ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -2ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

ボタンが壊れたヴァイオリンの修理も完了しました。

塗装もだいたい周囲と合ってることでしょう。

言われなければ修理してあることも気付かないでしょう。この部分は手が当たって汚れがついたりニスがはがれたりを繰り返すので使っていくうちに変化していきます。
削り直したので高いポジションに指が届きやすくなるはずです。

割れていたことが分からないくらいに接着できました。
接着の精度にはすごく差があって過去にまずい接着がなされた楽器を直すは壊れたての楽器を直すよりも大変です。

コントラバスの方はこんな感じです。特にここはひどく隙間から光が差し込んで見えます。普通は割れを接着して木片で補強するのですが、接着しただけではクランプを外すとまた開いてしまうので、接着と同時に木片を貼り付けました。

さらに薄い板を貼り付けました。
どういうわけかこの部分は他よりも1mmほど薄くなっていたので1mmの板を貼り付けました。

修理前はこのように0.5mmの板が貼ってありました。これは補強の意味をなさずひびが開いていました。0.5mmにもなるとペラペラの紙のようなものでシールのように貼っただけだったと思われます。肝心なひびの付近がしっかり接着されていなかったようです。

ここに至っては木目の向きが割れと同じで

補強した板ごと割れています。

小さな帯状のもので1mmあればしっかり接着することができます。
小さなものをたくさん貼り付けるほうが接着が確実ですね。

ただこんなケースは初めてでこんな修理法は見たこともありません。

全部やり直すのが理想ですがそんなことをしたら修理が終わらないので傷が開いている所だけ直します。コスト面でもやりすぎですが、それでも私が仕事している間は二度と修理の必要が無いようにするのが目標です。
今回割れた横板の修理の方が簡単だったかもしれません。修理の費用は予測不能です。


ボタンが壊れた方のヴァイオリンですが、パリの作者のラベルが貼ってありますが、マルクノイキルヒェンの量産品だと思われます。
形はストラディバリモデルが崩れたものでしょう。ガエタノ・ガッダのような「個性」がありますね。音響的にも有利なものです。

木材はかなり上等なものです。普通の量産品よりも特殊なものだったのでしょう。他の工業製品ならカスタムメイドです。

スクロールの質は悪くはないですけどもフランスのレベルではありません。木材は年輪の幅(縦線)が広いのは木材として低級です。アンティーク塗装もわざとらしいですね。

フランスの楽器と間違うレベルではありません。

アーチは極端に高いものでした。それも変わっていて全体的に高いのではなく真ん中だけが高いのです。これはデルジェスに見られる特徴でもあります。
崩れたストラドモデルはミドルバウツの幅広くくびれが小さいもので立体構造としては面白いものです。
板も量産品にありがちな分厚いものではなく十分な薄さまで加工されていて持った感じも軽いです。
弦はそれまで貼られていたエヴァピラッチゴールド(シルバーG)のセットです。
調弦するためにはじいただけでも鳴りの良さは感じます。
弓で弾いてもやはり鳴りが良く豊かに響きます。それでいてひどく耳障りな音ではありません。音色の感じも渋く落ち着きがありますが、「ビオラのような」極端に低音が強いものではありません。
20年以上前にうちでバスバーを交換をしており、今回の修理でさらにネックの取り付けが完璧になりました。
この楽器の値段は空前の円安でも50~80万円位でしょうからコストパフォーマンスは凄いですね。我々職人、さらに東京で何百万円もする現代の巨匠でもこんなのと比べられたらたまりません。それらを売る人は難癖をつけて比較させないように仕向けることでしょう。そういう楽器の悪口を聞くと楽器を愛する心が痛みます。

直前にレンタル用の中国製のヴァイオリンの調整をしました。レンタルに出していると勝手に1/2・3/4用の弦を張られていました。そこで使用済みのエヴァピラッチゴールドがあったので張ってみました。
ギャーととんでもない音でG線がひっくり返りやすいものでした。
魂柱を調整するものの、どうにもなりませんが、多少はましになったでしょうか?バスバー交換すれば何とかなるかもしれませんがそういうわけにもいきません。
その楽器をずっと使っていれば弾き方のコツは身につくことでしょうが、強すぎる音を抑えて弾く練習になってしまいます。
ピラストロ最高級ナイロン弦のエヴァピラッチゴールドとの相性は最悪ですね。

小さいサイズの弦を張るとどうなるんでしょうね?長さは届いていました。裏ワザになるかもしれません。

そんなものに比べると今回の古い東ドイツの量産品はずっと心地の良い音がします。ザクセンのものは安物で嫌な音がするというイメージがありましたがすべてがそうというわけではありません。
ただし大半はガラクタで修理する値打ちもありません。
量産品でもいろいろあるという事で、今も昔もひどい安物がほとんどです。こういう量産品は量産品なのにレアなのです。

そのレンタルのヴァイオリンは一緒に貸している量産弓で弾いてみると意外にもマイルドな音になりました。腰が無い安い弓の方が相性が良いようです。そんなこともあるんだなという感じです。

続いてはこちらのヴァイオリン、いつも見ていただいている読者の方なら何かわかるかもしれません。

本当に古い楽器はアンティーク塗装とは全然違います。独特の雰囲気があります。

名器っぽさがすごいですね。

細長い独特のモデルは・・・

スクロールも個性があります。


最大の特徴が見えています。
そうです、ガブリエル・ダビッド・ブッフシュテッターです。
ストラディバリウスのもっとも初期のコピーとして知られています。たまたま実物があったのがロングパターンと言われる時期のもので、それでも全く一緒ではなく独自の癖があります。単に形が崩れたのではなく独特の丸みやカーブになっています。仕事自体は丁寧なもので同時代のドイツのオールド楽器の中でも上等なものです。クロッツやティア―のようにドイツやオーストリアのオールドでもシュタイナーに近い上等なものと安上がりに作られたものがあります。
ブッフシュテッターの独立した弟子のトゥーンハートが家族単位で安上がりの楽器を量産しておりクオリティのはるかに落ちるものがあります。それにもブッフシュテッターのラベルが貼られていることがあり、ブッフシュテッターとしてはニセモノで、ブッフシュテッター派と考えられます。
仕事は雑でモデルは似ていますがアーチがぷっくり膨らんでいます。
それはまだ歴史的に価値のあるものですが、全く関係ない楽器にブッフシュテッターのラベルが貼られていることがあります。

伝統的に貴族社会ではクオリティが名器と安物との差となっていました。
現代では音さえよければ何でも良いという風潮になってきています。一方投資では値段がすべてで物の質はまったく分かっていないようです。

ドイツのオールド楽器にしてはアーチが平らです。しかしクロッツ家でも1700年代後半にはそんな極端に高くはありません。

それでも近代のようなまっ平らという感じではありません。近代のように鏡面の様な感じではなく、周囲に溝があって膨らみがあるという感じです。

高低差は感じます。
未だにオールド楽器の特徴が残っており、モダン楽器にはまだなっていません。それは今となっては良いことだと思います。
職人の間で信じられている理屈上は近代の楽器の方が優れていることになっていますがこのようなものはとてもレアです。

このブッフシュテッターは私がまだ駆け出しのころに直したもので1766年製です。未熟ながらも丁寧に仕事をしていたので今でも状態は良いですね。表板の割れを接着しバスバーと上部ブロックを交換してあります。

久々に工房に戻ってきました。

指板はこんな状態になっていました。当時新しいものに交換したものが20年くらいの間でこんな様子です。指の位置がわかります。

こんなに削れるものなんですね。

魂柱も合っていなかったので交換しました。指板を削り直し、駒を新しくしてちょっとした横板の剥がれを接着し、ニスの補修をすると写真のようにピカピカになりました。磨く技術も上がっています。

弦はオブリガート(ゴールドE)のセットの新品に交換しました。

これもはじいてみるだけでも鳴りの良さを感じました。弾いてみると今までのブッフシュテッターの中でも特に良い感じです。オールド楽器らしい当たりの柔らかさと音色の深みがあります。私はオールド楽器に共通する音があると思います。その上でさらに個性や個体差があると思います。
この楽器は癖や欠点が感じられず素直だと思います。オールド楽器には個体差も大きいものです。

再びさっきの量産品を弾いてみると、硬く尖った感じがします。現代の楽器の中ではそれほど強い方ではなくてもやはりオールドに比べると硬いです。

現代の楽器を弾比べて、どれが良いかというわけですが、硬く尖ったものが他よりも抜きんでるように感じるかもしれません。そのような評価とは全く逆の音がオールド楽器からはするのですから、現代の作者の評価なんてなんなんでしょう。

逆に言うと新しい楽器でオールド楽器のような音は出せず、現代の楽器らしい長所を伸ばすと硬く尖った音という事になるのかもしれません。こうなると新しい楽器ほど優れていることになりますから、売る方としては入手しやすいし買い替え需要も起きますから良いですね。

現代の楽器とオールド楽器を比較する機会は少なく良さが分かっている人は少ないのではないかと思います。

このブッフシュテッターもこれだけ指板が減るほど使われていることが重要で、店に在庫としてあるものとは音が違います。

売っている段階では本当の楽器の実力は分からないので、わかって楽器を選べる機会は普通は無くて、たまたま手にした楽器の弾き方を身に着けて一生が決まるという感じですかね。

ブッフシュテッターの相場は3万5000ユーロとなっています。600万円位ですが、20世紀初めのイタリアの楽器ならもっと高いです。彼は生業として英米の業者に買い叩かれて安上がりな楽器をせっせと作っていただけで申し訳ありませんが、これより高いペッラカーニなんて量産楽器と音が変わりません。それに対してブッフシュテッターはあらゆる現代の楽器とは音が違います、それくらい希少なものです。



これは私が修理した何年か前にできたヴァイオリンです、地元で才能のある子供が弾いていました。数年ですっかり背が高くなりビックリします、日本人ではそこまで背が伸びません。

初めて手にする4/4のヴァイオリンがこれというのが渋いですが、マルクノイキルヒェンのオールド楽器です。とても個性のある姿をしていますが、仕事の質は丁寧で上級品であることがわかります。作者は分かりませんが、本で出ているハムという作者のものとそっくりです。

アーチは高くぷっくらしています。

才能のある子が弾きこんでいるだけに鳴りの良さは感じます。音ははっきりしますがやはりブッフシュテッターに比べるとこじんまりした感じがありいわゆる室内楽的といわれるものですが、イタリアのオールドでも同様のものはたくさんあります。
やはり共通するオールドの音を感じます、その上で個性があるように思います。

メンテナンスのあと受け取りに来た本人が弾くと、か細く音が小さいという事はなく現代の楽器に負けない音量があり滑らかで美しいものでした。1万ユーロもしない楽器でオールドの片鱗を感じされるものでした。それは言葉にしがたいものですが、離れて聞いた時には単に音色がどうというのではなく音が楽器に縛りつけられない感じがします。私だけが「幽体離脱」と呼んでいる現象です。

我々職人もこんなオールドの世界を教わることはないし、偉い製作家ほど井の中の蛙で古い楽器を知らないのではないかと思うほどです。裸の王様とも言います。
アーチは低いほど音量があるという法則性を教わります。今回の量産品ではアーチが高くてもよく鳴りました、全く見当違いで音量があります。それくらい職人の頭で考えていることと実際はかけ離れています。

イタリアのオールド楽器もドイツのオールド楽器も一本一本それぞれ個性があって私にはイタリアの音とかドイツの音というのはわかりません。オールド共通の音があって系統は重なっていると思います。しかし値段は桁違いです。
同じブッフシュテッターでも音はみな違います。弾かないで作者名でも音を予測することはできません。

派手な音の競い合いから降りて、このようなオールドの音を知っているだけでも楽器作りは面白いと思います。私の作る楽器も古くなるわけですから、それらとは目指すものを180度変えて素性の良いものを作っておけばオールド楽器に日ごとに近づいていくことでしょう。木工の高級品とは頑丈で分厚いものですから、弦楽器でも高級品を作ろうとすればそうなります。目指すべきものは全く逆なのです。

ストラディバリとドイツのオールド楽器を比べるとバランスが良く均整の取れたストラディバリと丁寧だけど不格好なドイツの楽器という事になります。しかしストラディバリ以外のイタリアの楽器も同様に不格好かもしれません。イタリアでも本当に美しい作者は数えるほどです。

現代のユーザーはそんなことはどうでも良くて音だけがすべてなようですし、音も強さばかりで今では若い先生も古い楽器の音を知らないというわけです。
投資家は値段にしか興味がなく、高価な楽器を買って演奏者に貸し出してもさほど音が良くないというのが現実です。

こういう全体像を知ることが具体的な名工とされている人の名前を知っているより重要なことだと思います。

ニセモノでなくても雑に作られた楽器が名工の作として売られていたり、よくあるような普通の音の楽器が高価な値段で売られています。それ以上にニセモノが多いわけですが、ホンモノだからと言って高いクオリティであるとか音が良いというわけではありません。ニセモノの方が美しかったり音が良かったりすることもあるわけです。

これは私の3者の専門家がいるという話です。
①演奏家
②商人
③職人
それぞれのプロが良し悪しを測る基準がバラバラなのでこのようなことが起きます。
①演奏家は音
②商人は知名度と値段
③職人は仕事のクオリティ

職人から見て雑に作られた駄作なのに値段が高いとか下手な職人なのに名工と言われていたり、音が悪いのに値段が高いとか、高品質で美しい楽器なのに音が悪いとか量産楽器の方が音が良かったりとか十分あり得ます。

