ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -3ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

2024年の11月にA・ガリアーノのヴァイオリンの修理を終えた事を紹介しました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12876219091.html
あれから一年と数か月が立ちました。

メンテナンスをすることになりました。
楽器には大きな損傷や異常はなくニスをクリーニングし簡単な補修を行いました。
自分で弾いてみてもかなり音は変わったように感じました。
ダイレクトで乾いた感じで振動がはっきり感じられ音になって跳ね返ってくる感じです。高いアーチらしく思います。
高音は相変わらず柔らかいです。
持ち主のコンサートマスターが弾いてもだいぶ音が変わっています。修理前は柔らかいふにゃふにゃの音だったのが元気よく乾いた音がします。修理直後はウェットな感じでした。
修理前の印象はとても柔らかい音の楽器であり、今は強さがあります。違う性格になりました。それにしても一年の弾きこみの効果がすごいです。

状態の悪いオールド楽器と比べればこれが明るい音と言えるでしょう。そのことと新品の楽器の明るさは同じことではありません。新品でも鳴らなければ明るい音にはなりません。

こうなると、店頭に眠っているものを試奏して自分の好みの楽器を選ぶというのとは違います。
縁があってその楽器を手に入れた後で、ビリつきが発生し国外での演奏活動などに不安があったため修理をしましたが、今では音もかなり変わってきました。
また試奏して楽器を選ぶ時には、今使っているものと近い楽器ほど弾きやすいのは当然です。したがって楽器を選ぶというのは運命のようなものなのかもしれません。

私が何か意図を持って楽器を作っても弾く人は全く違う観点で感じ取り、結果として出てくる音について傾向を語ることも難しいです。

弦楽器では全く同じ音を維持することも不可能です。
音は何かをすれば必ず変わりますが、それを良いか悪いかは主観の問題です。音が変わらない方が珍しいですが、良いとか悪いとか結論付けるのは難しいです。


Moxon Viseというものを作っています。

ブナの集成材を使います。手動のノコギリでも十分正確に切れます。

DIYの初心者ではこうはいかないでしょう。
モクソンバイスの部品は市販されています。例えば
https://www.leevalley.com/en-ca/shop/tools/workshop/workbenches/vises/70360-benchcrafted-moxon-vise-hardware
今なら日本円にしたら4万円にもなります。このようなメーカーのものは海外のハイエンド木工マニアという趣味の世界です。手動工具にこだわり電動工具を多用する普通の木工とは違います。原始生活のキャンプみたいな趣味です。このように作られたものを売って職業にするには相当裕福な顧客が必要です。ヴァイオリン職人と同じで修理の仕事の方が多いかもしれません。

主にはかつてイギリスのビクトリア時代などに植民地から銘木を運んできて豪華な家具や内装を作っていました。その時の木工技術がベースにあるように思います。

このような道具は日本では全く知られていませんが、西洋のヴァイオリン職人の間でも知られていません。普通ヴァイオリン職人はヴァイオリン職人の世界しか知らないからです。

このようなパーツはとても頑丈なものですが弦楽器では作るものが小さいので大きすぎます。

そこで

何かの部品を流用するわけです。
これは3DプリンターやCNC工作機械に使うものです。と言いながら私は何に使うものか何もわかっていません。
しかし今の時代にはこのようなものがネットで売っています。知らない分野の部品を探すのは難しいですが、かつてはホームセンターに売っているものでしか物を作れませんでした。
このような中国製の部品が手ごろな値段で市販されているので自作派にはうれしいわけです。ちゃんとしたものなら業者間でしか取引はありません。

それでも普通の規格のネジの倍はします。せっかく作るならカッコいい方が良いです。

スピンドルの直径は10mmです。
30万円のワークベンチに使われているものと比べると細いですが、ステンレススチールのネジの棒が10mmもあれば人力ではびくともしません。

このネジのスピンドルには回転でナットが動く速さが3種類あります。遅く動くものほど緻密で微妙な締め付け具合を調整できるのに対し、作業性は悪くなります。
ナットも専用のネジが切ってあるわけです。
一般のネジの規格とは違うため専用のものが必要になります。

モクソンバイスでは厚みが一定ではない木材を挟むことができます。
しかしあまりにも正確に作るとそのような動きをしません。
スピンドルに対して板の穴を大きくしておけば遊びができて融通が利くというわけです。
しかし機構として完成されてはいません。あくまで遊びで何とかなるというものです、昔のものですから。

そこでいろいろな方法を考えました。

このような真鍮の部品を作りました。パイプを切って万力で押しつぶしたものです。

実験用に余った木材で作ったものです。これを穴に埋め込みます。

これで左右に遊びができました。上下方向には遊びはありません。
今回はベンチドックを使いポータブルワークベンチにするためです。

ベンチドッグとはワークベンチとその万力に取り付けて板を固定するものです。かつては四角いもので先端がかぎ状に曲がっていました。犬の顔のようにも見えますが由来は分かりません。
30万円の重量級ワークベンチについてるのが左のもので今回使用するのは右のものです。

こんな仕組みを考えるのにああでもないこうでももないと部品を探したりスケッチを描いて何週間もかかりました。
一番いい解決法はシンプルなものです。
ベアリングを付けたらどうだとかそうなると横方向には弱いとかいろいろ問題が出てきます。

木材に直接ネジがふれていると摩耗して穴がどんどん大きくなってしまう事でしょう。金属同士でも摩耗はしますが木材よりはマシでしょう。グリースをたっぷり塗りましょう。

おおむねこんな感じですね。

ポータブルのための軽量化と強度の妥協点も難しい所です。作りもシンプルなほど優れた設計と言えるでしょう。

なんとかイースターの休日で形にしたいと思います。

ヴァイオリン製作は先生や師匠から一つ一つの工程を教わるのに対して、このようなものを作るのは全く手順が決まっていません。寸法も実際に作りながらこんなものかと決めていきます。

果たして本当にうまくいくのでしょうかね?
すごくおもしろがっているかと言うと実用的なものなのでそこまでではありませんが、こんな部品を見つけたときにアイデアを閃いて調べ始めたのに作らなかったらその時間がもったいないです。

嫌いだったらやらないことでしょう。
こんにちはガリッポです。

音についての考え方の話です。
チェロのエンドピンにはいくつかの素材があります。バロックの時代にはエンドピンの支柱は無く、近現代になってもかつては黒檀などの木材で作られていました(取り外し式)。
現在ではステンレスのスチールのものが主流です。
それに対してカーボンのものがあります。
カーボンの方が高価なのでカーボンに変えると音が良くなるのでしょうか?

ここでよく言われるのが軽いほど音が良いという理屈です。カーボンは軽い素材なので重いスチールよりも音が良いと考える人がいます。この説明は具体的にどんな音なのか何もないのです。

同じメーカーのもので直径も同じ8mmで棒だけ付け替えることができます。

実際にプロの演奏者がスチールとカーボンを付け替えて試奏しました。
すぐにスチールの方が良いと言いました。
おかしいですね、理屈では軽いカーボンの方が音が良いはずです。

私が離れて聞いているとスチールの後にカーボンに変えると、透明感があり柔らかい感じがしました。
それが弾いている本人には反応の鈍さに感じたようです。

物体は素材ごとに特徴的な音があります。値段が高い素材だから音が良いわけでもないし、軽いから音が良いというわけでもありません。
スチールのシャフトを持ってしならせてみるとほとんど微動だにしませんが気のせい程度にはしなる感じがします。カーボンの方ははっきりと弾力があるようです。

エンドピンの構造的な弱さは力の集中する根元にあります。スチールでもグラグラしますが、よりしっかりチェロを支えることができたために反応が良く感じられるという事もあり得ます。素材の持っている音の特徴も金属ですから反応よく感じられるのも想像できます。金属の棒は叩けばキーンと音がよく響きます。手すりなどでは遠くまで伝わります。重いから響かないという事はありません。反応が良く感じられたとしてもおかしくありません。

その後別の弓を使ってチェロを弾き始めました。今度は甲乙つけがたい感じになりどちらが良いか迷っているようでした。子供の時からの常連のお客さんなので両方持ち帰って試してもらうことにしました。

音というのはこのくらい紙一重のことです。現実は理屈のように簡単ではありません。

そんな感じで高価なグッズが出ると「軽いから音が良い」と説明する職人が多くいます。直ちに軽いから音が良いと言うのではなく検証が必要です。生産する工場は素材ごとに違いますから工場の人たちは言われた仕様の製品を作るだけです。カーボンの棒を頼まれたら棒を作るだけで、楽器のことなどは何も知りません。理屈で考える職人が多く「軽いほど音が良い」という理屈が広まっているため、カーボン製のエンドピンなら高く売れるだろうと考えた業者が発注し製品化したというわけです。

聞いていてスチールの方が明るい音だと思いましたが、日本で困ることは高いものは何でもかんでも「明るい音」と説明することです。

今回のケースでは簡単に比較ができる稀なケースです。
別のメーカーのエンドピンとなると取り付けるのに時間がかかります、チェロ側の穴の直径を変えないと取り付けができず、また再び前のものに戻すこともできません。
したがってチューンナップや楽器の製造法では検証が不可能かコストがかかりすぎることが多いです。

アクセサリーパーツや職人が言う音が良い製作方法などを聞くと具体的にどんな音なのか説明がありません。これではユーザーの希望に合わせることができません。現状の音とユーザーの好みによっては正反対になるかもしれません。ただ音が良いと言うだけでさっぱりわかりません。具体性がないので本当か嘘かもわかりません。

世の中の人の多くの人には私のような発想がないようです。
他人が自分とは違う感じ方をするという事が理解できないようですし、音について強いか弱いかしか考えられないようです。

希望する音が人によって違えば誰にでも共通する音の良さなんてものは無いはずです。楽器の音もバラバラですから、求められる変化は真逆になるかもしれません。


さらに多くの人は値段が高いか安いかに惑わされます。
自分の求める音などは無く、「値段の高い楽器から出る音が良い音」くらいに考える人が多くいます。一人の職人が作る楽器の本数は少ないので彼らの間で取引ではクレイジーな値段になります。

特に日本の場合には「明るい音」という謎のワードがあります。
私の所では明るい音や暗い音は単に音についての形容でどちらが優れているという事ではありません、あくまで好みで好きな音を選べばよいというだけです。しかし「明るい音と暗い音のどちらが良いですか?」と聞けば暗い音が良いと答える人が多いです。
暗い音では味わい、深み、コク、暖かみというそんな魅力がありますが、音が強くまたは軽く出ることが何より重要ならそのような要素はどうでもよく気にもしない人もいるでしょう。

日本で音が良いという事が明るい音だと誰にとっても当然のことだと決まっているのなら明るいか暗いかで楽器を評価すれば音の格付けができるでしょう。その基準で真剣に取り組んでいる職人が明るい音を生み出すために技術を進歩させるかもしれません。
しかしそれは日本国内だけのものにすぎず、私の所で話せば「極東の奇妙な趣味趣向」と一蹴されるだけで全く通用しません。日本でもそう思わない人がいるはずです。

