ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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ヴァイオリン、ビオラ、チェロなど弦楽器の良し悪しを見分けるには、値段とメーカー名を伏せて試奏し、最も気に入ったものを選ぶのが最良の方法です。
しかしながら、よほどの自信家でもない限り不安になってしまいますよね?

そのため知識を集めるわけですが、我々弦楽器業界は数百年に渡って楽器を高く売りつけるため、怪しげなウンチクを広めてきてしまいました。

弦楽器の製作に人生をかけたものとして皆さんはもちろん、自分を騙すことにも納得がいきません。
そこで、クラシックの本場ヨーロッパで働いている技術者の視点で弦楽器を解明していきたいと思います。

とはいえ、あくまで一人の専門家、一人の製作者としての「哲学」ですから信じるかどうかは記事をよく読んでご自身で判断してください。


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こんにちはガリッポです。

前回からミッテンヴァルトのヴァイオリンの話をしています。ミヒャエル・ポラーの1891年作です。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12979691108.html


修理が終わりました。


傷んでいたエッジも

このとおり。
新しい木材なので最初は質感に違いがありますが10年もすれば木目が濃くなってきます。

19世紀になるとストラディバリウスが最高のヴァイオリンという考えが広まったため、ストラディバリをお手本に作られるようになりました。
特にフランスでは1800年頃にストラディバリの特徴を研究し、さらに改良を加えたスタイルを確立しモダンヴァイオリンとして各地に広まりました。同様の製法で形だけをデルジェス風にしたガルネリ型もそれに次ぎます。
しかしその伝わり方には差があります。

このヴァイオリンではストラディバリやデルジェスのようなものではなくドイツの伝統的なスタイルのf字孔がついています。
シュタイナーは輪郭の形ももっとアマティに近いものでこれとは違います。クロッツなど18世紀のミッテンヴァルトの名器とも形が違います。f字孔もサイズは大きく近代の楽器と構造的に差がありません。

この時代ではかなり個性的な楽器と言えるでしょう。商売人はイタリアの楽器の値段が高い理由を個性があるからと言います。おかしいですね、これも個性がありますが、ウンチクには一貫性がなくその場しのぎのものです。個性に善悪など決められないはずですが、高い楽器の個性が良い個性で安い楽器の個性は悪い個性なのでしょうか?
それでは高い楽器が良いと言って高い楽器の値段がさらに上がるだけです。実力に見合わないものになっています。弦楽器の知識もラベルと同じくらい嘘ばかりで知らない方がマシです。

ニスで特徴的なのはもともとアンティーク塗装であったものが徐々に薄くなるというよりはペリペリと剥がれていく感じです。おそらくニス自体に耐久性がなく上に塗られているクリアーのニスで保護されていてクリアーが剥げると一気にニスが剥げてしまうのではないかと思います。
もっと言うと絵の具のようなものに上から透明なニスを塗っているようです。このようなものは同時代のミッテンヴァルトの量産品にも見られます。やはりある程度量産品を作っていた産地の特徴もあります。

補修するときに剥がれたところを塗りつぶすと新品のようになってしまうのでクリアーを塗って木材を保護しただけです。木材自体が経年変化で黄金色になっています。別にイタリアのオールド楽器だけが特別な処理をしていたのではなく、木材は時間が経つとそうなります。
ミルクールやマルクノイキルヒェンでは化学反応で色を付ける処理が行われたようでもっと緑っぽくなったり灰色っぽくなったりしています。
一方ミッテンヴァルトでは亜麻仁油を塗りこんで天日にさらして乾燥させたと言われています。この方法ではおそらく1年くらいはかかるのではないかと思います。大量に作って魚の干物のように干していたのでしょう。

木材に処理を施す研究をしているマニアックな職人もいることでしょうが、特別何もせず130年もすれば黄金色です。音についても同様のリスクがあります。

ちょっと関係ありませんが現代の職人がハンドメイドで作ったアンティーク塗装のチェロがあります。

汚れを描いた筆遣いがわかります。これでは不自然で汚らしいですね。

理髪師ならとら刈りというレベルの仕事ですが、演奏家は全く気付きません。多くのアンティーク塗装はただ汚いだけです。

こうなると汚いのでエアブラシでぼかしてあるものがあります。今度はいかにもスプレーで塗ったと分かるものになってしまいます。量産品でも特に安いものに見えてしまいます。

それも実際の古い楽器とは全く違います。

それに比べるときれいなものです。もともと控えめなアンティーク塗装がなされたところに実際の汚れが付きました。表面が綺麗に仕上げられていることも影響します。

このチェロではかなりがさつで神経を逆なでし、このヴァイオリンでは繊細な作者の感覚が感じられ見てるだけでも穏やかな心になります。その人自身の感覚にも違いがありますから気になる人とならない人がいるのは当然です。

オールドではなく近代の楽器特有の古さで人工的に再現するのが難しいもので私も成功したことがありません。
一方でヴィヨームなどの時代にストラディバリやデルジェスは100~150年くらい経ったものでした。アンティーク塗装の手法も変えなくてはいけません。

修理前と何も変わっていませんが近代では個性的な形をしています。
指板は交換したので厚くなっています。

板の厚みと音



板の厚みを測ってみました、表板を開けて測っているので左右が逆になっています。
表板を見てみると真ん中の一番厚いところが3.7mm薄い所は2mm以下になっています。それだけでなく中心から離れるほど薄くなっているのが分かります。
これはグラーデーションと言われる手法です。リュポー~ヴィヨームなどのフランスのモダン楽器であれば表板がすべて2.5mmほどで均一なものが典型的です。アマティについて調べてみると中心が厚くなっていますがそれ以外はごっそり薄くなっています。
それに対してドイツのオールド楽器はセンターの合わせ目が厚く外側に行くにしたがって薄くなっています。

いずれとも違っていてこの時代の発案でしょうか?
厚いか薄いかで言うと表板全体としては薄めといったところでしょうか?

一方裏板も中心から離れるほど薄くなっていますが、全体的にずっと厚いです。
フランスの楽器なら真ん中だけが厚くてそれ以外はごっそり薄くなっています。イタリアのオールドではその間です。
ドイツのオールドは表板と同じような厚みと分布になっています。チェコのボヘミアの楽器には20世紀になってもその特徴があります。

極限まで肉を減らしたのがフランスのヴァイオリンという事になります。
1860年代にパリのヴィヨームの下で修行したルドビヒ・ノイナーがミッテンヴァルトにフランス風の製法を伝えましたが、板の厚みまでは徹底されなかったようです。

全体としてみると裏板は厚めになっていますが、チェロような厚さではありません。裏板がチェロのような厚さのヴァイオリンはこの頃の量産品や日本で見かける現代のクレモナの楽器にも見られます。裏板のメイプルは硬いので薄くするほど労力が必要です。
それらに比べると明らかな手抜きという感じではありません。

ただしグラデーションの手法は厚みを管理するのが面倒なので途中で嫌になって投げ出したくなります。このとき板が厚めの方が音が良いという理屈があると渡りに船で飛びついてしまいます。


胴体のサイズはボディーレングスとアッパーバウツは大きくストラド型と変わりませんが、ミドルバウツがやや狭くロワーバウツは5mmくらい小さいです。
幅の細いモデルは高いアーチになると窮屈になりがちですが、フラットであれば問題なくミドルバウツが細いものでも音量のあるものがありました。この楽器も特別高いアーチではありません。

弦はうちの標準装備でピラストロ・オブリガートとNo.1のE線です。

はじいて調弦するとこの前のナポリのモダン楽器や中国製の新しい楽器よりはよく響く感じがします。
D線が特に響く感じがするとともに、オブリガートでは珍しく金属的な感じがします。エヴァピラッチなら時々あります。

弓で弾いてみると現代の楽器に比べて落ち着いた深みのある暗い音で、タイトに引き締まってダイレクトな感じです。柔らかさや豊かな響きとは違います。
低音も引き締まってブワッと響く感じではありません。E線はかなり鋭いです。
オールド楽器のような柔らかさや透明感はありません。極端に突き抜けたキャラクターのある音ではありません。
しかし現代の楽器とは違い枯れた木材の深く味のある音がします。
時代の通り現代の楽器とオールド楽器の間の音です。

このヴァイオリンが1万ユーロくらいだと思いますが、現代の職人が作った新作楽器は通常1万5000ユーロ以上します。
現代の楽器に多いのは明るい音で、表板の一部しか鳴っていないような感じがするものが典型です。それに比べると一回りも二回りも懐の深さがあるように思います。
そうなると音の好みによっては明らかに新作楽器に対して優位性があるように思いますが、他のモダン楽器と比べることになるでしょう。

この価格帯だとイタリアやフランスのものは当然買えません。ミルクールの量産品くらいです。
ドイツでは1900年以降モダンの職人が増えていく感じで19世紀のものはずっと少ないです。チェコのボヘミアの19世紀のものは見た記憶がありません。
あるとすればハンガリーですが。
19世紀のものとなると様々な産地に散発するもので大量にはありません。特に都市型の職人では生産数も少なく一期一会でしか出会うこともありません。

上には上があるのは当然ですが、ミルクールの量産品のイメージよりずっと上質な感じがします。
予算に限りがあるなら面白い楽器で気に入る人がいるかもしれません。うちでは音のキャラクターとして暗くて強い音はとても好まれます。ただし、極端に低音が強いビオラのような音ではありません。そのはっきりしない中途半端感じはグラデーションの特徴でしょうか?グラデーションでは徐々に板の厚みが変化していくもので音もはっきりした特徴が出ないのかもしれません。
そのあたりは好みの問題で弾く人次第です。

中間の厚みの部分を省略してもっとごっそり薄く作ってあればG線の低音がブワーっと響くことでしょう。私が作ってG線の一番下は響かず途中から響く場合には薄くし切れなかったと後悔します。G線の一番下から響けばそれ以上薄くする必要はないと考えます。チェロでもそのようなものは多いです。

しかし私以外の人はそんなことは気にしていないでしょう。演奏者はいきなり曲を弾いて試すので気付きません。現代のような厚めのものなら途中からも特別響かないのでギャップはないでしょう。今回のものでも同様です。

魂柱をちょっと緩めればその時は柔らかくなった感じがします、しかし楽器のキャラクターまでは変わらないでしょう。タイトな音がするのは修理したてという事もあるでしょう。使い込んでいけば柔軟性と豊かさが出て来るのではないかと思います。








こんにちはガリッポです。

弦楽器についているラベルは9割くらい偽造で何の信用もないとのことでした。

字体が読みにくいですがミヒャエル・ポラーが1891年にミッテンヴァルトでとあります。

シュタイナーのようなf字孔がついています。見るからに楽器が綺麗でオールド楽器ではないようです。ラベルの1891年ならおかしくありません。

仕事は丁寧できれいに見えます。

ヘッド部分もストラド型ではなくシュタイナーの特徴があります。

しかし前から見るとシュタイナー的なものではなくフランス的なストラド型のようです。近代的な意味できれいに作られています。

後ろも近代の楽器の基本ができています。安価な量産品とは明らかにクオリティが違います。

シュタイナー的なデザインの型を使っているだけでそれ以外はストラド型の近代のスクロールと同じです。

ニスは軽いアンティーク塗装がされています。

トリックもわざとらしくない控えめなもので130年経った今は汚らしくなく落ち着いて見えます。仕事も丁寧で繊細です。

これだけのクオリティがあれば安価な量産品ではなくマイスターのクオリティに相当するものです。


こうなるとおそらくこのラベルの作者のものでしょう。作者について調べてみてもわずかに記述があるだけで有名ではありません。ドイツの無名な作者の名前があり楽器のクオリティが高いので偽造ラベルではなさそうです。どういうことかと言うと丁寧に作るには製造コストがかかります、特別有名でない作者の偽造ラベルを貼ってももともとの楽器よりも高く売れないのでする理由がないからです。もし儲けたいなら安く作った楽器に高価な作者の名前を付けます。高価な作者が雑な楽器を作った人でもそれよりさらに雑に作られた楽器に偽造ラベルがついていることが多いです。丁寧に作られている楽器というのは名前にではなくそれ自体に価値があります。

ミッテンヴァルトの作者となると日本人にとって興味深い点があります。無量塔蔵六氏や園田信博氏などミッテンヴァルトで学んだ先人が東京等で職人を養成したので、その教えのルーツを探ることになるからです。日本での弦楽器の常識の起源の一つという事です。

私も19世紀のミッテンヴァルトの楽器はあまり見た事がなく、本にも出ていません。そもそもドイツの楽器の本が少ないのです。

クロッツ家やホルンシュタイナー家などオールドの時代から歴史のある産地ですが、19世紀になると注目されません。ルドビヒ・ノイナーが1860年代にパリのヴィヨームの下で修行して帰ってくるとフランス式の楽器製作を教えました。一気にフランス風に近代化するわけですが、その時期に作られたシュタイナー型のf字孔のヴァイオリンが目の前に現れてびっくりしている所です。
ヴィヨームにもストラディバリとデルジェスのほか、マジーニ、アマティのモデルがあります。シュタイナーのモデルもミルクールの量産品では作られていたようです。したがってフランスで作られていたシュタイナーモデルを逆輸入したのかとも考えました。この時期以降ミッテンヴァルトの量産品でもシュタイナーモデルのものが見られます、これはそれを美しく作ったものでしょうか?

