ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -17ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。
どうも日本政府としてはオミクロン株は重症化しにくいということか、すでに日本でも蔓延して水際で食い止める意味がないか、ともかくオミクロン株が支配的な国については入国時の制限を緩和するとのことです。もはや「新型」コロナウィルスではなくなったのではないでしょうか。
というわけで帰国について10~11月にかけて考えています。それ以降になるとまた状況が悪化するかもしれません。


8月は同僚も休暇を取っていたので、メンテナンスの仕事をほとんど一人でやっていました。学校やオーケストラなどが休みになる夏休みがその時期です。毎週何台も魂柱や駒を交換していました。皆さんにとってはめったにないかもしれませんがルーティーンの日常的な業務です。まだ音楽学校の楽器が山ほどあります。

メンテナンスの仕事はまず指板のチェックからです。プロの人なら2年も使えばすり減っています。また買った時や以前の職人の仕事が悪いこともありますし、新しい楽器や何十年も放置された楽器では木材自体が曲がったりねじれたりしてくることがあります。

続いてペグの具合です。摩耗したり軸が曲がってきたりします。良くないのはペグが止まらくなってしまうことです。ぎゅうぎゅう押し付けているとペグボックスが割れる原因になります。ペグが摩耗するといくら押し込んでも止まらないのです。

逆に硬く動かなくなったりします。軸を削りなおすことで劇的によくなります。ただし短くなりすぎると交換が必要です。さらにペグボックスの穴が大きくなりすぎると穴を埋め直さないといけません。

駒は傷んでくると弦が食い込んで溝が深くなっていきます。弦高(前回の記事を参照)も他の弦との関係もおかしくなります。また弦に引っ張られることで曲がってしまうことがあります。そのまま使うと駒の転倒などの恐れがあります。それ以外にも材質に張りが無くなり音が鈍くなっているでしょう。

魂柱もチェックポイントです。魂柱は表板と裏板の間につっかえ棒として入っているものです。特に新しい楽器では楽器に弦の力がかかって変形し張力に馴染んできます。そのため新品で弦を張る前につけた魂柱は合わなくなっています。チェロで顕著です。緩くなって倒れてしまうこともあります。

過去の修理の質が良ければそうそう交換は必要ありませんが何十年もするとやはり音に元気がなくなっていくようです。

だいたい見てみれば半分以上の楽器では魂柱がうまくフィットしていません。魂柱がフィットしていないと角で表板や裏板に接地することになり、表板や裏板にへこみをつけてしまいます。こうなると次に魂柱を合わせるのは至難の業です。

弦の張力で表板が沈み込むので緩い魂柱(長さが短い)を入れていると表板が陥没してしまいます。ややきつめに魂柱を入れて置くと表板の陥没を防げます。

魂柱が表板を押し上げることで駒と表板のフィットも変わってきます。駒が老朽化したら魂柱も同時に変える方がベターです。

あとは割れているところがないか、接着がはがれているところが無いか調べて、ニスの仕事です。
ニスは汚れを落としてから磨いてみます。光沢が出ない所があればニスが無くなっているかニスが風化しています。傷やニスの剥がれもあります。何度も塗り重ねると耐久性が上がります。できあがった瞬間がピカピカであるだけでなく、長く持続する必要があります。

テールピースもアジャスターをばらして掃除しあご当ても掃除します。

弦が古くなっていればリクエストに応じて交換し、ただしい位置に駒をセットします。


弓も同様に毛替えから、消耗部分の交換が必要です。弓も掃除が思ったよりも時間がかかる作業ですが、ピカピカになると仕事している方も嬉しいものです。

ヴァイオリンの駒


駒は荒加工されたものが駒メーカーによって市販されていて、職人が楽器ごとに加工して取り付ける必要があります。
駒自体の小売価格は500円もしないものから4000円くらいまでするものがあります。オーベルトやデスピオのような有名メーカーでも木材の質でランク分けがあります。ノーブランドの中国製となればさらに安いということになります。量産工場には特別安価な仕様や卸価格があることでしょう。
取り付けにはさらに工賃が必要でそちらの方がずっと高いです。

うちでは1500円位の中級品と4000円位の高級品を使っています。間もあるのですがデスピオでは1500円の駒の質があまりにも良いので驚くことが多くあります。

左が1500円ほどのもの、右が4000円位のものです。モデルも加工も同じですから木材だけの違いです。一般に木目が細かく詰まっていて均一でねじれなどが無く、斑点模様が強いものが高級なものとされています。高級品のほうが斑点が強いようです。音については比較することがないのでよくわかりません。一つの楽器でいくつも試さないと実験とはならないでしょう。それを専門とする学者のような職業が無いのです。

「最善を尽くしてほしい」と「最低限の費用で楽器を使えるようにしてほしい」とニーズが2極化されるので使い分けます。一般には量産楽器には安価なもの、ハンドメイドの楽器には高級な駒を使います。

1500円のものでも硬さや密度など物理的な違いは分かりません。持ってねじってみてもびくともしませんし、重さを測っても多少ばらつきがあるのも変わりません。魂柱なら刃物に伝わる感触で硬さは分かるのですが、駒材の場合には違いは分かりません。あくまで見た目の問題かなと思います。
また10cmくらいの高さから机に落としてみてカランと響く音を聞くなんてこともやってみますが、はっきり言って違いは分かりません。
ロットによって微妙に厚さが違うかもしれません。

さすがに500円以下のものは違うかもしれませんがうちでは使っていないのでそれもわかりません。

オーベルトの駒は左のように茶色いイメージがあります。これは着色してあるもので右のように着色していないものもあります。古い木材のように見えるのですが、薬品か何かで染めているのでしょう。中まで色が変わっています。このようなものはちょっと削っても柔らかいような感じはします。どうなんでしょうか。

市販の駒は脚のところが厚めに作られています。楽器ごとに異なるアーチにあわせて加工するためです。

古い楽器になると駒の脚のところのニスや表板に損傷があり、完全に理想的にするのは難しいです。それよりも楽器の古さによる音の良さのほうが勝っていて現実的に仕事をする必要があります。
数万円程度の量産品では全然脚が表板に合っていないことがあります。弦の荷重が一か所に集中するので表板を痛めることになるでしょう。低音側は駒の脚の下にバスバーがつけられています。力の伝わり方にも影響があるでしょう。

脚が合ったところで駒の高さを決めます。これは結構経験がいるもので、初めのうちは安全のために高めにしておいて弦を張って試してからもう一度やる必要があります。私は厳密な製図法でやっていますが、師匠や先輩は勘でやっています。
魂柱が不安定なら弦の力がかかったときに高さが変わってしまうかもしれません。また低音側は魂柱が入っていないので弦の力で0.5mm~1.0mm下がります。それだけ高めにしておく必要がありますが変化は楽器によっても違います。
E線の方は駒を保護するためのチューブがついていてそれによって結構違いが出ます。駒に羊皮紙のような薄い革を張る方法もありますが、弦メーカーが素材を様々テストして選んだのであればまずは付属のものを試してみます。音が鋭すぎる場合羊皮紙なら若干甘くなるような効果を期待します。

不思議なのはE線側の駒の高さを低くしてもそのまま弦高が下がるのではなくわずかしか変わりません。0.5mm下げたつもりでも0.2mmくらいしか弦高が変わらないのです。0.5mm下げるには1.0mmくらい下げないといけないのです。私の作業が慎重すぎて思い切って行っていないのか、弦が表板を押し付ける力が減るためなのかその両方かもしれません。チェロなどは全然変わらなかったりします。

一般論としては弦の力でネックが引っ張られ徐々に弦高は高くなっていきます。新しい楽器の場合には半年~一年もすれば1mmくらい高くなっています。その場合は駒を低くすればいいです。季節の変動などで逆に変化した場合は新しい駒が必要です。

そのような微妙なものです。

高さを決めたら切り取ります。
ラインの通りに加工したら厚みを出します。

上端の厚みは薄すぎれば弦が食い込みやすく、厚すぎれば音には良くないとされています。

こちらで常識なのはE線側は厚め、G線は薄めにすることです。他の工房でもよくやっています。理由としてはE線は食い込みやすく音も鋭いことが多くマイルドにしたいということです。もしくは全く同じ厚みにすることです。

この時先端だけを薄くするのではなくアーチのようなカーブをつけます。これは弦に引っ張られて変形しにくいようにするためです。量産品で工場で仕上げられたものでは上だけが薄くなっていることがよくあります。ヤマハの安価なヴァイオリンでもそうでした。

全方向に緩やかなカーブを持たせます。

駒の厚みは耐久性を重視すれば厚め、音を重視すれば薄めというのがセオリーです。「初心者=量産楽器」と「上級者=高級楽器」で駒自体の値段から加工の仕方まで差をつけます。
セオリーはセオリーです。表板や裏板の厚みと同じく厚い方が明るい音、薄い方が深みのある音になるように思いますが、音を変えようと思っても十分な効果は感じられません。やはり楽器本体の厚みのほうが重要です。

中には安価な楽器で見事な演奏をする人もいます。この前も戦前のザクセンの量産品で駒を新しくしましたが、駒のランクもエコノミーです。しかし出来上がるとてもよく鳴る楽器でした。演奏者もかなりの腕前で音もよく出ていました。楽器や駒にお金をかければ良いというものでもありません。
それ以降もっと高い楽器もやりましたが、あんなに鳴るのは無かったです。
私もザクセンの量産品は「ニスがラッカーだから振動を妨げて音が良くない」ということを教わったのですが、実際は全く違います。専門家の間で先生や師匠から教わる知識でもそんなものです。


駒の脚はいろいろな楽器に合うように厚めになっているので初めに表板にあわせてから加工が必要です。

かつてはものすごく薄くしたものですが現代の流行としてはそこまで薄くしません。薄い方が柔軟性があって弦の力で駒が押されて表板にフィットすると考えたのかもしれません。一方うまく加工できていれば厚みがある方が変形しにくいと考えられます。
これは必須の作業です。

それ以外にも職人によっていろいろなくりぬき方があります。
これは自由で左右対称に切断面がきれいに加工さえされていればプロの仕事として認められます。「俺のスタイルだ!」と言い張れば何でも良いわけです。

前回オーベルトの駒では加工精度が悪いために仕上げに多くの手を入れる必要があって職人ごとにこだわりが生まれたと書きました。
デスピオの駒なら何もしなくても音は問題ないレベルでしょう。

左側の線のように深く削り取れば駒には柔軟性が増します。
また右の矢印の幅を細くしても同様です。オーベルトのほうがはじめから細くデスピオのほうが太くなっています。
何もしなくても十分な柔軟性があります。それがモダン駒というものです。
私はその逆のものを自作したことがあります。音は癖が出てリスキーでした。したがって市販のものは無難なものです。

多少はいじっても音に劇的な変化はないので私はこのようなことを念頭に置きながらどちらかというと削り過ぎないように注意し、見た目が綺麗になるようにします。やかましい音の楽器なら容赦する必要はありません。見た目も微妙なもので私にもきれいかどうかよくわかりません。一から自分でデザインするともっとはっきり意図を持ったカタチにデザインすることができます。強度に関係のない所を多めに削っています。左右裏表対象だとプロということです。

しかし左右非対称でもダメということは無いでしょう。むしろ音のために左右非対称にすることも考えられます。私もそのような駒を設計したことがあります。楽器が自作なら駒も自作にしないのはおかしいと思ったからです。一般に高音が鋭いので高音側を柔軟にすることです。実際に試して気のせい程度には効果はありました。合理的な説明もできますし可能性はあると思います。
しかし私の楽器は高音が柔らかいので必要性がありませんでした。

デスピオでもいくつもモデルがあります。ここまで紹介したのは左のものですが、右のものはより中を大きくくりぬいてあります。つまりこのままで何もしなくても良いというわけです。私は名演奏家のアップの写真や映像を見ると駒を見ています。このモデルならだいたい無難でしょう。
昔のオーベルトのクオリティなら考えられません。左のものをそのままでも音は問題ありません。