さらに実際には音の明るさについてもあいまいです。
安価な楽器でも明るい音のものはいくらでもあります。むしろ高価なオールド楽器では暗い音がします。しかし現実に買いに来る客層が違いますから単に売りたい楽器の音を「ほら明るい音でしょ」とごり押ししているだけです。

つまり音の明るさについてもちゃんと評価していません。
もし「音の明るさ=音の良さ」で評価していたら安価な量産品が上位に来てしまいますからね。一つ嘘をつくことによって幾重にも嘘をつかなければならなくなり、率直に感想が言えない業界になってしまいました。「大人の事情」というやつです。

音の明るさは板の厚みによって説明ができます。明るい音の楽器を製造するために余計なコストや特殊なノウハウは必要なく安価な楽器で明るい音のものがあります。在庫費用が少ない新しい木材ほどそのような傾向になると思います。
新作で暗い音の楽器を作るのは難しいです。つまり安く大量に仕入れやすいものを「明るい音でしょ?」と言って売ってきたのです。



このように誰にとっても共通の明確な基準がないので音の良さを厳格に評価することはできません。


ちなみ安価なチェロにはチープなエンドピンがついていて、古くなるとビリつきが発生することがあります。製品の品質の問題で主に棒の方じゃなくてチェロに固定する部品の方です。
チェロ側の穴もだんだん摩耗してきます。穴を綺麗に開け直してもう一つ部品の軸の太いものに交換します。穴が大きくなりすぎると埋め直さないといけません。
鉛筆のように丸くなった先端を削って尖らせることも可能です。



ヴァイオリンではアジャスターの素材にスチール製とチタン製があります。チタン製のものはものすごく高価です。軽い方が音が良いという考えが広まっているために軽い金属であるチタンのものが作られています。

私の所ではチタン製で品質や機能性の良いものが流通していないのでお勧めできるものがありません。
スチールではウィットナーのものは常に弦のボールエンドがうまく収まります。

ウィットナー社は西ドイツの時代から高品質な製品を低価格で製造してきました。そのような会社は経営難に陥ってしまうのがその後の世界の変化です。近年は急激に値段が上がってGEWAが買収したとの話です。昔のカタログを見ると今の一つの小売り値段がかつての1ダースの仕入れ値です。昔はダース単位で仕入れていました。

私もチタン製のものを試したことがありますが音は確かに違いがあります。しかし良いか悪いかは各自の判断でしかありません。素材の音がそのままという感じです。
合金なので物によって違うでしょうがチタンはスチールに比べて強度がずっと低いです。チタンの方が響きが多く音が周囲に広がり繊細で柔らかい感じがします。それを聞くと良いように思うかもしれませんが軽金属の冷たさも感じます。
スチールの方がしっかりして引き締まり透明感があるように感じました。人それぞれどんな印象を受けるでしょうね?












こんにちはガリッポです。

ガソリンスタンドの表示を見ると1Lの値段が2ユーロを超えています、380円以上です。便乗値上げがえげつないですね。

モクソンバイスの製作も始まっていますが、設計に変更が生じました。
開発というのはそんなものですね、良いものを作るためにはそれもつきものです。

ブナの角材が4本ありました。数も数えられなくなったのではなく下の2本はくっつけてあります。

つなぎ目も見えないですね、これがヴァイオリン職人の技術です。接着には昔ながらのにかわを使っています。木工用ボンドだと粘性があってクランプで締め付けるとグニュッとずれるのです。隙間があっても人工樹脂で埋めるようになっていますが接着剤の厚みの分だけ間が空いて線になってしまいます。にかわは正確に加工しないと隙間を埋めてくれませんが、正確に加工すれば接着力は強力で継ぎ目もこの通りです。
ヴァイオリンの板はたった2~5ミリの厚みでくっつけていますから、これだけ接着面があれば絶対に剥がれません。

ブナはとても硬い木材で普通のDIYでは歯が立たずカンナでは削れないでしょう。
それでもヴァイオリンの木材よりは加工しやすいです。一方私の工具では節のある針葉樹は無理です。
4面が垂直になっていますから、ボール盤で穴をあけたときも真っ直ぐにあきます。


今回はこれで終わりです。
というわけにもいかないので、チェロの話題を。
前回はピラストロのパーペチュアルの話でしたが、セットの日本での定価が84,260円だそうです。
日本のそれでもまだ低いインフレ率を考えずにドイツ本国と同じように値上げしているのでしょう。未だに日本人はお金持ちだと思っているようです。

決して安くはありませんがラーセンのイル・カノーネは74,910円だそうです。代理店からパッケージを省略したラーセンの弦が少し安く入るようになりました。これから使うことが多くなるかもしれません。

ラーセンのチェロ弦と言えば柔らかい音が特徴です。それ以前のスチール弦は金属的で硬い音でした。それでも弾きこんでいくと若干柔らかくなっていきます、そうなると何年も使えました。
一方ラーセンの弦は張ってすぐ週末に本番を迎えられるようになっています。その反面特に高音ほど寿命が短くオリジナルやソロイスト版のA線などは数か月しか持たないものでした。
イル・カノーネではそのあたりも改良されていてそこまで寿命が短いという感じではありません。

柔らかい音で音量もあるのでチェロ自体の音を変えたいというのでなければDirect&Focused版をとりあえず張っておけば間違いないなと感じています。

寿命についてもデータが得られてくると思います。

ただしスピロコア(トマスティク))などを未だに使っているのが普通の地域では心もとなく感じるかもしれません。ラーセンで唯一荒っぽい音がするのがマグナコアでヨーロッパ外の人たちの好みのようです。



こちらはシルベストゥル&モーコテルのチェロです。1907年にパリで作られたものです。
いわゆる工房製のグレードです。

シルベストゥルの兄弟もモーコテルもとても美しい楽器を作った超一流の職人でその息子たちが設立した共同経営の会社だったようです。
父のシルベストゥルもヴィヨームの弟子でこの前のヴィヨーム工房のヴァイオリンと似ています。
他の国ならマスター作品以上のクオリティです。

着色の濃さもシルベストゥルのようです。

いかにもフランスの楽器ですね。フランスのチェロはストラディバリモデルばかりです。ストラディバリのチェロは細長いのが特徴です。
ドイツでも同様でモンタニアーナモデルは作られておらず、流行したのは20世紀の終わりころからで古そうに見えてもアンティーク塗装です、
イタリアではストラディバリモデルの型が入手できずに自己流のモデルのチェロがよくあります。

これぞフランスです。


ストラディバリの特徴を細部までよく研究しています。


アーチはこの前のヴィヨーム工房のヴァイオリンをそのまま拡大したようです。

私が考えているのは、オールドの時代にはこんもりとアーチを作り周辺にチャネリングという溝を彫りました。アマティ派でも同様です。ストラディバリもこの時ヴァイオリンに比べてチェロではそこまで幅の広い溝が彫られませんでした。チェロの方が相対的に狭い溝になっています。これは作業工程による形状の特徴です。
それに対してフランスのチェロではヴァイオリンの形をそのまま拡大したようになっているように思います。

つまりヴァイオリンではちょっとの削りすぎが大きな影響をもたらすので作業工程による癖が強くなります。

ちゃんと形を作りきっているという意味では優れた造形力を持っています。このようなセンスを教えるのは難しいことで息子だからと言って自動的にできるものではありません。間違いなく才能があります。
一方造形センスがなく攻め切れていないイタリアの楽器が倍の値段ですからね。
天才とか何の才能を言ってるのでしょうね。

才能に優れた職人の楽器が欲しいならフランスの無名な職人にもあります。
一方音や道具としての使い勝手なら才能が無い作者のものにも十分可能性があります。

音ですが、極端に個性的なものではなくとてもバランスが整っていると思います。強烈な音ではなく落ち着いています。うまく弾きこなせば良いかもしれません。楽器が勝手に鳴る感じではないです。このため音大生などが求めるものとはちょっと違うかもしれません。

お値段は相場がデータにありません。
しかし同じくらいのヴァイオリンなら3万ドルはすることでしょう。チェロでは最低その倍~2.5倍くらいは覚悟が必要です。そうなると軽く1000万円越えですね。
私がこの仕事を始めたころはその値段で19世紀の一流のフランスの作者のマスター作品が買えました。高くなったものです。

それでもクオリティはミルクールの量産品とは全く違いますしガン&ベルナルデル以上でしょう。同じ時期には既に廃業しカレッサ&フランセが相続しています。それに比べるとまだフランスらしさが残っています。

売りに出すのでほしい人は買いに来てください。

私はいませんでしたが若いプロのチェロ奏者が弾いたそうです。音は大変良かったそうです。

板の厚みを測ってみると表板はどこも同じ厚さで4.5mmほどでした。裏板もコーナーから上と下(アッパーバウツとロワーバウツ)が4.5mmほどで真ん中が急に厚くなる感じです。三色旗のように三つのゾーンに分かれているような感じです。


私は板の厚みはなだらかに厚みが変わっていくようにと教わりました。それを理論化したのはグラデーション理論というものです。

グラデーションになっていると音が良いという理屈ですが完全に嘘ですね。

そもそも音が良いとか悪いではなく、どのように音が違うのか説明しないといけません。このような製作理論はほかの方法を試すことなく頭で考えただけのもので、科学とは正反対のものです。




われわれ専門家の学ぶ知識でさえこの程度ですから必ず音を自分の耳で確かめることが重要です。
こんにちはガリッポです。

まずはチェロの弦のプチ情報から

ピラストロ社のパーペチュアルという高級チェロ弦があります。ガット弦のような柔らかい音ではなく角の尖ったスチールらしいしっかりした音がします。それでもスピルコア(トマスティク)のようなものに比べると耳障りな嫌な音は軽減されています。バージョンがすごく多くわかりにくいのが問題です。調べてみるとSoloist版のA線にWeich, Mittel, Starkがあります。チャートによるとSoloist版は低音の2弦が力強く高音の2弦が柔らかい設定となっています。均等なのがEditionというバージョンです。さらにSoloistのA線にゲージ違いがあります。これは重さが違うために同じ音程に調弦するための張力が変わるという事です。mittelが標準でweichなら張力が低くなります、パーペチュアルを使ってみたらA線が鋭かったという場合には良いかもしれません、注目しています。それでもだめなら同社のパッシオーネやエヴァピラッチゴールドのA線も考えられます。パッシオーネのA線は価格が安いこともあって学生の間で広まってきていますが、エヴァピラッチゴールドの方が柔らかかったです。私の経験では最新のフレクソコア・デラックスのA線が最も柔らかかったです。



本題に入ります、ヴァイオリン奏者は楽器独自の演奏技能や知識を必要とするだけでなく音楽家として共通する基本の部分があります。作曲や指揮、オペラの演出などの活動もあります、演奏技術ばかりに意識が集中すると幅広い音楽ファンの心をつかめないでしょう。
同じようにヴァイオリン職人も木工家です。