ミヒャエル・ポラーは1846年に生まれた事だけが分かります。ポラーの修行中にはまだノイナーが帰ってきていないのでそれ以前のミッテンヴァルトの教えを学んでいたはずです。その時代つまり1850年頃のミッテンヴァルトの楽器製作が謎なのです。
1811年にはノイナー&ホルンシュタイナーという会社ができて、大量生産で楽器が作られていたようです。ミッテンヴァルトで特徴的なのは作業工程ごとに専門化して分業によって楽器を作っていたことでそれがメインだったそうです。農業ができない冬の間の内職というケースも考えられます。

クロッツ家などのオールドの作風は1800年くらいまで特徴的です。1800年を過ぎると多少近代的に変化してきますが、1820年代くらいまではまだまだオールドのミッテンヴァルトのスタイルの楽器の資料があります。

19世紀で最も有名な職人は、ヨハン・ライターという人で、パリで修行したフランス人のジャン・ヴォーシェルの弟子です。ヴォーシェルはヴァイオリンと弓の製作を学びトルテの弟子でもあります。
ライターには明らかにフランスの楽器製作の影響がありますが、ヴォーシェルが学んだのが1800年頃でコテコテのフランスのスタイルが確立するより前のようです。
影響はあってドイツのオールド楽器とは全く違うけどもリュポーやガン、ベルナルデルと完全に瓜二つというものではありません。

私が見た事のある19世紀のミッテンヴァルトのヴァイオリンでは赤いニスで確かにフランス的な特徴がありましたが、クオリティがそこまでではなくフランスの楽器と見間違えるほどではありませんでした。ノイナーが帰ってきてずっとヴィヨームの影響が強くなりますが、それでも見間違えるほどのものではありません、ノイナー本人作の楽器を除けば・・・。ともかくオールド以来の伝統は続いておらず、同じ産地でも作られたものは時代によって全く違います。より詳しく知るほど生産国や産地で楽器の音や姿を語ることは現実離れしているように思えます。外国へのイメージというのは極めて断片的なのです。我々の生産国へのイメージは外国人の思うサムライや忍者などその程度のレベルです。

ライターがミッテンヴァルトにやってくるのは1857年となっています。

一方でポラーよりも7歳年下にヨゼフ・ホルンシュタイナーがいてベルリンに移って独立しました。彼の楽器を本で見ると見覚えのあるf字孔がついています、そうですポラーのようなオールドのドイツ的な特徴があります。
ノイナーが帰って来る前にこのようなスタイルの楽器製作があったようなのです。

1830~1850年くらいの間にミッテンヴァルトの伝統的なスタイルが一度途絶えて、再びデザインのモチーフとしてよみがえらせたのか、ずっと続いていたのかその間の楽器が見つからないと謎のままです。古生物学では見つかっていない進化の途中の化石をミッシングリンクと言いますが、ちょうどミッシングリンクです。

いずれにしてもモダン楽器への時代の変化やライターなどフランスの楽器製作の影響で徐々に変わっていったのだろうと思います。様々なスタイルがごちゃ混ぜになっていたようです。ポラーやヨゼフ・ホルンシュタイナーの楽器は時代にとともに変化したものでオールド楽器と全く同じものではありません。



このあたりの話は弦楽器製作ではとても高度なことで、職人の間でも理解されていません。
オールド楽器と現代の楽器は型の違いだけでしょうか?もしストラディバリの型でヴァイオリンを作ればストラディバリと同じ音の特徴の楽器ができるのでしょうか?

この問いかけに対する答えは見解が分かれます。職人は何年のどのストラディバリのモデルで作ったのでその名器の音の特徴があると主張するかもしれません。しかし実際にはその人が別の型で作ったヴァイオリンとほとんど音に違いがないことでしょう。

経験の浅い人や営業マンはストラディバリやデルジェスが独自の型を編みだしたことでずば抜けて音が良い楽器が作れたと考えてしまうかもしれません。奇跡のモデルでそこから1mmでも外れると音が台無しになってしまうと考えてしまいます。

しかし実際に楽器を作ってみるとだいたいの大きさがあっていれば、多少形が違っても音にはっきりした優劣の違いは出ません。ストラド型とガルネリ型でさえも音の違いは分かりませし、近代のガルネリ型の多くはストラド型の寸法で作られていてデルジェスのものとはサイズも違うものです。


私はオールドと近代や現代の楽器製作は根本の部分が違い、型の違いだけではないと考えています。このため現代の作風でオールドの楽器の型を用いても現代の楽器の音にしかならないと考えています。f字孔の形を変えてもデザインの違いになるだけで構造の違いにはならないということです。

逆に言えば、このケースではシュタイナーやミッテンヴァルトなどのオールドの型を用いて作っても、近代の楽器のような音がするのではないかと私は予想しています。

つまり丁寧に作られた優秀なモダン楽器に伝統的なデザインのf字孔がついているというくらいのことです。ですから音にしか興味のない演奏家にとっては他のモダン楽器と何ら変わらないだろうというのが私の予想です。

コレクターのような人たちならそれがストラドモデルであるとか何のモデルであるかを気にするかもしれません。そうなるとモデルによって人気や値段に差がつきます。
商業的にはシュタイナー型のf字孔はマイナスに評価されるかもしれません。
ストラディバリにこじつけて楽器を売ろうとするからで、シュタイナー型ではそれがやりにくいので商売人には魅力がないのです。
しかしマニアではない演奏者は楽器としての機能にしか興味がないので、シュタイナーのデザインでも気にせず音にしか興味がないというのが普通でしょう。

そうなるとこの楽器はオールド的な音や室内楽的な音ではなく優秀なモダン楽器として期待が持てます。

形を美しいと思うか思わないかは個人の感覚でしかありません。それに対して丁寧に作られているか雑に作られているかは客観的な事実でそれを高級品の根拠としています。「いい仕事をしてますね・・・」というやつです。

状態はよく大きな損傷はありませんが、ネックの修理をされた形跡もなくネックの下がりがあります。
表板を開けた形跡もなく、バスバーもオリジナルのものです。バスバーは100年くらいが寿命と考えたらいいと思います。モヤモヤと籠った音や耳障りな嫌な音がバスバーの交換で改善された経験があります。
ネックの角度(駒の高さ)とバスバーの交換を行うことでモダン楽器としてベストな状態にすることができるでしょう。それをするだけの値打ちが十分にあると思います。それはコストのかかる丁寧な仕事で作られた楽器だからです。


アーチはそれほど高くありませんが多少は意識して作られているようです。



これが一度は途絶えたオールドを再現しようとしたものなのか、オールドの時代から変化しながらも伝わってきたものなのかそれが疑問点なのです。

言うなれば映画やドラマ、アニメやゲームのようにリメイクなのか、それとも長寿番組のようにシリーズがずっと続いている作品なのかということです。サザエさんやドラえもんのように続いていても初期とは作風が違います。この前のナポリの楽器でも見た目にガリアーノ家の名残はありましたが音まで似ているものではありませんでした。


オールド楽器を再現することの難しさはリメイク作品を作るのと似ています。
映画やアニメ、ゲームなどで昔のファンの人はリメイク作品を見て「こんなのは違う」とがっかりすることがよくあります。昔の作品を知らなければ面白いかもしれませんが、知らない人は注目もしません。

しかし作っている人の能力が落ちているとは言えません。むしろ技術は進歩しているかもしれません、しかしあの時感じた面白さではないのです。それがたった3~40年の話です。

つまりストラディバリのころの技術は失われたのか?という問いには、時代が変わったので同じようなものは作られなくなったというのが実情でしょう。できるかできないかは、それらのリメイク作品を作れるかどうかと同じ問いかけです。作れる人もいるかもしれません。作り手の能力と常識の色眼鏡で物を見ずよく観察して理解していることと、経済的な裏付けも必要です。


比較的状態の良い楽器ですが、演奏に使われて来たようです。手が当たる部分に摩耗が見られます。使う人によって癖が違ってこんなのは珍しいです。

表板を開けるとなぜか魂柱が立ったままでした。左上に写っているのは楽器の中にたまった毛のようなゴミが丸くなったものです。原理はよくわかりませんがセーターなどから出るほこりが振動で丸くなるのかもしれません。放って置けばもっと巨大で硬いボールに成長します。

表板を開けるのは今回が初めてでしょう。オリジナルのバスバーだと思います。高さが低いです。

大きな損傷はありませんが表板のサドルを付ける部分の角から上に向かって割れ始めています。過去に接着した後がありますが、また開いたようです。
この割れが出る原因は、黒檀のサドルと表板の縮み方に差があるからです。
乾燥して表板が縮むのに対して、サドルの黒檀はそれ自体が密度が高く硬いこともありますが木目の向きも違うのでほとんど縮みません。
この割れを放置すると最悪魂柱やバスバーに達してしまい修理は費用が掛かってしまいます。
この小さな割れだけで表板を開けるのも大掛かりすぎますが、バスバー交換も同時ににやれば万全です。

ひびを接着し、表板を再び接着した後でサドルを置いてみると入りません。これだけ縮んでいるという事です。表板を開けないと完全な接着はできません。
このためサドルはゆるゆるにしておかないといけません。

ミッテンヴァルトの特徴はロワーバウツの横板がセンターで継ぎ合わせてあるのではなく、一枚でつながっていることですが、この楽器では継ぎ目があります。

バスバーの交換は慣れた仕事ですが、アーチに癖があってちょっと難しかったです。職人にしかわからない難しさですがf字孔の丸の近辺がマイナスのカーブになっていました。

取り付けた後で成形します。鉄製の枠を使うと表板がたわんだりしないので正確に接着面を合わせることができます。
バスバーを加工して接着面に合わせるわけですが、その相手の形が変わってしまうと合わせようがありません。新作楽器なら木材がしっかりしているので普通は必要ありません。こんな事でも古い楽器の違いが分かります。

これで現代のハイテク弦に対抗できることでしょう。それでも極端に太くしたりはしません。

ひびの補強に木片を取り付けます。木片を付けることで傷が開かず、折り曲げる力もかからなくなります。

内部もきれいに作られていますが

コーナーの先端に空洞があります、これは外枠式で作られたようです。
ミッテンヴァルトの特徴として内枠式だと教わりましたが、実際にはこんなこともあります。外枠はフランスでよく用いられた方法で、量産品から高級品まで用いられました。

ミッテンヴァルトの楽器の見分け方が通用しません。

指板も新しいものに交換です。駒の高さもこれでばっちりです。
ネックとバスバーでモダン楽器として万全な状態になりました。一見壊れていないように見えても130年も経った楽器ではこのような修理が必要です。

全体として楽器が綺麗に作られていると今回のような修理はやりやすいです。表板のセンターの合わせ目がちょうど表板の左右の中心にあります。指板を付ける時にも駒の中心が表板のセンターに来るようにするのも、合わせ目が中心線になっていると気持ちが良いです。
これが量産品ではそうはいきません。19世紀終わりのものならもっと壊れていることが多く、時には製造上の欠陥も直さないといけません。
品質が悪い楽器の方が壊れやすく、修理するために表板を開けると欠陥がたくさん見つかるのです。

丁寧に作られた楽器を修理するのも丁寧にやるだけで良いです。これが粗悪品なら修理にコストもかけられないので無理やり直すしかありません。

まだニスの修理が残っているので板の厚みと音については次回にします。

お値段の話をしましょう。
作者は知られておらず相場もありません。19世紀のミッテンヴァルトを代表するヨハン・ライターで最大1万ユーロとなっています。ちなみに新作楽器は1万5000ユーロ以上します。
150年くらい前の名のある正真正銘のモダン楽器が新作よりもはるかに安いというのはおかしいですね。逆に新作楽器は音と価格で対抗できません。現代人の生活にかかる費用を計算すると昔の暮らしをしていた人達に競争力がないのです。日本に比べても賃金がどんどん上がり豊かになっているようですが、職人の仕事は成り立たなくなり安物に囲まれて暮らしているだけです。

それくらいミッテンヴァルトのモダン楽器が知られていないのです。

これはあまりにもおかしいので1万2000くらいつけてもまだまだ安すぎます。
このポラーも19世紀の楽器という事で1万ユーロくらいつけても高すぎるという事はないでしょう。

このような作者のことを知る機会がないのです。普通の人は初めに量産楽器を買って、次にストラディバリのような名器と現役の作者について知ります。
既に亡くなった職人は自己アピールで宣伝することができないので知られないままなのです。

音について言えばやはり新作楽器よりも鳴りが良くなっていて値段がずっと安いので音大などに進学するような生徒と親御さんにはもってこいです。日本でははるかに高い新作楽器を買っているのですから遅れているというわけです。

繁盛するために消費者ニーズに業者は応えるのですが、どこの誰の作ったものでも良いから現実的な値段で音が良い楽器を求めるお客さんに応えるとこのような楽器が魅力的となり、「とにかく高い楽器を買えば良い」とお客さんが考えているとニーズに応えるには値札の数字を増やせばいいだけです。
このため19世紀のイタリアのヴァイオリンなら1000万円位は余裕で超えます。音は一本一本個性の違いがあるだけです。

このように実際の楽器を見ていくと「天才」とか「才能」のような言葉はどこにも出てきません。粗悪な量産品か一人前の職人のものかを見分ける話をしています。これで偽造ラベルの付いた安物を判別できるのですが、一般の人にはそれも難しいです。初歩の違いすらわからない人が天才などに興味を持つ必要はありません。作者が天才かどうかなんてどれくらいのことを言ってるのか何の能力を言っているのか基準がわかりません。販売業者からすると安く作れることが重要ですけども、楽器を愛でるほうにとってはどうでも良いですね。

ミッテンヴァルトの歴史について今後も調べていきたいと思います。ノイナーが伝えたヴィヨームの教えも日本には伝わっていません。戦後にはすっかり失われてしまったようです。弦楽器製作というのは世代を超えて伝えるのがとても難しいのです。ヴィヨームに尊敬の念もなく忘れられ古臭いものだと考え自分たちはそれより最新の優れたものだと考えていたものが日本に伝わったようです。目の前の師匠に対しては尊敬しても過去の作者に対して謙虚な心を持つ人は少数派のようです。本当に古いものよりも優れているかは職人の言い分は無視して実際に弾き比べてみてください。

次回も詳しく見ていきます。







こんにちはガリッポです。

商業ではいかに安く買ったものを高く売るかが追及されます、そのため製造者には安く作ることが求められます。そこで様々な手抜きが行われるわけですが、計画的に行われることもあれば、怠け心から行われることもあり得ます。
どんな職業でもそうでしょうが、厳しく管理しない限り仕事をおろそかにする人が多いでしょう。どれだけの数をこなしたかで評価をすれば勝手に面倒な作業はごまかします。

前回は中国製のヴァイオリンの話でした。
中国でヴァイオリンを作る目的は、賃金水準の面で西欧や日本よりも安いからです。

こちらはGEWA社のヴァイオリンで2024年に仕入れたものです。どこにも書いてはありませんが、このメーカーは戦略的に2000年以降中国に生産を移しているために値段から考えると中国製であることは暗黙の了解です。
GEWAはもともと東ドイツ地域の会社で戦後は西ドイツのミッテンヴァルトに拠点を置き、村の伝統産業の中心として雇用を創出していましたが、経営難に陥り中国にシフトしました。現在では港から遠いミッテンヴァルトでは立地のメリットがなく東ドイツの発祥の地に本社を移しています。弦楽器以外の楽器も扱うヤマハのような大手総合楽器メーカーです。
若い人は東西ドイツのことも実感として分からないかもしれません。今は中国や東欧で工業が盛んになっていますが、当時は技術が進歩せず。中国の出版物はインクの変なにおいがしていました。

高級ケースなどの一部は今でもドイツで生産されていますが、特別ドイツ製と表記されていないものは皆中国製と考えて良いでしょう。この戦略も一時しのぎで現在も苦境に立たされているようです。
安価なケースは中国製ですぐに壊れるのでレンタル用にも頭を痛めています、日本でも日本製の東洋楽器よりずっと高い値段で売られていますがお薦めできません。

さすがにドイツ企業が品質管理を行っているだけあり、見た目はきれいに見えます。

板の厚みを測ってみても、ちゃんと教科書通りに作られています。

ニスは人工樹脂でアクリルでしょう。かつては量産品にはラッカーが使われ「ラッカーは硬いので音が悪くなる」と信じられてきました。硬いニスは振動を妨げると先輩から教わりました。この教えはラッカーが実用化した当時から言われていることで高級品にはとても柔らかいオイルニスが塗られました。

実際にはラッカーでも鳴る楽器はいくらでもあり、ラッカーの楽器に多い荒々しく強い音の楽器は現代では好まれる音になっています。
ラッカーだからそんな音なのか、もともとそのような音の楽器にラッカーが塗られていることが多いのかはわかりません。高価な楽器にはガット弦、安価な楽器にはスチール弦が張られていてひどく耳障りな音がしていたのも、合成繊維の弦が普及した今では過去の話です。
いずれにしても音の好みが変わってきてかつての常識は通用しません。

それでも未だにニスの硬さの理屈が信じられているために、この製品ではとても柔らかいニスが塗られています。現代のアクリルのニスであれば硬さも自由に変えられるのでしょう。

柔らかいニスだと駒が弦の圧力でグニュッと押し出されてずれてしまいます。2024年(現在は2026年)に仕入れたこの楽器でもその修理をしました。ケースの跡もついていました。
このような面倒なことが起きないように量産品では硬いラッカーが使われてきたのです。

隅っこも削り残しが無く何もかも理屈通りに正しく作られているこの楽器の音はどうでしょうか?

