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■ ウィークエンド・シンデレラ ◇13 ■
2日後の土曜日、キョーコの引っ越しが早速行われた。・・・と言っても、キョーコが移動させたのは当面の生活に必要だと思われる衣服と小物、それから一組の布団のみだった。
キョーコとしては社交ダンスの運動会に蓮と一回だけ出場し、見事賞金を得ることが出来たら元の生活に戻るつもりでいたし、そもそも引っ越しする場合は退去の意志をひと月以上前に報せておかねばならないという契約がある。
そのためすぐ引っ越しができたとしても、契約上、ひと月分の家賃はどちらにせよ支払わねばならなかったからである。
わざわざ車を出した社と、それに同行した蓮は少々面食らってしまったが、キョーコは実にあっけらかんとしていた。
「 ・・・キョーコちゃん。荷物、本当にこれだけ? 」
「 本当にこれだけです。だから言ったじゃないですか。仕事の道具と着替えと、洗面用具と布団さえあれば充分だから、荷物は少ないですよって。あとは、その時々で必要になったものを取りに来ることにします。無いと思いますけど 」
「 でも最上さん、君の部屋には確かにクローゼットが付いているけど、それ以外は全くなにもない部屋だよ?どうせならほぼ移動したほうが良くないかな? 」
「 知っていますよ。先日見せていただきましたから。正直、こんな程度の荷物しか無いので10畳もあるお部屋なんてむしろ広すぎって感じですよね。私としてはお部屋に備えられている2畳のクローゼットの中でも十分住めそうな気がしていますから 」
「「 いや、それは本来の使い方じゃないから 」」
蓮と社が住んでいる家は、3LDK構造である。
そもそもダンススタジオビルなのでバルコニーこそないのだが、キッチンが3.3畳、リビングダイニングが15畳。10畳の洋個室が3つで、それぞれウォークインクローゼットが2畳ずつ備えられている。
玄関先にはシューズインクローゼットもあって、家の中心にある水回り設備には風呂の他にホームサウナまで完備していた。
間違いなく快適な家のはずである。それに彼女は魅力を感じなかったのだろうか。
キョーコの荷物を全部引き上げ、キョーコの居場所を自分の家のみにする手筈でいた蓮としては、肩透かしを食らった気分だった。
せっかくすべての荷物を収納できる広さの部屋なのに。
「 引っ越しはあっけなく終わったな 」
平日の仕事は今まで通りこなしたい、というキョーコの意向を受け、練習は土日のみに行うことで合意してある。
蓮も社も平日はダンス講師の仕事があるので、その方が都合が良いのだ。
「 ダンス練習は明日からってことで。いいよね、最上さん 」
「 はい!大丈夫です 」
「 うん。じゃあ今日この後は、そのためにやっておかなきゃならないことを済ませることにしよう 」
「 え、でも引っ越しはもう終わりましたけど 」
「 判ってる。買い物に行くんだよ 」
「 キョーコちゃんの練習靴を用意しないとね 」
「 それで、今日これからシューフィッターに行こうと思うんですけど。型取りしておけばあとあと楽ですから 」
「 ああ、そうしとけ。…ってことで、キョーコちゃん、蓮と一緒に行って来て。ヒールはどうするつもりでいるんだ、蓮。初心者だから最初は5センチで慣らすか? 」
※社交ダンスの初心者は5センチスタートが主
「 いえ、最初から7センチオンリーで行きます。最上さんなら大丈夫だと思います 」
「 そうか、そうだな 」
「 あれ?ちょっと待ってください。シューフィッターってことは、まさか特注で靴を作るって言ってます? 」
「 言ってる 」
「 でも特注ってことは、高いですよね!? 」
「 価格だけを言うなら決して安くないけど、総合的に判断すると決して高くはないんだよ、キョーコちゃん。つま先部分や足の甲の高さが合っていないと少し踊っただけで疲れやすくなるし、痛みを感じるようにもなってくるからね。何より、つま先がきつすぎると外反母趾の原因にもなる。体に異常が出て医者に通った所で治るとは限らないし、それこそ治療に時間もお金もかかっちゃうでしょ。だから、初めから足に合った靴を履くに越したことはないよ 」
「 う・・・はい、判りました 」
「 大丈夫。腕のいい靴職人だから安心して 」
「 とはいえ、すぐ作ってもらったとしても2週間はかかるでしょうから、既成の物を試着して、手っ取りばやく2~3足は買って来ないと 」
「 そうだな。それと、練習着もだ 」
「 ええ、それも一緒にと思っ・・・ 」
「 えぇぇ?2~3足もいっぺんに? 」
「 そうだよ。言っとくけど、そんなのひと月もしないで履きつぶすことになるから、それを覚悟しておいてもらえる? 」
「 っっ?!! 」