音楽と同じく木工も長い歴史があるとともに時代や地域によって違いがあります。
現在では木工と言えばあらかじめ工場で板や角材に加工された木材を電動工具で加工するのです。クラシックではなくポピュラー音楽です。大工でも工場で加工された木材を組み立てるだけです。

ヴァイオリン職人は木材の塊から板を作る所から始めますが、日本には日本の伝統があります。むしろ木工大国と言えるほど高度に発展したのでした。江戸時代にやって来た西洋の人たちの船が壊れて帰れなくなったときに、日本の船大工は完璧な西洋式の帆船を作ることができました。

ヴァイオリン製作も同じようなもので正解を教えれば完璧に作ってしまうのです、むしろ日本人の方が完璧で持っている工具には西洋の人が憧れるくらいです。日本人の職人が学ぶべきなのは、西洋のヴァイオリン職人がもっとアバウトでいい加減なものだという事です。日本人が想像する名工などという概念と実際は全く違います。とはいえ優秀すぎる職人の場合であって、日本人でも西洋人に負けないほどいい加減でアバウトな職人はいくらでもいますのでほとんどの人はわざわざ学びに行く必要もありません。

これが現在アフリカの人に弦楽器のメンテナンスを教えるとなると全く違います。まず木工や工業の基本が無いために何もないのです。


ともかく西洋には西洋なりの考え方があります。
日本の職人は床や地面にあぐらをかいて座って仕事をすることが多いです。時には足で材料を抑えたりします。ですから、座り方ができてないと未熟だと分かるわけです。
それに対して西洋ではワークベンチという作業台に材料を固定します。頑丈でしっかりしたプロ用のものなら20万円以上します。材料をワークベンチにしっかり固定するので全身の体重をかけて力強く仕事をすることができます。繊細というよりは荒々しい仕事ぶりですね。
日本の琴の演奏などを見ると、楽器でも同じですね、生活様式の問題でもあります。

ワークベンチというのが一般的ですが、これが不便な点が多くあります。一般的な木工に比べるとヴァイオリン職人が作るものは細かく小さなものが多いです。一般的な木工用の工具や設備などは大きすぎて精度が粗すぎるのです。

私は仕事以外に趣味がないものですからDIY木工を趣味にしようかと思っていました。ちょうど違う楽器や違うジャンルの音楽をやるようなものです。しかしヴァイオリン職人とDIYではあまりにも考え方が違い過ぎて諦めていました。

30万円する高価なワークベンチもうちの会社ではもの置き場になっています。このような重量級ワークベンチは日本では普及しておらず輸入すれば送料がとんでもないことになるでしょう。日本のヴァイオリン職人にとっては憧れのワークベンチですが・・・。

強い力で材料を固定できるようになっています。思いっきり締め付けたらヴァイオリンの胴体は粉砕されることでしょう。
この手の万力(まんりき)の問題は巨大なハンドルが邪魔で作業がしにくいこと、板の厚みが一定でないと固定できないことです。


日頃の不満を解消するために、Moxon Vise (モクソンバイス)というものを作ってみたいと思います。聞きなれない言葉でしょう。それもそのはずでアメリカの木工家が2010年に古い資料を基に復元し名付けたもので10年位前に海外の木工マニアの間で話題になりました。

参考リンクhttps://www.toolcraft.co.za/blogs/tools-techniques/moxon-vises-whats-the-fuss-all-about?srsltid=AfmBOorN_hP9YZ5htIsMQtCh2pJAmHJBun1pH83cPlZi8JAep_7tLc10
二つスクリューハンドルがついた万力という事です。

バイスというのは日本語では万力と言います。材料などをネジ式で固定するものでローマ時代からあり日本では明治以降普及したようです。

木工に使う手動の道具は古代ローマ時代にはほとんどあります。
その後西洋ではギルドという組織ができるので作業の仕方や道具は標準化され形やサイズが規格化されて行きます、資格制度も取り仕切ります。
ギルドは現在の労働組合の元です、西洋でストライキなどが多いのはそのためです。賃上げは自分たちで交渉しないと政府の指示ではできるはずがありません。バスや鉄道運賃の値上げがすごいです、日本に帰ると値段がほとんど変わっていないのに驚きます。まるで交通機関の従業員は利用客を減らして仕事を楽にするために自家用車を使わせようと努力しているようです。日本では考えられないことです。楽器職人もアピールばかりがうまくて実際にはたいしたことない人が有名になったりしますのでお気を付けください。

このように工具の世界ではどのメーカーのものでもそっくりというのが普通です。ひとたび優れた道具が作られればそれと同じものが作られるようになります。規格化されれば数多く職人を育成し従事させることにも役立ちます。次第に工具メーカーはコスト削減をもとめられ安価な粗悪品が大量に出回ります。音楽の道具である楽器も同じことです、それなので天才とか巨匠とか個性とかそんなものではないのです。職人ごとに独自のバラバラで規格化されていなければ使いにくくてしょうがないですし、使い方も共有できませんしオーケストラ編成も作曲もできません。巨匠だの名工だの言う商売人の口八丁手八丁で粗悪品をつかまされ使い物にならないことを心配するべきです。

それに対して忘れられていたモクソンバイスはまだ量産されていないので、自分で作らないといけません。木工家は金属の加工はできないので、その後金属の部品が市販されるようになってマニアの木工家の間で流行したというわけです。日本ではほとんど知られていないでしょう。「西洋の木工」というジャンルは日本ではほとんど知られていません。ヴァイオリン職人以外で学んでいる人がいないのではないかと思うほどです。それほど日本の木工に伝統と誇りがあるからです。しかしどちらも国際企業の最新の電動工具によって絶滅危惧種となっていくことでしょう。

そんなモクソンバイスですが長年にわたって使い勝手に改良が加えられていないので原始的で完成度が低いものとなっています。まず突き出たねじのシャフトが邪魔などころか危険ですらあります。頑丈で立派なのは良いですが大きすぎて重すぎます。ヴァイオリンやビオラを作るためなら締め付けるバカみたいな力は要りません。一方で適切なサイズがあります。ある程度汎用性がないと、一つの工程専用では場所を取ってしょうがないです。ヴァイオリンとビオラは共用したいものですが、あまり機能を欲張ると帯に短したすきに長しです。

そこでああしたらどうか、こうしたらどうかと考えるわけですが、先輩や師匠も知らないものですから、実物を見たことも使ったことも無いので実際のところが分かりません。とりあえず作ってみてから考えないといけません。

マニアたちは思い思いに作ってSNSなどで披露しています。
モノづくりでは一番面白い時期ではあります。

とはいえ、SNSで自慢するために作るわけではなくあくまで作業をしやすくするためのことです。ただでさえ足りない楽器を作る時間を無駄にしてでも長期的な投資というわけです。便利グッズがこんなに簡単に作れますよとSNS動画で披露する使い捨ての「ネタ」ではありません。

しばらくはそんなことで頭が一杯になります。
興味は無いかもしれませんが音楽家と木工家がどんなに違うかという事を知ってください。


ポピュラー音楽の世界では西洋音楽の基礎を学ばずに世界の流行音楽を取り入れてやってきました。違いが分かる人と分からない人がいるかもしれません、そんなこととも共通するかもしれません。
こんにちはガリッポです。


またいつものヴィオリン教授が来ました。
この方が来ると私の説明が大混乱になるのは何を弾いても良い音がしてしまうからです。
かねてから、弦楽器の音は「弾く人が9割以上、楽器が1割以下」と言っています、これが大前提です。


これは以前出て来たマルクノイキルヒェンの戦前のヴァイオリンです。
きちっと教科書通り作られていて私は上品な音だと感じていました。

これを教授が弾くと低音はカラッと乾いた音で力強く高音は滑らかで美しいものでした。普通の人にとっては特別鳴るわけでもなく華やかな音がするわけでもない特に目立たない地味な音の楽器だと思いますが、上手く弾けば見事な音が出ます。これで良い音が出なければ腕の問題という事になります。こんなんでヴァイオリンは十分だと考えることができますが、一般の人は多くの楽器の中にあっても気付かないでしょう。安価な無名な作者のものでも十分良いものがあるのに気づかないことでしょう。

つぎはこちら。
マルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンです。これもマルクノイキルヒェンの流派にいくつかあるタイプの一つです。このf字孔もよく見ますし、左右の間隔が離れているのも特徴です。これがアマティのように左右の上の丸が近いとバスバーの位置がうまくいきません。

後の時代に上からニスを塗ってあるようです。ラッカーのようですね。

ヘッド部分は独特です、イタリアのもの以上に個性的ですね。個性に善悪など言えるはずが無いのに安い楽器であると悪い個性と言われてしまいますね。


アーチはオールドらしいものですがそんなに癖が強くもありません。


やはり近代の楽器とは立体造形が全く違います。当時の考え方としてはこんもりと丘のように膨らみを作った後周辺に溝を彫ってエッジの厚みを出したという感じです。近代の場合には面が綺麗に仕上がっているものを高級品とします。

教授が弾くと暗く柔らかい音がしました。ここまで柔らかい音がするのはやはりオールド楽器ならではでしょう。それが良いことなのかどうなのかは別の問題でもはや趣味の問題です。珍しさで言えばこのようなものは希少で柔らかい音を望んでいる人には貴重なものですが、さきほどの近代のものでちゃんと見事な演奏ができるのでした。

ちなみにラッカーの塗られた量産品では耳障りな音の楽器が多くあります。しかしこの楽器では柔らかい音がするのでニスで音が決まるわけではないようです。これも常識を覆す重要なことで実験で証明すればヴァイオリンのノーベル賞級の発見です。

ちなみにその教授の10代の息子が使っているのは、レオポルト・ヴィドハルムです。極端にアーチの高い楽器です。
自分の息子に使わせているという事は本気のチョイスでしょうね。

以前出てきたこれです。

何を弾いても音が良いとおっしゃる教授ですが、修理を終えたブッフシュテッターとガイゼンホフを試してもらいました。

リアクションはおいしい料理を食べたときのようなしぐさをしてすべてを表していました。演奏を聴くとブッフシュテッターの方がダイレクトでガイゼンホフの方が柔らかい感じでした。
道具のとしての機能性なら、マルクノイキルヒェンの教科書通りのもので果たされます。一方オールド楽器はコクのある料理のように味を楽しむものでしょう。性能が優れているかどうかではなく別格の存在でラブリーな愛すべきものだとそんな感じですね。

近代の楽器の代表も見てみましょう。


こちらはヴィヨームです。ヴィヨームの工房では比較的安価なサンタチェチリアというグレードがあります。
この楽器がそうで1849年製です。これで廉価グレードであるというのが驚きのクオリティです。工房製というものですが他の国のマスター作のものでもこれほどのものはめったにありません。