はじいて調弦すると重く古い楽器のようにパーンと鳴る感じはしません。弓で弾いてみるとギャーという音が強く出ます。柔らかい響きが無く骨だけのような音です。
なぜそのような音なのか理由はわかりません。ヴァイオリンというのはそういうものです、音に理由なんてありません。
同様の製品を以前試したことがありますが、もっと明るく響いたので個体差でしょうか?製造年代によるのでしょうか?セッティングの違いでしょうか?

ですからメーカー名や生産地ではなく一つ一つの楽器として向き合わないといけません。値段は音ではなく製品のグレードでつけているだけです。クオリティと値段が一致しているかという事を問題にしています。


次はこちらのヴァイオリン

買い替えのために下取りしたもので、パッと見た瞬間に量産品よりはよくできてるように見えます。
いかにもガルネリモデルですが、オリジナルに忠実なものではなく、デルジェスのイメージして定着したもので、丸みのカーブもきれいで近代的なものです。今日では印刷物の資料から型を起こすことが多いのに対して、流派や作者ごとのストラドモデルやガルネリモデルがあったのは近代の特徴になります。つまりガルネリモデルでも作者の個性があるというわけです。

裏板も小ぎれいな印象を受けます。

アーチの表面はきれいに仕上げられています。

ラベルにはトゥッリオ・ジウリエッティと書かれています



ミラノで1930年に作られたと書かれています。
イタリアのモダン楽器はもっとも値上がりが著しいものです。
ミラノの流派と言えばアントニアッジやビジアッキを思い浮かべます。
地理の知識についてどこまで説明すれば良いかわかりませんが、ヨーロッパにいると名前だけでどこの国の人かわかりますし、ミラノはクレモナにも近いイタリアの都市です。

各国の近代の楽器製作のおさらいです。
フランスやドイツでは大量生産が行われて粗雑な楽器が作られました。
一人前の職人の手作りの楽器は量産品とは明らかに異なる高いクオリティで作られたので見分けることができます。

それに対してイタリアではアメリカなどに輸出する場合に「イタリア製」であれば何でもよく特別クオリティの高いものは多くありません。したがってフランスやドイツの量産品と、一流の職人の間くらいのクオリティのものが多いというわけです。

この楽器はまさにそんな感じです。

スクロールもフランス的な完璧さではなく、甘く手作り感があります。

しかし安価な量産品よりはよくできています。

そこでトゥッリオ・ジウリエッティという作者について調べてみましたがほとんど記述がありません。ネットで検索しても、見るからに量産楽器に偽造ラベルが貼られたものしか出ていません。


わずかな記述によるとローマの出身の大工が独学で楽器作りを会得したようです。
こうなるとミラノ派の特徴も関係ないです。写真もないためどんなものなのかわかりません。息子のヴァイオリンは二つタリシオのサイトに出ていますが。

要するに本物かニセモノかわからないです。絶対にニセモノとは言い切れず、もしかしたら本物かもしれません。

このようなものが比較的安く売られていると飛びついてしまう人がいます。頭の中では夢が膨らんで脳内麻薬が分泌され現実が見えなくなってしまいます。詳しくない人でもイメージで何となく良さそうと思うかもしれません。

阿漕な業者の手に渡るとあたかもこれが本物であるかのようににおわせて、理由をつけて特別に今回は安く販売すると申し出るかもしれません。
無名な作者でもイタリアのものなら300万円はくだらないでしょう、それを「今だけ200万円です」と・・。
もっとも営業のプロなら「無名な作者」なんて言い方はしないで「知る人ぞ知る名工」など文学作家のように言葉を操るでしょうか。

一方慎重な業者は、かもしれないという場合には安い方の可能性で売ることでしょう。量産品とハンドメイドの高級品の間くらいなので値段はコロナ前なら50~100万円のゾーンです。

ラベルは文字を印刷して貼り付けただけなので信ぴょう性は全くありません。ネットでも「ラベルド○○」のように掲載されていることがありますが、何の信ぴょう性もありません。
多くは明らかに量産品と分かるもので産地も分かります。

しかし中にはプロが見てもどこで作られたのか産地の特徴が分からないものがありイタリアの作者のラベルが貼られています。古いものから近代のものまであります。
国際交流が盛んとなった今日になるともうどこの国の作者の楽器なのかは全くわかりません。

この楽器では開けた形跡がなくラベルもきれいに接着されているので作ったときにすでにラベルが貼られていた可能性が高いです。古い楽器であれば修理の時に貼り換えるのは慣習といえるくらいよく行われました。

作られたときにすでにラベルが貼られていたとすればそれを専門に作っていた職人という事になりますが、店舗として開業せず業者相手に自宅などで作っていたのかもしれません。そのような偽物はどこで誰が作ったかは闇のままです。他にも同じ偽造焼き印のついた楽器をいくつか見た例があります。

ですからどこで誰が作ったかわからない楽器という事になります。中古品として出回ったときに業者によって対応が異なりますよ、ということです。

私の個人的な見解では鮮やかなオレンジのニスが人工着色料のように見えます。実際にニスの補修をしました。
独学で学んだ作者にしてはプロの職人の作ったもののように見えます。
横板の合わせ目には外枠式の特徴が見えます。
スクロールは西ドイツのブーベンロイトで渦巻を専門に作る職人の作ったものに似ているように思います。

それとてオレンジのニスはイタリアの作者も多くあります、外枠式は量産品だけでなくフランスやイタリアのジェノバなどでも使われています。プロ並みの楽器を作る素人もいます。


ブーベンロイト周辺では大量生産のメーカーだけでなく、個人で家で楽器を作る職人もいました。スクロールだけを専門に作る職人がいてそれを購入して使うことができました。
表板や裏板は機械で途中まで荒加工されたものに、電動のミニルーターでパフリングの溝を彫ることができました。
横板だけを専門に作る業者もありました。
ニスもラッカー、アルコールニス、工業的に作られたオイルニスが市販され、人工着色料で色を自由に変えることができました。
そのような技術的な背景を考えるとこの楽器には合っているように見えますし、今ではもっと機械が発達しているので時代はブーベンロイトの全盛期1980年代くらいまででしょう。

これは私の予測でしかありませんがもし記述しないといけないなら「トゥッリオ・ジウリエッティのラベルが貼られた20世紀後半に西ドイツで作られたヴァイオリン」ということになります。お値段は量産品よりは高い5000~6000ユーロくらいはしてもおかしくありません。


もし産地が間違っていたとしても楽器のクオリティから値段はそんなものなので形式的なものです。より正確さを求めるなら20世紀のヴァイオリンという以外にはありません。

このような場合重要なのは「西ドイツで作られたヴァイオリン」ということであって、「トゥッリオ・ジウリエッティのラベル」は情報として何の意味もありません。


それに対して「トゥッリオ・ジウリエッティラベルのヴァイオリン」とだけ紹介すると含みが出てきます。「ラベルド○○」の意味を理解していなかったりラベルドを見落とす人がいます。



興味がある人であればそのような記述はよく見ることでしょう。
そういう書き方をしている時点で売り手に気をつけたほうが良いです。


それはともかくコストを下げるために以上のようなことが考えられます。板の厚みを調べると結構バラバラで厚い所と薄い所があります。それもイタリアらしいとも言えますが、雑に作ればどこの国でも同じになります。裏板は厚めで、表板は部分的に削り残しがあるようです。

GEWAのヴァイオリンの後に弾いてみると明るくて柔らかい音がします。「明るい音がするからイタリアの楽器だ」と信じている人がいれば商売はやりやすくなるかもしれません。音で本物か見分けられると思っている人がいれば良いカモです。
私が初めて作ったヴァイオリンもこんな感じでした。明るい音の楽器は日本人でも作れます。量産品よりは上等でよくある現代の楽器の音を低コストで実現しているという事です。
手抜きであっても音は現代の職人がまじめに作ったものと遜色ないという事です。
安い値段で買えばお買い得で、イタリアのモダン楽器と信じて買えば大損です。
高価な楽器が安く買えるという理由で楽器を選ぶと音は好みと一致しないかもしれませんし、ありふれた音のものかもしれません。その点でも大きな損となります。

この楽器では安く作り、それっぽい名前がついているとお客さんが興味を持ちやすいので魅力ある楽器としてビジネスが成立して作られたという事です。他の産業でもみなそうです。アパレルでも詳しい人は分かっていることでしょう。
正直に「西ドイツ製のヴァイオリン」と書いてあったら手に取ってさえもらえないかもしれません。事態は消費者が招いているとも言えます。


売る時には悪用することも十分考えられます。個人の職人は商標登録などはしていないので偽造ラベルは犯罪にはなりません。また日本では詐欺の立証が難しく巧みに証拠は残しません。中古品でもニセモノの値段で仕入れているので分かっているはずです。

商売人にとって魅力ある楽器は私は匂いでアンテナが反応します。それに敏感な人が商売をやっていて彼らの語ることが楽器の本質から逸脱しているからです。
それに対して地味で良い楽器は心が安らぎます。


そもそもイタリア人が教育を受けず独学で楽器を作ると天才と言われ、他の国の人が独学で作ると素人の作ったガラクタで売り物にもなりません、おかしいと思いませんか?


今回のような話は弦楽器の現実について知る具体的なエピソードです。気をつけろと言われても想像しにくいものです。学ばない限り最初からこんなイメージを持っている人はいないでしょう。


こんにちはガリッポです。

弦楽器の製造には大変な手間がかかります。販売では常に仕入れの値段の安さが求められるため、製造では外側を作るだけで精一杯というのが実情です。

職人たちがベストを尽くして作られた楽器の中で、天賦の才能によってずば抜けて音が良い楽器が作られると期待するかもしれませんが、実際はこれとは全く違っています。全力で作るどころか安くするために手抜きで作られた楽器が少なくありません。
まじめに作られているだけで粗悪品よりは立派なものですが、音について規則性は言えません。

特にチェロでは音大生がミルクールやマルクノイキルヒェンの粗悪品の中でもなぜか音が良いものを探して使用することも現実の話です。

現実にユーザーの多くは安くするために工場で大量生産された楽器を使っています。それも現代ではオンラインの楽器店で楽器の価格帯がリアルな店舗に比べてずっと安くなっています。今の時代ならヴァイオリンに興味を持ったとき店舗に行くこともなくネットだけで知識を得る人も多いでしょう。

最も安価なものはべニア板のような合板を曲げて作ってあり、パフリングは象嵌が埋め込まれているのではなく、線を描いてあるだけです。値段はケースと弓がついて1万円ほどになります。

それに対して、スプルースやメイプルの無垢材から削りだして作ってあればスペック上は最高のものと変わりません。こちらもセットで2万円ほどです。

買った人の評価でも星4.3でオンラインショップの記述を読む限りでは2万円で立派なヴァイオリンが買えるように思えます。

ヴァイオリン職人が正当な教育を学んで作ると自動車が変えるくらいの値段になります。メンテナンスも当然自動車以上になります。なぜかと言えば部品を交換するだけでは修理ができないからです。
掃除して弦を交換するだけで2万円を超えてしまいます。

オンラインショップで不具合があれば新品と交換するくらいしかできないでしょう。弦もアマゾンで桁違いに安いものがあります。

このように弦楽器をめぐって全く違う世界が存在しています。私の所では安価なものを買うよりもレンタルを薦めています。


買い替えのために下取りしたヴァイオリンです。

見た瞬間に中国製だろうと思いましたが、ラベルを見るとShanghaiとあります。上海に工場があるかは知りませんが中国製であることは間違いないでしょう。製造年は2018年と書かれています。

うちでは中国メーカーのものは扱っておりません。欧州メーカーの中国製のものはあります。それでもどこにも中国製とは書かれていませんが暗黙の了解です。
漢字のような字で印がついていることがあります。

裏板は強く着色されています。おそらくアンティーク塗装のつもりなのでしょう。
着色には人工染料を使っており染みのようになっています。ミルクールやマルクノイキルヒェンでは独特な薬品を使っていました。実際の古い楽器に比べると緑っぽかったり、灰色っぽかったりしますがこのような中国製のものに比べるとまだ自然に見えます。

パフリングの先端の仕事が汚く、粗雑なオールド楽器に見せかけていますが、全く違って見えます。
パフリングの真ん中の白い部分が太く現代的に見えます。
パフリングの溝も機械で彫られています。かつて日本や西ドイツなどでは回転式の電動ミニルーターにジグを取り付けて溝を彫っていましたが、今では表板や裏板を成形する時に一緒に溝まで機械で彫られます。

テールピースは左のものがついていました。右はウィットナー社のものでそっくりに模して作られたものです。
このようなコピー商品ではすぐに壊れてしまうものがあります。

弦にも中国製のニセモノがありドミナントやエヴァピラッチの色になっていますが細くチープなスチール弦でネットなどで購入するときは注意が必要です。

仕組みも同じです。

ペグもいかにも中国製というもので、丸い飾りが埋め込まれています。これは弓のフロッグにもついているもので80年代にはとても流行したようです。
ペグは8年の間に歪みが生じていたので削り直しましたが、材質自体はきめが細かく普通の黒檀とは違う感じがします。

