ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

ヴァイオリン、ビオラ、チェロなど弦楽器の良し悪しを見分けるには、値段とメーカー名を伏せて試奏し、最も気に入ったものを選ぶのが最良の方法です。
しかしながら、よほどの自信家でもない限り不安になってしまいますよね?

そのため知識を集めるわけですが、我々弦楽器業界は数百年に渡って楽器を高く売りつけるため、怪しげなウンチクを広めてきてしまいました。

弦楽器の製作に人生をかけたものとして皆さんはもちろん、自分を騙すことにも納得がいきません。
そこで、クラシックの本場ヨーロッパで働いている技術者の視点で弦楽器を解明していきたいと思います。

とはいえ、あくまで一人の専門家、一人の製作者としての「哲学」ですから信じるかどうかは記事をよく読んでご自身で判断してください。


お問い合わせはこちらから
こんにちはガリッポです。

残暑お見舞い申し上げます。

今年はヨーロッパでも最高気温を軒並み記録していますが、死者も1万人を超えると報じられました。最近のニュースではさらにその3倍にも上ると推計されています。

現在も35℃を超える日がありますが最低気温が15℃以下になることも多く私の住まいは熱くなっていません。予報でも週明けから涼しくなるとのことで避暑地に行く必要もなく夏休みを取って趣味の楽器作りをしたいと思います。製造業なら賃金から材料、エネルギーまで値上がりしてコスト削減を考えないといけません。もうそんなことは諦めて妥協せずに納得がいくものを作ります。
個人的な実感として感じる暑さは夏はいつもこんなものだというくらいです。
これまでも夏はずっと暑くてエアコンが無くどうしようもなかったです。
数字上高い最高気温もおそろしくてその時間に外には出ないので体感していません。

気が向いた時にブログの更新をしたいと思いますのでいつかはわかりません。



職人は製造技術から「品質=製造コスト」と考えて値段をつけています。
さらに戦前より前の有名な作者の場合には取引相場で値段が決まります。

この時音を評価して値段をつけているわけではありません。

このため自分にとって音が良い楽器が欲しければ試奏して探すしかないというのが当たり前のことです。値段は何も音を保証しません。

私は癖の強い変わった人で、相場の値段をおかしいと逆らって独自の基準で楽器を評価して売買しているわけではありません。あくまで値段は品質や相場に従っています。値段が高いから音が良いと思い込んでいる人に必ずしもそうではないと言っているだけです。我々が学んだ本に書いてある知識さえも実際の楽器の音とはかけ離れているかもしれません。


音について語ること自体、個人の体験でしかありません。
英語などで書かれている名器の図鑑には音についての記述はありません。客観的に語ることができないからです。木材の材質がどうだとか、ニスがどうだとか書いてあってもだからどんな音になるかはわかりません。加工の仕方やスタイルがどうだとか私は記述しますが、音しか興味がないなら知る必要もありません。

もし完全に正しいことだけを伝えるなら音については一切触れないべきです。
そう思うのですが、ついつい書いてしまいます。

それは、生まれ育った環境で擦り込まれもともと持っている思い込みや先入観が当たっていないという事を示すためです。
日本人であれば努力や熱意によって成果が得られると自然と思い込んでいます。実際はそんなことは音とは関係ありません。
音の良い楽器は卓越した職人によって生み出されると思っています、しかしそれも関係ありません。


生まれ育って身につけた考え方で理解できないものを理解しようとする試みが面白いものです。世の中に他に似たものが無いので例えようがありません。

商売する人は自分から進んで騙されに行く人に道を与えているだけです。
そのような人たちの期待に応えるような文章を書くことを頑なに拒絶します。
こんにちはガリッポです。

まずはウィーン製のヴァイオリンから。

生産地には人それぞれイメージを持つわけですが、ぞれが単なる空想で実際とは全く異なることかもしれません。しかし商売ではそれを押し出し利用することがあります。
ウィーン製のヴァイオリンと聞くとどんな音をイメージするでしょうか?
名だたる作曲家や芸術家、ハプスブルク家やウィーン楽友協会など様々なイメージがあるかもしれません。
私の場合にはとても洗練されたシュタイナー型のオールド楽器やガイゼンホフやシュヴァイツァーのようなドイツ的なものとイタリア的なものを合わせたような楽器もイメージします。優雅で上品で大人っぽいそんなイメージでしょうか。

こちらのヴァイオリンです。

赤いニスとオイルニスの光沢が現代の楽器のように見えます。日本ではよく見る現代のイタリアの楽器のようでもあります。
教科書通りのストラドモデルですね。

裏板はそんなに上等な木材ではありませんが明らかに量産品とは違う仕事のクオリティがあります。オーストリアもドイツ語なのでマイスターのクオリティです。
エッジの処理はフランス的なカクカクしたものではなく今日でも一般的なものです。つまりこの時代の流行から時間が止まっているのが現代の楽器製作です。この時代の流行を先取りした人が教え子を育成し師匠として尊敬されてきたのです、

作者はアントン・ヴィットマンとあります。本に名前は出ていますが取引相場ができるほど有名ではありません。

ウィーンで1930年に作られたようです。
本によるとこの作者はウィーンで生まれてウィーンで亡くなったとだけわかります。誰の弟子なのかなどは分かりません。
生粋のウィーン生まれです。

アーチは平らでウィーンのオールド楽器の伝統は全く残っていません。
私が最初に見た印象ではやはりフランスの影響があると感じました。しかしながら、影響があるだけでフランスの楽器と間違えるようなものではありません。
どの流派に学んだかはちょっとわかりません、近郊の産地ではドイツのミッテンバルトもハンガリーのブダペストもチェコのプラハもフランスで修行した人がいてフランス的な楽器が作られました。
そういう所の出身の人がウィーンにいて教えた可能性も考えられます。
同時に1900年頃の世界的な流行も感じられます。このため今日ヴァイオリン製作コンクールに出展される楽器とよく似ています。この頃には今の楽器の作風が完全に確立しています。
逆に言えばウィーンのオールドはもちろん、ガイゼンホフやシュヴァイツァーの面影は全くありません。
趣味趣向としても真っ赤で派手です。


スクロールもベースにはフラン的なものを感じます。イタリアで流行したのはもっと仕事が甘く角が丸くなったものです。もちろんイタリアにもフランス的な楽器を作った人がいました。低コストで作られたイタリアの楽器はイギリスやアメリカの商人にとって「おいしい」ものとなりました。

ペグやテールピースなど付属部品にはいかにも中国製というものがつけれられています。

写真ではわかりにくいですがアーチは量産品とは違って作者の意図や造形センスを感じますがやはり現代的な感じがします。

総じて作風は20世紀の世界的な流行にのっとって今でもこのようなものは定番となっています。したがってウィーンらしさは全く感じません。
値段は有名な作者ではありませんが一人前の腕前で現代の教科書通りにキレイに作ってあるので1万ユーロ(約180万円)くらいは高すぎるという事は無いでしょう。本物かどうかは定かではありませんがマイナーな作者の場合には誰であっても値段は変わりません。

音についてはどうでしょうか?
新しい弦に張り替えて試してみると音は現代の楽器のような感じがします。しかしはるかによく鳴る印象を受けます。
つまり現代の新作楽器と同じ方向性で鳴りがずっと良いという事です。

現代の楽器の音というのは説明は難しいですね。経験するしかありませんが現代の楽器でも音は様々ですからオールドやモダン楽器を経験して相対的に知る必要があります。

ムツゴロウさんこと作家の畑正憲さんはアマゾン川など南米にいるピラルク―という巨大な古代魚を食べたときの味を説明していました。魚というよりは獣の肉の様でちょうどシマウマのような味だということを言っていました。
シマウマのようだと言われてもシマウマのの肉を食べたことが無い私にはピンときません。
同様に私と同じ経験をしないと説明が理解できません。

新作楽器は我々の仲間でもみな一度は作りますのでイメージというのがあるわけです。
その中でもはっきりくっきりして芯に明るさがあり硬い感じです。オールド楽器を知らなければそれを硬いとは思わないでしょうけども。

こんなマイナーな作者でも音では同じ方向性で現代の巨匠と言われるような人の新作楽器を鳴りの良さで超えているわけです。値段も凄く高いわけでもありません。
楽器自体の音色ではなく音楽の道具として考えれば反応よく優れていて演奏家が評価するものです。
それで無名ですからあらゆる楽器の音を調べている人なんていないのです。偽造やらニセモノやらありとあらゆる欺瞞を行ってきた阿漕な業者が多い業界での評判や知名度がどれだけ信用できるでしょうか?

このためこちらでは作者名や値段を伏せて試奏し楽器を選ぶべきだと考えられています。


そこにはウィーンらしい音というのは私には感じられません。他の国の現代の楽器と何ら変わらないと思います。過去のウィーンの楽器とも共通点はありません。

弦楽器製作とはそういうもので、生産地の音なんていうものはありません。同じ産地でも時代によっても全く変わってしまいます。

もしこの作者がウィーンで生まれ育って音楽体験をしてきても、作りだす楽器の音は他の国と変わりません。こんなものです。

ちなみに私が実体験したウィーン製の楽器では特に古いオールドのものは尖ったきつい音だったり柔らかく豊かに響くものだったりしました。ガイゼンホフやシュヴァエイツァーは柔らかく美しいもので、その後のモダン楽器は鋭く耳障りのものでした。


もう一つ個人で演奏活動をしているプロのヴァイオリン奏者の人がミッテンバルトのオールドであるクロッツ家のヴァイオリンを持ってきました。メンテナンスを終えて弾いていましたが、ドイツらしい音というのはわかりませんでした。オールドらしいなというのは感じますが、その中でイタリア的とかドイツ的とかまではよくわかりません。もしかしたら世の中には分かる人がいるのかもしれませんが、誰にとってもわかるような違いはありません。
ちょうど日本特有の血液型で性格を判断するのと似ています、それを信じている人は血液型を聞いて「あーやっぱりね」などと言いますが、「ええ意外!」と反応することもあります。その国の音というのを信じている人にはそう聞こえるのかもしれません。
ちなみにうちの社長(師匠)の奥さんは自分の血液型を知りませんでした。

したがってウィーンの人が好むような音の楽器を現代のウィーンの職人は作れないという事です。同じことは他の国でも言えます。

そういうものだという事は私に教わらないと知る機会はなかなか無いでしょう。
業者はそれで商売をしているのでそんなことは言わないからです。本音で話す職人がいれば私と同じことを言うでしょうが、日本には偏ったものしか入ってきません。

これを知らずに知識を集めるとどんどん間違ったことになっていきます。百聞は一見に如かずといいます。しかし聞くというのが紛らわしいので、聞くは人の話や噂を聞くことで音は聴くとしましょう。「百聞は一聴に如かず」という事ですね。
人間というのは空想と現実の区別が一応できるとされていますが一つの分野に精通するとそれも怪しいものだと気が付きます。


前回はナポリの音楽についてちょっと触れました。ラジオを聴いていたら前回話したジョバンニ・バティスタ・ペルゴレージにそっくりの曲調の曲が流れてきました。
作曲者はドイツのヨハン・アダム・ヒラーという人だそうです。
どっちが先かという事になるのですが、ペルゴレージが1730年代で直後に26歳で亡くなっており、ヒラーは1760年代に作っています。こうなるとナポリの方が進んでいてドイツの方が30年後という事になります。
いずれにしても音楽を聴いただけではイタリアの作曲家のものかドイツの作曲家のものかはわかりませんでした。ヒラーは学校を設立しオペラブッファのドイツ語版を作ったようです。そのためにイタリアの曲を真似たわけです。この人はベートーヴェンの先生の先生に当たるそうです。
それくらいナポリが最先端の音楽都市だったという話です。
その後は民族的な音楽が栄えてマンドリンの生産地にもなりました。

ドイツのオールド楽器で有名なクロッツ家でもほとんどが1700年代の作者でアマティや弟子たちのような1600年代からちょっと後です。ドイツのオールド楽器の多くは1750年以降ですから音楽と同じようにイタリアからちょっと遅れています。

弦楽器ではイタリアの作者が有名で値段が極端に差がつきますが、作曲家ではペルゴレージなんて音楽の教科書に出てきません。ナポリ学派の創始者アレサンドロ・スカルラッティもとても重要な作曲家のはずですが知られていません。


もともとイタリアのオールド楽器に興味があって研究するほど、ドイツの楽器でも同じように個性豊かであることがわかりました。同じように上級品と安価に作られた粗雑なものがあります。かつてはドイツの作者は皆シュタイナーそっくりの画一的な楽器を作っていたと思っていました。しかし実物を見ていくと決してそんなことはありません。もちろん周りの他の職人が作っている楽器しか見たことがないのである程度似てきますが、考え方としてできるだけシュタイナーに忠実にとか、決まり通り全員が同じものを作ろうとはしてないです。シュタイナーの偽造ラベルが貼られることがありますが他にそっくりの楽器なんて見た事ないです。ウィーンのものが比較的に似てるかなと思います。

人によって差がすごくあるのでドイツのオールド楽器の中にはいろいろな音のものがあります。典型的では無いアーチのものやイタリアの小型のものよりも音響的に有利なモデルのものもあります。

イタリアのオールド楽器と同じように面白い世界があります。音楽では逆にイタリアの作曲家があまり知られていません。クラシックファンの世界は有名なものだけ知っていればそれ以外は見下して知る必要はない、むしろ「大作曲家」を脅かす存在をいないように隠蔽する価値観の世界なんですかね?

