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■ ウィークエンド・シンデレラ ◇10 ■
翌水曜日の午後22時48分。
蓮は社が運転する車の助手席に収まり、ドラマで張り込みをしている刑事よろしくキョーコの帰りを待っていた。
記憶が正しければ水曜の午後、キョーコのバイトは料亭のはず。
終了時刻が何時なのかが判らないため、ひたすら待ち続ける以外に方法はなく、もう3時間も二人は車内でじっとしている。
しかしキョーコが現れる気配は一向になく。
さすがにしびれを切らした社が、自分の隣で安アパートをガン見している蓮の横顔を見てため息をついた。
「 蓮。もうすぐ23時になるぞ 」
「 ですね 」
「 あのさ、こんなこと言いたくないけど、本当にあんなアパートにあの子が住んでいるのか?こう言っちゃなんだけど、あれ、女の子が住むにはかなりボロすぎないか。しかもこんな時間まで帰ってこないっていうのは明らかにおかしい。もしかしたら俺達、間違った場所で張り込みしてるんじゃないのか。出直した方が良くないか? 」
「 いいえ、間違いありません。清掃依頼主から清掃会社を経由し、確認した住所があそこなんですから 」
「 清掃依頼主って、お前ね。どんな手を使ってんだよ 」
「 うるさいな。いま説明したでしょう。人の話ぐらいちゃんと聞いてくださいよ 」
「 聞いたから言ってんだろうが! 」
「 あ、来ました!社さん、ちょっとここで待っていてください 」
「 は?お前、嘘だろ。いま突撃するのか、こんな夜中なのに 」
「 当たり前でしょう。何のために3時間も待ち伏せたと思っているんですか 」
確認していた通り、2階建てアパートの上階に住んでいるらしいキョーコが足早に階段を上ってゆく。そのあとを追いかける蓮のあとを、社はゆっくりと追いかけた。
そうしておきながらアパートの下で社が歩みを止めたのは、社なりの配慮である。
男二人が帰宅直前の女性の前に立ちはだかれば怖がられるのは当然だし、何なら不審者と思われても文句のつけようもない。
ただ、このとき社は納得していた。
蓮がキョーコをパートナーにしたいと切望している理由について。
玄関ドアにカギを挿し、キョーコがドアを開錠したタイミングで蓮が声を掛けた。
さすがに驚いたのだろう、夜目でもはっきりそうだと分かるほど、キョーコは目を見開いた。
「 最上さん、おかえり 」
「 っっっ??! 」
「 驚いた。バイトってこんな夜遅くまでしていたんだね 」
「 っっ・・・敦賀さん?どうしてここに・・・ 」
「 うん。実は昨日、君が落としていった財布を見つけたんだ。それで、中に大金が入っていたからすぐにでも君に返したいと思って、その旨を電話で清掃会社に伝えたらここの住所を教えてくれてね 」
「 は?財布?!え、うそ?!私、落としていました!? 」
慌てた様子でキョーコはバッグを漁ったが、その様を見ながら蓮はひょうひょうと答えた。
言われたキョーコの頬がひくつく。
「 いや、落としていないと思うけど 」
「 ・・・・え。それ、どういうことですか? 」
「 そういうコト。あのね、最上さん。もう一度、君とちゃんと話がしたいんだ。俺の話をもっとちゃんと聞いてくれないか。どうか、頼むよ・・・ 」
「 っっっ!!敦賀さん、言動がマッチしていないですよ!無闇に近づいてきて壁ドンするのは止めてください! 」
「 しー!!声を静めて。ごめんね、夜中だから、あまり大きな声を出したら近所迷惑になるだろ。だから俺としては苦肉の策をとったつもりなんだ。それで、このまま俺を君の部屋に招待してくれる? 」
「 こんな夜中にっ?! 」
「 違う。こんな夜中だから、だよ 」
「 ・・・・そうですか、わかりました。つまり敦賀さんは、あのダンススタジオより遥かに狭い我が家を見たい、と。こうおっしゃるわけですね 」
「 いや、そういう意味じゃないんだけど 」
「 でしたら良いですよ、お見せしても。それで納得してくれますよね?家賃月7万円、水道光熱費・月1万円、食費も月1万円で抑えるように頑張って、それでも女だから化粧品だって必要だし、本業をこなすのに資料だって、道具だって必要で…。服だって自由に買う事も出来ないような生活をしている私の現実を見て、ダンスにかけるお金や時間なんて到底捻出できない様を理解していただけるのなら、お見せしますけど? 」
「 ・・・それ、君は月に何時間働いているの? 」
「 清掃の仕事が平日週5日になったのは今月からです。それが午前中に3時間。料亭のバイトは週3日、9時間ずつ。本業に費やす時間はタイムカードが無いので分かりません 」
「 そんな生活を続けていたら体を壊すよ 」
