重要な付属部品の一つ「駒」について 前編 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンなどの弦楽器には演奏上重要な部品があります。
ヴァイオリンの見た目が美しいとか、音が心地よいとか、そのようなことは優先順位としては低くなります。楽器として機能せず演奏が上手くできないのは最低です。
弓やケースなどとセットで数万円程度で売られているものはそのような問題があり、直すのにそれ以上のお金がかかってしまいます。うちの店のような職人が常駐する専門店なら無償で直します。うちの場合には働いている人は全員職人で、そもそもそんなものは売りません。しかしとくに新しい楽器では予測不能の変化がありますので、絶対とは言えません。
日本の楽器チェーン店なら東京に工房があり、30分で終わる不具合でもいちいち東京まで送って直して送り返さないといけません。それすら持たないとメーカーや輸入商社に送って直すことになります。私も知り合いが働いていますから知ってますよ。

弦楽器は基本設計が何百年も前で、仕組みが変わっていません。昔よりも精度などは上がっていて演奏者の苦労は減っているとは思います。その結果高度な職人の技術が必要になっています。職人の技術が要らないまでに進化はしていません。
しかし可変式の機構を作るよりも木材を正確に加工する方がシンプルなのです。ギア式のペグや高さが調整できるコントラバスの駒などもありますが、そちらの方が高くなります。

今回はそんな中でも駒の話をしましょう。

ヴァイオリンの駒

駒はヴァイオリンよりもはるか昔から弦楽器にはついているもので胴体と弦の間に噛ませることで高さを稼いで弾けるようにしてあるものです。ギターなら接着されていますが、ヴァイオリンを含めて弦の力を利用してはさんであるだけの楽器も少なくないでしょう。

駒は消耗品で楽器本体より寿命が短いので交換が可能になっています。それでも現代の工業製品とは違い10~20年は使えます。消耗部品が現代の工業製品以上に耐久性があるのです。
それでも突然割れたり、使い方を誤ると数年でダメになってしまうこともあります。楽器の方が変形することで使えなくなることもあります。冒頭の話のように新品の状態で駒に問題があれば交換が必要になります。

さらにほかの修理を行った場合に交換が必要になることがあります。
表板を開けて修理をした場合、再び閉め直すと理屈上指板の高さがずれます。駒と指板との関係が狂ってしまうので交換が必要です。指板の交換でも同様です。指板は駒よりもさらに耐久性があり、20年以上は持つと思います。一生に1度か2度交換するくらいのものです。当然演奏時間によって違います。

楽器自体は1600年代のものでも使えていますから今のところ耐用年数は不明です。チェロやコントラバスのほうが痛みが激しく修理は難しくなります。通常は楽器の値段を修理代が上回った時点で修理をする値打ちが無いとみなされます。

普段こんな仕事をしていると自動車を10年程度で買い替えるというのは私には理解できなくなってしまいます。製造業者としては買い替えさせた方が仕事が生まれるわけで何とか理由をつけて買い替えを促しています。世界中の頭のいい人たちがそれをこぞって考えているというのが無駄のように思います。

これは30年以上前にオールド楽器につけられた駒です。ペグで調弦するときに引っ張られて曲がっています。1年~数年の短い期間でも曲がることがあります。いずれ割れたり、まっすぐ駒が立っていられずになり転倒してしまいます。

引っ張られて来たら押し戻してあげないといけません。ただし押しすぎて駒を倒してしまうとアジャスターなどで表板に傷をつけてしまいます。心配なら職人に見てもらう必要があります。それくらいなら10分もかかりませんし、無料です。これが職人が常駐していない店なら大変なことになります。日ごろから工房に通っていると理解が深まります。

職人に楽器を見せると文句を言われるのが嫌だと思うかもしれません。我々の創造力が欠けているところです。しかし徐々に傷んでくる部分については、今すぐでなくてもいずれ必要になる修理やメンテナンスのお知らせができます。あらかじめ知っておけば、その時が来て急に費用を知って驚くことが防げます。自動車などなら車検やタイヤの交換よりも安いものでも弦楽器では驚かれます。

駒に必要な機能

駒で重要なのは二つあります。一つはカーブの丸み、もう一つは高さです。

駒の上端にカーブが無いと弓で弾くときに一度に複数の弦を触ってしまいます。丸みが大きいと弾いてる弦と他の弦とのクリアランスが大きくなります。初心者では弓のコントロールが難しいのでなおさら重要ですし、微妙な違いが分かる上級者でも重要なことです。そして数万円の楽器ではこの問題がよくあります。そうなると駒の交換が必要になってしまいます。製造元の中国に送ってやるわけにはいかないので料金は楽器本体とは違う時間給になります。

もう一つは高さです。
駒の高さが低すぎれば弓が楽器の縁にぶつかってしまいます。またカーブの丸みを強くし過ぎても同じです。

じゃあ駒を高くすればいいかというと簡単ではありません。指板との関係があるからです。弦と指板との隙間がどれくらいあるかということで「弦高」と言います。弦高が低すぎると指板と弦が触れて異音が発生します。ビヨーンと雑音が出ます。高すぎると弦を抑えるのに力が必要で細いE線では指に食い込んで痛いです。つまり正しく調整されている楽器のほうが快適というわけです。