音感に優れた人には音痴に聞こえる歌手が人気で大スターと崇められているのと同じことです。

総合的に物事は判断するのが良いと思います。
こんにちはガリッポです。

天気予報以外で暑さがこちらのニュースで報じられることはほとんどなく暑さによる死者数のニュースなどは聞いた事がなかったのですが、さすがに今年はニュースになりました。今の時点で去年の倍で各国でそれぞれ何千人単位の死者が出たようです。しかし熱中症という病気の認知度や診断基準の問題で日本の数と比較できません。熱中症自体が知られていない、暑さで人が死ぬという認識がありません。
政府も病院や学校などにエアコンをつける方針を打ち出しています。逆に言うと公立の大きな病院にもエアコンが無いという事です。
そんなニュースも数時間後のニュースでは国際情勢など他の話題に切り替わっていました。

その後の報道ではヨーロッパで数日間に1万人以上が亡くなったとのことです。
https://www.vietnam.vn/ja/lan-song-nhiet-cuop-di-hon-10-000-sinh-mang-o-chau-au

ボタンが壊れていたヴァイオリンの続きです。

ブロックを交換した後さらに3つの部材を取り付けます。
ネックを入れ直す時に以前とは位置がずれるからです。

接着面が小さく木口になっているのでしっかりつけないと取れてしまいます。

木材を貼り付けた後、さらに加工します。

これで理想的なネックの取り付けができます。

ブロックの内側も加工しますが、なぜ最後にするかと言うと、四角いままの方がクランプがかけやすいからです。丸く加工してしまうとクランプが滑ってしまいます。
ブロックや部材を接着してから加工するわけです。

まるでパズルのようです、順番を間違えてはいけません。

大まかにネックを取り付ける溝を彫っておきます。最終的には裏板がついていないとボタンの位置がわかりません。しかし裏板がついていない状態のほうが作業がしやすいので、荒く加工しておきます。

これで中の修理が終わりました。
バスバーは2003年にうちの会社で交換されています。楽器自体はマルクノイキルヒェンの量産品ですが、板の厚みも十分に薄くなるまで加工されていますし、周辺の削り残しも多くありません。むしろ周辺の溝は深く彫られ薄めになっています。

この機会に裏板の削り残しを手直ししようかと思いましたがするところがほとんどないです。

パリの作者のラベルがついていますが偽造です。ドットのような点々が見えるので印刷技術が分かります。
この楽器がニセモノかと言うと、オリジナルは知りませんがフランスの一流の作者の楽器とは似てないので、ニセモノとというよりも関係のないラベルを貼っただけという事です。
1902年の楽器にしてはアンティーク塗装の時代設定が古すぎます。楽器の製作年代と変わらないのでアンティーク塗装にする必要がありません。
でも木材の質も高く普通の量産品以上のクオリティがあります。
ラベルもいつ貼られたのかわかりません。

偽造ラベルを専門に作る業者があったのかもしれません。少なくともマルクノイキルヒェンの量産品にはストラディバリのラベルが貼ってあるものが多く当然印刷工場で量産されていたはずです。

ネック側も木材を足します。長さは合ってはいましたが、傾きが変わるので片側だけ足りなくなります。指板は2003年に交換されたようで十分厚いです。

修理ではボタンが出来上がっているのでそこに合わせてネックを入れます。新作ではネックを入れてからボタンを加工します。

ニスを塗り始めてしまったので分かりにくいですが、写真で左側に新しく足した横板が残っていて、右側は足した分がすべてなくなっています。過去のネックが傾いてついていたわけです。
じゃあ最初からつけなければよかったじゃないかというわけですが、それは結果論で加工してみないとわかりません、

表板の新しく足した部分もわずかに残るだけです。
バスバー側に指板が傾いていたようです。
その指板にあわせて駒を設置するので駒の位置がセンターからずれていたはずです。
これだけわずかにしか残らないならちょっと隙間が空くだけです。一般の工業製品では隙間なんて空いているのが普通です。
それが許せないのが丁寧な仕事の職人です。

量産品というのはそんなものでまずネックが真っ直ぐは入っていることはありません。わざとに傾ける理論もありますが、どっちに傾いているかもバラバラでわざとにそうしたとかそういう事ではありません。

ネックを接着する前にニスを綺麗にしておきます。指板の下は掃除ができない所です。

ネックを取り付けます。

アーチは中央がとても高くなっています。マルクノイキルヒェンの楽器には時々あります。アンティーク塗装でオールド楽器をイメージしたのかもしれません。しかし実際のものとは全然違うアーチです。
どちらかと言うとデルジェスの特徴に近いです。

ネックを入れる時に問題なのはもともとのネックとオリジナルのボタンが一致しなければいけないことです。
アーチが高いのでネックの角度を急にするとネックの方がボタンよりも低くなってしまいます。そのような修理はよくあり飛び出たボタンの方を削ってしまうことがあります。ボタンは作者の特徴が出る部分なのでそれはいけません、その場合には継ネックが必要です。もちろん量産品ですからそんなのはどうでもいいという考えもあります。でもこれが正式な修理です。未来にはザクセンの量産品の価値が上がるかもしれません。


しかし今回はばっちりうまくいきました。

ネックを加工しなおして仕上げるとオリジナルのボタンに手を加えることなくぴったり合っています。
新しく足した部材を加工して復元する場合は摩耗した部分を計算に入れないといけません。ボタンは摩耗したり、アンティーク仕上げで摩耗したように作ってある場合にはそれも考慮して元の状態を復元しないといけません。
オリジナルの部分から丸みがつながっていないといけません。ネック側に足した部材の方はネックと流れがつながっている必要があります。ボタンはオリジナルを尊重しますがネックは消耗品で弾きやすさが何より大事なので手直しして加工することができます。新作を輸出し演奏者と接点がない職人や工場のものは名工でもそのようなノウハウがないわけです。

ニスの補修を始めて一日くらいでこんな感じです、だいぶ目立たなくなりました。
今回も細かい作業ですね。もともと工作好きの私にとっては時間(コスト)にさえ追われなければ面白いです。


知識で「オールド楽器はアーチが高く近現代の楽器はアーチが低い」と学んでいると、このような例外があります。一つはそのような浅い知識を持った人が古い楽器に見せかけようとします。
アーチは立体造形なので測れる場所が周辺の低い所と中央の一番高い所だけです。
アーチが高いと言っても中央の高さをはかった場合だけであり、アーチ全体の造形はオールドと全く違います。高い低いではなくアーチ全体を理解しないといけません。低いアーチの楽器にもオールドの作者は特徴が現れるのでオールド楽器を見分けることができます。だからと言ってどんな音かという事は言えません、弾いてみないとわかりません。

また、「正しい製作法」があったとしてもそれを厳密に守らない不真面目な人が出てきます、特に西洋人の場合にはルールを守らない人が多いです。街を見ればポイ捨てゴミや落書きと違法薬物中毒者があふれています。それが彼らです。
したがって、同じ国だからと言って同じ作風の楽器ばかりとは限りません。こんな有様ですから国ごとに音を統一して製造することなんて技術的にも統制面でもできません。だから国ごとの音なんて無いのです。

作った人は古い楽器をよく知らずに古い楽器に見せかけようとしたのに、偽造ラベルを貼った人はずっと新しい作者のものを貼ってしまいました。偽造ラベルはそれくらい適当なものですが素人にはわかりません。巧妙な偽物を作るケースは少ないですし、その職人の腕前は一流でなければできません。
本当にずる賢い業者は似せて作るよりも古そうな楽器があったとき偶然似ている高価な作者を探して偽造ラベルを貼る方がはるかに低コストで儲かるので多いと思います。それで本で見ると似てるわけです。腕を磨いて古い楽器を研究し似せて作るにはどれだけの労力が必要か考えてみてください。中途半端なものは全く似ていません。数百年に起きた出来事を人為的に再現することはできません。
関係ない楽器に別のラベルを貼るだけで素人は騙せます、いとも簡単に人が騙されるのが面白くてたまらないことでしょう。ニセモノを作る必要すらないのです。

板がちゃんと薄く作られていてデルジェスのようなアーチで形が崩れたストラドモデルは幅も広いものです。時代はやや古く1910年前後でしょうかね?
過去の修理と今回の修理で完璧な状態に近いですからどんな音がするか楽しみです。こんな楽器でも作者名や値段を伏せて多数決なら「現代の巨匠」より音が良い可能性は十分あります。

この修理をやっていたのでコントラバスの方はほとんど進んでいません。しかし接着しなおしたことでガタガタだった横板が真っ直ぐになりました。触って手触りが違います。問題は他の部分も直さないといけなくなってしまったことです。一つ始めると全部やらないといけなくなります。いつになったら表板を付けられるのでしょうか?

もう世の中は夏休みもバカンスムードになってきました。楽器の練習を止めて旅行に出かける人たちが多くなります。預けてメンテナンスの仕事が多くなることでしょう。

私は趣味などもなく、楽器作りが趣味です。もはや仕事としては成立しないほど物価やユーロが高くなっています。腕の良い職人が作った中古のヴァイオリンの相場が8,000~10,000ユーロであるのに対して、新作楽器の値段が15,000~20,000ユーロくらいになっています。こちらではとにかく楽器を多く並べて弾き比べて買うので鳴りが良くない新作楽器では立ちうちできません。

楽器店に並ぶような手抜きして安く作るための努力は諦めて楽器作りは趣味とします。納得のいくものを作って中古品の相場8,000~10,000ユーロで譲ろうと思います。もし希望する人がいたら作るには1~2年かかります。今後は注文ではなく私が好きなものを作って行こうかと思っています。15,000~20,000ユーロなら仕事として製作依頼を受け付けます。

今はビオラを作り始めています。
これは依頼主の希望通りにします、特にビオラはサイズを体格に合わせたオーダーメイドでないといけません。
センターを貼り合わせるのは重要でセッティングや長さの違ういくつかカンナがあります。この木材はきめが細かく理想通りに加工できるので、もっとも精密に調整したこのカンナで行けます。
カンナが理論通りになっているので板の長さの削りクズが一続きで出ればもう接着が可能です。
普段は木目にちょっと持っていかれるのでこのカンナでは無理です。

合わせ目は見えないくらいです。

新たに作ったモクソンバイスもビオラのサイズで完全に機能しています。
カンナを調整し、材料を固定する台を製作すると仕事の質が安定するとともに、やっていて気持ちが良いです。

音楽とは全く違う楽しみです。
私はもともと工作が好きなのでこんなことが楽しいのですが、音楽しか興味がなければめんどくさいだけでやっつけ仕事になるでしょう。センターの合わせ目が開いてしまうと修理は大変です。

お客さんは音しか興味がないので、世の中に売るほどある中古楽器から選んでください。現代の職人は盛んに自己PRするかもしれませんが実際は技術が進歩してはいません。様々な工夫も中古品の鳴りの良さを超えません。「音量=やかましさ」なら安価な楽器にもかないません。
このため楽器作りは趣味とします。
こんにちはガリッポです。

私の所では35℃以上の日が9日間連続で続きました。やっと30℃を下回っています。


ボタンが壊れたヴァイオリンです。

接着した後で裏板を開けて、くりぬいて補強します。

接着するのは難しいですが固定方法を工夫することで上手くいきました。裏板を開けてから接着すると外れかかっているパフリングまで壊れてしまいそうでした。オリジナルが損なわれるだけでなくパフリングを一部新しくするのも難しい仕事です。

厚みが2mm程度の木材が新しく入ります。

この深さまで彫っていくとパフリングが出てきました。これ以上は彫れません。ナイフで切られているのが分かります。
これでオリジナルとほぼ同じ強度になります。
壊れやすいからといってオリジナルよりも強くすることはできません。これはそもそもアマティの時代からの構造上の問題です。

裏板の下のブロックとの接着面も傷んでいます。破片が見当たらず汚れやにかわが入り込んでいることからすると過去の修理で傷んだようです。

こちらも直しました。
傷んでいるところが平らになれば良いので上ほど深くする必要はありません。

新しい木を埋め込む修理が終わりました。
過去になぜ修理されたのかはわかりませんがセンターの合わせ目の接着が完全ではないようです。今回の修理でも合わせ目を強化する効果があります。

ラベルにはフランスのパリの作者名のものが貼ってありますが、これは偽造ラベルで東ドイツザクセン地域の量産品です。偽造ラベルが貼られているのはごく日常のことで騒ぐような事件ではありません。

新しい木材が入ったのは半分くらいですが、壊れる前と同等の強度になりました。


応急処置なら接着して終わりでしょうが、ちゃんとやるには上部のブロックの交換が必要です。
ブロックの交換は同じ大きさのものを作って交換すれば良いだけと思うかもしれませんが、古いものや量産品だと不規則な形をしているので現物合わせにしないといけません。

横板の表板側は、表板と接着されていますが裏板側はブランブランになっているので、このような枠を作りました。ただ付けただけだと裏板の形と合わなくなります。

枠に横板を固定した状態にぴったり合うようにブロックを加工すれば裏板と合うはずです、‥‥理論上は。
もっと高価な楽器やそもそも精巧に作られている楽器であれば仮につけてみて何度も確認する必要があります。

ここに完璧に固定します。

このような型や接着の当て木を作るのをめんどくさがる人が多いでしょう。

私はもともと工作が好きなので、接着の補助となるものを作るのが面白いです。

音楽しか興味がない人が職人になると面倒でしかありません。
これが雑な職人との違いですね。


新しいナイフを新調しました。
上が修行を始めた2年目から使っている西洋のものでしたが、残念ながら同じ製品は入手できなくなっています。
それでも最初は長かったと思われます。研ぎ直していくうちに短くなっていくわけですが、先がとがっているので時々折れてしまうことがあります。

