西欧の叡智
そういえばモーニングにイタリアを舞台にしたものが連載されていた、程度の認識でした。
ボルジア家とういのは、どこのことかと思ったら、スペインなんですね。
Wikipedia の「アレクサンデル6世」には以下のように、かなり辛辣なことが
明記されています。
当時の高位聖職者たちのように彼のモラルは堕ちきっており、
金と女に情熱を傾けていた。このころには、
すでに数人の子供が愛人たちから生まれていた。
こうして彼が教皇アレクサンデル6世を名乗ることになる。
このコンクラーヴェ における贈収賄は広く世に知られ、
彼が三重冠を金で買ったと非難される原因になった。
教皇は自らの地位を手にいれるためにあらゆる同盟を結んだが、孤立を恐れる余りフランスのシャルル8世 の助けを求めた。さらにナポリ王が孫娘をめあわせたミラノ公との提携を図るようになると、シャルル8世をそそのかしてナポリ王国 を狙わせている。
フランスが勝手にイタリアを占領しようとしたわけでもなかったようです。かけひきですね。
西欧は、こんなことを延々と何百年も前からやってきているのですから、たちまわりが上手なわけです。
また、宗教上のトップになる人に子供がいたりすると、危険ですね。
カトリックはこうした数々の試練を乗り越えてきているけれども、新しいところのものは
世代交代のあたりが、やはり危なそうで、よって政治と宗教の分離は過去の歴史をみても重要。
こういうところは、西欧の叡智。
そういえば、先日、ちょとした記事がありました。
誰も気づかずに見すごされてしまうには大きすぎる小さな記事 より
週刊実話の5月29日号に、先般来日した中国の胡錦涛主席が創価学会の池田大作名誉会長を持ち上げて、
彼は立派な政治家だ、などと繰り返し発言した、
これ に、あわてた創価学会関係者は、外務省と一緒になって、
この発言が広まらないように奔走した、という趣旨の記事があった。
胡錦涛主席のこの言葉は大手新聞やテレビでは一切報道されていない。
いうまでもなく、政教分離は憲法20条で原則禁止されている。
創価学会は日蓮正宗系の宗教団体だ。
その一方で創価学会は連立政権党である公明党の支持母 体である事は周知の事実だ。
だから、これは政教分離の原則にもとることにならないか、という問題は、
これまで折に触れて取りざたされてきた。
そんな中で、 中国の元首が、創価学会の名誉会長は政治家だと言ったという。
これが事実ならば、やはり外部の人間が客観的にそのように受け止めているのか、と言うことに なる。
政教分離問題が再び問題視されかねない。
週刊実話の記事は、見過ごされてしまうには大きすぎる小さな記事だ。
以下
グノーシスの薔薇/デヴィッド マドセン からの抜粋
この時代、イタリアは戦乱と混沌で引き裂かれていた。
1498年、ジョバンニ・デ・メディチが枢機卿に任じられてから6年後、
ボルジア家出身のアレクサンドル6世が教皇の座に収まった6年後、
そしてオルレアン公ルイがシャルル8世の後を襲ってフランス王に就いた
(彼はついでにエレサレムとシチリアの王でありミラノ公でもあると名乗った)
その年のこと。フランス人たちは、ミラノを略取しようとイタリア半島に再度侵攻してきた。

グノーシスの薔薇/デヴィッド マドセン より
ナポリ王国やさらに南部の地域は、フランス人に侵略された傷跡を癒している最中だった
(シャルル8世がナポリの聖堂で「シチリアとエレサレムの王」を戴冠したのは、
ほんの3年前のことだった)。
較べれば、ペルージア、ウルビーノ、シエナといった共和国もほうが、まだ期待が持てたのだ。
なるほど、シャルルが帰国した後、フランス軍第一次侵略部隊はすぐさま撃退されてしまっていたが、
南部地方にはいまだ不安と恐怖が色濃く残っていた。それに、ひとたびミラノを手に入れたとなれば、
ルイ12世がナポリに食指を動かすのは時間の問題だと誰もが知っていた。
それに引き換え、アレクサンドル6世の庶子チェーザレ・ボルジアが、権力への渇仰に駆られて
ロマーニャ一帯を恐怖のどん底にたたき込むだろうとは、誰も予想していなかった。
チェーザレ・ボルジアを唆(そそのか)し、手助けしたのは、他ならぬルイだった