格付けばかりに熱中し作品への好奇心、愛や情熱はないらしいです。

ドボルザークの交響曲第9番新世界は誰でも聞いたり楽団員なら演奏したことがあるでしょう。でも他の交響曲を聞いた事がある人は極端に少ないでしょう。
クラシック通は「9番が最高傑作」だという知識を学ぶと他の曲は駄作と決めつけて聞くことすらすべきではないと考えるのでしょうか。

普通ミュージシャンのファンならできるだけ多くの作品を聞いてみたいと思うでしょう、独特の世界だと思います。

ストラディバリが最高だと知れ渡るようになってからは楽器自体の出来ではなく、それにこじつけやすい楽器の値段が上がってきたと考えればわかりやすいでしょう。


長らくやってきたコントラバスの修理ですが、表板を締める時がきました。コーナーが無いタイプで後の時代に改造されたのではないかと思います。


裏板は平らなもので魂柱の所に板材が貼りつけられ補強のバーがいくつかつけられています。

コントラバスでやっかいなのはギターと同じように表板が横板と全く同じ寸法でヴァイオリンのようにオーバーハングと言って張り出している部分が無いことです。
表板を開けて再び閉めようとすると横板は歪んでしまい表板を載せただけでは形が合いません。
通常は5か所位置が決まる所があります、4つのコーナーと上部のネックの所です。
5か所を合わせてはみ出ている横板を押して接着すると理論上は合うはずです。これで合わなかったら合いません。

このバスではコーナーが無いので基準となる場所が一か所しかありません。


その一か所であるネックの取り付け部分も裏板が傾斜しているためすべってしまってクランプがかかりません。
そこでワークベンチにバスを固定してベンチドックで当て木を動かないようにしました。ピタッとは合わないので力で締め付けるのですが無理すると割れたりするので怖いです。

接着剤を付けずにシミュレーションをするとなぜか表板と隙間ができてしまいました。そこで上部ブロックを加工するとぴったりくっつくようになりましたが理由はよくわかりません。

一度に一周全部接着するのは不可能なので部分ごとにやって行かないといけません。
ただ最後のパートになったときに表板と横板があっていなければおしまいです。それが事前に分からないのです。

ネックの所を接着すると固定できるのではじめて他の部分をシミュレーションできます。接着剤をつけない状態で一周表板をあてがっていくとなぜか表板の方が小さいです。修理前はぴったりだったはずなのにです。そこで一つ一つやり方を変えていきます。

何度もクランプを付けたり外したりシミュレーションを繰り返すとその都度若干マシになっていきますが、一回やるだけでも集中力と筋力が必要で疲れ果ててしまいます。
結局急な用事が入って次週に持ち越しになりました。

オーケストラの映像でも日本では新しい弦楽器が多いですが、バスもこちらではやたら古いものを使いたがります。国立の楽団なので修理代も支払えるというわけですが、彼らはわざわざガラクタを集めているようにさえ思えます。


こんにちはガリッポです。

季節の話から
夏と言えばスイカですけども、スイカもヨーロッパではスペインなどで作られ輸出されています。
一昔前はスイカを好んで食べていると同僚などは「あんなのは水ばっかり」とバカにしていましたが近年ではメジャーになってきました。
毎回買い物に行くごとにカットされたスイカを買っていたら、安売りしていたのでまるごと一個スイカを買ってみました。量り売りなのでできるだけ小さなものを選びました。

皮が凄く厚いものに当たると災難ですが、良かったです。
それから種がありません。

日本から来て最初に食べたときは甘さが少なくて皮の付近を食べているような味に感じていたでしょう。なんでも果物はそうですが、日本ではとても甘いものになっているのに対してヨーロッパのものは甘くありません。すっぱいものは今でも無理ですが、スイカは甘さが少ないだけですっぱいわけではないので食べることができます。今回のものも十分に甘さを感じることができます。

すっぱいものは多いですが特にすっぱいのはリンゴでわざわざすっぱいリンゴを選んで買っているようです。ヨーロッパに行ったらリンゴは梅のようなものと思った方が良いです。酸味に耐性があって梅干しなどを食べさせてもなんともないです。

そう考えると日本人の方が甘い音を好みそうなものです。刺激的な音や雑味を嫌い繊細な音を好んでもおかしくありませんが、その逆が売れ筋のようです。これは本心から音の気に入った楽器を選ばせてもらえていないという事が考えられます。どうなんでしょうか?


この一週間くらいはビオラの修理をしていました。指板交換、ペグ交換とそれに伴って駒と魂柱の交換、ニスの補修です。
指板の交換で問題となるのはただ単に新しいものに変えれば良いというのではなく駒の位置や高さが正しくなるようにしないといけません。指板の延長線上に駒が来るので駒との関係性が問題となります。
そのビオラにはヴァイオリン並みの高さの駒がついていたのでビオラとしては低すぎます。一筋縄ではいきません。

このためかなり神経を使いましたが、結果的には小型サイズとしては理想的なものとなったと思います。

そのビオラなのですが、作ったのはジュゼッペとアントニオのガリアーノ兄弟で、二コロの息子、アレサンドロの孫にあたります。1770年代のもので3世代目のガリアーノですからまだまだオールドの特徴を備えていました。
ナポリではフランス風のモダン楽器の導入がイタリアの中では遅れたのでかなり遅くまでちゃんとしたモダン楽器が作られませんでした。ただしオールドとしても次第にアマティやガリアーノの系統からはかけ離れていきました。
ガリアーノ家の初代アレサンドロにもアマティの影響はありますが、かなり自由な人だったようで作風は独特です。
それに対して息子たちの方がアマティやストラディバリを模して作ったようです。
つまりアマティの直接の弟子ではない世代がアマティの実物を真似て作ったのではないかと考えられます。
ものによってはニコロなど2世代目にストラディバリの影響も何となくあるので、アレサンドロがストラディバリの弟子とか言われていました。
2世代目以降ストラディバリを真似て少し似ていたので全く似ていないアレサンドロをストラディバリの弟子として売ってきたのです。
この業界はとにかく何かビッグネームや流派に関連付けてこじつけて売ろうとします。

前回のミルクールの量産品でも、アンティーク塗装というだけで、「ヴィヨームの手法で作られた・・」などと言って売るものです。量産品はヴィヨームとはクオリティが違うので何の関連性もありません。そのヴィヨームも同時代の他の楽器に比べて音が特別良いという事もありません。私は量産品だと明記していますがお店に行ったらそれが量産品であると自分から申し出る訳がないことを心しておくべきです。100万円程度するので量産品ではないと勝手に思い込んでいる所を付け込んできます。

本当にフランスの一流のものなら500万円はすると知っているべきで、250万円で売られていても高すぎる値段で売られている量産品でしかありません。



もっと言うと「イタリアのヴァイオリンが一流、フランスが二流」という言葉を使います。これはストラディバリやデルジェスに対してリュポーやピケのことを言っています。日本で知らない人はイタリアの新作を一流だと思っているので200万円位のフランスのヴァイオリンがそれに次ぐものだと考えてしまいます。そんなのはただの量産品です、フランスのヴァイオリンでも5000万円とかするという事を知らないのです。

それで言うとガリアーノはストラディバリにこじつけられて売られてきましたが、よく見るとアマティの影響が強いものがあります。アマティの影響が強いという事は私にとっては面白いことで、それを「オールドらしさ」と考えているからです。

ヴァイオリン職人の知識ではストラディバリが技術革新を行ったと信じられているのでそれ以前のアマティは従来の劣ったものとなります。ストラディバリの秘密を解明したセオリーに基づいて我々の作る楽器が一番優れていると考えています。


職人たちの主張では現代の楽器が古いタイプのオールド楽器よりも音が良いはずです。実際にどうなのかは皆さんが自分で試してみるしかありません。


私は謙虚に考えてストラディバリは技術革新は行っておらず、アマティのスタイルに癖が加わっただけだと考えています。




作曲家アレサンドロ・スカルラッティがローマから来てからナポリは音楽がとても栄えたところでナポリとヴェネツィアでは互いに競い合うように同時進行でオペラが発達していたようです。この流行がバロックに変わって古典派の音楽を生み出した原動力でもあります。我々がクラシックと思っている音楽の源はイタリアなのです。ペルゴレージの管弦楽曲でもバロックと古典派の中間的な感じがしますし、ポルポラになると完全に古典派です。

音楽の最先端の町で楽器需要にこたえるためにガリアーノ家ではたくさん楽器を作っていました。このためチープで粗雑に作られたものが多くあります。しかしそれをガリアーノの実力と二流の作者と切り捨てるのではなく、実はアマティを模してとても美しく作られているものがあります。
一方でパフリングの仕事にはアレサンドロ以来特徴があります。アレサンドロと後の世代は異なる作風の流派にはなっていません。
ただし、ガリアーノ家では南ドイツ出身の職人が働いていて、スクロールにはその影響があるものがあります。このようにガリアーノ家の作風の変化だけでも面白いものです。

私は決してイタリア嫌いではありませんよ。オールドの作風を受け継いでいないことを残念に思っているだけです。このビオラもイタリアのオールド楽器らしさを感じられるものだったと思います。

だった‥というのは、オリジナルの原形をとどめていないのです。
ヘッド部分は後の時代に作られたものです。胴体も小型に改造されています。
本に出ているジェナロ・ガリアーノとミドルバウツの部分は共通しているように見えます。同じモデルだったとすれば胴体が41cmあったビオラを39cm未満に改造されています。このため形は異様であり写真でお見せするのもガリアーノ兄弟の名誉のために控えさせていただきます。

裏板は板目板を真ん中で張り合わせたものです、このようなものはアマティやストラディバリにも見られますが、現代のものでは見たことがありません。
ニスは黄色っぽいもので透明度が低くニスが剥げ落ちたところの方が色が濃く見えます。このようなニスの様子はミラノやマルクノイキルヒェンの楽器にも見られます。

新しく作られたスクロールはヴァイオリンのようなサイズでペグもヴァイオリン用を取り付けました。オールドの作風からはかけ離れて素人の作ったようなものです。マイナーな業者の鑑定書にはイタリアの作者の新しいスクロールだと書かれています。他の国の人が作ったらもっとプロの作風になるのでイタリア製としているのでしょうが、やむを得ず作り直さなければいけないならそれよりもオリジナルに近いものを作れることが修理の腕前です。
素人が作ったものはイタリアっぽく見えますがガリアーノもオールドの流派ですからそれからかけ離れていてはいけません。
どうせオリジナルじゃないスクロールなのに本当か嘘かわからないイタリア製にこじつけていくのがこの業界です。後の時代につけられたスクロールがイタリア製だったらなんなんでしょうね?もう商売人の習性のレベルです。

近代のアントニアッジ作のスクロールがついたアマティのチェロがあります。下手なわけではありませんが自分のスタイルのものでいかにも新しくアマティの作風を研究していません。
私ならもっとアマティに近いものが作れるでしょう。しかし金銭的にはアマティほどでないにしてもスクロールだけでもアントニアッジ作なら相当な値段になることでしょう、単にこれはお金の話ですが。


ともかくオリジナリティが損なわれていることをとても残念に思います。
ペグボックスは大きく損傷を受けたか、チェロ型のもので演奏の邪魔になったのかもしれません。
胴体はコーナーから上と下を1㎝以上ずつ小さくしています。
大きすぎて弾きにくいから小さくしようという事でしょうか?
昔の持ち主が改造を依頼したなら持ち主の自由ですが、当然ながら楽器の価値も激減していることでしょう。

過去の修理をした職人が誰なのかはわかりませんが、クセが強くクオリティが低いものです。修理人は自分の癖を出さないようにするべきです。

構造的には面白みもあります、つまり全体を小さくするのではなく上と下だけ小さくするというのは小型のビオラで音を損なわないために理にかなっているかもしれません。G.B.グァダニーニのチェロなどは3/4~7/8くらいしかありませんが、そんな感じなっています。

ただし恰好は不格好です。今の音楽家は音にしか興味がないのでそんなのも良いのかもしれません。イタリアで王室や貴族のためにアマティのように美しい楽器を作っていた伝統などは音楽家にとってはどうもでも良いようです。

これは現実的な話です。
先日来たお客さんが話していました。
「ヴァイオリン職人はあれこれ言うけども、どこのだれがどう作ったかなんてどうでも良くて音が一番大事なんだ」と。
これがヨーロッパの最新の楽器の考え方です。
世界ではそうではなく、未だに値段が高い有名な作者の楽器を求めています。

ヨーロッパでこそ貴族時代の伝統が真っ先に失われています。楽器については下克上で、音が良ければ作ったのがどこの馬の骨でも構わないという超実力主義です。
私のブログの影響で日本でも多少は変わって来たでしょうか?