弦をひっかける溝をつけます。徐々に食い込んでいくので深すぎてはいけませんが、弦の直径に対して細すぎてもフィットしません。この溝は異音が発生する原因にもなります。古くなって異音が出ることもあります。
一方チェロなどはC線が滑って落ちて表板を叩いてしまうことがあります。溝はしっかりつけないといけません。

溝のところに6B か8Bの鉛筆で黒鉛(グラファイト)を塗りつけ滑りを良くします。指板の先端のナットも同様です。
会社の焼き印を押して完成です。

楽器を演奏しやすい健康な状態にすることが目的

今年の夏には指板がものすごく薄くなっているプロのオケ奏者のヴァイオリンを修理しました。非常に神経質な人で何かをいじればたちまち音が悪くなってしまうのではないかと心配をしてほとんどいじらせてもらえない人でした。以前も駒を交換すると、前のものの方が良いと戻してしまいました。あまりにも指板が薄いので何年も前から指板の交換を勧告していました。費用はオーケストラが支払いますが、限界まで渋っていたのはその人にとっては音が変わってしまうことが心配だったようです。
指板を交換するのはやむを得ないことですが、私は音が悪くなったと言わるのが心配でした。指板交換と同時に駒と魂柱の交換も行いました。指板は駒とリンクしているものですから指板を交換したら駒も交換が必要です。もう元には戻せません。

受け取りに来て試奏するとあの気難しいヴァイオリン奏者が「前よりも音が良くなった」と大喜びでした。わたしはほっとしました。以前駒だけを交換した時他の問題があったのかもしれません。魂柱もしっかり合っていませんでしたし、薄い指板で高さを稼ぐために角度もきつくなっていました。もともとよく鳴る弾きこまれた楽器ですから特別なことは無くきちんと仕事をした結果だと思います。
今度は今の状態からいじらせてもらえないかもしれませんね。
こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンなどの弦楽器には演奏上重要な部品があります。
ヴァイオリンの見た目が美しいとか、音が心地よいとか、そのようなことは優先順位としては低くなります。楽器として機能せず演奏が上手くできないのは最低です。
弓やケースなどとセットで数万円程度で売られているものはそのような問題があり、直すのにそれ以上のお金がかかってしまいます。うちの店のような職人が常駐する専門店なら無償で直します。うちの場合には働いている人は全員職人で、そもそもそんなものは売りません。しかしとくに新しい楽器では予測不能の変化がありますので、絶対とは言えません。
日本の楽器チェーン店なら東京に工房があり、30分で終わる不具合でもいちいち東京まで送って直して送り返さないといけません。それすら持たないとメーカーや輸入商社に送って直すことになります。私も知り合いが働いていますから知ってますよ。

弦楽器は基本設計が何百年も前で、仕組みが変わっていません。昔よりも精度などは上がっていて演奏者の苦労は減っているとは思います。その結果高度な職人の技術が必要になっています。職人の技術が要らないまでに進化はしていません。
しかし可変式の機構を作るよりも木材を正確に加工する方がシンプルなのです。ギア式のペグや高さが調整できるコントラバスの駒などもありますが、そちらの方が高くなります。

今回はそんな中でも駒の話をしましょう。

ヴァイオリンの駒

駒はヴァイオリンよりもはるか昔から弦楽器にはついているもので胴体と弦の間に噛ませることで高さを稼いで弾けるようにしてあるものです。ギターなら接着されていますが、ヴァイオリンを含めて弦の力を利用してはさんであるだけの楽器も少なくないでしょう。

駒は消耗品で楽器本体より寿命が短いので交換が可能になっています。それでも現代の工業製品とは違い10~20年は使えます。消耗部品が現代の工業製品以上に耐久性があるのです。
それでも突然割れたり、使い方を誤ると数年でダメになってしまうこともあります。楽器の方が変形することで使えなくなることもあります。冒頭の話のように新品の状態で駒に問題があれば交換が必要になります。

さらにほかの修理を行った場合に交換が必要になることがあります。
表板を開けて修理をした場合、再び閉め直すと理屈上指板の高さがずれます。駒と指板との関係が狂ってしまうので交換が必要です。指板の交換でも同様です。指板は駒よりもさらに耐久性があり、20年以上は持つと思います。一生に1度か2度交換するくらいのものです。当然演奏時間によって違います。

楽器自体は1600年代のものでも使えていますから今のところ耐用年数は不明です。チェロやコントラバスのほうが痛みが激しく修理は難しくなります。通常は楽器の値段を修理代が上回った時点で修理をする値打ちが無いとみなされます。

普段こんな仕事をしていると自動車を10年程度で買い替えるというのは私には理解できなくなってしまいます。製造業者としては買い替えさせた方が仕事が生まれるわけで何とか理由をつけて買い替えを促しています。世界中の頭のいい人たちがそれをこぞって考えているというのが無駄のように思います。

これは30年以上前にオールド楽器につけられた駒です。ペグで調弦するときに引っ張られて曲がっています。1年~数年の短い期間でも曲がることがあります。いずれ割れたり、まっすぐ駒が立っていられずになり転倒してしまいます。

引っ張られて来たら押し戻してあげないといけません。ただし押しすぎて駒を倒してしまうとアジャスターなどで表板に傷をつけてしまいます。心配なら職人に見てもらう必要があります。それくらいなら10分もかかりませんし、無料です。これが職人が常駐していない店なら大変なことになります。日ごろから工房に通っていると理解が深まります。

職人に楽器を見せると文句を言われるのが嫌だと思うかもしれません。我々の創造力が欠けているところです。しかし徐々に傷んでくる部分については、今すぐでなくてもいずれ必要になる修理やメンテナンスのお知らせができます。あらかじめ知っておけば、その時が来て急に費用を知って驚くことが防げます。自動車などなら車検やタイヤの交換よりも安いものでも弦楽器では驚かれます。

駒に必要な機能

駒で重要なのは二つあります。一つはカーブの丸み、もう一つは高さです。

駒の上端にカーブが無いと弓で弾くときに一度に複数の弦を触ってしまいます。丸みが大きいと弾いてる弦と他の弦とのクリアランスが大きくなります。初心者では弓のコントロールが難しいのでなおさら重要ですし、微妙な違いが分かる上級者でも重要なことです。そして数万円の楽器ではこの問題がよくあります。そうなると駒の交換が必要になってしまいます。製造元の中国に送ってやるわけにはいかないので料金は楽器本体とは違う時間給になります。

もう一つは高さです。
駒の高さが低すぎれば弓が楽器の縁にぶつかってしまいます。またカーブの丸みを強くし過ぎても同じです。

じゃあ駒を高くすればいいかというと簡単ではありません。指板との関係があるからです。弦と指板との隙間がどれくらいあるかということで「弦高」と言います。弦高が低すぎると指板と弦が触れて異音が発生します。ビヨーンと雑音が出ます。高すぎると弦を抑えるのに力が必要で細いE線では指に食い込んで痛いです。つまり正しく調整されている楽器のほうが快適というわけです。

ヴァイオリンなら高い方のE線では指板の終わりのところで3~4mm、低い方のG線なら5mm程度は必要です。これはE線のほうが振幅の幅が小さく、張りも強いからです。指に食い込んで感覚的に高く感じます。E線はほぼすべてスチール弦になっていて、他の弦がナイロンなどの人工繊維やガットであればずっと柔らかいものですし、太さも太くなり不快感は少ないはずです。駒の低音側の方を高くします。

間の弦高は指板のカーブが重要です。指板の表面には駒と同じカーブが施されていれば、弦高はE線とG線の間になります。精密に加工されていればE、A、D、Gと順に少しずつ弦高が高くなります。この時指板のカーブが平ら過ぎるとA線やD線の弦高がG線と同じかそれより高くなるかもしれません。

このあたりの加工精度はとても微妙で、工場で出荷された量産品ではまず正しくなっていることは無いと思った方が良いでしょう。指板を正しいカーブに直すと薄くなりすぎてしまい、耐用年数が半減してしまいます。工場で仕上げられた量産品の指板が私の満足いくレベルにあることはまずありません。必ず削りなおす必要がありますが、理想通りにすると指板が薄くなりすぎてしまいそれもできません。
加工精度の低い量産品ほど指板は初めから薄くなりすぎています。サンディングマシーンのような機械を多用してごまかしてあるからです。多めに削り残してあれば直せるのですが…。

トレーニングができていれば高めの弦高でも苦になりませんが、初心者は指が痛いと感じるでしょう。上級者では好みが様々です。私たちは初めに高めにしておいて希望に応じて低く加工します。ただし、湿度の変化によって楽器が変形するのでギリギリにし過ぎると時期によっては対応できなくなるかもしれません。こちらでは冬場の乾燥が問題となります。日本では梅雨や夏場の湿気があるでしょう、私には予想がつきません。

こちらでは世界中から演奏者が仕事を求めてやってきます。西欧では身近に職人がいてデリケートな調整がされていますが、ロシアや東欧の人たちは粗末な楽器で練習してきています。とんでもなく高い弦高で指が鍛えられていて、チェロではコントラバスくらいの高さが普通という先生もいます。生徒は指が痛くて大変ですが、西欧の人たちは甘やかされているのでしょうか?

いずれにしても正解は職人が決めるのではなく演奏者が決めるものです。しかし初心者は標準的なもので始めたほうが障害にならないでしょう。


また一般論として大雑把に言いますが駒が高い方が表板にかかる圧力が強くなります。
駒の高さが低くなると楽器も元気よく音が出にくくなってしまいます。健康的な状態にするにはある程度の高さが必要です。駒の高さを変えるだけではなくネックの方を何とかしないといけません。だから修理は大掛かりになります。当ブログではそんな修理をたくさん紹介しています。


応用問題です。
コントラバスには弦の数が4本のものと5本のものがあります。5弦のバスの場合駒のカーブをより丸くする必要があります。狭い範囲で弦同士のクリアランスを確保しなくてはいけないからです。一方で丸みを大きくすると弓が表板の縁に当たってしまいます。このため駒を高くしないといけません。駒を高くすると表板を押し付ける力が強くなります。一本弦が多いのでその力は強大です。一方低音は表板が薄い方が出やすくなるのでコントラバスもそんなに丈夫には作れません。このため駒が高いと表板を変形や陥没させてしまいます。バスバーの周辺などは耐えきれずに割れてしまいます。
そもそも5弦のバスは構造上無理があるとも言えます。このような微妙なバランスにあるのが駒なのです。

駒の進化

駒は昔は工房で楽器職人自身が作っていたでしょう。人それぞれバラバラで、手作りのため毎回同じものではなかったかもしれません。それが現在では駒を専門に作るメーカーから買うのが普通です。

20世紀の後半には日本で「オーベルト」と呼ばれているフランスのメーカーが有名になりました。写真の左です。我々の師匠やその師匠くらいの世代では「オーベルトのデラックス」などと言ったら高級品として有名です。うちの工房はもう少し歴史が古いのでメーカー名が分からないものが使われていたようです。
うちでは右の「デスピオ」を使っています。デスピオのほうが工作機械の性能が高く加工精度が高く90年代くらいから有名になってきました。世代交代の波がやってきたのです。

詳しくは知りませんが、今では同じ会社でブランドやモデルとしてオーベルトが残っているだけです。この写真のものは最新の製品ですから、昔のようなオーベルトではありません。加工精度が低く木材ももっと色が違っていました。現在は木材も同じように見えます。

私が教わったときにはオーベルトで教わったので加工品質が低い分、手を入れなくてはいけないことが多かったです。職人や工房ごとに駒の仕上げについて様々な流儀が生まれたのも加工精度の低さによるところがあるでしょう。