(アレクサンドル6世は、彼の結婚を教皇権限で無効にし、おかげでルイは晴れて
アンン・ド・ブルターニュと結婚することができた)。
チェーザレ・ボルジアは、ルイに従ってミラノに出征した。彼が程なく引き起こす混乱状態は、
まだ姿を現していなかった。
・・
メジチ家は1497年に愛するフィレンツェの町から追放され、17年後まで帰還することが
かなわなかった・・
1503年のことである。色々な意味で重要な年だった。ロマーニャ地方では、血なまぐさい戦いを経て、
チューザレ・ボルジアが覇権を確立した。形の上ではフランスの支配下にあったが、実質は彼が、
彼一人が支配者だった。実際、彼は為政者としては極めて優秀で、それまでの混乱状態を一掃して
(まあ、混乱状態の過半は彼が自ら引き起こしたものだったのだが)、立派な秩序を築き上げた。
だが、父親の教皇アレクサンドル6世が死ぬと(愛用の毒薬を誤って飲み込んだと、まことしやかに
噂された)、チューザレの没落も始まった。
ルイ12世が死んで、フランソワ1世が王位に即と、事態は全く予期せぬ新しい局面を迎えた。
フランソワは若く野心に溢れていたが、権力亡者のくそ婆である母親ルイーズ・ド・サヴォアに
唯々諾々と従っていた。
これが政治的な駆け引きでしかないことは、笑うほか無い自明の理、なぜならフィリベルタは
実に醜く、ジュリアーノの配偶者としてはあり得ないほど年を食っていたからだ・・・が、
ジュリアーノとフィリベルタは1515年6月25日、本当に結婚してしまった。
今やフランソワ1世の叔母の夫となったジュリアーノは、当然レオにフランス側に立つように
進める
P204
和平交渉は長引いたが、フランソワは驚くほど寛大なところを見せた。おそらくは、
マクシミリアンとイングランド王ヘンリー8世(トーマス・ウルジーを枢機卿にしたおかげで、
彼はレオの忠実な友となっていた)の間の同盟が成立して、彼から勝利の果実を奪ってしまう
ことを恐れていたのだろう。 P210
隠れ親露のドイツ
「田中宇の国際ニュース解説 2008年5月20日号」
がかなりおもしろい。
*右図はバルバロッサ作戦ですが、今回の記事とは直接
関係はありません。
以下 http://tanakanews.com/080520BR
▼隠れ親露のドイツ
ロシアを中心とする非米同盟の立ち上がりの中で、
特異な位置にいるのがドイツだ。
ドイツは欧米の一員だが、実は親ロシアの「隠れ親露
ドイツは、ロシアと組んで米英中心の欧州支配に対抗したい
第2次大戦後の米英中心体制は、冷戦によってロシアを
敵にするとともに
独露を仇敵とみなすイギリスに都合が良かった。
戦後
首脳が毎年イスラエルを訪問して
巨額の賠償金を支払わされ続けている。
http://www.tanakanews.com
ドイツは、英イスラエルがアメリカを牛耳って続けている米英中心の世界体
制の被害者である。しかし「敗戦国」なので、正面切って米英イス
らえない。逆らえば「ナチス」呼ばわりされる。そこで「隠れ親露
・・・
▼独露でイラン・イスラエル仲裁を模索
ドイツは「隠れ親露」であると同時に「隠れ親イラン」でもある。ドイツは
イランにとって、世界第2位の貿易相手国である(1位は中国)
小工場の75%には、ドイツの製造技術が導入されている
が好きで「僕らは、アラブ人やユダヤ人のような、劣ったセム
ではない。ドイツ人と同じ、優秀なアーリア系だ」などと言う
人はそう言われても、顔をひきつらせ、聞こえないふりをするだろ
・・・
ドイツからは今年3月、メルケル首相がイスラエルを訪問し、毎年の義務と
なっている永遠謝罪の土下座外交をした際、イスラエルに
ランと和解してはいかがですか。ドイツはイスラエルの味方をしま
提案した。イスラエル側は懐疑的で「お前らは、本当はイランの味
となじったが、土下座側のドイツは、なじられるのは慣れっこだっ
『ダ・ヴィンチ・コード』はなぜ問題なのか

「『ダ・ヴィンチ・コード』はなぜ問題なのか? 」
何冊か『ダ・ヴィンチ・コード』の解説本を読んだけれども、
この本がシンプル(?) でわかりやすい。
イエスとマグダラのマリアの結婚説は
この本が元だということで
これは(エヴァンゲリオンで死海文書を知って、以前、半分くらいは読んだはず..)