普通は日本製のナイフを使っています。それは鋭く切れるというよりは薄くそぐように削ることができるので繊細な作業には向いています。しかし刃先がもろく折れたりかけたりしやすいのでこのように尖った先端にするには向いていません。黒檀のような硬い木材でも消耗してしまいます。

それに対して新しくしたものはHSSという鋼材です。ハイスピードスチールの略で日本語で高速度鋼(ハイス鋼)と言います。何が高速かと言うとドリルなどの回転工具に使用すると高速で回転して材料との摩擦で熱を発生します、普通の鋼は熱で焼きが戻りだめになってしまいます。それに対してHSS鋼なら熱に強いので電動の砥石で研ぐことも可能です。刃を研ぐのが面倒な西洋の職人は機械の砥石で研ぐわけですが、私はそれがとても苦手で上手く回転する研磨プレートに刃を当てられません。うまく当たってなくても刃先が尖っていれば切れるというわけですが、砥石を使って手で研げばもっと鋭利にすることができます。つまり研ぎ方が雑では切れ味も悪く仕事の結果も雑というわけです。下手な職人ほど刃を研ぐことをめんどくさがります。

いつも予備の刃物を用意しておかないとと思うわけですがようやく思い立ちました。
これで一生もつ事でしょう。

同じHSS鋼のナイフの刃は初めて買ったのではなくすでに使っています。一番上のものはパフリングの溝に切り込みを入れる専用のものです。ちょうどデザインカッターと同じような角度になっているのでスラロームで曲線を切るのに適しています。しかし刃に厚みがあるので一定以上の深さに切り込みを入れることができません。

一番下は今まで使ってきたもので角度が尖っているので深くまで切り込みを入れることができます。今回買ったものはその中間としました。パフリングの溝を彫るのに3本もナイフを使い分けるというわけです。これまでは中間は日本製のものを使っていたので先が折れたりしました、これで心強いです。
下の二本は他の用途でも使用可能です。


このようなナイフには柄がついていないので自分で作ります。こんなのは慣れたものですが、DIYの木工家には難しいかもしれません。買う人は限られています。

ナイフは箸の国という事もあって日本ではあまり使われていない工具で小刀というものを子供の頃に使った人がいるかもしれません。あれは刃が片方についたものです。
両刃の切り出し刀は日本でもほとんど売っておらずヴァイオリン職人のための輸出用を買わないといけません。

ちなみに日本では小刀を使う時に(右利きなら)左手の親指を使って押すように使いますが、西洋ではナイフはもっぱら引いて使います。包丁で大根の皮をむく要領ですが、普段の食事でも使っている方法なので器用なものです。

したがって普段は日本製のナイフが何本もあって、パフリングなど特殊な用途ではHSS鋼のナイフを使うという事です。工具はナイフだけではなく多種多様にあります。これが楽器の演奏者なら楽器と弓くらいですから、道具の専門性が違います。つまりどんな音楽でも同じ楽器や弓で演奏するのです。弓は何本か持っている人もいますし、楽器も何本も持っている人もいますが、楽器は結局一つだけを使う人が多いです。

道具というのは自分が使いやすいかどうかが基準であって、ニューヨークかロンドンかどこかで誰かに何と言われたかではありません。

どこの国の製品かではなく用途によって違います。西洋のものと言っても現代の量産化された鋼材であって伝統的な鍛冶屋さんのものではありません。それがまだ残っているのが日本というわけです。


コントラバスの修理は・・・

横板の古傷を見直すと、何か所も傷口が開いているところが見つかりました。
内側を見ると決まって同じ処置が施されていました。

厚い部材が貼ってあるところはさすがに傷が開いていませんが、音にはマイナスかもしれません。
一方薄い板が貼ってあるところがあります。

この処置を施された場所の傷が全部開いています。
木材の種類はウォルナットで擦弦楽器には使われないものです。厚みは0.5mmあり、おそらく突板(ツキ板)のもののようです。
なぜウォルナットだと分かるかと言うとさっきのナイフの柄に使っているからです。

ツキ板とは家具などで安価な木材の表面に薄い高級木材の板を張り付けるものです。金メッキみたいなものです。
この処置が行われている個所の傷が全滅です。
これが貼ってあるので傷口が開いたままでも横板自体が真っ二つになることはありません。
なぜこれで補強が失敗しているのでしょうか?
厚みが薄すぎることで補強効果が弱いことも考えられますが、接着が不完全であると思われます。広い面積に貼り付ける時にしっかりくっついていないので傷の患部が浮いてしまっているのです。小さな木片であればピンポイントで傷口に接着することができます。
横板の広い面積に木材を貼り付けた修理ではたびたび見かけます。

この問題が発覚したため表板を取り付ける予定は一週間経っても全く進んでいません。


他にもヴァイオリンのニスのメンテナンスの仕事も急ぎで入りました。
地域では才能ある生徒でマティアス・ハイニケを使っています。
しかし作風がよく見るハイニケと違うのでマティアス本人の作ではなくその兄弟の作だと考えています。
つまりごく平凡な職人のアーチや板の厚みのガルネリモデルで、よく弾きこまれて鳴りが良いです。音色に味もあります。
何の変哲もないものでもこんなことがあります。弾く人次第でもあるし、特に作りに特徴がなくても音に個性があります。

オールドのような柔らかさはありませんが今日では求められていません。

弦楽器とはそんなものです。
今鳴るこの楽器も店頭に売られていた時はそんなに目立たなかったかもしれません。



こんにちはガリッポです。

記録的な熱波がヨーロッパを襲っています。
各地で気温の記録を更新していますが、それ以上に厳しいのは長く続いていることです。これまでは暑い日があってもせいぜい4~5日もすれば交互に涼しい日がやってくるものでした。体験した事のない暑さです。
私のアパートは断熱性が高いため外が暑くても1~2日は涼しいままですが、徐々に建物が熱を持ってきて涼しい日が来ても暑いままです。それでも交互に来れば室温は30℃は超えませんでした。

こちらの暑さに対する対策は日本の50年は遅れているでしょう。
私の町でも38度を超えましたが、気温が高くなればなるほど川辺で日光浴に来る人が増えます。未だに日光に当たるほど健康に良いと信じられていて、熱中症や紫外線の危険が周知されていないようです。
暑さそのもので死者が出るというよりは35度を超えるといつも以上に人々が遊びに出かけ水難事故が多発するという具合です。もちろんお酒を飲んで水に入るのですから危険極まりないです。つまり暑くなると遊びすぎて亡くなってしまうのです。

エアコンなどは街中にもなく、去年くらいからようやくバスなどが冷房付きになったくらいです。とにかく冬の寒さへの対策が重視され冬でもTシャツで過ごせることが豊かさの象徴となっています。
このため暖炉やストーブには何百万円もかけるのに、その時が来るまで暑さのことは忘れています。さらに夏はもっと熱い南の国にバカンスに行くくらいです。

私は毎年暑さ対策を考えています、去年はかき氷機を買いましたがこれも西洋には無いものです。アマゾンでは中国製のものがあります。アイスクリームを買うより経済的かと思いましたが意外にもシロップが異常に高く、安い人工のイチゴ味のものはとても酸味が強かったです。日本の果物は酸味が少ないので日本で生まれ育つと西洋の果物はすっぱすぎますが、人工調味料のシロップでもそれを再現していたのでした。
とはいえこの猛暑では助かります。

今年の投資はサーキュレーターです。
サーキュレーターも日本では有名でしょう。日本での使い方はエアコンの効果を高め節電することでしょうが、うちにはエアコンがありません。その代わり夜には20℃以下になるので窓を開けて外の風を強制的に送り込むのです。冷たい暴風の中にいるようです。
これによって意外にもよく眠ることができ、思ったより元気に働いています。
これまでは外の騒音を避けるため耳栓をして窓を開けるだけか普通の扇風機を使っていましたが、風のない日や風向きが違うと冷気が部屋の中央まで届かずほとんど焼け石に水という状況でした。
店にはチープな扇風機が売られているだけでサーキュレーターはこちらでは全く知られておらず、その効果を同僚に話してもちんぷんかんぷんのようでした。最強にしても耳栓があるので風の音もうるさくありません。

ネットで5月のうちに買っていたので良かったです、現在は軒並み売り切れになっています。
Vornado 5303DCというものです。国によって電圧など仕様が違いますが共通のモデルです。他のサーキュレーターを知らないので性能などは分かりませんが、これより大きな羽の扇風機よりもはるかに強い風が出ます。
サーキュレーターは近所のお店にもないだけでなくネットでもその名称が知られておらず扇風機と混同されていて検索も困難です。それで老舗のメーカーのものにしました。問題なく機能しています。


それでも昼間の暑さはどうにもなりません。家の中が31℃になっていますが、外が35℃を超えているので夜の10時くらいまでは窓を開けると逆効果です。にもかかわらず窓を開けている家をたくさん見かけます。私も日本で子供の頃はエアコンがなく夏はいつでも窓を開けていたものでした。未だにその時代のレベルです。


暑さと楽器の問題ですが、人が生きられるくらいの温度ならそれほど暑さは問題になりません。ただし車の中に放置してニスがベトベトになりケースに張り付いてしまうという事故は時々ありますので、お子さんや愛犬と同様くれぐれも熱い車内に放置しないようにしてください。

汗などはニスに跡が付きますので拭き取るようにしてください。
湿度が上がることでペグがきつくなることがあります。ペグはテーパー状になっているので奥に押し込むときつくなり、外に引けば緩くなるとそんな説明も初心者には必要です。近頃はアジャスターでしか調弦をしたことがないという人が多くなっています。


壊れたヴァイオリンが持ち込まれました。ボタンが割れています。
たいしたことないように見えるかもしれません。

ボタンが割れてパフリングのところが開いています。

横を見ると塗装とずれています。

裏板を開けてみると、上部のブロックごと割れていました。意外と大変な修理です。
今回は保険に入っていたので安心です。ブロックを交換し、ボタンの方も裏側から木材を埋め込んで補強し、ネックを入れ直す修理になります。

製造時に斜めに入っているネックも真っ直ぐになりネックの下がりも直り、壊れる前よりも弾きやすく音も元気になることでしょう。これが保険に入っていないと単に接着して終わりという事になります。
中古品などはこの修理をしてあるかないかは大きな差になります。

多くの場合演奏者は壊れても、使えるように直してくれれば十分だと考え応急処置で終わりにします。遺族などが売りに来ると高額な修理代を支払わないと売り物にならないという事態に直面します。
故人が自慢していた楽器は、売ってお金になるどころか、お金をかけないと売りに出すことさえできないのです。
売れるか売れないかわからないものに遺族は何十万円も払うわけがありません。我々も売りに出される中古品がいくらでもあるのに、わざわざ修理に手間がかかるものを買い取ったりしません。

そのようなことで修理されていない楽器を買ってしまうと後で大変です。ここが壊れている楽器はよくあります、我々でさえ気付かずに買い取ってしまうミスがよくあります。
この部分は弦楽器の構造上の欠陥でもありますが、アマティの時代からそのままです。

それで保険に入っていると安心というわけですが、弦楽器については日本の方が50年遅れているという所でしょうか。保険といっても高価な名器だけではなくこれはマルクノイキルヒェンの量産品です。

これが次の仕事です。


コントラバスの修理は前回はここまででした。

写真の中央に穴が開いていて向こうの光が差し込んでいます。
過去には何度も何度も裏板と下のブロックがはがれて、接着しなおしたようです。その時古いにかわを除去せずそのまま上から貼り付ける応急処置をしました。そして木釘で固定していましたがまた開いていました。
コントラバスの下のブロックにはエンドピンが差し込まれますが、コントラバスのすべての重さと、5弦の張力がかかる所です。何度も剥がれて応急処置が繰り返されてきました。


表板側も異なる時代に木釘が7~8本打たれています。接着が不完全で木釘で止めていたのです。
またサドルの所も傷ついています。

週明けはどうやって直すか途方に暮れていたところからスタートでした。

まず一日かけて古いにかわを水やお湯で溶かして除去したのちに裏板とブロックを接着しなおしました。

それでも一番良いのは裏板を開けて接着面を加工しなおすことや、ブロックを交換することですが、修理が大掛かりになりすぎます。これでもだいぶましになりました。

裏板とブロックの間の隙間が無くなりました。もう一度さっきの写真です。

裏板とブロックの間に隙間があります、これではコントラバスの重さと張力を支えることができません。


穴の方は・・・

穴の周囲を削って新しい木材を接着できる面を作りました。そこに木材をピッタリ合うようにして接着です。

たいして難しい作業には見えないかもしれませんがコントラバスの場合厳しいのは体勢です。前かがみの無理な姿勢で腰が痛くなったりします。大工さんなら梁の上でノミを金づちで叩ていますがそんな感じで違うレベルの精密加工です。

この上から途切れていたライニングを取り付けます。

これで補強されました。
裏板の接着面も強化されます。
木材には加工できる繊維の向きというのがあって、ノミの柄がぶつかって入らなかったり、利き手じゃない方の手を使わないといけなかったりしました。

三度修理前の写真を

ライニングは欠けていて接着面は壊れていました。
裏板を開けられない状況ではベストな修理でしょう。

短いライニングを接着するだけでこれだけのクランプが必要でした。横板が高いので特大サイズです。
これ一つは1万円以上はしますから7つで7万円は軽くします。このようなコントラバスの修理は10年に一回も無いかもしれません、儲からないわけです。

表板側もサドルの下が傷ついていました、ここも埋め直します。
古い楽器の修理で多いのは黒檀を埋め込んであるケースです。

今回はメイプルにしました。オリジナルと同じ向きにスプルースを埋め込むのは接着の難易度が高く強度に問題があります。
メイプルであれば後で外から見た時に横板のライニングと同化します。