時代によって駒の脚の幅がちょっとずつ広がっています。一般に流通しているのはオーベルトでは41.5mmくらい、デスピオでは42.5mm以上あります。写真でもそう見えませんか?もちろん指定して買うことができますが、42mmで注文してもデスピオなら42.5以上あります。

古い駒のコレクションです。職人によってさまざまな違いがあります。

これらのメーカーが有名であるため、他のメーカーは淘汰されてしまいました。これより安くなければ競争力は無く、安くすれば安物とみなされるという悪循環です。ほとんど独占状態です。


左の二つはバロック駒です。もともとはこのようなものがつけられていたはずですが、工房や地域によっても様々で正解はありません。一方現在ではわずかなメーカーのものに統一されています。
一番右のトルテと書いてあるものはサイズは3/4ですが、20世紀にもまだこのような駒がありました。残念ながら工房を改装したときに多くの古い駒を処分してしまったようです。

こちらは古いマルクノイキルヒェンのカタログです。いろいろなモデル名があります。聞いたことがあるのはオーベルトだけです。絵にはドレスデンというモデルの駒があります。

さらにたくさんあります。バウシュ、ヴィヨーム、パガニーニ、パリ、クレモナ・・・トルテもあります。
これらの音がどう違うのか興味深い所がありますが、この中でオーベルトだけが生き残ったようです。

私も自分で駒をデザインして作ったことが何回もあります。その経験で感じたのは「柔軟性」ということです。

はじめのバロック駒のようなものはとても強度があります。明るくひきつったような音で懐の深さが無く音がすぐひっくり返ってしまいます。柔軟性が無いからです。それに対してモダン駒はバネの形状になって柔軟性があります。モダン楽器ではバスバーを大きくすることで表板の強度が増しました。副作用としてきつい音になってしまいます。そこで駒を柔軟な構造にしてマイルドにしたのでしょう。ヴァイオリンでは駒の寸法も限られているので効率的に柔軟な構造になるように進化していったのがモダン駒ということになるでしょう。

チェロのほうが昔のものに近く、ヴァイオリンのほうが柔軟性を増すように進化してきたと思います。チェロは大きい分だけ楽器胴体に柔軟性があり、ヴァイオリンのほうが許容範囲が狭くなります。

現在では優雅で上品な音からダイレクトではっきりした音が好まれるようになってきたので、私は、ヴァイオリン用に強度が高い駒をデザインしてみました。やはり副作用が出て明るくひきつったような音になってしまいました。中をくりぬいて柔軟性を増していくと癖は無くなって行きました。そのうち市販の駒と変わらなくなりました。
従って市販の駒はどんな楽器でもだいたい問題なく機能するようになっているということです。ギリギリまで攻めたものではなく無難で安全なものです。

現在のデスピオの駒であれば初めから高い精度で加工されていていじる必要はありません。いじればいじるほど削り落とされて強度が落ちて柔軟性は増すのでどんどんマイルドな音になっていくでしょう。

ヴァイオリンの市販の駒はすでに完成されていてそれ以上何かをする必要はないと思います。あくまで見た目のこだわりの部分です。それもすでにできているものを自分流のデザインに改造するのは難しいです。デザインに凝りたいならはじめから自分で設計したほうが自由度があります。音についてもそうです。

チェロはそれよりも可能性があると思います。

つまり昔はいろいろな駒の種類があったのが80年代くらいにオーベルトが一世を風靡し、加工精度の低さ故に職人ごとにこだわりがうまれた。今ではすでに完成度の高いデスピオの駒が市販されているのでそのまま付ければ良い。ナイロン弦が主流になり音の好みが変わってきていて、いじりすぎるとマイルドになりすぎる。とそんな感じでしょうか。

デスピオもモデルはたくさんあります。一般に出回っているのはそのうちのいくつかのモデルだけで、メーカーに直接注文するといろいろなモデルが入手できます。しかしカタログ写真を見ても違いが分からないくらい微妙なものです。
脚の幅は42mmが普通ですが細かく指定できます。足の幅はバスバーとの位置関係で考えます。f字孔の上の丸の間隔が狭いとバスバーの位置が中央寄りになってしまいます。またオールド楽器ではモダン楽器として理想的な状態にできない場合もあって苦肉の策で40mmの駒にするとバランスが取れるということもあります。何が正解かわからないです。

それから中央上側にある穴の位置が低中高の3種類あります。上の写真のものは中ですが、見た目ではわからずほとんど変わらないのですべて低で良いと思います。指板やネックの角度が低くなっている時には駒を低くしなくてはいけません。その時穴の位置が上端に近いとバランスが悪いのです。音に違いが出るレベルではないでしょう。こんなことは教える必要もありませんが、そんなこだわりもあります。

人によっては「軽くするためにできるだけ中を削り取った方が良い」と言う人もいます。よくある理屈ですね。理屈は理屈に過ぎないということを私は言ってきています。「強度」に着眼すると見方が変わってきます。

いずれにしても駒で楽器の音を変えることはできません。楽器を健康な状態にして能力を引き出すのが目指すものです。
ヴァイオリンは許容範囲が狭く副作用が強く出るので無難な駒しか使えないでしょう。チェロには未知の可能性があるように思います。

次回はもう少し具体的に作業を見ていきましょう。








こんにちはガリッポです。

こちらではコロナも落ち着いて街には観光客も多くなってきています。市のパンフレットに見どころとして、固有名詞は避けていますがヴァイオリン工房も書かれています。うちは観光客向けにやっているわけではないので頻繁に見物客が来るようなら仕事の邪魔になります。
市のほうが勝手に観光地にしようとしてるのでしょうが、工房見学が常態化すると仕事になりません。
観光客はヴァイオリン工房自体が珍しく、古い街並みとマッチして見ると「なんて美しい!」と感激します。工房見学も団体で年に数回くらいなら対応できますが、毎日何回も数人規模で来られても困ります。

このような人たちは自分が弦楽器を弾いているわけではないので、適当な説明をすると分かった気になって感激して帰って行きます。知るというエンターテインメントです。どれだけ記憶に残っているかはわかりませんが。ヴァイオリンはお土産に買うようなものではないのです。私はこのような「知識のエンターテインメント」に弊害があると考えています。エンターテインメントだと分かって楽しむ必要があると思います。

それに対して「本当のお客さん」への対応は全く違います。
読者の方が日本から訪れれば、私が丁寧に説明します。

また初めてヴァイオリンを習ったり、お子さんの楽器を買うという方は全く何もわからない状態ですから毎回説明が必要になります。「私は全然わからないので教えてほしい」と素直に聞いてくる人は賢明です。演奏者と接している職人ならではの率直な事実をお知らせすることができます。

むしろ問題なのは経験が豊富な演奏者が何もわかっていないことです。彼らは「自分はすでに分かっている」という顔をしてくるので機嫌を損ねるわけにはいきません。実は全然わかってなかったりします。
ヴァイオリンを収集して弾き比べをして楽器に特別こだわりのあるマニアックなヴァイオリン教授でも、量産楽器と高価な名器の見分けもできません。そんなものです。

また職人には妙な持論を持っている人が多いです。以前世話になった職人の話を過大に信じ込んでしまう人がいます。例えば駒は古い木材のほうが音が良いとどこかで聞いてくると自分の楽器の駒が何十年も前のもので頑なに交換しようとしない人がいました。はっきり言ってそんなに気にするようなことではありません。ほとんどの人は古くなった駒や魂柱を交換すると「再び元気な音が戻った」と満足する人が多いです。ただし、その楽器本来の音が出るようになるわけですから、好きな音になるかはわかりません。職人にとって必要なのはどんな楽器でもわりと無難な結果が得られるやり方です。微妙に異なる駒を何枚も作って試して一つだけ選ぶようなことは普通はしません。何倍もの代金を払う人はいないからです。したがって私は「無難な結果が得られる」という程度の仕事しかしません。

またあご当てのネジを締め付けると音が響かなくなると信じてゆるゆるにしてあって、私が落下などの危険を指摘すると怒りだす人もいました。楽器全体的なことが分かっていないので、たった一つのことに異常にこだわってしまうのです。

また理系的な知識があり「自分は物の良し悪しが分かる」と思っている人が一番骨を折ります。事前に何かを読んで知識を入れてきて低学歴の職人よりも自分の方が頭が良いと考えているようです。そういう人が飛びつきそうな出版物などは私には「匂い」で分かります。「これはその手の人が好きそうだなあ」という具合です。技術的な知識を学ぶことは私も好きなタイプだったのでそれがいかに面白いかはわかります。でもはっきり言って日々多くの楽器を見て聞いて感じるものとはかけ離れた知識で、机上の空論の理屈を並べているだけです。趣味でそれが面白いというのであれば、それで良いとも言えます。机上の空論を楽しんで暮らせばいいです。その簡単に楽しみが得られる甘い世界を壊さないといけないので苦労します。
むしろ私には弦楽器のおもしろい所だと思います。混とんとして教科書が役に立たず法則性やルールが見えない状態が面白いです。

つまり自分は弦楽器について学んだ人、自分は詳しいと思っている人ほど理解から遠く、知れば知るほど現実からかけ離れていくことになります。

物を買う場合は事前に多少は勉強してから購入しようという人と、いきなり店に飛び込んで分からないままに買う人がいます。
どちらもメリットとデメリットがあります。

少なくとも弦楽器について独学でまともに学ぶことは困難です。
情報というのは真実ではなくて、人々が欲しているものが広まっていくのでしょう。

外国に住んでいるとよくわかります。
外国の人たちには日本人について「とても奇妙な人たちだ」と思いたいらしく、その心を満たす情報が求められています。日本についての記事では原宿の若者の写真を掲載して奇妙なファッションだと紹介します。日本人から見ても奇妙ですよね。どの国にも奇妙な服装な人がいます。
一方で武士道や禅など異常にリスペクトすることもあります。
「普通の日本人」についての情報は全く伝わりません、需要が無いからです。
外国についても全くその逆です。異常気象や自然災害のニュースは伝わるのに、平年並みの天候は報じられませんし、「今日は災害は発生せず!!!」とニュースになりません。災害が起きてない地域の方が多くても、災害だらけのように思えてしまいます。


商売としてはお客さんが欲しがっているものを用意すればお金になるわけです。普通のヴァイオリンについての情報は伝わりません。天才だの名工だの言われる職人の楽器も私たちプロが見ると普通のヴァイオリンでしかありません。「それが普通である」という情報は伝わりにくいです。
自分が買おうとしているものは何か特別優れたもので、それ以外は取るに足らないゴミクズのようなものであってほしいという願望があるからでしょう。それを嗅ぎ取る嗅覚を業者は持っています。業者の側からすると「お金の匂い」ということです。

しかし残念ながら現実は、あなたが買おうとしているものはよくある平凡なもので、それ以外のありふれたものも楽器としての実力はバカにできないものなのです。それが事実です。知りたくない事実です。

私はそれを知ってこそ「知識がある」「理解している」ということであり、弦楽器への理解を深めていくことだと思います。

日本人がブランド信仰なのは自分への自信の無さの表れでしょう。それは私自身も痛感しています。一方こっちの人はとんでもない安物を「音が気に入った」という理由でバカ高い値段で買ったりします。「自分がチョイスした」ということにものすごい自信がありますね。日本人は自分は良し悪しは分からなくて誰か専門家が絶賛したものを欲しいと思う人が多いようです。日本中がそうなっていることはたまに帰国すると気づきます。商売なら多数派にあわせないとやっていけないからそうなっていくのでしょう。

しかし弦楽器の世界では信用できる専門家はいません。
当ブログでは時々3者のプロの話をしています。
演奏家、楽器商、職人の3者のプロです。それぞれが選ぶものでさえ全く違います。同じ職業の人同士でも全く意見が分かれます。確実な良し悪しの基準などは無いのです。自分で分かるようになって自分で確かめないとカモにされるだけです。