あご当てもアマゾンなどで見るものの画像と似ています。見た目はきれいにできていますが、構えてみると私のあごには全くフィットしませんでした。
金具の部分は金色になっていてすでに半分の色が剥げていました。
エンドピンはギター用のようなものがついてたので昔流行した時代の古い在庫のものに交換しました。

とても安価なものに比べると立派なもので少なとも10万円以上はすると思います。多くの部分は機械で作られていてドイツの古い量産品に比べるとずっと正確に加工されています。ニスはスプレーで塗られていると思いますが厚みが薄くギトギトに光沢のあるものではありません。


弦にはエヴァピラッチゴールドが張られていました。持ち主が音に不満を持っていて変えたのでしょうか?初めからそんな豪華な弦が張られているはずがありません。

うちでは仕入れていない楽器なのでどんな音かと弾いてみました。まるで3/4のヴァイオリンのような音で買い替えたのも納得です。
しかしなぜ3/4のような音なのか興味があります。

アーチはごく一般的な現代の高さで、モデルは完全にストラディバリのものではなく四角い感じですが、幅が広く寸法的に窮屈なものではありません。四角くて幅が広いですから面積はかなり広いものです。

外観の特徴からは小さな楽器のような音がする理由はわかりません。

これは弦楽器全般に言えることで外観では音は分からないのです。

板の厚みを測ってみると厚めになっていました。しかし前回のマルクノイキルヒェンのものと同じような印象で極端に厚いという感じではありません。

板の厚みは、無垢材を削りだしていくので薄くするほど作業量が多くなります。単純な仕事量以上に手間がかかるのは薄くなるほど失敗して削りすぎると売り物にならないため慎重さが求められるからです。
したがって近代以降手抜きで作られた楽器には板が厚すぎるものが多くあります。

オールドの時代にはかなり薄く作られていましたがそれもオールドの時代の作者の驚異的な事です。

それに対して機械で作る場合には、機械の設定次第で作業量は変わらないと思われます。実際に薄く作られた中国の量産品も手にしたことがあります。
ルーマニアの楽器も機械で作られていて価格の割に音が良いのでうちでは多く販売しています。

なぜ厚く作られたかは不思議ですが、船でヨーロッパまで送るのに暑い地域を通過し、伐採されて間もない木材では歪みなどのトラブルが発生するかもしれません。不良品となれば欧州の職人が修理すれば高くなりすぎるので、別のものと交換して破棄することになります。
それ以外にも様々なトラブルを恐れて丈夫に作られているのかもしれませんし、音に興味がなく単に無頓着なだけかもしれません。

もう少し詳しく厚みを調べてみると各所にかなり厚い所がありました。表板の真ん中は4mm、f字孔の外もそれくらいありました。
機械で作る場合はコントラバスやチェロなど大きな楽器ほど相対的に精度が出ることになりますが、ヴァイオリンではふちに削り残しが生じます。
全体に厚めなのでふちだけが厚いという事はありませんがミドルバウツの辺りはかなり削り残しがあるようです。
ふちが厚いと小さな楽器のような音になることは容易に想像がつきますが、全体的に厚いことも同様の効果があるようです。


魂柱の位置も駒から離れて中央寄りにありました。魂柱や駒を取り付けるセットアップは中国で行われている場合と輸入業者が行っている場合があります。うちの店で量産品は魂柱や駒がついていない状態で購入しうちで取り付けています。
最初からついていても交換します、この費用だけでオンラインショップの楽器の値段を超えてしまいます。

中国で長めの魂柱が入れられていて、それを販売店で短くして合わせるという事も考えられているようです。この楽器でもそんな感じでした。新しい木材で作られたヴァイオリンでは変形も大きく中国で合わせると届いたころには緩んでいることが考えられます。
それとも単に仕事がいい加減なだけかもしれませんが、分かりようがありません。

スクロールも機械で作られていますが特に美的なものは感じません。塗装はいかにもという感じです。


魂柱と駒を交換して弦をピラストロ社の格下のヴィオリーノに交換しました。
私は安い楽器でも高価なオールド楽器でも同じように全力でやります。
駒も見た目では初めについていたものの材質が悪くは見えませんでした。

もし音がひどければ販売用にはできませんのでレンタル行きです。
弦を張って一晩置いて試してみると、尖った強い音になり、窮屈さが減って7/8くらいの感じにはなったでしょうか。安価な量産品としては普通のレベルにはなったでしょう。それにしても理屈上はソリスト的なはずのモデルやアーチでも音はこじんまりとしたものです。
ワイドなモデルでアーチが平らであればソリスト的な音量のある楽器になるはずですが、それなら機械でも作れます。木材はスプルースやメイプルでスペック上は同じです。しかし実際には音に差があります。

一方でべニア板を曲げて作ったようなもののほうが意外と音が良く出たります。音と値段は比例しません。

ただし付属の弓がヘナヘナで張りがなく、駒のカーブに不具合があると他の弦を触ってしまってまともに弾くことができません。カーボンの弓を買って駒と弦を交換すると楽器の値段の何倍にもなります。

機械の性能が日々進歩しているので驚くほど安くきれいな楽器が売られています。中国ではヴァイオリン職人の道を究めようとして就職するのではなく、たまたま近所に工場ができたくらいのことで働いていることでしょう、1元でも高い給料なら転職してしまうのが中国人の精神性です。日本の製造業も熟練工の確保には苦労しているそうで、機械で作る方が職人を教育するよりも安くつくのです。
クレモナで修行した職人も多いですが、中国に帰ると工場を経営してリッチになりたいようです。


いずれにしても、板が厚い楽器は中国製品にも存在し音はすっきりせずこじんまりとしたものでした。
ビジネスにするためにはガワを作るので精いっぱいで音を作るというものではありません。このためどこの国の楽器でもその国の音の美意識などが反映されることはありません。

同じように板が厚すぎるものは、読者の方が日本で買われたイタリア製の現代の楽器でも見た事があります。外観はきれいに見せるコツがクレモナ全体で培われて流行のようになっていますが、板の厚みを出す作業では手間を省略していました。250万円で売るには外見を綺麗にするだけで精一杯のようです。
こちらでもお金持ちの弁護士の人が持っている現代のクレモナの楽器が全く鳴りません。この前は2000万円するナポリのモダンヴァイオリンの話もしました。

それだけでなく、ドイツでは1880~1940年くらいにたくさんの楽器が作られましたが、それにも厚すぎるものがたくさんあります。19世紀後半のミルクールや20世紀初めのチェコでも同じようなものです。特にチェロは顕著で、現代のルーマニア製の方がマシかもしれません。

厚い板の楽器の音が絶対に悪いかといえば、好みの問題ですからそうとも言えませんし、何かの組み合わせや古さで強い音に聞こえることはあります。特に裏板はそれほど直接的な影響はないでしょう。

大きなモデルなのに小さな楽器のような音になる今回のケースは興味深いです。
つまり、何のモデルで作ってあるとか寸法が何ミリあるとかそんな情報は全く意味がないという事です。

それに対して板の厚みを測っている業者は少なく重要視されていません。


別のケースではマルクノイキルヒェンのシュタイナーモデルの量産品の板を薄くする改造を行いましたが、こじんまりした音にしかなりませんでした。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12962686987.html
これは量産品のシュタイナーモデルというだけで実際のシュタイナーやドイツのオールド楽器とは全く似ているものではありません。幅の狭いモデルでアーチの作り方が独特でした。
板の厚さだけがすべてではないということです。


外骨格の構造上サイズが大きくなるほど相対的に強度が落ちていきます。このためゆったりとした懐の深さと、豊かな低音が出るようになってきます。
しかし板が厚くビオラやチェロでも全然そんな音ではないものがあります。

板が薄くてアーチが平らで幅の広いモデルであれば板が柔軟で最もスケールの大きなものとなるでしょう。19世紀のフランスのモダンヴァイオリンなどはまさにそうでソリストに愛用されています。

一方で音には好みがありそれが必ずしもベストとは限りません。とはいえ自分の好みの音を知るためには「性能は最高だけども味が無い」などと理屈で考えて初めから拒否しないほうが良いと思います。ただしお店ではどうせバレないとセールストークに都合の良いことを言うだけで、実際には板の厚みを測っておらずそんな楽器に出くわすことも珍しいものです。

スケールの小さな楽器の方が耳元では音がはっきりと感じられることがあります。ポピュラー音楽ではステージ上で演奏者に向けて設置されたスピーカーがあり自分たちの演奏が聴けるようになっています。エキサイトした歌手が足を載せるあれで、跳ね返りモニターとも呼ばれます。
クラシックの楽器ではアンプを通さないので異なるスピーカーを設置することができません。

観客に向けたメインスピーカーとして音が良いのか、自分で聞く跳ね返りモニターとして音が良いのかヴァイオリンの評価は両方が含まれます。
演奏者に聞こえるのは跳ね返りモニターとしての音で、弦楽器店ならそちらを重視たほうが売り上げにつながるでしょう。そうすると板の薄い楽器が有利とはなりません。ヴァイオリンでは耳にとても近い所で音が出るのに対して、チェロになると楽器の後ろに座ることになります。

先生やプロの演奏者でも楽器を評価するプロではありません。自分一人で判断するよりも仲間同士で弾き比べする人たちの方がより客観的です。それでも時には競争心があおられ趣味趣向は人の集団によって著しく偏ってしまうことにも注意が必要です。お客さんが先生の門下などの所属するコミュニティによって音の基準が様々なのは経験します
職人も自分で弾いて音を判断するだけだと職人特有の思い込みで凝り固まってしまいます。様々な人の演奏を聴く必要があると思います。


申し訳ありませんがこんな記事を書くだけでも日曜日の半日が終わってしまいます。













こんにちはガリッポです。

以前にヴァイオリンを作ることを本州を歩いで横断するような労力と例えたことがあります。

ヴァイオリンを作るにはニス塗りをのぞいて200時間かかって1万5000ユーロで売られるのが一般的になっています。270万円以上です。現在の物価と経費で他の職業と同等になるにはそれだけ必要となります。



これで職業として成立するというわけですが、200時間でヴァイオリンを作るのはかなり急いでいて細かいことには目をつぶり、かろうじてプロの作ったヴァイオリンと言えるギリギリのものでしかありません。他のものより優れたものや作者のこだわりを入れて心底納得できるものは作れません。全く同じものを一年中作っていれば作業も早くなるでしょうが、他の仕事が多くあります。

ヴァイオリンを完成させるのは時速4kmで1000km以上歩くのと同じくらい遠い道のりです。じゃあ乗り物を使えば良いと思うかしれません、それが機械で作られたヴァイオリンです。江戸時代に人が歩いて移動していたのに対して様々な乗り物がありますが、手作業のヴァイオリン製作は江戸時代のままです。



したがってヴァイオリンというのは作ってあるだけで貴重なものなのです。
しかしユーザーはそれ以上のものを求めて派手な宣伝文句に釣られ手抜きで作られた楽器を買う人も少なくありません。

なぜ手抜きが行われるかと言えば作るのに手間がかかりすぎるからですが、それを売買してビジネスにするには270万円で仕入れていたら儲けはゼロです。出来栄えはどうでもいいけども、いかに楽器を安く作れるかが商売する人にとって天才というわけです。

このため19世紀の終わりからは、ドイツの工場で量産されたものやイタリアやチェコで素早く作られたものがビジネスとして成立して多く作られました。

アメリカやイギリスに輸入された中だけで考えるとドイツの量産品が安物でイタリアのものが高級となります。しかしヨーロッパの地元では自分の町の職人が作ったものを買える人もいた事でしょう。現在の日本にも職人がいます。

日本酒でも大手メーカではなく、小規模で作られてその地域だけで消費され全国に流通していない酒蔵があり、幻の地酒と呼ばれているそうですがそんなところです。



前回もそんな話でした。

これはこの度学校に寄付されたヴァイオリンです。家の不要なヴァイオリンを学校に寄付するのですが、消耗部品の交換や掃除などメンテナンスをして生徒が使えるようにしないといけません。
見た目はわりと丁寧に作られています。安価な量産品のような粗雑な感じではありません。

形は教科書通りのストラド型で酷く不格好ではありません。

スクロールもひどく雑なものではありません。


東ドイツ、マルクノイキルヒェンの量産品の中では上級品です。最盛期が戦前でそれくらいのものでしょう。
今の為替では70万円位にはなります。
学校に寄付するものが70万円相当とは凄いですね。

学校が保有しているほかの楽器は指板が黒檀ではなく茶色の木を黒く塗ったものだったりします。それでも学校が弦楽器を保有しているのは日本では考えられないかもしれません。音楽学校ではなく大学進学する学校です。もともと教会の学校で今は公立になっています。

表のアーチは駒のところが一番高くなっています。そのような設計思想があったのでしょう。

さっきの話でアメリカやイギリスでは安物とみなされたドイツの量産品です。
ニスはラッカーで軽くアンティーク塗装がされています。
日本ではイタリアのものを称賛するためにこのような楽器を悪く言う人がいます。
客観的な説明というよりは、イタリアの楽器を神聖視するために邪悪なものと考えているようです。

板の厚みを測ってみるとだいぶ厚めです。表板はギリギリ厚めとして許されるくらいで、裏はかなり厚くなっています。

つまり見た目を重視して作り、音に重要な部分は手を抜いたと考えられます。しかもアンティーク塗装で高価な古い楽器に見せかけた卑しい精神で作られたと考える人がいるかもしれません。

職人の精神として良いものを作るために最善を尽くし天才的な職人によって作られたものが名工の作品だというのは空想の世界の話です。前回の話では名工の楽器がどんなものだったかわかったでしょう。

やはり外観はきれいに作って中は手を抜くという事はイタリアでもドイツでも頻繁に行われたようです。ミルクールのものでも中国のものでも開けるとひどいものです。

一方消費者は音にしか興味がないので、消費者からすると見た目をおろそかにしても音に大事な所だけしっかり作ってもらいたいところです。しかしそのようなものはほとんど作られませんでした。

かつては完成した楽器の板の厚みを測る道具がなく現在でも特殊で高価な道具で皆が持っているわけではありません、完成した楽器の板の厚みは表板を開けないと分からなかったのです。当然販売するために仕入れた新品の楽器を開けるわけがありません。
だからバレなかったのです。
今でも厚みをいちいち測るマニアックな人は私くらいです。

それに対して音というのはとても不確かなものでその人個人の印象にすぎません。売買では軽視されてきました。その結果、外見の方が中身よりもよく作られた楽器が多いのです。見た目がひどいものは中はもっとひどいという事です。

今回の楽器はもうあと数時間かかけて板を薄くすればプロの演奏者でも使えるレベルになったのにもったいないと私は思ってしまいますが、最初の話を思い出してください。安くないと売れないのです。


