SS 農学博士の偉大な研究◇その10 | 有限実践組-skipbeat-

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 こちらはシリーズ完結話となります。お楽しみいただけたら幸いです。


 前話こちら⇒【その1その2その3その4番外1その5その6番外2その7その8その9】


農学博士の偉大な研究

■ その10 ◇研究成果報告 ■





 数か月後。新年を迎えてすぐ、ユキちゃんは支援国へと旅立った。

 その2年後には一応の期間満了を迎えて一度日本に戻っては来たけれど、ユキちゃんはさっさと延長手続きを済ませて更に一年向こうに滞在。その翌年、新たに2年を追加された依頼を受けたユキちゃんは、それも期間満了まで向こうにいて、さらに一年の延長手続きを済ませた。

 つまり都合6年、ユキちゃんはほぼ日本にいなかった。


 ユキちゃんが現地でどれだけ尽力してきたのかはやがて全国民が知る事となる。

 なぜなら5年目を迎えた年に、ユキちゃんは支援国から功労賞なるものをもらい、一番有名な日本人として現地にその名を馳せたのだ。

 その事実をある番組が取り上げた。



 番組を通してユキちゃんの姿を見たとき。

 その背景にうっすらと草原が広がっているのを見たとき、懐かしさと同時にさすがユキちゃんだと私は歓喜に震えていた。



 ユキちゃんが他国で頑張っていた間、私だって頑張った。

 ユキちゃんが最初の2年を費やした数か月後に私は高校を卒業し、LME大学へ無事進学。一年間、敦賀さんとキャンパスで過ごしたあと、敦賀さんは就職先を決めて卒業していった。


 ユキちゃんが2度目の依頼を受けて再度支援国へと旅立った年に私は自分の進路を決め、以降はその目標に向かってただひたすら勉強する日々。年月はあっという間に流れた。


 いま、私は大学4年生で卒業間近となっている。進路は既に決定済み。


 現地で目覚ましい成果を上げたらしいユキちゃんはこれ以上の延長をしないと聞いたけれど、本当かどうか疑わしいという意見が一致した私と敦賀さんは、ある作戦に打って出た。