はっきり特徴があります。

やはりオールド楽器とは全く違います。


一枚板の裏板でかなり歪みが出ています。しかしアーチの表面の仕上げ方がオールドとは全く違います。
ヴィヨームなどはオールド楽器の複製の名人として知られていますが、これを見るとオールド楽器とは全く違います。知識は言葉ではなく五感で学ばないといけません。
サンタチェチリアは最大で75,000ドルほどだそうです。クオリティからするともっと高くても良いような気がしますが、正真正銘のヴィヨームやイタリアの作者が高すぎるのです。
ヴィヨーム工房でも弟のニコラスが担当し、下請けの職人たちとともに作っていたのでしょう。無名なフランスの作者たちの腕がいかに良かったかという事です。
もともとアンティーク塗装ではないものの多少色ののグラデーションがつけられていたようです。裏板であれば中央付近が薄くなり溝の付近が濃くなっていたようです。

という事はやはりアンティーク塗装でオールド楽器風に作る方が手間がかかり当時から高価であり、現在でもヴィヨームの楽器としては桁違いに値段が変わってきます。


今回は魂柱の話です。
魂柱の交換が必要になることがあります。
魂柱の木材が劣化して音が死んでしまうという説明もあります。しかし現実には魂柱が全く合っていないというケースが多いです。魂柱は裏板と表板の間に立ててある棒ですが、接着などはされていません。
f字孔から専用の道具で入れますが、面が表板と裏板にピッタリ合うように加工します。あっていない魂柱を使い続けると角で表板や裏板にヘコミを付けてしまいます。凹みがつくとこの後魂柱をピッタリ合わせることが困難になります。

そんな魂柱の楽器を見かけたら交換することをお勧めします。

新品の楽器を買って間もないからまだ交換する必要はないと思うかもしれません。むしろその逆です。
新しい楽器というのは木材が加工されて楽器の形ができた後で、弦の力を受けて楽器が変形していきます。楽器が変形するのは当たり前です。左右対称に完ぺきに作る腕自慢の職人では、変形を嫌ってやたら頑丈に作るかもしれません。そのような楽器はいわゆる見た目はきれいだけども音はいまいちの楽器になってしまいます。

魂柱はその長さによってきつさと関わっています。楽器が変形してくると魂柱が緩くなります。緩いという事は長さが足りなくなっているのです。これはヴァイオリンではほんの0.1~0.5mmくらいの話です。

自分の楽器の魂柱が緩いのかきついのか見分ける方法があります。

きつい魂柱が入っているとf字孔の上端に段差ができます。写真のように0.3mmくらい高くなっています。指で触ってみてもわかります。
これが逆にf字孔の内側の方が低くなっていると魂柱が短すぎます。短すぎると表板が陥没してきます。

長年経過するとそのままの形で固まってしまい魂柱を外してもそのままです。もし出っ張っているようなら緩めの魂柱を入れて、へっこんでいるようならきつめの魂柱を入れます。それでも多少ましになる程度で元には戻りません。

ここまで音の話はしてません。
魂柱は音に大きな影響があるので魂柱と呼ばれています。魂柱と音の規則性は職人でもそれぞれ自論があることでしょう。しかし規則性を研究するのは難しいです。楽器によってもケースバイケースであり、また一つの要素以外全く同じ条件で比較することも難しいです。科学のように研究するなら魂柱だけを専門分野とした研究者が何十年とそれだけを研究する必要があるでしょう。
しかしその仕事だけに給料を払う人がいません、弦楽器工房にそれだけの人を雇う余裕がありません、魂柱以外にも様々な分野の研究者が必要です。また一生魂柱だけを研究するものも私は面白くありません。
規則性以前にほんのわずかに位置を動かしただけで目まぐるしく音が変化すると感じられる人もいます。ある程度以上やると沼にはまってしまいます。

一般論としては駒に近づけると明るくダイレクトな音となり駒から離せばクッション性が生まれ落ち着いた音になると思います。このレベルであれば論理的に納得がいく調整はできます。
このような現実は音楽家の求めるレベルに比べると大雑把すぎますね。どの線のどの音ががどうのこうのと言われてもピンポイントでどうにかすることは無理です。一方規則性ではなく魂柱のわずかなはまり具合でもめまぐるしく音は変わりますので、何回かやっていれば妥協点は見つかることでしょう。

魂柱はつっかえ棒であるため、緩い方が板が自由に振動し音が良いという考えの人がいるでしょう。しかし、短い魂柱に楽器が馴染んでしまいそのうち効果が無くなってしまうかもしれません。さらに短い魂柱にするとまた音はよくなるかもしれませんが、表板がどんどん陥没していきます。
したがって、今後の変形を考えるとほんのわずかにf字孔の内側が高くなっているくらいが理想でしょう。

特に新作楽器ではこの変化が起きやすいです。また、大きな楽器ほど変化も大きくなります。新作ヴァイオリンなら1年くらいで魂柱を交換した方が良いと思います。ビオラなら数か月で魂柱が緩くなってしまいます。チェロなら数週間です。

ここ何年かで私が作った楽器では楽器を作ってから、お客さんに引き渡すまでに一度魂柱を交換していました。つまり新品でも2本目の魂柱がきつく入っている状態で引き渡していました。
コロナの時に作ったヴィオラでは作ってから数か月後に魂柱を交換してそれから日本に送りました。それをこの前の休暇で帰国したときに見るとf字孔の方が下がってたので交換しました。
また2年前に作ったヴァイオリンでも同様で魂柱交換しました。
これで陥没の心配も無いでしょう。
それと同時にどちらも音がはっきりとして交換した効果もあったようです。

つまり魂柱が長期的に緩んでくると音が弱くなってくるということがあります。魂柱を交換することで本来の音を取り戻すわけです。新作楽器であれば、作られた状態に戻るだけでなく使い込みによって作られた当初よりもレベルアップしているわけです。

一方買った楽器が必ずしも好みのものでなかった場合に、魂柱が緩んできたことで音が和らいでくることがあります。それで魂柱を交換すると再びその楽器の嫌な音が復活するかもしれません。魂柱を交換した後でその楽器に見切りをつけた人もいます。

音だけで言うと何が理想かはケースバイケースになることでしょう。もし良い楽器ならきっちりはまっている魂柱で最大の力が発揮されることでしょう。しかし結果としては多少緩んだくらいの方が音が和らいでちょうど良いというケースはよくあります。職人としては完璧に魂柱が合うように苦労するのですが、それをグラつかせたほうが結果として音が良いというわけです。このため下手な職人の魂柱の方が音が良いかもしれません。それでも表板や裏板にヘコミができるのでその場しのぎですね。

裏板が厚すぎるような楽器では魂柱がしっかりあっていない方がクッション性が生まれて表板に伝わる裏板の硬さが緩和されるかもしれません。

職人の腕と音はおよそそんな関係です。
音が良くなったからと言ってその職人を信用するのは恐ろしいです。

魂柱の材質も違いがあります。左のものでは木目の細かいもので、右は荒いものです。極端に木目が粗いのは安価なものに使われています。魂柱は楽器用の木材業者や商社が機械で加工されたものを市販しています。もちろん私が自分で作ることもできます。柔らかい軽い木であれば音もそんな感じでしょう、見た目以上に削ったときの感触で分かります。
太さも微妙に違いがあります。0.1~0.2mmでも見た目にはかなり違って見えます。私は安価な楽器ほど太い魂柱を入れます、転倒などのトラブルを防ぐためです。
これも傾向で年々太い魂柱が好まれるようになってきました。アマティやストラディバリのf字孔の幅では現代の魂柱が入りません。

もし何もしてないのに魂柱が倒れたなら魂柱は確実に短すぎます、立てるだけではなく交換が必要です。よく弦を張り変える時に魂柱が倒れることがあります。これも同様です。普通は弦を全部外しても魂柱は倒れません。しかし駒の位置が分からないなら交換するときはすべての弦を外さないようにするべきです。

専用の道具があります。これを使ってもf字孔に魂柱を入れるのは至難の業です。私も20年くらいやって来てようやくうまくはまることが多くなってきました。数か月やったくらいではゆるゆるの魂柱しかできません。
新しい魂柱を入れるのに普通は30分もあれば十分ですが、時には何時間かけてもうまくいかないことがあります。

このようにとりあえず予測でこんなもんだろうと長さを決めて入れてみます。
この場合には裏板の面とあっていないのが分かると思います。表板の側もありますし、こちらから見えない向こう側は歯医者さんの使うような鏡で見ます。

多くの楽器は雑な職人の仕事や経年変化、調整のし過ぎでこのような不完全な状態になっています。

当たっている所を削ります、これで良くなりました。その分魂柱は短くなります。短くなるとすぐに倒れてしまいますが、右側に行くほど表板と裏板の間隔が狭くなっていきますので、初めはセンター寄りの所に魂柱を入れてみて、少しずつ削りながら合わせていきます。徐々に外側に移動してきます。最終的に駒との位置関係が重要となります。適度なきつさで入れたときに駒の脚よりも外側に出てしまったら魂柱が短すぎます。

こちらはちょっと表板にヘコミがあるようです。このように凹みができるとピッタリ魂柱が合わなくなります。

多くの楽器では最初の写真のように中を覗いてみると魂柱があっていません。魂柱を動かす調整をした後で覗いてみても合わなくなっています。厳密に考えると魂柱を動かした後で弦を降ろしてエンドピンを抜き、穴から中を覗いて魂柱をさらに合わせる必要があります。
でもそのあと再び弦を張ったら先ほどとは違う音になるかもしれません。

音の調整にやたらこだわる職人はなぜかこのことを気にしません。私は神経質すぎるかもしれません。音のためには目をつぶらないといけないのかもしれませんね。
しょっちゅう魂柱調整をしていると表板や裏板にヘコミが無数にでき魂柱は不安定で音もめまぐるしく変化することでしょう。これをちょっとのことで音を激変させられる優れた職人と思い良かれと思ってやってるわけです。
こんにちはガリッポです。

休暇を終えて職場に復帰しました。
仕事はヴァイオリンやビオラの掃除ばかりです。
おそらく皆さんのイメージとは違って楽器の掃除が一番多い仕事です。
自分の楽器の掃除などしてもらったことがないという人もいるかもしれません。

さらに指板を削り直し、20年以上前に取り付けた駒と魂柱を新しくします。
そんなことばかりで一週間です。


とてもチープな楽器ではやかましい音がすることがよくあります。音量があることが良いことなら、やかましいというのは良いことなはずです。じゃあ高価な楽器なんて必要ありませんね?