ひぃぃぃ、冗談でしょ?!普通の靴だってそんなに早く履きつぶしたことないのに。
「 冗談じゃないよ。それと、練習着用のドレスも買いに行く 」
「 練習着もですか?でも、そういうのって自前のスカートとかスパッツとかTシャツとかでいいって聞きましたけど? 」
「 そうだね。慣れている人ならそれでいいけど。君は全くの初心者だからね。長い裾のドレスが持つ遠心力を舐めない方がいい。本番でこんなつもりじゃなかった・・・ってなるのは、ダンスあるあるだからね 」
「 え。そうなんだ 」
「 本当にそうだよ、キョーコちゃん。ドレスの重さって結構見落としがちなんだ。しかもパートナーがドレスに振り回されると、その分の負荷がリーダーにかかってしまうものだから 」
「 それに、ダンス用じゃなくて膝丈ぐらいの普通のスカートで踊られると、高速で回転したり足を上げたりしたときに下着がばっちり見えちゃうんだ。もちろん見せる気合いでやりますからって君が言うなら、練習着なんて必要ないだろうから俺は別に構わないけど 」
「 なっっっ、うそっ?! 」
「 いや、それも本当のことだよ、キョーコちゃん。 スピンターンやディベロップを含んだステップなんてすぐ出来るようになるから、足を高く上げれば当然、見えちゃう 」
「 とはいえ、足さばきをちゃんと確認出来ないと意味ないから、身動きしやすい練習着は絶対必要。でも君が要らないっていうなら俺はそれでもいいかな。その代わり、こんなつもりじゃなかったとかあとあと言わないで欲しいんだけど。さてどうする?練習着、欲しいですか、不要ですか? 」
「 ほ・・・欲しいですっ!! 」
「 ぷっ・・・・いや、うん。だろ。だから一緒に買いに行こう 」
「 はうぅ? 」
さっきまでどこか意地悪な顔つきだったのに。
キョーコが焦りながら同意した途端に優しく目を細めて喉を鳴らした蓮の笑いにキョーコは正直、戸惑った。
蓮が意地悪王子なのか優男なのか、よくわからない人だからだ。
ただ、ダンスが絡むと少し人が違うようになるみたい、とは何となく感じていた。
「 じゃあ今から行って来ます。今日のうちに揃えられれば明日からちゃんとしたレッスンができますからね。行くよ、最上さん 」
「 はい。・・・敦賀さん、嬉しそうですね? 」
「 それは、もちろん。ただ、嬉しいっていうより、楽しみって感じかな。ようやく踊れるんだって思ったら、やっぱりね 」
「 ふふ 」
そういう素直なところは可愛いかも。
「 そうだ。ドレスは体に密着した色っぽいのにしようか。うん、本当に楽しみだ。もしかしたら練習するより、俺、脱がせたい衝動に駆られるかも 」
「 ・・・っっそんなドレス、要りませんっ! 」
「 だめだめ。出資者は俺なんだから俺の好きにさせてもらう 」
「 うきょぉぉぉっっ!! 」
「 ふ・・・ 」
結局、キョーコは練習靴を3足と、セパレート型の練習着を2着、ロングドレスを1着、買ってもらった。
ドレスも練習着だからそれほどゴージャスなものではなかったが、どのドレスも上半身は体に密着したデザインのものばかりだった。
キョーコはかなりしつこく、店の中を泳ぐように探したのだが、そもそも社交ダンスのドレスはそういうものしかないらしい。つまり、蓮にからかわれたのだとこのとき初めて気づいた。
やっぱりこの人、王子じゃない。
この夜から、3人は必ず朝と夜は揃って食事をすることにした。
朝はその日一日のスケジュールを報告し合い、夜は親睦を深めることを目的に色んなことを話し合う。
同居生活をするにあたって、洗濯は各自でということになったのだが、食事はキョーコが作ることになった。
食費他一切の金銭的支出をキョーコに負わせないと言った蓮の言葉が本気だったのだと今日の買い物で完璧に理解出来たこともあり、せめて労働力を提供しますとキョーコが言い出したのである。
「 出来ました、お待たせしました 」
「 おー、チキンのトマト煮込みにサラダにコンソメスープ!すごい手作りご飯。いただきまーす。・・・・・うん、美味しいよ、キョーコちゃん! 」
「 本当に。意外にも最上さんは料理上手だったんだな 」
「 意外にもってなんですか!こう見えても私、料理は得意分野ですよ 」
「 そうだったんだ。でも本職は絵本作家なんだろ 」
「 はい、そうです 」
「 ねぇ、キョーコちゃん。それって具体的には何をしているものなの、って聞いていい?どのぐらいの間隔で本を出してるの?ひと月に一回とか? 」
「 まさか!そんな頻繁に出版している人なんてまずいないですよ 」
「 えー、それで良く生計立てられるね? 」
「 いえ、実際、立てられないんです。だから少ないんだと思います。ご存知ですか?日本の絵本作家って、既に亡くなっている人を合わせても200人ちょっとしか居ないんですよ。それはやっぱり生計を立てるのが難しいからなんだと思います 」