このような不格好に破壊されたビオラがプロの音楽家に愛用されているという事は複雑な心境です。元はいかにもオールドらしいものだったと思います。そのようなオールドらしさを愛好しているのは私くらいのものでしょう。

そんなビオラの修理を通じた雑多な感想です。


ちょうど自分でもビオラを作っていますから、感覚を養うのにちょうど良いタイミングです。

板の厚みを測ってみると私が典型的と考えているイタリアのオールドヴァイオリンの厚みでした。これだけ典型的になっているのも驚きです。ガリアーノのヴァイオリンでは裏板の中央が薄すぎるものを見たことがあります。

ポイントはビオラではなくヴァイオリンの厚みになっているという事です。オールドのヴァイオリンの厚みは現代よりも薄めになっていますが、現代ではビオラをチェロとの中間の厚みにすることが多いです。つまりこのガリアーノ兄弟のビオラはめちゃくちゃ薄いということです。



裏板は繊維の向きが通常とは違うという事もあって削るにはかなり硬いです。最終的には板目板なので板としては弾力があって柔らかくなるとは思います。野球のバットでも繊維の方向によって強度が違うのと同じことです。

そのせいかどうかもわかりませんが腰痛になって階段を上がるのも難しくなった日がありました。二日くらいで回復したのでまたビオラ作りを再開しています。

こんにちはガリッポです。

ニコラウス・アマティウスのラベルの付いたヴァイオリンから。

見た瞬間に新しすぎると感じます。アマティは1600年代のものですから全然違います。

コーナーが細くなっている以外はアマティの形でもありません。


ただよくあるペタッとしたアーチのものとは違います。
オールド楽器を意識して作られたようです。


ストラディバリとはちょっと違う感じですが、アマティと言えば渦巻の美しさに定評があります。

本物のアマティでないことは明らかです。パッと見た瞬間に新しすぎるのです。
意外にもアーチなどはオールド楽器風になっているようにも見えます。問題はオールド楽器でないにしてもこれが一体何なのかということです。

中をのぞいてみるとJTLの焼き印がありました。これはミルクールの問屋みたいな会社で様々な工場で作られた製品を売っていました。よく見るとラベルの隅にもフランス語が書かれています
そう言われればフランスの特徴も見えてきます。
ネックの取り付け角度がかなり急になっていたのもフランスのモダン楽器の特徴です。板の厚みを測ってみると裏も表もどこもかしこも3.5mmほどです。全部同じ厚さにするのはフランス以外では見られません。プレスの楽器で同じ厚さなのは当然ですが、この楽器は無垢材からの削りだしでしょう、アーチに特徴があるからです。

しかしながらフランスの楽器としては典型的なものとは違います。


オールドを意識しているとはいえ、近代のフランス的な感じもします。周辺の溝が浅くて大きな丸みになっています。これはマルクノイキルヒェンなど他の量産品や近現代の作者にに比べて造形的に深い考察があります。このランクの楽器でさすがフランスという感じですが、オールドとはちょっと違います。

とはいえ一番安いランクではないもののただの量産品です。今の円安なら90万円くらいになるかもしれません。ただの量産品に100万円近く出すのは一昔前ならバカげていました。これは円安に加えフランス製というだけで値段が高くなっていることも起因します。実際は量産品のクオリティはどこの国でも同じです。フランスでは最盛期が19世紀後半で他の産地よりも古いことは言えます。

買うのは割高ですが物置から出てきたり親族からもらった楽器ならかなり値打ちものです。

気になるのは全部同じ厚さの音です。
過去にはきつすぎる魂柱が入れられていたのか表板はかなり変形しています。緩めの魂柱を入れましたが弦を張っても戻るほどではありません。
駒も低すぎたので交換し指板を削ってペグを交換、ニスを磨いて補修し、裏板の剥がれを接着しました。

指板は過去に交換されており表板の一部にも接着の形跡はありますが最近修理されてはいません。

仕上がって弾いてみると、別に普通にヴァイオリンとして機能します。むしろ鳴りも良い方でしょう。
3.5mmなら裏板の魂柱の所も変形するほど薄くはありません。プレスなら3mmくらいで板を曲げてあるせいもあって魂柱のところが変形して飛び出ている場合があります。
それ以外の部分はもっと薄くしても強度は耐えられます。
薄い方が低音が出やすくなるというのが私の法則性ですが、G線でも鳴っています。
全体として木材が朽ちたような音でカサカサした感じです。したがって明るく元気という感じではありません。

私はこれがミルクールのものであるとか、年代が19世紀終わりころのものだろうとか、板の厚みが全部3.5mmだとか事前に知ってしまっているので、素直に音を感じることができません。

楽器を試す時には値段や名前を伏せて試すべきだというのが理知的な方法でしょう、それに関しては私は見ただけでどんなものかわかってしまうこともあるのでもはや不可能です。私が判定を下すようなことはしません。

私の印象では量産品が古くなったような感じがします。頭が先なのか耳が先なのかわかりません。
響きが純粋ですっきり澄んだ音ではないと思います。しかしながらすごく変な音でもありません。
板の厚みが全部同じだと言われずに変な音と気づくでしょうか?

新しい楽器よりは枯れた渋い音になっており鳴りも良いというのですから決して悪くはありません。

ヴァイオリンについて本などを読むと、真ん中が厚く周辺に行くにしたがって薄く作られていると書かれています。それがヴァイオリンの音の良さの秘訣であるかのように書かれていますし、我々もそのように学びました。
しかし実際にこのような楽器を試してみるとそこまではっきりした差を感じません。
全部4mmなら厚すぎるし、3mmなら薄すぎるというわけです。

本に書いてあることを信じてこれを理論化したグラーデーション理論もただの机上の空論にすぎません。
全部3.5mmなら平均するとやや厚めの板という事になるでしょう。グラデーションにしても平均して同程度になっていればこれと同じような鳴り方です。
低音は深みがあるのではなく明るい響きが加わりどの弦でも同じような音色に感じます。板が薄いものは低音が深々とした音になります。
分析的に言うと倍音が響いているのでG線でも音量は感じますが、基音やそれに近い方の音は控えめという事です。

同じ厚さでもグラデーションでも全体的な厚さがどれくらいかというのが重要ではないかと思います。それ自体は音の良さの秘訣でも何でもないという可能性を認めるべきでしょう。もっと薄くするためには裏板の魂柱のところは厚みを残してそれ以外を薄くすることができるというだけです。

なぜオールドの時代の人がこのことを知り得たかというと、ヴァイオリン族よりも昔のヴィヨール族の楽器で分かります。裏板がギターのようにまっ平らな薄い板で作られていることがあり魂柱の来る場所には板材を貼り付けてそこだけ厚みを増して補強してあるのです。このため魂柱のところは厚くして、他は薄くすることができるというのは知り得たことです。


結論を言うと板の厚みがすべて同じでも明らかに音が悪いとは言えません。個人の感じ方のレベルでしかありません。その音は板の厚みによるものとは限らずバスバーの交換によっても変わるでしょう。

本で読んだ知識は実際とはかけ離れているので読まない人の方がマシです。職人も偉い師匠の教えよりも目の前の楽器から現実を学ぶべきです。弦楽器の業界の知識というのは誰も作って試した人がいないというレベルなのです。

さてニセモノというわけですが、見た瞬間に新しすぎると感じました。それでも100年は経っています。100年くらいではオールド楽器とは全く違う外観なのです。

アーチは凝っていましたが、輪郭の形は普通のストラドモデルの形が崩れたものです。f字孔だけ特別にアマティ風にしているかもしれません。でも仕事は不器用なものです。
ニセモノといっても、本物そっくりにしようとベストを尽くしてさえいません。
通常のものを流用してちょっと似せているだけでした。理由は分かりようがありませんが板の厚みはアマティに似せようとはしていません。


大概はニセモノといってもそんなものです。我々はニセモノとすら思っていませんが、素人を騙すにはそれで十分です。


ビオラを作っています。

板を切り抜くのに自作のモクソンバイスに挟みます。この時ホームセンターで売っているような太めの糸鋸で十分切ることができます。伝統的な弓ノコも持っていますが機能的にはこれで十分です。
この時切っていく向きがちょうど真下に向くように板を少しずつ回していきます。常に真下に切っていくわけです。

のこぎりの刃も押して切るようにセットします。そうすると手前がささくれて欠けることがありません。

ちゃんと機能しています。今まで使っていた普通の万力に比べて安定感が増しています。小型のビオラでも完全に真下に向かってきれない所が出てきますが、荒く切るだけですから問題ありません。

アーチの粗削りでもモクソンバイスが機能しています。特に最初の段階では力いっぱい削るのに材料がしっかり固定されるのは事故防止のためにも重要です。
荒削りの最初の段階はありすぎる材料を取り去っていく作業です。木材を削る時には削る厚みによって抵抗が段違いに変わります。厚く削るには力がいるのです。
最初は違う形のものをアーチの形にするので削る厚みが不規則になるのです。

万力に挟まなくてもたくさんある穴にベンチドックを入れてストッパーにして使うこともできます。運用法にはまだまだ可能性があります。

物を作るのは失敗して改良していくものですが、よく考えてやれば一発で使えるものができるもんですね。
これが恰好では無く機能性です。
設計に気を使った甲斐がありました。ヴァイオリンとビオラ製作専用サイズを自作しなければここまで役に立ちません。


肝心なアーチの話ですが、この段階では周囲に溝を彫っていないのでノミで削った跡が流れるようなカーブになっています。この段階ではまだ近代的なアーチの感じです。


周辺にはっきりと堀のように溝を彫ると一気にオールドっぽくなります。モダンとオールドの違いが見えたでしょうか?
これが仕上がってしまうと写真では見えなくなってしまいます。さっきのヴァイオリンでも周囲が浅く大きくえぐれているのはこういう事です。

つまり細かい0.1mmの話ではなく大雑把に形を作ることが作風に影響してくるという事です。それが音にも影響があるのかというのが私が一番興味のある所です。

この裏板は削ってみるととんでもなく硬くこんなのは初めてです。これならかなり薄くしても大丈夫でしょう。
ビオラはヴィオリンに比べるとだいぶ大きいので意図したとおりの理想的なアーチにすることができます。ヴァイオリンではちょっとの削りすぎが癖となって表れます。
それを恐れると攻め切れていないものになってしまいます。
チェロになると大きすぎて形のバランスをとるのが難しいし力尽きてしまいます。

このビオラでは小型にするために幅が広くて長さが短いものにしています。ヴァイオリンよりもずっとなだらかなカーブになります。

しばらく涼しい日が続いていましたがまた暑くなりそうです。
こんにちはガリッポです。

ボタンが壊れたヴァイオリンの修理も完了しました。

塗装もだいたい周囲と合ってることでしょう。

言われなければ修理してあることも気付かないでしょう。この部分は手が当たって汚れがついたりニスがはがれたりを繰り返すので使っていくうちに変化していきます。
削り直したので高いポジションに指が届きやすくなるはずです。