手元にあったので、探してみたら、確かに記述がありました。
ただこの「『ダ・ヴィンチ・コード』はなぜ問題なのか? 」 では「カトリック教会では7月22日を彼女の記念日として、世界中で彼女の功徳を称え続けてきた。」とありますが...
確か本流としては今世紀になってから見直したのではないかと。
以下はWikipdia マグダラのマリア より
第2バチカン公会議 を受けて1969年にカトリック教会がマグダラのマリアを「罪深い女」から区別するなど、
その地位の見直しが始まった。 20世紀の半ばに、異端の書としてこれまで姿を消していた書物がナグ・ハマディ写本
の発見など、その姿を現してきた。 これも契機になっているであろう。 しかし、娼婦でなければ妻とするのは「同じ見方の裏と表」と、エレーヌ・ペイゲルス(Elaine Pagels
)は指摘する。 ペイゲルスによれば、「男たちは、マグダラのマリアがイエスの弟子でも、リーダーでもなく、性的な役割だけを与えようとして、このようなファンタジーを作っているのではないかとさえ思える」と。
あと、この「『ダ・ヴィンチ・コード』はなぜ問題なのか? 」で印象的だったのが
以下のオプス・デイに関する質疑応答。
問2 映画(小説)に出るような苦行は実際するのですか?
いいえ、ただし、約3分の1の独身メンバーが小さな鞭やしリス(鎖)を使う苦行をする習慣があります。
こうした苦行はカトリック教会においては非常に伝道的であり、かつ現代でも行われていることです。
例えば、マザーテレサも自分がそのような苦行をしていることを公言していました。
日本でも断食や滝に打たれるといった苦行はなじみ深いものです。
そういえば、マザーテレサのこの鞭の話は当時聞いたとき、ちょっと驚いたことを思い出しました。
Wikipedai のオプス・デイ の項目(日本語)には鞭や鎖の文字はさすがにみあたりません。
しかし、カトリックにはいろいろな組織があるのに、「グノーシスの薔薇」にあったように、
まさか、ルターで真っ二つに割れることになるとは、誰も思ってもいなかったのでしょう。
割れた原因は神学論争ではなく、政治とお金だったようなことが「グノーシスの薔薇」でも
ペッペにより語られていましたが。
映像はあまり興味はないけれども、そもうちにまた
- ダ・ヴィンチ・コード〈上〉/ダン・ブラウン
- これは再読してみなければ。
レンブラントとその時代の金融システム11 グノーシスの薔薇
彼の横柄でむさ苦しい顔がキャンバスに描かれつつある。
レオの椅子に片手をかけながら(いささか不吉な暗示だ)、こびへつらっている最中
なのか、上半身を傾けている。
私には理解できないなんらかの理由から、前回の制作途中にたまたま部屋に
入ってきたルイジ・デ・ロッシ枢機卿が、肖像画の中に永久にその姿をどどめる
ことになった。
私はラファエロに、自分も絵の中に入れないものかと訊いてみた。
レオもこのアイデアがおきに召した模様だったが、画匠はその牝鹿のような
瞳で私の身体を上から下まで眺めてから、静かに断った。
「残念ながら、私の技量では無理です。私は美しい物しか描けませんので」
彼の言葉には何の悪意もこめられていなかった--
ラファエロは好男子として登場している。
下図のユリウス2世とレオ10世の肖像画はラファエロによる。
枢機卿を目指していた(?) ラファエロの作品は、見栄えがよすぎて、
やはりこのあたりのテイッツアーノの方が味がある 。
誰かが言っていた、レオの曽祖父コジモ・デ・メディチがフィレンツェの父だとしたら
ロレンツォ・イル・マニーフィコはフィレンツェの申し子なのだと。
ロレンツォは子どもの頃から周りにいる芸術家、文学者、詩人、哲学者との友情を育むことができた。
・・・
肥満体で、恐るべき天賦の才の持ち主であったサンドロ・ボッティチェリ
(片手に鳥の脚を持ってむしゃぶりつきながら、もう片方の手で絵筆を握っていた)等など。