我々業者は当然自分たちの商品を売るためにそれらを称賛します。弦楽器に限らずあらゆる産業でそうです。お客さんもそれが聞きたいです。酒蔵やワイナリーに行くと大量生産されスーパーで売っているようなものと何が違うのか説明を聞くと喜んで帰って行きます。それが求められているのはエンターテインメントの意味もあるでしょう。

我々職人も同じような説明をこれまでしてきました。
大量生産品はこうなっていて、自分はこんな考えで楽器を作っていると。
有名になってしまった職人が同じことをすると、神様のお告げのように聞こえます。

立派なことを聞いたのに実際に弾き比べてみると意外と大したことがないというのが現実です。でも「ありがたいお言葉」を信じているとそのように聞こえてしまう人もいるようです。頭のほうが耳よりも勝っているようです。個人差があります。
職人も自分の師匠に対して尊敬していると同じことになります。実は師匠の楽器の音は「普通」かもしれません。ほとんどの職人は自分の師匠やその師匠くらいまでしか知りません。そもそもはじめから師匠の楽器が優れていると思い込んでいて比較すらしないものです。比較して平凡な楽器に負けてしまったら怖いじゃないですか?じつは平凡では無く自分たち以外の楽器を知らないだけです。

師匠は弟子やお客さんに「こうなっているのが良い楽器」「こうなってるのはダメな楽器」といかに自分の楽器が優れているか説明します。そのまた師匠に言われたことです。
お客さんもそれを求めていると成立します。偉い職人の自信満々の作品が欲しいのです。このため有名な職人は音を比較されることなく常に注文が入ります。だから音は怪しいのです。

師匠も意味は分かっておらず師匠が言っていたことを繰り返しているだけです。全体的に見ると、20世紀にはヨーロッパ中で同じような考え方の流行があったようです。人間というのは何の根拠もなく自分の時代は過去よりも優れていると思い込んでいます。
師匠の師匠も当時の常識やトレンドを取り入れてその前の時代よりも優れたものになったと思い込んでいたようです。同じように修行した職人の中に支配者としての才覚を持ったカリスマ的な人がいて偉い師匠になります。そういう人は学んだ先については語らず何もかも自分が編み出したみたいな顔をしています。それがお手本となって同じようなものが大量に作られたので私には平凡な楽器に見えます。


弦楽器についておもしろいのは初めは技術的な事でした。しかし人間の方がはるかに占めるウエイトが大きいということが分かってきました。人間について理解することが先決の課題のようです。






こんにちはガリッポです。

今回は東ドイツのマルクノイキルヒェンなどザクセン派のヴァイオリンについてです。
1600年代から生産されドイツでは最も生産量が多く、アメリカにも輸出されていました。戦後ドイツが東西に分かれると、西側に向けての輸出は少なくなり衰退していきます。終戦後には一部が西ドイツ側のブーベンロイトに移住して新たな産地を形成し世界中に輸出されました。

今では中国製など(旧)共産国の製品が安価な量産品としては多くなりました。こうなるとかつては安物と考えられていた西ドイツの量産品も相対的に価値が高まります。ドイツが統一したのが1990年ですから30年以上前です。西ドイツ時代に作られたものは鳴りが良くなってくるころです。機械を多用した合理的な生産方法で量産品としての製造品質も高いものもありました。現在ドイツ製の工業製品などは庶民には買えなくなりました。何もかも中国製です。ヴァイオリンだけはドイツ製品が安物と考えるのはおかしいです。

ヨーロッパでも遺品や物置から古い楽器が出てきたというと多くが戦前のザクセンの楽器です。ストラディバリのラベルが貼ってあったりして、期待して専門店に持って行くと「ニセモノ」と言われてがっかりするものです。つまりザクセン=低品質な安物というイメージがついています。

しかし私は品質は様々であり、必ずしも値段に対して音が悪いということは無いと考えています。また弓も多く生産し、品質がさまざまです。マイスターの弓ならヴァイオリン用では20万円以上しますし、100万円を超えるものもあります。プロの演奏家でも使っている人が多いのは毛替えの仕事で分かります。

私が特に面白いと思うのは、マルクノイキルヒェン近郊のクリンゲンタールのホプフ家のオールドヴァイオリンです。四角いモデルでミドルバウツの幅が広く、オールドとしてはかなりフラットなアーチに巨大なf字孔がついています。ザクセンのガルネリウスと言ったイメージです。音もオールドらしいばかりか、地味一辺倒ではなく明るさもあり癖が少なく「ヴァイオリン教師」には愛好家も結構います。何千万円もするイタリアのオールド楽器と近いものがあると思います。

しかし品質や年代は様々で個体差も多くあります。
先日もヴァイオリン教師の所有するものをメンテナンス修理をしました。ヘッド部分は新しすぎて後の時代につけられたものでしょう。こうなると楽器の価値は激減してしまいます。本当のオールド楽器なのに100万円もしないでしょう。完璧な修理を施すと楽器の価値よりも高くなってしまいます。不完全なものが実力を発揮できてないとすると残念です。やはりヴァイオリン業界の値段の評価が大雑把で実力を表していないのです。

実際にメンテナンスを終えて試奏してみると、もちろん渋いオールドの音がありますが、開放的に鳴るという感じではありませんでした。D線の下の方だけが急に豊かに響いてアンバランスな感じがしました。それでも教師の方が試奏すると満足して帰って行きました。その人にとってはそれが普通なのでしょう。

ザクセンの楽器は品質が様々でとんでもなく酷いものがたくさん作られたのも事実です。昔の工業製品というのはみなそんなものだったようです。ミルクールでもミッテンバルトでもイタリアでも同じです。ただ数の上で圧倒的に多くの粗悪品がザクセンで作られたのも事実でしょう。

戦前の量産品では、オールドの名器の作者名を印刷したラベルが貼られることも多かったです。ストラディバリウスやガルネリウス、シュタイナーやアマティ、ルジェッリやベルゴンツィ、チェルーティなど何でもありました。業者はよく知らない消費者に期待を抱かせて楽器を売ってきました。200~500万円程度で売られていたら確実に本物ではありませんが、ザクセンの量産品としては高すぎるものです。音楽家同士の売買で「音が良い」と信じて買ってしまう人がいます。量産品は製造上の特徴があるので私が見るとすぐにわかります。しかし音楽家は音が良いと評価して買ったのです。

したがって安物だから必ずしも音が悪いということはなく、正当な値段で買えばむしろコストパフォーマンスに優れたものがあるかもしれません。
コストパフォーマンスという言葉は最近はだいぶ一般的に使われるようになったかもしれませんが、かつては理系趣味のマニアが語っていたものです。音楽家の思考が工業製品の愛好家である理系マニアとは全く違うので「安くて音が良い」ということを理解できない人も少なくありません。楽器を購入する人には、他に理系趣味を持っている人もいれば、全くそのような経験のない人もいます。理系趣味はマニアの間で一定の価値基準が出来上がっていて「〇〇であるほど優れている」というルールができているでしょう。それに対して一般の人はそれを共有していないので、マニアが絶賛するものでもピンとこないというわけです。マニアの間でも系統が様々に分かれていることもあります。価値の基準がジャンルごとに決まっているのです。
はっきりと趣味趣向が一般の人と違うので製品は初めからマニア向けに作られるばかりか、メーカー自体がマニア向けのメーカーと大衆メーカーに分かれている事さえあるでしょう。

弦楽器はマニアの世界ではないため、「音が良い」ということにルールが出来上がっていません。感覚としてその人が感じるしかありません。こうなるとどんなものが評価されるのかわかりません。数万円の楽器の音を気に入る人もいるかもしれませんし、数千万円の楽器を弾いてもピンとこないかもしれません。

またマニアックな人たちが満足するような製品開発もなされてきていません。
唯一マニアックな世界があるとすれば、弦だと思います。
弦メーカーは音が良い製品を求めて日々開発をしています。
いくつもいくつも試作品を作っては演奏家に試奏してもらい評価が高いものを製品化するということが行われています。そのようなことは楽器の製造ではないと思った方が良いでしょう。ヤマハくらい大きな企業になるとやっていますが、協力している音楽家がどれくらい本気なのか怪しい所です。代償としてヤマハから無料でヴァイオリンをもらうと教え子にあげてしまい自分は相変わらずオールド楽器を使ってる・・・そんなもんです。

ヴァイオリンはその時代の常識、トレンドやセオリーに従って作られているものがほとんどです。他の産業でも人々はみなそのように日々の生活や仕事をしています。いちいち検証や実験をして行動を決めていないでしょう。知識のよりどころとなる講師やコンサルタント、記者でさえ研究者ではありません。本を読んだだけで専門家のできあがりです。

常識やセオリーを学んで修行して一人前になるのでさえ難しく、零細企業の伝統産業なので現代の工業製品のような「開発」はできないと思った方が良いです。「画期的に音が良い製法を生み出した!」「ストラディバリを超えた!」などと弦楽器のことを全く無知な記者によってメディアなどに取り上げられて有名になることがありますが、作者の言い分を鵜呑みにしてはいけません。思い込みが激しく客観性が無い人が多いですから。
もし記事にするなら他の楽器と比較試奏した記事を載せるべきです。実際にはなんでもない中古の楽器を超えることすら困難です。何でもないと思っているのは無知なだけでその楽器も作った職人の人生がこもっています。今の人が思いつく工夫は100年前の人も考えていたのです。


それに比べると弦メーカーは大きな企業でハイテク素材、ハイスペック、高価な高級弦を開発して市場に送り込みます。
しかし多くの場合は認知されることもなく弦マニアだけが飛びついて需要が一巡して終わります。
ほとんどのユーザーは最新の製品を知ることなく、先生が薦めるものを使う人がほとんどです。楽器や演奏技術が違うことは全く考えませんし、先生も最新の製品をチェックしていません。


このため世の中には認知されていなくても価格の割に音が良い楽器があるかもしれません。古くから商業では品質が様々な製品を、売り手が選別して例えばマークなどをつけて売るということがなされてきました。これは面白いなと思います。

つまりヴァイオリン職人が古いザクセンの楽器のうち品質の良いものを選んで星の数などで等級付けして売ればユーザーにとって分かりやすいです。われわれがやっているのはそういう事で楽器に値段をつけています。ザクセンの量産品ならパッと見てこれなら2000ユーロだとか、4000ユーロとか値段をつけています。現在の工業製品ならメーカー名や型番で中古品の価格が決まると考えるかもしれませんがそれはできないのです。メーカー名がついてないものでも「職人が見て品質を評価した」ということにプレミアムな価値が生じることでしょう。さもなければガラクタとして見過ごされてしまいます。商人が評価したことはマイナスになるでしょう。根も葉もないデタラメな事ばかり吹いて回っているのですから。

パウル・クノアのヴァイオリン


ザクセンの作者は産地の中でほとんど有名な人がいないのが他の流派と違う独特なところです。普通は同じ産地の中で先駆者的な人がいて有名になり、細かく流派が枝分かれしていくものですが、マルクノイキルヒェンではだれが創始者なのか、誰がリーダー的な人だったのかも知られていません。
商人はザクセンの楽器を有名な楽器に対して悪いものだと吹いて回っているために、注目する人がいないのです。
ザクセンからはベルリンなど大都市に移ってマイスターとして活躍した職人も多く輩出しています。ザクセンから出たことで一人前の職人として評価が上がってくるというほど、産地としてマイナスイメージがついているということです。

そんな中珍しいのはパウル・クノアです。

お判りでしょうか?典型的なガルネリモデルで尖ったf字孔です。パガニーニが使ったイル・カノーネのようなf字孔ですが実際にはこのようなf字孔は多くありません。「モデル」として定着したのはこのようなもので、フランスの楽器製作の影響を受けていることが分かります。
ニスはアンティーク塗装ですが、リアルな感じはありません。クオリティも本当のデルジェスのような粗さは無く、製品として安定感があります。

