ウィークエンド・シンデレラ ◇9 | 有限実践組-skipbeat-

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 前のお話こちら【


■ ウィークエンド・シンデレラ ◇9 ■





 蓮が待ちに待って迎えた火曜日、午前11時30分過ぎ。


 ビル清掃を終え、私服に着替えてから7階ダンススタジオにやってきたのだろうキョーコからのノック音に気付いた蓮が、ドアを解放してその場に佇んでいたキョーコを見つけて微笑を浮かべた刹那、勢いよく頭を下げたキョーコの開口一番に蓮は衝撃を受けた。



「 熟考の結果、申し訳ありませんがお誘いはお断りすることにしました。どうも申し訳ありません 」


「 ・・・っっっ? 」



 好感触だと思っていたし、良い返事がもらえる予想しか考えていなかった。それだけにこれは想定外の攻撃で、思わず思考が停止した蓮は返答に詰まってしまった。

 その態度を了承の意と捉えたのか、キョーコは自身の意向をきちんと伝えられたことに満足し、にっこりと微笑んだ。


 では、と言ってキョーコが身軽に踵を返したところで蓮がハッと我に返る。


 冗談じゃない!俺はこの子をパートナーにすると決めたんだ!



「 では、そういうことで失礼します 」


「 ちょっと待った!! 」


「 なんでしょうか 」


「 いや、ちょっと待って。お姫様になる夢は? 」


「 もちろん、抱いたままです 」


「 ドレス、好きだって言っていたよね?シンデレラと違って君は自分の好きなドレスを着て舞踏会に出られるんだ。それは? 」


「 それは…正直、いまじゃなくてもいいかなって 」


「 なにそれ。今じゃないなら、いつならいいんだ 」


「 いつって、そんな具体的には判りませんけど 」


「 もしかしたら誰かに何かを言われた?それでパーティに出る気がなくなっちゃった?シンデレラはもうどうでも良くなっちゃった? 」


「 どうでもいいなんて思った事は一度もないです!シンデレラは私にとって一番大好きな子供の頃からの憧れですから!世界の名作なんですから!! 」


「 じゃ、なぜ? 」



 蓮が強引にキョーコを引っ張り、室内に引き込んだ。そのまま後ろ手で内側から鍵をかける。

 ガチャリとそれらしい音が響いて、キョーコは蓮に抗議した。



「 なっ…どうして鍵を閉めるんですか! 」


「 大丈夫。内鍵だからすぐ開けられる。何も問題ない 」


「 ありますよ!鍵を閉める必要なんてないじゃ… 」


「 俺にはイエスの返事をもらえない事の方が大問題なんだよ!! 」



 その真剣なまなざしに、キョーコは気圧されてしまった。

 穏やかで優しい王子というイメージを蓮に持っていただけに、余計に。



「 どこが、なにが大問題なんですか 」


「 ダンスはね、一人じゃ踊れないんだ。俺一人では踊れない 」


「 そりゃそうでしょうけど、相手は別に私じゃなくてもいいとおも・・ 」


「 君じゃなきゃダメだ! 」


「 ・・・は・・・・・・・はぁ? 」


「 君じゃなきゃ踊れない!そして俺は踊りたいんだ! 」


「 い・・・意味わからない!別に、私じゃなくたっていいじゃないですか! 」


「 ダメだよ、最上さん。俺は君と踊りたくなっちゃったんだから 」


「 …っっ!!!ちょっおっとぉぉぉぉぉぉ!!!急に色気出して迫って来ないでください! 」


「 色気?別に出してないけど 」


「 出してますよ、出ているじゃないですか!どうして壁ドンする必要があるんですか。こんな不必要に顔を近づける必要だってないと思います! 」


「 あるよ。俺は君の目を見て真剣に話し合いたいんだ。ねぇ、最上さん・・ 」


「 いやぁぁぁっっっ!!お願いです!私、そういう免疫ないんです。ちょっと離れてください!! 」



 体を思いっきり壁に預け、両手いっぱいで蓮の胸を突っ張るキョーコの顔が真っ赤になる。その必死な様がなぜか楽しい気分にさせて、蓮は面白いおもちゃを見つけたかのようにおもむろに口元を緩めた。



「 フ・・・・・。そうなんだ。こういう免疫、ぜんぜんない? 」


「 無いです!無いんです!! 」


「 でもこの前、俺と抱き合いながら踊ったよね。あれは? 」


「 抱き合ってません!あれはダンスをしていただけじゃないですか 」


「 そうだね。社交ダンスはステップで踊るのではなく、互いの体と体の接触面が生み出すバランスで推進力を得て踊るものだ。その際に重要なのはリーダーの資質とパートナーとの相性だと言われている 」


「 え? 」


「 この前、君と踊った時に思ったんだ。俺と君は相性がいいってね。だから俺のパートナーになって欲しい。俺は君と踊りたいんだ 」



 壁ドンされた状態で、顔だって5センチと離れていない距離で、すがるようなまなざしを蓮がキョーコに差し向ける。

 至近距離で視線が固定されているから互いの顔しか視界に入らず。そのはずなのに、蓮はキョーコを見つめたまま器用にキョーコの左手を持ち上げると、かつての騎士もそうしたように、キョーコの指に自分の唇を押し付けた。



