インターネットの時代の神話 | 旅行、美術館、書評

インターネットの時代の神話

豪族の弱体化を図った天武天皇

 血縁関係のない小氏族も一族として抱えている大豪族を解体させる方法として、
 それぞれが氏族として独立し、直接の祖神を祈るように詔している。 *1

それで、天皇家の皇祖天照大神に立派に祀るため、新しい神宮を造営。

 その(大津皇子 の死から)4年後、内宮が完成する。しかし斎王 大来皇女
 あえて移ろうとはしなかった。弟を殺した叔母の持統天皇によって造営された
 宮地にいくことを、女の意地で拒んだのではなかったのかと思う。 *2

弟のこともさることながら、どうやらこのタイミングで男神だった天照大神を女神
しているようす。

 のちに大和朝廷をつくることになる一族が太陽信仰をしていたことは推察するに難くない。
 その中央の太陽信仰が地方的な伊勢の太陽信仰を糾合したという経緯が、
 ヤマトヒメをして伊勢に天照大神を招来した物語になっていく。
 糾合とはいえ、伊勢度会 信仰が弾圧されたわけではない。
 いわばシテが天照大神として入ってきたためにワキにまわった。
 そのような親和性というか、服属関係の和合性があった。
 それが外宮のトヨウケ(豊受大神)である。
 ということは、天照大神という神格も最初からあのようなものであったのではなく、
 当初はヒノカミ(日神)とかヒルメ(日女)とよばれていたもので、
 おそらくは天武朝が近づくにつれ、それが天照大神とよばれるようになったのであろうということだ。
 松岡正剛 千夜一夜 「古語拾遺」 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0571.html


そして 伊勢神道 では 

 豊受大神宮 (外宮)を皇大神宮 (内宮)と同等以上の存在
 外宮の祭神豊受大神 は、天地開闢   に先立って出現した天御中主神 および国常立神 と同一であり、
 天照大神 をしのぐ普遍的神格だとすることを特色とする。 (by wikipedia)

つまり、" 豊受大神宮 天照大神  " というのは知らなかった。

さらに 元伊勢  なる由緒ある神社が数多くあり、特に丹後元伊勢伝説 の 籠神社
(天の橋立の近く) には 豊受大神 が相殿として祀られている。


神話や聖書はある意味、その時代
の都合により構成したものといえる。
 「ツァイトガイスト(時代の精神)」 http://video.google.com/videoplay?docid=1431037135738418803
は聖書だとか神話のつくられかたをよくまとめている。


さて、神話や聖書から、マスメディア。 
ネットの時代の”神話”はどのように制御されていくのだろうか。

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*1, 2 アマテラス大神 伊勢神宮 - 引き裂かれた神城 -  
   大阪教育大学名誉教授 鳥越憲三郎 「別冊歴史読本34 聖なる神々 神社の謎  1995・12」
   より引用