そしてミケランジェロ・ブオナロッティ とうい名の、黒い眉をした若者も加わった。
彼をロレンツォに紹介したのは、彫刻家のベルトルドだった。
ボッティチェリはこのありさま。
ロレンツォの息子だったレオはミケランジェロとは幼馴染。
この楽園に、一匹の蛇が入り込んだ。他ならぬロレンツォの専制君主への野望だ。これは、
独立不さの精神を重んじるフィレンツェ人が、何より忌み嫌うものだ。
・・
やがて、積もりつもった不満は嵐となって、1492年にロレンツォの跡を継いだ息子ピエロ・デ・メディチの
頭上に降りかかった。猫も杓子も、彼が「かぼちゃ頭」だと知っていた。
・・・
肖像画のピエロがなんとなく「かぼちゃ頭」にみえてきた。
メディチ家はフィレンツェから追放される。
ドミニコ派の改革者ジロラモ・サヴォナローラが現れて、群集を前に説教し、俗世の奢侈を棄て、
十字架を奉ずるようにと焚きつけたのは、この都市においてだった。
1494年から95年にかけて、彼は一種のイタリア改革運動を始めた。
盛大に火が熾され、淫らな本、ギリシャの哲学書、はては高価な衣服といったものまでが、
サヴォナローラ に魅了された民衆によって、火中に投じられた。
ボルジア家出身の教皇、老アレクサンドル6世がこれを気に入るはずもなく
サヴォナローラはローマに呼び出されるも、当然、拒否。
よって破門される。
結局、フランチェスコ派が暗躍し、短い拘束期間を経て1498年 処刑。
彼の身体は拷問のせいでひどくねじ曲がってしまっていたから、死刑台にかける前に
むりやり引き伸ばさなくてはならなかったとか。
サヴォナローラにはまってしまった後のボッティチェリの絵は暗い。

レンブラントとその時代の金融システム10 グノーシスの薔薇
グノーシスの薔薇/デヴィッド マドセン
よりレオの従兄弟のジュリオ(彼も枢機卿であることは言うまでもない)は、いつも
教皇庁をうろうろしていて、さらなるおこぼれに与ろうと、レオにおべっかを使って
いる。これは秘密なのだが、彼は本当はレオを軽蔑している。
え、秘密ならどうして知っていのかって? ・・・
ジュリオが、教皇庁の宿坊の廊下で聖下の甥であるロレンツォと話し込んで
いるのをつい聞いてしまったのだ --
・・・
ジュリオとロレンツォはレオを使い捨ての収入源のようにみなしているのは明らかだった。
・・・
従兄弟の偽りの献身にまるめこまれているからといって、レオが騙されやすい
お人好しだなんて考えないでいただきたい。
・・・
最後に商人は、聖母が祈る姿を描いたこのイコン、実は福音書の著者ルカ
その人の手になるものだと噂されているのです、と告げた。
・・・
「聖骸布というのを見たことがあるかね?そこに彼の姿が現れたという」
「いえみたことがありません」
「そこでは、イエスの髪から額の真ん中にかけて、滴った血の跡があるのだよ。
おそらく茨が彼の頭に強く押し付けられたせいで流れ出した血ではないかな。
聖なる似姿の中にこの血痕が、どうしだか東方のイコンでは、間違って髪のひと房として
描かれている。
そのせいで、それ以降に描かれた主の像には全て、この髪の房が見られるようになった。
つまりこれは後世になってから東方で生み出されたスタイルというわけだ。
私たちの見た、由緒正しいと吹聴されていたあのイコンにみ、この髪の房が描かれていたろう?」
ジュリオがレオの後にローマ教皇になったけれども、例の、ローマ略奪にあった。
有名なのが豪華王ロレンツォで、
(メディチ家の他のロレンツォと区別する意味もあって、ロレンツォ・イル・マニーフィコ Lorenzo il Magnifico とも呼ばれる。実際、この本の中でもこの名で呼ばれている箇所がでてくる)
上ででてきたロレンツォはレオの兄のピエロの息子。

聖骸布というと、
聖骸布血盟 上巻 (ランダムハウス講談社文庫)/フリア・ナバロ
