こんにちはガリッポです。
またいつものヴィオリン教授が来ました。
この方が来ると私の説明が大混乱になるのは何を弾いても良い音がしてしまうからです。
かねてから、弦楽器の音は「弾く人が9割以上、楽器が1割以下」と言っています、これが大前提です。



これは以前出て来たマルクノイキルヒェンの戦前のヴァイオリンです。
きちっと教科書通り作られていて私は上品な音だと感じていました。
これを教授が弾くと低音はカラッと乾いた音で力強く高音は滑らかで美しいものでした。普通の人にとっては特別鳴るわけでもなく華やかな音がするわけでもない特に目立たない地味な音の楽器だと思いますが、上手く弾けば見事な音が出ます。これで良い音が出なければ腕の問題という事になります。こんなんでヴァイオリンは十分だと考えることができますが、一般の人は多くの楽器の中にあっても気付かないでしょう。安価な無名な作者のものでも十分良いものがあるのに気づかないことでしょう。

つぎはこちら。
マルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンです。これもマルクノイキルヒェンの流派にいくつかあるタイプの一つです。このf字孔もよく見ますし、左右の間隔が離れているのも特徴です。これがアマティのように左右の上の丸が近いとバスバーの位置がうまくいきません。

後の時代に上からニスを塗ってあるようです。ラッカーのようですね。

ヘッド部分は独特です、イタリアのもの以上に個性的ですね。個性に善悪など言えるはずが無いのに安い楽器であると悪い個性と言われてしまいますね。

アーチはオールドらしいものですがそんなに癖が強くもありません。


やはり近代の楽器とは立体造形が全く違います。当時の考え方としてはこんもりと丘のように膨らみを作った後周辺に溝を彫ってエッジの厚みを出したという感じです。近代の場合には面が綺麗に仕上がっているものを高級品とします。
教授が弾くと暗く柔らかい音がしました。ここまで柔らかい音がするのはやはりオールド楽器ならではでしょう。それが良いことなのかどうなのかは別の問題でもはや趣味の問題です。珍しさで言えばこのようなものは希少で柔らかい音を望んでいる人には貴重なものですが、さきほどの近代のものでちゃんと見事な演奏ができるのでした。
ちなみにラッカーの塗られた量産品では耳障りな音の楽器が多くあります。しかしこの楽器では柔らかい音がするのでニスで音が決まるわけではないようです。これも常識を覆す重要なことで実験で証明すればヴァイオリンのノーベル賞級の発見です。
ちなみにその教授の10代の息子が使っているのは、レオポルト・ヴィドハルムです。極端にアーチの高い楽器です。
自分の息子に使わせているという事は本気のチョイスでしょうね。



以前出てきたこれです。
何を弾いても音が良いとおっしゃる教授ですが、修理を終えたブッフシュテッターとガイゼンホフを試してもらいました。
リアクションはおいしい料理を食べたときのようなしぐさをしてすべてを表していました。演奏を聴くとブッフシュテッターの方がダイレクトでガイゼンホフの方が柔らかい感じでした。
道具のとしての機能性なら、マルクノイキルヒェンの教科書通りのもので果たされます。一方オールド楽器はコクのある料理のように味を楽しむものでしょう。性能が優れているかどうかではなく別格の存在でラブリーな愛すべきものだとそんな感じですね。
近代の楽器の代表も見てみましょう。


こちらはヴィヨームです。ヴィヨームの工房では比較的安価なサンタチェチリアというグレードがあります。
この楽器がそうで1849年製です。これで廉価グレードであるというのが驚きのクオリティです。工房製というものですが他の国のマスター作のものでもこれほどのものはめったにありません。

はっきり特徴があります。

やはりオールド楽器とは全く違います。



一枚板の裏板でかなり歪みが出ています。しかしアーチの表面の仕上げ方がオールドとは全く違います。
ヴィヨームなどはオールド楽器の複製の名人として知られていますが、これを見るとオールド楽器とは全く違います。知識は言葉ではなく五感で学ばないといけません。
サンタチェチリアは最大で75,000ドルほどだそうです。クオリティからするともっと高くても良いような気がしますが、正真正銘のヴィヨームやイタリアの作者が高すぎるのです。
ヴィヨーム工房でも弟のニコラスが担当し、下請けの職人たちとともに作っていたのでしょう。無名なフランスの作者たちの腕がいかに良かったかという事です。
もともとアンティーク塗装ではないものの多少色ののグラデーションがつけられていたようです。裏板であれば中央付近が薄くなり溝の付近が濃くなっていたようです。
という事はやはりアンティーク塗装でオールド楽器風に作る方が手間がかかり当時から高価であり、現在でもヴィヨームの楽器としては桁違いに値段が変わってきます。
今回は魂柱の話です。
魂柱の交換が必要になることがあります。
魂柱の木材が劣化して音が死んでしまうという説明もあります。しかし現実には魂柱が全く合っていないというケースが多いです。魂柱は裏板と表板の間に立ててある棒ですが、接着などはされていません。
f字孔から専用の道具で入れますが、面が表板と裏板にピッタリ合うように加工します。あっていない魂柱を使い続けると角で表板や裏板にヘコミを付けてしまいます。凹みがつくとこの後魂柱をピッタリ合わせることが困難になります。

