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■ ウィークエンド・シンデレラ ◇11 ■
駅に到着すると、いつもとは違う雰囲気が漂っている事にキョーコはすぐに気付いた。
何かあったのかな。
不思議に思いながら改札に向かうと、その手前に人だかりが出来ている。人波を避け、電車の時刻を確認すべく電光掲示板に目を向けたところで、ようやく何があったのかが分かった。
「 うそ。電車、止まってる? 」
それでも一応、改札を通ることは出来るようになっていた。どうやら電車は各駅に止まっているらしく、ホームに降りると乗車も出来る。
この電車が動き出すのがいつになるのかは判らないけど、きっとそれほど時間はかからないだろうと踏んで、キョーコはそれなりに混んでいる電車に乗り込んだ。
ドアの近くに立つと、何となくヒズリダンススタジオビルを見つめる。すると朝は閉じていたフロアの窓が開いていた事に気付いた。
地上11階のビルだから・・・と、上から数えていくとそこは3階の様である。
そう言えば少し前にバレエをしていた女の子たちが見えたっけ。
でもいまは誰の姿も見えない。もしかしたら電車が止まっているからかもしれない。でも誰もいないのなら、なぜ窓が開けっぱなしなのだろう。
フロアこそ違うけれど、先ほどまでそのビルにいた自分と蓮とのやり取りを反芻しながら、キョーコはぼんやりとその景色を眺めた。
蓮と社がそのフロアに移動して来ていたことには気づけなかった。
「 ・・本当ですね、社さん。電車が止まっているように見える 」
「 実際本当に止まっているんだよ。だからこのフロアも無人なんだ。今日はもうここが使われることはない 」
「 ・・・で? 」
「 賭けろ、蓮。あの子がもし電車を使って自宅に帰るのなら、一番手前のホームを利用してあの電車に乗るはずだ 」
「 そうですね 」
「 だから、あの子に見せるつもりでここでセグエを踊れ 」
「 え 」
セグエとは、種目に使う曲を繋げて一つの作品に仕上げる創作ダンスのことである。セグエを和訳すると、次の曲へ切れ目なく続くこと。またはシーンとシーンをくっつけること、という意味になる。
ダンス競技にはスタンダードとラテンと大まかに2種のジャンルに分かれるが、そのどちらにもそれぞれ5種の足型が存在する。
セグエはその5種目のうち3種目を使うのだが、曲や曲調が変わる中で色んな種目を踊ることから表現の幅が広がりやすく、そのぶん振りつけるのが大変で、またリフトの制約や曲時間の規制など、多くの制限や規定もあるものだった。
「 いまからですか?しかもシャドーで?! 」
「 そう言ってるだろ。お前の踊りを見せつけてやるんだ 」
「 そんなことをしても、もしあの子が来てくれなかったら?いえ、その前に彼女が見てくれていなかったら? 」
「 だから賭けろと言っている。いつまでも独り身でウダウダするのは止めろ!お前は踊りたいんだろ 」
「 ・・・分かりましたよ。それで、曲とルーティンはどうするんですか 」
シャドーとは一人で踊ることを言い、ルーティンとは、ステップ順のことである。
セグエは正真正銘、社交ダンスの種目だが、蓮自身は踊ったことが無かった。
「 そこはほら 」
言いながら社がCDケースを持ちあげた。それを見て蓮は一瞬で理解した。
「 はいはい、了解です 」
セグエはショーとしての要素が強い。
それは上手い・下手ではなく、いかに曲を表現し、お客様を感動させることが出来るのか。それが重要ポイントである。
社がCDをセットし、蓮がフロアの中央に立った。
3度深呼吸したのち、流れてきた音に合わせて蓮は一人で踊り始めた。
その曲は、開け放たれた窓から旅だち、駅構内にいる人々の耳に届いた。
ちょうどその直前まで、一時運転見合わせ中というアナウンスが流れていたため、その音を最初は誰もが放送後に流されるワンフレーズの新たなメロディなのだと勘違いしていた。
なのに曲が長すぎた。
運転再開時間はまだ未定という言葉に多少なりともイラついていた多くの電車利用者たちは、音の出元を確認しようと視線を巡らせ、すぐ蓮の踊りに気付いた。
もちろんそれはキョーコも例外ではなく。
蓮を見つけた多くの人は、間違いなく彼の踊りに一瞬で惹きつけられた。
すぐに言葉を失い、じっと彼を見つめ始める。
スマホ画面に視線を落としていた何人かが、周囲の人間たちが口をつぐんで一斉に何かを凝視している様に気付いて疑問を抱き、同じ様に視線を巡った。その彼らもまた蓮の踊りを見て視線を奪われ、一瞬で言葉を失った。
驚くことにそれはほぼ秒単位で、一人、また一人と蓮に注視する者が増えて行った。
――――――― 俺は踊りたいんだよ!