マンディリオンというイコンのもととなった思われものがあったそうですが、
これらの争奪戦がこれでは小説として描かれていて、ただ、最後はもう
ひとつだったような憶えがあります。
聖骸布とは
http://www2.ocn.ne.jp/~g-compri/mpage1.html
レンブラントとその時代の金融システム9 グノーシスの薔薇
- 我らが友たる聖書マニア
- グノーシスの薔薇/デヴィッド マドセン
より
なるほど教皇庁は確かに腐敗している、
だが、それが何だというのだ?
誰もが知っていることではないのか。
あまりにも長いこと腐敗してきたので、誰もそれが腐敗していなかった時のこと
なんか覚えていないし、そんな時代があったなんて考えもしないだろう。
ルターとかいう輩のように、どうしてこな体たらくに、などと勿体らしく思案するのは、
「なぜ太陽が熱いのか」だの「なぜ水は湿っているのか」だのを問うて、それを
改めようと試みるのに似ている。
それこそ「虚栄の最たるもの」というものだ。
ドイツの気難しい修道士殿のような連中の問題点は、自分たちは他の人々よりも
上位にあり、世界を正す資格を与えられていると思い込んでいることだ。
だが、世界は決して正しくはならないないし、これからもそうだろう
なぜならこの世は地獄なのだから
(ちなみにこれはグノーシスの知恵の一部)。
だからといって私は、聖なるアウグスティヌスのように人間嫌いにはならない。
「教皇勅書を出そうかと思うのだ、ペッペ」と聖下は私にいった。
「まだ必要ないでしょう。」
「我らが友たるあの聖書マニアは、せいぜいしばらく懊悩(おうのう)していてもらいましょう。
それに、彼は結局のところ無害ですよ」
「無害?」
「彼はおおぴらに私のことを、高利貸しだの、身内贔屓だの、ソドムの稚児だの --」
「神の血と聖処女の乳にかけて、奴は次のミサを攻撃するに違いない!」
「いっそ彼を枢機卿にしてやったらどうでしょう、聖下」
「それは何かの冗談か?」
・・・
「ルターはアウグスティヌス主義者なんじゃないか?」
「おそらくは」
「ならアウグスティヌスなんぞ、自分の尻の穴でも掘らせておけ」

レオの待従のペッペという小人の手記の形式をとるこの「グノーシスの薔薇」という本は
オリガ・モリソヴナの反語法 の罵詈、汚い台詞などかわいらしく思えてしまうくらい、
汚い言葉やえげつない内容満載であるけれども、「歴史ロマンの到達点」という、うたい文句は
ウソでないと思う。
Sandro Botticelli , の St. Augustine
1480 Fresco (transferred to canvas)
185 x 123 cm Ognissanti, Florence
オンニッサンティ教会にある若い頃の作品
関連
レオ10世 (Leo X 1475年 12月11日 -1521年
)ルネッサンス最盛期のローマ教皇を
中心に、このころの歴史の流れ、歴史上の登場人物の関係がみえてくる。
アウグスティヌス (Aurelius Augustinus、354年 11月13日 - 430年 8月28日 )
松岡正剛の千夜千冊 『三位一体論』アウグスティヌス
アウグスティヌスとルターの差
Wombat
パンダの年間1億円の貸与料ですが、
行への400億の追加出資などと比べると、問題にするような額で
これ系だと
ウォンバット 、やはりこいつがかわいいと思う。
このサイト↓ さすがにプロの撮る動物の写真はちがう
http://www.alexandraphotos.com/
HIVウィルスも怪しいけれども、この農薬はあきらか。
『マサイマラ・レポート』 第13回 ■ 滝田明日香 :家畜獣医(ケニア在住)
アフリカ全土で農薬の乱用が問題視されています。ある地域では肉食獣と猛禽類が
