さらに駒の話、チェロの場合 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

最近の話で続報があります。

夏にうちの工房でヴァイオリンの駒を新しくしたプロのオケ奏者から「音が良くなった」と感謝されました。これは、知らないうちに徐々に駒が劣化していて、新しい駒にしたことで元気な音を取り戻したということです。

駒の取り付けの工程を紹介し、特に「秘密」が入り込む余地は無いということが分かってもらえたでしょうか?
現在ではほとんどの人が市販の駒を使っているので変わったものにはなりません。

そのオケ奏者はドイツとイタリアのモダン楽器を使っています。
楽器が100年以上経っているので新し木材の部材が加わることで、フレッシュな音が歓迎されることは想像がつきます。古い楽器の修理では傷んで弱っていた楽器を補強することで明るい健康的な音になります。


楽器によっては駒が弱ってマイルドな音になった方が良いかもしれません。
その場合は楽器が好みに合っていません。


自分の楽器の駒がどのメーカーのものか見分ける方法について述べます。
普通は駒は「半製品」として厚く作られているので、取り付ける時に加工します。その時にマークを削り落としてしまうのでマークは残っていないのが普通です。このためわかりません。作業した人に聞くしかありません。

これに対して商人という人たちは、ブランドというのを何よりも大事にするため「マークを削り落とすな」と職人に指示をする人がいます。この場合テールピース側にマークが残っています。私も韓国の業者に修理を頼まれたときに、そのような指示を受けました。

ヨーロッパではマークを残しているというのはあまり見たことがありません。中国製の安い楽器ではメーカー名を誇らしげに残しているのを見たことがあります。マークが残っていても、他の作業のクオリティが低いので職人が見るとただの粗雑な仕事だとわかります。

マークを残している業者は、何を考えているか想像してみてください。
商業的な「聞こえの良さ」を重視している考え方が分かります。


金属疲労のように徐々に劣化が進んでいくので自分では気づきません。新しい駒に変えると初めて劣化していたことに気付くのです。つまり弦楽器は徐々に劣化していく箇所がたくさんあって定期的に見直しが必要なのです。他には弓の毛や弦、松脂も数年すると油分が揮発し粘性が落ちてしまいます。
一方で楽器本体が古くなって音が良くなることもあります。駒や魂柱を新しいものに変えると前回交換したときの音に戻るだけでなく、弾きこんだり古くなることで以前よりも一段階レベルアップしていることでしょう。
部品の交換で狙ったような音に持って行くというよりは、健康な状態を維持し使い込んでいくことで音が良くなっていくということです。

チェロの駒

今度はチェロの駒についてもお話ししましょう。
チェロの場合には市販されている駒でもフランス型とベルギー型があります。ベルギー駒はちょっと前に流行したものです。低音の2弦をトマスティクのスピルコア、高音をラーセンにしてベルギー駒、さらに新作でモンタニアーナモデルとくれば一昔前の流行です。

フランス駒のほうが構造が柔らかく、音も柔らかくて反応もゆったりしています。ベルギー駒のほうがダイレクトで鼻にかかったような音になると思います。その中間くらいを設計すると面白いなと思います。そのあたりの可能性があると私は思っています。
それも初心者は知らないことかもしれませんが、もっと専門的な話をします。

チェロに駒をつける場合まず初めに見るのはネックの角度です。指板の延長線上が駒の位置(ストップ)でどれだけの高さになっているかというものです。これをプロジェクションと言います。今ついている駒の高さを測ることもできます。弦高をマイナスすれば求められます。

駒が低くなりすぎていると音が元気よく出なくなってくるので問題です。修理は簡単ではなく駒の交換だけでは済みません。大きな問題ですから初めに確認が必要です。


その上で駒を選ぶ時は弦を張ったときに駒の高さが足りる必要があります。チェロでは問題ありませんが5弦のコントラバスでは注意が必要です。
一方ネックの角度が低い場合は駒のデザインで脚が短いものにしないとバランスがおかしくなります。デスピオなどのメーカーでも微妙にデザインが違うものがいくつもあります。

こちらは一般的なフランス駒です。

これにも種類がたくさんあります。足の幅が選べます。デスピオの場合には88mm,90mm,92mm,94mm,96mm,98mm,100mmとサイズ違いが選べます。
90~96がほとんどです。100mmなんて使ったことがありません、5弦のチェロに使えるのかもしれませんが、5弦のチェロなんてのを見たのは数回しかありません。

幅を選ぶ時に何を見るかというと一つはf字孔の左右の間隔です。それと同じ幅にするのが一つの目安です
こちらは89mmです。かなり狭いので90mmの駒が考えられます。

もう一つはバスバーの位置から考えます。

外側から定規を入れるとバスバーの位置が分かります。

バスバーは駒の脚のちょっと内側に来る必要があります。駒は指板の延長上に立てます。左右に寄ってしまうとA線かC線が指板の隅っこに来てしまうからです。正しい位置に駒を設置したときのバスバーとの位置関係から考えます。

これも諸説あってどこにあるべきかというのはよくわからないことではあります。セオリーとしては駒の脚のちょっと内側にバスバーの端っこが来るというものです。

この楽器では90mmで良いと思います。

このようにチェロの駒の幅は楽器ごとに選ばないといけません。
このようなことを全く考えていない店があったとしてもおかしくはありません。どんなチェロでも同じ駒を使っているかもしれません。