「 ぴみゃぁぁぁっっ!!ちゅぅしないでください!!! 」


「 俺からのラブコールだよ。頼むからもう一度考え直してもらえないか?俺は踊りたいんだよ、君と・・・ 」


「 な・・・なんで?なんで敦賀さんは私がいいんですかっ?! 」


「 相性がいいと思ったから 」


「 それだけでっ?! 」


「 重要なことだ。それに、ダンスは単にステップを覚えればいいだけじゃない。立ち方や呼吸を整えないと本当の意味で上手くなることは出来ないんだ。それはレッスンの時だけに限らない。

 君は普段の生活から姿勢や歩き方を意識しているだろう。前にそう言っていた。それがいいと思った。ダンサーにとってはそれも大切なことだから 」


「 それは単にバイトのためで・・・ 」


「 理由は重要じゃない。それを実践し、実行し続けている事に意味がある。俺は君と踊りたい 」



 捕まえたままのキョーコの左手に、今度は目を伏せてキスを施す。

 美丈夫な男性に目の前でそんなことをされたらとにかく刺激が強すぎて、キョーコは酸欠した鯉のように口をパクパクと動かした。心臓の鼓動が激しすぎて、もんのすごく息苦しい。



「 最上さん、俺と踊ろう。俺が、ダンスパーティの中で誰より君をシンデレラのように輝かせてみせるから 」




 シンデレラの様に・・・。

 それはなんて素敵な魔法の言葉。


 でもダメなのだ。

 なぜならキョーコは知っているから。

 魔法はいずれ解けるということを。


 それが大きな夢であるほど、終わった時の虚無感は計り知れないものになる。




「 ごめんなさい、無理です!! 」


「 どうして?何が無理? 」


「 色々とです 」


「 色々ってなに?具体的に教えてくれる? 」


「 顔、近っ・・・・・この前の土曜日、あ、その前に!この前、敦賀さんがくださったプロテインのおかげで筋肉痛はすぐに良くなりました。あのときは本当にありがとうございました。あのとき、体中痛かったこともあって口を付けたカップを洗わずにお返ししちゃってすみませんでした! 」


「 いや、そんなのは別にいいけど 」


「 で、この前の土曜日に私は知り合いの女性に誘われて公民館の社交ダンスサークルに飛び入りで参加させていただいたんです 」


「 社交ダンスサークル 」


「 はい、30名ぐらいいらっしゃったと思いますが、伺ったときはびっくりしました。みなさんかなり年上の方ばかりだったので 」


「 ああ、そうだろうね。社交ダンス愛好家の平均年齢は、一般的には60代以降だとも言われているから 」



 日本では昭和20年代から30年代にかけて、街角にいくつものダンスホールが存在していた。

 ダンスは進駐軍が持ち込んだジルバがメインで、当時の大人だったら3~4人に一人ぐらいは踊ることが出来ていたと言われている。


 日本の社交ダンス人口が世界一多いと言われている理由は、その時代にダンスに親しんでいた世代がいまシニアとなり、定年後の趣味として再びダンスを楽しんでいるからだと言われている。


 その分、ボールルームダンス及び競技ダンス愛好家の高齢化は着実に進んでいて、特に近年ではその普及が停滞しているとまで言われていた。



「 なのに私、ついていくことさえ出来なかったんです 」


「 え? 」


「 ワルツのステップ表を頂いて、その通りにステップを踏んでいきましょうって言われてやろうとしたけど、全然できませんでした。それで、私に踊りは無理だと思って 」


「 いや、それは誰だって同じだろう。初めから気軽にステップを踏めるほどダンスは甘いものじゃないよ。だから覚えて行けば君だってステップぐらい・・・ 」


「 ・・・というより、よく考えたら私、ワルツに限らずステップって一種類しかないと思っていたんです 」


「 ん? 」


「 ・・というより、踊り方は一通りしかないと思っていたんです。でも違ったんですね。ダンスって、いろんなステップの組み合わせで踊るものだったんですね。そんなことすら知らなかった。それで、だからムリだと思いました。私に余暇を楽しむ時間はありません。私、月水金の午前中にそれぞれ別個所で清掃の仕事をしていて、午後には料亭でバイトをしているんです。火曜と木曜の午前中はここのビル清掃で、それ以外の曜日と時間は本業をこなしているので、正直に言えばダンスに割いている時間なんて無いんです 」