言っても過言じゃないほど。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/title21_1.html
オリガ・モリソヴナの反語法
はじめ、本のタイトルを
「オリガ、モリゾウ(蔵)の反復法」 だと
勝手に思っていたので、
どうもうタイトルと内容が..........と思ったら、
モリゾウ(蔵)でなくて、モリソヴナでした。それと、反語法。

この学校に編入してくる非ロシア語圏からの子供たちが最初に発するロシア語は何だと思います?
・・・
ロシア語で『ありがとう』も『こんにちわ』も言えない子が、
『腐れキXタマ』ですよ、
『他人の掌中にあるチXポコは太く見える』ですよ。
『てめえはやり摩の息子か!』ですよ、
ああ汚らわしい、恥ずかしい。生まれて初めてですが、こんな言葉を口にしたの。

志摩は自分は八ヵ月前にこの学校に編入してきた日本人だと名乗ると、
突然カーチャは腰掛けていた席から飛び上がって、はしゃぎだした。
「わーっ、わーっ、ウソみたいだあ。
今ちょうど夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んだばかりなのよ。
日本のことにとても興味がわいてきたところに、
生きた日本人に会うなんて・・・・・・」
- パン屋再襲撃 (文春文庫)/村上 春樹 などを思い出させるおもしろさ、
- そして ホワイトナイツ 白夜
- ミハイル・バリシニコフのダンスシーンをまた見るために
- レーザーディスクのプレヤーをひっぱりださないと、
- などと思っていたら、
というお話でした。
巻末の参考文献のリストにスターリン だとかフルシチョフ の名前が
みえる。この辺りのことをよく調べ、作品にしていった
作者の気持ちもわかりますが、少し謎解きがくどかったかなと。
国家の恥ということで公にされない惨状も多いようなことは、この
作品の中でも語られていましたが、北国では「沈黙は金」でしょうか。
フルシチョフは
「スターリン批判 により国際共産主義への混乱を招いたという理由で批判を浴び」
「毛沢東 率いる中華人民共和国 とは、社会主義の路線をめぐって論争となり、やがて中ソ対立 」
などにより、失脚。
以下、Wikipedia ニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフ より
日本との関係については、日ソ交渉をしたときの最高指導者である(詳細は日ソ共同宣言 にあり)。晩年に記した回想記の中で、フルシチョフは日本の戦後の発展を羨み、「ソ連がサンフランシスコ講和条約 に調印しなかったことは大きな失策だった」「たとえ北方領土問題 で譲歩してでも日本との関係改善に努めるべきであった」と述べていた。このくだりは結局フルシチョフ本人の政治的配慮によって回想記からは削除されたが、ゴルバチョフ 政権下のグラスノスチ によって1989年になってはじめてその内容が公開された。
ニキータ・フルシチョフ「封印されていた証言」(草思社 )1991年刊
Exodus 出アメリカ
- この本の筋書きに従うと、次はアメリカ帝国で差別されてきた黒人系が世界征服に乗り出すことになります。
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 ケネディ、1961年の名演説 より
あるいは、
2001年9月11日に起こった米同時多発テロについて、
「われわれは広島と長崎に原爆を落として、
ニューヨークと国防総省での犠牲者をはるかに越える数十万人を殺している。
これはそのしっぺ返しで、米国人によってもたらされたテロだ」
などの発言は強烈。 ただ原爆については、日本側も事前に知っていた
ようでも
あり、そうなると 911 だって、米国政府以外がまったく感知していなかったとは
いえないかもしれない。
憲法九条を護持して戦略的安全保障の実現を