新作楽器を作る場合はこの逆になります。
まず駒の幅を決定します。それに合わせてf字孔の位置を決めます。f字孔の幅より外側にバスバーをつけることはできません。バスバーの位置も駒やf字孔の間隔に左右されます。

新作では教える人によっては駒の幅が90mmとか92mmとか決まっているかもしれません。そういう修行すると駒の幅が楽器によって違うということを学ぶ機会がありません。修理の場合は違う考え方で作られた楽器にあわせないといけません。そういう意味では我の強さとも関係します。

いつも言っているように新作は「これが俺の作風だ!」と言い張っていればいいのに対して修理では楽器にあわせて柔軟に対応しないといけないのです。多くのことを考えて配慮しないといけないのです。

チェロの場合には弦の力で足が押し広げられます。そうなると表板と脚が合わなくなってしまうので、あらかじめつっぱり棒を入れて広げて表板に合うように加工します。90mmの駒でも広がって91mmくらいになります。

それ以外はこの前のヴァイオリンと同じようなものです。

ビオラも楽器のサイズが定まっていないので駒の幅もいろいろあります。46mm~50mmまで1mm刻みであります。これもいろいろな考え方があって、わかっていない人も多くいます。


じゃあヴァイオリンはどうかと言えば、寸法がかなり定まっているので楽器によって駒の幅を選ぶ必要はあまりありません。ただし厳密に考えるとチェロやビオラと同じで楽器によって駒の幅を変えることもできます。
デスピオでは38mm,39mm,40mm,41mm,41.5mm,42mm,43mm,44mmのバリエーションがあります。1mm刻みであるのですがちょっとずつ広がっていく傾向にあり今では42mmが標準でしょうか。保守的で厳格な工房では41.5なんて寸法にこだわっているところがあるのでしょう。0.5mmで音が違うなんて考えられません。

私は新作ヴァイオリンを作る時に42mmの駒にあわせてf字孔の丸の間隔も42mm。バスバーの位置はそれより0.5~1.5mm内側につけるように学んだものです。
43や44mmの駒は使うことはありません。超小型のビオラか大型の3/4ビオラかもしれません。

38mmは3/4のヴァイオリンです。
3/4と4/4の間には7/8というサイズもあります。私はほとんど見たことがありません。ヨーロッパでは体が大きいので必要が無いのでしょう。作られた数が少なければ音が良いものを探すのは至難の業となってしまいます。

私もいつも42mmでどんな楽器でもやっていました。しかしアマティ型のオールド楽器では40mmのほうがおさまりが良いのです。楽器の幅が狭いだけでなくf字孔の間隔がとても狭いのとアーチが高いからです。

アーチが高い上に駒も高いとトータルで弦がまたがる所がとんでもなく高くなってしまいます。高いアーチのオールド楽器では何をやってもモダン楽器の理想の状態にはなりません。つじつまを合わせるのに40mmの駒が使えるというわけです。

40mmの駒の場合には低めの高さでも縦横比の関係であまり低く見えません。わずかな差でも見た目の印象は大きな差になります。
一方機能面や音ではさほど違いは無いと思います。左右でたった1mmずつしか変わらないからです。

このため、オールドの名器用に40mmの駒を特別に注文して用意しています。
先ほどのようにデスピオでは寸法違いを製造していますが、商社や輸入代理店ではサイズ違いを選べない所がほとんどです。40mmの駒の入手ははるかに困難です。
ヨーロッパでもマニアックな業者しか扱っていないのです。うちではデスピオに直接注文しています。

意外に使えると分かったので安い楽器用にも注文しようかと思っています。これを応用すると、(安物すぎて)ネックの修理をするまでもないちょっと低めの駒の楽器にも使えます。バスバーの位置には注意が必要ですが。安価な楽器で細かい寸法の違いが問題になることは無いでしょう。


41mmの駒は42mmとほとんど変わらないので使う意味を感じません。数字にこだわっても意味が無いと思います。

量産チェロの指板

指板の話もしていましたね。
ルーマニア製の量産チェロを仕入れました。

工場で加工されてそのまま売るわけにはいかないので指板を削り直します。
節もあって材質も安いものです。

駒のカーブの型(テンプレート)と比べると指板が平ら過ぎます。これを正しいカーブにすると指板の厚さが薄くなりすぎてしまいます。このチェロでは理想通りの指板にすることはできません。もし丸みが強すぎれば平らにすることはできますが、平らすぎるものを丸くすることはできません。

何度もメーカーには文句を言っていますが改善されないのは指板を仕入れる段階で機械で加工されてすでにこうなっているのでしょう。
つまりコストを下げるために厚みが足りない材料で指板を作っているのです。量産品とはそんなレベルです。

私が量産品を改造しているチェロでは、このような指板を取り換えています。外したこの指板の使い道がありません。もったいないですね。

理想通りではありませんが初心者が練習するなら問題にはならないでしょう。

メンテナンスが必要なわけ


弦楽器はとても微妙なもので職人の技術が必要だということが分かっていただけたでしょうか?

買って終わりでは無く買った後のことも考えると良いと思います。無理して高すぎる楽器を買ってメンテナンスの費用を出せないなら、平凡な楽器を買ってメンテナンスをしっかりした方が良いと思います。

商人と職人のどっちにお金を落とすかという話ですから当事者が言うと説得力がありませんね。考えてみてください。