割れていたことが分からないくらいに接着できました。
接着の精度にはすごく差があって過去にまずい接着がなされた楽器を直すは壊れたての楽器を直すよりも大変です。

コントラバスの方はこんな感じです。特にここはひどく隙間から光が差し込んで見えます。普通は割れを接着して木片で補強するのですが、接着しただけではクランプを外すとまた開いてしまうので、接着と同時に木片を貼り付けました。

さらに薄い板を貼り付けました。
どういうわけかこの部分は他よりも1mmほど薄くなっていたので1mmの板を貼り付けました。

修理前はこのように0.5mmの板が貼ってありました。これは補強の意味をなさずひびが開いていました。0.5mmにもなるとペラペラの紙のようなものでシールのように貼っただけだったと思われます。肝心なひびの付近がしっかり接着されていなかったようです。

ここに至っては木目の向きが割れと同じで

補強した板ごと割れています。

小さな帯状のもので1mmあればしっかり接着することができます。
小さなものをたくさん貼り付けるほうが接着が確実ですね。

ただこんなケースは初めてでこんな修理法は見たこともありません。

全部やり直すのが理想ですがそんなことをしたら修理が終わらないので傷が開いている所だけ直します。コスト面でもやりすぎですが、それでも私が仕事している間は二度と修理の必要が無いようにするのが目標です。
今回割れた横板の修理の方が簡単だったかもしれません。修理の費用は予測不能です。


ボタンが壊れた方のヴァイオリンですが、パリの作者のラベルが貼ってありますが、マルクノイキルヒェンの量産品だと思われます。
形はストラディバリモデルが崩れたものでしょう。ガエタノ・ガッダのような「個性」がありますね。音響的にも有利なものです。

木材はかなり上等なものです。普通の量産品よりも特殊なものだったのでしょう。他の工業製品ならカスタムメイドです。

スクロールの質は悪くはないですけどもフランスのレベルではありません。木材は年輪の幅(縦線)が広いのは木材として低級です。アンティーク塗装もわざとらしいですね。

フランスの楽器と間違うレベルではありません。

アーチは極端に高いものでした。それも変わっていて全体的に高いのではなく真ん中だけが高いのです。これはデルジェスに見られる特徴でもあります。
崩れたストラドモデルはミドルバウツの幅広くくびれが小さいもので立体構造としては面白いものです。
板も量産品にありがちな分厚いものではなく十分な薄さまで加工されていて持った感じも軽いです。
弦はそれまで貼られていたエヴァピラッチゴールド(シルバーG)のセットです。
調弦するためにはじいただけでも鳴りの良さは感じます。
弓で弾いてもやはり鳴りが良く豊かに響きます。それでいてひどく耳障りな音ではありません。音色の感じも渋く落ち着きがありますが、「ビオラのような」極端に低音が強いものではありません。
20年以上前にうちでバスバーを交換をしており、今回の修理でさらにネックの取り付けが完璧になりました。
この楽器の値段は空前の円安でも50~80万円位でしょうからコストパフォーマンスは凄いですね。我々職人、さらに東京で何百万円もする現代の巨匠でもこんなのと比べられたらたまりません。それらを売る人は難癖をつけて比較させないように仕向けることでしょう。そういう楽器の悪口を聞くと楽器を愛する心が痛みます。

直前にレンタル用の中国製のヴァイオリンの調整をしました。レンタルに出していると勝手に1/2・3/4用の弦を張られていました。そこで使用済みのエヴァピラッチゴールドがあったので張ってみました。
ギャーととんでもない音でG線がひっくり返りやすいものでした。
魂柱を調整するものの、どうにもなりませんが、多少はましになったでしょうか?バスバー交換すれば何とかなるかもしれませんがそういうわけにもいきません。
その楽器をずっと使っていれば弾き方のコツは身につくことでしょうが、強すぎる音を抑えて弾く練習になってしまいます。
ピラストロ最高級ナイロン弦のエヴァピラッチゴールドとの相性は最悪ですね。

小さいサイズの弦を張るとどうなるんでしょうね?長さは届いていました。裏ワザになるかもしれません。

そんなものに比べると今回の古い東ドイツの量産品はずっと心地の良い音がします。ザクセンのものは安物で嫌な音がするというイメージがありましたがすべてがそうというわけではありません。
ただし大半はガラクタで修理する値打ちもありません。
量産品でもいろいろあるという事で、今も昔もひどい安物がほとんどです。こういう量産品は量産品なのにレアなのです。

そのレンタルのヴァイオリンは一緒に貸している量産弓で弾いてみると意外にもマイルドな音になりました。腰が無い安い弓の方が相性が良いようです。そんなこともあるんだなという感じです。

続いてはこちらのヴァイオリン、いつも見ていただいている読者の方なら何かわかるかもしれません。

本当に古い楽器はアンティーク塗装とは全然違います。独特の雰囲気があります。

名器っぽさがすごいですね。

細長い独特のモデルは・・・

スクロールも個性があります。


最大の特徴が見えています。
そうです、ガブリエル・ダビッド・ブッフシュテッターです。
ストラディバリウスのもっとも初期のコピーとして知られています。たまたま実物があったのがロングパターンと言われる時期のもので、それでも全く一緒ではなく独自の癖があります。単に形が崩れたのではなく独特の丸みやカーブになっています。仕事自体は丁寧なもので同時代のドイツのオールド楽器の中でも上等なものです。クロッツやティア―のようにドイツやオーストリアのオールドでもシュタイナーに近い上等なものと安上がりに作られたものがあります。
ブッフシュテッターの独立した弟子のトゥーンハートが家族単位で安上がりの楽器を量産しておりクオリティのはるかに落ちるものがあります。それにもブッフシュテッターのラベルが貼られていることがあり、ブッフシュテッターとしてはニセモノで、ブッフシュテッター派と考えられます。
仕事は雑でモデルは似ていますがアーチがぷっくり膨らんでいます。
それはまだ歴史的に価値のあるものですが、全く関係ない楽器にブッフシュテッターのラベルが貼られていることがあります。

伝統的に貴族社会ではクオリティが名器と安物との差となっていました。
現代では音さえよければ何でも良いという風潮になってきています。一方投資では値段がすべてで物の質はまったく分かっていないようです。

ドイツのオールド楽器にしてはアーチが平らです。しかしクロッツ家でも1700年代後半にはそんな極端に高くはありません。

それでも近代のようなまっ平らという感じではありません。近代のように鏡面の様な感じではなく、周囲に溝があって膨らみがあるという感じです。

高低差は感じます。
未だにオールド楽器の特徴が残っており、モダン楽器にはまだなっていません。それは今となっては良いことだと思います。
職人の間で信じられている理屈上は近代の楽器の方が優れていることになっていますがこのようなものはとてもレアです。

このブッフシュテッターは私がまだ駆け出しのころに直したもので1766年製です。未熟ながらも丁寧に仕事をしていたので今でも状態は良いですね。表板の割れを接着しバスバーと上部ブロックを交換してあります。

久々に工房に戻ってきました。

指板はこんな状態になっていました。当時新しいものに交換したものが20年くらいの間でこんな様子です。指の位置がわかります。

こんなに削れるものなんですね。

魂柱も合っていなかったので交換しました。指板を削り直し、駒を新しくしてちょっとした横板の剥がれを接着し、ニスの補修をすると写真のようにピカピカになりました。磨く技術も上がっています。

弦はオブリガート(ゴールドE)のセットの新品に交換しました。

これもはじいてみるだけでも鳴りの良さを感じました。弾いてみると今までのブッフシュテッターの中でも特に良い感じです。オールド楽器らしい当たりの柔らかさと音色の深みがあります。私はオールド楽器に共通する音があると思います。その上でさらに個性や個体差があると思います。
この楽器は癖や欠点が感じられず素直だと思います。オールド楽器には個体差も大きいものです。

再びさっきの量産品を弾いてみると、硬く尖った感じがします。現代の楽器の中ではそれほど強い方ではなくてもやはりオールドに比べると硬いです。

現代の楽器を弾比べて、どれが良いかというわけですが、硬く尖ったものが他よりも抜きんでるように感じるかもしれません。そのような評価とは全く逆の音がオールド楽器からはするのですから、現代の作者の評価なんてなんなんでしょう。

逆に言うと新しい楽器でオールド楽器のような音は出せず、現代の楽器らしい長所を伸ばすと硬く尖った音という事になるのかもしれません。こうなると新しい楽器ほど優れていることになりますから、売る方としては入手しやすいし買い替え需要も起きますから良いですね。

現代の楽器とオールド楽器を比較する機会は少なく良さが分かっている人は少ないのではないかと思います。

このブッフシュテッターもこれだけ指板が減るほど使われていることが重要で、店に在庫としてあるものとは音が違います。

売っている段階では本当の楽器の実力は分からないので、わかって楽器を選べる機会は普通は無くて、たまたま手にした楽器の弾き方を身に着けて一生が決まるという感じですかね。

ブッフシュテッターの相場は3万5000ユーロとなっています。600万円位ですが、20世紀初めのイタリアの楽器ならもっと高いです。彼は生業として英米の業者に買い叩かれて安上がりな楽器をせっせと作っていただけで申し訳ありませんが、これより高いペッラカーニなんて量産楽器と音が変わりません。それに対してブッフシュテッターはあらゆる現代の楽器とは音が違います、それくらい希少なものです。



これは私が修理した何年か前にできたヴァイオリンです、地元で才能のある子供が弾いていました。数年ですっかり背が高くなりビックリします、日本人ではそこまで背が伸びません。

初めて手にする4/4のヴァイオリンがこれというのが渋いですが、マルクノイキルヒェンのオールド楽器です。とても個性のある姿をしていますが、仕事の質は丁寧で上級品であることがわかります。作者は分かりませんが、本で出ているハムという作者のものとそっくりです。

アーチは高くぷっくらしています。

才能のある子が弾きこんでいるだけに鳴りの良さは感じます。音ははっきりしますがやはりブッフシュテッターに比べるとこじんまりした感じがありいわゆる室内楽的といわれるものですが、イタリアのオールドでも同様のものはたくさんあります。
やはり共通するオールドの音を感じます、その上で個性があるように思います。

メンテナンスのあと受け取りに来た本人が弾くと、か細く音が小さいという事はなく現代の楽器に負けない音量があり滑らかで美しいものでした。1万ユーロもしない楽器でオールドの片鱗を感じされるものでした。それは言葉にしがたいものですが、離れて聞いた時には単に音色がどうというのではなく音が楽器に縛りつけられない感じがします。私だけが「幽体離脱」と呼んでいる現象です。

我々職人もこんなオールドの世界を教わることはないし、偉い製作家ほど井の中の蛙で古い楽器を知らないのではないかと思うほどです。裸の王様とも言います。
アーチは低いほど音量があるという法則性を教わります。今回の量産品ではアーチが高くてもよく鳴りました、全く見当違いで音量があります。それくらい職人の頭で考えていることと実際はかけ離れています。

イタリアのオールド楽器もドイツのオールド楽器も一本一本それぞれ個性があって私にはイタリアの音とかドイツの音というのはわかりません。オールド共通の音があって系統は重なっていると思います。しかし値段は桁違いです。
同じブッフシュテッターでも音はみな違います。弾かないで作者名でも音を予測することはできません。

派手な音の競い合いから降りて、このようなオールドの音を知っているだけでも楽器作りは面白いと思います。私の作る楽器も古くなるわけですから、それらとは目指すものを180度変えて素性の良いものを作っておけばオールド楽器に日ごとに近づいていくことでしょう。木工の高級品とは頑丈で分厚いものですから、弦楽器でも高級品を作ろうとすればそうなります。目指すべきものは全く逆なのです。

ストラディバリとドイツのオールド楽器を比べるとバランスが良く均整の取れたストラディバリと丁寧だけど不格好なドイツの楽器という事になります。しかしストラディバリ以外のイタリアの楽器も同様に不格好かもしれません。イタリアでも本当に美しい作者は数えるほどです。

現代のユーザーはそんなことはどうでも良くて音だけがすべてなようですし、音も強さばかりで今では若い先生も古い楽器の音を知らないというわけです。
投資家は値段にしか興味がなく、高価な楽器を買って演奏者に貸し出してもさほど音が良くないというのが現実です。

こういう全体像を知ることが具体的な名工とされている人の名前を知っているより重要なことだと思います。

ニセモノでなくても雑に作られた楽器が名工の作として売られていたり、よくあるような普通の音の楽器が高価な値段で売られています。それ以上にニセモノが多いわけですが、ホンモノだからと言って高いクオリティであるとか音が良いというわけではありません。ニセモノの方が美しかったり音が良かったりすることもあるわけです。