なぜやかましい音がするか考えてみます。
動力を持った機械であれば騒音の大きなものがあります。精巧に作られているほどスムーズで音も静かになります。

私の家族が中国で高速鉄道に乗ったという話をしていました。発進の時も日本の新幹線のようにスムーズではなく、何か苦しげだったそうです。これは部品やレールなどの精度が違うからでしょう。

同じように弦楽器でも精巧に作られていると荒っぽい耳障りな音が少なくなるという実感はあります。
戦前のドイツの量産品では現在のような機械は無く、手作業で雑に作っていました。古くなって鳴りが良くなると耳障りな嫌な音も強く出ます。強烈な音のものがあります。現在のチープな中国製のものにもあります。
うちの工房で、学校の先生を退職したおじいさんにヴァイオリン作りを教えたことがあります。2台作って2台ともうちの店ではできたことがない鋭い音のものでした。同じストックの材料、同じ設計、同じニスにもかかわらず初心者のおじいさんが作ったものは鋭い音でした。

同じような音のものが高価なイタリア製のものにもあります。私からすると驚くことではないのは品質が変わらないからです。名工だとか天才だとか言われていても、実際は不器用な初心者が作ったものやチープな量産品と変わらないという事です。音も普通で仕事も普通なのになぜ天才なのでしょうか?高価な楽器を自慢していても修理に出せば職人がかげで笑っています。分かる人にはわかります。

チープな楽器に耳障りな音のものが多いのは品質の粗さが耳障りな音を生み出していることが考えられます。特定の音がとても強く出て耳障りに感じるのに対して、均等になっていればそこまで耳障りではないというイメージが想像されます。ぐらいついている魂柱を交換してピッタリ合わせることでも耳障りな音が改善することがあります。魂柱にはつっかえ棒の役割があり鋭い音を抑えるとともに、楽器全体が一つになり埋もれていた「出るべき音」が出るようになるのでしょう。

ところが「品質の高さ=音の美しさ」とまでは言えません。腕に自信のある現代の職人のものにも鋭い音のものがあります。フランスの19世紀の見事なヴァイオリンにもあります。本当にチープな楽器の荒々しさとはちょっと違って上品な鋭さです。一番耳障りな音がするのはチープなものですが、精巧に作られたものでも平均より鋭い音のものがあるという事です。

他に音の性格を生み出す理由は無いのでしょうか?

早速オールドヴァイオリンです。見るとすぐにマルクノイキルヒェンのものだと分かります。

いかにもですね。
作者などは分かりませんので楽器の品質から値段を付けることになります。
無名なマルクノイキルヒェンのヴァイオリンは2000~10000ユーロくらいですからその間です。最高に美しいわけでもなく、ひどく粗雑でもないので修理が済んでいた場合には6000ユーロとかそんなものでしょう。この楽器ではスクロール・ヘッド部分がオリジナルではありません。
したがってもっともっと安いことになります。100万円もしません。
時代はおおざっぱに1800年頃でしょうか?
本当のオールド楽器であってもマルクノイキルヒェンのものは新品と値段が変わりません。それ以下です。

このようなシュタイナー的なf字孔はドイツのオールド楽器の特徴です。このようなf字孔がついていれば安価で取引されます。このため商売人にとっては儲からない「悪い特徴」という事になります。シュタイナー的なf字孔がついていると偽造ラベルを貼って高価な楽器のニセモノとして売ることができないので業者にとっては魅力がないという事です。偽造ラベルを貼るのは業界の商慣習で彼らの意見が多数派となってきたことでしょう。

しかし真実を求める私にとってはストラディバリ的なf字孔がついているともっと時代が新しいものでただの量産品のガラクタである場合が多いです。
それに対してシュタイナー的なf字孔であれば本当のオールドである証拠となるのです。安価なものに見せかけはしないからです。


パッとはじいてみてもよく鳴る感じがします。弓で弾いてみても新しい楽器とは違い感触として柔らかさと反応の良さを感じます。高音はとても柔らかいものではなく、やや鋭いくらいです。低音からとても味がありオールドならではの音です。
すごく柔らかい音ではないけども、世の中にある荒々しい音の楽器の中ではひどい方ではありません。同様の音でイタリアの楽器なら「イタリアらしい華やかな音だ」と感想を持つ人がいるかもしれません。何を言っても無駄ですね。


普通の新作楽器ではこれほど鳴らないでしょうし、音も単調で面白みがありません。それでこれよりもはるかに高価なのです。

こういう楽器はお店には売っていることはめったになくてお客さんが愛用しているものです。

オールド楽器の不思議さは明らかに音が違う所です。違うから良いというわけではありませんが、音に独自性があれば好きか嫌いかもはっきりします。音に特徴が無いのに値段だけが高い現代の楽器を選ぶ理由がありません。

見た目も明らかに違います。そんなにアーチが高いというわけではありませんが立体造形が独特です。

近代や現代の楽器ではもっとペタッとしたアーチです。

このヴァイオリンの有利な点は横幅が十分にあることです。イタリアのアマティ型のものではもっと細くて窮屈なものが多いです。
ストップの位置も3mm短いくらいです。イタリアのオールド楽器にも長すぎるストップで苦労する楽器があります。品質ももっと粗雑なものが多くあります。

このような意味でイタリアのものに比べても有利な点があります。

オールド楽器が近代以降のものと何が違うのかと言うとやはり立体造形でしょう。アーチの絶対的な高さだけでなく立体的な作りに違いがあるように思います。
これは楽器を見分ける際に一番の決め手になる所です。輪郭の形はコピーして作ることができますが、立体造形の感覚が近代的であればオールドの作者名のラベルがついていても、一目見た一瞬でニセモノだとわかります。近代や現代の腕が良い職人ほどオールドのものとは違ってしまいます。

板がペラペラではないため、振動や響きを抑える効果があるのではないかと思います。

弦楽器の音が美しく感じられるのは弦で作られた振動のうち、特定の音が強められ、特定の音が弱められた結果ではないかと思います。つまり響きっぱなしではないという事です。

見た目が明かに違う近代や現代の楽器とは音が違ってもおかしくはありません。

さらに板が薄いこと、使い込まれたことで鳴りが良くなっている事、経年変化で素材が変質していることも独特の音の要因でしょう。損傷歴も柔らかさに寄与することでしょう。
しかし明らかに見た目が違うのだから古さだけが音の変化の原因とは思えません。

現代の職人はこのような楽器を作ってはいけない悪い例として教えられるくらいです。しかし実際に音を試してみると、現代のものよりも鳴りが良く、音に味があります、どこにも勝てる要素がありません。その現実を認めていないだけです。これを認めちゃうと都合が悪い立場があります。歴史というのは現在の我々が優れているという風に解釈したいのです。だから歴史を言葉で学んでも意味がありません。その時代に作られたものから学ぶのです。そんな変わった人は私くらいでしょう。



弦が生み出した振動のうち、足したり引いたりしてその楽器の音ができていると考えると技術的に面白いと思います。アーチが高いからどうだとか、オールドだからどうだというのではなく楽器によって強調されたり弱められたりする音が違うという考え方です。今回のものでは特別柔らかい音ではありませんので、鋭い音を弱めるものではないです。何がどう作用するかはわかりません。

私が「○○だから音が良い」というような一見科学的な理論をすぐに怪しいと思うのは考え方が全く違うからです。突き詰めていくと音は良いとか悪いという単純な二元論ではないからです。
つまりその製法で何が足されて、何が引かれるのかそれを説明していないのであればその説は現実を説明していません。
私が知りたいことを説明していないので的外れであり、そのような説には飛びつかないのです。


必要な音が出て不要な音が出ないことが音の美しさであり、音楽的にも「効果」がはっきりわかるでしょう。チープな楽器の音を好むのも自由ではありますがそれが違いだと思います。

去年私が作った高いアーチのピエトロ・グァルネリ型のヴァイオリンでは上級者の人は難なく弾きこなしてしまいますが、アマチュアの感想では弓の加減によって音が上手く出るツボを外すとすぐにわかってしまうと一致していました。ギュウギュウ押すばかりでは音が潰れてしまいます。

これはオールドの名器でも同じですが、高価な楽器では「自分が未熟だからもっと練習しなきゃ」と言いますが、新作楽器では楽器が悪いとされてしまいます。ちゃんと弾かないと鳴らないという事は正しい演奏技能を身につけるには良い楽器とも言えます。音程についても正しい音程で弾いた時にだけ楽器が共鳴すれば、合っているか外れたかわかりやすいことでしょう。音なら何でもかんでも出れば音量があって良いというのではなく、取捨選択が音の質という事になります。



弓の話もあります。
この前はペンツェルの弓の記事を書きました。
現代では重くて硬い弓が多いという事で今回は軽めの弓を選んで持って帰りました。ペンツェルの弓はいくつかありましたが重さがバラバラでした。昔の人はそんなに厳密に品質管理をしていなかったのでしょう。
今回のケースでは軽めの弓の方が扱いやすいと貴重な選択肢となりました。
つまり何が良いと決めつけないでバラバラの弓を仕入れていることで人によって合う合わないが出てくるという事です。弓のクオリティが高ければ鑑定に出して作者を特定すると値段が決まります。妥当な値段で売っているのでその中で試して気に入るものを選べと言うだけです。

日本で弓や楽器を売る場合に全般的な問題です。あれが良いとかこれが良くないとか決めつけてしまうために選択の幅が狭まり音楽家としての可能性が小さくなってしまうことです。

製造する方も売れ筋の製品と同じものを作ることが最も少ない労力で利益を上げられます。
私は昨年冷蔵庫を買いました。3社の大手メーカーの製品を比較すると、見た目が全く同じで見分けがつかないほどです。サイズや棚の数、ドアについているポケットの数や形状も全く同じです。あの手この手で工夫を考える日本では考えられないかもしれませんが西洋ではどこの会社の製品も全く同じでどの店に行っても売っているものが同じという事は珍しくありません。生活様式や文化でさえヨーロッパ諸国では似通っています。見た目が同じでも安い冷蔵庫を買ってはいけません、5年も持たずに壊れてしまいます。ヨーロッパの製造業はそんな感じです。そのようなものは日本製品を超えないので輸入されていないだけです。
常識に従って正しい仕事をしているので賃金を上げろという態度です。それに対して経営者は工場を外国に移転します。

日本人は自分に自信がないため、「自分が気に入った」と選ぶことができず、誰か専門家に「これは良いものだ」と言ってもらいたいのです。実際には使う人や目的によっても、先生によっても言うことが違います。誰にとっても良いものなどはありませんからそれを言うことは嘘になります。

”音に特徴が無いのに値段だけが高い現代の楽器を選ぶ理由がありません。”

と先ほど書きました。
そのような商品を売るため、天才だの名工だのとその理由を文学作品のように創作するのが営業マンの仕事となっています。私が聞くと嘘ばっかりなのです。

そうさせているのは消費者自身です。
こんにちはガリッポです。

休暇を頂いて一時帰国していましたがまた始動します。
アマチュアからプロの先生方まで新しく作ったヴァイオリンを試してもらいました。

私の作る楽器の音が、日本で見られる他の新作楽器とは明らかに違うという事を言っていました。

私も初めてヴァイオリンを作ったときにはよくあるような新作楽器の音でした。それで満足して「自分は天才だ!」と思っていると幸せかもしれませんが、そこで終わりです。
初めてヴァイオリンを作ったときはとてもうれしかったのと同時に音にはがっかりしたのを覚えています。

なぜ有名な作者でも無名な作者でも新作楽器が皆似たような音になるかと言えば、現代の楽器製作には「セオリー」があるからです。こう作ると音が良いと職人たちの間で信じられている常識があるのです。
弦楽器製作には1900年頃には世界的な流行がありました。時代の流れを先取りする人は何かこれまでにない優れた事を知っているように見えます。そうやって有名になった20世紀の職人たちが教え子を育成したためです。

人が犯してしまう根本的な間違いは、弦楽器製作で音が良い楽器を作るために何か特別な技術があるのだろうという思い込みです。
特別優れた楽器を買いたいと思っている人のニーズに合致しているので、そのような「目新しい理屈」は魅力的に見えます。自分よりも詳しい専門家、職人にとっては先輩格の職人が語っていると真実のように思えてきます。これは人から聞いた知識で安直に会得しようとするずるい態度ですね。レポートのコピペと同じです。

音が似通っているという事は、ありとあらゆる可能性を試した上で自分の作風を確立しているのではなく、先人が通った決められた道だけを通り、有名な職人の弟子だというセールス文句で高い値段がついているだけです。

ここで大事なのは希望的観測ではなく音を実際に聞くという事です。偉い師匠の楽器の音を聞いた時に正直な感想を持つことです。これはみなさんにもぜひ心がけていただきたいことです。「忖度(そんたく)」という事は最近問題になるまでは当たり前のことでした。高価な楽器に対して正直な感想を言えない立場があるかどうか考えてみてください。

群れで生きる動物では、危険を察知したり、恵まれた環境を探す時、自分で考えるよりも先に周りについていくという性質があります。人間にもこの性質が備わっています。群れには順位やボスもあります。音が変わらないのに一部の楽器の値段だけが著しく高騰する理由は音響物理学の分野の話ではなく、生物学的な根拠のほうが説明できることでしょう。

それでは音は個人の趣味趣向の孤立した世界なのでしょうか?