これでサドルの下に一枚メイプルが敷かれたことになります。これが音に影響するでしょうか?
サドル自体の材質も音に影響があるかもしれません。
しかしサドルは力がかかるので硬い黒檀でないと耐久性がありません。柔らかい木や軽い木にするとテールガットが食い込んでしまいます。楽器ごとに形を加工しないといけないのでカーボンなどは無理です。したがって音のために別の素材にするというのは考えにくいです。
じゃあその下に敷くものを変えれば音が変わるかもしれません。
今回のような加工ではそんなに簡単にあれこれ試すようなことはできません。
もし交換が可能なようにカンタンに着けたら接着が不完全であることが音に影響するかもしれません。

それに対してこのような修理をせず傷ついてガタガタのブロックにサドルを無理やり取り付けると強い張力でいつ外れてしまうかわかりません。これまでのようにまた古いにかわの上から接着して応急処置を繰り返すだけです。

これで表板がつけられるか試してみるわけですがまだ欠けているところがありました。

ネックの根元の横板とライニングが欠けています。左右両方です。地味ですがこれが欠けていると表板と隙間ができます。

来週はもう一度ひび割れや剥がれがないかチェックして表板を取り付けたいと思います。表板を付けるには事前に、接着剤をつけない状態で組み立ててみて完全であるか確かめる必要があります。これに何日もかかるかもしれません、それがコントラバスの修理最大の難関です。

多くのコントラバスの場合にはギターのように表板が横板よりもはみ出しているオーバーハングがありません。このためピッタリに横板を合わせないといけません。過去の修理でもあってない所をパテで埋めてごまかしていましたから理論上無理です。


接着に使うにかわについて改めて説明しましょう。
にかわというのは聞いた事はあっても実際に見たことがある人は多くないでしょう。現代の木工では使わずホームセンターにも売っていません。


乾燥した粒状になったものを購入します。原料はおそらく豚の皮の所だと思います。日本では魚などが古くから用いられてきました。いずれにしても動物性のもので温めると液体になり冷えると固まるものです。煮凝りと同じでグミキャンディとも共通しています。

これを水に浸して乾物のように戻します。
湯せんすると溶けて液体になります。熱くし過ぎるとたんぱく質が壊れてしまいます。

温かいうちは液体で冷えると固まりますから、温かいうちに塗って固定しなければいけません、そのため早業が求められます。
木材を削る仕事はゆっくり少しずつ慎重に作業することができますが、接着は一瞬の一発勝負です、ここで位置がずれてしまうとせっかくの努力が水の泡です。ですからとても緊張する作業です。
私も接着の途中の写真をこれまで一つも上げていません、それは作業中に中断してカメラを手に取ることができないからです。撮影されながらも気が散って「それどころじゃない」と頭に来ます。見学や撮影は構いませんが接着中だけはやめてほしいです。

それくらい難しい作業です。
このため準備が肝心です、にかわをつけていない状態で何度も作業のシミュレーションをしベストな方法を探します。この予行演習がにかわづけのすべてを決めます。それでも本番は練習とは全く違う事態に直面することが多いです。濡れると木材が変形するからです。

そうはいっても私は木工用ボンドよりもにかわを好みます。木工用ボンドは粘性が高くクランプで締めつけるとグニュッとずれるからです。接着面が合っていれば温度でサラサラになるにかわなら吸盤のように引っ付きます。


接着は一瞬でも準備に何時間もかかるというわけです、コントラバスなら何日もかかるかもしれません。表板を横板に合わせるためにエッジに木材を足したり、指板の下に板を入れて角度を調整したりすることもありました。これは表板の輪郭と横板を合わせるとネックの角度が動くのです、5弦のバスで駒が低くなりすぎると弓が表板の縁にぶつかって演奏ができません。このため表板を付けるだけなのに指板を外してネックに木材を足したことがあります。サイズがヴァイオリンの比ではありません。今回はそうならないことを願っています・・・。

弦楽器が一般の木工と大きく違う所はこの接着にあります。
普通の木工は木材をはめ込んで抜けなければ良いというくらいです。それに対して弦楽器では接着面と接着面の間に隙間が少しもあってはいけません。加工のクオリティが全く違うのです。

現代の接着剤は、人工樹脂が含まれていて隙間をそれで埋めます。ゴムやプラスチックのようなもので隙間を埋めることができますが、にかわでは隙間があるとくっつきません。にかわは分厚くなると乾燥して縮み割れてしまいます。古いにかわの層の上ににかわをつけると簡単に取れてしまうのです。
量産品には木工用ボンドが使われていますが、ゴムのクッション材が木材と木材の接合面の隙間に入っているという事です。振動にとってどうなんでしょうね?

指板や横板がちょっと剥がれたくらいなら隙間ににかわを流し込んでくっつけ直します。しかし完全に剥がれた場合にはそれだとまたすぐに取れてしまいます。指板なら指板とネックの両方の接着面を削り直さなければいけません。これによって駒の高さが低くなってしまうと角度を上げなければいけないのでくっつけるだけでは済まないのです。

安上がりな修理というのは剥がれたところをただそのままくっつけるだけですが、事態を軽く見てそれで持ち主は修理されたと思っています。

安い楽器では簡単に楽器の値段を超えてしまいます。真面目にきちんと修理する業者がボッタクリと思われかねません。応急処置で高い代金を取るのがボッタクリです。


さっきのこれです。
これを接着するのにどうしたかと言うと

これだけの大ごとです。
しかししっかり接着されていないとサドルとともに強い弦の力で外れてしまいます。

接着はにかわが冷えて固まるまでの間動かないように固定しないといけません。糊で貼るように置いただけではいけません。皆さんはボンドなどでくっつけたのにまた取れてしまった経験がおありでしょうか?接着というのは固まるまでしっかり固定しないといけません。特に粘性の高い木工用ボンドではボンドの厚みが無くなるように押し付けないといけません、そうすれば木材よりも丈夫になり木材の方が裂けてしまいます。

にかわは室温にもよりますが1時間もすれば冷えて動かなくはなります。その間ずっと手で持っているのは不可能です。手で持つと力が一定ではなく方向もグラグラしてしまいます。接着する前に固定法を考えなくてはいけません。
2時間もすれば外れないくらいにはなりますが、水分が無くなるという意味で固まるのはずっと先です。木材に水分が吸収されて行きます。にかわの水分が吸われ木材が乾くことによって木材の収縮が起きクランプが緩みます。このため鋼鉄が軽くしなるくらい締め付ける必要があります。

古い楽器の修理では割れた部分の接着でしっかり固定してないことが多く隙間が黒い線になっています。ただ貼り付けただけかひもでぐるぐる巻きにしたくらいでしょう。
ちゃんと固定すれば見えないくらいになります。今回のコントラバスでもそうでした。弦楽器は曲線が多いのでそれも難しいのです。接着が不完全で不安なので巨大すぎる補強を行っていました。これが雑な修理です。

コントラバスの製造や修理は、仕事の水準がヴァイオリン職人ではなく、一般の木工職人のレベルであることが多くあります。ブロックのところは過去の修理で木製の釘で止めただけという固定法になっていました。一般の木工ではおかしくはありません。

趣味でDIYをやろうと思いましたが根柢の考え方があまりにも違い過ぎるので断念した経緯があります。

とはいえ過去の修理を見ると弦楽器職人にも大きく2種類の人がいることが分かってきました。粗雑な人と丁寧な人です。これを系統として分けたいと思います。粗雑系、丁寧系とでも言いましょうか?
量産品やイタリアの職人には粗雑系が多いという事ですが、日本を含めどこの国人も粗雑な職人の方が多くいます、イタリアの粗雑な職人だけが特別という事はありません。
他の木工職人がどうか知りませんが音楽家のプロを断念して手先が不器用な人も多いものですが、同じ音楽家の共感を得ることができます。昔は向き不向きに関係なく家業を継いだものです。
名工と言われていたとしても粗雑系の職人というわけです。粗雑系の音と丁寧系で音の方向性の違いもあるでしょうね。
同じように粗雑な職人の作ったヴァイオリンがイタリア人なら1000万円で他の国の人なら50万円にもなりません。つまり200万円以上する楽器で粗雑に作られているのがイタリアのものだけという事になるので、オークションのカタログに載る粗雑な楽器はすべてイタリア製となります。粗雑な楽器は個性的にも見えますがイタリア以外の粗雑な楽器は安すぎてオークションには出ないというだけです。
もちろんイタリアにも他の国と同じように丁寧系の職人がいますので、丁寧なのが邪道などという哲学や思想の違いはなく一定の割合で粗雑な人と丁寧な人がいるというだけです。フランスやドイツでは丁寧な職人が選抜され多くの粗雑な人は量産工場に勤めていましたが、イタリアでは個人で作って安値でイギリスやアメリカの業者に売っていました、それを消費者に高く売るわけです。そんな商売を「世界的な評価」というのですから笑ってしまいます。

特に有名なイタリアのモダンの作者は木工職人から転職しアマチュアのヴァイオリン職人に教わった人なので、過去のコントラバスの修理のように丁寧系の職人とは全く作風が違います。量産品でも上級品に偽造ラベルが貼られると丁寧すぎるのでニセモノと分かります。

粗雑な仕事と丁寧な仕事とどちらが良いでしょうか?
ビジネスをやっている人なら粗雑な人材の方が優れていると考えるでしょう。人間の世界では多数決で粗雑な人の方が主流なのです。
お金を払う側にとってどうなのかは個人の自由です。

終わりの見えない暑さでしたが幸い週明けから気温が下がりそうです。30℃では涼しいとは言えませんが・・・
こんにちはガリッポです。

またまた暑くなってきました。
35℃くらいの気温の日が10日以上続く予報です。
まだ2日しか経ってません。エアコンもなく建物が熱せられ日ごとに室温が上がっていきます。次はブログの更新も無くなるかもしれません。

そんなに面白い話もないのですが、現実はそんなものです。

コントラバスの修理が続きます。表板も満身創痍です。横板に割れが発生して修理に持ち込まれたものですが、表板は過去に何度も修理されています。
新たにひび割れがいくつも見つかっています。

過去の修理で問題なのは補強です。

写真では大きさが分かりにくいのでヴァイオリンの表板と比較してみましょう。補強の木片が大きすぎるように思います。

こちら側はさらに大きな補強がされています。

そうすると今度は補強したすぐ隣が割れています。他にもなん箇所か同様の割れが見られます。
補強が強すぎると力がすぐ横に集中します。表板の材質も強くはないです。
コントラバスに使うような大きな木材は成長も早く密度も低いので余計に弱いものです。その上このバスは弦が5本あります。

過去の修理では接着が甘く補強が強すぎるものでした。
それに対してしっかり接着して、表板が弾力を維持できる程度の補強をすべきです。
接着を確実するためには接着が終わるまで固定する方法を考えなくてはいけません、ただ糊を貼るようにしただけでは隙間が空いてしまいます。
傷が開くことを心配して強すぎる補強をし、その隣が割れているのです。心配は間違っています。これが仕事が雑という事です。過去にそのような修理をされた楽器を直すのは、壊れたての楽器を直すよりもはるかに難しいです。過去にまずい修理がされるともう完全には直せません。

これを全部やり直せば音もよくなるかもしれませんが、誰が修理費用を負担するかの話です。あくまで今回の故障は横板の割れですから、保険の補償の対象は今回壊れた部分だけです。
新たに壊れた部分や応急処置で済まされている所を直すのがせいぜいです。

修理で音を良くするというよりは、壊れているものを使えるようにするだけで費用がかかりすぎます。

したがって一時の音の良さではなく確実な修理をすることが大事だと分かるでしょうか?


横板にもダメージがあり新しく木材を足しました。



白い部分が新しく足した木材です。
まるで日本のお寺や城の修理のように、部材の欠けている部分を継ぎ足しています。
これをやらないと表板を再び閉めたときに穴が開いてしまいます。

他にも損傷がありますが、古いにかわがついているという事は今回開ける時に傷つけたのではなく、過去のダメージです。

何か所も直しました。

表板を締める用意ができたかに思えましたが・・・。

裏板の接着面にひびのようなものがあります。

穴が開いているではないですか?
外からひびに見える所はパテで埋めてあるだけのようです。
こんなのどうやって直せばいいのかわかりません。
キリがありません。
ブロック交換になると横板の形が変わってしまい表板と合わなくなります。

こんなビオラがありました。

39cmの小型のものです。


焼き印が押されています。
J.アルトリヒターと名前が書かれています。フランクフルトと書かれているのも読めます。
資料によるとこの会社は金管楽器のメーカーだそうです。
さらに調べてみるとこのフランクフルトはドイツやEU経済の中心地として有名なフランクフルトではなく、東ドイツとポーランドの国境にある同じ名前の町のようです。
つまりマルクノイキルヒェンなど東ドイツで作られた楽器に管楽器メーカーの焼き印を押して販売したという事です。
自社では弦楽器は作らずに他社に製造を依頼していたという事です。今でも様々な産業でそのようなことは行われています。

したがってマルクノイキルヒェンなどザクセンのものと特徴は何も変わりません。

量産品にしては木材の感じも良いですね、アンティーク塗装も最小限にした結果今となってはわざとらしくなく悪い印象は受けません。


アーチはレンズのようになだらかなカーブになっています。アマティやシュタイナー型のオールド楽器では溝と膨らみにずっとメリハリがあります。
量産品だから味もしゃしゃりもないという事ですが、20世紀以降では個人の作者でも同様の傾向があります。
造形的なセンスが無いように見えますが、職人ごとの個性ですからこれを間違っていると指摘することはできません。
量産品との間にそんな差はないという事です。
これが現代の楽器の音の特徴の要因の一つかもしれません。