これは私の3者の専門家がいるという話です。
①演奏家
②商人
③職人
それぞれのプロが良し悪しを測る基準がバラバラなのでこのようなことが起きます。
①演奏家は音
②商人は知名度と値段
③職人は仕事のクオリティ

職人から見て雑に作られた駄作なのに値段が高いとか下手な職人なのに名工と言われていたり、音が悪いのに値段が高いとか、高品質で美しい楽器なのに音が悪いとか量産楽器の方が音が良かったりとか十分あり得ます。

音感に優れた人には音痴に聞こえる歌手が人気で大スターと崇められているのと同じことです。

総合的に物事は判断するのが良いと思います。
こんにちはガリッポです。

天気予報以外で暑さがこちらのニュースで報じられることはほとんどなく暑さによる死者数のニュースなどは聞いた事がなかったのですが、さすがに今年はニュースになりました。今の時点で去年の倍で各国でそれぞれ何千人単位の死者が出たようです。しかし熱中症という病気の認知度や診断基準の問題で日本の数と比較できません。熱中症自体が知られていない、暑さで人が死ぬという認識がありません。
政府も病院や学校などにエアコンをつける方針を打ち出しています。逆に言うと公立の大きな病院にもエアコンが無いという事です。
そんなニュースも数時間後のニュースでは国際情勢など他の話題に切り替わっていました。

その後の報道ではヨーロッパで数日間に1万人以上が亡くなったとのことです。
https://www.vietnam.vn/ja/lan-song-nhiet-cuop-di-hon-10-000-sinh-mang-o-chau-au

ボタンが壊れていたヴァイオリンの続きです。

ブロックを交換した後さらに3つの部材を取り付けます。
ネックを入れ直す時に以前とは位置がずれるからです。

接着面が小さく木口になっているのでしっかりつけないと取れてしまいます。

木材を貼り付けた後、さらに加工します。

これで理想的なネックの取り付けができます。

ブロックの内側も加工しますが、なぜ最後にするかと言うと、四角いままの方がクランプがかけやすいからです。丸く加工してしまうとクランプが滑ってしまいます。
ブロックや部材を接着してから加工するわけです。

まるでパズルのようです、順番を間違えてはいけません。

大まかにネックを取り付ける溝を彫っておきます。最終的には裏板がついていないとボタンの位置がわかりません。しかし裏板がついていない状態のほうが作業がしやすいので、荒く加工しておきます。

これで中の修理が終わりました。
バスバーは2003年にうちの会社で交換されています。楽器自体はマルクノイキルヒェンの量産品ですが、板の厚みも十分に薄くなるまで加工されていますし、周辺の削り残しも多くありません。むしろ周辺の溝は深く彫られ薄めになっています。

この機会に裏板の削り残しを手直ししようかと思いましたがするところがほとんどないです。

パリの作者のラベルがついていますが偽造です。ドットのような点々が見えるので印刷技術が分かります。
この楽器がニセモノかと言うと、オリジナルは知りませんがフランスの一流の作者の楽器とは似てないので、ニセモノとというよりも関係のないラベルを貼っただけという事です。
1902年の楽器にしてはアンティーク塗装の時代設定が古すぎます。楽器の製作年代と変わらないのでアンティーク塗装にする必要がありません。
でも木材の質も高く普通の量産品以上のクオリティがあります。
ラベルもいつ貼られたのかわかりません。

偽造ラベルを専門に作る業者があったのかもしれません。少なくともマルクノイキルヒェンの量産品にはストラディバリのラベルが貼ってあるものが多く当然印刷工場で量産されていたはずです。

ネック側も木材を足します。長さは合ってはいましたが、傾きが変わるので片側だけ足りなくなります。指板は2003年に交換されたようで十分厚いです。

修理ではボタンが出来上がっているのでそこに合わせてネックを入れます。新作ではネックを入れてからボタンを加工します。

ニスを塗り始めてしまったので分かりにくいですが、写真で左側に新しく足した横板が残っていて、右側は足した分がすべてなくなっています。過去のネックが傾いてついていたわけです。
じゃあ最初からつけなければよかったじゃないかというわけですが、それは結果論で加工してみないとわかりません、

表板の新しく足した部分もわずかに残るだけです。
バスバー側に指板が傾いていたようです。
その指板にあわせて駒を設置するので駒の位置がセンターからずれていたはずです。
これだけわずかにしか残らないならちょっと隙間が空くだけです。一般の工業製品では隙間なんて空いているのが普通です。
それが許せないのが丁寧な仕事の職人です。

量産品というのはそんなものでまずネックが真っ直ぐは入っていることはありません。わざとに傾ける理論もありますが、どっちに傾いているかもバラバラでわざとにそうしたとかそういう事ではありません。

ネックを接着する前にニスを綺麗にしておきます。指板の下は掃除ができない所です。

ネックを取り付けます。

アーチは中央がとても高くなっています。マルクノイキルヒェンの楽器には時々あります。アンティーク塗装でオールド楽器をイメージしたのかもしれません。しかし実際のものとは全然違うアーチです。
どちらかと言うとデルジェスの特徴に近いです。

ネックを入れる時に問題なのはもともとのネックとオリジナルのボタンが一致しなければいけないことです。
アーチが高いのでネックの角度を急にするとネックの方がボタンよりも低くなってしまいます。そのような修理はよくあり飛び出たボタンの方を削ってしまうことがあります。ボタンは作者の特徴が出る部分なのでそれはいけません、その場合には継ネックが必要です。もちろん量産品ですからそんなのはどうでもいいという考えもあります。でもこれが正式な修理です。未来にはザクセンの量産品の価値が上がるかもしれません。


しかし今回はばっちりうまくいきました。

ネックを加工しなおして仕上げるとオリジナルのボタンに手を加えることなくぴったり合っています。
新しく足した部材を加工して復元する場合は摩耗した部分を計算に入れないといけません。ボタンは摩耗したり、アンティーク仕上げで摩耗したように作ってある場合にはそれも考慮して元の状態を復元しないといけません。
オリジナルの部分から丸みがつながっていないといけません。ネック側に足した部材の方はネックと流れがつながっている必要があります。ボタンはオリジナルを尊重しますがネックは消耗品で弾きやすさが何より大事なので手直しして加工することができます。新作を輸出し演奏者と接点がない職人や工場のものは名工でもそのようなノウハウがないわけです。

ニスの補修を始めて一日くらいでこんな感じです、だいぶ目立たなくなりました。
今回も細かい作業ですね。もともと工作好きの私にとっては時間(コスト)にさえ追われなければ面白いです。


知識で「オールド楽器はアーチが高く近現代の楽器はアーチが低い」と学んでいると、このような例外があります。一つはそのような浅い知識を持った人が古い楽器に見せかけようとします。
アーチは立体造形なので測れる場所が周辺の低い所と中央の一番高い所だけです。
アーチが高いと言っても中央の高さをはかった場合だけであり、アーチ全体の造形はオールドと全く違います。高い低いではなくアーチ全体を理解しないといけません。低いアーチの楽器にもオールドの作者は特徴が現れるのでオールド楽器を見分けることができます。だからと言ってどんな音かという事は言えません、弾いてみないとわかりません。

また、「正しい製作法」があったとしてもそれを厳密に守らない不真面目な人が出てきます、特に西洋人の場合にはルールを守らない人が多いです。街を見ればポイ捨てゴミや落書きと違法薬物中毒者があふれています。それが彼らです。
したがって、同じ国だからと言って同じ作風の楽器ばかりとは限りません。こんな有様ですから国ごとに音を統一して製造することなんて技術的にも統制面でもできません。だから国ごとの音なんて無いのです。

作った人は古い楽器をよく知らずに古い楽器に見せかけようとしたのに、偽造ラベルを貼った人はずっと新しい作者のものを貼ってしまいました。偽造ラベルはそれくらい適当なものですが素人にはわかりません。巧妙な偽物を作るケースは少ないですし、その職人の腕前は一流でなければできません。
本当にずる賢い業者は似せて作るよりも古そうな楽器があったとき偶然似ている高価な作者を探して偽造ラベルを貼る方がはるかに低コストで儲かるので多いと思います。それで本で見ると似てるわけです。腕を磨いて古い楽器を研究し似せて作るにはどれだけの労力が必要か考えてみてください。中途半端なものは全く似ていません。数百年に起きた出来事を人為的に再現することはできません。
関係ない楽器に別のラベルを貼るだけで素人は騙せます、いとも簡単に人が騙されるのが面白くてたまらないことでしょう。ニセモノを作る必要すらないのです。

板がちゃんと薄く作られていてデルジェスのようなアーチで形が崩れたストラドモデルは幅も広いものです。時代はやや古く1910年前後でしょうかね?
過去の修理と今回の修理で完璧な状態に近いですからどんな音がするか楽しみです。こんな楽器でも作者名や値段を伏せて多数決なら「現代の巨匠」より音が良い可能性は十分あります。

この修理をやっていたのでコントラバスの方はほとんど進んでいません。しかし接着しなおしたことでガタガタだった横板が真っ直ぐになりました。触って手触りが違います。問題は他の部分も直さないといけなくなってしまったことです。一つ始めると全部やらないといけなくなります。いつになったら表板を付けられるのでしょうか?

もう世の中は夏休みもバカンスムードになってきました。楽器の練習を止めて旅行に出かける人たちが多くなります。預けてメンテナンスの仕事が多くなることでしょう。

私は趣味などもなく、楽器作りが趣味です。もはや仕事としては成立しないほど物価やユーロが高くなっています。腕の良い職人が作った中古のヴァイオリンの相場が8,000~10,000ユーロであるのに対して、新作楽器の値段が15,000~20,000ユーロくらいになっています。こちらではとにかく楽器を多く並べて弾き比べて買うので鳴りが良くない新作楽器では立ちうちできません。

楽器店に並ぶような手抜きして安く作るための努力は諦めて楽器作りは趣味とします。納得のいくものを作って中古品の相場8,000~10,000ユーロで譲ろうと思います。もし希望する人がいたら作るには1~2年かかります。今後は注文ではなく私が好きなものを作って行こうかと思っています。15,000~20,000ユーロなら仕事として製作依頼を受け付けます。

今はビオラを作り始めています。
これは依頼主の希望通りにします、特にビオラはサイズを体格に合わせたオーダーメイドでないといけません。
センターを貼り合わせるのは重要でセッティングや長さの違ういくつかカンナがあります。この木材はきめが細かく理想通りに加工できるので、もっとも精密に調整したこのカンナで行けます。
カンナが理論通りになっているので板の長さの削りクズが一続きで出ればもう接着が可能です。
普段は木目にちょっと持っていかれるのでこのカンナでは無理です。

合わせ目は見えないくらいです。

新たに作ったモクソンバイスもビオラのサイズで完全に機能しています。
カンナを調整し、材料を固定する台を製作すると仕事の質が安定するとともに、やっていて気持ちが良いです。

音楽とは全く違う楽しみです。
私はもともと工作が好きなのでこんなことが楽しいのですが、音楽しか興味がなければめんどくさいだけでやっつけ仕事になるでしょう。センターの合わせ目が開いてしまうと修理は大変です。

お客さんは音しか興味がないので、世の中に売るほどある中古楽器から選んでください。現代の職人は盛んに自己PRするかもしれませんが実際は技術が進歩してはいません。様々な工夫も中古品の鳴りの良さを超えません。「音量=やかましさ」なら安価な楽器にもかないません。
このため楽器作りは趣味とします。
こんにちはガリッポです。

私の所では35℃以上の日が9日間連続で続きました。やっと30℃を下回っています。


ボタンが壊れたヴァイオリンです。

接着した後で裏板を開けて、くりぬいて補強します。

接着するのは難しいですが固定方法を工夫することで上手くいきました。裏板を開けてから接着すると外れかかっているパフリングまで壊れてしまいそうでした。オリジナルが損なわれるだけでなくパフリングを一部新しくするのも難しい仕事です。

厚みが2mm程度の木材が新しく入ります。

この深さまで彫っていくとパフリングが出てきました。これ以上は彫れません。ナイフで切られているのが分かります。
これでオリジナルとほぼ同じ強度になります。
壊れやすいからといってオリジナルよりも強くすることはできません。これはそもそもアマティの時代からの構造上の問題です。