オールド楽器という世界があります。
年末にはフランツ・ガイゼンホフという作者のヴァイオリンについて紹介しました。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12949215950.html
私はとても美しい音のヴァイオリンだと思いました。
オールド楽器の魅力を知る人たちではこのような音の良さを感じることができるでしょう。新作楽器の世界では他の楽器より派手で目立つ音を良しとしているのに対して、渋く味わい深く清らかで透明感があり美しい音です。少数派の変わった趣味趣向では無く「現代のセオリー」を学んだことで遠ざけているのです。

こうなると全く相反する二つの理想の音があるというわけです。
どちらを好むかは個人の自由です、自由主義の社会だからです。
どちらかしか知らないのならそれを知る経験をした方が良いでしょう。

ガイゼンホフの興味深い所は1809年に作られたヴァイオリンでオールドと言うにはやや新しいです。同じ時期にフランスでモダンヴァイオリンが確立すると各地に伝わっていたオールドの流派は途絶え置き換わっていきました。初期のモダン楽器ではこのような柔らかく美しい音ではなく、耳に刺さるような鋭い音のものが多くあるように思います。1850年頃に作られたモダン楽器があと数十年で音が真逆に変わるとは思えないのです。ガイゼンホフも数十年前にすでに柔らかい音だったことでしょう。

こうなると、オールド楽器のような音というのは単に古さによって自動的にもたらされるものではなく、何か作風の影響なのではないかと思うのです。

私が実際にオールド楽器の作風を研究しそのように作ってみると、新作楽器のような音ではなく、どちらかと言うとオールド楽器の音の片鱗を感じさせるものができたのでした。
つまり、初めから楽器が持っている音があるので、現代の名工の楽器が300年経っても今のオールドの名器のような音にはならないという事です。初めから同じような方向性の音のものが作れば300年後には今のオールドの名器のような音になることが確実でしょう。

なぜ現代のセオリーで作られた楽器の音がオールドのものとは違うのか考えてみましょう。

もちろん私の仮説が間違っているかもしれません。何も言わないで占い師のような神秘的なことを言う方が得でしょう。そうやってこの業界は語って来たのでした。
ハッキリしたことを語る方がリスクです。あくまでイメージしやすいように単純化した模式的なものです。これまでの経験を総合して大雑把にこんな感じという仮説です。実際はもっと複雑です。

音の性格がどのようにして決まるのかの一例を模式的に示してみます。
表板や裏板にはそれぞれ、響きやすい音の高さに違いがあります。横軸には音の高さ、縦軸にはその音域の音がどれくらい出るかを示しています。
音色を決定づける要素は低音と中音の量の違いです。弦楽器というのはその音程の高さの音だけが出るのではなく、同時に様々な音が出ます、倍音というものです。倍音という表現も人によって理解がバラバラです。この楽器は倍音が出るなどという人がいて倍音が出ることが良いことのように言われることがありますが、倍音が出ない楽器なんてありません。

低音が響きやすく中音が響きにくい楽器では暗い音、低音が響きにくく中音が響きやすい楽器では明るい音になります。

それに対して音の鋭さや柔らかさは高音の特定の音の高さで感じるようです。その高さの音が強く出れば、鋭く耳障りに感じられ、少なければマイルドに感じます。

この時音色に関わる低音や中音の割合については板の厚みに規則性を見出せます。板が薄いほど低音が出やすく暗い音になるのに対して、板が厚いと低音が出にくくなります。しかしものすごく厚いと中音すら出なくなるかもしれません。

オールド楽器のような深い味のある音を出すためには、現代のセオリーとは違って板を薄めに作れば良いという事です。

多くの楽器を見てくると柔らかい音の楽器というのは実は珍しいです。鋭い音の楽器は最も安価な楽器にでも見受けることができます。日本に帰ったときにいくつかのヴァイオリンを見ましたが、もっとも安価なドイツの量産楽器やドイツの比較的上等な量産品、高価なイタリアの現代の楽器のいずれも鋭い音でした。
つまり鋭い音の楽器はよくあるもので、そうなる方が普通という事です。高価な値段で普通の音の楽器を買う意味があるでしょうか?

特別柔らかい音の楽器はオールド楽器で経験します。そのような楽器にはどんなにチープなE線を張っても上質で美しい音がするのに対して、現代の鋭い音の楽器に同じ弦を張ったら耳をふさぎたくなります。名器を弾く演奏者の真似をしても全く無意味です。その弦が良い音だという知識が広まり自分の楽器に張ると「これが良い音なんだ」と思ってしまいます。

やはり柔らかい音というのはオールド楽器ならではという事になります。

耳障りな高音をどうやったら抑えられるのかは私にも全く分かりません。
現代の作者でも柔らかい音の楽器を作る人はいます。私もその一人です。私はどのような作風で作っても鋭い音になったことがありません。
そのような癖を持った作者はいるとは思います。私の周りの職人にもいます。しかしながら店頭に並ぶことは少ないようです。売り手の責任でしょうか?やはり商売をしていると派手な音の楽器の方が売りやすいのでしょうか?
そうでなくても売りやすさでは巨匠だの名工だのセールス文句の方が重要で音にこだわらずに仕入れていると鋭いものが多くなるでしょう。そして高価な作品の音だから「このようなものが良い音だ」と思って買ってしまいます。安い楽器でも同じなので試してみないといけません。


このような周波数特性による説明はほんの一面でしかありません。他の様々な要素が複雑に作用していることでしょう。私が言いたいのは音は物理現象にすぎず作者が天才だとかそういうものではないという事です。

音楽家が職業に使う道具としていかに使いやすいかという基準で評価すれば私が考えている事とは全く違う発想になります。先生も世代が若くなるほど音の美しさを軽視する傾向があるようです。


ともかく私には天性の癖があり柔らかい音になります。柔らかい音が良いのか鋭い音が良いのかは好みの問題でしかありません。鋭い音の楽器を作る人が天才と言われているなら私は才能が無いという事になりますがチープな製品を作る量産工場の工員や機械も天才という事になります。一方柔らかくて美しい音を望む人たちにとっては天賦の才能という事になります。

答えは200~300年後に出ることでしょう。そのように音を作る才能を評価することもできません。

皆さんに知ってもらいたいことは楽器の音が評価されて値段に反映されているわけではないという事です。

何が良い音がどうかの基準すら定まっていないのです。


私が最も面白がっている点は、昔の人が弦楽器とはこういうものだと思って作っていたものに特有の音があるという事です。当時の人たちも神様ではなく、その時代の常識や流行があり他の職人が作っているのと同じようなものを作っていたはずです。現代風の楽器の作り方はまだ知らずに自分が知っている唯一のものを作っていただけです。その結果がオールドの音です。現在でも不可能ですが当時工学的に「音を作る」方法は無かったと考えています。

現代の私には現代風のものとオールド風のものを選択して作ることができるのです。
これは購入する人にとっても同様の貴重な選択肢となります。
輸入産業である日本の弦楽器店では円安によって経営状態はひっ迫していることでしょう。ますます選択肢を絞ってごり押ししてくることでしょう。
円安下なので日本人の楽器に注目するべきでしょう。


個人の聴覚にはとても個人差があります。音について共通の話をすることは難しいです。自分の所属する集団の偏った思い込みに染まらないためにもクラシック音楽の歴史のある国で仕事をしている私のブログは貴重なものとなるでしょう。

こんにちはガリッポです。

昨年末完成させた2本のヴァイオリンですが、A.ガリアーノを使っている常連のコンサートマスターに弾いてもらいました。自分で弾くのと離れて聞くのが違いますし技量も違い過ぎます。
まずピエトロ型を弾くと暗くクリアーな音ですがタイトに引き締まった感じで音が強く芯のある音に感じます。
聞いていた同僚は力強い音だと言っていました。
コンサートマスターはできたてホヤホヤの楽器だというのが信じられないというようなことを言っていました。10秒でも20秒でも弾けば弾くほどどんどんほぐれていきます。特に低音が良いと言っていました。A線などはまだまだだそうです。
製造者としてできることはこれ以上無いでしょう。後は使う人が育てていくだけです。ポテンシャルの高さは感じているようでした。

自作モデルの方はもっと伸び伸びとした開放的な鳴り方で、同僚は柔らかいと言っていました。柔らかい暗い音ですが、モヤモヤした音ではなく枯れた味わいが感じられました。

ピエトロ型の方が個性的な音で、自作モデルの方が優等生的な音だそうです。

この二つを比べればアーチの高さによる音の違いが分かりました。
これまで語ってきた説と同じで、やはり高いアーチの方がタイトで引き締まり窮屈な傾向で、低いほうが自由で伸び伸びとした鳴り方です。
高いアーチの方がダイレクトでシビアで自動車で言えばレーシングカーのような特製なのに対して、低い方が高級車のような柔らかい乗り心地です。クッション性に差があると考えて良いでしょう。

ただし音量については明らかな差はなく、性格として高いアーチの方が強い音で、低い方が優しい音でした。

つまり音量にはアーチの高さは関係なく、音の甘さでもむしろ低いアーチの方が柔らかいものでした。

これは私の楽器での比較ですから、他のすべての楽器がそうであるわけではありません。やはり高いアーチの楽器のほうが細く引き締まり、低い方が懐が深く融通が利くという事ですね。ただし、他の条件が比較的近い私の楽器同士の違いですから、板がとても厚いものでアーチが低くても柔軟性は無いかもしれません。またさほど高いアーチでなくてもアマチュアのような職人の楽器や量産品でも窮屈なものはあります。特にイタリアにはそのような楽器がよくあります。