そんなに驚くような楽器ではありませんが、へえ~という感じです。値段を査定するならマルクノイキルヒェンの量産品と同等と考えて良いでしょう。その中では中の上くらいはあると思います。少なくとも50万円はするでしょうね。

お店の方は楽器を買いにくるお客さんが集中しました。例のようにただ希望する価格帯のヴァイオリンをずらりと並べて弾き比べて選んでもらうというだけです。社長もセールスらしいことはしません。

そんな状況でブログで見せられるようなものはあまりありません。


こんにちはガリッポです。


コントラバスの修理です、コーナーが無い変わったタイプのものですが19世紀のものです。過去の修理も多いですが大きな木片を張るよりも小さいものをたくさん貼る方が、力を上手く分散させ音への悪影響も少ないと思います。この修理を見た人は「粗い仕事だな」という印象を受けます。
コントラバスは修理費用も高いので安上がりに大雑把に行われることが多いです。

弦楽器の修理では割れを接着した後に補強する方法があります。
私は木片を貼り付ける方法を基本としています。

この楽器にもたくさん割れがありますが、補強は木片ではなく羊皮紙のようなものが貼られています。ひびの所にテープのように張るわけです。
傷が開かないようにという事なんですけど、横方向は補強できておらずグニャグニャになっています。



今回のコントラバスで特に問題はエッジの修理です。
大きな材木が必要ですが過去の修理では木目の向きが滅茶苦茶でした。
開けようとするといろいろな方向に裂けていきます。
平らな板はギター用のものなどが市販されていますが、のこぎりで切ってあるので繊維の向きがわかりません。

今回の修理ではこのような材料を使います。真ん中で真っ二つに割りました。
もともと割ってあるので繊維の向きの通りになっています。
巨大な塊ですが意外と簡単に割ることができました。

木材は分厚い方が簡単に割れてしまいます。薄い板であれば弾力があるため多少粘りますが、分厚い木材は変形することができずパカーンと割れてしまいます。

板の厚みでも話していますが、板が厚いからといって割れないという事はありません。


このような大きな木材では重量級のワークベンチが必要です。

全部やり直すとなると何週間かかるでしょうか?
開けたときに裂けて壊れたところだけ直せばまだましです。

やってみると大きい分かえってヴァイオリンやチェロよりもやりやすいようです。
ヴァイオリンやチェロでは型を成形してあてがって加工します。表板はグニャグニャしているので型に固定しないと加工している面が真っ直ぐになっているかわからないですし、曲がった表板に木材を貼り付けると出来上がった後も表板に変なストレスがかかったり割れたりします。

それがコントラバスではフリーハンドで空中です。それができるのは平面を感じ取る勘が身についてきたからでしょう。

私の中ではアバウトな修理ですが、過去に施された修理に比べるとずっと精巧になっています。

コントラバスの修理はまじめにやると修理の依頼が殺到してしまうという問題があります。

代金も高いわけですが、国立のオーケストラなので支払えるというわけです。
税金じゃないかと思うかもしれませんが、保険代を国営の楽団で払っているという事ですね。
それでもコントラバスの方が保険の料率は高いですし、他の加入者の料金から支払われていることには変わりありません。

とはいえ次々に壊れたコントラバスを持ってきて困ったものです。
音楽家の選ぶコントラバスのチョイスが信じられません。まるで名門オケでは状態の悪いバスをこぞって求め合っているようです。

作っているビオラですけどもこんな平行四辺形のような板でも自作のモクソンバイスで固定することができています。
真ん中の列にもベンチドックを取り付けられるようにしておいてよかったです。

面白い模様の板目板です。
黒い部分があります。節ではなくただ黒くなっているだけで強度には問題がなさそうです。避けられるかギリギリですが、白木のうちは目立ってもアンティーク塗装にすれば気にならないことでしょう。
自然のものですからほくろみたいなものです。

模様も含めて二つと同じようなものはみつからないことでしょう。

表板は未だに決まっていません。
割ってある木ですがねじれがあって結局真っ直ぐにはなりません。

通常ビオラは少しヴァイオリンよりも大きいので少し粗目の木目のものが使えます。
ただ音では、粗い木目の方が明るい音になり、細かいものの方が暗く柔らかい音になる傾向があると思います。
音に個性は出ますが一長一短でどちらが優れているとは言えません。
ましてや今回のような大きな塊ではコンコン叩いても響かず音なんてわかりません。
分からないことは分からないと素直に認めるほうがいいと思います、それを木材をコンコン叩いて「これは音が良い木材だ」なんて言うようだと何もかも言うことが信用できません。

針葉樹は夏と冬で成長の速度が違うため年輪に現れます。冬の部分は硬く密度が高いので線のように見えます。夏の部分は密度が低く柔らかいのです。
このため単純には強度を言うことができません。
冬目が太く硬いものは板自体も硬めになります。低音は引き締まりボリューム感は減ります。小型のビオラでとなるとヴァイオリンに使うようなものの方がいいということなるかもしれません。
こんな事も発想の転換でふつうは思いつかないことです。


どうせまっすぐでないなら、のこぎりで切られている他のストックも検討してみます。


横板は裏板の木材の端を切ったものです。これをスライスします。
裏板が板目板のピエトロ・グァルネリ作ヴァイオリンの場合にはネックや横板が柾目板で裏板とは合わせていませんでした。
普通に考えれば横板と裏板は同じようにするでしょう。それがグァルネリ家のいい加減な所で面白いです。

横板と裏板が同じ材木から切り出されていることは多くはありません。
材木屋でもセットで売られていることが少なく、買った後も保管するために横板と別々にすると見つからなくなってしまいます。

せっかくユニークな木目なので同じ材木からとりたいと思います。

これからビオラを作っていきますが、オールド楽器のようなものを目指して行きたいと思います。型もアマティがベースなので典型的なものです。

オールド楽器というのはその時代の人には合理的と考えられていた製造法だったと考えています。
しかしその後の時代でもっと簡単に楽器を作る方法が見つかっていくので、今からすると余計なことが多いように思えます。

ヴァイオリンやチェロを含めてオールド楽器の中では、小型すぎるモデルやアーチの癖が強すぎるものがあり、オールドの中では癖が少ないアーチのものがベターかなと思います。
それに対して現代の楽器はいずれも癖がなさすぎます。
オールドの中で望ましいものをさらに発展させたものが現代の楽器というわけですが、やり過ぎじゃないかと考えています。

今の我々からすると癖が強いアーチを目指してようやくオールドに近づくというわけです。

アーチに癖が強いと響きや鳴りを抑えてしまうと考えられてきたことでしょう。どんどん癖を無くした結果が現代の楽器の音です。

それで絶妙な加減を探っているのが私の楽器作りなんです。
ですからめちゃくちゃ鳴るとか音量があるとかそういう話ではありません。

先日若いヴァイオリン教師がドイツ戦前モダンの名器のパウル・クノーアとフランツガイゼンホフを弾き比べていました。ウィーンのガイゼンホフは若い頃はシュタイナー型のものを作っていましたが、ストラディバリを真似て癖が少なくなっています。
私はガイゼンホフは暗く繊細で柔らかい音だと感じていましたし、クノーアは明るく輝かしい強い音だと考えていました。
実際に先生が弾いてみるとガイゼンホフでも力強さがあり、クノーアは思ったほど音量も感じませんでした。楽器なんてそんなもんです。
こうなると音色が圧倒的に美しいガイゼンホフの圧勝です。
正しく作られ100年も経った現代の楽器が惨敗です。

しかしそれとて弾く人が変わるとどうなるかはわかりません。
上級者は柔らかい楽器のほうが音量が出て、初心者は硬い楽器のほうが音量が出ることがありそうです。多数決では後者が勝ちますが、どうやって評価を決めますかね?
評価なんて無いんです、自分が弾いた時にどんな音が出るかだけです。弓でも同じことが言えます。

新作で少しでも音量があるものを作るよりもすべきことがあると思います。


こんにちはガリッポです。

今行ってるのはコントラバスの修理です。
横板の下の一枚が端から端までぱっくりと真っ二つに割れました。

横板の修理がほぼ終わりました。
それ以前の写真が無いので残念ですが

割れたのは今回が初めてではなくもう一つ端から端まで割れて修理した後がありました。
過去の修理はとてもおおざっぱなものでした。割れは隙間が空き向こうが見えるほどでした。
古い木片を外すと端から端までぱっくりと開いてこれも接着しなおすことになりました。
これでもほかの横板に比べるとましな方です。すべての修理をやり直すことはとても不可能です。

真ん中の方はこんな感じで補強だらけです。
古い接着をやり直しても隙間が無くなりましたから、しっかり接着をすれば厚みが3mmくらいあるのでくっつくのですが、しっかり接着せず大きな木片で補強するというやり方でした。一つ一つの仕事を確実にやるべきだと思います。
何もかもがおおざっぱで雑に行われています。今回の修理はこれまでの修理でも初めて丁寧に行われたものです。

とんでもなく時間がかかり、一つの木片を取り付けるのに1万円以上はかかることになります。ざっと30万円はかかってしまいます。
しかしコントラバスの横板の修理の問題は、横板そのものではなく表板を開けて再び閉めることにあります。そっちの方がはるかに多くの費用が掛かるでしょう。

職人には大きく二つのタイプがいることがわかります。丁寧にきちんと仕事をする人と、大雑把で強引なやっつけ仕事で行う人です。

ヴァイオリン職人について語っていますが、そのどちらを言っているのかによって全く違ってきます。

後者でもイタリア人であれば「名工とい言われています」と営業マンが説明しています。

それくらいはみなさんにも見分けがついてもらいたいです。


あご当てのネジの交換です。
左のネジから右のネジに交換したいというお客様の希望です。またあご当てを薄くしてほしいという希望もありました。
右の方がネジが細いので穴がぶかぶかです。あご当ての穴を埋めて穴を開け直しました。2時間はかかりましたから今の物価と為替なら工賃が3万円ほどになります。
あご当て自体は何でもないもので4000円位のものですが、あごにうまくフィットするのでカスタマイズして欲しいという依頼でした。
これも常連のお客さんだからやるのであって、普通はこんなことに3万円も出す人はいないでしょう。
職人として仕事に取り組めばできることがありますが、経済的にはどんどん難しくなってきています。

一つの作業をするだけでそんな費用になるのに、音のことになると理屈ではないのでいくつものパターンを試してみないといけません。何倍ものお金を払って何通りかのことをしてその中でベストを選ぶ必要があります。

現実的には楽器を健康な状態にキープするだけでも費用が掛かりすぎです。
覚悟してください。


ビオラの裏板を平らにします。
材木屋で製材された板を買って来るのとは違います。板が全く平らではありません。のこぎりで切られてから20年近く寝かせてその間に歪みが出たのを平らにします。新しい木であればそれだけ歪むという事です。
このときスクラブプレーンという粗削り用のカンナを使います。
これは日本にはないタイプのカンナで

平らな台に丸い刃がついています。

これで削ると

ガタガタに削れます。
抵抗が少ないので早く粗削りができます。

この前買った定規で確認します。
ガタガタはしていますが全体として平らになるようにするわけです。
日本の場合古くはチョウナという鍬(クワ)のような形の刃物がありました。粗削りはそれで行ったのです。
チョウナは日本には独特の形がありましたがそれ自体は斧に次いで原始的な工具です。石器時代から石で作られたものがあり、20世紀に機械が発達したことで使われなくなりました。人類に何万年も使われてきた工具が我々の生きてる時代に失われました。
建物の柱はもちろん丸太をくりぬいて丸木舟を作ったり、臼を作ったりもしました。イタリアでもルネサンスの絵画はポプラの板に描かれましたが、裏側を見るとチョウナで削ったと思われる跡が残っています。
ヴァイオリン製作でも同様であったと考えられます。例えば大きなノコギリは二人で両側を持って木材を切っていましたが、現在の製材所に比べると大雑把なものです。ちょうどこっくりさんの様な感じでどう切れるかもわかりません。それををチョウナで削って板にするとすれば、そんな感覚なのでアマティやストラディバリ、デルジェスのアーチの高さがバラバラなのでしょう。今はトーンウッド業者の段階で厚みが揃っています。そこからさらに0.1mm単位にこだわる職人が出てくる始末です。一枚板は例外でかなり厚めになっています。

このような作業でもモクソンバイスはうまく機能しています。

賃金が上がっているので時間×単価で値段を計算するとビオラの値段は400万円くらいになるでしょう。それでも医者やITなど他の産業に比べると一時間の単価は半分以下で貧乏なくらいです。
私が仕事以外の時間に半分趣味で作っているので値段はずっと安くなります。
2年くらいかかるでしょうけども、手抜きはしたくありません。業者に卸すなら最低限の労力で売り物になるものを作るのがプロですが、そんなことはやりません。

だから、いくつも楽器を作って音の良い楽器を選んで他を捨てるような無駄なことはできません。試作して音が良い作り方を探求する余裕なんて無いのです。
幸い若い頃に私はいろいろやったのでこれからの若い人には厳しいでしょう。

コントラバスの仕事で腰が痛くなるのでこの程度です。


こんにちはガリッポです。

モクソンバイスもできたことでこれからビオラを作っていきます。
今回の特徴は、できるだけ小さいサイズでビオラらしい低音の深く豊かな音のものにすることです。

モデルはこちら、ジローラモ・アマティをモディファイしたものです。
ジローラモ・アマティのビオラを97%に縮小したものの胴長が平面で396mmとなります。
それをさらにモディファイし392mmとしました。小さくしても横幅は396mmのものに対して同等にしてあり、特にミドルバウツではそれ以上に広げています。こうなるとそっくりにコピーするというよりはアマティ風のモデルという事になります。
ビオラのサイズとしてはSサイズになります。
38cm台のものは3/4になります。大人のサイズではないです。ただし、ヴァイオリンを弾く小柄な人が、たまにビオラも弾くという事であればあり得ますが、ビオラを専門に弾くとなると小さすぎるかなと思います。