そんなことを考えながらメンテナンスをして新しくピラストロのヴィオリーノのセットを張りました。ヴィオリーノは張力の低い初心者用の弦で、荒々しい音の安い楽器でも穏やかにしてくれる音が特徴です。

弦をはじいて調弦しても、なかなか強く音は出ます。弓で弾いても明るい音で元気よく鳴っています。さすがに100年近く経っているとただの量産品でも鳴りが良くなっています。

懸念した板の厚みも深みのある低音は出ませんが全然鳴らないという事はありません。明るい音でちゃんと鳴ります。
厚みのある楽器なのでパーンと板が振動している感じはしませんが音自体は強く出ていますし、荒々しい音でもありません。

音は好みの問題なので酷く悪いという事はできません。手抜きで作られたかと思いましたが、音が悪いと断言できるほどではありませんでした。

むしろ日本で明るい音が良い音だと考えられているのであれば、とても良い音の楽器という事になります。私の所ではさほど希少なものではありませんが、日本に持って行けば良い音の楽器になりますね。

手抜きだと思いましたが、結果論で言えば明るい音を好む人にとっては音が良い楽器でした。

表板は厚すぎないギリギリというのがこれくらいですかね。
裏板はとても厚いものですが、表板に比べると影響は少ないのかもしれません。
よほど薄くしない限りやや厚めでも十分な強度となりそれより厚くても音はあまり変わらないのかもしれません。

ただし自分で弾いた印象であって離れて聴いていたらどうかはわかりません。


このように日本人にとってなら良い音の楽器がこのようなドイツの量産品で得られます。卑しい精神で作られようとも結果としての音は日本人にどんぴしゃりの音です。

心構えをどのように解釈するかがそもそも主観でしかありませんが、音もそれで悪くなるとは限りません。

音というのはこのように評価を定めるのが難しいのです。


明るい音が好みならぜひマルクノイキルヒェンの楽器を試してみてください。このように明るい音の楽器は低コストで作ることができて珍しくありません。本当に日本人が明るい音を好むのか、ただ明るい音の楽器をゴリ押ししているのかは考える必要があると思います、ありふれた音のものをさも希少なものであるかのように売ったのなら業者の方がよほど卑しいです。卑しい精神で作ると彼らの望んでいる音ができるというのが意味深です。



音は好みの問題であり低音がよく響く暗い音の楽器を作る方が難しく特別なノウハウが必要です。


アーチを写真にとるのは難しいです。写真では立体感が伝わりません。実際の楽器を見る時は二つの目で見ているという事もあるでしょうし、視点が動いて微妙に違う角度から眺めて得た情報を脳の中で合成して立体を把握しているのかもしれません。そうなると職人として経験を積むことで見え方も違ってくることでしょう。

もう一つはニスを磨くと光沢が出て光ってしまうこともあります。

カメラのレンズに偏光フィルターを付けてみました。光沢がだいぶなくなりました。
それで立体が分かりやすくなったかは微妙です。
さすがに真正面の光沢は取り除くことができませんが、このような写真では光沢を取り除くことができます。今後も研究していきます。


休みを一週間貰ってビオラ作りに追われて記事を書く時間もありませんでした。
楽器を作り出すと全く時間が足りません。ビオラはヴァイオリンよりも大きいのでさらに時間がかかります。値段は300万円を超えてしまいビジネスにはならないので趣味のように余暇を使って作っています。

普段は仕事をして買い物に行ってご飯の支度をして一日に楽器作りに使えるのはせいぜい1時間半か2時間です。日本みたいに買ってすぐに食べられる便利なものがなく加工食品の味がコスト削減のためひどいです。昼休みが1時間あるのでご飯を30分で済ませて刃を研いだりして夜のための準備をします。休み時間も作業をしてるので、帰ってくると疲れて仮眠を取ってシャワーを浴びてご飯を作って食べて、楽器を作って寝るというそんな毎日です。でないと一日に8kmしか進めないのですから。凝ったビオラであれば2000km歩くくらいの労力が必要です。順調にいった場合の話であって実際にはどれくらいも進めない日もあります。

一週間で15時間ほど費やすことを目標にしていますが、あまりじれったくてついついやりすぎて20時間以上になってしまい、生活は楽器作りと休むだけです。夕食でお酒を飲むことも映画やサッカーを見ることもできません。神経が研ぎ澄まされているので終わってすぐに寝ることもできません。
コメントなどをもらっても返事するのにその貴重な1時間半を削らなくてはいけなくなるのでお断りしています。

そこまでする価値があるものなのかどうかふと我に帰ることがあります。

裏板のアーチの粗削りです。
仕上げてしまうと写真でもわからなくなってしまいます。この段階の方がまだ立体感が分かりやすいですが、物の形を作る場合には大雑把に形をつかむことが重要です。
ノミで削っていくわけですが、頭の中は空っぽで何も考えずにただ手を動かしていくだけです。それは感覚で作れるようになっているからですけども、それが音に影響したとしても、作り方を言葉で教えることもできません。

依頼者は高いアーチを希望されているのでそれなりのふくらみにします。


横板は裏板の木材の端をスライスして使います。したがって裏板と同じ木で板目板です。
板目板の横板はひびが入ったり割れたりしやすいのでチェロではかなり厳しいです。
裏板を粗削りするのにすごく硬くて刃を何度も研ぎ直さないといけませんでした。石を削っているかというくらい刃がすぐ切れなくなり、言うなれば一日に8kmも達成できませんでした。

しかし横板は柔らかくてペラペラです。これは板目板の特徴です。木材の強度は木目の向きによって大きく違います。
ブロック材には柳を使います。
音の違いなどは分かりません。
柳は繊維がねじれていて真っ直ぐ繊維をとるのが難しいので、倍くらいの量の木材が必要になります。

量産品は回転して削る機械で作っているので繊維がどうなっても関係ありませんが、手動の切削工具では逆目になると削りにくいのです。これは木工の基礎の基礎です。
木枠のミドルバウツのところは厚みを増しています。後で取り外しができるようになっています。横板の狂いが出やすい所なのでこのようにしています。

裏板を粗削りするのに骨を折った材料ですが、柾目板と比べると曲げるのはとても簡単です。
他の部分は固定する方法を工夫したのでかなり正確に曲げることができます。木枠を設計したときはまだこの方法を使っていませんでした。
誤差が出ることを想定して木枠を作ってあったので、微調整が必要でした。
あれこれ悩んでいるうちに一日が終わってしまうなんてこともありました。
板目板を曲げるのは簡単です。
何でもないように見えますが、裏板や表板の接着面にガタツキが無くなるように平らにしないといけません。無理やりつけると割れが発生したり、ビリつきが発生する原因になります。

それと同時に横板の高さも決めます。こんなのも結構時間がかかる仕事です。横板の高さは上部の方が低くなっています。目の錯覚で同じ高さだと下の方が低く見えるからです。




ライニングにも柳を使っています。
ヤナギは細かい種類がものすごくたくさんありますが、そこまではわかりません。
内部の部品に多く使われるもう一つの素材はスプルースで針葉樹なのではっきりした年輪の木目の線が入るのに対してヤナギではうっすら見えるくらいです。色は同じ木でも白っぽい部分と茶色っぽい部分があります。


パフリングも自分で作ります。
パフリングは市販されていてビジネスで楽器を作るならそんな時間は使ってられません。
自分で作るのは、オールド楽器のようにするためです。
一つは太さなどに流行があって、現代一般的なものは現代的に見えることがあります。特に現代では太めのもの、とりわけ真ん中の白い部分が太いものが好まれます。きれいに見えやすいという事もあります。
現代ではビオラやチェロになるともっと太いものになりますが、アマティやストラディバリはどの楽器でも同じくらいのものを使っています。
つまり好きな厚みと割合にするために作る楽器のイメージにあわせて自分で作るわけです。
ストラディバリの方が真ん中太くて黒い部分が細くなっています。アマティは黒い部分が太めで真ん中の白い所がそんなに太くありません。


もう一つは市販されているパフリングの厚みが均一すぎることです。
黒と白と黒の三枚の板でできていますがオールド楽器ではその太さに微妙なばらつきがあるのです。
これはわざとに厚みにむらを作るのではなくてもほんのわずかな誤差のせいで厚みにムラができてしまいます。

たった0.1mmと思うかもしれませんが0.4mmと0.3mmでは25%も違うので全然違う厚みに見えます。0.1mmまでできるだけ正確に加工し測定上わからないくらいの差でもムラになって見えます。
黒を0.3mm白を0.4mmで作りましたが出来上がってみるとイメージと違いました。
そこで次の日もう一回作り直して0.4mmと0.5mmにしました。一日に進んだ距離が0mの日があったという事です。

デルジェスのコピーを作る場合には初めは黒い部分を分厚くしておいて部分部分で削りながら溝に合わせていきます。そうするとぐちゃぐちゃに見えるからです。

溝を彫ってパフリングを埋めていきますが、この板目板は溝を彫るのがとても硬くて苦労しました。

木材の加工は削りすぎてしまうと寸法を増やすことができません。部品をもう一度作り直すとなると時間がかかってしまいますし貴重な木材では同じ木目のものは二つとありません。
うっかり削りすぎないようにするには慎重に行かないといけません。そうすると時間が何倍もかかってしまうのです。もし失敗しても構わないなら早く作ることができます。
雑に作られた楽器は失敗しやすい所を案の定失敗してそれを良しとして売っています。同じ失敗をするので個性的では無くよくある雑な楽器に見えます。それで前回の話、イタリアの楽器の偽造ラベルを貼ると他の国の楽器でもイタリアの雑に作られた楽器のように見えるのです。
なぜ雑に作られるかは今回の話です。手先が不器用で荒い神経の職人の方が商売に向いているというわけです。

板の厚みなどは薄すぎると売り物にならないので慎重に作業すれば時間がかかるし、薄くなる前に作業を終わらせると厚すぎるものができるというわけです。
そのような不安感やコストの問題から厚めにしたいという衝動が湧いてきてもっともらしい理屈を考えだします。厚めの楽器では明るい音になることが多いです。理屈を正当化するには明るい音が良いと思い込むしかありません。

実際の弦楽器作りはこんなレベルなので自由自在に希望する音を作るなんてのは夢の話です。

職人ごとに音について考えがあるかもしれませんが客観的に何が優れているとか言うことはできないので自分で試してみるしかありません。

形はこんな感じです、アマティをモディファイしたのでもともとのものとはだいぶ違いますが特徴やく癖はあります。小型のビオラでも音響的に不利にならないように考えて改造しました。
もはやコピーではありませんが、アマティの弟子の一人くらいになれたらと思います。アーチも「アマティ派」くらいの感じを予定しています。
他ではほとんど見た事が無いような形で、何もなくフリーハンドでデザインしたらこんな風にはならずよくあるヴァイオリンを拡大したような形になってしまうでしょう、

ビオラの量産品ではストラド型のヴァイオリンを拡大したようなものが一般的です。個人の作者ではアンドレア・グァルネリのものがよく見られます。これはかなり大型でペグボックスもチェロ型なので難しいです。チェロ型のペグボックスで演奏できないことはありませんが、ヴァイオリン型に比べてメリットがありません。
アンドレア・グァルネリの名前でもおそらく息子のピエトロが中心になって作ったのではないかと思いますので、いつも興味はあります。
「もしピエトロがアンドレア・グァルネリの名前で小型のビオラを作っていたら…」と想像で復元したら良いかも知れません。

こんにちはガリッポです。

まずはヴァイオリン弦の新製品の話題から。
https://www.pirastro.com/public_pirastro/pages/en/Insula-00001/
毎年のように各メーカーから新製品が発売されていますが、ほとんどは認知されないままです。私も多すぎて試すことができません。傾向としてはより明るく輝かしい音を目指した製品が多く、暗く暖かみのある音を求める顧客が多いうちでは求められていません。荒々しくやかましい音の楽器を持っている人が多いというわけです。
そんな中ガット弦の時代に高級弦としての地位を持っていたピラストロがガット弦の音を目指したハイテク弦を開発したようです。
私にとって興味があるのはオブリガートを超えるかどうかという点です。
お値段はエヴァピラッツィやオブリガートよりも多少安いようです。
ただ従来の製品も値上がりしているので安くはありません。

「ガット弦のような音」というのはどこのメーカーの広告にも書かれていますから、宣伝文句では全くわかりません。
新しい製品を試す熱心なユーザーはわずかですが、新し物好きの人は次々と新しいものを試すだけで定着しません。それに対して昔ながらの定番のものを使う人が多く、特にネットで販売されることが多くなった今では評判もわからないものを買うことを恐れる人が多いでしょう。
弦楽器はマニアとしてのカルチャーが盛り上がっていません。
未だに楽器の値段が高いか安いかしか語られません。
弦も依然として先生が薦める昔ながらのものを使う普通の人が多いようです。

ピラストロではエヴァピラッツィとオブリガートのヒット以来鳴かず飛ばずの状態が続いています。パッシオーネ、エヴァピラッツィ・ゴールド、パーペチュアル、パーペチュアル・カデンツァ、エヴァピラッツィ・ネオ・・・名前を憶えていない人も多いでしょう。
この中で地道に浸透してきているのがエヴァピラッツィ・ゴールドです、G線にはゴールドとシルバーがあり、在庫の補充のほとんどは常識的な値段のシルバー版です。

オブリガートを超えるというのは私の勝手な期待であり、違う方向性かもしれませんが試してみる動機にはなるでしょう。ガット弦の愛好家にはG線の張力が強いのであくまで現代の人造弦にガット弦の音の複雑さを持たせるだけで、ガット弦と同じものを人工的に再現するというわけではないでしょう。ただし4弦では張力は変わりません。





一週間の夏休みを終えて仕事に復帰しています。
その間はゆっくりとビオラの製作をしていました。
一週間も働くとクタクタです。仕事なんて適当にやる人が有能なのかもしれません。

メンテナンスなどの仕事が急に多くなり戻ると楽器が山積みでした。様々な楽器がありましたが今年はイタリアの楽器もいくつかありました。しかし何しろニセモノが多いので本物かどうかが分からないと掲載するわけにもいきません。

その中ではおそらく本物だろうというものがあります。

ラベルにはラテン語でヴィチェンティウス・ポスティリオーネと書かれています。イタリア語にするとヴィチェンツォですね。場所はナポリで製作年は18までしか読めません。
ヴィチェンツォ・ポスティリオーネはナポリの職人で1831年に生まれ1916年に亡くなっており、自身の楽器は1860年頃から作られているようです。かなり量を作ったようで従業員などによる部分も多いでしょう。
1860年なら完全に近代の時代になりますが、いわゆるフランス的なものに比べると完璧さがありません。

仕事には独特の雰囲気があり、まだガリアーノ家以来の伝統が残っているように見えます。何か見分ける箇所があるというのではなく、考え方や仕上げの仕方などがフランス的なモダンヴァイオリンとは違うという事です。

裏板の木材は年輪の幅のやや広いものでストラディバリのような高級なものではありませんが杢は深くはっきりしています。
センターの合わせ目は接着が不完全で過去に修理した形跡があります。おそらく私が就職する前にうちの店で直したと思われます。

この楽器がナポリ派のものであると思えるはっきりした特徴はパフリングがぐちゃぐちゃになっている所です。これは初代アレサンドロ以来ガリアーノ家の特徴です。ポスティリオーネは直接ガリアーノの弟子ではないようですが、狭い世界でそれしか作り方を知らなかったようです。
アマティやストラディバリのような手法が伝わらなかったようです。
伝わってもデルジェスのようにぐちゃぐちゃの人もいますが・・・。

スクロールもいかにもという感じがします。
形のバランスがアマティやストラディバリ、ストラディバリを元にした近代の楽器とは全然違って自由な感じがします。
細長いものはマルクノイキルヒェンにも見られますが、影響があるというよりはお手本が定まっていないとこんなものもできるという事でしょう。

正面から見た感じではガリアーノ的な雰囲気があります。

全体としては仕事は雑で甘いものです。これを「イタリアらしい」と考える人がいるかもしれません。そうなるとストラディバリやアマティ、フィオリーニなどはイタリアらしくないのでしょうか?
イタリアらしいなどという事ではなく単に安上りに雑に作っていただけです。雑に作られた楽器はイタリア以外にもありますが、それもイタリアらしいと言うのでしょうか?