裏板の下のブロックとの接着面も傷んでいます。破片が見当たらず汚れやにかわが入り込んでいることからすると過去の修理で傷んだようです。

こちらも直しました。
傷んでいるところが平らになれば良いので上ほど深くする必要はありません。

新しい木を埋め込む修理が終わりました。
過去になぜ修理されたのかはわかりませんがセンターの合わせ目の接着が完全ではないようです。今回の修理でも合わせ目を強化する効果があります。

ラベルにはフランスのパリの作者名のものが貼ってありますが、これは偽造ラベルで東ドイツザクセン地域の量産品です。偽造ラベルが貼られているのはごく日常のことで騒ぐような事件ではありません。

新しい木材が入ったのは半分くらいですが、壊れる前と同等の強度になりました。


応急処置なら接着して終わりでしょうが、ちゃんとやるには上部のブロックの交換が必要です。
ブロックの交換は同じ大きさのものを作って交換すれば良いだけと思うかもしれませんが、古いものや量産品だと不規則な形をしているので現物合わせにしないといけません。

横板の表板側は、表板と接着されていますが裏板側はブランブランになっているので、このような枠を作りました。ただ付けただけだと裏板の形と合わなくなります。

枠に横板を固定した状態にぴったり合うようにブロックを加工すれば裏板と合うはずです、‥‥理論上は。
もっと高価な楽器やそもそも精巧に作られている楽器であれば仮につけてみて何度も確認する必要があります。

ここに完璧に固定します。

このような型や接着の当て木を作るのをめんどくさがる人が多いでしょう。

私はもともと工作が好きなので、接着の補助となるものを作るのが面白いです。

音楽しか興味がない人が職人になると面倒でしかありません。
これが雑な職人との違いですね。


新しいナイフを新調しました。
上が修行を始めた2年目から使っている西洋のものでしたが、残念ながら同じ製品は入手できなくなっています。
それでも最初は長かったと思われます。研ぎ直していくうちに短くなっていくわけですが、先がとがっているので時々折れてしまうことがあります。

普通は日本製のナイフを使っています。それは鋭く切れるというよりは薄くそぐように削ることができるので繊細な作業には向いています。しかし刃先がもろく折れたりかけたりしやすいのでこのように尖った先端にするには向いていません。黒檀のような硬い木材でも消耗してしまいます。

それに対して新しくしたものはHSSという鋼材です。ハイスピードスチールの略で日本語で高速度鋼(ハイス鋼)と言います。何が高速かと言うとドリルなどの回転工具に使用すると高速で回転して材料との摩擦で熱を発生します、普通の鋼は熱で焼きが戻りだめになってしまいます。それに対してHSS鋼なら熱に強いので電動の砥石で研ぐことも可能です。刃を研ぐのが面倒な西洋の職人は機械の砥石で研ぐわけですが、私はそれがとても苦手で上手く回転する研磨プレートに刃を当てられません。うまく当たってなくても刃先が尖っていれば切れるというわけですが、砥石を使って手で研げばもっと鋭利にすることができます。つまり研ぎ方が雑では切れ味も悪く仕事の結果も雑というわけです。下手な職人ほど刃を研ぐことをめんどくさがります。

いつも予備の刃物を用意しておかないとと思うわけですがようやく思い立ちました。
これで一生もつ事でしょう。

同じHSS鋼のナイフの刃は初めて買ったのではなくすでに使っています。一番上のものはパフリングの溝に切り込みを入れる専用のものです。ちょうどデザインカッターと同じような角度になっているのでスラロームで曲線を切るのに適しています。しかし刃に厚みがあるので一定以上の深さに切り込みを入れることができません。

一番下は今まで使ってきたもので角度が尖っているので深くまで切り込みを入れることができます。今回買ったものはその中間としました。パフリングの溝を彫るのに3本もナイフを使い分けるというわけです。これまでは中間は日本製のものを使っていたので先が折れたりしました、これで心強いです。
下の二本は他の用途でも使用可能です。


このようなナイフには柄がついていないので自分で作ります。こんなのは慣れたものですが、DIYの木工家には難しいかもしれません。買う人は限られています。

ナイフは箸の国という事もあって日本ではあまり使われていない工具で小刀というものを子供の頃に使った人がいるかもしれません。あれは刃が片方についたものです。
両刃の切り出し刀は日本でもほとんど売っておらずヴァイオリン職人のための輸出用を買わないといけません。

ちなみに日本では小刀を使う時に(右利きなら)左手の親指を使って押すように使いますが、西洋ではナイフはもっぱら引いて使います。包丁で大根の皮をむく要領ですが、普段の食事でも使っている方法なので器用なものです。

したがって普段は日本製のナイフが何本もあって、パフリングなど特殊な用途ではHSS鋼のナイフを使うという事です。工具はナイフだけではなく多種多様にあります。これが楽器の演奏者なら楽器と弓くらいですから、道具の専門性が違います。つまりどんな音楽でも同じ楽器や弓で演奏するのです。弓は何本か持っている人もいますし、楽器も何本も持っている人もいますが、楽器は結局一つだけを使う人が多いです。

道具というのは自分が使いやすいかどうかが基準であって、ニューヨークかロンドンかどこかで誰かに何と言われたかではありません。

どこの国の製品かではなく用途によって違います。西洋のものと言っても現代の量産化された鋼材であって伝統的な鍛冶屋さんのものではありません。それがまだ残っているのが日本というわけです。


コントラバスの修理は・・・

横板の古傷を見直すと、何か所も傷口が開いているところが見つかりました。
内側を見ると決まって同じ処置が施されていました。

厚い部材が貼ってあるところはさすがに傷が開いていませんが、音にはマイナスかもしれません。
一方薄い板が貼ってあるところがあります。

この処置を施された場所の傷が全部開いています。
木材の種類はウォルナットで擦弦楽器には使われないものです。厚みは0.5mmあり、おそらく突板(ツキ板)のもののようです。
なぜウォルナットだと分かるかと言うとさっきのナイフの柄に使っているからです。

ツキ板とは家具などで安価な木材の表面に薄い高級木材の板を張り付けるものです。金メッキみたいなものです。
この処置が行われている個所の傷が全滅です。
これが貼ってあるので傷口が開いたままでも横板自体が真っ二つになることはありません。
なぜこれで補強が失敗しているのでしょうか?
厚みが薄すぎることで補強効果が弱いことも考えられますが、接着が不完全であると思われます。広い面積に貼り付ける時にしっかりくっついていないので傷の患部が浮いてしまっているのです。小さな木片であればピンポイントで傷口に接着することができます。
横板の広い面積に木材を貼り付けた修理ではたびたび見かけます。

この問題が発覚したため表板を取り付ける予定は一週間経っても全く進んでいません。


他にもヴァイオリンのニスのメンテナンスの仕事も急ぎで入りました。
地域では才能ある生徒でマティアス・ハイニケを使っています。
しかし作風がよく見るハイニケと違うのでマティアス本人の作ではなくその兄弟の作だと考えています。
つまりごく平凡な職人のアーチや板の厚みのガルネリモデルで、よく弾きこまれて鳴りが良いです。音色に味もあります。
何の変哲もないものでもこんなことがあります。弾く人次第でもあるし、特に作りに特徴がなくても音に個性があります。

オールドのような柔らかさはありませんが今日では求められていません。

弦楽器とはそんなものです。
今鳴るこの楽器も店頭に売られていた時はそんなに目立たなかったかもしれません。



こんにちはガリッポです。

記録的な熱波がヨーロッパを襲っています。
各地で気温の記録を更新していますが、それ以上に厳しいのは長く続いていることです。これまでは暑い日があってもせいぜい4~5日もすれば交互に涼しい日がやってくるものでした。体験した事のない暑さです。
私のアパートは断熱性が高いため外が暑くても1~2日は涼しいままですが、徐々に建物が熱を持ってきて涼しい日が来ても暑いままです。それでも交互に来れば室温は30℃は超えませんでした。

こちらの暑さに対する対策は日本の50年は遅れているでしょう。
私の町でも38度を超えましたが、気温が高くなればなるほど川辺で日光浴に来る人が増えます。未だに日光に当たるほど健康に良いと信じられていて、熱中症や紫外線の危険が周知されていないようです。
暑さそのもので死者が出るというよりは35度を超えるといつも以上に人々が遊びに出かけ水難事故が多発するという具合です。もちろんお酒を飲んで水に入るのですから危険極まりないです。つまり暑くなると遊びすぎて亡くなってしまうのです。

エアコンなどは街中にもなく、去年くらいからようやくバスなどが冷房付きになったくらいです。とにかく冬の寒さへの対策が重視され冬でもTシャツで過ごせることが豊かさの象徴となっています。
このため暖炉やストーブには何百万円もかけるのに、その時が来るまで暑さのことは忘れています。さらに夏はもっと熱い南の国にバカンスに行くくらいです。

私は毎年暑さ対策を考えています、去年はかき氷機を買いましたがこれも西洋には無いものです。アマゾンでは中国製のものがあります。アイスクリームを買うより経済的かと思いましたが意外にもシロップが異常に高く、安い人工のイチゴ味のものはとても酸味が強かったです。日本の果物は酸味が少ないので日本で生まれ育つと西洋の果物はすっぱすぎますが、人工調味料のシロップでもそれを再現していたのでした。
とはいえこの猛暑では助かります。

今年の投資はサーキュレーターです。
サーキュレーターも日本では有名でしょう。日本での使い方はエアコンの効果を高め節電することでしょうが、うちにはエアコンがありません。その代わり夜には20℃以下になるので窓を開けて外の風を強制的に送り込むのです。冷たい暴風の中にいるようです。
これによって意外にもよく眠ることができ、思ったより元気に働いています。
これまでは外の騒音を避けるため耳栓をして窓を開けるだけか普通の扇風機を使っていましたが、風のない日や風向きが違うと冷気が部屋の中央まで届かずほとんど焼け石に水という状況でした。
店にはチープな扇風機が売られているだけでサーキュレーターはこちらでは全く知られておらず、その効果を同僚に話してもちんぷんかんぷんのようでした。最強にしても耳栓があるので風の音もうるさくありません。

ネットで5月のうちに買っていたので良かったです、現在は軒並み売り切れになっています。
Vornado 5303DCというものです。国によって電圧など仕様が違いますが共通のモデルです。他のサーキュレーターを知らないので性能などは分かりませんが、これより大きな羽の扇風機よりもはるかに強い風が出ます。
サーキュレーターは近所のお店にもないだけでなくネットでもその名称が知られておらず扇風機と混同されていて検索も困難です。それで老舗のメーカーのものにしました。問題なく機能しています。


それでも昼間の暑さはどうにもなりません。家の中が31℃になっていますが、外が35℃を超えているので夜の10時くらいまでは窓を開けると逆効果です。にもかかわらず窓を開けている家をたくさん見かけます。私も日本で子供の頃はエアコンがなく夏はいつでも窓を開けていたものでした。未だにその時代のレベルです。


暑さと楽器の問題ですが、人が生きられるくらいの温度ならそれほど暑さは問題になりません。ただし車の中に放置してニスがベトベトになりケースに張り付いてしまうという事故は時々ありますので、お子さんや愛犬と同様くれぐれも熱い車内に放置しないようにしてください。

汗などはニスに跡が付きますので拭き取るようにしてください。
湿度が上がることでペグがきつくなることがあります。ペグはテーパー状になっているので奥に押し込むときつくなり、外に引けば緩くなるとそんな説明も初心者には必要です。近頃はアジャスターでしか調弦をしたことがないという人が多くなっています。


壊れたヴァイオリンが持ち込まれました。ボタンが割れています。
たいしたことないように見えるかもしれません。

ボタンが割れてパフリングのところが開いています。

横を見ると塗装とずれています。

裏板を開けてみると、上部のブロックごと割れていました。意外と大変な修理です。
今回は保険に入っていたので安心です。ブロックを交換し、ボタンの方も裏側から木材を埋め込んで補強し、ネックを入れ直す修理になります。

製造時に斜めに入っているネックも真っ直ぐになりネックの下がりも直り、壊れる前よりも弾きやすく音も元気になることでしょう。これが保険に入っていないと単に接着して終わりという事になります。
中古品などはこの修理をしてあるかないかは大きな差になります。