しかし基本的にはビオラのサイズは体格によって決まってしまいます。いかにビオラが優れているかではなく、自分の体格でいかに弾きやすいかという事が大事です。
これはビオラに限らず弦楽器はロンドンやニューヨークなど世界のどっかで何といわれているかではなく自分にとって良いか悪いかというだけです。自分が人生の主人公です。

まあプロを目指すような人であれば多少は無理して大きめのものを弾くという事もあるでしょう。しかし、プロになってから長丁場で体を痛めることにもなりかねません。

まずは裏板のチョイスから

私は一枚の板が好きです。なぜかと言うと立体感が見やすいからです。2枚の板だと杢の縞模様がⅤ字またはへの字となり目の錯覚でアーチの立体が分かりにくいからです。私がそれだけ立体造形に注意を払っているという事です。
ビオラのサイズで一枚板を確保するのは難しいです。しかし今回小型という事もあってヴィイオリン用で少し大きめのものなら何とかなります。うっすら描かれている輪郭線はヴァイオリンのものです。

左が板目板、右が柾目板になります。
何がどう違うかと言うと木材の取り方です。

分かりやすいようにネック用の角材で見ていきます。

上の面が板目で右の面が柾目になります。
手前の木口をよく見ると年輪が見えると思います。外側の皮の方が板目板になります。

弦楽器に使われるメイプル材には杢といって縞模様が出るものがあります。柾目の向きではこのようにはっきりした横縞になります。

それに対して板目めの向きではぼんやりとしたようなものになります。年輪の線も柾目では縦線になるのに対して、板目では地図の等高線のようになります。
斜めに取るとこの間になります。それも不規則で面白い模様になります。

狂いが少ないという意味でも柾目板の方が木材としては上等といえます。弦楽器用ではなく一般の板として丸太をスライスすると真ん中の一枚しか取れません。
弦楽器の場合にはセンターで貼り合わせるため木の中心は外してケーキのように切り取ります。
アーチがあるのでそのほうが無駄がないのです。
その時皮の付近が板目板になります。


上等な柾目板は杢が深く縞模様が端から端まで通っているものです。模様自体は好みの問題で様々なものがあります。さらに重要なのは縦の年輪の幅が狭いことです。この木材では右端は細かく左端になると荒くなっています。木材の成長の仕方によっています。ビオラほどのサイズとなると左右で差が出てきます。もっともっと樹齢のある木であればいいのですが、これでも十分良い方です。この木材はとても古いもので40年以上経っているものです。

この木材では右側の杢は強いですが左になると弱くなっています。普通はこうですからさっきの柾目板がいかに上等かというわけです。これでもヴァイオリン用なら使えるでしょう。エッジまで杢が入っていると私は良い木だなと思います。

今回は依頼主の希望により板目板の方にしました。板目板は普通はトーンウッド業者のカタログの価格表には出ておらず一枚板自体が珍しいです。柾目の場合はチェロ用で何か節や割れなどがあり使えない場合にヴァイオリンやビオラ用になることがあります。
板目板は珍しく、杢の出方も様々です。アマティ家の楽器では板目板でも細かい縞模様のものをよく見ます。バーズアイも板目板で「貝」と呼ぶ模様のものもあります。

私みたいに板目板をよく使う人は現代では珍しいでしょう。アマティやストラディバリでは時々使っています。

私の実感として板目板の方が柔らかく弾力があるように思います。少なからず音にも影響があることでしょう。窮屈になりやすい小型のビオラには合っているかもしれません。柔らかい板はチェロの表板でははっきり音に特徴が現れ、柔らかく暗い音になります。裏板でも同様の傾向が予想されます。


表板はこんな木の塊があります。割ってあります。カンナがけしていないので木目がよくわかりません。何か特定の楽器のコピーを作る場合にはこれではどんな木目なのかわかりませんが、今回はそういうわけでもありません。
厚みが十分あるので良いですね。近頃の木材はフラットなアーチを作るために厚みが少ないことが多いので困ります。
この木がダメならほかにも候補があります。やってみないとわかりません。
20年以上は経っています。極端に古いものもありますが、ひび割れなどがあちこちにあってダメそうです。

モクソンバイスですけどもネックの材料にカンナをかけることができています。
ヴァイオリンやビオラのネックはアマティ家では1650年くらいまでは現在とは90度向きが違っていて横から見た時に板目板になっています。1650年頃からは柾目板になっています。ストラディバリなどはすでに現在と同じです。
現在でも裏板が板目であれば、ネックも板目にとるでしょう。しかしそうではなくて、裏板が柾目板でも板目板でもアマティはネックを板目で取っていたようです。

アマティらしいものとなるとネックも板目で取らないといけません。板目のネック材もほとんど売っていません。この木材はどちらにも取れます。

音については木材のランクがそのまま表れるわけではありません。余りにもやわな木材だと弦の力やちょっとした事故に耐えられずに壊れてしまいます。逆に言えば「弦楽器用」と言えるものであれば何でも音は問題ないという事です。
特に古いイタリアの楽器には上等では無い木材を使ったものがよくあります。当時は安物の楽器として作られていたものです。しかしそれらも音が悪いという事はありません。
それでもせっかく大変な労力をかけて楽器を作るなら、安い木を使うのはもったいないです。見た目の高級感を左右するため後で残念に思います。

木材も古い方が有利だとは言えますが、現代の楽器のような音が好みなら新しい木の方が良いという事になりかねません。新しすぎると狂いが生じて割れや剥がれの原因となります。

ポプラなどメイプル以外のものは強度は心配があります。音は良いかもしれません。

この前までは20℃にも達しない日々だったのに、ここ一週間は30℃以上の日が続いたので体調が厳しいです。

今日はこれくらいで。





こんにちはガリッポです。

弦楽器を演奏するのにそんなに多くの道具は必要ありませんが、楽器職人は作業ごとに多くの道具が必要です。大きさやカーブが微妙に違ったり、粗加工から仕上げまで多種多様な道具が必要です。

この前はモクソンバイスを完成させた話でしたがその時平面出しをすることを書きました。平面をチェックする方法についてです。

どうやって平面をチェックするかといえば定規を使います。四角い長方形の板であれば縦、横、対角線ですべて直線になっていれば平面です。

これは日本製の鋼尺です。ホームセンターに売っていますから普通木工ならこれで直線が測れると思うでしょう。
しかし・・・

こうやってみると少し曲がっています。
こうなると当て方しだいで・・・

左に隙間があります。

今度は中央に隙間があります。同じ定規です。

このタイプのものではダメという事ですから、ホームセンターで手に入るものではダメという事です。直線を見るのにJIS規格の定規ではダメというのですから、ヴァイオリン職人というのは特殊なものです。

このような鋼尺というのは平面に置いて長さを測ったり直線を引くためのものなのでそもそも用途が違います。

3種類の定規があります。

断面と素材が違います。

これが一番正確です。分厚いステンレスの鋼鉄でできていて直線度も高いです。やたら重く高価なもので傷つけないように気を使います。昔1万円位で買いましたが普通は数万円はしますよ。尖った直線になっているのでストレートエッジとも言います。

端がちょっと空いています。

これも直線度はまずまずなはずですが厚みがあるため光を遮断して隙間が見えません。素材はアルミニウムです。

これもアルミニウム製で直線度は高くありませんがそれでも結果はステンレス製のものに近いです。

最近買ったものです。
Veritasの 600mm Shop Ruleです。
比較的最近の製品です。

普通のアルミの定規に比べると厚みがあり曲がりにくくなっています。ストレートエッジほど尖っていません、軽くて扱いやすいです。
精度は落ちますが、ヴァイオリン職人にそこまでの精度が必要かというわけです。
アメリカの値段で6000円位です。もちろん定規としては高いですが、ストレートエッジに比べると安いです。これは長年の問題を解決する新製品です。
カナダのメーカーで北米ではインチが主流ですが、メートル法のものもあります。

特に有効なのはチェロの指板です。チェロの指板は580mmほどですから。

指板は摩耗したり木材が自然と曲がってきたりして狂いが生じます。振動する弦が指板触れると異音を発生させてしまいます。

このように弓なりに少しくぼんだ面にします。深くえぐれていると異音の発生リスクが軽減しますが、指で弦を抑える時に深く抑えないといけません。

一昔前はこういうタイプの指板が多かったです。弦は重さによって音の高さが決まりますが、低い音を出すためには重い弦である必要があります。ガットは軽い素材なので重くするにはめちゃくちゃ太くしないといけませんでした。太いと抑えにくいという事もありますし、重さが十分でないと張りが弱くなり振幅の幅も大きくなります。そのためC線だけ特別な加工がされたのでした。現在はスチール弦でその必要はありません。ガット弦でもちゃんと加工されていればヴァイオリンのような指板で大丈夫です。
かつては異音が出たら原因のか所だけを削る対処療法のような手法だったと思われます。コントラバスでは今でもそうです。コントラバスでもちゃんと指板を加工すれば良いのですが費用が掛かるので応急処置的に問題のある個所だけを削ってくぼみがどんどん深くなっていきます。

正確に測れる定規がなければ対処療法しかできません。しかし逆に言うとごまかしが利かなくなります。

正確な定規を持つことで不正確であることが明らかになってしまうのです。持っていなければそれも明るみに出ません。
仕事が楽になるのか大変になるのか難しい所です。


平面を見るためにもう一つあります。

これは大理石の板です。石であれば何でも良いですが白い方が隙間がかげになって見やすいです。
石材店で平らに加工してもらうと基準とすることができます。
精密機械の組み立て用の鉄の定盤も特注で作ってもらうことができるでしょうが、そこまで必要ありません。

しかし裏板と横板がそれぞれぴったり合わないと異音の原因になります。機械で作られた量産品で酷い目に遭ったことがあります。
裏板と横板が平面になっていないと表板に無理な力がかかり割れる原因になります。古い安価な楽器では事故ではなく自然と割れているものが多いです。魂柱やバスバーの所に達したら修理代が楽器の価値を超えて寿命となります。

音が良いとかそういう事ではありませんが長く使えればそれだけ音にもメリットがあります。



新たに研磨剤を買ってみました。
国によって売っている製品が違いますが似たようなものです。これはMIRKAというメーカーのものです。
伝統的には軽石など石の粉とか珪藻土とかコウイカの殻とか灰とか様々な研磨剤があります。私が特に優れていると思うのは京都の天然砥石の粉ですが、これは高価というより売ってさえいません。こうした伝統的なものは目が粗くピカピカにニスを磨き上げることができません。

これらで磨くと細かな傷で覆われすりガラスのように曇った仕上がりになり、また耐水ペーパーなども使うことができます。
さらにアルコールで湿らせた布で磨くと表面が溶けて傷が埋まり光沢が出ます。これが最も基本的な方法です。アルコールはニスを溶かすので失敗すると布やゴミが貼りついてしまいます、まさに職人技です。
さらにフレンチポリッシュというものでシェラックなど樹脂を溶かしたアルコールで磨くと、うすい層を築くことができます。ギターではこれだけでニスを塗ることがあります。厚みを築くのに回数が必要でものすごく時間がかかるので高級ギター用です。

この方法の欠点はニスがアルコールに溶けにくい材質の場合には機能しない(アルコールニス専用)ことと乾くと再び光沢を失うことにあります。アルコールニス以外でもニスの成分がアルコールに溶けるものなら効果があります。磨きたてはピカピカでもただ濡れているだけで一晩もすると光沢が無くなることもあります。アルコールニスでも新しいものは有効ですが古くなってくると効かなくなってきます。補修して新しく塗ったところだけピカピカになってしまいます。


それに対して人工的なものは日本語ではコンパウンドと呼ばれ研磨力が天然のものとは比べ物になりません。目の細かいものではピカピカの光沢に磨き上げることができます。
数字の大きい方が目が粗く小さい方が細かいものです。
カー用品店に売っているようなものはワックスなどの余計な成分が含まれているので使うのは業務用のものです、これは用途は自動車塗装用と決まっているわけではありません。

今までは3M社の一番目の粗いものとスーパーニコというものを使っていました。3Mの方が粗くスーパーニコの方が細かいです。
スーパーニコは使い勝手が良いもので一般の人でもヴァイオリン職人に少量を分けてもらって磨けばニスを溶かすような悪影響はありません。しかし皮脂などの汚れや松脂は取れません。3Mのものは細かな傷や汚れも取れて光沢も出ます。松脂や分厚い手垢は取れません。
今回買ったものでは15とスーパーニコがほぼ一緒です。スーパーニコの方が液状になっているのに対してMIRKAの方はペースト状です。

つまりスーパーニコで磨けばピカピカになるのですが、そうならない場合や部分があります。なぜかというわけです。
さっき申し上げた通り汚れがついていると光りません。ニス自体が風化してボロボロでもダメですし、細かい亀裂に覆われていてもダメです。磨き傷も取れません。ニスが無くなっていて木材が露出していてもダメです。
汚れを取ったり磨き直すためにはもっと荒いものから始めないといけません。ニスが風化したりなくなっている場合には新たに塗らないといけません。

優れた研磨剤であるほどごまかしが利かなくなってしまいます。ピカピカにならない所が残っていると分かってしまうので作業時間が余計にかかってしまいます。アルコールで磨く方法では汚れや細かな傷があってもアルコールで溶かしてしまいます。つまり汚れをアルコールで濡らしてニスの中に溶かし込んで一体化させてしまうのです。さらに古い楽器ではメンテナンスのたびごとにフレンチポリッシュで幾重にも汚れがニスに刷り込まれて行きます。それがオールド楽器の姿を作っているとも言えます。