このためイタリア以外で雑に作られ古さに雰囲気のある楽器にイタリアの作者の偽造ラベルがついているのです。このようなものは明らかにそれだと分かるマルクノイキルヒェンの量産品に偽造ラベルが貼られたものとは違い極めて悪質なもので被害額が大きくなります。

雑かどうかではなく形などの特徴を見ないといけません。

特に19世紀のイタリアの楽器にはお手本通りのモダンヴァイオリンのレベルには到達していないのがよくありますが、同様のものは他の国でもいくらでもあり値段はとくに安いものです。
値段は天地と地ほどの差がつきますが、我々には特別優れたものには見えずただのヴァイオリンに見えます。実際彼らはヴァイオリンと呼べるものを作っただけでしょう。
何か特別優れたものを作ろうとしなかったのが、この時代のイタリアの楽器製作の特徴と言えるかもしれません。よそ行きのおしゃれなものではなく、普段着のような質素なものがイタリア風というわけです。それが高価という事は、つまりTシャツ1枚にに何十万円も出すようなことです。

後ろもガリアーノの感じがあります。


アーチはそれでもオールドのガリアーノに比べると平らになっています。

近代の楽器のようなペタッとしたアーチの表面ではなく、柔らかい感じがあります。やはり使った道具や品質の基準などが近代化されていません。
しかしながら、アマティなどのイタリアのオールド楽器、ガリアーノの初めの3世代くらいのキャラクターは薄くなっています。なんとなく膨らみがあるというだけで、はっきりしたキャラクターがありません。

値段は最新のものは調べていませんがコロナ前のものでも1000万円は軽いですから、その倍くらいするかもしれません。

これまでの説明の良い所だけを集めるとセールスマンにとって武器になります。
かつてはアレサンドロ・ガリアーノはストラディバリの弟子だと言われていました。
今の本にはその文言が削除されています。
セールスマンは古い本の知識で語ることでしょう。

比較的お手頃なお値段でストラディバリの弟子のアレサンドロ・ガリアーノの作風を受け継ぐナポリの名工の作品だというわけです。

私以外にモダン楽器の由来を説明する人もいないでしょうが、そこまで知っている人に対しては、イタリアでもフランス的な楽器製作が導入されつつある中、依然としてオールドのスタイルを守り続けたナポリの作品と聞けば希少性や音への期待が高まるかもしれません。


そこで板の厚みを測ってみると、かなり厚いです。現代の丁寧に作られた楽器のような厚めというレベルではなく明らかに厚すぎます。
ガリアーノは比較的数が多いので手にする機会が結構ありますが、オールドのガリアーノはいずれも薄かったです。中には裏板が薄すぎて変形し音も貧弱なものもありました。
私のようにマニアックにいちいち厚みを測っている業者は多くないでしょう、普通はそんなことに興味がないですから。

音にとって重要な肝心なところで伝統を受け継いでいないのです。物理的な構造で見るとそれだけでも全くの別物です。

駒の交換を終えて弦を張ってはじいて調弦すると明らかに鳴らないです。ここまで明らかに鳴らないのは珍しいです。
弓で弾いてみても、子供用の楽器のような音と鳴り方です。3/4でももうちょっとマシのような気がします。
響かないので明るい音はしません。鳴らなすぎて暗い音で高音は細く鋭いものです。
前からイタリアの現代の楽器を量産品並みの音だと言っていましたがそれよりひどいです、分数楽器というのはほとんどが量産品ですので1/2~3/4の量産品のような音です。
それが1000万円や2000万円するのですから。

ナポリで手作りで作られたとしても、安上がりにするために手を抜くとこんなことになるのです。アメリカなどに輸出していたかはわかりません。いずれにしても見た目はまあまあに作ったのに対して音に重要な部分では手を抜いています。

裏板の合わせ目の加工がまずく、最低限の品質も備えていませんがこれを名工と呼べるのでしょうか?

このような現実は日本で語られてきた様々なウンチクが嘘であることの証明になります。
音は暗く「イタリアの楽器は明るい音がする」というのも嘘ですし、フランスのような完璧な美しさではない雑で甘い仕事を「フランス人は見た目を作ったのに対して、イタリア人は音を作った」と考える人がいます。この楽器ではその通りに見た目は完ぺきではありませんが音についてはもっと手を抜いています。厚い板をくりぬいて作るわけですから薄く作るには失敗して穴をあけてしまわないように慎重さを求められ作業の量がずっと多くなります。
一方フランスのモダン楽器は特に性能に優れていて、音を極限まで追求した結果です。
アホらしくてもう言いませんが板の厚みのウンチクも嘘ですね。素人は何千万円もする名器が鳴らないのは自分が下手だからと思ってしまうかもしれません。素直に自分の手に負えない楽器はやめておきましょう。

それでも人間の習性なのか、こんな楽器を買ってしまう人がいるので値段が高いままです。ものの考え方は人それぞれなので間違っているというわけにもいきません。私が真実を教えないまま墓場まで行った方が良いでしょう。コレクターにとってはギリギリ手の届くイタリアの名器という事になりますし、投機的な目的も考えられます。

音は好みの問題であり、また弾きこなす技術の問題でもあります。しかしここまで明らかに音のひどい楽器はめったにありません。名器だと信じて他のものと比べない方が良いでしょう。
絶対にホルンシュタイナー、ヴィドハルム、ブッフシュテッターやガイゼンホフと弾き比べてはいけません。

改造して薄くするようなことを私はしません。そのように「名工」によって作られたものだからです。それで音が悪いなら名工ではありませんね。

この時代以降、他にもナポリの作者でとてもひどいものがあります。この楽器はそれに比べると見た目はずっとましです。そんな素人の作ったような楽器も意外と音が良かったり弦楽器なんてそんなものです。

言葉で説明すると素晴らしい名器のように聞こえますが、弦楽器というのは言葉で理解するのではなく、実際に音を試してみないといけません。もちろん音が良いから本物という事ではないのでそれは別の話です。見た目によって作風の特徴を見分けなくてはいけませんが、素人には無理です。

技術的に面白いのは板が厚いほど小さな楽器に近い音になっていくという事です。これは経験的に納得がいきます。分数楽器は意外と音が良くてびっくりすることがよくあります、演奏者の技量によってはそっちの方が音が分かりやすいです。あくまで狭い工房の中の話ですが・・・。
小型のビオラを作る場合にこの概念は役立つことでしょう。


無名な作者でも普通に作ってあれば、普通の4/4の音にはなります。うまく弾きこなせば見事な演奏ができます。そのような楽器の価値に気付くように私は訴えています。


商売人というのはこのような「聞こえの良さ」にとても強い関心を持ちます。弦楽器愛好家の私には全く興味がなく、なんでそんなどうでもいいことにこだわるのか不思議に思えますが、それがその人の人生の中心にある仕事です。この業界も多数決をすればそちらの方が多数を占めるでしょう。








こんにちはガリッポです。

残暑お見舞い申し上げます。

今年はヨーロッパでも最高気温を軒並み記録していますが、死者も1万人を超えると報じられました。最近のニュースではさらにその3倍にも上ると推計されています。

現在も35℃を超える日がありますが最低気温が15℃以下になることも多く私の住まいは熱くなっていません。予報でも週明けから涼しくなるとのことで避暑地に行く必要もなく夏休みを取って趣味の楽器作りをしたいと思います。製造業なら賃金から材料、エネルギーまで値上がりしてコスト削減を考えないといけません。もうそんなことは諦めて妥協せずに納得がいくものを作ります。
個人的な実感として感じる暑さは夏はいつもこんなものだというくらいです。
これまでも夏はずっと暑くてエアコンが無くどうしようもなかったです。
数字上高い最高気温もおそろしくてその時間に外には出ないので体感していません。

気が向いた時にブログの更新をしたいと思いますのでいつかはわかりません。



職人は製造技術から「品質=製造コスト」と考えて値段をつけています。
さらに戦前より前の有名な作者の場合には取引相場で値段が決まります。

この時音を評価して値段をつけているわけではありません。

このため自分にとって音が良い楽器が欲しければ試奏して探すしかないというのが当たり前のことです。値段は何も音を保証しません。

私は癖の強い変わった人で、相場の値段をおかしいと逆らって独自の基準で楽器を評価して売買しているわけではありません。あくまで値段は品質や相場に従っています。値段が高いから音が良いと思い込んでいる人に必ずしもそうではないと言っているだけです。我々が学んだ本に書いてある知識さえも実際の楽器の音とはかけ離れているかもしれません。


音について語ること自体、個人の体験でしかありません。
英語などで書かれている名器の図鑑には音についての記述はありません。客観的に語ることができないからです。木材の材質がどうだとか、ニスがどうだとか書いてあってもだからどんな音になるかはわかりません。加工の仕方やスタイルがどうだとか私は記述しますが、音しか興味がないなら知る必要もありません。

もし完全に正しいことだけを伝えるなら音については一切触れないべきです。
そう思うのですが、ついつい書いてしまいます。

それは、生まれ育った環境で擦り込まれもともと持っている思い込みや先入観が当たっていないという事を示すためです。
日本人であれば努力や熱意によって成果が得られると自然と思い込んでいます。実際はそんなことは音とは関係ありません。
音の良い楽器は卓越した職人によって生み出されると思っています、しかしそれも関係ありません。


生まれ育って身につけた考え方で理解できないものを理解しようとする試みが面白いものです。世の中に他に似たものが無いので例えようがありません。

商売する人は自分から進んで騙されに行く人に道を与えているだけです。
そのような人たちの期待に応えるような文章を書くことを頑なに拒絶します。
こんにちはガリッポです。

まずはウィーン製のヴァイオリンから。

生産地には人それぞれイメージを持つわけですが、ぞれが単なる空想で実際とは全く異なることかもしれません。しかし商売ではそれを押し出し利用することがあります。
ウィーン製のヴァイオリンと聞くとどんな音をイメージするでしょうか?
名だたる作曲家や芸術家、ハプスブルク家やウィーン楽友協会など様々なイメージがあるかもしれません。
私の場合にはとても洗練されたシュタイナー型のオールド楽器やガイゼンホフやシュヴァイツァーのようなドイツ的なものとイタリア的なものを合わせたような楽器もイメージします。優雅で上品で大人っぽいそんなイメージでしょうか。

こちらのヴァイオリンです。

赤いニスとオイルニスの光沢が現代の楽器のように見えます。日本ではよく見る現代のイタリアの楽器のようでもあります。
教科書通りのストラドモデルですね。

裏板はそんなに上等な木材ではありませんが明らかに量産品とは違う仕事のクオリティがあります。オーストリアもドイツ語なのでマイスターのクオリティです。
エッジの処理はフランス的なカクカクしたものではなく今日でも一般的なものです。つまりこの時代の流行から時間が止まっているのが現代の楽器製作です。この時代の流行を先取りした人が教え子を育成し師匠として尊敬されてきたのです、

作者はアントン・ヴィットマンとあります。本に名前は出ていますが取引相場ができるほど有名ではありません。

ウィーンで1930年に作られたようです。
本によるとこの作者はウィーンで生まれてウィーンで亡くなったとだけわかります。誰の弟子なのかなどは分かりません。
生粋のウィーン生まれです。

アーチは平らでウィーンのオールド楽器の伝統は全く残っていません。
私が最初に見た印象ではやはりフランスの影響があると感じました。しかしながら、影響があるだけでフランスの楽器と間違えるようなものではありません。
どの流派に学んだかはちょっとわかりません、近郊の産地ではドイツのミッテンバルトもハンガリーのブダペストもチェコのプラハもフランスで修行した人がいてフランス的な楽器が作られました。
そういう所の出身の人がウィーンにいて教えた可能性も考えられます。
同時に1900年頃の世界的な流行も感じられます。このため今日ヴァイオリン製作コンクールに出展される楽器とよく似ています。この頃には今の楽器の作風が完全に確立しています。
逆に言えばウィーンのオールドはもちろん、ガイゼンホフやシュヴァイツァーの面影は全くありません。
趣味趣向としても真っ赤で派手です。


スクロールもベースにはフラン的なものを感じます。イタリアで流行したのはもっと仕事が甘く角が丸くなったものです。もちろんイタリアにもフランス的な楽器を作った人がいました。低コストで作られたイタリアの楽器はイギリスやアメリカの商人にとって「おいしい」ものとなりました。

ペグやテールピースなど付属部品にはいかにも中国製というものがつけれられています。

写真ではわかりにくいですがアーチは量産品とは違って作者の意図や造形センスを感じますがやはり現代的な感じがします。

総じて作風は20世紀の世界的な流行にのっとって今でもこのようなものは定番となっています。したがってウィーンらしさは全く感じません。
値段は有名な作者ではありませんが一人前の腕前で現代の教科書通りにキレイに作ってあるので1万ユーロ(約180万円)くらいは高すぎるという事は無いでしょう。本物かどうかは定かではありませんがマイナーな作者の場合には誰であっても値段は変わりません。

音についてはどうでしょうか?
新しい弦に張り替えて試してみると音は現代の楽器のような感じがします。しかしはるかによく鳴る印象を受けます。
つまり現代の新作楽器と同じ方向性で鳴りがずっと良いという事です。

現代の楽器の音というのは説明は難しいですね。経験するしかありませんが現代の楽器でも音は様々ですからオールドやモダン楽器を経験して相対的に知る必要があります。

ムツゴロウさんこと作家の畑正憲さんはアマゾン川など南米にいるピラルク―という巨大な古代魚を食べたときの味を説明していました。魚というよりは獣の肉の様でちょうどシマウマのような味だということを言っていました。
シマウマのようだと言われてもシマウマのの肉を食べたことが無い私にはピンときません。
同様に私と同じ経験をしないと説明が理解できません。

新作楽器は我々の仲間でもみな一度は作りますのでイメージというのがあるわけです。
その中でもはっきりくっきりして芯に明るさがあり硬い感じです。オールド楽器を知らなければそれを硬いとは思わないでしょうけども。

こんなマイナーな作者でも音では同じ方向性で現代の巨匠と言われるような人の新作楽器を鳴りの良さで超えているわけです。値段も凄く高いわけでもありません。
楽器自体の音色ではなく音楽の道具として考えれば反応よく優れていて演奏家が評価するものです。
それで無名ですからあらゆる楽器の音を調べている人なんていないのです。偽造やらニセモノやらありとあらゆる欺瞞を行ってきた阿漕な業者が多い業界での評判や知名度がどれだけ信用できるでしょうか?