多くの場合演奏者は壊れても、使えるように直してくれれば十分だと考え応急処置で終わりにします。遺族などが売りに来ると高額な修理代を支払わないと売り物にならないという事態に直面します。
故人が自慢していた楽器は、売ってお金になるどころか、お金をかけないと売りに出すことさえできないのです。
売れるか売れないかわからないものに遺族は何十万円も払うわけがありません。我々も売りに出される中古品がいくらでもあるのに、わざわざ修理に手間がかかるものを買い取ったりしません。

そのようなことで修理されていない楽器を買ってしまうと後で大変です。ここが壊れている楽器はよくあります、我々でさえ気付かずに買い取ってしまうミスがよくあります。
この部分は弦楽器の構造上の欠陥でもありますが、アマティの時代からそのままです。

それで保険に入っていると安心というわけですが、弦楽器については日本の方が50年遅れているという所でしょうか。保険といっても高価な名器だけではなくこれはマルクノイキルヒェンの量産品です。

これが次の仕事です。


コントラバスの修理は前回はここまででした。

写真の中央に穴が開いていて向こうの光が差し込んでいます。
過去には何度も何度も裏板と下のブロックがはがれて、接着しなおしたようです。その時古いにかわを除去せずそのまま上から貼り付ける応急処置をしました。そして木釘で固定していましたがまた開いていました。
コントラバスの下のブロックにはエンドピンが差し込まれますが、コントラバスのすべての重さと、5弦の張力がかかる所です。何度も剥がれて応急処置が繰り返されてきました。


表板側も異なる時代に木釘が7~8本打たれています。接着が不完全で木釘で止めていたのです。
またサドルの所も傷ついています。

週明けはどうやって直すか途方に暮れていたところからスタートでした。

まず一日かけて古いにかわを水やお湯で溶かして除去したのちに裏板とブロックを接着しなおしました。

それでも一番良いのは裏板を開けて接着面を加工しなおすことや、ブロックを交換することですが、修理が大掛かりになりすぎます。これでもだいぶましになりました。

裏板とブロックの間の隙間が無くなりました。もう一度さっきの写真です。

裏板とブロックの間に隙間があります、これではコントラバスの重さと張力を支えることができません。


穴の方は・・・

穴の周囲を削って新しい木材を接着できる面を作りました。そこに木材をピッタリ合うようにして接着です。

たいして難しい作業には見えないかもしれませんがコントラバスの場合厳しいのは体勢です。前かがみの無理な姿勢で腰が痛くなったりします。大工さんなら梁の上でノミを金づちで叩ていますがそんな感じで違うレベルの精密加工です。

この上から途切れていたライニングを取り付けます。

これで補強されました。
裏板の接着面も強化されます。
木材には加工できる繊維の向きというのがあって、ノミの柄がぶつかって入らなかったり、利き手じゃない方の手を使わないといけなかったりしました。

三度修理前の写真を

ライニングは欠けていて接着面は壊れていました。
裏板を開けられない状況ではベストな修理でしょう。

短いライニングを接着するだけでこれだけのクランプが必要でした。横板が高いので特大サイズです。
これ一つは1万円以上はしますから7つで7万円は軽くします。このようなコントラバスの修理は10年に一回も無いかもしれません、儲からないわけです。

表板側もサドルの下が傷ついていました、ここも埋め直します。
古い楽器の修理で多いのは黒檀を埋め込んであるケースです。

今回はメイプルにしました。オリジナルと同じ向きにスプルースを埋め込むのは接着の難易度が高く強度に問題があります。
メイプルであれば後で外から見た時に横板のライニングと同化します。

これでサドルの下に一枚メイプルが敷かれたことになります。これが音に影響するでしょうか?
サドル自体の材質も音に影響があるかもしれません。
しかしサドルは力がかかるので硬い黒檀でないと耐久性がありません。柔らかい木や軽い木にするとテールガットが食い込んでしまいます。楽器ごとに形を加工しないといけないのでカーボンなどは無理です。したがって音のために別の素材にするというのは考えにくいです。
じゃあその下に敷くものを変えれば音が変わるかもしれません。
今回のような加工ではそんなに簡単にあれこれ試すようなことはできません。
もし交換が可能なようにカンタンに着けたら接着が不完全であることが音に影響するかもしれません。

それに対してこのような修理をせず傷ついてガタガタのブロックにサドルを無理やり取り付けると強い張力でいつ外れてしまうかわかりません。これまでのようにまた古いにかわの上から接着して応急処置を繰り返すだけです。

これで表板がつけられるか試してみるわけですがまだ欠けているところがありました。

ネックの根元の横板とライニングが欠けています。左右両方です。地味ですがこれが欠けていると表板と隙間ができます。

来週はもう一度ひび割れや剥がれがないかチェックして表板を取り付けたいと思います。表板を付けるには事前に、接着剤をつけない状態で組み立ててみて完全であるか確かめる必要があります。これに何日もかかるかもしれません、それがコントラバスの修理最大の難関です。

多くのコントラバスの場合にはギターのように表板が横板よりもはみ出しているオーバーハングがありません。このためピッタリに横板を合わせないといけません。過去の修理でもあってない所をパテで埋めてごまかしていましたから理論上無理です。


接着に使うにかわについて改めて説明しましょう。
にかわというのは聞いた事はあっても実際に見たことがある人は多くないでしょう。現代の木工では使わずホームセンターにも売っていません。


乾燥した粒状になったものを購入します。原料はおそらく豚の皮の所だと思います。日本では魚などが古くから用いられてきました。いずれにしても動物性のもので温めると液体になり冷えると固まるものです。煮凝りと同じでグミキャンディとも共通しています。

これを水に浸して乾物のように戻します。
湯せんすると溶けて液体になります。熱くし過ぎるとたんぱく質が壊れてしまいます。

温かいうちは液体で冷えると固まりますから、温かいうちに塗って固定しなければいけません、そのため早業が求められます。
木材を削る仕事はゆっくり少しずつ慎重に作業することができますが、接着は一瞬の一発勝負です、ここで位置がずれてしまうとせっかくの努力が水の泡です。ですからとても緊張する作業です。
私も接着の途中の写真をこれまで一つも上げていません、それは作業中に中断してカメラを手に取ることができないからです。撮影されながらも気が散って「それどころじゃない」と頭に来ます。見学や撮影は構いませんが接着中だけはやめてほしいです。

それくらい難しい作業です。
このため準備が肝心です、にかわをつけていない状態で何度も作業のシミュレーションをしベストな方法を探します。この予行演習がにかわづけのすべてを決めます。それでも本番は練習とは全く違う事態に直面することが多いです。濡れると木材が変形するからです。

そうはいっても私は木工用ボンドよりもにかわを好みます。木工用ボンドは粘性が高くクランプで締めつけるとグニュッとずれるからです。接着面が合っていれば温度でサラサラになるにかわなら吸盤のように引っ付きます。


接着は一瞬でも準備に何時間もかかるというわけです、コントラバスなら何日もかかるかもしれません。表板を横板に合わせるためにエッジに木材を足したり、指板の下に板を入れて角度を調整したりすることもありました。これは表板の輪郭と横板を合わせるとネックの角度が動くのです、5弦のバスで駒が低くなりすぎると弓が表板の縁にぶつかって演奏ができません。このため表板を付けるだけなのに指板を外してネックに木材を足したことがあります。サイズがヴァイオリンの比ではありません。今回はそうならないことを願っています・・・。

弦楽器が一般の木工と大きく違う所はこの接着にあります。
普通の木工は木材をはめ込んで抜けなければ良いというくらいです。それに対して弦楽器では接着面と接着面の間に隙間が少しもあってはいけません。加工のクオリティが全く違うのです。

現代の接着剤は、人工樹脂が含まれていて隙間をそれで埋めます。ゴムやプラスチックのようなもので隙間を埋めることができますが、にかわでは隙間があるとくっつきません。にかわは分厚くなると乾燥して縮み割れてしまいます。古いにかわの層の上ににかわをつけると簡単に取れてしまうのです。
量産品には木工用ボンドが使われていますが、ゴムのクッション材が木材と木材の接合面の隙間に入っているという事です。振動にとってどうなんでしょうね?

指板や横板がちょっと剥がれたくらいなら隙間ににかわを流し込んでくっつけ直します。しかし完全に剥がれた場合にはそれだとまたすぐに取れてしまいます。指板なら指板とネックの両方の接着面を削り直さなければいけません。これによって駒の高さが低くなってしまうと角度を上げなければいけないのでくっつけるだけでは済まないのです。

安上がりな修理というのは剥がれたところをただそのままくっつけるだけですが、事態を軽く見てそれで持ち主は修理されたと思っています。

安い楽器では簡単に楽器の値段を超えてしまいます。真面目にきちんと修理する業者がボッタクリと思われかねません。応急処置で高い代金を取るのがボッタクリです。


さっきのこれです。
これを接着するのにどうしたかと言うと

これだけの大ごとです。
しかししっかり接着されていないとサドルとともに強い弦の力で外れてしまいます。

接着はにかわが冷えて固まるまでの間動かないように固定しないといけません。糊で貼るように置いただけではいけません。皆さんはボンドなどでくっつけたのにまた取れてしまった経験がおありでしょうか?接着というのは固まるまでしっかり固定しないといけません。特に粘性の高い木工用ボンドではボンドの厚みが無くなるように押し付けないといけません、そうすれば木材よりも丈夫になり木材の方が裂けてしまいます。

にかわは室温にもよりますが1時間もすれば冷えて動かなくはなります。その間ずっと手で持っているのは不可能です。手で持つと力が一定ではなく方向もグラグラしてしまいます。接着する前に固定法を考えなくてはいけません。
2時間もすれば外れないくらいにはなりますが、水分が無くなるという意味で固まるのはずっと先です。木材に水分が吸収されて行きます。にかわの水分が吸われ木材が乾くことによって木材の収縮が起きクランプが緩みます。このため鋼鉄が軽くしなるくらい締め付ける必要があります。

古い楽器の修理では割れた部分の接着でしっかり固定してないことが多く隙間が黒い線になっています。ただ貼り付けただけかひもでぐるぐる巻きにしたくらいでしょう。
ちゃんと固定すれば見えないくらいになります。今回のコントラバスでもそうでした。弦楽器は曲線が多いのでそれも難しいのです。接着が不完全で不安なので巨大すぎる補強を行っていました。これが雑な修理です。

コントラバスの製造や修理は、仕事の水準がヴァイオリン職人ではなく、一般の木工職人のレベルであることが多くあります。ブロックのところは過去の修理で木製の釘で止めただけという固定法になっていました。一般の木工ではおかしくはありません。

趣味でDIYをやろうと思いましたが根柢の考え方があまりにも違い過ぎるので断念した経緯があります。

とはいえ過去の修理を見ると弦楽器職人にも大きく2種類の人がいることが分かってきました。粗雑な人と丁寧な人です。これを系統として分けたいと思います。粗雑系、丁寧系とでも言いましょうか?
量産品やイタリアの職人には粗雑系が多いという事ですが、日本を含めどこの国人も粗雑な職人の方が多くいます、イタリアの粗雑な職人だけが特別という事はありません。
他の木工職人がどうか知りませんが音楽家のプロを断念して手先が不器用な人も多いものですが、同じ音楽家の共感を得ることができます。昔は向き不向きに関係なく家業を継いだものです。
名工と言われていたとしても粗雑系の職人というわけです。粗雑系の音と丁寧系で音の方向性の違いもあるでしょうね。
同じように粗雑な職人の作ったヴァイオリンがイタリア人なら1000万円で他の国の人なら50万円にもなりません。つまり200万円以上する楽器で粗雑に作られているのがイタリアのものだけという事になるので、オークションのカタログに載る粗雑な楽器はすべてイタリア製となります。粗雑な楽器は個性的にも見えますがイタリア以外の粗雑な楽器は安すぎてオークションには出ないというだけです。
もちろんイタリアにも他の国と同じように丁寧系の職人がいますので、丁寧なのが邪道などという哲学や思想の違いはなく一定の割合で粗雑な人と丁寧な人がいるというだけです。フランスやドイツでは丁寧な職人が選抜され多くの粗雑な人は量産工場に勤めていましたが、イタリアでは個人で作って安値でイギリスやアメリカの業者に売っていました、それを消費者に高く売るわけです。そんな商売を「世界的な評価」というのですから笑ってしまいます。

特に有名なイタリアのモダンの作者は木工職人から転職しアマチュアのヴァイオリン職人に教わった人なので、過去のコントラバスの修理のように丁寧系の職人とは全く作風が違います。量産品でも上級品に偽造ラベルが貼られると丁寧すぎるのでニセモノと分かります。