教科書のような近代的なガルネリモデルです。実際のデルジェスに忠実にするのではなく、モディファイして欠点の無い完璧な丸みにします。これはフランスでもイタリアでも行われていたことで、パガニーニの故郷ジェノバでもこのようなものが作られました。

アンティーク塗装では周辺部分のニスが剥げたようになっていますが、実際にはこんなふうにはなりません。傷も黒くつけてありますが全体としてきれいすぎます。

ただいかにもザクセンという汚らしいものではないので、「アンティーク塗装で作られた質の高いモダンヴァイオリン」とみれば正当なものです。

アーチは現代のヴァイオリンとしても教科書通りでなだらかに中央が高くなり表面もデコボコが無いようにきれいに仕上げています。オールド楽器ではもっと手で彫った起伏があるのに対して、なだらかなものです。したがって明らかに現代の楽器でありオールドとは別の種目の競技です。

スクロールにはガルネリモデルの特徴は感じられません。

ストラドモデルと区別していなかったかもしれません。
実際にはデルジェスは父親が作っていたことが多いのでアマティ的なものが多いです。「典型的な」というと晩年の荒々しい作風のものをイメージする人が多いでしょう。

フランスのようなガチっとしたような感じはありませんがひどく粗悪な感じもしません。
継ネックがなされています。継ぎ目が見えます。

これはイミテーションとしてはじめからほどこされていたと思います。つまり白木の段階ですでに継ネックがされていて、それからニスを塗ったのです。というのはいくつかのクノアのヴァイオリンを比べると継ネックのやり方や位置が全く同じなのです。修理で行われたならそんなはずはありません。

傷をつけただけのダミーではなく、継ネックは実際にされています。
オールド楽器のイミテーションにこだわるなら施してもマイナスになることはありません。

パウル・クノアのラベルがついています。ラベルが無いものも多くあります。PKと焼き印が押してあるので分かります。
日本でもドイツの食品メーカーの『クノール』という商標で味の素から販売されているものがあります。同じ苗字ですね。
ラベルには1943年と書いてありますから、もはや現代の楽器ですね。見た目も新しいです。

クノアはヴィヨームのように弟子や下請けの職人に楽器を作らせてアンティーク塗装で売ったので数も結構多くあります。評価できるほどの量があるということもあってマルクノイキルヒェンのメーカーとしては高額で200万円ほどの相場となります。

音は80年経って強くなっています。力強く音量があると感じられるでしょう。一般の人はこの時代の楽器を手にすることが少なければ音が大きいというだけでも驚くと思いますが、私たちは音が大きく感じるようなものはこの時代のものなら普通だと感じています。100万円程度のマルクノイキルヒェンの楽器でも同じようなものはたくさんあります。したがってクノアだけが特別ではなく普通に作ってあるヴァイオリンなら珍しいことではありません。作者が考え出した特別な製法などは必要ありません。「イタリアのものではなくてはならない」と制限すれば同じ時代のものは500万円以上するのは当たり前です。しかし500万円するから音量があるわけではありません。

むしろ強烈な強さのものはもっと安いザクセンのものにも多くあります。クノアでは極端に耳障りではありません、むしろやや上品です。

200万円程度のクノアでも当然新作楽器よりも音量があると感じられます。
音が良いということをどう定義付けるかということですが、音が強いということを良い音だと考えるなら新作のイタリアの楽器でなくても良いことになります。
現代の楽器らしく明るくてこもったような音はありません。音に大きな違いが無いのに異なった扱いをするのはおかしいです。クノアでも現代の楽器と作風は変わらないので古い分だけ音の強さ、鳴りの良さで有利になります。現代の職人はこれとは違う路線を見出せなければ勝負になりません。

前回のパーデヴェットは明らかに違う音です。私にはそれが希少であることが分かります。どんな音を好むかは個人の自由です。現代的な音が好きならマルクノイキルヒェンのものなら安くて鳴りも良くなっています。

もっと古いザクセンのヴァイオリン



こちらは見るからに古いですね。

オールド楽器になると近代や現代のような「クリーンさ」が無くても高価なものがあります。それだけに雰囲気があります。
ただし、アマティやストラディバリ、シュタイナーなどはとても美しく作られておりオールドだから素朴だという事ではありません。素朴な楽器でも音が良いことがあります。イタリアの作者ならそんなものでも何千万円もしますが、さっきのクノアのようなものならきれいすぎるのでオールド楽器には見えません。この楽器のほうがオールドっぽく見えますが・・・。

私には単に安上りに作っただけのもののように思えます。アーチも周辺を薄くしただけで上が平らになっています。

もちろんイタリアのオールド楽器も安上がりに作られただけのものがたくさんあって特に違いはありません。

音は弾いてみるしかありません。

私はこの楽器はオールドほど古いとは思えません。ただし1800年代終わりころにはもっとフランス的な量産楽器が作られるのでそれよりは古いのではないかと思います。つまりきちんとした基準ができていないのです。

スクロールは残っているニスの色が胴体と全く違うのでオリジナルではないと思います。

値段は難しい所です。うちでは品質から最低ランクの安物とみなされ売り物にはならないとレンタル用に貸し出されていました。値段で言えば10万円もしないと考えていました。この前のチェロと同じような品質のものです。あれを260万円で買う人がいるならこれも100万円くらいしても良いんじゃないかとなってしまいます。

それは冗談としてもレンタルとしては渋い風格がありすぎます。他の子どもから浮いてしまいます。

このため指板を交換して売れるように修理をしました。弾いてみると音は期待外れでした。枯れた渋い音はするけども、出方がダイレクトで楽器全体が振動している感じがしません。量産楽器の音ですね。かつて考えていた評価であっていたかもしれません。でも音は基準がないので良い音だと感じる人がいるかもしれません。少なくとも「品質=値段」に見合ったもので古い分だけ味があります。

いずれにしてもこのような楽器は微妙なオールドの偽造ラベルを貼るとそのようにも見えてきます。怪しげな楽器として流通することもあるでしょう。量産品として一定のクオリティに達している方が量産品に見えて、それ以下のものの方が手作りに見えるのです。オールドの名器と紙一重です。当時のイタリアでも安価な楽器の需要があり、実用品として安上がりな楽器が作られていました。それが今では何千万円もするようになると「巨匠」と勘違いされています。何故かイタリアのオールドには初心者用のものがありません。イタリアには初心者や裕福ではない人はいなかったのでしょうか?そんなはずはありません。生まれながらにしてヴィルトゥオーソということはありえません。今では数千万円するものも当時は初心者用の安価のものとして作られたものだったりするだけです。

何千万円もするイタリアの楽器も品質は変わりません。しかし時代によってスタイルがあってアマティ派の楽器には基本となるものがあるように思います。


評価が低すぎるザクセンのヴァイオリン?


現在では音の好みが優雅で上品なものから、強くはっきりしたものへと変わってきています。こうなると伝統的に安物とみなされてきたザクセンの楽器の音が演奏者にとっては良い音ととられる可能性が増えました。実際店頭でお客さんの反応を見ていると多くの楽器の中にザクセンのものが混ざっていても特に否定的な評価が集中することはありません。むしろ自分の楽器は音量が無いことに困っている人には魅力的にさえ聞こえます。何世代か前の人たちにとっては魅力が無かったものでも、音量が増大しハイテク弦が開発されると状況は変わってきます。

値段が評価として現れるのはそれよりもはるか後のことです。イタリアのオールド楽器のような音が今でも演奏者に求められているのかも疑問です。

またチェロになると値段も高くなりますし、作られた数も少ないです。ザクセンのものでも貴重で学生などが試奏すると、音の強さを評価することが多いです。特にチェロは構造上強度が不足すると音が弱く感じられます。ガット弦が好まれたような時代には下品な音とされていたものがスチール弦全盛の現在では力強い音と評価されてもおかしくありません。
アメリカではかなり高い値段で取引されているようです。


繰り返しになりますが音の好みは各自の自由で業界として決まりはありません。
最近のお客さんの反応を見ていると強い音のものが好まれるようになってきており、ザクセンの楽器が通用することが多くなってきているように思います。値段はイメージの悪さから安くなっていますから最新の注目株ということになります。

はっきりと自分の考える「良い音」を定義づけてください。そうでないと楽器を薦めることも議論することもできません。「値段が高い楽器の音」という正体不明の議論になってしまいます。明るくて強い音ならザクセンのものにもあります。技術的には20世紀の教科書通り作るとそうなることが多いです。クレモナの人が作ろうがザクセンの人が作ろうが同じことです。



こんにちはガリッポです。

ウィーンのモダンヴァイオリンを現代仕様に改造する修理をしていました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12748928852.html

ネックの長さが異常に短ったのでネックを継ぎ足しました。バスバーも現代風に太いものに変えました。やや小型のヴァイオリンですがどうなるでしょうか?

隙間なく接着できてないといけません。

継ネックには様々な継ぎ方があります。これは最もシンプルなやり方ですが、意外と3次元の立体で接着面を理解するのが難しいです。わかるでしょうか?接着が確実なら一つの木材と強度は変わりません。


胴体に取り付けるのも精度が必要な仕事です。

新しく足した木は何十年も保管してあったものでも色が違います。オリジナルの部分と色を合わせるのが難しいです。ペグの穴を埋めた部分は木目の向きが違うためさらに難しいです。うまく継ネックをやると一見わからないようになります。ザクセンの量産品では古い楽器に見せかけるためダミーとして継ぎ目をひっかいて描いてあることがあります。わざとらしいのです。

これは正当な修理なので私はことさらに継ぎ目を隠そうとはしていません。でもニスの修理のセンスでこれくらいにはなります。「修理済み」であることを売りにしたいなら地味すぎますね。商売に結びつけようとするとろくなことはないのです。

いつものように普通に演奏できて演奏者が修理してあることに気付かなければ修理としては成功なのです。

修理完了


ヨハン・パーデベッドの1840年代の作品です。

アマティ的なモデルでサイズは小型です。しかしミドルバウツはさほどくびれておらず、サイズの割に窮屈にならないのではないかと思います。7/8のチェロでもこのような特徴があるとフルサイズに近いものになるでしょう。寸法としてのサイズだけではなく楽器の中央付近は特別な意味があると思います。
f字孔は独特で楽器に対して大きく見えます。表板の材質は荒い木目の安いものです。本来楽器用には使わないもので密度が低く柔らかいものです。
表板の目止めには失敗していて、ニスの色が木材に染み込んでしまっています。普通針葉樹の柾目板では年輪の断面が木目として縦縞の線になります。
年輪は夏の時期に成長している部分は密度が低く明るい色となり、冬に成長が遅くなっているところは硬く濃い線となります。
夏の部分はニスが染み込みやすく染まっているのに対して、冬の部分は色が入っていません。このため木目が自然の状態と逆転して見えます。つまり本来なら濃い線になるべきところが明るくなり、明るくあるべきところが濃い色になっています。素人がDIYで何か作ると汚らしくなってしまう原因で、オシャレっぽく見せている安価な木工製品でもよくあります。
本来の木目を生かしながら白い木に色を付けるのはとても難しいのです。

裏板はトリッキーな木目です。完全な柾目板ではなく斜めに取ってあるようです。
オリジナルのニスも剥げて来ています。もともとのニスはウィーンのオールド楽器にも見られる典型的な色です。濃い赤茶色でしょうか。
ニスが剥げている所をコーティングしようと思ってニスを塗っていたのですが、なぜか弾いてしまいなかなか塗れなかったです。何週間も進展がありませんでした。ニスの仕事というのは難しいものです。

アーチはウィーンのオールド楽器とは全く違います。モダン楽器らしいものですが、20世紀のペタッとしたものとも違います。

スクロールは丸みに神経を使って作られています。ニスの色は典型的なウィーンのものです。

胴体と同様にスロールも小ぶりです。

フランス的なストラドモデルとも違いますが、オールドのドイツ系のものとも違います。

お手本通りのストラドモデルやガルネリモデルのモダン楽器ではありません。その意味では個性があると言えるでしょう。しかしなぜかイタリアの作者だけが個性的だと思われているようです。

多くの人は値段が高いことと美しいことを混同しているので、値段が高い楽器の特徴があると美しいと考えてしまいます。頭のほうが感性よりも優位なのです。そしてお金に興味が強いです。

この楽器もサイズも小さいしレアな作者なので相場はよくわかりません。でも200万円くらいするのは当たり前でしょう。1840年代のモダンヴァイオリンとしてはそれでも安すぎるかもしれません。

気になる音は?