ヴァイオリンなら高い方のE線では指板の終わりのところで3~4mm、低い方のG線なら5mm程度は必要です。これはE線のほうが振幅の幅が小さく、張りも強いからです。指に食い込んで感覚的に高く感じます。E線はほぼすべてスチール弦になっていて、他の弦がナイロンなどの人工繊維やガットであればずっと柔らかいものですし、太さも太くなり不快感は少ないはずです。駒の低音側の方を高くします。

間の弦高は指板のカーブが重要です。指板の表面には駒と同じカーブが施されていれば、弦高はE線とG線の間になります。精密に加工されていればE、A、D、Gと順に少しずつ弦高が高くなります。この時指板のカーブが平ら過ぎるとA線やD線の弦高がG線と同じかそれより高くなるかもしれません。

このあたりの加工精度はとても微妙で、工場で出荷された量産品ではまず正しくなっていることは無いと思った方が良いでしょう。指板を正しいカーブに直すと薄くなりすぎてしまい、耐用年数が半減してしまいます。工場で仕上げられた量産品の指板が私の満足いくレベルにあることはまずありません。必ず削りなおす必要がありますが、理想通りにすると指板が薄くなりすぎてしまいそれもできません。
加工精度の低い量産品ほど指板は初めから薄くなりすぎています。サンディングマシーンのような機械を多用してごまかしてあるからです。多めに削り残してあれば直せるのですが…。

トレーニングができていれば高めの弦高でも苦になりませんが、初心者は指が痛いと感じるでしょう。上級者では好みが様々です。私たちは初めに高めにしておいて希望に応じて低く加工します。ただし、湿度の変化によって楽器が変形するのでギリギリにし過ぎると時期によっては対応できなくなるかもしれません。こちらでは冬場の乾燥が問題となります。日本では梅雨や夏場の湿気があるでしょう、私には予想がつきません。

こちらでは世界中から演奏者が仕事を求めてやってきます。西欧では身近に職人がいてデリケートな調整がされていますが、ロシアや東欧の人たちは粗末な楽器で練習してきています。とんでもなく高い弦高で指が鍛えられていて、チェロではコントラバスくらいの高さが普通という先生もいます。生徒は指が痛くて大変ですが、西欧の人たちは甘やかされているのでしょうか?

いずれにしても正解は職人が決めるのではなく演奏者が決めるものです。しかし初心者は標準的なもので始めたほうが障害にならないでしょう。


また一般論として大雑把に言いますが駒が高い方が表板にかかる圧力が強くなります。
駒の高さが低くなると楽器も元気よく音が出にくくなってしまいます。健康的な状態にするにはある程度の高さが必要です。駒の高さを変えるだけではなくネックの方を何とかしないといけません。だから修理は大掛かりになります。当ブログではそんな修理をたくさん紹介しています。


応用問題です。
コントラバスには弦の数が4本のものと5本のものがあります。5弦のバスの場合駒のカーブをより丸くする必要があります。狭い範囲で弦同士のクリアランスを確保しなくてはいけないからです。一方で丸みを大きくすると弓が表板の縁に当たってしまいます。このため駒を高くしないといけません。駒を高くすると表板を押し付ける力が強くなります。一本弦が多いのでその力は強大です。一方低音は表板が薄い方が出やすくなるのでコントラバスもそんなに丈夫には作れません。このため駒が高いと表板を変形や陥没させてしまいます。バスバーの周辺などは耐えきれずに割れてしまいます。
そもそも5弦のバスは構造上無理があるとも言えます。このような微妙なバランスにあるのが駒なのです。

駒の進化

駒は昔は工房で楽器職人自身が作っていたでしょう。人それぞれバラバラで、手作りのため毎回同じものではなかったかもしれません。それが現在では駒を専門に作るメーカーから買うのが普通です。

20世紀の後半には日本で「オーベルト」と呼ばれているフランスのメーカーが有名になりました。写真の左です。我々の師匠やその師匠くらいの世代では「オーベルトのデラックス」などと言ったら高級品として有名です。うちの工房はもう少し歴史が古いのでメーカー名が分からないものが使われていたようです。
うちでは右の「デスピオ」を使っています。デスピオのほうが工作機械の性能が高く加工精度が高く90年代くらいから有名になってきました。世代交代の波がやってきたのです。

詳しくは知りませんが、今では同じ会社でブランドやモデルとしてオーベルトが残っているだけです。この写真のものは最新の製品ですから、昔のようなオーベルトではありません。加工精度が低く木材ももっと色が違っていました。現在は木材も同じように見えます。

私が教わったときにはオーベルトで教わったので加工品質が低い分、手を入れなくてはいけないことが多かったです。職人や工房ごとに駒の仕上げについて様々な流儀が生まれたのも加工精度の低さによるところがあるでしょう。

時代によって駒の脚の幅がちょっとずつ広がっています。一般に流通しているのはオーベルトでは41.5mmくらい、デスピオでは42.5mm以上あります。写真でもそう見えませんか?もちろん指定して買うことができますが、42mmで注文してもデスピオなら42.5以上あります。