「 だって仕方がありません。それ以外に方法がないんですから 」
「 ・・・・・ 」
「 私、思ったんです。憧れは憧れのままのほうがいいって 」
「 俺はそうは思わない 」
「 でも私はそう思うんです。敦賀さん、ありがとうございました。シンデレラの夢を見させてくださって。ダンス、とても楽しかったです。でもお受けは出来ないんです。どうも申し訳ありません 」
キョーコが暮らしているアパートの造りは脆弱で、通路天井の灯りなど付いてないのかと思うほど暗かった。
唯一頼りに出来る光源は街灯のそれだけで。だからだろうか、暗がりで現状を認識しにくいせいなのか、それともいままで仕事をしてきて疲れているからなのか。
こんなに蓮が近づいている状態だというのに、キョーコはやけに冷静だった。
強引に迫れば昨日のように動揺してくれるかも、とちょっと期待していただけに、想定外の切り返しに蓮は頷くしなかった。
「 了解 」
一歩、蓮がキョーコから離れると、キョーコはまっすぐ蓮を見上げた。
彼女の頭に右手を置き、蓮は紳士然とした態度で遅くにごめんね、おやすみ…と甘い声音で囁いた。
じゃあねと言って踵を返した蓮は敢えて振り返ることもせず。
階段を降りると腕を組んだ社がいた。
視線を合わせた途端に社は同情の苦笑を浮かべたが、蓮は意味深に笑みを浮かべて目を細めた。
そのまま社の肩を抱き、急ぎ足で車内に戻る。運転席に社が座り、助手席に蓮が乗り込み、密室になった所で社が先に口を開いた。
「 まさかお前、諦めてきたわけじゃないのか 」
「 当たり前じゃないですか。こんな遅くに何時間も外で話すなんて出来ないと判断したから戻って来ただけです。そもそもなんのために俺がここに来たと思っているんですか 」
「 何のためだよ 」
「 次の糸口を見つける為です 」
ニヤリと蓮が笑った。それで答えを悟った癖に、社は問わずにはいられなかった。
「 見つかったのか。糸口は 」
「 ええ、もちろんです 」
想像通りの答えが返る。
蓮の目には自信だけが漲っていた。
絶対にイエスと言わせてやる。そんな強気な光を宿していた。
この12時間後。
清掃作業を終えたキョーコにすかさず声を掛けた蓮は、見事キョーコを6階ダンススタジオに導くことに成功していた。
言葉巧みに騙されたことにキョーコが気づいたのは、前回同様、蓮が後ろ手に内側から鍵を掛けた時だった。
「 なっ…どうして鍵を閉めるんですか! 」
「 大丈夫。内鍵だからすぐ開けられる。この前も何も問題なかっただろ 」
「 ありますよ!あっ、判った。もしかしたら私を騙したんですね?!フロアにあるドレスを好きに着ていいから、せめてもの記念に写真を一緒に、なんて誘っておいて! 」
「 いや、騙してないよ。それはそれで本当にしていいし。でもそのついでに俺の話も聞いて欲しいんだよね 」
「 昨日の夜、了解したって言ったじゃないですか。あれは嘘だったんですか?! 」
「 嘘じゃないよ。了解はした。了解って言うのはつまり、君の事情は理解したって意味だ。でもそれで諦めるとは言ってない 」
「 諦めてくださいよ! 」
「 無理だね。君の本業が絵本作家だって知ったら、ますます君が欲しくなった 」
「 ダンスと全然関係ないじゃないですか 」
「 それが大ありなんだな。ダンスはただ美しく踊ればいいってものとは違うんだ。昨日君が言っていたように、ダンスはいろんなステップの組み合わせで踊るもの。
どこでスローステップを踏むか、どこでターンを入れるか、どこで観客を惹きつけ、どこで観客を魅了し、どんな風に独擅場を踏むか、音に合わせてストーリーを作り上げていかなければならない。ダンスとはそういうもの。想像力、大いに大事! 」
「 究極のこじつけにしか聞こえない 」
「 違うよ。これはダンスをやっていけばいずれ君にも分かるよ。だから、最上さん・・ 」
「 …っっ…なぜそこで急に色気を醸し出すんですっっ!手っ! 」
「 俺は、君との出会いを特別なものにしたいんだ 」
そのセリフにキョーコはドキッとした。
両頬を優しく包まれ、まっすぐな視線で見つめられるだけで鼓動のリズムがおかしくなる。
なのにそれをものともしないで、平然とそんなセリフを吐かないで欲しい。
まるでこちらの心を見透かしたかのようなセリフを。
いまの今までずっと考えていたその思いを、考えを、相手から甘く囁きかけられるロマンスに酔ってしまいそう。
「 そこでね、一つ俺から提案があるんだけど 」
「 提案? 」
「 そう。昨日あれから考えたんだ。もし、君が頑張って働かなくても生活できる基盤を俺が作ってあげるって約束したら、そしたら俺とダンスをしてくれる? 」
「 は?なにそれ、どうやって 」