「 それは、ずいぶん頑張って働いているね 」


「 そうしなきゃ生活できないんです。本業だけでは生きていけないから。バイトを入れて、なんとか収入を増やしている様な状態なので・・ 」


「 でも、全く余暇が無いわけじゃないだろ。土曜日に公民館の社交ダンスサークルに参加したんだから 」


「 それは、一回だけならって思ったんです。ワンコインだったし 」


「 ワンコイン。そりゃずいぶんリーズナブルだな 」


「 でしょう!?だから行ったんです。でも、それで見事に打ちのめされて、これは止めた方がいいって事だなって。だからごめんなさい。私・・・ 」


「 ちなみにそのダンスサークルではステップを踏んだだけ?その表って、いま持ってる? 」


「 ありますけど… 」



 ショルダーバッグからキョーコはそれを取り出した。

 ステップ表wp持ち歩いていた理由は単純明快で、覚えようと思ったからだ。


 今は無理でもいつの日か、シンデレラの様に舞える日が来た時のために。



「 最初に一人でステップ練習を踏んだあと、講師の先生やアシスタントの男性やご年配の男性と組んで、皆さんたちと踊りました 」


「 踊れた? 」


「 少しだけ。すぐついていけなくなっちゃって、無理だと思ってやめちゃったから 」


「 うん、だろうね。最上さん、こっちに来てこの靴を履いて 」


「 っっいえ、今日は私は・・・ 」


「 ちょっとだけだよ、おいで。それで、欄外に書いてあるこの順番通りに踊ったの? 」


「 そうです 」


「 音はあった? 」


「 あった気はしますけど、それどころじゃなかった 」


「 そう。じゃ、音は別にいいか。おいで 」



 蓮が優しく導くと、キョーコはしり込みしながら近づいた。その顔にムリだと思うと書いてある。

 よほど自信を無くしてきたんだな、と蓮は苦笑を浮かべた。



「 ゆっくりスタートしよう。行くよ 」


「 …っっ… 」


「 ターンしてから、後ろ、後ろで左に揺れて 」


「 わ、わわわわ、嘘でしょ、なんで?だって土曜日は全然ダメだったのに。なのに、いまは・・・ 」


「 だから言っただろ。ダンスは相性だって 」


「 相性って 」


「 もっとはっきり言っちゃえば、パートナーの動きはリーダーの質に左右される。このとき踊れなかったのに俺と一緒なら踊れているっていうのは、まさしくそれだよ 」


「 …っ……それって、敦賀さん、さりげなく自分の方が上手いって言ってます?よね 」


「 とうぜん 」


「 ふ・・・ふふふふ・・・ 」


「 俺が君に声を掛けたのは気まぐれじゃない。本当に俺は君と踊ってみたいんだ。だから承諾して欲しい。それ以外の答えは欲しくないんだ 」



 蓮の真剣なまなざしにキョーコの心は揺れ動いた。自分だって出来るならそうしたい。一度ぐらいシンデレラの立場になってみたい。

 けれどそれは無理なのだ。


 絵本作家の仕事だけでは食べていけないのだから。

 バイトの時間を削ることも、その収入を生活以外に充てることも出来ない。

 たった一度の遊びのためにお金を使えるほど生活に余裕などないのだ。



 考えても出てくる答えは同じだ。ならば答えを引き延ばすことに意味はない。

 そう思っているのにここできっぱりと断れないのは、この出会いを特別なものにしたいと心のどこかでまだ願っているからだろうか。



 そのとき、お昼を報せるチャイムが響いて

 キョーコが我に返った。



「 いけない、もうこんな時間。私、帰って仕事しなくちゃ! 」


「 最上さん!君の本業ってなに? 」


「 ・・・っ・・・絵本作家です 」


「 え・・・っ・・ 」


「 靴、ありがとうございました!! 」



 荷物を持ち、自分の靴に履きなおしたキョーコがドアノブに手を掛ける。ロックを解除したキョーコはガラスの靴を落としもしないであっという間に出て行ってしまった。



「 あ、すみません! 」


「 いえ、平気 」



 キョーコと入れ違いで社が入室してきた。

 ダンスフロアにポツンと佇んている蓮に向かって、社は目を細めた。



「 お前、監禁罪で逮捕されたいのか、蓮 」


「 別に、そんなつもりはありませんでしたよ。ただ、誰にも邪魔されないようにと思っただけです 」


「 ホントかよ。それで、どうなったんだ? 」


「 開口一番に断られました。でももう一度考えてくれるって 」


「 言ってたか?そんなこと 」


「 細かいことは気にしない方がいいです。それより、聞きましたか、社さん。あの子、絵本作家が本業らしいです 」


「 うっすらと聞こえたけど 」


「 それを聞いてますますあの子が欲しくなりました。俺、絶対に最上さんを自分のものにしてみせます! 」


「 言い方を考えろ。聞きようによったら犯罪者だぞ、お前 」


「 こうなったら絶対にイエスと言わせてみせる! 」


「 俺の話を聞いてないだろ、お前。手はあるのか 」


「 少なくとも、糸口は判った気がしました 」



 大股でロッカーに向かった蓮は手早く携帯を操作すると、どこかにコールし力強く電話を耳に押し付けた。






 ⇒◇10 に続く


ゴーイングまいウエイ蓮くん。



⇒ウィークエンド・シンデレラ9・拍手

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