いつもありがとうございます、一葉です。
弊宅閲覧者数・延べ50万人様を記念して、はるやまち様からお与かりした記念リクエストの第二部続きをお届け致します。
※注:これ以降より競技会等に関してリアルから乖離していきます。なぜかと言うと、新型ウィルスの影響ですべての競技会及び選手権大会が中止となっているため、詳細な情報を得ることが出来ないからです。ご理解の上でお付き合いください。
オレンジカラー・ナンバリングは二部の意。
前話こちら【1 ・2 ・3 ・4 ・5 ・6 ・7 ・8 ・9 ・10 ・11 ・12 ・13 ・14 ・15 ・16 ・17 ・18 ・19 ・20 】
■ ウィークエンド・シンデレラ ◇21 ■
翌々日の火曜日午後。
ヒズリダンススタジオビルの清掃を終えたキョーコが11階に戻ってきた。
月曜から金曜の午前中は清掃のバイトで、火曜と木曜がこのビル清掃なのは出会った時から同じである。
だが、それ以外では変わったことがいくつもあった。
まず、住まいが変わって男性二人と同居を始めた。
それからお互いに社交ダンスをしていることが分かってから、最初は別々に行っていたビル清掃を上尾と一緒にやるようになった。そのさい二人でよく話しをするように。
午後のバイトは全て取りやめ、絵本作家の仕事も中断し、いまキョーコは平日午後のほとんどの時間をダンスの練習にあてている。変わらないことより変わった事の方が圧倒的に多くなった毎日である。
「 お帰り、キョーコちゃん。お疲れ様 」
「 社さん、ただいまです。いるとは思いませんでした。お仕事はどうしたんですか? 」
「 してるよ、いま。アマデモに出場するって決めた生徒のルーティンを考えてるとこ 」
「 ・・・そうですか。7階、使っても平気ですか? 」
「 もちろん。今は誰もいないと思う。俺もあとから行くけど、それが終わったら今日は10階で練習しよう。今日は蓮も来られるよ。少し遅くなるとは思うけど 」
「 はい、了解しました 」
ヒズリダンススタジオビルは、地下1階から地上11階までの12階建てビルである。
1階は受付を備えたエントランス。2階から5階までがダンス専用貸しスタジオとして機能し、6階は社交ダンス専用フロア、7階は講師の控室及び筋トレ器具が多数置かれ、8階~10階は個人向けの貸しスタジオとして機能している。
ちなみに地下1階は駐車スペースになっていて、車だけじゃなくバイクや自転車もそこに置けるようになっていた。最も駐車が出来る車は許可されたもののみだ。
上階の貸しスタジオを借りるのはほとんどが社交ダンス関係者で、その目的はミックスコンペやアマデモ・ミニデモ等の出演にあたり、プライベートで個人レッスンを受ける人が主力で、または集団ダンスの練習場として使う学校関係者だった。
現在は既に予約が入っている時間を除き、いずれかのフロアをキョーコが練習で使っていた。
蓮も社もプロフェッショナルダンス教師及びアマチュアダンス指導員の資格のもと、平日は生徒にダンスの指導をしている。しかしキョーコと蓮がペアになってからは教室の生徒は他の指導員に任せ、今はどちらかというとキョーコのレッスンに重点を置いていた。
もちろんこの日も同じである。キョーコが基本の筋トレを終えた直後に社がキョーコを迎えに来て、二人で10階フロアに移動した約15分後に蓮が遅れて現れた。
「 ごめん、ちょっと遅れた 」
「 気にするな 」
「 もう大丈夫なんですか、敦賀さん 」
「 平気。今日は5人も指導員がいるんだから 」
「 そうですか。では、敦賀さんが来たところでお二人にお話があります 」
「 ん? 」
「 なに、キョーコちゃん 」
「 この前、次は二ヶ月後のC級競技会で、と言われて合意しましたけど、私の気が変わってしまいました 」
「 えっ 」
「 それよりひと月先にあるヒートダンス選手権予選会に出場したいです 」
「 は? 」
「 え、本気? 」
「 本気です 」
「 えええっと、いや、待って。今期はあと4ヶ月しかないんだよ? 」
「 分かっていますよ、社さん。だからちょうどいいかなって思ったんですけど 」
「 いや、ちっともちょうど良くないよ。あれは主にB級選手が出場するやつなんだよ? 」
「 だから、ちょうど良くないですか?上位競技会で準決勝に1回。それでB級に上がれるんでしたよね 」
キョーコの強気な発言に、社は目を見開きながら口角を持ち上げて引き攣り、その横で蓮は眉を顰めた。
「 出来ればね。でも上がれない可能性の方が高い。だから二ヶ月後って決めたんじゃないか。二ヶ月後にC級競技会にチャレンジして、最悪入賞できなくても準決勝に進めれば、更に二ヶ月後の競技会でもう一度準決勝に進めばいいんだから。それで今期をきれいに終わって、来期からB級スタート。それでいいじゃないか。