「 なのに、君はそれになったの? 」
「 なっちゃいました。シンデレラの絵本を見たとき、私の心が信じられないほどときめいたんです。そのとき受けた衝撃と感動が忘れられなくて、いつか自分もそんな絵本をって、ずっと夢に見ていたから 」
「 それじゃ、普段の仕事ってどんな? 」
「 普段はネットで手作り絵本を受注して、それを制作しています。世界で一冊だけの絵本 」
「 へー、それはすごいね。でもそういうのって・・ 」
「 これ、ありそうで案外ないんですよ。個人に向けた受注制作の絵本って確かにあるんですけど、それは定型の絵柄があって、文章に組み込む名前や地名だけを受注内容の通りに変更する以外は全く同じ内容なんです。でも私のは、確かにお話自体には一定の流れがありますけど、完全にその人だけのもの 」
「 んー?良く分からないな。一緒じゃないの? 」
「 同じじゃないんです!もし宜しければ注文してください・・・って言いたいところですけど、たぶんそのうち理解できるかと。なぜかと言うと、部屋に机がないことを今思い出したから 」
「「 ん? 」」
「 すみません!よく考えたら作業机がないと出来ないことを思い出しました!制作の時、リビングのテーブルを使って作業してもいいですか? 」
「「 ああ、それは別に 」」
「 ありがとうございます!助かります 」
料理の時はキョーコが一人で奮闘するが、それ以外の時の場合、蓮と社はまるでキョーコをお姫様のように扱った。
キョーコがイスに着こうとすればイスを引いて座らせて、扉に向かったかと思えばドアを開けてのレディファースト。
たまたまトイレに入ろうとしたキョーコを見つけた時でもそれは当たり前のように行われ、キョーコの方がいたたまれないほどだった。
月曜から金曜まで、キョーコは清掃と料亭のバイトをこなした。
土曜、日曜は朝から晩まで、しつこいぐらいにダンスの練習。
一つ一つのステップを覚えるだけでも結構な苦労で、しかも頭と体とどちらも使っているせいか土日の夜になると遅くまで起きている事すら難しく、少しだけ休憩しようとリビングのソファに座ってしまうとあっという間に眠りに落ちてしまってばかりいた。
「 あれ、キョーコちゃん 」
「 寝ちゃいました? 」
「 ああ。熟睡している模様 」
「 この皿洗いが終わったら俺が運びますから、そのままにしておいてください 」
「 いま俺が運んでもいいけど? 」
「 俺の皿洗いが終わったら!俺が移動させますからそのままにしておいてください。社さんの足のためにも 」
「 ははぁ。俺の足のためって・・・。上手い言い訳だな、蓮。はいはい、了解 」
「 なんですか、その目は 」
「 いーや。ただ、森住さんの時はそういう固執の仕方はしなかったのになーって思って。ましてや一緒に住もうとするなんて初めてだし 」
「 社さんこそ。あの子の時は森住さん呼びだったくせに、最上さんのことはなんでキョーコちゃん呼びなんですか 」
「 おや、ヤキモチですか? 」
「 違いますよ! 」
「 ふふーん。そうですか 」
「 違いますから! 」
「 じゃあそういう事にしておいてやる。けど、俺がキョーコちゃん呼びなのはさ、蓮。ただ逃がしたくないなと思っただけだぞ、キョーコちゃんを。それには苗字で呼ぶより名前で呼んだ方が効果的だろうが 」
「 なるほど 」
「 それはそうと、お前まだ3割程度で踊っているのに全然フラストレーション感じていないだろ 」
「 判りますか 」
「 判るよ。踊っているお前を見れば 」
「 さすが 」
「 それに、キョーコちゃんのことをだいぶ気に入っていることも判る。なにしろ車の運転とダンスは隠しようがないくらい性格が反映されるからな。
人には褒められて伸びるタイプと、悔しさをばねに伸びるタイプと二通りいるけど、キョーコちゃんは間違いなく後者だよな 」
「 ええ、もちろん気づいていましたよ。俺達、だいぶ苦労しましたからね。褒めりゃ図に乗るし、注意されると拗ねるし、本当のことを言うと辞めるって言い出す様な子で…。だから余計に俺、フラストレーションを感じないんだと思います 」
「 だよな。キョーコちゃん、本当にいい子だよ 」
「 俺の人を見る目もまんざらじゃないでしょう? 」
「 まぁな、とお互いの意見が一致したところで。もうそろそろひと月経つし、行くか、次の段階に 」
「 冗談?まだスタンダードの足型しか教えていないのに? 」
「 十分だよ、5種目も踊れるなら。では、ご褒美という名目で 」
キョーコちゃんをフリーダンス・パーティに連れて行こう、と続けた社が眼鏡を鈍く光らせた。
⇒◇14 に続く
ディベロップって、キックのことです。
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