手応えをはっきり感じやすいのは高いアーチの楽器で、ソリスト的なスケールの大きな演奏も可能にするのは低いアーチという事になるでしょう。一般論で言えば低いアーチの楽器が優れているという事になります、音大などで勉強するならそれが良いでしょう。しかし、現実問題としては予算にも限りがあるし高いアーチの楽器にも魅力があります。音が好きで弾くのが楽しいということは演奏者にとっては大事なことです。フラットでも遠鳴りしない楽器はいくらでもあります。


オリジナルモデルの方がアーチが低いと言っても一般的な新作楽器や19世紀のモダン楽器よりはずっと高くなっています。アーチをもっと低くしていくとよくあるような普通の音の楽器になっていきます。さらに板を厚めにするとごく普通の楽器になります。
それが悪いというわけではありませんが私が作らなくてもいくらでもあります、それなら中古品の方が安くてよく鳴ります。

その後ガイゼンホフを弾いてもらいました。
暗く繊細で美しい音です。一聴してそこら辺の楽器とは世界が違うと感じました。
彼は以前はガイゼンホフの弟子のシュバイツァーのヴァイオリンを使っていました。これも繊細で美しい音で個人的にはガット弦を張るのが好きだと言っていましたが、コンサートマスターとしての職業上の道具として実用性からナイロン弦にせざるを得ず、音にももう少し芯の強さが必要だとのことで、アレサンドロ・ガリアーノに変え、私が修理してよりしっかりしました。
そのシュバイツァーは今はバロックや古典派を専門とする音大の先生がガット弦を張って使っています。
ガイゼンホフもとても気に入ってガット弦を張ってみたいと言っていましたが、業務用の道具とは別の話です。

やはり優れた楽器であってもそれぞれ個性や得手不得手があり、使う人の目的や個人的な好みによっても適材適所です。
また私の作る音の楽器の特徴では、アーチがやや高めくらいでとても柔らかい音になり、はっきり高いアーチにした時に力強さを感じるというものです。これが中程度の高さでも鋭い音になる人なら、高いアーチにしたらもっとひどくなるのかもしれません。

そういう意味で作る方にも向き不向きがあるようです。エンジニアリングのように設計を変えて自由自在に音を作り出すという事はできません。


日本でも様々な立場の方に試していただきたいと思います。


弓については私が弓職人ではないので、楽器と同じレベルでは話ができないという事で語ってきませんでした。例えばマルクノイキルヒェンの上級品のヴァイオリンがあったとき、私はよくできてるけども最高ではないと考えます。おそらく弓職人も同じでしょう、うちの店で戦前のマルクノイヒキルヒェンのマイスターの弓を売りました。買った人は現役の弓職人のところに持って行って見てもらうと、こんなのは良い弓ではないと言われたのを真に受けてしまい、ひどいものを買わされたと返品を求めてきました。

現役の弓職人にはやはりその人のこだわりや理想、独自の品質の基準があります。マルクノイキルヒェンの作者よりも自分のものが優れていると考えているかもしれません。リスペクトや興味関心は人それぞれです

うちでは取引相場に従って弓を売っているだけです。お客さんは手に取ってみて気に入ったものを選びます。現実問題として中古市場で見ると70~80点のクオリティのものでもガラクタばかりの弓の中ではわずかでたくさんの中から選べば実用的に十分使えるかもしれません。楽器も職人が最高のクオリティというものが必ずしも実用性も最高というわけではありません。


弓というのはヴァイオリン用の一番安いのは1万円もしないかもしれません。このようなものは毛替えをする価値もありません。木材の質は悪くとても使い物になりません。まだカーボンの方がマシです。古いものでは骨董的な価値がありません。安価な弓で不安定でフラフラしたり、ネジをいくら回してもしっかりとした張りが得られない経験をした人もいることでしょう。
1000ユーロ以下のものは量産品というものです。かつては大量生産工場で作られ、現在では機械で作られています。もっとも作られる量が多いものです。

モダン弓の製造はモダン楽器と同じくフランスで先行し、19世紀の終わりころからドイツでも多く作られるようになりました。ドイツの弓の産地と言えばマルクノイキルヒェンでした。フランスで修行した職人などが弟子を育成し20世紀になると鼠算式に作者が増えていきました。戦後はドイツが分断されマルクノイキルヒェンのある東ドイツは共産国の中に入りました。
西側の国への販売ができなくなり、経済水準の低い東側の国では上等な弓を買う購買力がありませんでした、戦後になると衰退していきました。
一部は終戦後西ドイツに移住し弓の製造を続けました。主な産地はブーベンロイトです。現在日本で販売されているドイツ製の弓の多くはこのように機械で作られたものです。

それに対してドイツのマイスターの弓というのがあります。最盛期は戦前です。
量産品とはグレードが違います。
値段は通常は3000ユーロくらいです。コロナ前であれば2500ユーロくらいで30~35万円位でした。
弓というのは30~35万円位が上等な高級品だったのです。今の物価と為替で考えると50万円を超えます。新作弓も値上げされていることでしょう。
高級品とはいえ右から左へとどんどん作られていくものでその中で品質が高いか低いかという程度のものです。

つまり10万円以下は安価な量産品で、30万円も出せば上等なマイスターの弓でした。弓というのはそれくらいというのが我々の常識でした。


これはエミル・マックス・ペンツェルの弓です。1887年に生まれ1953年に亡くなっています。

マイスターの弓と言えるだけクオリティが高く、ヘッドの形や部品にも特徴があります、焼き印もあるので本物であることがわかります。
E.M.ペンツェルは1903年からH.R.プレッチナーの工房で働いていて1908~1910年に独立しました。H.R.プレッチナーの初代ヘルマン・リヒャルトはヴィヨームの弟子で値段は1万ユーロ(180万円)以上します。

そのような由来がありシルバー弓の値段は最大で6000ユーロ(110万円)ほどになります。

ヘルマン・リヒャルト・プレッチナーよりは安いですが、一般的なマイスターに比べるとずっと高価になっています。このような価格帯の作者は僅かで100年ほど前に作られ骨董品として見ればお宝という事になります。コロナ前なら60~70万円位で希少なビンテージのマイスター弓という事です。それが日本では新作弓でそれくらいしていたのですから我々からすると信じられなかったです。

ちなみにH.R.プレッチナーの焼き印はヘルマン・リヒャルトの死後も使い続けられ現在でも製造が続けられ登録商標になっています。

これも同じ作者ものです。

同じメーカーであっても弓は一本一本違います。手にとって気に入ったものを選ばないといけません。重さを測ってもバラバラでした。そんなに昔の人は厳密に測っていなかったようです。日本人の感覚とも違います。
こちらもペンツェルの焼き印が押されています。


こちらはC.A.ヴンダリッヒという焼き印が押されています。
ヴンダリッヒという名字の一流の弓職人もいますが、これはそうではなく、マルクノイキルヒェンの商社で、地場産業のヴァイオリンや弓を売る会社でした。メーカーではありません。
ペンツェルが作った弓を商社の名前で売ったのです。
これがなぜペンツェルのものだと分かるかと言えばハンス・カール・シュミット氏の鑑定書があるからです。この弓で1930年頃のものです。

このようなケースはよくあり、ヴァイオリン職人の店でその職人の名前で売られた弓もありました、鑑定士とは大したもので真の作者までわかるというわけです。そのハンス・カール・シュミット氏も高齢でもう鑑定もできないかもしれません。

物置から出てきた中古楽器を売りたいと持ってくる人がいます。ケースには弓も入っており大抵は毛替えをする価値もないほどの安物です。あちこちに損傷があり修理代が弓の値段を超えてしまいます。
ただし中には、マルクノイキルヒェンやブーベンロイトのマイスター弓が入っていることがあります。価値が50万円以上となるとガラクタではありません。
昔はずっと弓の値段が安く何でもないものと思われていました。状態によりますが修理にも5万円以上は軽くかかります。

マイスターの弓のクオリティがあれば、焼き印が違っていても鑑定に出す価値があります。我々も、ただのガラクタや量産品と見分けることは日常的にやっていることです。たくさんのガラクタの中に70~80点くらいのクオリティのものがあれば「これは美しい弓だ」ということで鑑定に出します。量産品の中にも上等なものがあります。

しかしながら、どの弓を買ったらいいかとかいうのは使う人が自分で試して選ばないといけません。1000ユーロくらいの弓でも使ってみて実用上しっくりくれば掘り出し物です。プロの演奏者でも一昔前に30万円位で買った弓を使っている人もいくらでもいます。そのコンサートマスターは音楽の種類などに合わせいくつもの弓を所有していますが、昔から使い慣れているという理由で日本で音大生が使っているよりもずっと安い弓を愛用しています。
いくらのものを使わなければいけないという事はありません。

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

新しいことはありませんが、日常の中で起きた出来事や感じたことを書いていきます。
先入観やイメージではなく、弦楽器の実際を追体験して見方を養ってください。

最も伝わりにくいのはその労力でしょう。
先日はチェロを探しているお客さんが来ました。
大人用のチェロに移行する娘さんが1万ユーロ(約180万円)以下くらいのチェロでどれが良いかと選んでいました。2万ユーロ(360万円)ほどのチェロを参考までに弾いてもらうと圧倒的に音が違うことに気付いてしまいました。
2万ユーロのチェロはマルクノイキルヒェンの戦前の量産品で、中では上等なものです。100万円を超えるような修理をしたばかりのものです。360万円のチェロでも売るための修理に100万円以上必要なら資産としては全然残らないですね。

360万円出してもただの量産品です。
安価な量産品と何が違うかと言えば、安価なものは持ってみると圧倒的に重いです。板を薄くする作業を節約して十分な薄さに作っていないのです。

分かっているなら板を薄く作れば良いじゃないかと思うかもしれませんが、そのように作られたのは作業時間がかかりすぎてビジネスにならなかったからです。
近年では機械が進歩したのでましになっています。

ハンドメイドのチェロも試してみましたが音は芳しくありませんでした。私が作ってもマルクノイキルヒェンのものを超える自信はありません。

作者が天才だとかそんな話はどこにも出てきません。「名工だと言われています」などと言う人は自分で価値を分からないことを告白しているようなもので、恥ずかしいことです。

100年前に量産工場で悪くないかというくらいに作ったら360万円にもなるのです。

物価と賃金が上昇することで職人の仕事は難しくなっていきます。
おそらく私はビジネスとして考えると仕事を丁寧にやりすぎていて、凝りすぎているようです。50%くらいの力で仕事をしなくてはいけないのかもしれません。質が落ちても気にしない消費者だけを相手にするのが生産性を高めることになるでしょう。賃金の安い国で機械で作られた製品を売るというのは他の産業では当たり前です。西ヨーロッパの賃金の高い国では工場の閉鎖が相次いでいます。農場や食品工場では東欧からの出稼ぎ労働者を雇ってしのいできましたが、最低賃金が上がればいよいよ限界です。食料品でさえ東欧からの輸入に切り替えるしかありません。賃上げされても安物を高い値段で買うだけです。「800万円の安物」のヴァイオリンの話もしました。