小型で板が薄く、表板は安い材料です。現代の職人はこれらを音が良くない特徴と考えるのが常識です。

実際に弾いてみるとまず豊かに太い音が響きます。音は鋭さが無く柔らかいものです。柔らかくてボリューム感があるので、耳障りで音が強く感じるものとは全く違います。このようなものはとても珍しく私もお目にかかる機会は10年で数えるほどでしょう。
やはり大型のモダン楽器のようなスケール感はありません。しかし、新作などは問題にならないくらいに鳴りますし、並みのオールド楽器よりもゆとりがあります。音色も渋く味があります。

どんな有名な作者でも主流派の現代の楽器では絶対に出てこない音ですし、モダン楽器でもやかましいものが多いでしょう。ヴィヨームでも鋭さがあります。戦前のモダン楽器よりもずっと「古い音」がします

滅多にない小型のサイズのモダン楽器としては2度と手に入らないものではないかと思います。サイズが小さかったために眠ったままになっていた楽器ですが、修理したことで、好みによってはプロの演奏者でも使えるレベルの楽器として活躍する準備ができました。


われわれが常識として頭で考えていた理屈がまたまた覆されました。このようなことがたくさんあるので、初めから理屈なんてあてにしない方が良いのです。


表板の木目の粗さと音の関係ははっきり言えません。ただし、材質として硬い方が明るく鋭い音になって、柔らかい方が暗く柔らかい音になるのはあると思います。ものすごく細かい木目の木材は柔らかいものですが、このような粗いものも柔らかいものがあります。見た目ではわかりにくいです。
粗い木目で年輪の線がとても硬いものは、材質としても硬くなると思います。
同じように荒い木目に見えても硬いものと柔らかいものがあります。細かい木目のものは柔らかいものが多いですが、それでも硬いものがあります。

このため見た目ではわかりません。

一方木材の値段は見た目で決まるので値段が音と一致しないのです。音も好みや作風との相性で何が理想の木材ということも無いのです。

また古い木材になるとどんな見た目でも柔らかくなっていますし、カサカサになっています。古くなるとますます何でも良いことになります。

今回の木材は標高が低い所で育った楽器用には使われないものでしょう。ヨーロッパでは「ユーロパレット」というフォークリフトなどで使われるすのこ状の板があります。日本語でも木製パレットと言います。
それに使われているようなものです。
勤め先では薪ストーブを使っているので燃料がパレットごと届けられます。それを廃材としていろいろなものを作ったりします。もちろん楽器用には使いません。しかしこのパーデベッドではそのレベルの木材が使われています。比較すればそっくりです。

温暖化によってこのような木材が増えても直ちに音が良い楽器ができなくなるということはないでしょう、むしろ小型の楽器では音が良くなるかもしれません。古くなれば何でも柔らかくなりますし、また音の変化には予測不能な個体差があるでしょう。

オールドの名器が最高だという思い込みから、温暖化で木材の成長に影響があると即音が悪くなると考えるのは単純すぎます。
理屈などは理屈に過ぎないのです。
マニアや専門家ほど陥りやすい間違いがあります。

一方で音だけでチェロを選んで200万円を無駄にした話もしました。知るべき知識もあります。知らなくていいことばかり知識を集めてウンチクを語っているのは我々には滑稽なものです。

板が薄い楽器は初めは鳴るけども、そのうち鳴らなくなる…なんて本気で語っている人がいます。1840年代の楽器がよく鳴っているんですから笑ってしまいますね。人間は理屈が好きなんでしょう。


こんにちはガリッポです。

一足先に夏休みをいただきました。
今年は全体としては30度未満の日が多いように思いますが、35℃を超えるような熱波が時々やってきます。熱波の時だけ国際ニュースになるので、ヨーロッパはいつも暑いみたいな感じになってしまいます。クーラーが無く建物の保温性が高いので例年は夜の一時くらいにならないと窓を開けても部屋が冷えない感じでした。それが21~22時で涼しくなります。湿度が低いので日中30℃でも日陰に入ればそんなに暑く感じません。
本格的な暑さはこれからかもしれませんが、夏が終わるのも日本よりひと月くらい早いです。
あとは雨が少ないというのも感じます。
日本では夏と言うと緑が生い茂って自然は豊かな時ですが、こちらは草も枯れかけて樹木も元気がないようです。草や葉っぱが黄色くなっています。

帰国についてもずっと考えています。
あくまで制限が緩和されることを前提として用意はしています。
今のところ日本のほうがあまり良い兆候ではありません。
こちらもマスク着用義務が復活するか話題になっています。
入国にワクチンが必要ならそれでまた日数が必要になります。
どうなるんでしょうか?

いろいろ考えていることはあります。
本日はこれくらいで失礼します。

皆さんもお体にお気を付けください。
こんにちはガリッポです。

インターネットプロバイダーとの契約見直しのため、週末に記事の投稿ができない可能性がありました。無事完了しました。

今年完成させたチェロも持ち主が1~2か月弾きこんで微調整をしましたが、当初よりは音が豊かに響くようになっていました。最近話している50万円のチェロを260万円で買った人も初めに試奏して気に入らなかったものです。今では音量でそのチェロよりも豊かさがあります。聞く側からすればはるかに豊かでボリュームがあり柔らかいきれいな音がします。おそらくホールでも遠くまで聞こえることでしょう。でも特に若い演奏者などは自分の耳に強く聞こえる鋭い音を好む人が多いです。楽譜と向き合って仕事をするとき使いやすいという事でしょう。美しいとか心地いいとかそういう事ではないようです。また聞く人のことも頭には無いようです。多くの職業でも同様でしょう。お客さんのことを考えていない人は多いです。私がそう思っても私がそう思うというだけで、その人が「良い音」だと思って選んだので文句は言えません。客観的に音の良し悪しなどは無く、人によって感じ方が違うということです。音の良し悪しを公平に評価する方法はありません。自動の弓を開発して、測定器で測定して数字が大きいほど良いというルールを作れば、自動車レースのような「試合」ができるようになるだけです。もちろんそれによって技術は飛躍的に進歩するでしょうが…。実際にはそのような試みはありません。ゴルフで飛距離を競うようなものです。美しいとか心地よいとかそのような概念は優劣の尺度にはならないでしょう。音楽の解釈によっても求められる音は違ってくるかもしれません。


さて当時見習だった後輩が作って私がニスを塗っていたヴァイオリンです。

指板がついて部品が付くとヴァイオリンらしくなります。こうやって仕上がると苦労した甲斐があるものです。アンティーク塗装というと普通はもっと大げさにわざとらしくやるものですがこれくらい控えめなのが私は良いと思います。一般の人はストラディバリやグァルネリのようなオールド楽器に憧れがあって、19世紀の終わりころのモダン楽器の良さを知る人は少なくあまり憧れは無いかもしれません。そういう意味で需要は無いかもしれません。
高い楽器に見せかけて売るというよりも、私は純粋に100~150年経った楽器を見たときに感じる「趣」を無意識的に感じられると良いなと思います。

裏板は安めの材料を使ったのがもったいないくらいに出来上がりました。ヴァイオリンの製作は材料代はそんなに大きなウエイトは占めません。職人の作業にかかる手間暇のほうがはるかに大きなコストになります。せっかく手間暇かけて作るなら材料代をケチらないほうが良いと思うことがあります。だから音が良いといことではありません。

スクロールもニコラ・リュポーのモデルですが、フランス的な形になっています。現代では写真資料があるのでカメラ並みに再現することができます。多少仕事に甘さがあり、面取りがルーズになっています。フランスの19世紀のものは縁が黒く塗られていることが多いです。今回はフランスの楽器のコピーとまでは行かないので黒くはしませんでした。
モダン楽器はフランスで確立して各地に広まっていくうちに、はっきりしたフランスの作風が薄まって行きました。私が「フランスのモダンヴァイオリンの出来損ない」と言うものです。したがってフランス以外の楽器の場合、フランスらしさがあると、よく勉強しているという感じがします。フランスらしさが少ないと自己流という感じがします。
フランスのモダン楽器は再現するのはとても難しく見習にできるはずはありません。モデルをフランスの楽器から取れば、クオリティが落ちでもまだ他のモダン楽器とそん色がないものができるのではないかという読みが当たりました。

過去に作られた楽器と比べても十分ビシッとした印象があります。

反対側は手元が狂って失敗してしまいました。私もこちら側のほうが難しく、過去に作られた楽器でも完璧ではないことが多いです。私の目がおかしいのかもしれません。これで失敗というのは職人にしかわからないことかもしれません。

後ろ側も近現代の楽器としては十分なレベルにはありますが、もう少し直せるところもあります。でも時間がありませんでした。近くで撮影しているので立体物ではカメラに近い所が大きく写ってしまいます。望遠レンズで遠くから撮ればもっと歪みが少なくなると思います。
それくらい微妙なものです。

アーチはモダン楽器らしいフラットなものです。これも失敗して削りすぎてこうなってしまったということもあります。
横板は写真の下側の部分だけ違う木材になっています。作っている途中でひびが入って割れてしまったので急遽作り直したのです。これもいい思い出です。

コーナーやパフリングの先端はそれ以前に作ったものでは苦労していました。私が教えたコピーの手法で嘘のようにうまくいったので私を「ずる賢い人」と言っています。明らかにフランスの楽器の特徴があります。ヴィヨームになるとさらにトリックがあるのですが、それは今回無しです。

アーチには一流のフランスの楽器のクオリティはありませんがフラットながらエッジに向かってエレガントな流れがあります。
仕上げの品質がもうちょっと高いとニスの塗るのも楽だったのですが…。



ニスはピカピカに磨いたのでいつも楽器を撮っている作業場ではこんなになってしまいます。正面から撮ると撮影者が写り込んでしまいます。

気になる音は?