三か月後に標準を定めてコケちゃったら、そのひと月後にあるC級競技会で入賞できなきゃB級には上がれない。そこんとこ分かってる? 」
「 分かっています。だからちょうどいいと思ったんです。最悪を想定してチャンスが二度あるって考えるより、あとが無い状況の方が火事場のバカ力的なものが出るかなと思って 」
「 ・・・・・それって、つまり上がる気でいるってことだよね? 」
「 そうですね。上がりたいな、と思ってます 」
「 いや、上がりたいな、じゃなくて!はっきり言うけど今のレベルじゃ全然無理だよ?たとえ三か月あったとしても、今まで以上に頑張る程度じゃ全然無理なんだ 」
「 そうなんですか。私自身はいい線いってるのかなって思っていたんですけど・・・。つまり私が考えている以上にB級の壁は高いってことですよね。だったら、分かりました。もっともっと練習に励みます 」
「 キョーコちゃん、あのね・・・。ここまで来たのだって大したものなんだ。無理したって良いことなんて何もない。蓮、お前もなんとか言え 」
「 あー、はい、そうですね。それじゃ最上さん、種目はどうする気?ヒートダンス選手権に出場するなら、ラテンかスタンダードのどちらかでの出場を決めないとならないけど 」
「 え? 」
「 そうだ、そういうことになる。出たいって言うぐらいだからそこも考えてあるってことかな、キョーコちゃん。それとも勢いだった? 」
スタンダードならワルツ・タンゴ・スロー・ヴェーニーズ・クイックの5種目。
ラテンならチャチャ・サンバ・ルンバ・パソドブレ・ジャイブの5種目。
社交ダンスの選手はいずれ、どちらかの種目を選択することになる。
キョーコの性格ならたぶん、スタンダードかな、と。
そんな予感を蓮はだいぶ前から抱いていた。
シンデレラに憧れ、シンデレラ気分を味わいという彼女なら、もちろんその道が正統だ。
それが見えていたから、キョーコとペアを組むのなら彼女の意向を汲まなければ、と蓮は自分なりに割り切ったつもりでいた。けれど本音を言うと自分はラテンを踊りたい。
押し付ける気はないのに。やっぱりラテンが良いと思った。
ヒートダンス選手権。そこで成績を残すことが出来れば、スキップ・ビート選手権への出場資格が手に入る。
以前は届かなかったそれに、再び手を伸ばせるかもしれないのだ。
蓮の背筋がブルリと震えた。
出来ればラテンを踊りたい。
それを押し付ける気はないくせに、いざこの時が来たらそれを強く思うとは。自分の矛盾した思考に蓮は小さく苦笑を浮かべた。
「 逆にお聞きしますけど、社さんと敦賀さんから見たら私はどっち向きなんですか? 」
「「 ・・・っ・・・ 」」
蓮も社も答えに詰まった。
どちらに向いているか、など、気軽に言えることではない。
そもそも、スポーツというのは真剣にやればやるほど体を壊してゆくものだ。
よく、健康のために運動をしましょうと言うけれど、それはあくまでも適当にやるという意味。
上を目指すプロに、健康のための運動など無いのだ。
たとえ最初はそうだったとしても、上を目指すうちにそんなことは言えなくなる。
怪我をしないために健康であることは求められても、ケガをするリスクは、健康のためにやっている人たちの何倍も高いことを自分たちはしているのだから。
・・・なんて、今さらか。
そんな世界に自分で彼女を引き込んだのだ。
だからせめてこの子がケガをしないよう、かなり気を配ってキョーコを鍛えているのだ。
「 決めるのは自分の気持ちだ…って言ったら?最上さんはどっちがいいの? 」
蓮から問われてキョーコは視線をそらした。
あまりにも真剣な顔で見下ろされたのがもしかしたら怖かったのかもしれない。
このときキョーコの脳裏にちらついていたのは、2冊のダンス雑誌だった。
一つは上尾が見せてくれた、蓮が過去に注目選手として取り上げられた内容のもの。
もう一つは一昨日読んだばかりの、今の蓮のインタビュー記事。
過去の特集記事と違って、インタビュー記事は一ページにも満たない小さなものだったけれど、その内容はキョーコの心にささくれを作るには十分すぎるものだった。
後から思えばきっとそう。
そのわだかまりがキョーコにこれを言わせたのだ。
「 ・・・・・そうですね。自分で種目を選べるのなら 」
さほどの逡巡も見せずにキョーコが答えを口にした。
それを聞いた瞬間、社は目を見開いて蓮を見上げ
「 私はラテンを希望します 」
蓮は深く眉間に皺を刻んで、キョーコをじっと凝視した。
⇒◇22 に続く
スキップ・ビート選手権って(笑) それしか思い浮かばんかったんですよ。
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