貧富の差が拡大することで高価な楽器も売れるのかもしれませんが、音楽への情熱を持った人が楽器を買えなくなります。音楽家を第一に考え我々も実用本位に徹し、ボロボロに傷んでいても修理をせずに目をつぶらなくてはいけないのかもしれません。実用本位の現代人の考え方に合わせると作る楽器の質も過去に比べて劣るものとなります。

賃金が上昇するという事はそういう事です。

なんとか仕事の質を高めつつ作業時間も短縮しようと私は日々取り組んでいます。その結果仕事をするだけでとても疲れてしまいます。かろうじてブログの記事を書き上げています。本当に手抜きの仕方を考えなくてはいけない時に来ています。

スマートフォンで見てる人が多くなってきているのでそれも考える必要があるでしょう。小さな画面で楽器の写真を見ても何もわからないので、楽器の画像を載せて解説してもムダですね。私もスマホの画像で見たら安い楽器か高い楽器か全くわかりません。


私は言葉がスラスラ出てくるようなおしゃべりな人ではないのでこれだけの文章を書くにも2時間かかっています。



なんとか続けて行けるようにしたいと思います。

しばらく休暇を頂きますのでよろしくお願いします。





こんにちはガリッポです。

今年は2台のヴァイオリンを作ってきました。ピエトロ・グァルネリ型については前回お伝えしました。


こちらも日本の方のために注文で作りました。
モデルは機能性を考え寸法を定めて形を整えたものです。それが職人の作るものの魅力だと考えています。工業デザイナーの作るような荒唐無稽なものとは違います。全長はやや小型になっていますが横幅は十分にあります。

軽いアンティーク塗装は施してあります。
落ち着いた風合いになっていて傷がついてもそんなに気にしなくていいのは楽です。
ピカピカの新品だと最初の傷でショックを受けます。


アーチは極端に高くはありませんが現代のものよりは少し高いものでストラディバリの多くのものやこの前のガイゼンホフくらいはあります。

少し汚れを表現しています。


明るいオレンジや鮮やかな赤い色のものに比べると落ち着いた風合いがあると思います。これはさらに使うほどに味わいが増して来ると思います。1970年代に造られて今も新品同様にピカピカの明るいオレンジ色の楽器があります。今見ると残念に思います。

音ですけども、何かと比較せず単独で弾いてみるといつもの私の楽器らしい音がします。暗く暖かみがあり柔らかい音です。高音は特に柔らかく美しいものです。
ピエトロ型のものと比べると、ピエトロ型の方が特に低音がボーっと響く感じがします。筒状のものが響いている感じです。高いアーチの楽器では時々あり、前回やや小型のピエトロ型のものを作ったときも同じでした。
それに対してもう少しダイレクトな感じがしましたが、弦に松脂がついてくるとざらざらした感じが無くなってマイルドになって来たようです。できたてホヤホヤでまだ音を判断するのは早いようです。
音の違いについては来月日本に持って帰って試奏してもらって意見を聞きたいと思います。

アーチの高さによる法則性についてはやはりよくわかりません。高ければ高いほど〇〇になり低ければ低いほどその逆になるという事はよく分かりません。

おそらく高いアーチの楽器にもいろいろな音のものがあるということでしょう。

昔から言われてきたことはアーチが平らなほど音量があり、高いアーチの楽器は甘い音がするというものです。
この二つを比べて音量にそのような関係は見られません。
甘い音はどちらもしているように思います。高いアーチのピエトロ型はとても柔らかい音がしていますが、この世にある高いアーチの楽器では細く窮屈な音のものが多くあり刺激的な音のものあります。今回のピエトロ型ではそんなことはありません。
高いアーチの楽器のネガティブな点を克服した作り方をマスターしたという事です。
全ては一長一短です。別の見方をすればこれでも優等生すぎてもう少し窮屈な作りで鳴りを抑えたほうが個性的で味のある音になるのかもしれません。

ただし古くなることでさらに枯れた渋い音になっていくことも念頭に置く必要があるでしょう。そうなると優等生的な特性は、珍しい変り者ではなく正統派としても優れた楽器となります。
また離れて聞いている人には高いアーチ独特の音が感じられるかもしれません。

弦にはピラストロのオブリガートを張っています。この弦は私の楽器の性格と同じ方向性なので個性がより強く出ます。これは考え方で弱点を補うために正反対の性格の弦を張ることも考えられます。
短所を無くすように努めるか、長所をさらに伸ばすかの考え方の違いです。
もともと好きな音の楽器であるなら楽器と似た性格の弦を張ることで持ち味が何倍にもなることでしょう。

ピエトロ型の方で新製品のエヴァピラッツィ・ネオを試してみました。個人的に興味があったことです。
私にとっての関心ごとはオブリガートを超えるかどうかです。弦のレビューの情報を求めて検索して来る人がいると思いますが、期待には答えられません。書くほど不満を抱かせ損しかしません。だったら書くのはやめようかとも思いました。

オブリガートの方が腹の底から声が出るような鳴り方です。裏板から楽器全体が響いているようです。それに比べるとエヴァピラッツィ・ネオはそこまでではなく正確ではないかもしれませんがより表板が響いている感じです。一方弓の当たる感触は明確で反応や発音が良く感じられます。それでもざらざらしたりメタリックな感じはなくきれいな音です。その間に発売されたエヴァピラッツィ・ゴールドやパーペチュアル(ノーマル)は相反する要素が混在するような感じで性格が分かりにくく楽器によって当たり外れがあり鼻にかかったような音になったり、人によって感想も様々で耳を疑うようなこともしばしばです。それに比べると洗練されていると思います。オブリガートでもどちらでもそれぞれの良さがあると思いますので好みの問題としか言えません。オールド楽器に近い音という私独特の基準でも、オールド楽器にもいろいろな音がありどちらもありそうな音です。日本のように建物の響きが悪い環境ではエヴァピラッツィ・ネオの方がマッチするかもしれません。

エヴァピラッツィが出たときのような画期的な感じはしませんが、特に違和感や欠点は感じません。もともと音が良い楽器では間違った選択とはならないでしょう。
弦は楽器によってうまく機能する場合とそうでない場合があります。評判の弦を張ったのに全然良くなかったり、良い印象を受けなかった弦を別の楽器に張ったら豹変することがあります。今回の2台の楽器ではオブリガートで良さが出ると思います。
旧エヴァピラッツィとの直接比較はしていませんが、エヴァピラッツィとオブリガートは分かりやすい性格で楽器との相性もさほどシビアではないと思います。
初心者用の弦からグレードアップするなら両者は多くの人に薦められるものです。しばらくは同社の主力高級弦であり続けると思います。






古代ギリシャでは万物は「土、水、空気、火」の四つの要素からできていると考えられ、近代までそれを教養豊かな人は信じていたようです。
現代では元素や分子で物質が説明されていますし、火などは燃焼現象ですね。元素を構成する素粒子も明らかになっています。

近代以前でも勉強してない人はそれすら知らないわけですが、勉強している人はそれを信じていました。そのようなおおざっぱな区別では万物を説明で来ませんし、間違った理解でもあります。

われわれが弦楽器についてまじめに学んでも同じように見当はずれな大雑把すぎる区別の間違った知識を学んでしまいます。それを否定するにはもっと正確な理論を示す必要があるのかもしれません。

しかし音について説明するのはとても難しいものです。異なる楽器や弓を試したとき、言葉では言えないような微妙な音の違いがあります。

近頃ではヘッドフォンなどを使用する人が多くなってきました。どのメーカーのどの製品の音が良いかとなるとやはり実際に聞いてみるしかありません。
同じ製品についてネットでは高音が弱すぎてイコライザーで強めないと聞こえないと言う人もいれば、高音が強すぎてイコライザーで弱めなければいけないという意見もあります。
耳の形状を測定して最適化するという機能が付いた製品もあるようです。
聴覚とはそんなものです。

くっきりはっきりした音を高音質と言う人もいますが、実際のホールでは音はそんなにはっきり聞こえません。音源の位置まではっきり聞こえるのは細い金属的な音のチープなヴァイオリンで、遠鳴りするものはホール全体に響き渡ります。一方ミュージシャンは自分で楽器を弾いているような生々しい音を良しと考えます。

元素や素粒子のようにさらに分解して音を理解できるでしょうか?
音は空気の振動で周波数だの倍音だの聞き飽きていますが、フルートとヴァイオリンの音の違いは説明できても同じように作られたのにみな違うヴァイオリン同士の音の違いを説明することは難しく、また音の違いを意図的に作り出す設計法を確立するのは私には現実の話には思えません。

私が生涯を費やしても、言われてきた知識が4元素論のようにあまりにも幼稚であると分かるだけでしょう。昨今の楽器の値上がりを見ると生産国や値段、知名度と言った浅い知識をにわかに学んで大金つぎ込む人が増えているようです。楽器製作の専門家が学ぶ理論でさえ現実からはかけ離れています。

それに代わる答えを提示しなければ否定することはできないのでしょうか?


音が良いというのが一体どういうことなのか定義づけるだけでも世界の統一見解を定めることは不可能でしょう。このため音の良さを数値化し値段としてあらわされる事はあり得ません。
職人や研究者がどんな理屈を語っても「私はその音が好きじゃない」という人が現れてしまいます。
使用目的や競技種目のようなルールを限定して行かない限り性能を判定することは不可能です。自動車レースでも1/4マイルの直線を走るレースとさまざなカーブのあるレース場を走るもの、砂漠や雪道を走るものではそれぞれ専用のレースカーがあります。評価するためには価値基準を特定した競技種目・ジャンルを確立することが必要です。

音を判別する専門の職業もありません、現在では偉い演奏者の気まぐれに振り回されています。
テストプレーヤーや評論家などは世の中からは求められているはずです、駆け出しの演奏家なら音楽を演奏するよりもはるかにお金を稼げるかもしれません。実際Youtubeなどでやっている人はいるでしょうし、音楽制作のDTM機材の分野ではそんなので儲けている人もいるでしょう。

それもまたその人の人気が富と権力を産み世界を支配する恐ろしい世界です。楽器店やメーカーは高評価を得るために「評論家大先生」への接待も必要になるでしょう。音を聞かずに言葉を聞いて理解するユーザーを量産するとともに「何であんな音が評価されるのか?」と疑問を持つ耳の良い人も出てきます。ホビーのように産業化されていないのが弦楽器の高尚な所ですが、一方で理解度が何も進んでおらず音や楽器を表現するボキャブラリーが貧困で幼稚だとも言えます。

私の所では楽器を選ぶ時に作者名や値段を伏せて試奏して選ぶのが正しいと考えられています、隣国でも同様の応対をされた日本人の話も聞きました。日本の営業マンと正反対です。知識を学ぶ必要はないどころか害になることの方が多いでしょう。そのようなことを語るのが良識ある専門家の役割ではないでしょうか?
世界の楽器の値上がりなどは全く別世界の出来事です。ヨーロッパから見れば未だにドヴォルザークの言う「新世界」です。



すべては芸術の自由です。趣味もまた自由です。皆さんの自由を尊重します。


今年のブログはこれでおしまいです。
良いお年を!

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