粗雑な仕事と丁寧な仕事とどちらが良いでしょうか?
ビジネスをやっている人なら粗雑な人材の方が優れていると考えるでしょう。人間の世界では多数決で粗雑な人の方が主流なのです。
お金を払う側にとってどうなのかは個人の自由です。

終わりの見えない暑さでしたが幸い週明けから気温が下がりそうです。30℃では涼しいとは言えませんが・・・
こんにちはガリッポです。

またまた暑くなってきました。
35℃くらいの気温の日が10日以上続く予報です。
まだ2日しか経ってません。エアコンもなく建物が熱せられ日ごとに室温が上がっていきます。次はブログの更新も無くなるかもしれません。

そんなに面白い話もないのですが、現実はそんなものです。

コントラバスの修理が続きます。表板も満身創痍です。横板に割れが発生して修理に持ち込まれたものですが、表板は過去に何度も修理されています。
新たにひび割れがいくつも見つかっています。

過去の修理で問題なのは補強です。

写真では大きさが分かりにくいのでヴァイオリンの表板と比較してみましょう。補強の木片が大きすぎるように思います。

こちら側はさらに大きな補強がされています。

そうすると今度は補強したすぐ隣が割れています。他にもなん箇所か同様の割れが見られます。
補強が強すぎると力がすぐ横に集中します。表板の材質も強くはないです。
コントラバスに使うような大きな木材は成長も早く密度も低いので余計に弱いものです。その上このバスは弦が5本あります。

過去の修理では接着が甘く補強が強すぎるものでした。
それに対してしっかり接着して、表板が弾力を維持できる程度の補強をすべきです。
接着を確実するためには接着が終わるまで固定する方法を考えなくてはいけません、ただ糊を貼るようにしただけでは隙間が空いてしまいます。
傷が開くことを心配して強すぎる補強をし、その隣が割れているのです。心配は間違っています。これが仕事が雑という事です。過去にそのような修理をされた楽器を直すのは、壊れたての楽器を直すよりもはるかに難しいです。過去にまずい修理がされるともう完全には直せません。

これを全部やり直せば音もよくなるかもしれませんが、誰が修理費用を負担するかの話です。あくまで今回の故障は横板の割れですから、保険の補償の対象は今回壊れた部分だけです。
新たに壊れた部分や応急処置で済まされている所を直すのがせいぜいです。

修理で音を良くするというよりは、壊れているものを使えるようにするだけで費用がかかりすぎます。

したがって一時の音の良さではなく確実な修理をすることが大事だと分かるでしょうか?


横板にもダメージがあり新しく木材を足しました。



白い部分が新しく足した木材です。
まるで日本のお寺や城の修理のように、部材の欠けている部分を継ぎ足しています。
これをやらないと表板を再び閉めたときに穴が開いてしまいます。

他にも損傷がありますが、古いにかわがついているという事は今回開ける時に傷つけたのではなく、過去のダメージです。

何か所も直しました。

表板を締める用意ができたかに思えましたが・・・。

裏板の接着面にひびのようなものがあります。

穴が開いているではないですか?
外からひびに見える所はパテで埋めてあるだけのようです。
こんなのどうやって直せばいいのかわかりません。
キリがありません。
ブロック交換になると横板の形が変わってしまい表板と合わなくなります。

こんなビオラがありました。

39cmの小型のものです。


焼き印が押されています。
J.アルトリヒターと名前が書かれています。フランクフルトと書かれているのも読めます。
資料によるとこの会社は金管楽器のメーカーだそうです。
さらに調べてみるとこのフランクフルトはドイツやEU経済の中心地として有名なフランクフルトではなく、東ドイツとポーランドの国境にある同じ名前の町のようです。
つまりマルクノイキルヒェンなど東ドイツで作られた楽器に管楽器メーカーの焼き印を押して販売したという事です。
自社では弦楽器は作らずに他社に製造を依頼していたという事です。今でも様々な産業でそのようなことは行われています。

したがってマルクノイキルヒェンなどザクセンのものと特徴は何も変わりません。

量産品にしては木材の感じも良いですね、アンティーク塗装も最小限にした結果今となってはわざとらしくなく悪い印象は受けません。


アーチはレンズのようになだらかなカーブになっています。アマティやシュタイナー型のオールド楽器では溝と膨らみにずっとメリハリがあります。
量産品だから味もしゃしゃりもないという事ですが、20世紀以降では個人の作者でも同様の傾向があります。
造形的なセンスが無いように見えますが、職人ごとの個性ですからこれを間違っていると指摘することはできません。
量産品との間にそんな差はないという事です。
これが現代の楽器の音の特徴の要因の一つかもしれません。

そんなに驚くような楽器ではありませんが、へえ~という感じです。値段を査定するならマルクノイキルヒェンの量産品と同等と考えて良いでしょう。その中では中の上くらいはあると思います。少なくとも50万円はするでしょうね。

お店の方は楽器を買いにくるお客さんが集中しました。例のようにただ希望する価格帯のヴァイオリンをずらりと並べて弾き比べて選んでもらうというだけです。社長もセールスらしいことはしません。

そんな状況でブログで見せられるようなものはあまりありません。


こんにちはガリッポです。


コントラバスの修理です、コーナーが無い変わったタイプのものですが19世紀のものです。過去の修理も多いですが大きな木片を張るよりも小さいものをたくさん貼る方が、力を上手く分散させ音への悪影響も少ないと思います。この修理を見た人は「粗い仕事だな」という印象を受けます。
コントラバスは修理費用も高いので安上がりに大雑把に行われることが多いです。

弦楽器の修理では割れを接着した後に補強する方法があります。
私は木片を貼り付ける方法を基本としています。

この楽器にもたくさん割れがありますが、補強は木片ではなく羊皮紙のようなものが貼られています。ひびの所にテープのように張るわけです。
傷が開かないようにという事なんですけど、横方向は補強できておらずグニャグニャになっています。



今回のコントラバスで特に問題はエッジの修理です。
大きな材木が必要ですが過去の修理では木目の向きが滅茶苦茶でした。
開けようとするといろいろな方向に裂けていきます。
平らな板はギター用のものなどが市販されていますが、のこぎりで切ってあるので繊維の向きがわかりません。

今回の修理ではこのような材料を使います。真ん中で真っ二つに割りました。
もともと割ってあるので繊維の向きの通りになっています。
巨大な塊ですが意外と簡単に割ることができました。

木材は分厚い方が簡単に割れてしまいます。薄い板であれば弾力があるため多少粘りますが、分厚い木材は変形することができずパカーンと割れてしまいます。

板の厚みでも話していますが、板が厚いからといって割れないという事はありません。


このような大きな木材では重量級のワークベンチが必要です。

全部やり直すとなると何週間かかるでしょうか?
開けたときに裂けて壊れたところだけ直せばまだましです。

やってみると大きい分かえってヴァイオリンやチェロよりもやりやすいようです。
ヴァイオリンやチェロでは型を成形してあてがって加工します。表板はグニャグニャしているので型に固定しないと加工している面が真っ直ぐになっているかわからないですし、曲がった表板に木材を貼り付けると出来上がった後も表板に変なストレスがかかったり割れたりします。

それがコントラバスではフリーハンドで空中です。それができるのは平面を感じ取る勘が身についてきたからでしょう。

私の中ではアバウトな修理ですが、過去に施された修理に比べるとずっと精巧になっています。

コントラバスの修理はまじめにやると修理の依頼が殺到してしまうという問題があります。

代金も高いわけですが、国立のオーケストラなので支払えるというわけです。
税金じゃないかと思うかもしれませんが、保険代を国営の楽団で払っているという事ですね。
それでもコントラバスの方が保険の料率は高いですし、他の加入者の料金から支払われていることには変わりありません。

とはいえ次々に壊れたコントラバスを持ってきて困ったものです。
音楽家の選ぶコントラバスのチョイスが信じられません。まるで名門オケでは状態の悪いバスをこぞって求め合っているようです。

作っているビオラですけどもこんな平行四辺形のような板でも自作のモクソンバイスで固定することができています。
真ん中の列にもベンチドックを取り付けられるようにしておいてよかったです。

面白い模様の板目板です。
黒い部分があります。節ではなくただ黒くなっているだけで強度には問題がなさそうです。避けられるかギリギリですが、白木のうちは目立ってもアンティーク塗装にすれば気にならないことでしょう。
自然のものですからほくろみたいなものです。

模様も含めて二つと同じようなものはみつからないことでしょう。

表板は未だに決まっていません。
割ってある木ですがねじれがあって結局真っ直ぐにはなりません。

通常ビオラは少しヴァイオリンよりも大きいので少し粗目の木目のものが使えます。
ただ音では、粗い木目の方が明るい音になり、細かいものの方が暗く柔らかい音になる傾向があると思います。
音に個性は出ますが一長一短でどちらが優れているとは言えません。
ましてや今回のような大きな塊ではコンコン叩いても響かず音なんてわかりません。
分からないことは分からないと素直に認めるほうがいいと思います、それを木材をコンコン叩いて「これは音が良い木材だ」なんて言うようだと何もかも言うことが信用できません。

針葉樹は夏と冬で成長の速度が違うため年輪に現れます。冬の部分は硬く密度が高いので線のように見えます。夏の部分は密度が低く柔らかいのです。
このため単純には強度を言うことができません。
冬目が太く硬いものは板自体も硬めになります。低音は引き締まりボリューム感は減ります。小型のビオラでとなるとヴァイオリンに使うようなものの方がいいということなるかもしれません。
こんな事も発想の転換でふつうは思いつかないことです。


どうせまっすぐでないなら、のこぎりで切られている他のストックも検討してみます。


横板は裏板の木材の端を切ったものです。これをスライスします。
裏板が板目板のピエトロ・グァルネリ作ヴァイオリンの場合にはネックや横板が柾目板で裏板とは合わせていませんでした。
普通に考えれば横板と裏板は同じようにするでしょう。それがグァルネリ家のいい加減な所で面白いです。

横板と裏板が同じ材木から切り出されていることは多くはありません。
材木屋でもセットで売られていることが少なく、買った後も保管するために横板と別々にすると見つからなくなってしまいます。

せっかくユニークな木目なので同じ材木からとりたいと思います。

これからビオラを作っていきますが、オールド楽器のようなものを目指して行きたいと思います。型もアマティがベースなので典型的なものです。

オールド楽器というのはその時代の人には合理的と考えられていた製造法だったと考えています。
しかしその後の時代でもっと簡単に楽器を作る方法が見つかっていくので、今からすると余計なことが多いように思えます。

ヴァイオリンやチェロを含めてオールド楽器の中では、小型すぎるモデルやアーチの癖が強すぎるものがあり、オールドの中では癖が少ないアーチのものがベターかなと思います。
それに対して現代の楽器はいずれも癖がなさすぎます。
オールドの中で望ましいものをさらに発展させたものが現代の楽器というわけですが、やり過ぎじゃないかと考えています。

今の我々からすると癖が強いアーチを目指してようやくオールドに近づくというわけです。

アーチに癖が強いと響きや鳴りを抑えてしまうと考えられてきたことでしょう。どんどん癖を無くした結果が現代の楽器の音です。

それで絶妙な加減を探っているのが私の楽器作りなんです。
ですからめちゃくちゃ鳴るとか音量があるとかそういう話ではありません。

先日若いヴァイオリン教師がドイツ戦前モダンの名器のパウル・クノーアとフランツガイゼンホフを弾き比べていました。ウィーンのガイゼンホフは若い頃はシュタイナー型のものを作っていましたが、ストラディバリを真似て癖が少なくなっています。
私はガイゼンホフは暗く繊細で柔らかい音だと感じていましたし、クノーアは明るく輝かしい強い音だと考えていました。
実際に先生が弾いてみるとガイゼンホフでも力強さがあり、クノーアは思ったほど音量も感じませんでした。楽器なんてそんなもんです。
こうなると音色が圧倒的に美しいガイゼンホフの圧勝です。
正しく作られ100年も経った現代の楽器が惨敗です。

しかしそれとて弾く人が変わるとどうなるかはわかりません。
上級者は柔らかい楽器のほうが音量が出て、初心者は硬い楽器のほうが音量が出ることがありそうです。多数決では後者が勝ちますが、どうやって評価を決めますかね?
評価なんて無いんです、自分が弾いた時にどんな音が出るかだけです。弓でも同じことが言えます。

新作で少しでも音量があるものを作るよりもすべきことがあると思います。