古い駒のコレクションです。職人によってさまざまな違いがあります。

これらのメーカーが有名であるため、他のメーカーは淘汰されてしまいました。これより安くなければ競争力は無く、安くすれば安物とみなされるという悪循環です。ほとんど独占状態です。


左の二つはバロック駒です。もともとはこのようなものがつけられていたはずですが、工房や地域によっても様々で正解はありません。一方現在ではわずかなメーカーのものに統一されています。
一番右のトルテと書いてあるものはサイズは3/4ですが、20世紀にもまだこのような駒がありました。残念ながら工房を改装したときに多くの古い駒を処分してしまったようです。

こちらは古いマルクノイキルヒェンのカタログです。いろいろなモデル名があります。聞いたことがあるのはオーベルトだけです。絵にはドレスデンというモデルの駒があります。

さらにたくさんあります。バウシュ、ヴィヨーム、パガニーニ、パリ、クレモナ・・・トルテもあります。
これらの音がどう違うのか興味深い所がありますが、この中でオーベルトだけが生き残ったようです。

私も自分で駒をデザインして作ったことが何回もあります。その経験で感じたのは「柔軟性」ということです。

はじめのバロック駒のようなものはとても強度があります。明るくひきつったような音で懐の深さが無く音がすぐひっくり返ってしまいます。柔軟性が無いからです。それに対してモダン駒はバネの形状になって柔軟性があります。モダン楽器ではバスバーを大きくすることで表板の強度が増しました。副作用としてきつい音になってしまいます。そこで駒を柔軟な構造にしてマイルドにしたのでしょう。ヴァイオリンでは駒の寸法も限られているので効率的に柔軟な構造になるように進化していったのがモダン駒ということになるでしょう。

チェロのほうが昔のものに近く、ヴァイオリンのほうが柔軟性を増すように進化してきたと思います。チェロは大きい分だけ楽器胴体に柔軟性があり、ヴァイオリンのほうが許容範囲が狭くなります。

現在では優雅で上品な音からダイレクトではっきりした音が好まれるようになってきたので、私は、ヴァイオリン用に強度が高い駒をデザインしてみました。やはり副作用が出て明るくひきつったような音になってしまいました。中をくりぬいて柔軟性を増していくと癖は無くなって行きました。そのうち市販の駒と変わらなくなりました。
従って市販の駒はどんな楽器でもだいたい問題なく機能するようになっているということです。ギリギリまで攻めたものではなく無難で安全なものです。

現在のデスピオの駒であれば初めから高い精度で加工されていていじる必要はありません。いじればいじるほど削り落とされて強度が落ちて柔軟性は増すのでどんどんマイルドな音になっていくでしょう。

ヴァイオリンの市販の駒はすでに完成されていてそれ以上何かをする必要はないと思います。あくまで見た目のこだわりの部分です。それもすでにできているものを自分流のデザインに改造するのは難しいです。デザインに凝りたいならはじめから自分で設計したほうが自由度があります。音についてもそうです。

チェロはそれよりも可能性があると思います。

つまり昔はいろいろな駒の種類があったのが80年代くらいにオーベルトが一世を風靡し、加工精度の低さ故に職人ごとにこだわりがうまれた。今ではすでに完成度の高いデスピオの駒が市販されているのでそのまま付ければ良い。ナイロン弦が主流になり音の好みが変わってきていて、いじりすぎるとマイルドになりすぎる。とそんな感じでしょうか。

デスピオもモデルはたくさんあります。一般に出回っているのはそのうちのいくつかのモデルだけで、メーカーに直接注文するといろいろなモデルが入手できます。しかしカタログ写真を見ても違いが分からないくらい微妙なものです。
脚の幅は42mmが普通ですが細かく指定できます。足の幅はバスバーとの位置関係で考えます。f字孔の上の丸の間隔が狭いとバスバーの位置が中央寄りになってしまいます。またオールド楽器ではモダン楽器として理想的な状態にできない場合もあって苦肉の策で40mmの駒にするとバランスが取れるということもあります。何が正解かわからないです。

それから中央上側にある穴の位置が低中高の3種類あります。上の写真のものは中ですが、見た目ではわからずほとんど変わらないのですべて低で良いと思います。指板やネックの角度が低くなっている時には駒を低くしなくてはいけません。その時穴の位置が上端に近いとバランスが悪いのです。音に違いが出るレベルではないでしょう。こんなことは教える必要もありませんが、そんなこだわりもあります。

人によっては「軽くするためにできるだけ中を削り取った方が良い」と言う人もいます。よくある理屈ですね。理屈は理屈に過ぎないということを私は言ってきています。「強度」に着眼すると見方が変わってきます。

いずれにしても駒で楽器の音を変えることはできません。楽器を健康な状態にして能力を引き出すのが目指すものです。
ヴァイオリンは許容範囲が狭く副作用が強く出るので無難な駒しか使えないでしょう。チェロには未知の可能性があるように思います。

次回はもう少し具体的に作業を見ていきましょう。