磨いた直後は濡れているだけなのでまた光沢が無くなりますが、お客さんが受け取るタイミングできれいであればその瞬間は満足させることができます。フレンチポリッシュの層もすぐに剥げ落ちてしまいます。

普通は食卓のテーブルを濡らした布巾で拭くでしょう。それと塗装工場で研磨するのは違います。楽器を掃除するにしてもどっちのレベルを求めているのかです。

少しずつ汚れていくので演奏者は気付きません、そんなに大変なことになっているとは思わないでしょう。それで何万円もしたらびっくりします。机を濡れぞうきんで拭くくらいのレベルを考えているかもしれません。アルコールで濡らせば一時的にはきれいに見えます。

仕事ができるというのは、完全にきれいな状態にするのではなく、最小限の作業でお客さんが満足するという事になります。

そうなると適当で口がうまい人の方が仕事ができるというわけです。


どうもコンパウンドの粒子の粗さは物質の種類に依存しているようで、粒子の大きさだけが違うのではなく物質そのものが違うようです。粗さだけが違うのではなく性質もみなバラバラです。
細かいものは磨いた後、研磨剤や研磨カスを取り除くのが容易で、荒いものではニスに貼り付いてしまうことがあります。特にニスに粘着力のある柔らかいニスで顕著です。どうやって貼りつかないようにするかまた取り去るかも難しい課題です。粉が白いので傷や隙間に入り込むと取れなくなってしまいます。

つまりニスによって働き方が全く違うのです。
最初新品の量産ヴァイオリンで試したとき、35は磨き傷がつき使い物にならないようでしたが、別のチェロでは荒い45よりも研磨力を発揮したうえに光沢までもたらしました。20は中途半端なものですが、別の楽器では万能となります。
3Mやスーパーニコの欠点を解決できるかという期待もあって購入しましたが、楽器によってはどれが機能するかわからなくなりました。3Mの凄さも改めて知りました。すべて試すだけでも時間がかかってしまいます。

アルコールで濡らして終わりというレベルと比べるとニスに起きている出来事をより多く理解することができます。仕事にはならないかもしれませんが興味深いです。

マルクノイキルヒェンのラッカーでは汚れを完全に取り除いてピカピカに磨き上げることができます。柔らかいニスは粘着性があり、ニス自体がセロテープやシールをはがした後に残っている粘着剤のようなものです。表面には汚れが貼りついていてそれを取ろうとするとニスが全部とれてしまいます。グミキャンディを砂場に落としたようなもんで柔らかいものに研磨剤は役に立ちません。したがってラッカーの量産品ではモダンの名器のような古びた印象にはならないのです。一方で新作楽器で柔らかすぎるニスは皮脂で真っ黒になり、掃除するとニスが無くなってしまいます。作った罰として作者本人に補修させるべきです。ラッカーの昔の量産品ではこのような神経質さはありませんでしたが、最近のアクリルニスではハンドメイドの楽器と同じように品質に問題が起き得るようになっています。
補修で塗ったニスが柔らかい場合も汚れと一緒にとれてしまうので補修をやり直しになります。

定規とコンパウンドですが、精度が高まるほど起きている出来事が深く理解できます。不完全でないことが明確になるので完成へのハードルが高くなります。
それが製品や仕事のクオリティというものです。

一般のユーザー向けにポリッシュ液なども売られています。これはその逆が求められます。汚れも傷も取り去ることはできない上でなんとなくきれいになったように見えるものです。何かしらニスの上に層を作っていると思われます。
なかでもViolというものは危険なので使わないでください。ニスを溶かす成分が含まれていて汚れや松脂を溶かしてニスと一体化させてしまいます。
最近のケースではオイルニスをグニャグニャに柔らかくしてしまいケースに貼り付き何週間経ってもそのままでした。半年、一年経ってもそのままならニスを塗り直す以外に直す方法がありません。


こんにちはガリッポです。

昔NHKの取材でジオ・バッタ・モラッシが「ヴァイオリンは手作りでなければいけません・・」と語っていた記憶があります。逆に言えば手作りなら十分良いものだということで、量産品に比べて自分は優れたものを作っていると自負しているようでした。それを勝手に消費者があらゆる楽器の中で優れたものだと勘違いしたようです。

モラッシのものでも無名な作者のものでも手作りであれば等しく良いものであるという事ですね。実際に音について経験することは全くその通りで、よく鳴る楽器、自分の好みの音の楽器がどこの誰の作ったものに存在するかはわかりません。無名な作者のものでも音が悪いという事は確実ではなく弾いてみないことには邪険にできませんし、有名な作者でも音の良さは確実ではありません。
長い経験をされたモラッシ氏の言うことが理解できるまでになるには多くの経験と柔軟な思考が必要です。

イタリアの場合には手作りであれば何でも良いというのは一つの特徴と言えるでしょう。これはそれを買い取っていたヨーロッパ大陸の外の業者が楽器自体に興味がなく「イタリア製の手作り」なら何でも良かったからでしょう。安く買って高く売れる方が良いですから。その状況下で生計を立てていたイタリアの職人にとって手作りであることが大事だというのは経済的な話です。しかし今では職人の数が多くなりすぎて輸出できる人はごく一部でしかありません。

フランスやドイツの場合には量産品に対してクオリティの差をつけることで差別化を行いました。手作りの楽器でも腕の良い職人とそうでない職人の差も生まれ地元で愛用されました。
工業技術の発達した現代では機械の性能のように腕の良い職人は「正確に加工されているので音が良い」と説明します。大量生産品や並の職人では精度が出ないからというわけです。加工精度が高いのでストラディバリよりも優れていると豪語する人もいます。

実際に多くの楽器を見てくると不正確に作られているものに音が良いものがよくありますし、正確に作られているのに音が芳しくないものもよくあります。これも関係ないですね。

特に日本人は細かいことにこだわりやすく「0.1mmが音を決める」と思い込んでいる職人も多いでしょう。消費者の方も訳が分からなくて不安な時に自然に思いつくことで、ちょうどよくそんな職人が自信満々に語れば信じてしまいます。私も初心者の頃はわずかなミスで酷い音になるんじゃないかと不安でした。

しかし実際はわずかに寸法を変えても音にはっきりした違いは現れません。はっきり違いが無いので音が良いと思い込むこともできます。

俯瞰して物事を大局でとらえることができる人は基本的に少ないでしょう。それが必要なのは王様とか武将など支配者の家系だけです。庶民は自分の役割の中で物を考えれば良いからです。細かい決めごとで最善を尽くしていると思っています。職人などはその極みです。

同じ人が全く同じ寸法で作っても音は微妙に違うものができます。しかしながらたくさんの楽器の中では同じような傾向になります。腕の良い職人ならば注文して作ってもらってもそんなに変な音のものはできません。

一方意図的に変な音の楽器を作れと言われてもそれも難しいです。
実際には些細なことで音が激変するというよりは、なにをやっても大して変わらないものができるというそんなものです。

したがって意図的に違った音のものを作るには、0.1mmどころか天と地がひっくり返るくらいのものを作ってようやくまあちょっと違うなというくらいなのです。それに比べると過去に作られた古い楽器の音は様々です。


つまり正確に作られているからハンドメイドの楽器の音が良いというよりは、量産品があまりにもひどいという事です。そこそこであれば特別腕が良くない職人が作っても可能性はあるというわけです。量産メーカーでもグレードの高い製品はありますが値段が高ければまず売れません。そのため極限まで手抜きして作られます。

したがって嘘や迷信なのは、「腕の良い職人にのみ音が良い楽器が作れる」ということですね。音が良い楽器を必要としているのなら職人の腕前や知名度に関係なく、やたらに弾いて探すしかないというのが実情です。実際にヨーロッパの方ではそんな楽器の探し方が一般的だと思います。値段や作者名を伏せて楽器を選ぶのが正しいと考えるのが主流です。値段や産地、名前に左右されないようにすることが大事だと考えています。日本人がやっていることの逆です。これは合理的な発想で分かりやすいですね。



それに対して理解が難しいのは根底にあるヨーロッパの階級社会です。
日本の場合には役職や年功によって厳しい上下関係があります。上の者に対して無礼な態度は許されません。
西洋に来るとそれがなくて驚きます。上司とも対等に議論するので、これが合理主義なのかと思うわけです。福沢諭吉なども西洋に渡って驚いたことでしょう。

しかしそれ以上長く住んでみると、日本以上に身分の差がある世界である印象を受けます。病院で治療を受けようとしても公的健康保険では何か月も待たされるのに、民間健康保険に入っている人は即日手厚い医療が受けられます。公的保険の加入者では治療を受けることができずに死んでしまいます。日本はそこまでひどくないでしょう。

特に特徴的なのはバカンスです。
日本人は海外旅行する人は少ないですが、こちらではだれもが毎年外国に旅行に行っています。どこに行ってどう過ごしたかを話すことで身分を確認しあっているようです。みなお金持ちの自慢話を興味津々で聞いています。それが私には不思議です。日本人なら自慢話をする人は嫌われます。

お金持ちの自慢話を聞かないのは無礼なのでしょうね。
昨今の日本では炎上するような特権階級も当たり前のように受け入れられています。企業経営者の報酬も日本とはけた違いです、バッハ会長とかカルロス・ゴーン氏なども西洋なら問題にもされないという事です。

そのような社会なので持っている品物で地位を表しているようです。
考古学で遺跡から豪華な宝飾品と人骨が出て来れば王様の墓で、権威を示すためだと説明されます。

私は前のものが壊れたので前回の帰国のためにスーツケースを新調しました。サムソナイトのC-LITEというもので探した中では一番軽量なものです。当然高価です、日本の公式サイトでは80,300円となっています。私が実際に買ったのは近所のデパートでネットの最安値よりもはるかに安い5万円位で買いました。スーツケースなんて安いものは1万円もしませんから立派なものです。工具を持って帰国するので重さは重要です。他に安くて軽いものもありますが列車や自家用車での旅行用で飛行機に預けるには不安です。

それに対して有名な高級ブランドのものはもっと高くてずっと重いです。お金持ちは大変ですよ。それ以上高いものでも機能的に優れたものにはなりません。むしろ重量が重いほど高級品というイメージがあります。華奢な老婦人が高級店に行って「まあ素敵!」と重さも調べずに買うわけです。革で作られたものまであります。楽器も同様で音もろくに試さずに買います。
旅行こそ身分の違いを見せつけるチャンスなので重要なのです。


西洋の人が高いものを自慢するときにそれは身分を表すためであって、機能的に優れているというわけではないという事です。パーティでは特に重要な要素で貴族社会の時代からそうです。技術系出身の日本企業は高級ブランド品を作るのは苦手なのです。
そのような社会に受け入れられるために弦楽器もランクがあります。しかし実用的な意味で値段に見合っているわけではありません。
かつては男性は皆スーツを着ていました。スーツにはテイラー職人が採寸して作るものと工場の量産品、細かい生地のランクの違いや着用シーンの違いが周知されていました。日本のように言う事を聞かないので、高いスーツを見せつける必要があります。
今でもお偉いさんの着ているスーツはランクの高いもので、弦楽器にも同様のランクがあるということです。有名ブランドの舶来品や地元の職人の上等なものというわけです。地元に職人がいないイギリスやアメリカでは物の良し悪しが分からなかったという事です。

音楽家の世界でも自分が優位に立つために無意識的に行われていることでしょう。


このため読者の方にもいろいろな方がいるかもしれませんが、何よりも音楽に熱心であったり楽器に関心が強い人たちだとすると業界の伝統的な値段や評価はあてにならないというわけです。うちのお客さんでは服装などは何十年も新しいものも買わず音楽に関することにだけ出費を惜しまないという熱心な音楽一家は一件だけです。西洋ではそういう人は少ないです。

①楽器の道具としての機能性を最重要視
とにかくやたらに弾き比べをして理由もなく音が良いものを選ぶしかありません。はるかに安価なものも候補に加えると良いでしょう。実際プロの演奏家には作者不明の楽器を使っている人がいます。ネックが持ちにくかったり機能的に問題があったら修理して改造する必要があります。

②尊敬すべき職人が作ったものを所有したい
とはいえやっつけ仕事ではなく職人がその生涯をささげ丹精を込めて作られたものを欲しいと思う人もいるでしょう。これも知名度や値段ではありません。腕の良い職人がさらに尊敬する職人です。職人に見せて意見を聞くのが良いと思います。


逆に言うと値段はこれらとは一致していないという事です。
高価な楽器でも音が悪かったり、下手な職人がやっつけ仕事で手抜きで作った楽器かもしれません。
弦楽器の商売の世界では値段が高いか安いかだけが語られてきました。値段が高い楽器を手にして「これは良いものです」と専門家がしかめっ面でうなっていると一般の人には説得力があるわけですが、良いのは値段だけかもしれません。値段が高い楽器の個性は良い個性で、値段が安い楽器の個性は悪い個性というのはおかしいです。

そうではなくて楽器自体にどんな違いがあって、または違いがなくて音にどんな違いがあるのかないのか興味を持って楽器を見ていきたいと思っています。それが私にとっては面白い世界です。
自分が作る楽器も自分が欲しいものをつくっています。手放すのが寂しいほどです。


もし加工精度の高さが手作りの良さなら、工作機械の性能が上がるとその職人の楽器には価値がなくなるという事を意味します。果たしてそれだけなのでしょうか?


このヴァイオリンから。四角いモデルで大きなf字孔がついています。

どちらかといったらガルネリモデルなんですかね?