そんな魂柱の楽器を見かけたら交換することをお勧めします。
新品の楽器を買って間もないからまだ交換する必要はないと思うかもしれません。むしろその逆です。
新しい楽器というのは木材が加工されて楽器の形ができた後で、弦の力を受けて楽器が変形していきます。楽器が変形するのは当たり前です。左右対称に完ぺきに作る腕自慢の職人では、変形を嫌ってやたら頑丈に作るかもしれません。そのような楽器はいわゆる見た目はきれいだけども音はいまいちの楽器になってしまいます。
魂柱はその長さによってきつさと関わっています。楽器が変形してくると魂柱が緩くなります。緩いという事は長さが足りなくなっているのです。これはヴァイオリンではほんの0.1~0.5mmくらいの話です。
自分の楽器の魂柱が緩いのかきついのか見分ける方法があります。

きつい魂柱が入っているとf字孔の上端に段差ができます。写真のように0.3mmくらい高くなっています。指で触ってみてもわかります。
これが逆にf字孔の内側の方が低くなっていると魂柱が短すぎます。短すぎると表板が陥没してきます。
長年経過するとそのままの形で固まってしまい魂柱を外してもそのままです。もし出っ張っているようなら緩めの魂柱を入れて、へっこんでいるようならきつめの魂柱を入れます。それでも多少ましになる程度で元には戻りません。
ここまで音の話はしてません。
魂柱は音に大きな影響があるので魂柱と呼ばれています。魂柱と音の規則性は職人でもそれぞれ自論があることでしょう。しかし規則性を研究するのは難しいです。楽器によってもケースバイケースであり、また一つの要素以外全く同じ条件で比較することも難しいです。科学のように研究するなら魂柱だけを専門分野とした研究者が何十年とそれだけを研究する必要があるでしょう。
しかしその仕事だけに給料を払う人がいません、弦楽器工房にそれだけの人を雇う余裕がありません、魂柱以外にも様々な分野の研究者が必要です。また一生魂柱だけを研究するものも私は面白くありません。
規則性以前にほんのわずかに位置を動かしただけで目まぐるしく音が変化すると感じられる人もいます。ある程度以上やると沼にはまってしまいます。
一般論としては駒に近づけると明るくダイレクトな音となり駒から離せばクッション性が生まれ落ち着いた音になると思います。このレベルであれば論理的に納得がいく調整はできます。
このような現実は音楽家の求めるレベルに比べると大雑把すぎますね。どの線のどの音ががどうのこうのと言われてもピンポイントでどうにかすることは無理です。一方規則性ではなく魂柱のわずかなはまり具合でもめまぐるしく音は変わりますので、何回かやっていれば妥協点は見つかることでしょう。
魂柱はつっかえ棒であるため、緩い方が板が自由に振動し音が良いという考えの人がいるでしょう。しかし、短い魂柱に楽器が馴染んでしまいそのうち効果が無くなってしまうかもしれません。さらに短い魂柱にするとまた音はよくなるかもしれませんが、表板がどんどん陥没していきます。
したがって、今後の変形を考えるとほんのわずかにf字孔の内側が高くなっているくらいが理想でしょう。
特に新作楽器ではこの変化が起きやすいです。また、大きな楽器ほど変化も大きくなります。新作ヴァイオリンなら1年くらいで魂柱を交換した方が良いと思います。ビオラなら数か月で魂柱が緩くなってしまいます。チェロなら数週間です。
ここ何年かで私が作った楽器では楽器を作ってから、お客さんに引き渡すまでに一度魂柱を交換していました。つまり新品でも2本目の魂柱がきつく入っている状態で引き渡していました。
コロナの時に作ったヴィオラでは作ってから数か月後に魂柱を交換してそれから日本に送りました。それをこの前の休暇で帰国したときに見るとf字孔の方が下がってたので交換しました。
また2年前に作ったヴァイオリンでも同様で魂柱交換しました。
これで陥没の心配も無いでしょう。
それと同時にどちらも音がはっきりとして交換した効果もあったようです。
つまり魂柱が長期的に緩んでくると音が弱くなってくるということがあります。魂柱を交換することで本来の音を取り戻すわけです。新作楽器であれば、作られた状態に戻るだけでなく使い込みによって作られた当初よりもレベルアップしているわけです。
一方買った楽器が必ずしも好みのものでなかった場合に、魂柱が緩んできたことで音が和らいでくることがあります。それで魂柱を交換すると再びその楽器の嫌な音が復活するかもしれません。魂柱を交換した後でその楽器に見切りをつけた人もいます。
音だけで言うと何が理想かはケースバイケースになることでしょう。もし良い楽器ならきっちりはまっている魂柱で最大の力が発揮されることでしょう。しかし結果としては多少緩んだくらいの方が音が和らいでちょうど良いというケースはよくあります。職人としては完璧に魂柱が合うように苦労するのですが、それをグラつかせたほうが結果として音が良いというわけです。このため下手な職人の魂柱の方が音が良いかもしれません。それでも表板や裏板にヘコミができるのでその場しのぎですね。
裏板が厚すぎるような楽器では魂柱がしっかりあっていない方がクッション性が生まれて表板に伝わる裏板の硬さが緩和されるかもしれません。
職人の腕と音はおよそそんな関係です。
音が良くなったからと言ってその職人を信用するのは恐ろしいです。