このためこちらでは作者名や値段を伏せて試奏し楽器を選ぶべきだと考えられています。


そこにはウィーンらしい音というのは私には感じられません。他の国の現代の楽器と何ら変わらないと思います。過去のウィーンの楽器とも共通点はありません。

弦楽器製作とはそういうもので、生産地の音なんていうものはありません。同じ産地でも時代によっても全く変わってしまいます。

もしこの作者がウィーンで生まれ育って音楽体験をしてきても、作りだす楽器の音は他の国と変わりません。こんなものです。

ちなみに私が実体験したウィーン製の楽器では特に古いオールドのものは尖ったきつい音だったり柔らかく豊かに響くものだったりしました。ガイゼンホフやシュヴァエイツァーは柔らかく美しいもので、その後のモダン楽器は鋭く耳障りのものでした。


もう一つ個人で演奏活動をしているプロのヴァイオリン奏者の人がミッテンバルトのオールドであるクロッツ家のヴァイオリンを持ってきました。メンテナンスを終えて弾いていましたが、ドイツらしい音というのはわかりませんでした。オールドらしいなというのは感じますが、その中でイタリア的とかドイツ的とかまではよくわかりません。もしかしたら世の中には分かる人がいるのかもしれませんが、誰にとってもわかるような違いはありません。
ちょうど日本特有の血液型で性格を判断するのと似ています、それを信じている人は血液型を聞いて「あーやっぱりね」などと言いますが、「ええ意外!」と反応することもあります。その国の音というのを信じている人にはそう聞こえるのかもしれません。
ちなみにうちの社長(師匠)の奥さんは自分の血液型を知りませんでした。

したがってウィーンの人が好むような音の楽器を現代のウィーンの職人は作れないという事です。同じことは他の国でも言えます。

そういうものだという事は私に教わらないと知る機会はなかなか無いでしょう。
業者はそれで商売をしているのでそんなことは言わないからです。本音で話す職人がいれば私と同じことを言うでしょうが、日本には偏ったものしか入ってきません。

これを知らずに知識を集めるとどんどん間違ったことになっていきます。百聞は一見に如かずといいます。しかし聞くというのが紛らわしいので、聞くは人の話や噂を聞くことで音は聴くとしましょう。「百聞は一聴に如かず」という事ですね。
人間というのは空想と現実の区別が一応できるとされていますが一つの分野に精通するとそれも怪しいものだと気が付きます。


前回はナポリの音楽についてちょっと触れました。ラジオを聴いていたら前回話したジョバンニ・バティスタ・ペルゴレージにそっくりの曲調の曲が流れてきました。
作曲者はドイツのヨハン・アダム・ヒラーという人だそうです。
どっちが先かという事になるのですが、ペルゴレージが1730年代で直後に26歳で亡くなっており、ヒラーは1760年代に作っています。こうなるとナポリの方が進んでいてドイツの方が30年後という事になります。
いずれにしても音楽を聴いただけではイタリアの作曲家のものかドイツの作曲家のものかはわかりませんでした。ヒラーは学校を設立しオペラブッファのドイツ語版を作ったようです。そのためにイタリアの曲を真似たわけです。この人はベートーヴェンの先生の先生に当たるそうです。
それくらいナポリが最先端の音楽都市だったという話です。
その後は民族的な音楽が栄えてマンドリンの生産地にもなりました。

ドイツのオールド楽器で有名なクロッツ家でもほとんどが1700年代の作者でアマティや弟子たちのような1600年代からちょっと後です。ドイツのオールド楽器の多くは1750年以降ですから音楽と同じようにイタリアからちょっと遅れています。

弦楽器ではイタリアの作者が有名で値段が極端に差がつきますが、作曲家ではペルゴレージなんて音楽の教科書に出てきません。ナポリ学派の創始者アレサンドロ・スカルラッティもとても重要な作曲家のはずですが知られていません。


もともとイタリアのオールド楽器に興味があって研究するほど、ドイツの楽器でも同じように個性豊かであることがわかりました。同じように上級品と安価に作られた粗雑なものがあります。かつてはドイツの作者は皆シュタイナーそっくりの画一的な楽器を作っていたと思っていました。しかし実物を見ていくと決してそんなことはありません。もちろん周りの他の職人が作っている楽器しか見たことがないのである程度似てきますが、考え方としてできるだけシュタイナーに忠実にとか、決まり通り全員が同じものを作ろうとはしてないです。シュタイナーの偽造ラベルが貼られることがありますが他にそっくりの楽器なんて見た事ないです。ウィーンのものが比較的に似てるかなと思います。

人によって差がすごくあるのでドイツのオールド楽器の中にはいろいろな音のものがあります。典型的では無いアーチのものやイタリアの小型のものよりも音響的に有利なモデルのものもあります。

イタリアのオールド楽器と同じように面白い世界があります。音楽では逆にイタリアの作曲家があまり知られていません。クラシックファンの世界は有名なものだけ知っていればそれ以外は見下して知る必要はない、むしろ「大作曲家」を脅かす存在をいないように隠蔽する価値観の世界なんですかね?

格付けばかりに熱中し作品への好奇心、愛や情熱はないらしいです。

ドボルザークの交響曲第9番新世界は誰でも聞いたり楽団員なら演奏したことがあるでしょう。でも他の交響曲を聞いた事がある人は極端に少ないでしょう。
クラシック通は「9番が最高傑作」だという知識を学ぶと他の曲は駄作と決めつけて聞くことすらすべきではないと考えるのでしょうか。

普通ミュージシャンのファンならできるだけ多くの作品を聞いてみたいと思うでしょう、独特の世界だと思います。

ストラディバリが最高だと知れ渡るようになってからは楽器自体の出来ではなく、それにこじつけやすい楽器の値段が上がってきたと考えればわかりやすいでしょう。


長らくやってきたコントラバスの修理ですが、表板を締める時がきました。コーナーが無いタイプで後の時代に改造されたのではないかと思います。


裏板は平らなもので魂柱の所に板材が貼りつけられ補強のバーがいくつかつけられています。

コントラバスでやっかいなのはギターと同じように表板が横板と全く同じ寸法でヴァイオリンのようにオーバーハングと言って張り出している部分が無いことです。
表板を開けて再び閉めようとすると横板は歪んでしまい表板を載せただけでは形が合いません。
通常は5か所位置が決まる所があります、4つのコーナーと上部のネックの所です。
5か所を合わせてはみ出ている横板を押して接着すると理論上は合うはずです。これで合わなかったら合いません。

このバスではコーナーが無いので基準となる場所が一か所しかありません。


その一か所であるネックの取り付け部分も裏板が傾斜しているためすべってしまってクランプがかかりません。
そこでワークベンチにバスを固定してベンチドックで当て木を動かないようにしました。ピタッとは合わないので力で締め付けるのですが無理すると割れたりするので怖いです。

接着剤を付けずにシミュレーションをするとなぜか表板と隙間ができてしまいました。そこで上部ブロックを加工するとぴったりくっつくようになりましたが理由はよくわかりません。

一度に一周全部接着するのは不可能なので部分ごとにやって行かないといけません。
ただ最後のパートになったときに表板と横板があっていなければおしまいです。それが事前に分からないのです。

ネックの所を接着すると固定できるのではじめて他の部分をシミュレーションできます。接着剤をつけない状態で一周表板をあてがっていくとなぜか表板の方が小さいです。修理前はぴったりだったはずなのにです。そこで一つ一つやり方を変えていきます。

何度もクランプを付けたり外したりシミュレーションを繰り返すとその都度若干マシになっていきますが、一回やるだけでも集中力と筋力が必要で疲れ果ててしまいます。
結局急な用事が入って次週に持ち越しになりました。

オーケストラの映像でも日本では新しい弦楽器が多いですが、バスもこちらではやたら古いものを使いたがります。国立の楽団なので修理代も支払えるというわけですが、彼らはわざわざガラクタを集めているようにさえ思えます。


こんにちはガリッポです。

季節の話から
夏と言えばスイカですけども、スイカもヨーロッパではスペインなどで作られ輸出されています。
一昔前はスイカを好んで食べていると同僚などは「あんなのは水ばっかり」とバカにしていましたが近年ではメジャーになってきました。
毎回買い物に行くごとにカットされたスイカを買っていたら、安売りしていたのでまるごと一個スイカを買ってみました。量り売りなのでできるだけ小さなものを選びました。

皮が凄く厚いものに当たると災難ですが、良かったです。
それから種がありません。

日本から来て最初に食べたときは甘さが少なくて皮の付近を食べているような味に感じていたでしょう。なんでも果物はそうですが、日本ではとても甘いものになっているのに対してヨーロッパのものは甘くありません。すっぱいものは今でも無理ですが、スイカは甘さが少ないだけですっぱいわけではないので食べることができます。今回のものも十分に甘さを感じることができます。

すっぱいものは多いですが特にすっぱいのはリンゴでわざわざすっぱいリンゴを選んで買っているようです。ヨーロッパに行ったらリンゴは梅のようなものと思った方が良いです。酸味に耐性があって梅干しなどを食べさせてもなんともないです。

そう考えると日本人の方が甘い音を好みそうなものです。刺激的な音や雑味を嫌い繊細な音を好んでもおかしくありませんが、その逆が売れ筋のようです。これは本心から音の気に入った楽器を選ばせてもらえていないという事が考えられます。どうなんでしょうか?


この一週間くらいはビオラの修理をしていました。指板交換、ペグ交換とそれに伴って駒と魂柱の交換、ニスの補修です。
指板の交換で問題となるのはただ単に新しいものに変えれば良いというのではなく駒の位置や高さが正しくなるようにしないといけません。指板の延長線上に駒が来るので駒との関係性が問題となります。
そのビオラにはヴァイオリン並みの高さの駒がついていたのでビオラとしては低すぎます。一筋縄ではいきません。

このためかなり神経を使いましたが、結果的には小型サイズとしては理想的なものとなったと思います。

そのビオラなのですが、作ったのはジュゼッペとアントニオのガリアーノ兄弟で、二コロの息子、アレサンドロの孫にあたります。1770年代のもので3世代目のガリアーノですからまだまだオールドの特徴を備えていました。
ナポリではフランス風のモダン楽器の導入がイタリアの中では遅れたのでかなり遅くまでちゃんとしたモダン楽器が作られませんでした。ただしオールドとしても次第にアマティやガリアーノの系統からはかけ離れていきました。
ガリアーノ家の初代アレサンドロにもアマティの影響はありますが、かなり自由な人だったようで作風は独特です。
それに対して息子たちの方がアマティやストラディバリを模して作ったようです。
つまりアマティの直接の弟子ではない世代がアマティの実物を真似て作ったのではないかと考えられます。
ものによってはニコロなど2世代目にストラディバリの影響も何となくあるので、アレサンドロがストラディバリの弟子とか言われていました。
2世代目以降ストラディバリを真似て少し似ていたので全く似ていないアレサンドロをストラディバリの弟子として売ってきたのです。
この業界はとにかく何かビッグネームや流派に関連付けてこじつけて売ろうとします。

前回のミルクールの量産品でも、アンティーク塗装というだけで、「ヴィヨームの手法で作られた・・」などと言って売るものです。量産品はヴィヨームとはクオリティが違うので何の関連性もありません。そのヴィヨームも同時代の他の楽器に比べて音が特別良いという事もありません。私は量産品だと明記していますがお店に行ったらそれが量産品であると自分から申し出る訳がないことを心しておくべきです。100万円程度するので量産品ではないと勝手に思い込んでいる所を付け込んできます。

本当にフランスの一流のものなら500万円はすると知っているべきで、250万円で売られていても高すぎる値段で売られている量産品でしかありません。



もっと言うと「イタリアのヴァイオリンが一流、フランスが二流」という言葉を使います。これはストラディバリやデルジェスに対してリュポーやピケのことを言っています。日本で知らない人はイタリアの新作を一流だと思っているので200万円位のフランスのヴァイオリンがそれに次ぐものだと考えてしまいます。そんなのはただの量産品です、フランスのヴァイオリンでも5000万円とかするという事を知らないのです。

それで言うとガリアーノはストラディバリにこじつけられて売られてきましたが、よく見るとアマティの影響が強いものがあります。アマティの影響が強いという事は私にとっては面白いことで、それを「オールドらしさ」と考えているからです。

ヴァイオリン職人の知識ではストラディバリが技術革新を行ったと信じられているのでそれ以前のアマティは従来の劣ったものとなります。ストラディバリの秘密を解明したセオリーに基づいて我々の作る楽器が一番優れていると考えています。


職人たちの主張では現代の楽器が古いタイプのオールド楽器よりも音が良いはずです。実際にどうなのかは皆さんが自分で試してみるしかありません。


私は謙虚に考えてストラディバリは技術革新は行っておらず、アマティのスタイルに癖が加わっただけだと考えています。




作曲家アレサンドロ・スカルラッティがローマから来てからナポリは音楽がとても栄えたところでナポリとヴェネツィアでは互いに競い合うように同時進行でオペラが発達していたようです。この流行がバロックに変わって古典派の音楽を生み出した原動力でもあります。我々がクラシックと思っている音楽の源はイタリアなのです。ペルゴレージの管弦楽曲でもバロックと古典派の中間的な感じがしますし、ポルポラになると完全に古典派です。