この楽器では初めにニスを塗らない状態で弦を張って音を出しました。モダン楽器らしいスケールの大きな音で、音色に深みもあり驚いたものです。
ニスを塗って音がどう変わるかということですが、完全に覚えているかも微妙です。

完成しての音は出来立てホヤホヤの新作楽器とは思えないくらいうまく機能して音が出ていて、モダン楽器という物のすばらしさを知ることができます。現代のよくあるようなものに比べてキャパシティが大きく深く味のある音色もあります。やかましい新作楽器とは違って高音もひどく耳障りではありません。
低音は枯れた角のある音というよりは丸く豊かな太い音です。これは低音だけでなく楽器全体のキャラクターです。これはニスも影響しているかもしれません。ニスを塗る前のほうが極端なキャラクターでそれが円満な豊かな音になったようです。つまり響きが増えて明るくなり太く豊かな響きが加わりました。単純にニスの厚みが板を厚くしたのに似たような効果もあると思います。またつややかでクリアーなエレガントさも加わったと思います。極端なものではなく中間的なバランスになってきました。
いよいよ優等生の音で高級感もあります。私が作るものよりも、多くの人に望まれるものだと思います。学生さんにはピッタリですし、アマチュアでもこのレベルの楽器を持っていれば相当なものでしょう。

音は優等生でも、作業では苦労していました。板は削りすぎて私が指定した寸法よりも薄くなりすぎていました。しかしそのことは結果としてプラスに作用したようです。もし怖がって、気持ち厚めで完成としていたら音がさらに明るくなり現代的な音になっていたかもしれません。

たまたま放送局のオーケストラで弾いていた親しいプロのヴァイオリン奏者が来ていて試して素晴らしいと言っていました。プロの演奏者では楽器の音というよりは演奏者の音になってしまいます。我々は楽器を弾くとき「この楽器はどんな音を持っているだろうか」と探りながら音を出しますが、プロの演奏者は自分の普段の弾き方で自分の音を出します。とても美しいきれいな音がしていました。全く荒々しい耳障りな音はありません。
力強い演奏をする人ならまた違う音になるでしょう。

私が教えたのに私の楽器とは違う音があるのも面白いですね。より万人向きの音です。私の方が他に同じような音が無い珍しいものです。もちろん将来エレガントで美しい音のするオールドの名器と同じような音になるんじゃないかという雰囲気はあると思います。その代わり現時点でパフォーマンスは控えめです。

それもヴァイオリンを作るごとに徐々に音が良くなるのではなく、見習でいきなり並のプロ以上の音のものができるのです。それはモダン楽器の構造を私が教えた事と、本人の癖が影響しているでしょう。ニスは私と同じものなので、そこは共通する音の特徴があります。またうちの工房で作られたものは鋭い荒々しい音のものはありません。工房全体としての文化というものもあると思います。

ヴァイオリン職人の人生

このようなヴァイオリンは多くの人に魅力的だと思いますが、後輩の家族が記念に大事にしたいという意向で販売はできません。本人も50万円くらいの古い量産楽器を持っていましたから、グレードアップです。

こんなに良いものができるならもっとたくさん作ってほしいと思っていました。

しかしこのヴァイオリンが完成するとこの仕事を辞めると師匠と合意しました。私はとても驚くとともに寂しい思いをしています。
本人はヴァイオリン職人の仕事があまりにも困難で毎日つらい思いをしていたようです。私は仕事の楽しさを教えたり不安を和らげるように接してきたつもりでしたがそれを何十年も続けていくと思うととても耐えきれそうにないと感じたようです。私とヴァイオリンを作っていた時間は楽しかったそうです。しかし職業人として重圧を感じていたようです。責任感が強すぎるのではないでしょうか?

私は才能については全く問題が無いと思います。これよりひどい楽器を作って自分を天才だと思い込んでいる職人がいくらでもいます。今はうまくできなくてもずっとやっていればそのうちできるようになるはずです。

私でも始めの何年かは何をやってもうまくいかず失敗ばかりで、今でも簡単ではありません。練習していけばできるようになるのは誰でも変わりません。しかしそれ自体が後輩にとっては苦行だったようです。私も右も左もわからない外国での生活で、つらかったですが、むしろ楽器作りや職人の仕事が心のよりどころだったように思います。

私の場合には他の仕事では大したパフォーマンスを発揮することはないでしょう。ヴァイオリン職人の仕事しかできません。後輩の場合にはもっと他に輝ける仕事があると思います。新しい人生を応援したいと思います。

つまりまじめにヴァイオリン職人を続けられるという時点ですでに才能があります。オークションでは値段は上がりませんが世の中にはそのような無名な天才によって作られた楽器がたくさんあります。そんなことも知ってもらいたいです。


こんにちはガリッポです。

前回の話の続きです。
値段と音が関係ないとか、安い量産品でも音が良いとか言ってきましたが、そうはいっても心底信じてもらえていないかもしれません。実際の例を上げれれば実感が沸くことでしょう。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12752594643.html


若い演奏家が音が良いという理由で2万ユーロ(約260万円)で買ったチェロの話をしています。職人が見ると製造にかけたコストで考え最も安上がりなザクセンの量産品でせいぜい50万円くらいだろうとなります。保険をかけるために査定をお願いされました。
評価額には幅があり、保険の場合には掛け金が低すぎると十分な補償を受けられない恐れがあるので高めに設定します。数年後の物価や楽器の価値の上昇も考えると上限いっぱいにしておくと良いでしょう。それでも評価額の見直しが必要で、5年もしたら考えた方が良いと思います。

持ち主からは2万5000ユーロ(約325万円)で保険をかけたいと連絡がありました。
しかし楽器の価値はそんなにありませんから断りました。本人は2万5000ユーロのものを2万ユーロで安く買えたと思っているようです。無慈悲に査定すれば4000ユーロが良い所でしょう。高めにしても8000ユーロ以上は無理です。2万5000ユーロに査定すれば、もし保険会社に怪しまれて他の職人が査定をしなおしてバレてしまうと信用を失ってしまいます。保険の申し込みを請け負っただけの顧客にそれだけのリスクを負う必要はありません。

話を聞くと、専門店で買ったのではなく、音楽家から個人売買で購入したそうです。普通個人売買なら専門店よりも安い値段で買うものです。普通なら2万5000ユーロするものを個人売買で2万ユーロで買えたので得したと思っているようです。

音楽家同士で売買した結果、全く市価とはかけ離れた値段で取引されました。これが音楽家の考える楽器の価値です。

プロの演奏家であれば楽器の良し悪しは一番わかっているとうぬぼれているかもしれません。確かに実用品としての楽器の価値は分かるかもしれません。しかし値段はそれとは違う理由でつきます。値段がどういう方法で決まるか全く知らない者同士が取引した結果です。個人売買ですから両者が納得したのなら成立です。

特に厄介なのは、格上の演奏者、先生や教授など地位の高い人が関わってくることです。先生が「このチェロは音が良いのでぜひ使いなさい」と薦められると本当に音で選んだのかさえもわからなくなります。本心からそうしているのか、わかっていてガラクタを高く売っているのか、高所得で何千万円もするチェロを持っていて金銭価格がマヒしているのかわかりません。

また古物の場合には自分の所有物を非常に高く評価する人がいます。日本の長寿番組で『開運!なんでも鑑定団』ってありますよね。お父さんが家族に骨董品を自慢して大恥をかくというパターンになっています。でもそうやって高価なものだと信じ込んでしまう人が多いということです。悪意は無くても結果として騙したことになります。


本人が来てそのチェロを演奏して聞かせてくれました。
聞いた感想は誰もが驚くようなすごい音ではなく、やや鋭く、力強い音と耳障りな音の紙一重の音です。音楽家が好むタイプの音です。
工房でも部屋に音が広がることはなく楽器だけで鳴っている感じがしますし、音色も微妙に感じました。300万円くらいする楽器を買うのならホールなどを借りて仲間と弾きあったりそれくらいの費用はかけても損はないでしょう。

つまり「その人が気に入った」というだけです。
それもチェロの後ろ側に座って特定の曲を弾いた時に感じる音だけです。

一人でも気に入る人がいれば「音が良い」ということになります。
たくさんの楽器を試奏して音楽家が音が良いと選んだものは50万円くらいのものでした。それを260万円で買ったのです。

これが値段と音の現実です。
技術者には全く理解できない音楽家特有の行動でしょう。


ものを買うなら事前に多少は知らないといけません。
『楽器を購入するにあたって』という情報が必要ですね。
ネットなどはどの分野でも素人の思い込みの激しい異常なマニアが喜んで情報を披露し、良識のある人は己の無知を恥じて語らないでしょうね。
楽器店が広めてきた「正しい知識」もでたらめですから困ったものです。


当ブログではそんな話をしてきています。
いかに優れた演奏者でも量産品と高級品の見分けもつきません。この見分けがつかないと楽器の値段は見当もつかないことになります。

上級者でも量産品とは気づかずに「この楽器は音が良い」と絶賛することがあります。このように値段と音は全くかけ離れていることがあります。我々も客商売なので上級者になればなるほど強いことが言えなくなります。その人が楽器のことを全く分かっていなくても、説教することができないのです。また音楽家として活躍する人にはステージに立って自分を表現する独特の強さがあります。プライドが高くトンチンカンな勘違いをしている人が少なくないのです。したがって音楽家として偉い人、才能がある人ほど楽器のことは分かっていないくらいに考えた方が良いです。偉い先生が自慢の名器を見せてくれた時、私にはそれが安物だと分かることもあります。でも言えないですよ。


作者が天才だとかそのような話ではなく量産品か高級品かの見分けのレベルでも一般の演奏者には無理なのです。そして量産品でも音が良いと感じることがあります。私がブラインドで聴いていたらはっきり言って音で値段を言い当てることはできません。量産品か高価な名器なのかも自信ありません。

でも楽器を見れば一目見ただけで量産品なのか、モダンやオールドの名器なのかわかります。

音はそんなものだと思ってください。

こんにちはガリッポです。

一般的に工業製品を買う時、同じメーカーでも安い製品や高い製品があります。使われている部品や、仕組み、機能、容量やサイズなどが違うので値段が違うのも納得することでしょう。

心配性の人は高い製品を買った方が安心ですし、上級者の人は実際の使用で使わない機能が分かっています。

弦楽器についても、理想通り作られた高級品と価格を抑えるために合理化されて作られたものがあります。

オーディオ製品なら部品を付け替えて実験することで部品のグレードが高い方が音の劣化が少ないと分かっていて、最終的に販売する製品の値段を考えて部品のグレードを選択するということがあるでしょうが、弦楽器の場合には、音が良いか悪いかもよくわかっていません。
つまり高コストの方法で作ったほうが低コストで作ったものよりも音が良いかどうかも分かっていないのです。

製品の価格のために、音を犠牲にしているかどうかもわからないのです。
例えば安い木材が、高い木材よりも音が悪いかどうかも分かっていません。妥協して安い材料で楽器を作って音が悪くてがっかりしたような経験を我々職人はしてないのです。だから、実際は分からないです。

それに対して苦労して作ったのに材料がチープだと安っぽく見えるので高い材料を使っておけばよかったと後悔することはあります。あくまで見た目です。

職人の楽器の見方というのは美人コンテストのようなところがあります。音楽家は美人である必要はないでしょう。それと同じで楽器も美しい必要はありません。
商業的には美人音楽家の方が売れやすいかもしれません。それも楽器も同じです。

それに対して音にこだわって音のことを分かっていると思い込んでいる職人も多いです。師匠に教わったことや自分で考えたことを検証しないまま信じ込んで分かった気になっている人が多いでしょう。実際には分かっていないのです。


とはいえオーディオ製品もカタログなどにどれくらい音が良いかということは書いていません。豪華な部品を使っていますよと書いてありますが、それがどんな音なのかは書いていません。本当にそれが耳で聴き分けられる差なのか、間違った方向への変化ではないのか、ネットの時代になっても疑う人は少ないようです。


さて、弦楽器を見分ける3者のプロがあるという話を時々しています。音楽家、楽器商、職人の3者で全く選ぶ楽器が違います。これだけでも楽器の良し悪しの意見はバラバラになりますが、音楽家や職人同士でも好みの違いが大きいです。このため誰にでも共通する楽器の良し悪しというのは無いのです。

それに対して楽器商は「お金」という共通の好みを持っています。最近では投資目的で楽器を買う人も増えてきています。この場合は個人の趣味趣向ではなく、お金で考えるべきです。当ブログではそれに関しては触れません、私はその道のプロではないからです。お金は音とは関係がありません。音を値段に換算する仕組みが無いからです。


音楽家が楽器を選ぶ時、我々職人とは全く違う選択をするので驚かされることがよくあります。したがって音楽家の求めるものを知るべきです。偉い師匠の顔色や言うことではなく、お客さんの表情や言うことが重要なのです。このような謙虚さこそが職人に必要なのではないでしょうか?