 確実にユキちゃんが日本に戻ってくるように仕向けたのだ。




 ちなみにだけど、いま私は敦賀さんと付き合っている。

 いつ頃から、と質問されたらかなり困る。なぜなら、気づいたらいつの間にかこうなっていたから。


 だからそれをユキちゃんには一切伝えていなかった。

 その上で、私たちはユキちゃんに招待状を送ったのだ。


 必ずユキちゃんに帰って来て欲しかったから。




 本来なら、卒業してからにすべきこと。けれど今年の12月がユキちゃんの期間満了月だから、このタイミングがベストだと思った。


 これが意図的以外の何物でもないことに、ユキちゃんはきっと気付いたはず。だから必ず帰って来る。




 招待状を発送してから、私はその日が来るのを指折り数えた。ユキちゃんからの返信は無かったけれど、きっと来てくれると心の底から信じている。


 その日を想像するだけで不安より期待が膨らんだ。

 ユキちゃんは何と言ってくれるだろう。

 どんな顔をするのだろう。




 私と敦賀さんの結婚式のスピーチで

 ユキちゃんがどんな壮大な物語を語ってくれるのか。

 それが楽しみで、楽しみで仕方なかった。




「 ではここで、お言葉を頂戴したいと思います 」



 私たちの結婚式当日。

 帰国したばかりなのだろうユキちゃんは、ちょっとだけ眠たそうな顔をしていた。



「 新郎の恩師でもあり、新婦の幼なじみでもあり、テレビでもすっかり有名となった農学博士、社倖一さんです。お願いします 」



 歳を重ねて少しダンディになっていたけれど

 どこから見ても間違いなくそれはユキちゃんで

 司会者に促されて腰を上げたユキちゃんは

 マイクの前に立って笑顔を浮かべ

 ひな壇にいる私たちを交互に見てから、懐かしそうに目を細め



 ただいま、戻って来たよ・・って

 軽やかに手を振った。



「 ただいま、戻って来たよ。6年間の武者修行を経て、日本に戻ってすぐこんな素敵な式に招かれるなんて光栄だと思った 」



 懐かしいユキちゃんの声が

 式場一杯に響き渡る。



 私たちの結婚式のスピーチで、ユキちゃんが何を語ってくれるのか。

 期待に胸が膨らんで

 破裂しそうなくらい、心臓がドキドキしていた。



「 なぜなら俺はね、いつかこんな日が来ることを、誰より夢に見ていたから、キョーコちゃん 」


「 ・・・? 」


「 思えば俺は、農学博士なんて肩書きを貰うずっと前から、実はある研究に没頭していた。それは誰にも内緒で、誰にも相談せずに、密かに進めていたことだった。だから知らなかっただろう? 」



 知らない。そんなの知らなかった。研究していた?一体、なんの。



「 その研究がスタートしたのは、キョーコちゃんと出会った14の歳だった。手探りで、色んな角度から物事を計り、俺なりに色んなアプローチを進めてきた。その結果が今日、やっと出たという事だと思ってる。改めて振り返ってこう思う。17年間は長かったようであっという間だったなって 」



 ユキちゃんが言わんとしていることが私にはまるで判らなかった。


 だから

 続いた告白に私は耳を疑った。


 ユキちゃんが

 そんな気持ちでいたことなど、私は少しも気づいていなかったから。



「 キョーコちゃん。人として末生りだった俺に懐き、未熟だった俺を慕ってくれてありがとう。俺はね、キョーコちゃんからユキちゃんって呼ばれることが何よりも嬉しかった。君にそう呼ばれるたびにある事を考えていた。俺は本当の意味で君の兄にも父にもなれないけれど。ただ真剣に考えていた。

 この子をどう幸せに導こう。ただそのことだけを 」


「 え・・・ 」


「 この研究はとにかく手探りだった。それだけに難しかった。何しろミスは許されない。この子を幸せに導くにはどうすればいいのだろう。それだけを念頭に置いて、何度も何度も考えて、熟考に熟考を重ねた。それが自分に課せられた使命だと思っていたから。

 昨日まで6年間、俺は支援国で頑張っていたけれど、そんなの目じゃないくらい本当は、そっちの研究に没頭していた。

 キョーコちゃんなら知ってるね?花に水は不可欠だけど、与えすぎれば枯れてしまうこともある。時には与えないことも重要だ。だから俺は日本から離れた 」


「 ・・・っっ・・・ 」


「 花は水がなければ咲くことが出来ないけれど、水だけでも咲くことは出来ない。花が美しく開くためには養分が必要だ。養分の選択は本当に難しかった。だけど俺は一番いい人を選べたと思ってる。そしてキョーコちゃんもきっとそう思ってくれたんだよね?だから今日、俺は二人の式に出席しているんだろうから 」


「 ・・・嘘でしょ、ユキちゃん


「 いま初めて告白するよ。こんな俺を慕ってくれていたただ一人の少女を幸せに導くこと。それが、俺に課せられた責任重大な研究だった。いまはただ、ただ嬉しい。今日この場を借りて、偉大な研究成果が出たことに心から感謝する。ありがとう、キョーコちゃん。そして結婚おめでとう。蓮、本当にありがとう 」


「 ユキ・・・ユキちゃ・・・っっ 」


「 通常、日本ではこういう時、おしどり夫婦となって末永くお幸せに・・っていうのが定番だと思うけど、おしどり夫婦の生態を知っている俺としてはこの表現は使いたくないので、俺流に変換させてもらうね。どうか二人、皇帝ペンギンのような仲睦まじい夫婦となっていつまでも幸せに 」



 そのとき、呆れかえるほど涙が溢れて、同時に昔、それをユキちゃんから聞いていた過去を思い出した。


 おしどりは、仲が良くていつも一緒にいる夫婦に例えられる。その通り、実際に繁殖期になるとおしどりは常に行動しているらしいけれど。それにはきちんとした理由がある。


 実はおしどりのメスは、繁殖期になると複数のオスと交尾をするという習性があるのだ。だからつがいに選ばれたオスはメスの浮気を防止する目的で、常に一緒にいるのだという。