音楽の最先端の町で楽器需要にこたえるためにガリアーノ家ではたくさん楽器を作っていました。このためチープで粗雑に作られたものが多くあります。しかしそれをガリアーノの実力と二流の作者と切り捨てるのではなく、実はアマティを模してとても美しく作られているものがあります。
一方でパフリングの仕事にはアレサンドロ以来特徴があります。アレサンドロと後の世代は異なる作風の流派にはなっていません。
ただし、ガリアーノ家では南ドイツ出身の職人が働いていて、スクロールにはその影響があるものがあります。このようにガリアーノ家の作風の変化だけでも面白いものです。

私は決してイタリア嫌いではありませんよ。オールドの作風を受け継いでいないことを残念に思っているだけです。このビオラもイタリアのオールド楽器らしさを感じられるものだったと思います。

だった‥というのは、オリジナルの原形をとどめていないのです。
ヘッド部分は後の時代に作られたものです。胴体も小型に改造されています。
本に出ているジェナロ・ガリアーノとミドルバウツの部分は共通しているように見えます。同じモデルだったとすれば胴体が41cmあったビオラを39cm未満に改造されています。このため形は異様であり写真でお見せするのもガリアーノ兄弟の名誉のために控えさせていただきます。

裏板は板目板を真ん中で張り合わせたものです、このようなものはアマティやストラディバリにも見られますが、現代のものでは見たことがありません。
ニスは黄色っぽいもので透明度が低くニスが剥げ落ちたところの方が色が濃く見えます。このようなニスの様子はミラノやマルクノイキルヒェンの楽器にも見られます。

新しく作られたスクロールはヴァイオリンのようなサイズでペグもヴァイオリン用を取り付けました。オールドの作風からはかけ離れて素人の作ったようなものです。マイナーな業者の鑑定書にはイタリアの作者の新しいスクロールだと書かれています。他の国の人が作ったらもっとプロの作風になるのでイタリア製としているのでしょうが、やむを得ず作り直さなければいけないならそれよりもオリジナルに近いものを作れることが修理の腕前です。
素人が作ったものはイタリアっぽく見えますがガリアーノもオールドの流派ですからそれからかけ離れていてはいけません。
どうせオリジナルじゃないスクロールなのに本当か嘘かわからないイタリア製にこじつけていくのがこの業界です。後の時代につけられたスクロールがイタリア製だったらなんなんでしょうね?もう商売人の習性のレベルです。

近代のアントニアッジ作のスクロールがついたアマティのチェロがあります。下手なわけではありませんが自分のスタイルのものでいかにも新しくアマティの作風を研究していません。
私ならもっとアマティに近いものが作れるでしょう。しかし金銭的にはアマティほどでないにしてもスクロールだけでもアントニアッジ作なら相当な値段になることでしょう、単にこれはお金の話ですが。


ともかくオリジナリティが損なわれていることをとても残念に思います。
ペグボックスは大きく損傷を受けたか、チェロ型のもので演奏の邪魔になったのかもしれません。
胴体はコーナーから上と下を1㎝以上ずつ小さくしています。
大きすぎて弾きにくいから小さくしようという事でしょうか?
昔の持ち主が改造を依頼したなら持ち主の自由ですが、当然ながら楽器の価値も激減していることでしょう。

過去の修理をした職人が誰なのかはわかりませんが、クセが強くクオリティが低いものです。修理人は自分の癖を出さないようにするべきです。

構造的には面白みもあります、つまり全体を小さくするのではなく上と下だけ小さくするというのは小型のビオラで音を損なわないために理にかなっているかもしれません。G.B.グァダニーニのチェロなどは3/4~7/8くらいしかありませんが、そんな感じなっています。

ただし恰好は不格好です。今の音楽家は音にしか興味がないのでそんなのも良いのかもしれません。イタリアで王室や貴族のためにアマティのように美しい楽器を作っていた伝統などは音楽家にとってはどうもでも良いようです。

これは現実的な話です。
先日来たお客さんが話していました。
「ヴァイオリン職人はあれこれ言うけども、どこのだれがどう作ったかなんてどうでも良くて音が一番大事なんだ」と。
これがヨーロッパの最新の楽器の考え方です。
世界ではそうではなく、未だに値段が高い有名な作者の楽器を求めています。

ヨーロッパでこそ貴族時代の伝統が真っ先に失われています。楽器については下克上で、音が良ければ作ったのがどこの馬の骨でも構わないという超実力主義です。
私のブログの影響で日本でも多少は変わって来たでしょうか?

このような不格好に破壊されたビオラがプロの音楽家に愛用されているという事は複雑な心境です。元はいかにもオールドらしいものだったと思います。そのようなオールドらしさを愛好しているのは私くらいのものでしょう。

そんなビオラの修理を通じた雑多な感想です。


ちょうど自分でもビオラを作っていますから、感覚を養うのにちょうど良いタイミングです。

板の厚みを測ってみると私が典型的と考えているイタリアのオールドヴァイオリンの厚みでした。これだけ典型的になっているのも驚きです。ガリアーノのヴァイオリンでは裏板の中央が薄すぎるものを見たことがあります。

ポイントはビオラではなくヴァイオリンの厚みになっているという事です。オールドのヴァイオリンの厚みは現代よりも薄めになっていますが、現代ではビオラをチェロとの中間の厚みにすることが多いです。つまりこのガリアーノ兄弟のビオラはめちゃくちゃ薄いということです。



裏板は繊維の向きが通常とは違うという事もあって削るにはかなり硬いです。最終的には板目板なので板としては弾力があって柔らかくなるとは思います。野球のバットでも繊維の方向によって強度が違うのと同じことです。

そのせいかどうかもわかりませんが腰痛になって階段を上がるのも難しくなった日がありました。二日くらいで回復したのでまたビオラ作りを再開しています。

こんにちはガリッポです。

ニコラウス・アマティウスのラベルの付いたヴァイオリンから。

見た瞬間に新しすぎると感じます。アマティは1600年代のものですから全然違います。

コーナーが細くなっている以外はアマティの形でもありません。


ただよくあるペタッとしたアーチのものとは違います。
オールド楽器を意識して作られたようです。


ストラディバリとはちょっと違う感じですが、アマティと言えば渦巻の美しさに定評があります。

本物のアマティでないことは明らかです。パッと見た瞬間に新しすぎるのです。
意外にもアーチなどはオールド楽器風になっているようにも見えます。問題はオールド楽器でないにしてもこれが一体何なのかということです。

中をのぞいてみるとJTLの焼き印がありました。これはミルクールの問屋みたいな会社で様々な工場で作られた製品を売っていました。よく見るとラベルの隅にもフランス語が書かれています
そう言われればフランスの特徴も見えてきます。
ネックの取り付け角度がかなり急になっていたのもフランスのモダン楽器の特徴です。板の厚みを測ってみると裏も表もどこもかしこも3.5mmほどです。全部同じ厚さにするのはフランス以外では見られません。プレスの楽器で同じ厚さなのは当然ですが、この楽器は無垢材からの削りだしでしょう、アーチに特徴があるからです。

しかしながらフランスの楽器としては典型的なものとは違います。


オールドを意識しているとはいえ、近代のフランス的な感じもします。周辺の溝が浅くて大きな丸みになっています。これはマルクノイキルヒェンなど他の量産品や近現代の作者にに比べて造形的に深い考察があります。このランクの楽器でさすがフランスという感じですが、オールドとはちょっと違います。

とはいえ一番安いランクではないもののただの量産品です。今の円安なら90万円くらいになるかもしれません。ただの量産品に100万円近く出すのは一昔前ならバカげていました。これは円安に加えフランス製というだけで値段が高くなっていることも起因します。実際は量産品のクオリティはどこの国でも同じです。フランスでは最盛期が19世紀後半で他の産地よりも古いことは言えます。

買うのは割高ですが物置から出てきたり親族からもらった楽器ならかなり値打ちものです。

気になるのは全部同じ厚さの音です。
過去にはきつすぎる魂柱が入れられていたのか表板はかなり変形しています。緩めの魂柱を入れましたが弦を張っても戻るほどではありません。
駒も低すぎたので交換し指板を削ってペグを交換、ニスを磨いて補修し、裏板の剥がれを接着しました。

指板は過去に交換されており表板の一部にも接着の形跡はありますが最近修理されてはいません。

仕上がって弾いてみると、別に普通にヴァイオリンとして機能します。むしろ鳴りも良い方でしょう。
3.5mmなら裏板の魂柱の所も変形するほど薄くはありません。プレスなら3mmくらいで板を曲げてあるせいもあって魂柱のところが変形して飛び出ている場合があります。
それ以外の部分はもっと薄くしても強度は耐えられます。
薄い方が低音が出やすくなるというのが私の法則性ですが、G線でも鳴っています。
全体として木材が朽ちたような音でカサカサした感じです。したがって明るく元気という感じではありません。

私はこれがミルクールのものであるとか、年代が19世紀終わりころのものだろうとか、板の厚みが全部3.5mmだとか事前に知ってしまっているので、素直に音を感じることができません。

楽器を試す時には値段や名前を伏せて試すべきだというのが理知的な方法でしょう、それに関しては私は見ただけでどんなものかわかってしまうこともあるのでもはや不可能です。私が判定を下すようなことはしません。

私の印象では量産品が古くなったような感じがします。頭が先なのか耳が先なのかわかりません。
響きが純粋ですっきり澄んだ音ではないと思います。しかしながらすごく変な音でもありません。
板の厚みが全部同じだと言われずに変な音と気づくでしょうか?

新しい楽器よりは枯れた渋い音になっており鳴りも良いというのですから決して悪くはありません。

ヴァイオリンについて本などを読むと、真ん中が厚く周辺に行くにしたがって薄く作られていると書かれています。それがヴァイオリンの音の良さの秘訣であるかのように書かれていますし、我々もそのように学びました。
しかし実際にこのような楽器を試してみるとそこまではっきりした差を感じません。
全部4mmなら厚すぎるし、3mmなら薄すぎるというわけです。

本に書いてあることを信じてこれを理論化したグラーデーション理論もただの机上の空論にすぎません。
全部3.5mmなら平均するとやや厚めの板という事になるでしょう。グラデーションにしても平均して同程度になっていればこれと同じような鳴り方です。
低音は深みがあるのではなく明るい響きが加わりどの弦でも同じような音色に感じます。板が薄いものは低音が深々とした音になります。
分析的に言うと倍音が響いているのでG線でも音量は感じますが、基音やそれに近い方の音は控えめという事です。

同じ厚さでもグラデーションでも全体的な厚さがどれくらいかというのが重要ではないかと思います。それ自体は音の良さの秘訣でも何でもないという可能性を認めるべきでしょう。もっと薄くするためには裏板の魂柱のところは厚みを残してそれ以外を薄くすることができるというだけです。

なぜオールドの時代の人がこのことを知り得たかというと、ヴァイオリン族よりも昔のヴィヨール族の楽器で分かります。裏板がギターのようにまっ平らな薄い板で作られていることがあり魂柱の来る場所には板材を貼り付けてそこだけ厚みを増して補強してあるのです。このため魂柱のところは厚くして、他は薄くすることができるというのは知り得たことです。


結論を言うと板の厚みがすべて同じでも明らかに音が悪いとは言えません。個人の感じ方のレベルでしかありません。その音は板の厚みによるものとは限らずバスバーの交換によっても変わるでしょう。

本で読んだ知識は実際とはかけ離れているので読まない人の方がマシです。職人も偉い師匠の教えよりも目の前の楽器から現実を学ぶべきです。弦楽器の業界の知識というのは誰も作って試した人がいないというレベルなのです。

さてニセモノというわけですが、見た瞬間に新しすぎると感じました。それでも100年は経っています。100年くらいではオールド楽器とは全く違う外観なのです。

アーチは凝っていましたが、輪郭の形は普通のストラドモデルの形が崩れたものです。f字孔だけ特別にアマティ風にしているかもしれません。でも仕事は不器用なものです。
ニセモノといっても、本物そっくりにしようとベストを尽くしてさえいません。
通常のものを流用してちょっと似せているだけでした。理由は分かりようがありませんが板の厚みはアマティに似せようとはしていません。


大概はニセモノといってもそんなものです。我々はニセモノとすら思っていませんが、素人を騙すにはそれで十分です。


ビオラを作っています。

板を切り抜くのに自作のモクソンバイスに挟みます。この時ホームセンターで売っているような太めの糸鋸で十分切ることができます。伝統的な弓ノコも持っていますが機能的にはこれで十分です。
この時切っていく向きがちょうど真下に向くように板を少しずつ回していきます。常に真下に切っていくわけです。

のこぎりの刃も押して切るようにセットします。そうすると手前がささくれて欠けることがありません。

ちゃんと機能しています。今まで使っていた普通の万力に比べて安定感が増しています。小型のビオラでも完全に真下に向かってきれない所が出てきますが、荒く切るだけですから問題ありません。

アーチの粗削りでもモクソンバイスが機能しています。特に最初の段階では力いっぱい削るのに材料がしっかり固定されるのは事故防止のためにも重要です。
荒削りの最初の段階はありすぎる材料を取り去っていく作業です。木材を削る時には削る厚みによって抵抗が段違いに変わります。厚く削るには力がいるのです。
最初は違う形のものをアーチの形にするので削る厚みが不規則になるのです。

万力に挟まなくてもたくさんある穴にベンチドックを入れてストッパーにして使うこともできます。運用法にはまだまだ可能性があります。

物を作るのは失敗して改良していくものですが、よく考えてやれば一発で使えるものができるもんですね。
これが恰好では無く機能性です。
設計に気を使った甲斐がありました。ヴァイオリンとビオラ製作専用サイズを自作しなければここまで役に立ちません。


肝心なアーチの話ですが、この段階では周囲に溝を彫っていないのでノミで削った跡が流れるようなカーブになっています。この段階ではまだ近代的なアーチの感じです。


周辺にはっきりと堀のように溝を彫ると一気にオールドっぽくなります。モダンとオールドの違いが見えたでしょうか?
これが仕上がってしまうと写真では見えなくなってしまいます。さっきのヴァイオリンでも周囲が浅く大きくえぐれているのはこういう事です。

つまり細かい0.1mmの話ではなく大雑把に形を作ることが作風に影響してくるという事です。それが音にも影響があるのかというのが私が一番興味のある所です。

この裏板は削ってみるととんでもなく硬くこんなのは初めてです。これならかなり薄くしても大丈夫でしょう。
ビオラはヴィオリンに比べるとだいぶ大きいので意図したとおりの理想的なアーチにすることができます。ヴァイオリンではちょっとの削りすぎが癖となって表れます。
それを恐れると攻め切れていないものになってしまいます。
チェロになると大きすぎて形のバランスをとるのが難しいし力尽きてしまいます。

このビオラでは小型にするために幅が広くて長さが短いものにしています。ヴァイオリンよりもずっとなだらかなカーブになります。

しばらく涼しい日が続いていましたがまた暑くなりそうです。