キョーコの脳裏で蓮の言葉が甦った。
出会ってから今日まで、彼の口から何度この言葉を聞いただろう。
あれは蓮の本心だったのだといま分かった。それがビシビシと伝わってくるぐらい、素人目で見ても蓮の踊りは素晴らしいものだった。
しなやかに、けれど力強く舞う蓮の肢体から、飛び散っているのだろう煌びやかな汗まで見える気がした。
「 すごい。・・敦賀さん、すごい・・・ 」
なにかに打ち込める時間を持てて
これが好きだと言えるものがある人生は
なんて豊かな生き方なのだろうとキョーコは思う。
同時に蓮の凄さを初めて実感した気がした。
確かに見たことなど無かった。
少なくとも、土曜日に参加したワンコインサークルの中で、蓮のように優美かつ力強い踊り方をした人など、一人もいなかった。
間もなく蓮の踊りが終わった。駅構内のあちこちから洪水のような拍手が起きて
キョーコの胸に熱い何かが宿った。
そのタイミングで再びプラットホームに放送が流れた。
「 お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。午前11時過ぎに発生した架線トラブルの影響で、現在全線にて一時運転を見合わせております。また、現時点で運転再開の見込みは未定です。お急ぎのお客様は・・・ 」
どうやらまだ復旧の見込みはないらしい。
キョーコは苦笑を浮かべて電車を降りた。
改札を抜け、ダンススタジオビルに向かう。
エレベーターに乗り込んだとき、3階に行けばいいか6階に行けばいいかで迷ったが、取り敢えず3階に向かった。
どうして蓮が3階で踊っていたのかは判らないけれど、間違いなくあれは蓮だとキョーコは確信していた。
降りた3階フロアのドアの前には社が立っていた。
社はすぐキョーコの姿を認め、右手を上げて軽やかにキョーコに近づいて声を掛けた。
「 やぁ 」
「 あの、先ほどはありがとうございました。それで・・・ 」
「 どうぞ? 」
どうぞと誘われ、社がドアを開けた。開かれたフロアの中心で息を乱しながら大の字になっている蓮がいる。
キョーコがジェスチャーで入ってもいいですか、と社に問いかけると、社は穏やかに目を細めて再びどうぞと促した。
靴を脱ぎ、キョーコが足を進めて行く。
人が入って来た気配を察しても蓮は寝転んだままだった。
セグエは本当に大変なのだ。しかも全日本で優勝した者たちのそれを、練習もなくいきなり模写したから余計である。
「 敦賀さんって本当にすごいダンサーだったんですね。自分で自分を上手いって言っちゃう理由が分かりました 」
「 最上さん?! 」
キョーコの声が聞こえて蓮はばね人形のように勢いよく起き上がった。まだ蓮の呼吸は乱れている。
取り敢えず正座をしたキョーコは、それ以外に何と言っていいのか分からず、ペコリと頭を一回下げた。
「 戻って来てくれたんだ 」
「 はい。思い出したことがあったので 」
「 思い出したこと?何? 」
「 そういえばまだドレスを着て写真を撮っていなかったなぁって・・・。していいって仰いましたよね? 」
「 もち・・もちろんだよ!! 」
「 それと、あなたのお話も。もう少し具体的に伺いたくなっちゃった 」
「 ・・・っっ・・!!!!ありがとう!大歓迎だよ、最上さん!! 」
「 あっ、やだ、ちょっと待ってぇぇぇ!!敦賀さん、その汗だくな状態で情熱的なギュウをするのは止めてくださーい! 」
キョーコの叫びも虚しく、彼女は汗だく王子の餌食になった。
それほど真摯に蓮はキョーコを呼び戻したかった。
そして蓮はそれを見事にやってのけた。
ドアの前に佇んていた社が、満足そうに微笑んだ。
⇒◇12 に続く
駅で電車が止まっていた時に、ある教室でたまたまプロがセグエの練習をしていて、窓からそれが見え、終わった瞬間に駅から大拍手が起きた、ということが実際にあったと知って、是非お話に組み込みたい!と思って入れてみました。
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