チェリストのチョイス

音大を卒業された若い演奏家の方がチェロを探していました。予算は2万ユーロくらいということで260万円くらいです。その時点で日本の中高生のヴァイオリンのほうが高いですが音大を出てから楽器を買うというのがヨーロッパの人らしいです。

チェロは高いので2万ユーロではハンドメイドの高級品は買えません。一方現代の量産品は機械で作られているので1万ユーロ以上出す根拠がありません。そこで、私は量産工場で作られたものを改造したり、古い量産品を修理したりしています。一方中途半端なハンドメイドの楽器はハンドメイドという事実があるだけで、音について満足できないことも多いです。量産品よりもお手頃価格のハンドメイドのチェロのほうが売れ残っています。だからチェロなんて作らない方が良いとなってますます音が良いハンドメイドのチェロが少なくなります。

そうやっていますが、うちにあるものはどれも気に入らず、様々な楽器店や工房を訪ねてチェロを探していました。演奏者なので楽器は音がすべてでそれ以外のことは興味がないようです。そうなると私がいかに最善を尽くしても新しいチェロでは不十分です。

最終的に購入したのはこのチェロです。2万ユーロしたそうです。当ブログを見ていらっしゃる方なら、品質がどうかわかるかもしれません。どう見ても美しくなるように気を使って作られていません。
ストップの位置もおかしく駒をf字孔の上の方につけています。

音楽家の方は全く工芸的な意味での美しさには興味がありません。

古いことは分かります。1930~30年代の戦前のものよりは古い感じがしますので1900年より前かもしれません。

表板は年輪の幅が広く安い木材です。でも音が良いと選ばれました。温暖化によってこのような木材が増えることでしょう。
パフリングはマルクノイキルヒェンでよく使われたものです。真ん中の白い線がとても細いものです。したがってマルクノイキルヒェンなどザクセン派の量産品だと考えて良いと思います。

横板の合わせ目にザクセンの量産品の特徴があります。

2万ユーロ(約260万円)で作者・生産地不明で購入したこのチェロですが、保険をかけるために査定をしないといけません。
マルクノイキルヒェンの楽器はヴァイオリンで20~100万円くらいです。チェロはその2.5倍くらいと考えれば良いでしょう。この楽器のグレードならヴァイオリンで20万円くらいですからチェロなら50万円です。あくまで状態が完璧である場合です。指板も薄くなっていて、不完全な修理の割れもたくさんあります。ペグも摩耗し交換するには穴埋めが必要でしょう。完璧にするには修理代が数十万円かかるでしょう。そうするとあまり残りません。多めに見積もって40万円としておきましょう。
それを「音が良い」という理由で260万円で買ったのでした。

音楽家の考える楽器の価値と職人の価値の違いです。

このチェロに260万円の価値があるというのなら、売った人に査定してもらってくださいとしか言いようがありません。


アーチというのは楽器の中央から駒のところにかけてを頂点としたカーブになっているべきだと私は考えていました。このチェロでは上と下の端から10~15cmくらいのところからまっ平らになっています。つまりはじめに2cmくらいの厚さの板で周辺を低くしただけで、アーチの弧は描いていません。
これで音が良いというのですから、私が学んできたことは全部嘘だったことになります。

こういうアーチは昔の量産品では最も安い製品に見られたものです。周辺だけを削って完成としたので作業量が少ないのです。
今はコンピュータ制御の工作機械で加工できるのでこのようなものはありません。

指板も薄くなっているのでいずれ交換が必要です。

スクロールは胴体よりもずっときれいでオリジナルではないように見えます。しかし量産品ですから、渦巻きだけを作る職人のものを使っていたはずです。グレードの高すぎるスクロールがついています。オールドチェロに見せかけるために別の壊れたチェロのものが修理でつけられたのかもしれません。

昔の量産品ですからスクロールは機械では加工できませんでした。手作りです。ペグはかなり古く摩耗しているようなので交換するにはペグの穴を埋め直さないといけません。

音が良い楽器の条件は「なんでも良い」?

私は当ブログで音が良いために楽器の作りの条件について「ひどくなければなんでも良い」と言ってきましたが、「なんでも良い」に改める必要があります。

楽器の作りなどは音には関係なく、とにかくたくさんの楽器を試してみて音が良いものが良い音の楽器ということになります。

少なくとも300万円弱の予算なら50万円程度のものに音が良いものがあるかもしれません。300万円予算があっても店にある一番安いものも試奏するべきです。
安いものほど作られた数が多いので「音が良い楽器」の絶対数も多いかもしれません。

またこのチェロを調べることで「音が良い楽器に必要な最小限の要素」を知ることができるかもしれません。どれだけコストを削っても音が犠牲にならないかということです。

オールドのイタリアのチェロでも「ただ作っただけ」というレベルのものがよくあります。それでも何千万円もします。このチェロが音が良いのと同じ理由です。しいて言えば古ければ良いという事でしょう。最低品質の120年前のチェロのほうが最高品質の新品のチェロよりも音が良いのです。新作チェロで一番高いものはいくらするでしょうか?日本の皆さんのほうが知っているでしょう。

実際に低品質の古い量産チェロは、修理代のほうが楽器の値段よりも高くなるので滅多にないと思います。この楽器のように素朴で古く見えると「オールド」と勘違いする人がいるので怪しげな業者が興味を持ち雑な修理を施して高すぎる値段で売られていることがあります。

ネットオークションなどにはゴロゴロあるかもしれませんが、試奏もできませんし買ってから修理代がとんでもなくかかるでしょう。


以前には木箱のヴァイオリンも紹介しました。思っているよりも楽器は単純に作ることができるのかもしれません。


こんにちはガリッポです。

ピラストロの新チェロ弦『フレクソコア・デラックス』の続報です。
実際に気に入ったという意見もいただきましたが、別のチェロでも試してみました。
チェロを弾く同僚によると、何の不満もないとのことです。
下取りした量産チェロに張ってみると暗い音色で柔らかさがあり、かと言って手ごたえもあるというほど良いものです。
安いチェロでも高音に耳障りな感じはありません。
暗い暖かみのある音色はチェロ自体が持っているもので弦はニュートラルではないかと思います。
したがって、チェロ自体が良い音ならこの弦で十分じゃないかという感じです。値段は同社のトップモデルの半分ですが、最もオールマイティーで癖が無いように思います。
やや張力も弱く無理やり音を出そうという感じではなく扱いやすく素直で自然な音だと思います。

他社を入れても安い価格帯で、ダダリオのヘリコアと競合するクラスですが、はるかに新しい設計で経済性のために我慢するという感じがしません。

逆に高級モデルはそれ以上の特別な要求がある場合に求められることになるでしょう。特別ソリスト的な演奏やチェロ自体の弱点をカバーするような目的に応じて選ばれるということです。

かつてはチェロ弦はスチール特有の金属的な嫌な音がするものが多く、まともな音がするものがわずかで高価なものでした。各社がこぞって高級弦を開発してきましたが、柔らかい音が求められる安いチェロほど高価な弦が必要という困ったもので、当ブログでもそのことを嘆いていましたので朗報です。

耐久性については新製品なので分かりません。しかし値段が安い分頻繁に変えることも可能となるでしょう。チェロのスチール弦はめったなことでは切れませんが古くなると金属的な耳障りな音になってきます。

スチールのチェロ弦については、値段よりも新しい製品のほうが音が柔らくなっていると考えた方が良いかもしれません。もちろんさらに柔らかい音が良ければラーセンのイル・カノーネがあります。それは好みで、昔からのスチールらしい音が好きという人は古い銘柄が販売され続けています。

とはいえ中級ランクでものすごく安いということもありません、これをきっかけに低価格帯で競争が始まるとより良いのではないかと思います。間違いなく求めているユーザーの総数が多いからです。

それから子供用サイズもぜひラインナップして欲しいものです。

私の考え方として、安いものを好むような感じがあるかもしれませんが、そうではなくて根拠のある価格の製品を求めています。
趣味や仕事で使う道具というのは、ちゃんと使えるものでなくてはいけません。しかし他人に財力を誇示し優越感を得るためのものなら私は興味がありません。Tシャツに年収をプリントして着れば良いと思います。
また理系的に考えて他社に対して優れているのではなく、美しさや味わいなど心地よさや満足感を得られる必要があると思います。

問題は高級品を販売する業者です。彼らが3流以下なので彼らが売っているものやウンチクが怪しいものです。
業者が物の良し悪しを分かっていて値段に表されているのなら、「高いものほど良い」ということになります。そこが信用できないのです。信用が無いものに高いお金を払うことが経済学的にもおかしいです。

私自身がバブル以降の世代ですからそんなことが当たり前です。


ヴァイオリンのニス

見習が作ったヴァイオリンに私がニスを塗っています。前回からどうなったでしょうか?

こんな感じになりました。

1800年代終わりころの古さをイメージしてみました。

取ってつけたようにどこがどうというものではなくなんとなく古くなっている感じがすると思います。でもあくまで新品の楽器に隠し味的な効果で味わいがあるという線を目指しました。ピカピカに磨いてダメージもありません。
演奏で使って「使用感」が出てくるとたちまちモダンヴァイオリンのような感じが出てくるでしょう。

形はニコラ・リュポーのモデルで他のフランスの楽器とも同じ形です。そのままの形で作れば、見習いの職人が作ってもこれくらいきれいなものができます。

スクロールもリュポーのモデルです。完成度はそこまでありませんが、フランス以外の一般的な職人と比べれば十分きれいな方です。

失敗して削りすぎてしまった反対側も何とかなりました。私がアドバイスして美的なバランスをちょっと整えてあげるとずいぶんとましになりました。

アンティーク塗装も自然な感じにするのに苦労しました。一般の人は言われないとアンティーク塗装を施してあることに気付かないでしょう。


これくらいビシッとしたものはモダン楽器でも探すのは大変です。これが見習が作ったものですから、天才でも何でも無くても作れるのです。

下の半円のカーブもきれいに出ています。汚れが少しだけたまっているようにしました。

見習でこのレベル

もうちょっと完璧に仕上げてあればニスを塗るのも楽でした。そういう意味では苦労しました。フランスの一流の職人には及びませんが、フランス以外の並みのモダンヴァイオリンには遜色ないレベルになっています。楽器の構造は20世紀に流行したものではなく、19世紀のスタイルを研究したものなので音響的にもモダン楽器のような性能が得られる事でしょう。

後輩は特別才能があるという感じではありません。指導すれば誰でもこれくらいのものができるのです。それができないのは指導する方が19世紀の楽器製作を失っているからです。

つまり楽器自体はすぐに十分なレベルのものができます。日本の職人のように雑用から初めて何年も作らせてもらえず「教えないで盗め」とやっていたら何十年もかかるかもしれません。しかしいきなり教えれば誰でも十分なレベルのものが作れます。500万円以上するイタリアのモダン楽器でも変わりません。

それからプロの職人としてやっていくには、生産コストを抑えないといけません。つまり早く作ることでコストを安くするのです。それがチェコやイタリアの職人のやっていたことで、雑過ぎない程度に早く作ってアメリカなどに輸出をしていました。急いで作ったものがイタリア製と言うだけで5倍以上の値段になっています。製造者からすると理解できません。作者が凝りに凝って作った魂のこもったものだと考えているなら間違った思い込みです。

私はヴァイオリンに「名工」だの「天才」だのそのような要素は無いと思います。決められたように作業をし、まじめに作れば誰でも十分なものが作れて、音はなぜかわからないけど個体差のような違いがあります。試奏して気に入ったものを選べばいいです。
ヨーロッパにはまじめな人は少ないのできちっとお手本通りに作らないのが普通です。それを「個性がある」などと言うのはおかしな話です。不真面目な人の考えることは似通っているからです。日本人のようにマスクをしたり感染予防に努めないのでコロナでも死亡者をはるかに多く出しましたよ。

イタリア以外にも個性的な作者はたくさんいて、ヨーロッパ19世紀の楽器製作が失われています。

音についても楽しみです。
見習が初めて作った「赤いヴァイオリン」でも音は十分プロのレベルで良かったです。今回はより優れたモダン楽器のようになっているはずです。モダン楽器でも100万円以下でこのような作りのものを探すのは難しいです。