 ユキちゃんが言うには、それもまた種族を守るための繁殖の知恵らしい。

 多くのオスとの間にヒナが出来れば、その分、血の種類も増えるから。だからおしどりは毎年繁殖相手を変えるのだ。


 そのときユキちゃんはこう言っていた。おしどり夫婦のように、というのは決していい言葉じゃないと。



「 だからね、俺なら絶対にこう言うよ。皇帝ペンギンのような夫婦になってくれってね。皇帝ペンギンは一度決めた相手を決して変えたりしないから。どちらかが落命するまでつがいの誓いを守る鳥なんだ 」




 そう言っていたのだ。


 ああ、そうだった。

 やっぱりこの人はユキちゃんだって

 そう思いながら号泣した。



 そうか。画策なんて必要なかったんだ。

 ユキちゃんはきっと、私の結婚式にはどんなことがあっても出席するつもりでいたのだろうから。



 ただ知らなかった。

 私の幸せが、農学博士の研究題材第一号だったなんて。



 人生初の結婚式は、涙に明け暮れたものとなった。




「 そういえば、蓮は就職したんだって?結局なんの仕事に就いたんだ? 」



 結婚式の翌日、早速私たちの新居にやって来たユキちゃんが、敦賀さんと差し向かいでソファに座って教授らしい顔をした。



「 俺は、海洋生物生産アドバイザー・・・になりました 」


「 なんだ。早い話が養殖のアドバイザーな。それで、キョーコちゃんは?もうすぐ卒業で進路は決まってるの? 」



 二人の前にコーヒーを出した私は、当たり前のように敦賀さんの横に座った。



「 うん、決まってる 」


「 何になるんだ? 」


「 樹木医になる 」


「 え・・・ 」


「 進学してからすぐそれになろうって決めたの。ユキちゃんがタネから緑を育むなら、私はそれを守る人になりたいって思ったから 」



 私の進路を意外に思ったのか

 目を大きく見開いたユキちゃんは、敦賀さんを一瞥してから何とも言えない笑顔を浮かべて頬を緩めた。



「 キョーコちゃんが近くにいてくれるなんて心強いよ。悪いな、蓮 」


「 なにが悪いんですか。厭味ですか、それは 」


「 だってお前、絶対にヤキモチ焼いただろう? 」


「 妬いてませんよ!言っておきますけどね、キョーコと俺はもう夫婦なんですから! 」


「 なりたてホヤホヤのな。火がついているうちは熱いけど、いつ冷めるやもしれないから気をつけろよ、お前 」


「 教授!!あなた本気で俺たちを応援する気があるんですか!? 」


「 あるよ、そりゃ。キョーコちゃんがそれを望んでいるうちはな 」


「 あはははは。相変わらずユキちゃんと敦賀さんは仲が良いのね 」


「 敦賀さんじゃない!せめて蓮さん!! 」


「 ぷっ。お前、蓮さんなんて呼ばせているのか。こいつなんて蓮で十分だ、蓮で。または蓮くんだな。キョーコちゃん、どっちにする? 」


「 えー、どうしよ(笑) 蓮くん、も捨てがたいかも 」


「 あるいは俺とお揃いで蓮ちゃんでもいいんじゃないか。ユキちゃん、蓮ちゃんで。どう? 」


「 だったら絶対蓮がいい!キョーコ、やっぱり俺のことは蓮って呼んで! 」


「 あははははは 」



 偉大な農学博士の背中を

 私はこれからも慕い続ける。






     E N D


農学博士の偉大な研究とは、つまりキョーコちゃんを幸せに導く研究のことでした、というシリーズでした。お付き合いいただきありがとうございました。



⇒農学博士の偉大な研究◇その10・拍手

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※最後の最後は社教授サイドで締めさせていただきます⇒農学博士の偉大な研究・番外3



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