こうした方向がいいのではないかと、思いますが... 9条の扱いは
難しい。
ただこうしたものが日本にあるということを世界はあまりしらない
のではないでしょうか。
そして、日本のマスメディアもあまり知らせようとしない。
正直、わたしも知りませんでした。
メディアから無視された憲法9条世界会議「もったいない」でも知られるワンガリ・マータイ 氏。9条は人類がめざすビジョンであると語る
「歴史時代からごくおおまかに話を始めると、
古代エジプト帝国において差別され、虐待された奴隷が逃亡してユダヤ民族を形成し、
そのユダヤ民族の中で差別された階層がキリスト教徒となり、
そのキリスト教がローマ帝国の差別された下層階級に浸透し、ついにローマ帝国を乗っ取り、
キリスト教に支配されたローマ帝国がヨーロッパ民族を支配し、
差別してキリスト教を押しつけ、キリスト教徒となったヨーロッパ民族の中の差別され、
疎外された階層がキリスト教(カトリック)に反抗してプロテスタント(文句言い)となり、
その一部のピューリタンがヨーロッパから追い出されてアメリカに渡り、
先住民を差別し、虐殺してアメリカ帝国を建設し、今や世界征服に乗り出している。」
Moses Found
Rembrandt Harmensz. van Rijn 1606 – 1669
oil on canvas (47 × 59 cm) — 1635Philadelphia Museum of Art, Philadelphia
関連
Re:ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ氏がエイズ陰謀論を
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 : ただの「もったいない
ミケランジェロの蛇
ブルージュのミケランジェロの聖像は肉付きもよく、絵画作品と同じような雰囲気がでている。 そもそもこの像は
高さ9mに配置する設計だったようで、やはり高い位置
においた方がしっくりする。
裸体をシエナの依頼主が嫌ったのが、ブルージュに
この像がある原因のひとつであったそうだが。 *1
システィーナ礼拝堂の最後の審判なども、ミケランジェロが完成させた後で、腰布を書き加えられたときいた。
さて、システィーナ礼拝堂の天上画 のアダムとイブが
蛇にだまさて禁断の智恵の実を食べて楽園から追放
されるシーン。
この蛇は腰から上が乙女として描かれている。
裸体美はミケランジェロの趣味だったと思う
けれども、この蛇の姿はミケランジェロの意図では
なくルネッサンス時の聖書に対する議論を踏まえた
ものだったという。 *2
聖書では蛇は人間の言葉をしゃべっているし、
イブも怖がっていない。
そそのかした蛇に神が怒って罰を与えた結果
腹で這い歩くようになったのであれば、そそのかした
時はどうだったのか?
原罪にからむ重要な場面でもあり、この蛇の存在は意味深い。
右図上の 「ギルガメシュ王さいごの旅」 では
ギルガメシュがせっかく手に入れた
若がえりの草を蛇に食べられてしまう。
以下「ギルガメシュ王さいごの旅」 より
「しかえしだ、ギルガメシュ!」
おそろしいイシュタールの声に、ギルガメッシュは、
はっと目をさましました。
若がえりの草は、すっかり、イシュタールにのみ
こまれていました。
イシュタールは、ギルガメシュに結婚をことわられた、
むかしのうらみをはらしました。
参考
*1
http://www5f.biglobe.ne.jp/~nvangogh/gallery10.html
*2
- 聖書vs.世界史―キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)/岡崎 勝世
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