J.B.ヴィヨームの修理が終わりました | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

11月に日本に滞在することになりました。
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日本に入国するためにワクチンを接種してきました。それまでに3回接種していれば手続きが簡素化されます。ファイザーのオミクロンMA.4/5対応の最新のものでした。翌日に熱が出て以前オミクロンに感染した時と同じような初期症状が出ました。その後は熱も一日で下がりました。本当のコロナの時と違って症状はすぐに収まり咳などは出ていません。

そういうわけで今回の記事は控えめにします。

先日は音大のヴァイオリン教授とコンサートマスターの人が同時に来店していました。前の週にJ.B.ヴィヨームの修理を終えたところでした。このヴィヨームは持ち主が亡くなって遺族の方が誰か弾く人に使ってほしいということで購入者を探しているものです。今は為替が不安定で日本円で言うのは難しいですが、値段は今では3000万円くらいになっています。

教授の持っているヴァイオリンはモンタニアーナと言っていました。私が見ても本物かどうかは分かりません。少なくとも高いアーチのオールドのイタリアの楽器であることは間違いないでしょう。
コンサートマスターの人が弾くとすごく味のある音でオールド楽器独特の音です。ちょっと窮屈な感じがしてフラットなモダン楽器のようなゆとりはないです。

そのあとヴィヨームを弾くと私は一聴して「普通のヴァイオリンの音」という印象を受けました。弾いている人も明るくはっきりした音だと言っていて、一同が期待外れという印象を持ちました。
張ってあった弦がエヴァピラッチゴールドで相性が良くないだのそんな話になりました。魂柱の調整をしても満足いくものにはなりませんでした。

教授が自分の楽器を弾くと、窮屈さは感じず豊かに鳴らしていました。これが演奏技量だけではなく「自分の楽器」というものです。

弦の選定の間違いはあるのかもしれませんが、それは最後の詰めの話であって良い楽器ならもっとポテンシャルが感じられるはずです。

私はオールド楽器はやっぱり音が全然違うということを実感しました。ヴィヨームはストラディバリのコピーでしたがそれでも教科書通りのモダン楽器です。教科書通り作られたモダン楽器は他にもたくさんあるので「普通のヴァイオリンの音」という印象を受けたのでしょう。それは有名になりすぎて値段が上がりすぎてしまったことでヴィヨームにとってはハードルが上がり過ぎていたのではないかと思います。1000万円以下のクラスなら優秀なヴァイオリンかもしれません。若い才能のある学生が腕を磨くには良いかもしれません。オールドのようなものは難しいでしょうし、好みも渋すぎます。それにしても値段が高すぎます。

またヴィヨームはフランスのモダン楽器の中でも時代が後の方で19世紀後半です。本人が作ったのではなく、弟子や下請けの職人が作っていました。これが1800年頃のものならもうちょっと違ったかもしれません。つまり過大評価の弊害です。同じ人が作った楽器が本人の名前ならもっと安く買うことができます。

コンサートマスターのアレサンドロ・ガリアーノはもっと豊かに柔らかく響きます。モンタニアーナが本物なら値段は1億円以上しますからもっと高いものです。

ヴィヨームなどは近代以降楽器製作を志す者にとって教科書となるものです。ヴァイオリン製作コンクールで高得点を得たいならストラディバリよりも完成度の高いヴィヨームをお手本にした方が高得点が得られるでしょう。実際には自分の師匠を過信して、ヴィヨームなどに無知な職人が多いでしょう。フランスの楽器に敬意を持っている人はよく勉強している人です。それでもオールド楽器とは全く別物というのを今回感じました。

私も高いアーチの楽器を作って同じようなキャラクターの楽器を作ることに成功しています。ストラディバリのコピーでは「普通のヴァイオリン」という印象を受けてしまいます。高いアーチの楽器は音量が無いので作ってはいけないと怒られてしまうためほとんど誰も作ったことがありません。しかし高いアーチの楽器を作っても音が小さいという印象はなく、私の作った異なる高さのアーチのものを弾き比べて、高いアーチのものが一番音量があるというヴァイオリン教師もいました。弾いてる本人には音がダイレクトに感じられます。作ったことがないのに、音量が無いので作ってはいけないと知識で信じられています。


弦楽器業界で現在知識として知られている「理想のヴァイオリン」というのはヴィヨームのようなものです。しかし実際にはそれから全くかけ離れたようなものが魅力的な音がするものです。私も初めのころ本で読みました。高いアーチのヴァイオリンは音量が無く、フラットになるほど音量が増すというものです。実際にはそのような単純な法則性は実感できません。いい歳して評論家ぶって初心者が初めに知るようなレベルの知識にとどまっている職人や楽器店員がふんぞり返って偉そうにしているのは呆れます。

どうかウンチクのような知識に惑わされずに音を耳で聞いてもらいたいものです。

教授がヴィヨームに注目したのは以前マジーニモデルのものを使っていて魅力的なものだったそうです。「ビオラのような」魅惑的な音が出るのかもしれません。名前ではなく一つ一つの楽器自体を試さないといけません。

もともとの持ち主の方はグァダニーニなどオールド楽器を試して高音が弱すぎるということでヴィヨームの方を気に入ったそうです。高齢で耳が衰えていたようです。


なおヴィヨームが欲しいという人には販売できます。ただし休暇で持って帰ることはできません。こちらに来てください。

「普通のヴァイオリンの音」が悪いということもありません。モダン楽器で見事な演奏をする人もいます。今回はたまたまオールドヴァイオリンのファンが集まっただけかもしれません。プロの間でも意見が分かれるものです。それをどちらかに決めることはできません。

ただし普通の音のヴァイオリンが普通じゃない値段で売られていると期待値が上がりすぎてがっかりしてしまうということはあるでしょう。