魂柱の材質も違いがあります。左のものでは木目の細かいもので、右は荒いものです。極端に木目が粗いのは安価なものに使われています。魂柱は楽器用の木材業者や商社が機械で加工されたものを市販しています。もちろん私が自分で作ることもできます。柔らかい軽い木であれば音もそんな感じでしょう、見た目以上に削ったときの感触で分かります。
太さも微妙に違いがあります。0.1~0.2mmでも見た目にはかなり違って見えます。私は安価な楽器ほど太い魂柱を入れます、転倒などのトラブルを防ぐためです。
これも傾向で年々太い魂柱が好まれるようになってきました。アマティやストラディバリのf字孔の幅では現代の魂柱が入りません。
もし何もしてないのに魂柱が倒れたなら魂柱は確実に短すぎます、立てるだけではなく交換が必要です。よく弦を張り変える時に魂柱が倒れることがあります。これも同様です。普通は弦を全部外しても魂柱は倒れません。しかし駒の位置が分からないなら交換するときはすべての弦を外さないようにするべきです。

専用の道具があります。これを使ってもf字孔に魂柱を入れるのは至難の業です。私も20年くらいやって来てようやくうまくはまることが多くなってきました。数か月やったくらいではゆるゆるの魂柱しかできません。
新しい魂柱を入れるのに普通は30分もあれば十分ですが、時には何時間かけてもうまくいかないことがあります。

このようにとりあえず予測でこんなもんだろうと長さを決めて入れてみます。
この場合には裏板の面とあっていないのが分かると思います。表板の側もありますし、こちらから見えない向こう側は歯医者さんの使うような鏡で見ます。
多くの楽器は雑な職人の仕事や経年変化、調整のし過ぎでこのような不完全な状態になっています。

当たっている所を削ります、これで良くなりました。その分魂柱は短くなります。短くなるとすぐに倒れてしまいますが、右側に行くほど表板と裏板の間隔が狭くなっていきますので、初めはセンター寄りの所に魂柱を入れてみて、少しずつ削りながら合わせていきます。徐々に外側に移動してきます。最終的に駒との位置関係が重要となります。適度なきつさで入れたときに駒の脚よりも外側に出てしまったら魂柱が短すぎます。

こちらはちょっと表板にヘコミがあるようです。このように凹みができるとピッタリ魂柱が合わなくなります。
多くの楽器では最初の写真のように中を覗いてみると魂柱があっていません。魂柱を動かす調整をした後で覗いてみても合わなくなっています。厳密に考えると魂柱を動かした後で弦を降ろしてエンドピンを抜き、穴から中を覗いて魂柱をさらに合わせる必要があります。
でもそのあと再び弦を張ったら先ほどとは違う音になるかもしれません。
音の調整にやたらこだわる職人はなぜかこのことを気にしません。私は神経質すぎるかもしれません。音のためには目をつぶらないといけないのかもしれませんね。
しょっちゅう魂柱調整をしていると表板や裏板にヘコミが無数にでき魂柱は不安定で音もめまぐるしく変化することでしょう。これをちょっとのことで音を激変させられる優れた職人と思い良かれと思ってやってるわけです。