メーカー名が書いてあります。J.A.バッダー&Coでミッテンヴァルトの会社組織です。製作年は1944年とあります、戦時中です。
ミッテンヴァルトでは地場産業として村中で分業して部品を作り組み立てていました。冬の農閑期の仕事とも考えられます。
この楽器もノイナー・ホルンシュタイナー社のものとそっくりです。同じ人が卸していた可能性もあります。

分かりやすい特徴は、横板のロワーバウツが一続きになっていることです。それ自体はアマティやシュタイナーの頃から行われた手法ですが、近代の量産品の他の産地では珍しいです。今はこんなに長い材料を入手するのが難しいです。

アーチはフラットで近代的な楽器製作、つまりフランスの影響を受けています。ルドビヒ・ノイナーがヴィヨームの弟子でフランス式のスタイルを教えたからです。今でもミッテンヴァルトにはヴァイオリン製作学校があり、そこで学んだドイツのマイスターの楽器にはフランスの影響が残っています。
当のフランスの方で忘れられているのにです。
日本人が学んだヨーゼフ・カントゥーシャは、それとはだいぶ違う外観をしていています。東京にはある意味ミッテンヴァルトや現代のドイツらしくない外観スタイルが伝わったわけです。つまりフランスのスタイルは従来の劣ったもので改良したと考えていたことになります。結果は理屈ではなく音で試さなくてはいけません。

ネックの入れ方や角度もフランスの19世紀の感じです。

スクロールにもミッテンヴァルトの特徴があります。しかし材料はチープです。裏板も同様で、戦時中という事も関係あるのでしょうか。

量産品ということもあり板は厚めに作られています。20世紀の量産品で薄い板のものは珍しいです。機械化が進むまでは安いものほど板が厚いというそんな傾向があります。

このような非常にチープなマルクノイキルヒェンのものでは板が厚すぎてもはや売り物になりませんし、練習用にもならないとレンタル用にも使えません。

ただし安い楽器では失敗して部分的に極端に薄いという事はあります。これは製造上の欠陥です。それに対して全体的に薄く作るのは神経を使う仕事です。

音は鋭く強い音です。少なくとも耳元では板が厚めだから鳴らないという事はありません。
強い音の楽器が好まれるわけですから悪くないですね。
ただしG線で上ずったような音になることがあります。私が下手だからかなと思っていたら、プロの人や先生が弾いても同じようになって、弓の加減に注意をして弾き直しています。時々そんな楽器があってミルクールのものでもそんな楽器がありました。

音が強いことを良しとするのならハンドメイドの新作楽器ではこれにかなわないかもしれません。
何でもないものでも1944年製という事です。

よく言われてきたのは量産品は分業で複数の人が手掛けているので作者の意図がないために音が悪いというのです。
それに対して私は極端な粗悪品でなくそこそこのものになっていて、古ければ十分音が良い可能性はあると感じています。作者の意図はあっても無くても音にはそれなりのキャラクターがあり好きな人には良い音です。
むしろ作者がすべて意図して音を作るのは現実的な話とは思えません。思った通りの音の楽器が作れるなら良いですね。

つまりそのような理屈は嘘であると考えています。

このようなものをも持っていることで社会的なステータスは高まらない事は言えると思います。

木材の質も見た目の問題で音には関係がないと思います。

ノイナー・ホルンシュタイナーであれば量産メーカーとしては有名で高いものは200万円にもなります。どんなチープなものでも名前が有名なので50万円位はすると考えて良いでしょう。それに比べるとバッダーは知られておらずだいぶ安くなるでしょうね。量産品の普通の値段となるでしょう。同じ下請けの人たちが作っても商業というのはそんなものです。


修理前のニスはこんな感じです。材質はラッカーですが細かなひび割れを起こしています。これは耐用年数を過ぎてしまったようです。それに対してマルクノイキルヒェンやミッテンバルトでも戦前のニスは何ともなっていません。楽器以外でも工業製品では戦後のものにはラッカーがボロボロになっていることがよくあります。戦後の方がラッカーの質が落ちているのです。

ものの耐用年数はどんどん短くなってきているようです。

磨いてもひび割れが残っています。
ヴィヨーム工房のヴァイオリンではここまでではないものの一部に小さな穴がたくさん開いていました、それを一筆一筆埋めたのでした。この楽器では多すぎますし、安価な楽器なので修理費用も出せません。

ラッカーが乾燥してひび割れたものは寿命を迎えています。日本ではシンナーと呼ばれているラッカーの薄め液で何度も濡らせば割れが埋まる可能性はあります。しかしいずれ同じことがまた発生することでしょう。

しかし最初の写真のようにだいぶきれいになって持ち主にも感謝されました。

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ラベルなどは無くメーカー名は分かりません。

裏板が左右で違う木材が使われているのが珍しいです。
見るからにチープなものです。
エッジの丸みからチェコのボヘミアのように見えますが、ニスがちょっと新しい感じがします。
当然ラッカーで人工染料の色です。

ボヘミアのものとは言えなくなってきました。

スクロールにはヒントがあります。

渦巻には独特の雰囲気があります。

これは機械で作られたものです。かつては渦巻だけを専門に作る職人がいました。それが技術の進歩によって機械で作られるようになりました。機械の性能も向上してきましたので時代が分かるというわけです。
つまり機械で作られるようになったころはまだ東西冷戦が続いていて、当時のチェコスロバキアでは技術は進んでいなかったと思われます。そうなると西ドイツ製ではないかと思われます。
戦前ボヘミアにいたドイツ人が終戦後西ドイツに移住してきたので作風にその名残があってもおかしくありません。

西ドイツでは安価な楽器が生産されていました。ソビエト連邦が崩壊し冷戦が終結すると、旧共産国で安価な弦楽器が西側にも輸出されるようになりました。現在は中国が最大の生産国です。一時日本でもチェコの楽器が輸入されていました。

ブーベンロイトのカール・ヘフナーは日本にも輸出していました。近年経営破綻しGEWA社に買収されたようです。賃金の上昇とともに価格競争力を失っていきます、製造業にとっては喜べないことです。通貨が高くなり賃金が上がるという事は中国製品に囲まれて暮らすという事です。

アンティーク塗装がかなりわざとらしく極端ですね、マルクノイキルヒェンのものとは違います。

ネックは極端に斜めになっています。これで良しとしてしまったのがすごいです。

ちなみにさっきのミッテンヴァルトのバッダー社のものは

逆向きです。
量産品とはこんなものです。

駒の左右の高さやネックの持った感じにも影響することでしょう。
無理やり完成させてあるという具合です。

最新の量産品です。

かなりの部分が機械で作れるようになっています。生産国は中国でしょう。
それも言わずに載せたら高価な楽器と見分けがつかないかもしれません。

機械では難しかったf字孔も並の職人よりもきれいです。コーナーも均一でパフリングにミスもありません。

裏板の材質はチープですが、作風自体は現代のクレモナの感じです。

スクロールの機械も進歩したものです。

アーチはいくらか膨らみがありミルクールやフランスの影響は薄くなっています。


もはやハンドメイドのものと何も変わらないようです。
これで20~25万円位でしょうかね。

次はもっとチープなものです。

こちらはいかにもという感じですが、卸値は数万円のものです。
昨今では楽器を買う人が少なくなりレンタルする人が多くなってきました。これもレンタル用に購入したものです。

f字孔は癖があります、手作りのような個性があります。個性などというのはお手本通りにキレイに作れなければみな出てくるものです。

それでもヴァイオリン用の木材を買うよりも安いですから、我々職人には価格面で絶対に太刀打ちできません。

これでも昔のものとは全然違います。

これ以上機械が進化していくともはやハンドメイドの楽器にメリットは無いようにも思えます。
いずれきちんときれいに作られているのが機械製の量産品で、不揃いで歪みだらけなのが手作りの味という事になってしまいます。実際にこれらよりも下手くそな職人はたくさんいます。1000万円するイタリアの楽器を売る業者なら機械で作られたものは完璧すぎて人間味が無いと都合の良いウンチクが語られるようになることでしょう。そうなるとイタリア以外にもいくらでも人間味のある楽器がありますが?素人が作ればすべて人間味にあふれたものができます。

ニスはおそらくラッカーではなくアクリルのようなものだと思います。アクリルと言っていますが、私に石油化学の専門知識はありません。それでも広く言えば合成ゴムやプラスチックのようなものです。
1900年頃でドイツで作られた量産楽器にはラッカーが使われていて、ハンドメイドの高級品にはオイルニスが使われていました。ラッカーは硬く丈夫なもので、この時代のドイツのオイルニスはとても柔らかいものが主流でした。同様のニスはイギリスの楽器でもあり当時の流行だったと考えられます。
こんな事からラッカーは硬いので振動が妨げられ音が悪く、ニスは柔らかい方が音が良いというウンチクが広まってきました。実際にはそこまではっきりと断言できません。
新しい楽器に柔らかいニスを塗ってもそんなに音は良くないし、硬いニスでも音が良い楽器があります。

そんなウンチクが知られているのに対して、現代の人工樹脂では自由に硬さを変えることが可能でしょう。この楽器でも柔らかいニスになっていますし、ケースの跡がついてしまうような問題も起きることがあります。
こうなるともはや量産楽器に何の欠点も無いように思えます。


さて音についてはどうでしょうか?
新品の低級品の方は音も出るし、当然抑える位置によって音の高さが変えられるのでヴァイオリンとしてちゃんと機能します。私が指板を削り直しました、電動サンダーで仕上げてあるのでしょう、カンナで削らないとデコボコができてしまいます。
魂柱はあっていないので新しいものに変え、ペグの軸を削り直し、駒は足を合わせ直して高さと上のカーブを整えました。オンラインショップで買うとそうはいきません。

音は好みの問題としか言えません。
マルクノイキルヒェンの戦前のものでは練習用にも難しいことでしょう。

わたしには木箱やボール紙のような無機質な音に感じます。
もう一台同じ製品のヴァイオリンがあり、そちらにはダダリオのザイエックスを張ってみました。そちらの方が明るく豊かに響いて悪くないです。(もう一方はラーセンの安価なオーロラです)
それに比べると上級品の方が響きが豊かに思いますが、どっちの音が良いと感じるかは人によるかなと思います。
悪くはない感じはしますが、何かが足りない感じもします。私にはプラスチックという素材の持っている音はマイルドで柔らかいので嫌な音ではないかもしれませんが、モノトーンで無機質に感じられます。ニスや接着剤に人工樹脂が多用されていればそんな音になるかもしれません。しかしそれとて、事前に知っているからそう思うだけで、目隠しして音だけ聞かされたら私はどの楽器の音か当てる自信が全くありません。

西ドイツの量産品はずっと楽器がこなれていて軽く音が響きます、同時に耳障りな音も混ざっています。ミッテンバルトのものとも似ています。

私が習っていた時に使っていた90年代のチェコの量産品とも音が似ています。音は響きやすいので広い場所で弾くと気持ちいいかもしれません。
前に出て来た800万円以上するペッラカーニのヴァイオリンとも音が似ています。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12944063463.html
西ドイツの量産品も、チェコの量産品も、イタリアのモダンヴァイオリンも品質が同じくらいなら音も似ていてもおかしくありません。

一方でハンドメイドの楽器には明らかにクオリティの高いものがあります。これは個人的な好みの話でしかありませんが、もっとしっとりと上質でキメの細かい音があると思います。ただ音が出るだけじゃなくて澄んでいてすっきりとぬけが良く純粋な感じがします。急激ではなくじわじわと音が立ち上がり、何でもかんでも音が出れば良いというのではなく出るべき音と出てはいけない音が選別されているものです。


そのような方向性では未だに機械で作られた量産品は追いついていないように思います。しかしそれも個人の感じ方のレベルで客観的に評価する方法がありません。

ぺラッカーニのように800万円しても量産品と変わらないような印象受けることもありますから、ハンドメイドだから自動的に音が良いという事ではないでしょう。音は強さで評価する人が大半なら、量産品の方が強く感じられることは少なくありません。人々の音の好みも年々質よりも量になっていくのがトレンドです。私が一生懸命作っても音は大人しいです。
したがって個人の好みの問題としか言えません。見分けがつかないとペッラカーニも800万円だと聞かされれば「これが名器の音か!」と思う人もいるでしょう。

量産品と上品すぎる音のハンドメイドの間くらいがちょうど良いとなれば、ちょっと下手なくらいの職人や古い上等な量産品あたりが音楽に専念して特別なこだわりのの無い多数の人には受けるのではないかと思います。
実際に現代の楽器を買って私たちが見て「下手だなあ」と思うような職人のもので力強い音が出てるものです。
新作で強い音がするのは量産品にも近い凡人の作という事です。
だから才能や心構えなどは関係なくどこの誰にでも音が良い楽器ができる可能性があるのです。
そんな作者がメディアなどで有名になれば新作が500万円とかそれ以上で売られている人もいるでしょう。それを買うのも自由です。

そのようなものはイタリアの作者や新作楽器なら高価ですが、ただの中古品なら50~100万円位のゾーンなのでいくらでもあるという感じです。今は為替の問題で100万円を超えてしまいますけども。

量産品でもやはり古いものの方が鳴りが良く、新しいものはべっとり接着剤でコーティングされているような感じです。

量産品でもそれぞれ音がバラバラで、「量産品の音」と定めることはできないと思います。

何と弾き比べるかで印象が大きく変わってしまいます。基準となる絶対的な楽器があればいいのですが…。表題に応えるどころか音をどう評価するかそれさえも確立していないというのが現状でしょう。

手作りでなければできない楽器、音を追求していくことが私のライフワークです。