らを白鳥の子孫と考えていた、という信じがたい事実であった。
これらの「信じがたい」事実が、谷川氏の柔軟で鋭い感性と、綿密で膨大な資料の博捜、地名検証によって、しだいにその実像をあらわしていくさまは壮観といえる。上巻では、こうした物部氏東遷の経緯をスリリングに追い求め、下巻では、神武軍によって敗れた物部氏の一団が、東北へ敗走し、やがて中世になって、エゾとともに東北史のなかに蘇る姿を描きだす。歴史学者が見落とした、いな、見ることすらできなかったヴィヴィッドな古代の姿が、ここにはありありと見えてくる。歴史に残る名著である。
- “出雲”という思想―近代日本の抹殺された神々 (講談社学術文庫)/原 武史
- 講談社学術文庫/2001
出版社/著者からの内容紹介
〈出雲〉はなぜ抹殺されたのか
気鋭の思想史研究者が描く近代日本確立の陰の苛烈な戦い
明治国家における「国体」「近代天皇制」の確立は、〈伊勢〉=国家神道の勝利であった。その陰で闇に葬られたもう1つの神道・〈出雲〉。スサノヲやオホクニヌシを主宰神とするこの神学は、復古神道の流れに属しながら、なぜ抹殺されたのか。気鋭の学者が〈出雲〉という場所(トポス)をとおし、近代日本のもう1つの思想史を大胆に描く意欲作。
2月まとめ
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