「 それなんだけど、君、いまのアパートを引き払って俺の家に住まないか? 」
「 ・・っっっ・・はぁぁあああぁっっっ??! 」
「 もちろん家賃請求なんてしないし、水道光熱費も必要ない。それなら君は月々の支出を抑えることが出来るだろ。必要なのは、食費と通信費ぐらいか。その代わり、働かずに済む君の時間を俺にくれないか。それで俺と一緒にダンスをしよう! 」
「 なんで2ヶ月後のダンスパーティのためにそんなことしなきゃならないんですか!あとが大変になるって判っているのにそんなことするはずないでしょうが!! 」
「 案ずるな。そのまま俺の家に住み続けてくれていいから 」
「 おかしいでしょ!たった一回のダンスパーティのために敦賀さんがそうするメリットがあるって言うんですか 」
「 もちろん、君と踊るためなら容易いことだからね 」
じりじりと蓮が突き進む。
反発する磁石のようにキョーコは少しずつ後ずさった。
「 いずれにせよお断りします!私の本業は名ばかりで、いま私はバイトのお給料で生活している様なものなんですから! 」
「 だったらバイトはそのまま続けたらいいよ。それで、確か君は土日にバイトはしていないんだろ。だったらその週末2日間だけ、俺と一緒にダンスをしよう!本業は少しだけお休みして 」
「 いや、無理でしょっっっ、ムリぃぃぃぃぃぃぃっっっ!! 」
「 なんで 」
「 こ・・・こんな所で壁ドンとか床ドンとかしてきちゃうような男の人と一緒に暮らすなんて絶対無理に決まってますっっ!! 」
「 じゃあ、一緒に住まないならOKしてくれる?俺のパートナーになってくれる?頼むよ、最上さん 」
「 きゃあぁぁっっ!!こ、このタイミングでギュウしないでくださいっ! 」
「 OKしてくれたら放してあげる 」
「 こんなの脅迫じゃないですか! 」
「 違う。ラブコールだよ、俺からの 」
「 こんな逃げ道のないラブコールを受けたのは人生初です! 」
「 そう?逃げられそうにない?だったらどうする? 」
「 やめてぇぇぇ。こんな至近距離で見下ろしながら、そんな嬉しそうに笑わないでよぉぉぉ 」
床と蓮に挟まれて、半泣きになったキョーコの頭上に社の影がかぶさった。
それに気づいて蓮が顔を上向けると、社は包丁の刃より鋭く目を細めた。
しゃがんだ社がキョーコを救出。キョーコは慌てて逃げだした。
「 お前は、本当に犯罪者になるつもりなのか! 」
「 あっ・・最上さん! 」
「 た、助かりました。ありがとうございます 」
「 いいえ、どういたしまして。お帰りはそちらだよ 」
「 はい、帰ります!! 」
「 待って、最上さん!もう一度よく考えて! 」
「 考えても答えは同じです。私には無理です、ごめんなさい!! 」
あっという間にキョーコの姿が見えなくなると、社が正義の鉄拳を蓮に振るった。
「 このバカ!そもそも誘い方が下手すぎるんだよ、お前は! 」
「 そんな、十分有効な手だったんですよ!これであの子がてんぱっている間に、うんって言わせるつもりだったんです! 」
「 やめろ。そういう騙し討ちは。しこりが残る。取り敢えず一回限りでいいからって頼み込むべきだろうが 」
「 その一回を交渉中だったんです! 」
「 あ、そ。それはとんだヘタレだったな。・・・それにしても、お前があの子に固執する理由自体は判った。確かに姿勢が綺麗だよな、あの子。昨夜、歩いている姿を見ときにそう思った。恐らく体幹がしっかりしているんだろうな。ちょっと鍛えればすぐモノになりそうだ 」
「 でしょう?!そうでしょう!? 」
「 だからとはいえ、こんな手はやめとけ 」
「 これはあとで美味しくなる仕掛けだったんです! 」
「 そういう画策もやめろよ。そもそもなぜ正攻法で攻めないんだ。お前がこの子と決めた以上、彼女はきっとそれを見抜く目を持っている。そう信じてそれに賭けるべきだろうが 」
「 ・・持っていなかったら? 」
「 お前の人を見る目がそれまでだったって。そういうことだろ 」
「 ・・・さすが。あっという間にAクラスに駆け上がった人のアドバイスは違いますね 」
「 バカにしてんのか、お前。それより3階に移動するぞ 」
「 3階?なぜですか 」
「 いまトラブルが起きているとかで、全ての電車が止まっているからだ 」
「 はぁ? 」
その報道を信じるなら、現時点で運転再開の見込みは未定ということだった。
⇒◇11 に続く
やさしいだけの王子蓮くんより、こういう彼の方が私は書きやすいですw
※独擅場(どくせんじょう)・・・どくだんじょうと読むのは誤りですよ。
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