マルトリートメントと私23.先生からの無視 | ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

ASD【自閉症スペクトラム】女係長 鹿島じゅんの日常生活はサバイバル!

25年以上1つの会社に健常者として勤務し、係長として人の上に立つようになった私が、
どのようにASD(自閉症スペクトラム)の特性と折り合いをつけて生活しているか、
その方法をお伝えしていきたいと思います。

私がなぜ、自分の生育歴を振り返るようになったのかは、

マルトリートメントと私1.私の1番古い記憶

をご覧ください。

 

幼少期のまでの記事はこちら。

マルトリートメントと私.幼少期編

小学校時代の記事はこちら。

マルトリートメントと私15.小学校の入学用意

マルトリートメントと私16.小学校入学

マルトリートメントと私17.裏切られた期待

マルトリートメントと私18.伝わらない辛さ

マルトリートメントと私19.給食で受けた注意

マルトリートメントと私20.貯まらないお金

マルトリートメントと私21.父親を迎えにいく小学生

マルトリートメントと私22.問題児認定

 

※自分の記憶に基づいて書いているため、

事実と違っている可能性があります。

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ASD(自閉症スペクトラム障害)の特性のために、

皆んなと同じ行動をとる事が出来ず、

先生からは反抗的な生徒とみなされてしまった私は、

小学校2年生の時には、

担任の先生から授業でも無視されるようになりました。

 

ことの発端は、

絵を描く授業の時に、

私がASDの特性からこだわったものに対して、

先生が一方的に私の気持ちを無視した指示をしたため、

私は納得がいかなかったものの、

自分の気持ちを上手く言葉にすることが出来ず、

そのイライラも相まって、

誤学習した自分の意見を伝える方法として、

 

「泣いて怒って暴れる」

 

といった行動をとった私が、

自分の描いた絵をビリビリに破った結果、

先生は私を一切無視して授業を進め、

教室の後ろの壁に皆んなの絵を貼った時に、

私だけ何も貼りだされない、

という状況に陥りました。

 

それ自体は自分の行ったことだったので、

仕方のないことだったのですが、

先生はその後も、

教室の後ろに貼りだしたその子の絵の場所に、

さらにその子の書いた、

ペン習字や硬筆や別な絵などを、

上に重ねるように貼っていったため、

最初の絵が貼られていなかった私の、

ペン習字や硬筆や別な絵などは、

貼る場所がなく、

集められたまま、放置されていました。

 

私は先生から放置された自分の作品を、

誰にも見られないようにそっと回収して、

自分の机の中にしまいました。

 

その状況に気付いた同級生が、

先生に声をかけたのですが、

先生はその子を睨み付けたために、

その子は黙ってしまいました。

 

そこまでは自分のやったことなのだからと、

辛くても我慢していたのですが、

国語の授業参観で、

スクリーンに映した生徒の発表を、

先生が一人一人読み上げていって、

私の発表だけ先生が飛ばした時には、

さすがに顔が強張ってしまいました。

 

先生のとった行動はあからさまで、

私の発表だけが読み上げられなかったのは、

同じクラスの子供達も、

授業参観にきていた同級生のお父さんお母さんも、

そして何より授業参観に来ていた私のお母さんも、

気付いたはずでした。

 

その発表は、

5人の班ごとにスクリーンに映し出されていたため、

一人一人の意見がとても大きく表示されていました。

 

私の発表だけ見落とすなど、あり得ないことでした。

 

現に私の隣に座っていた同じ班の子供が、

 

「じゅんちゃんのだけ、先生読み上げなかったよね?」

 

と私に小さな声で聞いてきた位、

とても大きく名前まで表示されていたのです。

 

私は以前から、

自分の作品だけ教室に貼りだされなかったために、

その先生に無視されているような気はしたのですが、

それは自分が最初に絵を破いてしまい、

貼る場所がなくなったからだ、と思っていました。

 

だから、それは自分の自業自得なのだと、

悲しいけれど耐えることが出来ていました。

 

けれど、今回のことは違いました。

 

私はちゃんと授業を受けていたし、

せっかく授業参観に来てくれた母に、

いいところを見せたい、とも思っていました。

 

でも、いいところを見せるどころか、

担任の先生から無視されているという状況を、

母親に見せることになってしまいました。

 

そのことが、私は辛くて辛くてたまりませんでした。

 

母親は私に対して何も言ってきませんでしたが、

教室に私だけ作品が貼りだされていないこと、

発表を私だけ読み上げられなかったことを、

どのように思っているんだろうと、

気が気ではありませんでした。

 

私はその夜、担任の先生に提出する日記に、

 

「どうして私の作品だけ貼ってくれないのですか?

私が嫌いだからですか?」

 

と精一杯の自分の気持ちを綴りました。

 

自分のことを嫌いなのかと文字にするのが、

辛くてたまりませんでしたが、

お母さんに悲しい思いをさせる方がもっと辛いと思い、

私は勇気を出してその日記を提出しました。

 

その日記を読んだ先生は、

 

「貼ってほしいならそういえばいいじゃないか!!」

 

と私に文句を言ってきました。

 

私は作品を集められても、

最後にいつも放置されていたことを、

やっぱり上手く先生に言えずに黙っていました。

 

先生は私に今まで貼らなかった作品を提出させると、

私に悪態をつきながら、

教室の後ろの壁の一番隅に、

私の今までの作品を貼ってくれました。

 

先生はとても不愉快そうに怒っていました。

 

そんな担任の先生の姿を見ながら、

これでこれから作品を書いた時に、

自分の作品だけこっそり机に隠さなくていい安堵感と、

生徒を無視する先生という、

醜悪さに対する嫌悪感に苛まれ、

複雑な思いを抱いていたのでした、、、


マルトリートメントと私24.破かれた日記に続きます。